息を吸っても、心はからっぽ。

天才とはなんだろう。

僕にはピアノの天才なんだ。
そう母と父に褒められた。
ピアノを弾くと、宿題があろうとも
学校があろうともずっと、ずっと弾きたくなる。
ト音記号、へ音記号、一分音符、四分音符

勉強で100点が取れなくテモ、

可愛くおねだり出来なくテモ、

人に愛されなくテモ、

ピアノを弾けば母も父も
僕を認めて、愛してくれる。

ピアノが弾ければ、、生まれてから
ず〜っと、ぽっかりと空いてる心の穴が、
弾けば弾くほど埋まっていくような、
そんな感覚を感じていたんだ。
そう、僕には「ピアノ」しかないと思う。
ピアノがなければ僕は…
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二十になり僕はピアニストになった。
結構有名人になったし
100年に一度の天才とも言われた。
そんな人生の最高潮の時に彼を見つけた。

その日はテレビの取材もない日だったので、
ショート動画を適当にスワイプしていたら
YouTubeで彼を見つけた。
チャンネル登録者1000人程度、素朴なアイコン、
ピアノもそこまで高いものではない、
はずなのに僕より何十倍も、何百倍繊細で強烈で美しくて。
彼の音楽を聴けば聴くほど、
目から涙が溢れていく。
悔しい、クヤシイ、くやしい!
でもなぜか魅了されていく。
これが、本当に、
ピアノの才能があるってことなのだろう?

こんなに人が認めてない世間が許せなかった。
僕より凄い凄い
この人がみとめられてないなんて…
さまざまなSNSで彼を宣伝した。
彼もテレビに出るようになった。
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21の5月、君と初めて会った。
彼はまだ高校生だった。
さまざまな音楽の話をしていると
彼が一際大きな声で言ってくれた。
「あなたのおかげです!
 あなたのおかげで俺は有名になれました!」
今でも蝉の声を聞きながら思い出す
僕が一番欲しかった言葉、
自尊心がたっぷり満たされる。
言ってくれた言葉を思い出すと
どんどん、どんどん心臓が早くなって、
どんどん、どんどん気持ち悪くなって、
そんな時に彼の音楽を聴くと、

頭から脳みそを引きずり出したくナル。

彼への愛で満タンの胃をあげたくナル。

涙で湖を作り溺死したくナル。

僕では触れない、自分の中の大切な所を
思いっきり掴まれたような感覚にナル。

そしてどんどんデカくなった
心に穴をグサグサ刺すような音楽。
僕は彼の音楽が大好きだし、
彼の天才の所業が嫌いだ。
僕だってこんなに努力してきたのに。
ばかに、なりそうなドキドキと、
止まらないしょっぱい涙。
そんな複雑で、
名前がない感情を感じていると、
前、彼と交換したLINEに通知が来た。
【今度会いませんか?】

君の「ピアノ」を愛している。

「また会えて嬉しいです!」
ニコニコ笑顔な君。
「こちらこそ会えて嬉しいよ」
僕は右手の甲をつねりながら、
他愛のない話をしていた。
「俺こんな個室の部屋初めて入りました。」
彼は汗をかき、頬は紅潮していて、
ジュースをずずっと飲んだ。
君はかなり緊張しているのか、
ジュースを飲む口が止まらない。

3杯目のジュースを飲み干した君は、
「すみませんトイレ行ってきます。」
部屋を小走りで出ていく。
そんなに走って、手を骨折してでもしたら
どうするつもりなんだろう。
先に会計を済ますと彼が少しうつむいて、
「お金はらいますよ。」
「いいんだよ、そんな。」
だって君に勝てるのはこれくらいだから。

人けのない道を歩くと、
ストリートピアノがあった。
「弾いてみませんか?」
「君が弾いてみてよ」
恥ずかしそうにピアノに座る君。
そんな所も愛おしく、憎らしい。
繊細で優しい音、だけど
芯がしっかりある、素敵な素敵なピアノの音。
僕とは違う、音楽の弾き方。
やっぱり天才の所業だ。
弾き終わると彼は僕の方をちらちら見て、
「◯◯さんも弾いてみませんか!?」
「あっ、もうこんな時間だね。
 駅に向かおうか。」
僕のピアノを君はきっと
好きなんだろう、だけども、
こんな音楽を君に聴かせたくはない。
それに、もしも弾いて天才な君に否定されたら、
今までの人生を、これからの人生を、
どう生きたらいいか分からないから。
まぁそんなこと、君はしないし、
してはくれないけれど。
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それからも彼と会い数ヶ月たった12月
店から出て君をよく見る。
高校3年生。
身長が伸び、手が大きくなり、
もっと素敵なピアノを弾けるようになった君。
「君は将来何になりたいんだい?」
訪ねてはいるが答えはもちろん分かっている。
「俺は父の会社を継ごうと思っているんです。」
「えっ」
「俺ピアノは趣味で弾いていて、将来は
 父の中華料理屋を継ごうと思っていて。」
どうして?
頭の中ではその文字が
ぐるぐる、ぐるぐる回っている。
君もピアノだけしかないんじゃないの?
ピアノしかない僕とは違うの?
君にとってピアノはそのくらいの物だったの?
ひっしに言葉を絞り出す。
「ピアニストなるんじゃないの?」
「中華料理屋なんて手を痛めちゃうよ。」
「どうしたんですか?」

「こんなに…こんなに、天才なのに
 中華料理屋になる?ばかだね。」
「君はピアノを捨てていくの?」
顔がだんだん真っ赤に染まっていった君。
「父の大切にやってきた中料理屋なんです。」
「憧れの、あなたが
 そんな風に言うなんて、信じられないです!」
現金を置いて店を出る君。
中華料理屋なんて
始めたら、彼はもうピアノを弾かないだろう。
才能をドブに捨てて僕が一番になるんだ。
この心の穴をやっと埋まるんだろう。
でも、

現金を置いて追いかける。
いつもの帰り道、いない彼。
息をゼイゼイ吐きながら彼を探す。
横断歩道うつむいて歩いていた。
「待って!」
必死に追いかけながら車道を見ると
車が走って来ている。

手を伸ばし君を突き飛ばす。

あーあ、なんで助けたんだろ。
どうせ彼はもうピアノを弾かないのに。
まぁ僕なんて
才能があると勘違いしてただけだし。
それなら彼にあげてしまったほうがいい。

そう、そうすればこれまでの
人生が報われるような気がしたんだ。

息を吸っても、心はからっぽ。

息を吸っても、心はからっぽ。

初心者小説です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-04-22

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  1. 天才とはなんだろう。
  2. 君の「ピアノ」を愛している。