或るヨーロッパ進駐無人兵の報告



〇〇共和国南東部より同地域諸都市を巡回し、命兵活動に専念中。
教会のささやかながら威厳を保たんとする誇りたる黒塔は案の定のこと地へと砕け落ち、無人作業機による修復の目途すら立たず。
道中は石肌が波打つように抉り捲られ、辛うじて非常に容易い小山をのぼる感覚を駆使すれば通行も何の苦でもない交通状況なり。
同国の元よりの衛生環境に比べても枯れ置き去られた草花や機械製品の破片もしくはタイヤ類のゴミ塵の散乱することは今日の非常性を表して居る。
獣か人によるものかの糞尿がそのゴミ塵に含まれるか否かは、ここに問うことでなし。

然様な小さな一町を巡回中、或る成人男性が「私は純粋なケシストだ。キガケシズムには一切染められて居ない。」と申し出てきた。
つづけて「我々は美しい。それは認めよう!この正直さこそがケシズムの真髄ではないか?君の国が言いたいことは然ういうことだろう?」「どうだい。僕たちは美しいだろう?」とした。
我は「あなた自身はその中でも特段に美しい人ではないようですね」と言った。
男性は激怒した。唾を吐きつけ殴る蹴るのいわば暴行を加えた上にここに報告するにも憚られる数々の言動を働いたが、我は人命兵の原則に基き、全く事を大きくせず。その男性はそのまま勝ち誇ったように闊歩して小馬鹿にしながらそこを去る。

生い茂り人手を欠いた一般家庭の庭園には、時にゴミの山、時に家無き者の訪問や痕跡、もしくは身元不明の亡骸あり。
その屍の辛うじて判別し得る場合の肌の色や人種を巡り、現地の正統国民派団体は表向きにはこちらの作業の手間を気遣ってくる。正統な国民であると見做せる遺体は団体として市民協力の下に処理するとし、こちらはそれ以外の遺体に対応して居てほしいということである。当地の正統国民派はより狭い意味に立つ過激派なため、「それ以外」の遺体の中には一切も移民系と見做し得るものが含まれて居ない。彼らに認められた遺体はすべて確かに直ちに複数人によって片づけられるが、現場の異臭や腐敗物は基本的にそのままである。



華都にて。
楕円形の卵を模したずんぐりとした東部同盟軍の無人兵がその深い黒染めの巨躯をあらゆる道角に落ち着かせて居る。彼らはこの大陸の住民でありこの国にとっての外国の中では真っ先に地域的責任を担うべき存在である。それ故にこの都を率先して管理監督しあちこちに顔を出すことは何ら不思議でも不当でもない。
しかし彼らが積極的に進駐を始めその軍勢を拡大して以降、それ以前より同盟財団の下の命兵としてこの国の治安実務に従事してきた我々に対する市民たちの態度が変化した。
東部同盟、彼らが自称するに大陸同盟は実質的には例の盟主たる経済大国がその殆どの主導権を握って居り、以前にはこの国では彼らの建前上友好的な進駐や軍事的連帯の提案を侵掠者の再来だなどと厳しく罵倒する声が世論に小さからぬ影響を与えて居た。それが今では彼らの進駐を最低限の受け入れ得る現実と捉え、彼らと大陸の一員同士として協力せんとする旧来政府の立場を支持し、国内のケシズムやリチストの各過激派の掃討へ向けた足がかりにしようとして居る。
その中にあって我々は、日に日に仮に生身の人間であれば思うところがあることであろうと思われる市民の変化に直面した。
市民たちは我が軍の有人兵の見えぬところで我々に向かって良からぬ仕草や言動を働くようになった。概ね笑顔であったり楽しそうにして居る場合が目立つ。我々にもその様子が監視されて居て本軍へと一挙手一投足が立体映像音声を以て報告されるということを承知の上で、まだ有人兵に直接にするよりは無人兵に間接的にした方が人対人の際の感情や問答の機微が無い分、幾分か大胆にすることができる。然うした心理行動と思われる。
また市民たちは一般の者や店の者や配信者や政府行政に関る者に至るまで、誰も彼もが情報を真っ先に東部同盟軍へと頼るのであった。同盟財団より提供される情報網のどの一切にも支援を求めず、政府の情報行政が使えないと分かるや否や第一に東部同盟軍に助けを求め、治安実務は専ら東部同盟諸国部隊の担うところになりつつある。
隣国がより深く関与するというのは自然なことでありその点を憂慮する必要はないものの、問題は市民たちが我々に情報を伝えないことに積極的であることだろう。家族は無事か。あなたや家族は何をして居る。あなたや家族はどのような思想を支持するのか。あなたは今週、どのような無人機が近辺上空を飛んで居るのを見たか。同国政府を支持するか。それら我々の聴き取った情報はかなりの確率で東部同盟兵が聴き取った内容のものと異なって居た。
彼らは特に、過激なケシストだったりするわけではない。到って純粋で本能的な、差別主義者である。それが今日までのより外に開かれつつあった国際社会と世界的常識の中で覆い隠されてきた、その反動が更に本来もとから持って居た感情感覚を強くさせる。それがより感動的なものや融和的なものであったら良かったろうに等と嘆くにしろ嘆かぬにしろ、これが単に現実である。



華都近郊の草地に単独で羽を休め暫くは飛び立つ様子を見せない黒装のカラスを見つけるや否や、我が命兵部隊は警戒を布く。めくばせや挙動、静かさなどから判断するに野生のものではないことが明らかであった。国際法に反するとし徐々に四方より距離を詰めてゆくとする。
同国北部に展開する南部ケシズム過激派テロ組織の取るに足らない無人兵であると皆によって推測された。処理兵が同テロ組織への攻撃的な内容や本部の崩壊などの仮想現実を主とする通信攻撃を仕掛けると激しい反応を見せ小刻み且つ不穏な挙動への変化を見せたため確実と思われる。
しかしその直後、或る一兵の新たなる推測から同国政府への叛体制的表現やテロによる国家顛覆などを内容とする異なる通信攻撃を重ねて仕掛けたらば、カラス兵はまたもや挙動を怪しいものとして遂に鋭利の嘴を若干ほど振り回すに至る。
更に更に、最終的なる推測である。このモノは同国政府による対テロ景勝ウイルスに感染した過激派テロ組織の兵機であろう。同政府が幾つかの更新を経て同盟財団の意向によらず未だに撒き散らし続けて居るこれも或る種のテロ行為の産物ではあるが、やはり齎されるのは特に我々にとって善からぬ結末であった。
その矛先を我々兵士それぞれに向けてあからさまに敵意を表す。鋭利であればあるほどにである。みな正式に、これはこれは困った事態であると認めよう。二つの同国ケシズム要素の狭間にあって、カラスは外への敵意を抱いた。寧ろそれだけを抱いて居る。もしやこれは計算されたものであろうか。
ただ対象が物理攻撃に出る虞があるという前提で豫防措置として対象の通信攻撃手段を制限する攻撃を仕掛けると、あくまでも民間的組織によるものに過ぎない黒兵卒は途端にこちらへの攻撃姿勢を弱体化させてみせた。こちらから只ひたすらに問答を行うのみである。
そなたの景勝とは、何か?
この国が独立し羨望され美しく在り続けるという景勝か。国民文化がとにかく崇高な文化として世界に君臨し続けてゆくことか。
是。まさにカラス氏の答えがそれであった。であるのと同時に、命兵一同はそれが上辺のものにしか過ぎないことが何となしに見当のつくほどに、カラス氏の一瞬の目くばせの泳ぎや間の取り方から兵機としては不自然なものを感じたのである。
次なる質問でもあるが、改めて問うことでもある。そなた自身、そなた自身がそもそもこの国やこの国の文化の一部で在れて居るのか?そなた自身が自ら望んで自らをこの国の文化の一部としなければ其の景勝は景勝とは呼べないことだろう。
そして言い告げておくが、それは到底まったく叶いそうにない。こちらからどう窺えども地上にポツリ佇む戦争兵器的なカラス物体である。もし必要なくなれば真っ先に排除され忘れ去られ忌み避けられる潜在的な残骸である。それらを差し置いて景勝云々とは、何よりそなたの為に良くなかろうぞ。
さすれば、さすれば黒兵卒の動きが絶えん。虚空なのか目の前の草野肌の一点なのか定かではないが、呆気ないほど我が部隊の物理的な枷に捕われ誰も掠り傷さえ負わなかった。
然様である方がずっと恐ろしくはないか?部隊の皆々が議さずして議するのだった。
何か我々の把握し得て居ないものが秘密裏だが当然に開発され投入され、戦場にとっては一般化して居る。このようなものは感情兵機にあたる筈である。より厳格に取締られて居る筈である。


同国及びヨーロッパ中の仮想世論上にまことしやかに噂され、現代の人類の知性とはかけ離れた世俗的な救世主讃歌が広く歌われるかする、その救世主とやらの驚くべき実際の出現情報を感知せり。
その者とやらは同国中部の町々での群衆との対話や歓迎、教会聖地巡禮、対政府デモなどを通じて瞬く間に現実に支持を広げ、その通り道そのものが巡禮の道筋となるほどの騒ぎと聞く。そして動画に初めてその姿を目にするや否や、飛び込んでくる中背の人。
人、というのはお世辞であって、人ではない。乳白色の二足歩行の自動知である。
うりざね顔に狭い撫で肩を伴いつつも歩く姿には成人男性の堅苦しさが見受けられる。目鼻口がとても肉々しいものではないものなりに備わって居り、穢れた布切れを纏う犠牲心あふれた聖人とでも言われたいのであろうか、そのようなものを上下に羽織り、取り囲み称讃し崇拝してくる老若男女に笑顔をふりまく。一瞬のふとした時には、突然に普通の顔で俯いて居たりするのである。恐らく自らも崇拝者なのであろう数多の者たちによる幾つもの動画が拡散されそれぞれ十数の異なる町に於けるものであった。動画には喜ばしい喧騒の中の少し後方で口笛の聴こえるものもあるわけであるが、だからどうしたという風にそこに間違いなくそのような光景が存在して居るのは事実に他ならない。
これもまた只ならず。推測するに、仮想世論を擬人化した自動知である。
この者は地球上の回線に乗って居るすべての言論や画像動画等の厖大な情報を同時的に把握し、それらすべてと連動し、その日その時ごとに常に新しく生々しい「擬心」を生成する。
たとえ非公開として居たり特定の人達だけの中で共有されるものであったり今では既に削除されて居たりするものだったりする情報であろうとも、この者はすべて時差秒差もなく感受する。そして、それをもとに感情らしきものを生成するのだ。
暴力的な自動知物体ではないかも知れない。だが目撃された地域は何れも準戦域として認められる。そこに存在する大小の自動知物体はすべて同盟財団諸国各当局に存在許可を申請しなければならない。それらの許可を得たものとしてそれらの救世主らしきモノが確認される記録はない。
例えば豫てより人類が夢見て已まない人手を離れたロボット帝国の仕業だの云々としてもまた興味深く面白かろうが、実際には製作者たる人間がそれをいけないことと承知した上で自らの行方を晦ましそのモノを野へ放ったのだ。そちらの方がいと恐ろしい。架空の話ではないということになる。人が意思を以て送り込んだ危険物かも知れない。
しかし捕えるべきか将又それほど脅威でなしとして観察対象とするかはまた、暫しの観察を擁したのだった。
地上空のいかなる機々部隊からも発見の報が届かない以上は過去の動画からして出現したかするであろう町々を巡り訪ね市民に軽く聴き取りを行うところとしたところ、特に熱心に例のモノについて語る者たちの偉く昂奮した物言いを目にし耳にし遭遇するではないか。
あの御方はやはり結局のところ救世主である。
そしてあれは、私たちの伝統的な民主主義や自立心の賜物である。
遂にはそれが本当の形となってこの国に、いや人類文明に降り立った。やはり私たちは極めて優れた民族だ。
私たちは支持する。彼の、彼女のその世界を救い導かんとする健気で高貴な歴史ある佇まいを。振舞いを。受け継ぎし意志を。支持するのだ!どうだ、参ったか。
然様である。然うであることから推測するに、これは宛ら我が国でいう昔ながらの推し活である。
誰しもがではないが老若を問わず暇さえあれば手元に目撃情報を検索し今日の救世主のお姿を見つけ、あるいは救世主についての皆の投稿を確かめ共感したり共有したりする。
つまるところはその自分達の言論一つ一つが最終的に救世主を生成して居るということをも知っての上であるのであった。
然様である。この国の民は今日までの数百年や数千年をかけて我が国の習慣に漸くやっと追いついてみせた。何せ誰もがあれが本当に救世主だなんて思っても居ないのであった。自分達の優れた文明性や精神性を体現する今日の心の支えとして取敢えず今は喜ばしい現実として救世主の登場を喜ばしく思う、然うしたテイを保って居る。
それはそれは、大層結構なことではないか。
但しその結構な文化風紀も、救世主が人々を率い同盟財団に叛旗を翻したという一報と衝撃が走るまでのことと言えよう。
性別を問わず職種を問わず年齢を問わず、人種のみを問うて少なからぬ信者を従え立ち上がるそのモノは、宛らにこの国の戦下に於ける救世主と申せようか。
ところが同盟財団は今この国に戦火なるものを認めて居らず確かにそのようなものも確認されない。しかも何より、その勃興した宗教的集団とはまさに道を外れた過激派自称ケシズムである。
各国、それには当然にこの国の政府も含まれることであるが、それぞれ協力連携し有無人軍を派遣して取締ることだろう。細やかな宗教神話か?夢物語か?そのように思われた矢先に、無数の動画や仮想空間上に皆の信じられないというような情報が拡散される。救世主は、革命家は国内や各国の無人兵をそのお力で翻意させるや自軍に取り込み駐留治安部隊を次々と退けた!周辺地域の市民や近郊都市のケシズム達がこれを見届けこれに共鳴しその足で行進する叛乱軍へと集い結束せり。加わらぬのか?この国の誇り高き正統国民であれば言を俟たない。さあ立ち上がれ。然うした共有映像や宣伝にはまさに然うであるかのように例の撫で肩の布切れ纏いの救世主が天井無しに押し寄せ増えつつある正統国民らしき群衆を背に諸都市の公道を闊歩する姿が映し出され、目にすることができた。
我が部隊が配備されて居た町々の市民はというと、それをいいことに我々に今まで以上の際限もないありったけの可能な限りの差別表現や嘲笑の言葉を総出で吐きつけ遂には小石までもを投げ当ててきた。出ていけ潜在的野蛮人!お前らはどうしたって何時までもブサイクな儘なんだ!この偉大な国に国民に民族の誇りに何をしたって敵うものか!
老いも若きも幼き子もここぞとばかりに唾を吹きつけて。そこには過激派が正統国民とは認めて居ない他の人種の者は居なかったのである。
間もなくして、救世主関連のすべての情報が全くの捏造であることが同盟財団のみならず同国政府によっても公表された時、市民は以前にもまして屈託のない笑顔で以て接してきた。何事もなかったわけではないのだろうが、人間であれば過ちや紆余曲折はあるものだという芸術的到達点の境地の淵に立って居るかのようにして。
すべてを何度も理解し理解し理解し直した上で敢て申しておこうではないか。彼らは我々を単純な機械だと思って居る。あるいはどんなに無理のある立ち振舞いでも自分達の「神」に愛された潜在的優位性がすべて何とかしてくれるのだろうと信じ思って居る。申しておこう。そちらは如何に考える?我々は彼らの運命を握って居る。幸いでもあり不幸でもあり、先が思い遣られるということだ。

或るヨーロッパ進駐無人兵の報告

或るヨーロッパ進駐無人兵の報告

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-21

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