第16回 安川加壽子記念会 第1部
2026年4月26日、初夏のような新緑がキラキラ眩しい日曜の午後、恵比寿の日仏会館ホールで催された、「第16回 安川加壽子記念会 安川加壽子歿後30年記念~貴重な資料とお話で巡る 安川加壽子の演奏と思い出~」に出かけた。自由席だったから早めに会場に向かったが、私は一番乗りだった。
入場の際、スタッフの方から安川さんが勲二等瑞宝章叙勲を記念し、世話になった友人や関係者に配布する目的で製作したであろう、ドビュッシーの演奏を収めた非売品のCDをいただいた。CDを手にした時、予期せぬ宝物に驚き、思わず「いただけるんですか!」と訊いてしまったが、改めて手中に収めた時は、安川さんがお元気な時だったら良かったのにと、わずかばかり寂しい気持ちになった。
ロビーを見渡すと、第2部のゲストの一人である井上二葉先生が椅子に腰をかけていらした。すぐにも飛んで行ってご挨拶したかったが、これから対談をなさるという二葉先生のご負担になっては申し訳ないと思い、涙を飲んでその姿を見送った。
普段私は、二葉先生と尊敬の念を込めてお呼びしているが、安川加壽子さんが二葉先生の恩師なので、ここからは決まりが悪いが井上さんと表記することにする。
第1部は、「青柳いづみこによる解説と共に~CD復刻される若き日のSP音源から~」と題した、青柳いづみこさんの解説を挟みながら、安川さんのSPレコードの演奏を流すという、言い換えれば若き日の安川さんの演奏会の再現とでもいおうか。スクリーンにはピアノを弾くその頃の若く美しい安川さんが写し出されていた。
再生されたレコード音源は以下の通りである。
1)宅孝二:人形のボレロ
2) イベール:小さな白いロバ
3) サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第5番
4) ラヴェル:『マ・メール・ロア』より「美女と野獣の対話」
5) ショパン:黒鍵のエチュード
6) ショパン: マズルカ 作品33-2
7) ショパン:子守歌
8) フォーレ: 即興曲 第3番
9) フォーレ: 『ドリー』より「子守歌」
10) シューマン: トロイメライ
11) ドビュッシー 『ベルガマスク組曲』より「月の光」
12) ミヨー:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 第1楽章
13) メンデルスゾーン: 春の歌
14) ラヴェル: 『クープランの墓』より
「プレリュード」「メヌエット」 「トッカータ」
15) ショパン: 練習曲 作品25-2
このうち、サン=サーンスの「ピアノ協奏曲 第5番」は、ローム・ミュージック・ファンデーション SP復刻CD集で全楽章を聴いていたが、他の楽曲は殆ど初めて耳にするものばかりだった。指揮は尾高尚忠、オーケストラは東京交響楽団(東京フィルハーモニー交響楽団の前身で、現在の同名オーケストラとは異なる)で、世界初録音にして早世した尾高尚忠の残した唯一のレコード録音であり、ひょっとすると安川さんの若き日のピアノ協奏曲を聴くことの出来る、今のところ唯一のものかもしれない。
録音状態はマイクロフォンのバランスのせいか、特にピアノの音が細く芳しくないが、その音色は思い切り良く爽快にして柔らか、安川さんにしては珍しくテンポも比較的ゆっくりで、抑揚の効いたメリハリのある演奏である。
どれも私が耳にして知っていた安川さんの演奏とは違い、若さに溢れる演奏だったが相変わらずテンポは速く、ショパンの「黒鍵のエチュード」にそれを聴くことが出来た。私の胸に特に残った演奏は、ショパンの「子守歌」とメンデルスゾーンの「春の歌」である。どちらも音が柔らかく優美で粒立ちが良く、特に「春の歌」は、香しい中にもどこが抑えたような、端正な演奏が印象的で、もっと安川さんのメンデルスゾーンを聴いてみたかったと思わせる、そんな演奏だった。
私のメモと記憶は必ずしも正確ではないが、曲の紹介と解説で青柳さんが安川さんの演奏スタイルやエピソードを語られていたので、それと断った上で散文ではあるが書き記しておきたい。
安川さんのピアノの練習はまず左手から始め、左手が出来上がったら次に右手を練習するというスタイル。後に東京音楽学校(現・東京藝術大学)の教授になってからも、生徒にはその練習をさせた。
日本人女性としては手が大きい方で、開けば1オクターブは問題なく届いたという。
1949年、当時盛んに弾いていたプログラムから察するに、同年、戦後初の開催となった「第4回 ショパン国際ピアノコンクール」への出場を目指していた可能性があったのではないかとは、青柳さんの推察である。
右手と左手の演奏がしっかり独立していて、連弾曲など2つのパートを同時に弾くような作品を演奏することがとても得意だった。
パリ音楽院時代に指導を受けたラザール・レヴィとアルフレッド・コルトーはピアニストとしては真逆のタイプだったが、根本にあるものは同一だという印象を持っていた。
安川さんを語る上で欠かせないフランスの作曲家であるドビュッシーは、日本に帰国してから勉強を始めたのではないかとみられる。
ショパンの「練習曲 作品25-2」は、安川さんがリサイタルのアンコールで弾いていた馴染みの曲で、「エオリアンハープ」を弾いた後、聴衆からの拍手が多いとこの曲を弾いたという。
ちょっとばかり現金で、人間くさい安川さんの一面が窺えるエピソードである。
若き日の安川さんの演奏をまとまった録音で聴いた印象は、安川さんに限ったことではないが、育った場所と時代がその人の演奏を形作る上で大きな役割を占めるということである。クラシック音楽の専門的なことは私には分からないが、安川さんの演奏のテンポが他のピアニストよりも圧倒的に速い理由については、2部の対談で井上さんもおっしゃっていたが、指がそれだけ超人的に動いてしまうから、とりわけ速く弾いているという意識が安川さんにはなかった可能性がある。それにプラスして、それらは安川さんの生まれ持ったものであり、安川さんの体の中に備わったリズムや間合いというものだったのだろうと思われる。どのように弾いたところで、きっとテンポの速さは呼吸をするのと同じようなものであるから、遅くすることは不可能だったのかもしれない。
演奏家は年齢を重ねるごとに、その演奏スタイルや曲の解釈も様々な意味で変化を遂げていくものだが、20代の録音で聴かれる正確な指捌きと疾走するようなテンポ、無駄のないスマートな演奏スタイルは、後に円熟期を迎えた頃の演奏録音を耳にしても変わることはなかった。
安川さんの演奏の話のついでに付け加えると、私が最近、特に好んで聴いている安川さんの演奏に、シューマンの「謝肉祭」と「ピアノ五重奏曲」がある。この音源は、ニッポン放送がかつて製作し放送していたラジオ番組、「フジセイテツ(新日鉄)コンサート」の放送用に録音され、放送から半世紀以上の時が経過した2022年、安川さんの生誕百年を記念して初復刻されたもので、安川さんのシューマンを演奏した録音では、現在のところ唯一とされている貴重な音源である。「謝肉祭」は1970年、「ピアノ五重奏曲」は 1962年の放送であるから、録音も同年かせいぜい数ヶ月前ではないかと思われる。
両作品の録音には8年の隔たりがあるが、どちらもテンポは速く、正確な指捌きで小気味よく音を奏でる、ピアニスト・安川加壽子全開の気持ちのいい演奏である。ショパンの「ピアノ協奏曲第1番 ホ短調」をはじめとするショパンや、ラヴェルの「鏡」等の演奏も素晴らしいが、私個人の印象としては、モーツァルトの「ロンド イ短調」や「ピアノソナタ」で聴けるように、モーツァルトが特に素晴らしい演奏と感じる。
安川さんといえば、どうしてもフランス音楽の第一人者として語られるし、実際そうであったからそれを否定するつもりもないが、安川さんのその確固たる指捌きと揺らぐことのないテンポは、ベートーヴェンやモーツァルトといった古典音楽を弾いた時の方が、その才能は遺憾なく発揮されたのではないかと思う。
一時期、批評家に叩かれながらもベートーヴェンを演奏会で何度も弾いていた時期があったというが、安川さんのベートーヴェンのピアノソナタやピアノ協奏曲もぜひ聴いてみたかったものである。「熱情ソナタ」や「ピアノ協奏曲 第3番」それぞれの第3楽章においては、正確な指捌きとテンポで演奏が揺らぐことはなかっただろうことは容易に想像がつくだけに、その録音が見当たらないのは残念である。
いつの時代もそうだが、本場の演奏とは無縁な日本に生まれ、その演奏に年単位でどっぷりと浸ったこともない、こういった的外れな批評をする愚かな批評家たちのせいで演奏家が、とりわけ女流ピアニストと言われる演奏家がどれだけ嫌な思いをし、不当な扱いを受けたことだろう。
安川さんの門下生の一人であり1955年に開催された「第5回 ショパン国際ピアノコンクール」で初めて日本人として入賞を果たした今は亡き田中希代子さんも、そういった的外れな批評をする日本の批評家たちに幻滅し、膠原病に倒れるまで活動の拠点をヨーロッパにしていた。
録音というものに執着のなかった安川さんではあるが、やはりピアニストとして再評価される最大の材料は、何と言ってもその演奏録音である。録音技術が発達していなかった時代ならば諦めもつくが、録音技術が発達していた時代にもかかわらず、外野の下らない批評のせいでそれら(ベートーヴェンのソナタ等)の録音の機会を逃し、後世の人間がその演奏を耳に出来ないことは、文化的な意味でも大きな損失である。
そうは言っても、安川さんは日本に帰国してから間もなく、SP録音時代にたくさんの演奏を録音する機会に恵まれ、続いてLP時代に突入してからも教材という形ではあったがまとまった録音を残し、放送の分野でも生放送から録音というスタイルに移行する時代と並行するように、盛んに番組に出演し、シューマン等の貴重なライブ録音を残した。その時々の演奏がきちんと残っていることは、本人の意図する思いとは別にして、ピアニストとしては幸運だったと言わざるを得ない。なぜなら、それらのコレクションの一部分でも数十年の時を経てCD化され、新たなファンを獲得しているのであるから。
第2部につづく
第16回 安川加壽子記念会 第1部
2026年5月5日 書き下ろし
2026年5月6日 「note」掲載