映画『片思い世界』レビュー
①本記事の内容にはストーリーの核心をつく盛大なネタバレを含んでいます。事前情報なしに鑑賞したい方はご注意下さい。
リスクを取った作品だと思います。
なぜなら「少年による無差別殺人事件の被害者が幽霊となった後もこの世に残り、それまでと同じように身体的な成長を遂げ、幸せに暮らすことができている」という想定は①誰もが胸の内に思い浮かべる淡い希望である一方、②最悪な悲劇を万人に受け入れられる感動ドラマに仕立て上げたという誹りを免れないからです
けれども、観終わった方なら全員が同意されると思うのですが、本作は決してその悲劇を売りにしてはいません。悲しみの比重が「殺人事件の被害者」という部分に置かれてはいないのです。
本作が描くのはあくまで事件後に分かれてしまった各々の世界で募らせる想いの届かなさ、その辛さ。その内実を、死者と生者の双方から丁寧に掬おうと心を砕いています。
関係性も三者三様です。①杉咲花さん演じる片山優花とその母親、彩芽との関係はある意味で王道ですが、例えば②広瀬すずさん演じる相良美咲は生前、親に虐待を受けていた被害児童。なので親との関係は極めて希薄です。その想いの矛先もあの頃の自分を助けてくれた高杉典真=横浜流星さんに向けられる。主なメッセージは「私は大丈夫だよ」。
家にいると虐待を受けるからという理由で美咲を合唱団に誘ったのが彼で、事件当日も、お腹を空かせた美咲の為にコンビニに急ぎ走ったことで犯人に襲われずに済んだ。
子供心に典真が負ったその傷跡は、命を奪われた美咲たちと同じくらい深いものです。天才と謳われ、本人も大好きだったピアノの道を捨てて普通に暮らそうとする彼の様子は、けれど死んだも同然。生前と違い、優花とさくらの三人で陽だまりに包まれるような温かい暮らしを送る美咲と真逆に見える彼の存在は、『片思い世界』の世界観を非常に奥行きあるものとします。ただ生きていたかった、生きていて欲しかったというだけに終わらない複雑さを劇中に生み出すのです。
③清原果耶さん演じる阿澄さくらの立ち位置はさらに特殊です。事件当時、とても幼かったさくらは優花と同じように家族を求め、同じ思いに駆られて行動するのですが、他方で、死んだ後も自分の側をひとときも離れずにずっと一緒にいてくれた美咲と優花のことを誰よりも想っている。感謝を告げるのが誕生日という信念の元、逆サプライズを仕掛けて二人を喜ばせるくらい優しい子です。
そんな彼女が自分たちを殺した犯人に会いに行く。
恨み辛みの果ての行動とは到底思えなかった分、さくらがそう決めた動機の理解には個人的に難儀した所があったのですが、幽霊としての生き方に割り切った言動を誰よりもはっきりと示していた彼女だったので、恐らくは、今の自分たちの始まりとなった出来事に向き合うことで決着を付けようとした。ラジオから届けられた「生き返られる(かも)」という信じられないほどの可能性に相応しい勝負を仕掛けたのだと思っています。
実際、さくらのその行動によって優花と母親の物語は一つの結末を迎えることができました。
母親からは見えない優花の姿。自分の言葉を何ひとつ母親に届けられない優花。そんな二人なのに、そんな二人だからこその成し遂げることができたシンクロニシティ。その全容を見届けることができた私たち観客もまた、スクリーンを隔てたこちら側にしか存在できない『片思い』な関係にあります。他人の喜劇、悲劇を他人事としてケラケラと笑える無慈悲な一面が映画というエンターテイメントには内在していますが、本作については美咲たちの立場と私たちの立場がぴったりとくっ付いてしまう。この予想だにしない当事者感覚が打ち震えるほどの涙を流させてくれました。
私自身、第二の人生を送っています。悲しみを知らなかったあの頃には絶対に戻れない。大いに乱れないよう慎重に地面を均しながら生きてきました。それでも消せない凸凹がそこにあったんだな、と。それを心底慈しんでいんだな、と。やっと、やっとこうして言葉にできました。
ちゃんとしなさいよ、と美咲が優花やさくらに声をかける様子が今も目に焼き付いています。伝えられるものがあることの幸せを今もこうして、噛み締めています。
最後の合唱前に二人がかける言葉に「やめてよ…」と恥ずかしそうに美咲が返事するシーンは私の中で絶対的なハイライトになりました。個々の想いが広大な宇宙で強く、強く明滅するように紡がれる『片思い世界』。リアルにもファンタジーにも振り切った素晴らしい作品を〆る歌ないしは合唱の力にも心から溺れて欲しい。本当に出会えて良かった。お勧めの一作です。UーNEXTなどで配信中なので、興味がある方は是非。
映画『片思い世界』レビュー