手綱

手綱

「パート社員になれないか」
 上司は開口一番私にこう言った。私は、やっぱりそうか、と思った。私の頭がおかしいからだ。

 事の始まりは大学一年生の時だった。人混みにいると「バカ」「くせーよ」等の悪口が聞こえるようになり、たまらず精神病院に駆け込んだ。
「あんたは病気です」
 医師からあっさり太鼓判を押された。何種類か薬を処方される。それらを飲み続け、はや五年になる。

 そういうわけで仕事中も私の疳の虫はてんで落ち着かない。体のどこかに暴れ馬が住んでいるのではないかと錯覚するくらいだ。
私は突然どこかに向かって飛び出そうとするし、実際に飛び出したりもする。先輩に連れ戻され、パンを買い与えられ、同情からの貰い泣きまでされてしまう。
また前ぶれなく涙腺が崩壊する。涙が止まるまでの三十分間、業務そっちのけでトイレに引きこもる。
朝、憂鬱で体が強ばり、片道徒歩十五分の通勤に四十分もかかってしまった。医者に相談するとマジかよと漢方を処方されるが、その対処法だけではやはり限界があるようだ。私の暴れ馬の手綱はどこへいってしまったのか。

というわけで私は自分が会社のお荷物だと知っていた。ポンコツをここまで使っていただいたのだから、むしろ感謝しなければなるまい。己の使えなさを自覚しているのにも関わらず図々しく居座るとは、全く迷惑な社員である。そんなわけで私のノーミソはクールにクビ宣告を受け止めた。かっくいい。
 だがしかし。アパートのドアをくぐった瞬間、私はぶっ壊れてしまった。腕を切り刻むのがやめられなくなってしまったのだ。暴走する体に反し、頭は冷静だった。この状況を馬鹿馬鹿しいと俯瞰する余裕があるくらいだ。いつもそうなのだ。唐突に私の体は突拍子もないことを始めやがるのだ。このドス黒い暴れ馬、こんちくしょうめ。

 右手が頑なにカッターを放そうとしないので、たまらず病院に駆け込んだ。ふらふらして椅子に座っていられない。そういえば七日間ほど物を食べていないような気がする。看護師に具合が悪いので寝かせてほしい旨を伝えると、優しくベッドまで案内してくれた。真っ白な布団に寝転がる。すぐに見知らぬ顔の男性医師がやってきて、カーテンを閉められた。穏やかな声で質問される。
「どこを切ったの?」
「お腹と腕と太腿です」
「見せてもらうね」
 あっさり服をめくられた。腕をまじまじと観察され、恥ずかしさがこみ上げた。誰かにリストカットの傷を見せるのは初めてだ。
「結構ひどいね」
と医師は言った。

 嘘だろう。ネットに転がっていた画像で、私より深い傷をこしらえた人々を嫌というほど見た。自傷というワードで検索をかけると、全世界の目立ちたがり屋が血液を搾り出しているところを容易く見物できる。本気で苦しむ彼らに比べて、私は甘えている。私は演技をしている。本当は辛くなんてないはずなのに、同情を買うためにパフォーマンスをしている。だから私は傷跡を隠す。自分の卑怯さを誰かに見られないように。十代の娘でもあるまいし、この年になって自傷しているなんて情けない。この程度の生活など皆容易くこなしているのだから、私も追いつかなくてはならない。私は不登校をして、ただでさえスタートダッシュに遅れているのだから、倍速で走らなければならないのだ。けれど、と私は思う。私が走った分だけ、皆は先に進んでしまう。私は一生彼らに追いつけない。それって、まるでアキレスと亀ではないか。

 医師は私を見た。悲しげな眼差しだった。そんな目で見ないでくれ。自分がいかに哀れか思い知りたくない。
「入院ですね」
と告げられた。
「どうしてだ」
と私は思った。私の頭頂部のコックピットの操縦士がケロッと言い放った。
「まだ大丈夫でしょ」
 私の心の声が反発する。
「いや大丈夫じゃないだろ、正気か。また体調を崩すぞ」
「甘ったれたこと言って。そんなんじゃ今に社会に適応できなくなるよ」
「もうなってるよ。それに仕事に戻ってまた腕を切り刻むはめになるのなんてごめんだね」
「自分の体よりも常識的に暮らす方が大事でしょ! だから今までガンガンいこうぜモードで運転してきたんじゃん。やっと人間のふりが板についてきたというのに、その努力を無駄にするの?」
 自分同士が問答している。全く私の操縦者は信用ならないやつだ。放っておいたらどこまでも無理をしようとする。だから私は医師に従った。これで私も完全なるキチガイだ。

 サインバルタ、メイラックス、ラミクタールにレクサプロ。そのような薬を飲み続けてもまだ大丈夫だろうと思っていた。自分のおかれている状況を説明することができたし、暴れ馬が顔を出しても誘因を突き止めようと頭を絞ってきた。使える手段なら何でも使った。本を読み、過去を分析し、自分の感情を書き出して整理し、思いの丈をぶちまけた動画を撮り何度も見返した。
 手に取った精神医学の本には、情緒不安定には少なからず親の愛情不足が影響していると書いてあった。何百回も読み返し考えたが最終的に出た結論は「アホか」。それだけである。過去はどうしようもないのだ。消えようのない記憶を突っつき回したところでどうなる。親を許そうとすればするほど憎らしくなるだけだった。精神医学者は揃いも揃って私に親殺しを勧めたいらしい。
自己カウンセリングなどといううさん臭い儀式も一応試した。「心の中でヨウショウキの自分を抱きしめてあげましょう」? できるか! そんなものただの茶番だ。抱きしめたところでどうなるというのだろう。イメージした幼い私には表情がなく、手触りもない。今の私と同じで「だからといって何なのだ」と呆れているようにも見える。お前が私の馬をギャロップさせるのか?可愛い悪魔め。
幾ら「客観的に」分析しようが、元の認知が歪んでいては意味がない。お手上げだ、と本を放り投げる。私一人ではどうしようもない。私は何とか自分を説明する術を手に入れた。暴れ馬に手綱を付けさえすれば完璧に手懐けられると思い込んでいたのだ。しかしそれは錯覚だった。手綱は、手綱はどこにある。

 緊急病棟に入れられた。割腹のいい主治医は、
「自主入院という扱いになるから、あんたがもう大丈夫だと思ったら退院していいからな」
と言った。何じゃそりゃ。あっさりしたものだ。
「とりあえず今週末まで居とくか?」
「じゃ、そうします」
「分かった、手続きしておく。⋯⋯もう絶対に自分を傷つけるな。傷つけたくなったら看護士に声をかけるんだぞ。いいな。これは忠告じゃない。約束だ」
 どうしてだろう。どうして人は口を揃えて自傷をやめろと言うのだろう。私は「やめます」と微笑みながら首を傾げ続けた。自ら死ぬのは悪いこと。自分を粗末にするのは悪いこと。言葉の意味は理解している。けれど感覚として分からないのだ。
 誰かと会話をし、笑顔で家に帰る。ドアがバタンと閉まった瞬間、私の何かが爆発する。狂ったように酒を飲み、ぶっ倒れゲロを吐き、またはカッターで腕を切り始める。翌日、何事もなかったかのように同じ相手と談笑をする。私は皆の笑顔を壊さぬために自分を傷つけていた。ストレスを自分にぶつけて発散していれば誰も傷つけずに済むからだ。私は自己犠牲的な精神を誇りさえした。思慮深い思いやりのつもりだった。だが私の心がけは、どうやら愛ではなかったようなのだ。私はいつの間にか間違った方法で人を愛そうとしていたらしい。
「お前、またやっちまったなァ」
 私の天使が頭上をひらひら飛び回り、笑う。悪魔は黙っている。もう笑い疲れたんだろう。

 自傷をしない。やればできるとたかを括っていた。ところがどっこい、すぐに切りたくて仕方がなくなり頓服をもらうはめになった。漢方だ。苦いくせに全然効かない。
 二日目、見えない手が私の頭を撫でる。気持ち悪くてライブ会場さながらにヘッドバンキングをする。看護士が頓服を持ってきてくれる。ホリゾンと書いてある。
 三日目、野獣のように唸りながら転げ回る。腕を切る以外の怒りの発散方法が分からない。ベッドを殴る。壁に這いつくばって拳を叩き付ける。天使が「クソくらえ!」と叫ぶ。随分口が悪い。冷静な私が部屋の片隅で「あーあ、外に聞こえちゃうかもな」と溜め息をついている。私が粉々だ。
 四日目、医師が診断書を持ってくる。「重篤な障害がある」と書いてある。「イカれちまった!」うるせぇ、三月兎はディズニーの中に引っ込んでろ。
 五日目、ようやく落ち着くものの、休む暇もなく色欲まみれのオヤジ、いや失礼、年配の男性患者に付きまとわれる。気安く名前で呼ぶな、と思いながら柔らかな笑顔で追い払う。病室のベッドでぼーっとしていると、
「ねえ!開けてよ!開けてよ!」
とドアをバンバン叩かれた。恐ろしくなって看護師に相談する。すぐに対応してくれたらしくオヤジの姿が消えた。主治医がやってきて、
「何があってもぜっっっったいに扉を開けるなよ」
と言い残し去っていった。もし鍵をかけ忘れていたらどうなっていたのだろう。私、結構ピンチだったのでは。ゾーッと鳥肌が立った。
 夜、どこかの部屋の婆さんが声を張り上げて泣き始める。何がそんなに悲しいのだろう。遠吠えのような悲鳴の中、私は睡眠薬漬けの眠りに沈んでゆく。
 六日目。外出申請の書類を記入する。ここでは書類を提出し許可が降りなければ外出できない。病棟の入り口に鍵がかかっているのだ。以前から知識として知ってはいたけれど、実際に体験してみるとひどい閉塞感だ。無事外出を許されたのでアパートに帰り、シャワーを浴び、パソコンを申し訳程度に触って病院に戻る。外出時間は一時間だけなので大したことはできない。
 消灯時間になっても眠れず、窓枠に腰掛け景色を眺めた。下方を車のライトがきらきらと駆け抜けてゆく。あれらはどこからやってきて、どこへ向かうのだろう。私はどうしてここにいるのだろう。私の人生はどこへ向かっているのだろう。健康体であるはずなのに、わざわざ薬を飲み腕を切り入院までしている。許可が出なければ外出すらできない。私は閉じ込められている。どこに。どこだろう。私の馬は、忘れようと押しやった私の痛みそのものなのだろうか。存在を思い出してほしいがため、何度も暴れるのだろうか。
 入院中、私は一度も泣かなかった。泣くような出来事は何一つ起こらなかった。私は不味い昼食を口に運びながら「仕事辞めよう」と思った。

 何日目か数えるのをやめる。ここでは食べ物しか娯楽がない。昼食にオレンジが出る。かぶりつくと爽やかな香りが口内に広がり、甘酸っぱさに舌がキュウキュウと悦ぶ。私は果実を見つめる。何てきれいな色なんだろう。じんわりと黄色い幸福に包まれる。ふいに、子供の頃オレンジをよく食べたことを思い出す。今では皮を剥く面倒さが先立ち手をつけなくなってしまった。私は青い匂いを嗅ぎながらふと「海に行きたい」と思った。それから花を見たいと思った。大きな大きな木の下で寝そべりたい。どこまでも続く草原に佇み、ざわめきに耳を傾けていたい。それか湖でもいい。凪いだ水面に滲む杉の木を見つめていたい。私はどうしてこんなところにいて、どうでもいいものに囚われているのか。
 大切な人々を戸惑わせてしまう、言うことをきかない私の体。本当は薬を飲みたくなんかない。体を傷つけたくなんかない。自室で腕を切る度に思うのだ。誰かあのドアを開けて入ってきて。カッターを取り上げて、暴れる私を思い切り抱きしめて。誰か私の血の、魂の流れ落ちるのを止めてほしい。この傷跡にキスをしてほしい。当然ながらそれが叶ったことは一度もない。
 私の天使が言う。
「問題を片付けるのはさァ、自分なんだからネ」
 そうっすね。
「最後に頼れるのはお前自身なんだって。分かってるんだろ」
 悪魔が言う。そうっすね。そうですよね。
 SOSの旗をあげたとする。だがここは海のど真ん中だ。船の航路からは外れている、誰にも気付かれやしない。泳いで陸まで辿り着くしかないのだ。あるいはここは地中深いトンネルだ。私のいる場所がどの地点かなんて自分にしか分からない。ここがどこなのか分からなくても、歩き続けなければならないのだ。どこかに辿り着くために。生きてゆくために。長い道のりだったように感じていたけれど、まだ人生の半分も歩いていなかったなんてね。

 病室を移される。同じ年頃の女性と同室になる。彼女の手首にも規則正しく傷が並んでいる。
 最終日、何となく話をする。
「どこかに行っちゃいたいなあ。何もかも捨ててさ」
 彼女は薬でもつれる舌で言った。私は頷く。
「ああ、分かります。私も出社する道すがらよく考えました。このままバスに飛び乗れば、二時間で東京に行ける。このまま引き返して車に乗れば、三時間で海に行けるって。そうして、できればいなくなってしまいたいんです」
 どうしてだろう?
 降っては上がる雨、途切れ途切れのトンネル、夏の台風、たまに鳴る電話、寄せては返す波、私の不健康な心臓、ころころ変わる処方。四季が一ヶ月に六十回やってきて、私はめくるめく美しさと乱暴さにすっかり目を回してしまう。どこにでも行ける。けれどどこに行っても、世間体と、金と、自分の体からは逃れられない。私の体は私の檻だ。私は、私の体と手を繫ぎたい。彼女は、私は、一体どこに歩いてゆこうとしているのだろう?

 机と椅子だけが置かれた、がらんとした診察室。浅黒く熟したエネルギーのカタマリが私に問いかける。
「いけるか?」
 私は主治医に頷いてみせる。
「いけます」
 先生は忙しくカルテをめくり、
「退院予定日は今日だよな。じゃ、午後には出ていいよ」
と言った。やっぱりあっけない。
 荷物をまとめる。同室の女性から退院祝いをもらった。ブルボンのプチチョコチップクッキーだった。私達は手を振り合って別れた。どこにも行かないで、と私は彼女に念じた。どこかに行っても、どこかで生きていて。
 天使が内臓の壁に寄りかかり、もの憂げにこちらを見ている。
「自分の体にどこにも行くなと言えるようになることが、あんたの馬の手綱なんじゃないの?」
 私は荷物をガサガサ言わせながら返事をする。
「分かってる」
「分かってないよ」
 私は、そうだよな、と思う。今まで形ばかりの「分かってる」を繰り返してきた。今回も本当にそれを理解しているのかと問いただされたら、怪しい。
 でも、分かりたい。

 外は暑かった。蝉が鳴いていた。車はキーを回せばたやすく走り出す。私はどこにでも行ける。けれど、今はとりあえず家に帰ろう。
 空に、狂いもなく正確な夏が来ている。

手綱

手綱

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-24

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