私はなぜ生きるのか
窓の外を見ると、死んだはずのラッキーが犬小屋から出てきた。
ラッキーは、白骨化していた。
日曜日の午後三時、きまってラッキーは犬小屋から出てくる。
かちゃかちゃと顎を上下させている。
吠えてるのかな?
ラッキーが死んだのは2年くらい前だった。
死ぬ1週間前くらいから犬小屋にこもりきりになって、父は、そろそろかもしれないと新聞紙の内側から言った。
僕は悲しかった。
永遠に生きる生き物なんていないから仕方がないのはわかっているけど、辛かった。
そうして何日かした明け方、一声吠えて、ラッキーは死んだ。
庭の片隅に、ラッキーは埋められた。
そんなラッキーが自分の墓から這い出てきたのはつい最近だ。
なぜラッキーが生き返ったのかは、定かではない。
骨が標本みたいに互いにくっつきあって犬の体をしているが、声も出ないし、表情もかわらない。
ただお尻の先にある尻尾の骨が小刻みに揺れているから、元気なんだと思う。
首元には生きていた時につけていた首輪がぶら下がっていた。
ラッキーは僕を見あげて顎をかちゃかちゃしている。
僕はラッキーの頭を撫でようとして頭を触ったが、ずるっと頭は地面に落ちた。
びっくりして飛び退くと、ラッキーは申し訳なさそうに首を下にして、地面に落ちた自分の頭蓋骨とくっつけた。
そうしてまた何事もなかったように僕を見あげて、顎をかちゃかちゃさせた。
僕はラッキーをドッグランに連れて行った。
水も飲めない、ご飯も食べられない、散歩に連れて行こうにもバラバラになってしまう、悩んだ末、丁寧に車の後部座席にラッキーを乗せて出かけることにした。
よく晴れていた。
ラッキーは近くに寄ってきたチワワと仲良くなっていた。
表情は見れないがきっと喜んでいると思う。
チワワの飼い主さんが、喉が渇いてはぁはぁ息を切らすチワワに水をあげていた。
ごくごくと、皿に満たされた銀色に輝く水を、チワワは美味しそうに飲んでいた。
ゆっくり顔を上げたラッキーは、少しの間、空洞になった目で僕を見上げた。
私はなぜ生きるのか