映画『サンキュー、チャック』レビュー

①かなりのネタバレを含みます。事前情報なしに鑑賞したい方はご注意下さい。

 泣けると評判のスティーブン・キングの短編を実写化した作品。ミステリアスな構成になってはいますが、ジャンルでいえばヒューマンドラマに属する映画です。とても練られたストーリーになっているので普通に鑑賞していても十分に楽しめると思いますが、事実と物語。同じようでいて、まるで異なる二つの水準で篩にかけるとその面白さは跳ね上がると思います。
 まず前者。事実として羅列すれば、チャックの人生は原題通りに数奇なものです。
 幼い頃に両親を事故で亡くし、母親のお腹にいた妹とも唐突な別れを経験します。母方の祖父母に引き取られ、三人で仲睦まじく暮らすも、ある日突然に祖母が日常的なアクシデントで死亡。祖父もチャックが高校生の頃に心臓発作で急死します。自立して妻と結婚、息子との幸せな暮らしを送っていましたが、脳腫瘍に罹患。39歳で人生の終わりを迎えます。
 別れの多い人生で、人によっては不幸まみれに思える一生です。臨終に立ち会ったチャックの息子も悲嘆の思いを口にしていました。にもかかわらず、本編のトーンはとんでもなくbrilliant。生きる喜びに満ちています。この間隙を埋めるのが物語の水準。その扉の鍵を開けるのが以下に記すアメリカの詩人、ホイットマンの『自己の歌』の一節です。
「I contain multitudes(私の中に無数の人がいる)」
 チャックのキャラクター性は本作の要です。彼の中で矛盾なく存在する論理と感性はそのまま真っ直ぐに亡くなった祖父母の思い出へと繋がっていきます。その目で見て、頭で考え、肌で感じてきたものの全てが彼の人生を讃える。劇的なことが起きたとか、そういうのでは全くないんです。ただただ彼の主観で、大切(だと思える)ことが語られていく。それだけなのにこちらに届くものが沢山ある。普通に思えることが一つもない。
 小説にも似たところがあります。論理的な文章から作られているにも関わらず、小説は、そこから読み取れる意味以上の感動と驚きを読者に経験させます。スティーブン・キングがその手で何度も生み出してきた魔法です。
 物語において、事実はただの事実に収まらない。そして物語は、不思議なくらい誰かと誰かの間でしか生まれません。そこに「在る」こと。生きること。彼はだから、満天の星を見上げることができたのです。
 この視点に立っただけで、あらゆる舞台装置が活き活きと動き出す。それこそがフィクションの醍醐味です。上記した詩の一節を文字通りに、心を込めて描いた小説家のユーモアだって拍手喝采で歓迎できます。
 祖父母の家に纏わる秘密も完全同旨です。
 劇中において最も飛躍した箇所である「あそこ」を、私は人の頭部に見立てました。景色が見える窓=目、スペース=頭蓋、ドアを開けてその場所に入れる人=メタ的な視点で己を俯瞰できるもの、つまり魂ないしは幽霊、という感じで。
 当然、事実として考えれば間違いだらけの発想です。あそこを出入りできた人は皆、現実に生きていたのですから。しかしながら、かかる発想に基づくとラストカットが自分の中でしっくりと収まるんです。物がひとつもなく、誰もいなくなったあの空白に陽光だけが降り注ぐ。過去と現在、そのいずれにも属さない時間があの瞬間にだけ描かれていた。想像上の鐘の音が鳴り響く、この世のものとは思えない美しさで。ひとつの物語の終わりを告げるシーンとしては余りにも見事。圧巻でした。素晴らしかった。
 本作に関してはナレーションもすごく良くて、入りのタイミングとか、トーンの匙加減とか、あらゆる面で小説を読んでいる時のような感覚に浸れるところが好ましかったです。なので、本は好きだけど映画はあんまり…という方にこそ劇場へ足を運んで欲しい。『サンキュー、チャック』。彼のお陰で、素敵な時間を過ごせることを約束します。

映画『サンキュー、チャック』レビュー

映画『サンキュー、チャック』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-05-06

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