回廊の中で 【巻3 針の少年】

魔法の迷路・「回廊」に挑み続ける女性、灯火志義(あかり・しぎ)は、回廊にいる〈誰か〉の一人、ジルダゼラミとの対話に成功。ジルダゼラミは回廊から解放された。
もう一人の〈誰か〉、フウを救ってほしいと頼まれた志義は、引き続き回廊に入っていく。
少しずつ集まる重要な手がかりと、友人たちの助力も加わり、志義は確実にフウに近づいている。

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1,新発見

★★★

――見えなくても、ある。それは事実なんだよ。

回廊の入口で〈こだま〉を聞き、志義は走り出す。
何度か聞いた、同じ少年の声。

「フウに違いない。今なら居る」

時間が掛かると解っていながら右ルート、即ち中心部への「必着ルート」を選んだのは、気まぐれで道が変えられてしまう可能性が否定できない左ルートを怖がった為だ。

その不安感は、どうやら相手に伝わっていたらしい。

志義が中心部に着いた時、空間は無人であった。

「微妙な心の揺らぎまでも、会わずして見抜く力を持つのか……」

現在、唯一の回廊管理者たるフウは、どこまで不思議な能力を得ているのか。

今更心の動揺を隠しても無駄だと思い、志義は冷静になろうとする常の癖を止め、大きく溜め息をついた。

それでも、志義の観察眼は無意識で働いた。

「回廊の道、16本」

中心部を囲む道の数である。

「え、16?」

彼女にとって、大発見だ。

「ジルダゼラミの空間は、17本だったはずだ。どういう事だ」

空間をよく見てみる。
ジルダゼラミの中心部と比べて、やや小さい印象がある。

「中心部が変化するのか。――あるいは、中心部が2つある、とか!」

どちらだろう、と考える。
志義が信じられたのは、後案だ。

「そうであるならば、中心部には、ジルダゼラミの空間とフウの空間の2種があり、どちらに辿り着くかは、来る側には選べない、という事か。
この推測通りなら、私が居るここはフウの物」

天井を見上げ、志義は叫んだ。
「私は決して逃げない。姿を見せて。私に会って」

回廊の中にまだフウは居ると思い、聞こえている事を願った。

反応らしき何事かは起きない。

背負った小さめの鞄から、腕の長さで切った青い毛糸を出す。

「これを置けば、私が来た事に必ず気付くだろう」

呼びかけが聞こえていなかった場合の、保険である。
中心部の中央の床に、目立つように置いた。

志義は適当に選んだ道から回廊を出た。

本格的な秋の風が、涼やかに竹林を抜ける。
頭上の空は、幻想的な紫に染まった。

★★★

回廊を去った志義と入れ替わるように、フウが中心部に戻ってきた。

「回廊の中には、誰も居ないな」
フウはほっとした表情になる。

途端に、険しい顔つきに一変した。

中心部に、見慣れぬ物体がある。
青い毛糸である。

左手で拾い上げ、
「一体、誰が」
と呟いた。

目は、一つの道に注がれる。

「あの人だ。この3年間、回廊で最も数多くやってきた、あの女性に違いない。
それにしても……」

毛糸をぎゅっと握り、焦点の合わない黒い瞳に、遂にこの空間に辿り着いた人物の影を描いた。

「あの氷の心のジルダゼラミを解放させるなんて。あの人は、一体何者だ」

暫くその場に佇んでいたが、ゆっくりと床に座り、抱えた膝に顔を埋めた。

フウが右手を挙げた。

突如、短い針が出現し、彼を囲んで回り始めた。
針は勢いよく回転を掛けてフウ目掛けて飛ぶ。

急に挙げた手を顔の前に翳した。
針は彼の体すれすれで止まる。

力が抜けたように手を下ろすと、針は全部消え去った。

「やっぱり駄目だ……。できない」

目を開けて顔を起こす。
悔しげにも悲しげにも見てとれる。

視線が、左手にある毛糸に注がれた。
「そろそろ、彼女に会って話してみるのもいいかな」

フウは仰向けに寝転んだ。

「果たして、彼女はまた来られるかな」

2,消したい思い出

★★★

「これだから、『誕生会』なる物は」

あからさまな溜め息を何度もついて、絞るように志義は言った。

10月18日。
今日は志義の19歳の誕生日だ。

打ち合わせた誕生会は、志義が譲らなかったチーズケーキがとてもおいしかった事以外、全ての約束が破られ、派手な宴と化した。

店員もが加担者になったこの宴は、貸切状態(本当はただ他の客がいないだけ)のカフェの中に広い空間を設け、康太と真貴也がダンスを披露する、というだけなのだが、志義に言わせれば、

「くどい。しつこい」

康太と真貴也の特技の発表会でしかない。

本格的なヒップホップダンスに、花鈴や店員等が歓声を上げる中、主役であるはずの志義はチーズケーキを見つめたまま暗い顔をしていた。

(あの時の物は、どこで手に入れていたのか……)

深い思い入れのあるあれとは全く違う品であるが、味は似通っている。
ただ、その思い出があった場所と、今居る場所は遠く遠く隔たれている。

(同じ物ではないはずなのに)

「ねえねえ、たった今思いついた」

康太が真貴也と共に、志義と花鈴が居るテーブルに戻った。

「何を」
面倒くさそうに志義は返事をした。

きらきらした目付きで、康太は言った。

「来週、四人で回廊に行こうよ」

志義が顔を上げる。

「四人で」
花鈴が意外そうな声で、志義の代わりに聞く。

「賛成」
真貴也。
「そろそろ、みんなと行きたいなって考えてたんだ」

「私は……ええ、行くわ」
花鈴も答えた。

「志義はどうするの」
康太が催促する。

(1人で行く時とは違った成果が得られるかもしれない)

「分かった。全員で行こう」
暗めの表情を取り外して、志義は言った。

「ようし、決まり。来週、回廊の前で集まろう」
康太は言いながら、またも広場へ行く。

「真貴也、やろうぜ」
「おう」

店員が曲を掛けようとする。

志義が立ち上がった。

「私、帰る」

回廊の事よりも。
自分の誕生日の事よりも。
友の歓迎よりも……。

頭に浮かび始めた忌まわしい記憶を再び封印する為には、独りでなければいけない。

志義は、一刻も早く家の自室に籠りたかった。

回廊の中で 【巻3 針の少年】

回廊の中で 【巻3 針の少年】

命の価値なんて分からなくても、生き続けろ!

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更新日
登録日
2026-04-25

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