予期せぬ出来事 21

 お姉さんと言っても、ボクの姉貴のことではない。
 前回お話ししたエッちゃんのお姉さんの話なのである。
 そのお姉さんの神対応のおかげで、ちょっと大袈裟に言えば、今のボクがあるのである。
 あのときは、マジ真剣にそう思っていて、感謝しかないのである。
    *
 ボクは小学校のころ「そろばん」を習っていた。
 自分からやりたい、と絶対に言うわけはないので、多分オカンに薦められて始めたのであろう。
 それでも結構続いたのではないかと思う。
 お恥ずかしい限りの○級どまりではあるが……
 そのソロバン塾に、エッちゃんのお姉さんも通っていたのである。
 エッちゃんも来ていたかは、定かで無い、と言うか記憶に無いのである。
 そのそろばん塾をやっていたのは、いわゆる、ごく普通の一軒家だった。
 庭があって、縁側(多分あった)があって、その奥に四畳半二間(これも多分そうだったと思うのである)の広さの座敷があった。
 その座敷に横机を並べてきちんと正座して、ボクらはそろばんの珠を弾いていたのである。
    *
 そんなある日の出来事である。
 それはまったくの「予期せぬ出来事」だった。
 その日も、ボクはパチパチと、目の前の足し算、かけ算、割り算の数字とにらめっこしながら、珠を上や下へと弾いていた。
 と突然、ボクのお腹が、緊急指令を発信していた。
 直後に猛烈に、オナラがしたくなったのである。
 う~我慢出来ない、どうしよう、とボクは苦悶した。
 陽気な季節だったのだろう。
 家の窓はどこも開けっぱなしで、反対側の窓からゆるい風が部屋を通り抜け、縁側から庭の方へ流れている。
 しかもボクは、縁側に近い席に陣取っていたのである。
 だったら、スカしっ屁なら、誰にも気付かれないのではないだろうか?
 一瞬の判断で、ボクはそれを実行に移すことにした。
 少し……ちょっと出してみた。
 よし、うまくいくかも……
 しかし、気を緩めたのが悪かった。
 ボクの意思に反して、お腹のガスは一気に音を立てて放出されてしまったのである。
 なに、今の何、と食いつくのは、やっぱり男子たちだった。
 数名の男子が騒ぎだし、音のした方向を探ろうとする。
 当然、その先にいるのはボクなのである。
 万事休すである。
 明日にでもその噂は広がり、隂で後ろ指を指されながら、オナラの家入と言われるに違いない。
「終わった、何もかも」
 ……と、矢吹ジョーをアッパーカットで倒した力石徹の台詞が、頭の中を駆け巡った。
 しかたがない
 ぼくは腹をくくって、オナラをした犯人は自分だ、と白状しようと声をあげた。
 何と声をあげたのかは覚えていない。
 あ~、とか、あの~、とか言ったのであろう。
 でも、ボクがそこまで口に出したそのとき

「ちがうよ」

 はっきりとした声が、部屋の中に響き渡ったのでした。
 その場は一瞬で静まり返っていました。
 ボクそっちのけで、みんなの意識が、その声に向けられました。
 そして、そこにいたのは
 エッちゃんのお姉さんなのでした。
    *
 それほどの一言であり、言葉だったのでしょう。
 今、これを書きながらつらつら考えてみるに
 じゃあ誰が犯人なのか? の追求もなく、珠を弾く音だけの静寂が戻ったのですから……
 これが
 ボクの中で一番強烈に残っている、エッちゃんのお姉さんの記憶なのです。
 
 追伸:
 そして、あのときから10年ぶりぐらいに、自動車教習所でお会いしました。
 そのとき、ボクが真っ先に思い出したのが、あのときのことでした。

 おしまい

予期せぬ出来事 21

ご意見、ご感想、お待ちしています。
質問も、歓迎いたします。
syamon_jinji@proton.me

予期せぬ出来事 21

お姉さん

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted