日向葵が咲いている。
序章1-1
――……ん……――
……?
――……もん……み……もん……――
何も見えぬ暗闇の中、誰かが私の名前を呼んでいるような気がする。
――海紋、そんなところで寝てないで、こっちに来て――
その声は、突然、はっきりとした。
――そして、辺りの景色とはあまりにも対照的で、鮮烈なまでに、聞き覚えがある声だった。
……日向子?
――何? 私の名前なんて呼んで……――
……
――……あなたもいなくなっちゃうの?――/
……?
――早く来て。 私がこの世から消えてしまう前に――
「……海紋? 急にどうしたの? 大丈夫?」
先ほどの夢と同じ声だ。 しかし今度は、しっかりと現実味を帯びた、 人間の声だった。
うなだれていた頭を、目をゆっくりと開けながら起こした。
「……ここどこ? もしかして、 日向子なの?」
少しクラクラする頭を我慢しながら、隣の話しかけてきた女性のほうを向いた。
「日向子なのって……。急に頭を落としたかと思ったら、もしや、記憶を失っている?」
百合の花を逆さにしたような形の、少し茶髪が混じった美しい黒髪の日向子――三島 日向子は、左手を顎に当てて、私の状態を思案しているようだ。
「もしかして、 ここ、 いつもの県立図書館?」
私は周囲を見渡す。そこは幻想の世界でも何でもない、地元のただの図書館だった。
「そんなことも忘れてしまったの? どこかぶつけたわけでもないのに」
少し辛そうな――辛そうな? 『辛そう』、な? なんで? ……でも、そんな苦笑いをしていた彼女の瞳は、少し潤んでいた。しかしなぜ?
(……でも、 なんとなく聞かない方が良さそうだ)
私はそう思って、 そこは好奇心を抑えてあえて通りすがることにした。
「……ところで、私たちって、ここに何しに来たんだっけ」
私は、彼女の表情への含みを持たせて、そう聞いた。
「……何しにって……何しにって……」
いつもは理性的すぎる彼女が、先ほどの私以上にうなだれて、 瞳からは、
「……ちょっと待って。 ちょっと待ってわからない……」
私は 思わず そう言ってしまった。彼女は泣いていた。 しかし 声を荒らげず、 まるでそれは夕刻の引き潮のように。
「……分からない。 わからないんだね、ミモには。さっきまでちゃんと話を聞いてくれていたのに……」
声を出して泣きたいのであろう、 しかし彼女は必死に、見るほどに 必死に、それを抑えているようだ。
(どうすればいいんだ 私は。 どうすれば今の状況で、いちばん日向子に寄り添える?)
考えるが、考えれば考えるほど、頭の中に霧が立ち込めるようだった。
「……私、もう帰るね。 何だか ここにいても、未聞に迷惑をかけるだけだよ、 多分」
日向葵が咲いている。