【TL】灰色の不文律

教師ヒロイン/寡黙無表情男子/嫉妬不良男子/サイコパス童顔男子/キョロ充系男子/人懐っこいヤンキー/人形系美少年/姉ガチ恋クール弟/暴力/輪姦/その他未定

1

 睦海(むつみ)は元白峯学院の白基調の制服と、元光耀高校のダークカラーの制服の二分した塊を体育館の端で眺めていた。 
 彼女は昨年、光耀高校に着任し、そのままこの白峯光耀高校の数学担任になった。 
 私立白峯(しらみね)学院と公立の光耀高校が統合した。多様性を育み、教育格差を是正し、光耀高校の国際コミュニケーション学科のカリキュラムを取り入れ国際的人材育成を促進する云々……
 建前は美しく尤もらしい。だが実態はどうだ。学舎は分かれていたし、カリキュラムに変更はなかった。学期途中の統合だというのだから、生徒、教職員等は逃げる選択もなく、荒波に揉まれるほかない。
 新たな体制になってから数度目の全校集会が終わる。黒と白の塊が溶けていった。黒は蟻のようでありながら、無秩序に集団を解いているのに反して、白い連中は、2つの列を成しはじめた。この光景も3度目、4度目となると睦海も見慣れてきた。
 白峯学院は元々、大講堂で全校集会を行っていたようだが、統合したことで人数が増えたため、白峯光耀高校になってからは体育館で全校集会が行われることになった。大講堂の儀式をそのまま体育館に用いているのか。しかし彼等彼女等はまだ誰一人として退出していない。
 3度目、4度目だ。睦海も何が起こるのか分かっていた。そのうち4人の白い制服が咲き乱れるマーガレットの花道を通り抜け、体育館を出ていった。


「むっちゃん、今の見た?」
 壁にも床にもへばりついて座っている生徒が訊ねた。遅刻のために合流できず、睦海の傍に置いていた。欠伸のしすぎで眦に涙が溜まっているのが、上からはよく見える。
「むっちゃんじゃなくて、春岡先生、ね」
「うん、春岡(はろーか)先生。なんかあれ、軍隊みたいぢゃね? キモ」
 遅刻ばかりしているこの生徒は、舌を出して悪態を吐く。
「一之瀬くん。これから一緒に勉強していく仲間なんだから、ダメよ、そんなことを言っちゃ」
 一之瀬 鳳覇(あげは)の黒く染まった爪が剃り込みを掻く。開け放たれた襟元から少年の平坦な胸が見えかけ、睦海は眉を顰めて外方を向いた。
「あーあ、むっちゃんもお金持ち学校の味方して……」
 鳳覇は唇を尖らせた。
「何言ってるの。先生は光耀高校の先生です。光耀贔屓に決まってるデショ!」
 戯けると、鳳覇は吊り気味の目で睦海を見上げる。
「あ、先生がそういうこと言っていいんだ~?」
「うふふ、みんなにはナイショね」
 生徒が笑っている。


 睦海は渡り廊下の窓を一瞥した。奥まった中庭が見える。ベンチがひとつ置かれ、黒い制服の男子生徒が座って本を読んでいた。睦海の微笑に気付く由(よし)もなく、男子は紙面に目を落としている。
 睦海の視界の端に、白い制服が入ってきた。こちらも男子生徒で、ベンチに向かって歩いていく。黒い制服に声をかけたようで、読書が中断していた。白い制服が間を空けて隣に座る。遠目からでも分かる青白い手に花が握られていた。
 昼休みにまた同じ場所から奥中庭を下ろす。先程読書をしていた元光耀高校の男子生徒が弁当を食っている。隣に白い制服があった。だが、先程見た元白峯学院の男子生徒とは様子が違って見える。彼等はすでに親しい友人のようだった。
「むっちゃんセンセ~」
 睦海はベンチから目を離す。振り向くと、黒い制服が立っていた。ジャケットの釦を外し、シャツから胸が見えていた。黒く染まった爪を乗せた指がパンをいくつか握っている。鳳覇だ。
「こら。春岡先生ね。それに制服……マニキュアも!」
 外貌は典型的な素行不良児だが、その面構えは人懐こい。
「堅いなぁ」
「先生は言いましたからね。反省文50枚に増えても先生知~らない」
「おっ、先生がそういうこと言っていいんだ~? ってか春岡(はろーか)先生、何見てたん?」
 鳳覇は今し方の睦海に倣(なら)い、窓から奥中庭を覗く。校舎に日光を遮られながらも健気(けなげ)に育った木の陰にベンチが置かれている。そこで元光耀高校の生徒と、元白峯学院の生徒が仲睦まじそうに昼食を摂っている。
「ちょっと外の天気を見てただけ」
「今日、雨降るんだっけ」
「さぁ? 一之瀬くんは折り畳み傘、持ってきたの?」
「下駄箱に1コ入れてたような」
「ふふ、じゃあ安心ね。ほら、もうすぐ昼休み終わっちゃうわよ。でも、慌てて食べないこと。よく噛んで、ね」
「分かったよ、"カアチャン"」
「"お母さん"じゃありません。じゃあ、またね」


 吹奏楽部の練習が放課後の校舎を包む。元白峯学院の吹奏楽部は強豪校だったそうだ。統合したことで退部者が続出しているとは職員から聞こえてくる悲鳴だった。
 睦海は音出しを聴きながら校舎裏を歩いていた。白峯学院の構内は広く、まだすべてを把握しきれていない。部活動に遅れると嘆いていた生徒に代わり、彼女はゴミ置き場を探していたが、目的地には一向に辿り着かない。
 ゴミ袋を抱え、睦海は校舎裏に迷い込む。建物の角を曲がったとき、会話が聞こえた。
 もし白い制服が見えたならば、ゴミ置き場の場所を訊けるかもしれない。
『庶民校の制服みたいに黒くしてやろうか?』
 足を止めた。だが遅かった。白い制服が睦海の目に入る。彼女はゴミ置き場の場所を訊くべきだった。しかし彼女の頭の中は彼等の制服よりも白一面に塗りたくられてしまった。ゴミ袋の結び目に指が食い込む以外は、身体が動かなくなってしまった。複数人の白い制服を前に、ひとり生徒が転がっている様から目を逸らすこともできなくなっていた。元白峯学院の清廉と爽涼の象徴だと学校案内には記されていたジャケットに靴の跡が刻まれている。上等な生地を砂が染めている。赤いネクタイが解け、地面を這っている。
「ボクの友達 奪(と)った!」
 少女のものにも紛う高めの声が、地に伏す生徒に叩きつけられる。
「人の女も奪る、コイツの友達(ダチ)も奪る、泥棒かよ。そういえばお前ン家(ち)、貧乏だもんな」
 黒の革靴が砂色を帯びた制服に乗る。
「そろそろやめとけよ……」
「なんでこいつの味方すんの!」
 頭に新たな革靴を携えると同時に、地面を枕にした生徒の目が睦海を捉えた。カメムシのような眼に光はない。人形のような無機質な肌と、片目を覆うケロイドが、生き物なのか作り物なのか曖昧にしている。薄桜色の唇は緩むでも締まるでもなく泰然として口角に瘡蓋を添えている。
 睦海は呆気にとられ、教師としての義務を忘れていた。だが思い出す。
「何をしているの!」
 白菊のような連中の動きが止まる。吹奏楽部の音出しが構内に響き渡っている。
「あ?」
 険しい目付きが振り返った。
「ああ、ほら、面倒なことになった……」
 肩にかかるほど髪の長い生徒が鋭い目付きを身体で隠す耀高校ならば違反だ。
「なんですか、先生」
 髪の長い生徒をさらに、また別の生徒が前に割り入って隠してしまった。赤いネクタイが、優秀な成績を修めて入学したことを表している。
「お友達じゃ、ないの……?」
「……」
 赤いネクタイの男子生徒は高い位置から睦海を見下ろしていた。悪怯(わるび)れることもないが、開き直っているふうでもない。ただ、明らかに、格下のものを品定めしている眼差しだった。
「桔更(きさら)と貧乏人(こいつ)が? よせよせ」
 冷ややかな態度の生徒の後ろで、険しい目付きの生徒が鼻を鳴らす。
「足を退けて。どこのクラス? このことは、担任の先生にもしっかり報告させていただきます!」
 睦海は「桔更」と呼ばれた冷ややかな態度の生徒の脇をすり抜け、3人の生徒を押し退けた。
「あなた、大丈夫……?」
 砂色のジャケットを叩(はた)き、彼女は虐待された生徒を助け起こす。汚れた頬を拭った。
 ガラス玉を嵌め込んだに違いない眼が動く。睦海は円い鏡に映る自身を見つけてしまった。
「僕は大丈夫です」
 人形のように左右対称で、至近距離にもかかわらず毛穴ひとつ、吹き出物の兆しすら見えない。
「先生は、光耀高校の先生ですか」
 とても10代とは思えない異様に落ち着いた雰囲気の生徒が訊ねる。彼は仲間内から桔更と呼ばれていた。
「そうです。でも、どっちの先生でも、こんな暴力は許さないわ」
「……」
 桔更は昏い目を眇(すが)める。
「ハハっ! 許さないってよ、桔更。どうするぅ~?」
 険しい目付きの生徒が大袈裟な笑い声を上げた。
「……別に」
 髪の長い生徒が引き攣った微笑で桔更と睦海とを見比べる。
「先生……悪いことは言いませんよ。言わないほうがいいですよ……先生の立場的には、言わなきゃいけないんでしょうけど……」
 どれだけ生意気な態度でも、やはり子供なのだ。大人に、教師に怒られることを恐れているのだ。
「もう二度と、こんなことしたらダメだから」
 4人の顔を順繰りに見詰める。声の高い、中学生のような風貌の生徒と、三白眼の険しい目付きの生徒。それから、髪の長い生徒と、異様な落ち着きのある「桔更」という名前らしい生徒。一人ひとり、顔を覚える。
「ま、言えば? 一応(いちお)、忠告はしてやったんだし。ダハハ! でもどうなっても知~らねッ」 
 三白眼の生徒はスラックスのポケットに両手を突き入れると、そそくさと去っていってしまった。
「待ちなさい! クラスは?」
 ひとり、またひとりと解散していく。
「クラス別々なんで……、ぼくたち。先生方には"四峯(よんほう)"って言ってもらえたら伝わると思うんですけど……まぁ、やめておいたほうがいいですよ」
 髪の長い生徒だけが残った。そして強張った笑みを見せてから、他3人と同様に散っていった。
 若者というのは徒党を組みたがる。そして仰々しい名前を冠したがる。珍しいことではない。
 睦海は消えていく後姿を睨み終えると、蹂躙されていた生徒へ目を向ける。
「あなた、名前は?」
 人形の肩を抱いているようだった。生き物と接している感じがまるでなかった。息遣いすら感じられない。
「霧生(きりな)です」
「霧生……何くん?」
「霧生(きりな)瑞姫(みずき)です」
「クラスは?」
「3年S1組です」
 瑞姫と名乗った生徒は赤いネクタイを結び直す。S1組は特別待遇学生、通称「特待生」と呼ばれ、S1組は学費が全額免除になると白峯学院のパンフレットには書かれていた。
「このことは、ちゃんと保護者の方にも、担任の先生にも、お話しておくから……」
 マンホールの蓋のような瞳が睦海に転がる。
「必要ありません」
 テレビで観たことのある、人型ロボットと対峙しているかのようだった。けれども眼球の水気といい、薄桜色の唇といい、無機質とは断じられない生気も併せ持っている。
「必要ないって……どうして? 仕返しされちゃうかもって、不安なの? 大丈夫よ。学校が守るわ、あなたのこと……」
「学校は守りません」
「どうして……」
 センサーにしては生々しい両つのレンズが真っ直ぐに睦海を射抜く。
「先生も守りません」
「え……?」
 霧生瑞姫は睦海と話している途中ということも忘れたのか、すっくと立ち上がった。
「"四峯会"には逆らわないほうがいいです」
「"四峯会"って……? 生徒会みたいな?」
 風呂場の排水溝のような目が睦海を見下ろした。
「違います」
 霧生瑞姫は足元に落ちていたものを拾った。嫋(たお)やかな指先が拉(ひし)げた花を摘んでいる。花弁に潰れたしみができていた。しかしごみを拾う風情ではなかった。細い指同士で抱えている。
「花が好きなの……?」
「いいえ」
 霧生瑞姫もまた今し方の生徒たちと同様に颯爽と歩いていってしまった。



 睦海は溜息を吐いた。ベランダの手摺りに伏す。校庭ではサッカー部が声を響かせ、ボールを蹴っている。
――ああ、霧生には親がいないから。
 担任の教師の言葉に耳を疑った。霧生瑞姫という少年が天涯孤独の身であることについて、彼女は絶句したのではない。その声音に滲む嘲笑に怯(ひる)んだのだ。
――まぁ、親がいたところでね。それより春岡先生、あんまり白峯(ウチ)の事情(コト)には、首を突っ込まないほうがいいですよ。
 統合してから日が浅い。まだ認識は、白峯学院と光耀高校なのだ。すぐさま改まるものではない。部外者の指摘が耳障りに聞こえるのも無理はなかった。
「あ~」
「どしたん、むっちゃん」
 睦海は肩を跳ねさせた。ただの嘆きに返答があるとは思いもよらず、彼女は咄嗟に振り返る。彼女の斜め後ろの窓の下に、一之瀬鳳覇が尻をついて座っていた。手には学内の自販機で買ったと思しきいちご牛乳が握られている。
「いつからいたの?」
「いつからも何も、最初から。ここ、オレの特等席だもんね」
「……ああ、そう………早く帰ったほうがいいわよ。帰宅部よね」
 鳳覇は壁に背を預け、ストローを齧った。自宅と勘違いしているのかもしれない。
「なんか悩み事? 相談に乗ってやろっか? はろーかセンセ」
「結構デス」
 睦海は校庭に向き直る。
「オトナの事情(ジジョー)か」
「そ。大人の事情」
 鳳覇が笑った。睦海はその笑みを横目で捉えた。光耀高校の生徒だ。今は白峯光耀高校の生徒だ。
「白峯学院のお友達はできた?」
「全然。アイツ等オレたちと仲良くする気ないっしょ」
 ピンク色を吸い上げたストローが空気を漏らす。
「仲良くしなきゃ、ダメよ。仲良くしなきゃ……」
「ケンカしなきゃいいだけだろ。わざわざ仲良くする必要はないね。なんで? どしたん?」
 睦海は上目遣いの生徒を一瞥した。
――とりあえず、その件については分かりましたから、もういいですよ。こっちで上手く処理しときますんで。
 職員室での出来事が甦った。該当生徒の特徴すらも訊きはしなかった。思い当たる節があるというのか。
「何でもないわ。一之瀬くんのほうこそ、何かあったらすぐ相談してね。報、連、相よ」
「ホウ、レン、ソウね。放浪、恋愛、ソーラン節。オトナは大変だぃな」
――元光耀(そちら)は元光耀(そちら)、元白峯(ウチ)は元白峯(ウチ)で良くないですか。お互いあるでしょ、不文律って文化(もの)が。
 睦海の口元が緩んだ。霧生瑞姫への虐遇を認知しておきながら、元白峯学院の教師たちは気拙(きまず)げに笑うばかりだ。あの生徒は一体誰に頼ればいいのか。
「子供ほどじゃないわ」
 鳳覇は目を見開いて首を捻る。



 統合に意味などなかった。同じ校舎に2校あるだけのことなのだ。
 睦海は昨日の出来事を思い出し、踵で廊下を叩いた。
 渡り廊下に差し掛かって、彼女は立ち止まる。奥まった中庭を見下ろした。木陰とベンチに座る黒い制服の男子生徒が見えた。
「こんにちは、昨日のせんせぇ」
 彼女は窓から顔を上げた。そしていつの間にか傍に佇む小柄な男子生徒を認めた。白い制服に、赤いネクタイが映えている。高らかな声といい、幼い外貌といい、彼女には見覚えがあった。目鼻立ちと癖のある毛先に異国の影を帯びている。蜂蜜色の大きな目には媚びた輝きが揺らめいていた。
「あなた……」
「昨日のせんせぇ、飛び降りようとしてるの?」
 少女と紛う音吐(おんと)に舌足らずな喋り口が、人を侮っているかのようだった。
「するわけないでしょう、そんなこと。それより昨日のこと、しっかり先生たちには報告しておきましたから。もうダメよ、あんなことをしたら……」
 大きな飴玉を嵌めた小さな顔が傾く。
「昨日のせんせぇ、言っちゃったんだねぇ……」
「春岡先生、よ」
「分かったよ、春岡せんせぇ。他三人(みんな)にも言っておくねぇ」
 煌びやかな蜂蜜色に雲がかかる。しかし小さな唇は莞爾(かんじ)としている。男子生徒は窓へと蜂蜜玉を転がした。そして目を剥いた。唇が大きく吊り上がり、大きな瞳には焔が迸る。手摺りを握る手が慄(ふる)えている。
 睦海はその横顔に、眉を顰めた。
「あなた……」
 もし彼女が、この生徒の視線の先を探っていたならば、黒い制服の生徒のひとつ隣で腰を下ろしている元白峯学院の生徒に気付いただろう。そしてその白制服の生徒が花を握っていることにも気付いたのかもしれない。
「あははは、せんせぇ、あははは。人のモノは奪(と)っちゃダメだよねぇ」
「そうね。人の物品(もの)を奪ったらいけないわね」
「もし奪られたら、取り返していいんだよねぇ。だって、ボクのモノなんだよ?」
「ええ……でも、穏便に……」
 昨日注意した童顔の生徒は、目を剥き、眸子(ぼうし)に炎を逆巻いて、去っていった。その後姿ならば、背が低くとも端然として高校生に見えた。


 陽射しは強いが涼やかな風が吹いている。
 校庭では昼休みを余した元光耀生たちがスラックスを捲り上げてサッカーをしていた。
 睦海は体育教師に頼まれ、体育倉庫の鍵を開けに行くところだった。早々に用を済ませ、戻ろうとしたとき、彼女は足を止めた。グラウンドは低地に作られ、芝生の生い茂る斜面で囲まれている。そこに座る後姿に気を取られた。肩に届くほど髪が長い。けれども背格好から男子と分かる。
 昨日の生意気な集団だ。団体名まで付けているほど、こだわりのある編成のようだったが、彼は一人だった。
「混ざらないの?」
 後ろから声をかけると、髪の長い生徒は顔を上げた。昨日、他3人から向けられた侮蔑や嘲笑、赫怒の色はない。ただ睦海をその目に入れている。細く整えられた眉に幾分、神経質な感じがあるが、威圧的な態度ではなかった。
「ああ、昨日の……」
 そよ風が櫛を通したばかりのような髪を靡かせる。或いは髪を伸ばし、加工に励む女子生徒よりも手入れを欠かさないのかもしれない。
「春岡です」
「春岡先生か……」
「さっき、昨日すごく怒ってた子に会ったよ」
「ああ、渦織(かおる)?」
「渦織くんって言うの?」
「そう。幼馴染でさ」
 髪の長い生徒はまたサッカーに向き直る。
「君は?」
 生徒の苦笑いが戻ってくる。
「先生、本当に何も知らないんだね。まぁ、渦織知らなきゃ、おれのことも知るワケないか」
 髪の長い生徒が卑屈な響きを持って鼻を鳴らす。
「有名人……?」
「まぁまぁ。そのまでじゃないよ。おれは流希波(るきは)。ルキって呼んで」
 霧生瑞姫といい、最近の若者は何故、氏名を教えないのか。
「流希波、何くん?」
「違うよ、流希波は下の名前。先生、天然?」
「苗字は」
 のらりくらりと睦海を躱す愛想笑いが一瞬、引き攣った。
「下の名前で呼ぶと問題になるとか? セクハラだって?」
「教師と生徒よ。友達じゃないわ」
「………」
 女性的な線の細さを帯びた顔から表情が消える。
「……いいだろ、苗字なんか知らなくても。学籍番号でもメモしとく? SB3の……」
 彼も特待生のようだ。
「どうして苗字、教えたくないの」
 流希波は立ち上がった。芝生につけた尻を叩く。そしてピンバッジの刺さった緑色のネクタイを直す。指に石ころのような銀色の輪が嵌っている。頭髪も装飾品も校則違反だ。
「んー、指名手配犯だから」
 流希波は先程の童顔の生徒よりも幼い面構えを見せる。
「まぁ、調べれば分かるよ。SB3-3の07ね。別に、ここでおれの名前が分かったって、説教して終わりでしょ。色んな意味で……」
「どういうこと……? わたしは確かに光耀高校から来たけれど、今はもうそんなの関係ないでしょう。あなたが生徒なら、先生は……」
「ああ、いいって、いいって。先生も別に新任ってワケじゃないでしょ。何人もそういうの見てきたし……悪いこと言わないから、ホント、あんまり関わりなさんな。おれにも、渦織にも」
 睦海は右に左に首を傾げた。
「先生にも何か事情があったのよ……わたしは先生として、生徒が悪い方へ悪い方へ行ってしまうのは、見過ごせないわ」
 瓜実顔に飛び立つ鳥の陰が駆けていった。


 流希波が呼びに来たのは放課後のことだった。彼は無言のまま、睦海を見つけた途端に腕を掴み、元白峯学院が主に使っている新築校舎へ彼女を引き摺った。
 3年2組は特待生Aのクラスだった。
 流希波は飄々として睦海の手を放すと、廊下を戻っていった。
 睦海は教室を覗いた。
「泥棒! 泥棒! 泥棒!」
 聞き覚えのある高らかな声が室内に谺(こだま)する。
 しかし見えるのは白い制服の人集(ひとだか)りだった。張り詰めた空気のなかに、睦海は足を踏み入れる。生徒の一人が彼女に気付き、また一人と、彼女に気付く。人集りが拓(ひら)け、中心部が見えてきた。
「何をしているの……?」
 誰にともなく問うと、中心に立っていた生徒が振り返る。霧生瑞姫だった。
「何って、ナニだよ」
 ロッカーの天端に座り、膝で頬杖をついているのは、昨日にもいた三白眼の生徒だった。端には桔更と呼ばれていた生徒も無表情に座っている。
「先生が言ったんだよ、奪られたものは、取り返していいって……」
 渦織が笑っている。
 睦海は霧生瑞姫をもう一度見遣った。彼は下半身を露出し、机に擦り付けていた!

【TL】灰色の不文律

【TL】灰色の不文律

金持ち支配者貴族集団に首を突っ込んで蹂躙される女教師の話。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2026-05-01

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