映画『1975年のケルン・コンサート』レビュー

 ジャズの全盛期は1960年代。音楽に関する決まりごとに縛られない演奏スタイルが社会で繰り広げられていた公民権運動と呼応し、その時、その場でしか生まれないメロディが人々の心を鷲掴みにしました。しかしながら1970年代に入り、政治の熱が冷め出すと音楽シーンは本格的なロックの嵐に巻き込まれ、ジャンルとしてのジャズは古臭いものとして次第に後景へと退けられる。
 そんな時代の流れにあって未だジャズを愛する本作の主人公、ヴェラ・ブランデスはメインストリームに背中を向けていると言えます。ヴェラの親友が初対面の転校生に対し、沈静化しつつあった権力闘争を口にするシーンも彼女たちの立ち位置を如実に語るものです。加えてヴェラの父親は第二次世界大戦の瓦礫から一代で財を築いた成功者。その人生経験からごりごりの保守派として父権を振りかざし、子供たちを社会のレールに乗せようとします。それに反旗を翻したいヴェラは駆け出しのプロモーターとしてジャズとの関わりを深めていきます。
 そんな彼女がべた惚れしたキース・ジャレットはジャズ業界の超有名人、マイルス・デイビスのバンドにキーボード奏者として参加していた実力者です。クラシック音楽のピアニストでもあったキースは1970年代にピアノ・ソロの活動を行っていて、ヴェラが彼に夢中になるきっかけとなったベルリンのジャズ音楽祭での演奏もその一つ。ステージの上でただ一人、ピアノに向き合ってまだ誰も聴いたことがないメロディを創り上げる彼のスタイルは即興性を遥かに超えるフリーな音楽を観客に体験させるもので、その芸術性に多くの人が注目していました。けれど反面、彼の音楽は商品として取り扱いにくく、方針の合わなさを原因に大手のレコード会社から契約を打ち切られたりと、順風満帆な状況にはありませんでした。
 無謀という言葉をアクセサリーのようにぶら下げて自らが信じた道を猪突猛進で爆走するヴェラと、暗中模索でヨーロッパ・ツアーを敢行するキースの歩みが奇しくも交差することとなった1975年、ドイツのケルン歌劇場で行われたコンサートは、その日の演奏を録音したレコードが400万枚のセールスを記録し、ジャズ関連のソロ・アルバムとして最も売れた伝説の公演になりました。その内幕を物語るパートが本作のハイライトになるのですが、ことの顛末だけを追うとそれほどドラマチックなものには思えず、当事者の誰もが妥協の限りを尽くして幕を開けた公演だったのだなぁと納得するぐらいの話です。
 ですが、Spotifyなどで配信されている『ザ・ケルン・コンサート』を聴いたあとはその印象が180度変わります。50年近く経った今でも色褪せない音楽の素晴らしさと、あの時、あの場所に存在していた急拵えの舞台状況の何もかもが釣り合わず、何がどう作用すればこんな名演を残すことができたんだ!?とひたすら驚愕し、頭を抱えてしまう。そのギャップを埋めるには見たことも聞いたこともない神さまを引っ張り出してきて、強烈なハグを交わした後でその頬にあらん限りのKissを執拗に繰り返すしかない。それぐらい、行き当たりばったりの公演がケルン・コンサートの実際だったんです。
 音楽史におけるこのとんでもない感動を味わうにはジャズの歴史を洗うのが一番。だからジャズの名曲をたくさん聴いてから…と言うのは簡単なのでしょうが、誰もがそんな時間を取れる訳ではないのも事実です。ただ私自身、ジャズの上澄みを掬って頬張った程度の視聴経験しかありませんでしたが、それでも本作を十分に楽しめたのは坂本龍一さんとか、菅野よう子さんとか、櫻坂46とかあらゆるジャンルの好きなアーティストの音楽を何度も聴き込んだ経験をフル活用したからで、本作に対して実に個人的な音楽経験のフィルターをあえてかけることでヴェラの必死さや、孤独に思えるキースの求道的な精神性に色んな想像力を伸ばし、時代的な距離感を縮めることができました。
 もとより本作に興味を持つのは音楽好きな方ばかりだと思うので、愛するものがジャズであろうがなかろうが、先ずは劇場に足を向けてその身体を丸ごと座席に沈めて欲しい。そうすれば、通じるものをスクリーン上に必ず発見できるはずです。ユーモアの効いた解説も適度に入るのでもご安心を。観終わった後でキース・ジャレットの大ファンになることも当然にあるでしょう。現に私はそうでした。音楽との付き合い方が広がること間違いなし。多くの人にお勧めしたい良作です。興味がある方は是非。

映画『1975年のケルン・コンサート』レビュー

映画『1975年のケルン・コンサート』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-04-20

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