連載短編小説『人生は変数 』
連載短編小説
1.人間の成長には、誰にも頼れず、完全に自分ひとりで通らなければならない「孤独の隧道」
誰かがトンネルの入口まで一緒に来てくれることはある。懐中電灯を渡してくれる人もいる。でも、実際に暗闇の中を歩くのは自分自身である。
49歳になった秋、南尾想(みなみお そう)の人生からは、一切の色彩が消え失せていた。13年という歳月を積み上げたはずの結婚生活は、あまりにも呆気なく、一枚の離婚届によって霧散した。「あなたを、許すことはできない」妻・沙織(さおり)の冷徹な声が今も耳底に澱(おり)のように溜まっている。行きつけのバー『月とギター』で知り合った三枝 彩(さえぐさ あや)という女と重ねた、一夜限りの過ち。それは彼女にとって、何万回、何十万回と想を責め立てるための正義の剣となった。想が抱いた身を切るような罪悪感を、彼女は『完璧な被害者』という仮面を被り続けるためのガソリンにしていたのだ。想はその残り火で焼かれるように、離婚の条件をすべて呑み、娘と引き離される運命さえも「罰」として受け入れた。
離婚届を出してから、季節が二度巡った。そんなある日の夕暮れ、大学時代からの共通の友人である東村拓也と、袋町の古い喫茶店で顔を合わせた。東村は、想のやつれ具合を憐れむような目を向けながら、コーヒーカップを置いた。「想、あまり自分を追い込むなよ。それから、これ。言おうか迷ったんだけど、耳に入っちゃう前に伝えておいたほうがいいと思って」東村の口から漏れた言葉は、贖罪の日々を根底からあざ笑うものだった。「沙織、再婚したらしいよ。相手はなんと、俺たちのゼミの先輩だった北山先輩らしい。たしか、当時から仲が良かったよな」友人から投げつけられた言葉は、平穏を取り戻しかけていた私の背後から容赦なく心臓を貫いた。心臓が嫌な音を立てて脈打つ。喉の奥が熱くなり、吐き気がせり上げた。再婚相手の名を聞いた瞬間、想の中でパズルのピースが次々と嵌(は)まっていった。その男の名は、結婚生活の端々で『相談相手』として元妻から名前が出ていたからだ。
東村から聞き出した事実は、残酷なまでに明快だった。ふたりの関係は、私と沙織が誓いを立てる前から、そして13年の歳月の裏側で途切れることなく続いていたのだ。そして「罰」だと思っていた2年間は、彼女にとっては「乗り換え」のための、単なる調整期間に過ぎなかったのだ。その瞬間、想の世界は音を立てて崩れ落ちた。かつて見上げた高く澄んだ青空は、一瞬にしてどす黒い渦を巻く闇へと反転した。娘を囲んで笑い合った誕生日も、苦楽を共にした日々も、すべては精巧に塗り固められた「まやかし」に過ぎなかった。自分が守ろうとしていた幸せは、砂上の楼閣ですらなかった。底なしの沼の上に描かれた、虚像の絵画だったのだ。信じていたすべてが深い失望と絶望に塗りつぶされ、出口のない闇の底へと沈んでいった。今の自分は、まさにその暗がりの中にいる。前を見ても後ろを振り返っても、光は見えない。鏡に映る自分はよき父だった頃の面影など微塵もなかった。ただ、長年手入れを怠り、離婚前より10キロ太った情けない男がそこに立っていた。
つづく
2.鏡の中の自分に絶望した翌日から、このままではダメだと「抵抗」を始めた。
もとの体重まで戻すため、自宅から職場のある千田町まで、路面電車を使わずに歩く。広島城の堀沿いを通り、紙屋町の雑踏を抜けるルートだ。しかし、2年の贖罪で蓄積した10キロの肉は、歩くたびに息が切れ、彼の自尊心を削り取る。この程度で「息切れをするのか?」と眉間に皺があらわれる。一カ月続けても、体脂肪計の数字は無慈悲な定数を刻み続けた。早朝の平和大通りは、軽快に走り去るランナーの姿を見かける。「自分だけがこの街の重力に縛り付けられているみたい」という疎外感に苛まれた。
ある雨の帰り道、パセーラの窓ガラスに映った自分を直視し、想は立ち止まった。黒い傘の下、濡れたコートを纏って立ち尽くす男。窓の向こうの華やかな照明に照らされるほど、自分の輪郭は雨に滲み、境界線を失った泥人形のように見えた。「自業自得だ」 脳裏で、自分自身の声が呪詛のように繰り返される。一度の不貞を犯し、それを沙織に知られた時のあの底知れない恐怖。声を震えながらひたすら謝り続けた夜の冷たさ。彼女の冷徹な眼差しを「正義」と信じ、跪き続けてきた二年間。だが、そのすべては、彼女が思い続けていた男の腕に抱かれるための「舞台装置」に過ぎなかった。
自分が犯した過ちの重みと、それすらも他人の快楽のために消費されていたという空虚さ。その二つが混ざり合い、胃の奥でどろりと重く、冷たい澱(おり)となって溜まっている。怒りとも悲しみとも違う、ただ、自分の存在そのものが「汚染」されているような生理的な不快感。この脂肪も、この浅い呼吸も、すべてはその汚染の蓄積に思えた。
繰り返される思考を殺したかった。立ち止まれば、その名状しがたい嫌悪感が全身を這い上がってくる。歩いても、一駅分程度の負荷では、脳内の泥とついた脂肪は一向に消化してくれない。もっと、骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるような「絶対的な痛み」で、この内側を洗浄しなければならないのかもしれない。
その時、視界に入ったのが、古い雑居ビルの看板だった。『ヨガスタジオ・パラジャスト・ラ』
脳の片隅で、埃を被っていた記憶が不意に覚醒した。大学の授業で内容でマインドフルネスと教授が黒板に書いた言葉だ。ヨガの本質は、チッタ・ヴリッティ・ニローダ(心の止滅)にある。
当時は、統計学の冷徹な数字や、合理的な心理分析に傾倒していた想にとって、それは単なるオリエンタリズム漂う「知識」の一つに過ぎなかった。 マインドフルネスが説く「判断せず、ただ今の状態を観る」という境地。それは、今の自分にとっての救済ではなく「自らを徹底的に観察し、この醜い現実を逃げ場のない痛みとして脳に刻み込むための、冷酷な観察眼」として必要だった。
自分という存在を、痛みと沈黙のなかに叩き込み、一滴残らず絞り出したかった。かつて論文の中でこねくり回していた「自己受容」や「レジリエンス」といった言葉が、いかに空虚であったか。それを証明するために。あるいは、その空虚さの底にある「真実」を、筋肉の悲鳴を通じて掴み取るために。
錆びついた扉を押し開けた。「……体験を、お願いします」
つづく
3.ヨガを始めて半年が過ぎた。
最初の2ヶ月は、錆びついた関節が上げる悲鳴と、逃げ出したくなるほどの筋肉痛に悩まされた。だが、時間が経つにつれ、その痛みは心地よい拍動へと変わり、今では呼吸を深めるたびに全身を巡る確かな快楽へと姿を変えていた。
ヨガマットの上に滴る汗は、心身にこびりついていた「汚染」が、一滴ずつ体外へと濾過されていく証のように思えた。当初、インストラクターが口にする「慈悲」や「癒やし」という言葉を、想は自分には分不相応なものとして拒絶していた。しかし、マットの上で自分を縛り付けていた執着を手放し、ただ呼吸と動作を一致させていくうちに変化が訪れた。
最も顕著だったのは、脳内を支配していた「反芻思考」の劇的な軽減だった。過去の過ちや沙織の冷徹な眼差しが、止まることなく脳内で再生されていた。その思考の渦に飲み込まれるたび、ネガティブ感情の闇に沈んでいた。だが、ヨガの呼吸法が暴走する脳の回路を物理的に遮断してくれた。吐き出す息とともに過去のノイズを追い出し、吸い込む息で「今、ここ」の平穏を取り込む。その繰り返しが、執拗な記憶の反芻を穏やかに解きほぐしていった。
目に見えない心理面の浄化とともに、身体面の変化も劇的だった。筋肉の素地を持っていた想の身体は、10キロの脂肪は削ぎ落とされることにより、下から現れたのは、中年の弛みなど微塵もない、筋張ったがっちりした肉体だった。かつては重い脚を引きずりながら歩いた千田町までの道のりも、今や「抵抗」ではなく、ただの軽やかな「移動」に過ぎない。
あの日映った鏡の中の泥人形は、どこにもいなかった。代わりに立っていたのは、冷徹な観察眼を持つ「静かな男」だ。もともと備わっていた鋭い洞察力と、極限まで絞り込まれた肉体。その二つが歯車のように噛み合ったとき、想は自分の人生が再び「自分の手」に戻ってきたような、静かな、しかし確かな手応えを覚えていた。
だが、それはあまりに脆い、嵐の前の静けさに過ぎなかった。
つづく
4.その夜、想は紙屋町のスタジオで最後の一時間を終え、アパートへ戻った。
かつては重い脚を引きずり、抵抗を感じながら歩いた帰路も今では軽やかな「移動」に過ぎない。シャワーを浴び、白湯を飲みながらヨガの呼吸法で心拍を整える。紙屋町の騒乱を離れ、独りの静寂に戻るこの時間は、以前の彼なら沙織への罪悪感を反芻する地獄だった。
だが今の想には、静かで穏やかな時間があるだけだった。
その穏やかな時間を、消し忘れていたテレビ画面が時間を止めた。
「本日午後二時頃、呉市下蒲刈町の海岸付近で、身元不明の女性遺体が発見されました……」
画面に映し出されたのは、潮騒に洗われる見慣れた風景。そこは、想の田舎であり思い出の場所であった。
ニュースは続報として、遺体が広島市在住の南尾沙織さん(53歳)であると特定されたことを告げた。
「……南尾、沙織」
その名を口にした瞬間、想の心臓が喉元まで跳ね上がった。
視界が歪み、立っていられなくなるような感覚。だが、ヨガで繰り返した習慣に従い、無意識に吐く息を長くした。
必死に暴走しようとする脳の回路を、物理的な呼吸で繋ぎ止める。
だが、思考の嵐は止まらない。驚きや悲しみよりも先に、鋭利な「違和感」が濁流のような混乱となって脳内を駆け巡った。
混乱のあまり、想の思考は極端な方向へ舵を切った(別人だ。これは、沙織じゃない)。
東村からは、北山先輩と再婚したと聞かされていた。幸せを掴んだ彼女が、今さら旧姓で呼ばれるはずがない(広島には南尾という姓は他にもいる。53歳という年齢だって、考えれば単なる一致の範囲内だ。そうだ、これは同姓同名の別人のニュースに違いない……)
そう自分に言い聞かせようとするたびに、テレビ画面に映る「県民の浜」の風景が、逃げ道を塞いでいく(南尾……沙織? なぜだ。彼女は、北山と再婚したはずじゃないのか)
(いや、でも、もし彼女だとしたら……なぜ『北山』のはずだ)
思考が乱雑になっていく。再婚したはずの女が、なぜ旧姓で死んでいるのか。もしや再婚話そのものが嘘だったのか? いや、それとも……。答えの出ない問いが脳内で火花を散らし、思考の回路が焼き切れる寸前、電話の音が響いた。
「想……ニュース、見たか? 大変なことになったな」
東村の声が、部屋の静寂に突き刺さる。
つづく
5.「東村…沙織のことを言ってるのか?」わたしは少し苛立った。
「それならテレビでは『南尾』と言っていた。……別人の間違いじゃないのか?」と淡々と答えた。
だが想の声は弱々しく、縋るような響きを帯びていた。電話の向こうで一瞬、真空のような沈黙が流れる。東村が次の言葉を「選んだ」ことを想の耳は見逃さなかった。
「……想、気持ちはわかる。信じたくないよな。でも、残念だが本人なんだ。北山先輩から直接連絡があったんだよ。沙織さんは、北山先輩と……その、籍は入れてなかったらしいんだ」
(籍を入れていなかった?)
想の脳内にある論理回路が、即座に不規則なエラー波形を描く。東村は半年前、あれほど自信満々に「彼女は北山先輩と再婚して、新しい人生を歩んでいる」とお前にはもう関係のない人だと思って身を引けといった。それが今、しかもこのような極限状況で、いとも容易く「籍は入れていなかった」と修正されたのだ。
「籍も入れずに?」想は独り言のように声を漏らした。その呟きは困惑ではなく、敵の綻びを確認するための合図だった。
「……想、お前は動くな。今さら元夫が現れたら、話がややこしくなる。スキャンダルは命取りだぞ」
東村のその言葉に、わたしは喉の奥で冷めた笑いを飲み込んだ。一見すれば旧友の忠告だが、薄っぺらな優しさに過ぎない。
そもそも、警察が遺体の身元を特定した際に真っ先に連絡を入れるのは、戸籍上の家族だ。つまりわたしの娘だ。そして娘に連絡があれば、わたしが遺体を確認しに行くのは至極当然の手続きであり、それのなにがキャリアを傷つける「スキャンダル」になるんだ?
東村も、そんな子供騙しがわたしに通じないことくらい百も承知のはずだが、なぜこんな稚拙な嘘を吐く?
わたしは白湯を口に含み、熱が喉を通る感覚を確かめる。呼吸を整え、ノイズを削ぎ落とした先に1つの仮説が浮かび上がった。
わたしを「騙そう」としているのではないだろう。ただ「警察から連絡が来るまでの、わずかな時間」を稼ぎたいだけなのだ。もっと別の、現場の人間しか知り得ない情報の書き換えか、あるいは警察への「先回りの根回し」に違いない。
(俺に娘と接触させず、一刻も早く、俺自身に『納得』させて動きを封じる……)
東村の電話は、そのための時間稼ぎの、いわば「初動の揺さぶり」に過ぎなかった。
わたしは、空になったマグカップを置いた。呼吸は深く、静かだ。
車のキーを掴み、夜の広島へと滑り出した。目的地は「県民の浜」だ。
つづく
連載短編小説『人生は変数 』