枯れ木も山の賑わい
まさかの光景が「今にもぶっ倒れそうな庵の裏山」に登場。残念ながら人類には不可視であるが、文章でのお届けはできそう。
この環境は。
裏手には山の斜面が迫ってきている。東京・名古屋・京都・と経由し奈良に古い戸建てを購入した。広い間取りは5LDKと一人にしては必要も無い程。
古いという事は、いろいろな仕掛けが潜んでいる奇怪なお屋敷、のような一面も窺える。
「するってーと~さしずめ~忍者屋敷?」
あら?知らぬ間に東京から「江戸下町小僧」を連れてきたようである。
まあ確かに鴬(うぐいす)張りやどんでん返し・カラクリ天井・などのからくりまがいのものはあるが?それに・・忍者が出没し、うっかりすると寝ている間に天井の節穴(ふしあな)から垂らした糸をつたい毒が盛られる事も?そのシーンは「市川雷蔵主演・新忍びの者・霧隠才蔵」中に見られるが「徳川家康を追ってきた忍者霧隠才蔵が必殺の手口を披露するシーンがあり、糸の先は家康が熟睡しながらも半分開けたままの口のすぐ上まで下りてきている」。
忍者だけではない。武士も姫も総出演で加わる事もある。いや、これを解説すると「TVやラジオの放送を一切見ず、iPhoneのニュース検索までやらないが、DVDで古い昭和の映画はよく見るから、映画のキャラだったり出演の俳優陣もオールスターで訪れる~という事になる」。
従い、家の門には「昭和の俳優たちの名札に花を添えたもの・が勢ぞろいでかけられ、玄関ドアの上には【幻夢竹庵(げんむちくあん)】記載の板。
それで・・その門にもこんな触書(ふれがき)が・歓迎・ご一行様ご案内・当庵主(とうあんあるじ)」というのは、この俳優の方々は高齢者や既に亡くなられている方々も少なくないから、現役を引退し余裕で当庵を訪れるだろうことを想定し・・ということ。
生死は此の家では問われない、という事になる・・から、案外油断は禁物・・なのである。しかし、その実、カラクリなどにはこんな解釈もつけようと思えばいくらでもつけられるのだが・・。
鴬張り(うぐいすばり)というのは「廊下を忍者など誰かが歩くと、鴬が泣いたように音を放ち知らせる」ということなのだが、庵があまりに古い為廊下が歪んだり軋(きし)んだりするからとも・・。
家の南が山の斜面であるから、日差しは早めに終い=日照時間が少ない~湿気が多い。そういう家は床下が傷みやすいので、別にシロアリのせいではないようだ。
この解釈は他にも通用する。時代劇・市川雷蔵主演・姫八千草薫・「濡髪剣法(ぬれがみけんぽう)」で登場するシーン、悪代官たちの仕掛けはこうだ「高齢の殿とその子供である雷蔵殿様をあの世におくらんと謀(はか=陰謀~)り天井が下がって来部屋にいる者達を潰す」、というのはこんな風に「家が旧いので、時々天井が落ちて来たり、忍者隠し=どんでん返し=これは歌舞伎で使用される名称で歌舞伎では此のカラクリ=これも家が古いせいで偶に壁が回転したり歪んで見えたりする~」。
そればかりではない。
寝ていてふと目を覚まそうものなら「天井も旧いので隙間があり、そこから霧隠才蔵の糸が下りてくれば・・いや、毒では無く酒だったりする=この解釈は、当庵の主が酒好きで深酒(ふかざけ=飲みすぎ)をすると、それに付け込んだ忍者たちが・・」。
ひどい時には、寝ている部屋にゴロゴロ何人もの時代物の武士や姫に農民が寝ていたり、亡霊までも、と非常に愉快・痛快丸かじりなのであるし、陰陽師である阿部晴明も良く訪れる。
それで、家の門の表札にはこうある「市川雷蔵・京 綾乃」、これは名優で惜しくも人気絶頂にも拘らず39歳の若さでこの世を去った市川雷蔵と庵の主の小説の主人公である「世界三大美女の一人とも言われる小野小町がモデルである京 綾乃」の家でもある、という事。
雷蔵は関西歌舞伎出身で大映の看板スター、優秀な割には実に謙虚・真面目で、演技がいい加減で不真面目な者達を嫌ったと言われている。
これは、正に現代に通用する事であり「実力がある者は謙虚であるという事が要求され、彼のファンクラブは未だにあると言われているが「キャーキャー騒ぐ女性ではなくIntelligentsiaが多い」事でも彼の人気のレベルが象徴されている、という素晴らしい役者なのである。
大映では「二枚看板とも言われた勝新太郎=雷蔵の共演者・幼馴染・で有名な中村玉緒の夫=やはり関西歌舞伎出身とか~」曰く「・・雷ちゃんは鼻の下で斬っているよ・・(笑)」と言われる程女性の人気をさらったようでもあるが、真面目な家族で家の外と内のけじめをつけていたよう=これは、松竹映画の人気者・渥美清にも言えるようである~。
こういうところでも「現代に最も欠けている事柄である【実(みの)るほど首(こうべ)を垂(た)れる稲穂(いなほ)かな=現在不足している米=稲穂~は豊作であればあるほど実が重くなり、頭を下げたように謙虚になるという光景からつけられたことわざである。】」
さて、枯れ木も山の賑わいとは「つまらないものでも存在するだけで場が賑やかになる」ということわざ。
それ、当庵の裏山には色とりどりの花が咲き誇り=とは言っても豪華絢爛というよりは「質素で美しいモノたち」~どころか、鴬が絶えず鳴き=風流だと言われるが、実は求愛のサインの一つでもあるとも解釈をされている。
「たのも~」
大声と共に現れたのは、ご存じ東大寺のるしゃな仏=大仏~と思いきや・・後から後から続々と現れてきたのは「興福寺の阿修羅その他」「中宮寺の弥勒菩薩=黒みがかり輝く仏像=京都の弥勒菩薩も有名で木目も美しいが、また違った風情であり、作られた時代や環境が異なったことを示している」「法隆寺や薬師寺=豊満な量感の感じられる三尊他~たち」「朝鮮の百済(くだら)から来た百済観音=木製でひょろ長く薄い感触の仏像・百済・任那・新羅・高句麗・といった時代があった。仏像であるから仏教からの出典になり、Indiaからシルクロード=絹の道~を経由し蒙古やChina・朝鮮から海上経由でJapanに至った。西遊記(さいゆうき)、は三蔵法師(さんぞうほうし)と言われているが、シルクロードを舞台にしたお話で、玄奘(げんじょう)という坊さんの別名、これに孫悟空(そんごくう)=仏教ではこの【悟空】という用語が多用されており例えば「人身御供」も関連しているとされている~・八戒(はっかい)・沙悟浄(さごじょう)が加わり話を持ち上げるお話である」が仏教は世界三大宗教の一つであり、アジアの国は大抵仏教=大きく分けると三つになる・部派・大乗(ヒマラヤを迂回し伝播した。例えば、Chinaの航空機会社のAirChinaで北京からパリに向かう途上、眼下に見えてくる光景の極一部あたりを伝播・通過したと思われる。)・大乗(China南部から朝鮮を経由した日本の仏教)・~やイスラム教信者が多い。従い、西遊記はこんな事になる。繁体字: 西遊記; 簡体字: 西游记; 拼音: Xī Yóu Jì; ウェード式: Hsi-yu chi; 粤拼: sai¹ jau⁴ gei³、タイ語: ไซอิ๋ว、ベトナム語: Tây du ký)。
この西遊記と共にこんな事があった。1978年日中平和友好条約が調印されChina政府の協力でChinaでのロケが可能になり、特にChina桂林を含む複数個所での本格的な海外ロケが行われた。
昭和のテレビ産業が国を超越し作品を制作した、極稀な実例でもあり、その制作環境は映像史の転換点とも言われる。
裏山の斜面では仏像たちが集まり何だかんだとの賑わい。鳥が舞ってはさえずり、とりどりの花が咲き誇る・という誠に結構な光景が庵から窺える。
更には、宇宙創造者とも言える「第三の彼」も、「宇宙の果て」なる空間から自在にその光景をほほえましく見ているようである。この宇宙がどのように創造されたかについては何れまた・ヒントとし、人類のように造ったのではなく・・言い方が難しいが、宇宙はそのまま「ばらまかれた結果、実に芸術的な姿を披露させてくれているという事でもある」
時間の都合で(作曲・編曲・即興live演奏・小説も複数同時進行、と、創造活動を同時に進行させているから忙しい。)ここまで・・また機会があらば・・何時の日にか・・(笑)。
枯れ木も山の賑わい
同時進行での創造活動故・・手が足りぬ・・千手観音ならぬわらわ、は・・(笑)。