夜は戦いの時間だ。
夜には質量がある。夜は、ずっしりと重たい。
嫌なことがあった日、私はもやもやを布団まで持ち帰る。扉をぴっちりと締め、毛布を体に巻き付け、涙腺から悪いものを絞り出すかのように泣く。
床が薄いため、階下の父の部屋の音がそのまま聞こえてくる。私の生活音も丸聞こえだろう。だから泣いていることを悟られぬよう、注意深く声を殺す。
朝が来ても、夜が去ってくれない日もある。朝日が差し込んでいるのに胸の辺りがズシンと重たい。疲れなのか、寝不足なのか、鬱なのか。分からないけれどそんな日は、肺に夜闇が巣食ってしまう。
布団の中で泣いていると、自分を助けてくれる人はどこにもいない、そんな気持ちになる。明日も明後日も辛いことがあれば、ここで一人で泣くのだろう。
一方で私は自ら自室でしか泣かないと決めている。誰かに縋り付き多大な迷惑をかけてしまうのだけは避けたい。小さな問題なら、一人で泣いて処理すればいい。そう決めたから、自分をここに封じ込める。
口に押し当てた毛布が重い。泣いても泣いても悲しみが溢れ、枕がびしょびしょになる。喉に刺さった小さな棘が息苦しくてたまらない。このままこうしていたら、毛むくじゃらの怪物に足を捕まれ、暗闇に引きずり込まれてしまうような気がする。深く暗い海にどこまでも沈んでゆきそうな気がする。悲しみを全て絞り尽くせばきっと、怪獣を、海を、振り払える。それなのに逃げても逃げても、夜がくればまた、彼らの気配に絡めとられる。
いい大人なのに、寂しさや孤独という名前のそれらと、スマートに付き合う方法が分からない。この部屋から飛び出して助けを求めたい。子どものように縋って、駄々をこねて、慰めてもらいたい。言葉にすると簡単なそれだけのことが、私にはひどく難しい。一度子どもに返ったら、戻ってこれなくなってしまいそうだ。誰かに心を許したら、もし関係が駄目になった時、徹底的に傷ついてしまうから、そうなったら、今よりももっと暗くて重たい夜がやってくるから。今のやり方が一番いい。馴染みのある夜を同じ方法でやり過ごせばいい。そうして生きてきたから、生きてきてしまったから、私は自室に悲しみを閉じ込める。
眠りが、べたべたとまとわりつく暗闇から私を奪い去ってくれるまで、戦う。負けたらどうなるか、私は知っている。何度も負けたから。毎日が夜だった時代があったから。水圧に押し潰されて、カッターや酒や精神薬を手に取ったから。
もしいつか、勝利を確信できる日がくるのだとすれば、その時は。
自分のことすら忘れて、微かな虫の音を聞きながら、そっと眠りたい。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-24

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