中3と苦悩

一章 新学期と一悶着

「このリュックも制服も少しくたびれてきちゃったな」
そう呟いた彼女は一年生の頃よりも手慣れた手つきでブレザーへと腕を通す。それでも今日は少し動きが硬いように感じた。
『関東全域では4月下旬並みの暖かい日となるでしょう』
テレビでは新学期である今日にぴったりな清々しい天気だという予報が流れていた。彼女はへぇ、と独り言を言いつつ時間をチラリと見るとリモコンに手をかけた。

「中2は楽しかったからなぁ。クラス、そのままがいいなぁ」
玄関でぼやく彼女の足元には深い影が落ちている。彼女の通う中学はどうやらマンモス校というやつで1学年で9クラスある。そのためクラス替えのたびに人間関係がほぼほぼ一回リセットされてしまうのだ。それはきっと怖いことなのだろう。人の感情には疎くなってしまった僕でも感じる。
「行ってきます」
他に人のいない家なのに向かって彼女は無理矢理作った笑顔を浮かべつつ叫んだ。

昇降口にはもう人だかりができていた。名簿が配られているのだろう。受け取ってもその場をどかないで盛り上がっている人たちをかき分けて手だけを必死に伸ばし彼女は名簿を受け取った。名前をなぞりつつ自分の名前を探す姿は年に一度しかみないほど異様さを感じさせる。そして胸を撫で下ろし靴箱へ向かう。なんだかんだで強く前へ進むのが中学生なのかもしれない。彼女の足取りはとても軽い。

目の前にいた人たちの中でも3分の2くらいは見たことがない人だった。それでも
「あっ!また同じクラスだね。よろしくね」
そんなふうに話しかけてくれる友達、緋夏(ひな)がいてくれるだけで心強い。
「うん緋夏がいてくれてよかったよ。ひとりぼっちになるかと思った」
「うんうん。私も嬉しいよ!あっ、でも担任の先生さっき見た?」
「あ、確認はしたんだけどさ、何というか、うん。頑張ろうね」
ヒソヒソと励まし合う2人。というか周りの人は皆担任の先生の話でもちきりなようだった。
「あ、みんな座ってー」
しっかりものそうな子が廊下を見てから呼びかけた。彼女も何かを察したように座った。

【こんにちは。私の名前は松谷(まつたに)です。一年間よろしくお願いします】
ヒョロリとした長身の男。松谷は中1のときも彼女の担任だった。どうやら今年も彼が担任するのだろう。さっきまで不安などで満ちていたクラスの空気が完全に冷えてしまったのがわかる。みんな気まずそうに目線をキョロキョロと動かしている。
【みなさん。何を見ているんですか。きちんと前を向いてください】
バンッ!という音とともに降り注ぐひたすらに冷たい声。ビクッとして前を見るみんな。クラスの雰囲気はただただ悪くなりそのまま固まる。そんな雰囲気を一変させたのはやはり松谷だ。
【みなさん、、、先生のことが信用できませんか。私はもうこんなにも皆さんのことを見ているというのに!】
泣きながらながら叫ぶようにしている。まるで子供の癇癪のようでもあり、漫画の世界にいるメンヘラちゃんのようでもある。クラスの雰囲気は恐怖や苛つき、冷笑でみちたカオスとなってしまった。ああ、忘れていた。だからこの先生はみんなに遠巻きにされていたんだ。僕はこれから始まる一年と彼女の今後を杞憂した。

二章 弱小校とゆびさき

「何組だった?」
部活仲間の悠美(ゆうみ)が彼女に話しかける。
「んー、4だよ」
彼女は女子バレー部所属で今日も練習日だ。マンモス校なので部活はどこも所属人数が多く様々な部活が実績を残していた。女子バレー部はそんな学校の中でも所属人数は3番の指に入るほど多かった。しかし現実は厳しい。実力は地区大会の一回戦でも勝てないものだった。

「4組って担任、松谷?めっちゃ大変そう。頑張ってね」
「いや悠美の担任は顧問の先生じゃんそっちこそ頑張ってね」
勝てなくても彼女たちが気にする様子はない。勝つことが目的ではないからだ。会話と共にバレーボールを純粋に楽しむ彼女たちはまるで木漏れ日のようにチラチラと光って見えて僕は好きだった。
「いやいや9クラス中一番先生キツいでしょ。松谷って純粋に怖いって感じじゃなくて混沌って感じでゾッとしちゃう」
「そうか、そう思うんだ」
「うんうん、一年の頃も松谷だったよね?ほんとに困ったら言ってね」
パスをうまく回しながら会話をする彼女たち。弱小校とはいっても週に3回ほど、2年間練習を続けた分の実力はある。綺麗な弧を描いた悠美のパスを彼女はぱんっとキャッチしてボールを抱き抱えた。
「松谷先生。一年生の頃はこんな感じじゃなかったんだけどな」
「ん、何か考え事?」
駆け寄って彼女の肩を抱き抱える悠美は母のようなあたたかさを持っていた。
「部長さん!私たち少し先に帰ってもいいかな?」
「悠美がそんなこと言うなんて珍しいね。全然いいよ。顧問にも伝えとくね」
体育館の隅っこで体操着の上から制服をサッと着る悠美と彼女。窓からは夕陽が差し込んでいて僅かに舞う埃が光っていた。

靴を履き替えつま先をトントンと地面につく2人はうっすらと微笑んでいたような気がする。今朝は1人で歩いていた道を2人で歩く。なんだか不思議な気分だけれど心強かった。
「悠美、なにも早退することなかったんじゃない?」
「いいんだよ。部活だけが大切なわけじゃないから。特に私たちみたいな弱小校はね」
「そうなんだけどさ、私もエンジョイ勢だしそう思うんだけどさぁ!」
頭をポリポリと掻きながら彼女は叫んだ。
「この学校はさ、すごいよ。たくさんの人が実績をたくさん作ってて。みんなが表彰とかされてる時に何も思わないわけじゃないんだよ?でもその気持ち以上に得たものが大きかった。あなたに会えたこともよかった」
「悠美、いいこと言うね。よく考えててすごいや」
目を伏せてぼんやりとする彼女。歩くペースが少しだけ遅くなる。それに寄り添うようにペースを落とす悠美。青信号がチカチカし始めた。普段だったら走って渡ってしまう彼女たちだけど今日はスッと立ち止まった。
「ありがとう悠美。でも言葉がうまく出てこないの」
車がヒュンヒュンと走り風をうんでいる。毛先が踊る悠美はそっかと呟き真っ直ぐな目で前を見ていた。
「無理はすんなよ」
前を向いたまま悠美が差し出した小指に彼女は軽く指先を絡め彼女も前を向いた。赤信号と夕陽の光が混ざる。赤い光が2人を照らす。

前、この先彼女には体育祭が待っている。中学校生活最後の体育祭が。

体育祭と新しい友達

【今年の体育祭の3年の種目は台風の目です。4人グループを組んでおくように】
松谷の声が響き渡った。教室は少し硬い空気があるものの初日のように問題が起こっているわけでもなく平和なクラスになりつつあった。『キーンコーンカーンコーン』僕がそんなことを考えていると朝学活終了のチャイムがなった。

「緋夏、体育祭のグループ一緒に組もうよ」
「いいよ、私も誘おうと思ってた」
彼女は朝学活が終わったなり緋夏を誘いに行った。よくみると彼女だけでない。クラスのみんなどんどんグループになっている。まだ4月の終わりくらいなのにもう人間関係が固まっているのはやはり1人になりたくないという人間の嵯峨みたいなものだろうか。
「他に誰誘おうか」
「うーん、誘える人いる?」
「いないかなぁ、、、」
彼女たちはそんな話をしている。
「緋夏ちゃん混ぜてよー」
「え、いいよ。誰誘うか迷ってたんだよね」
委員長から緋夏に話しかけてきた。委員長は初日からみんなに声をかけていたしっかり者でとても優しい人だ。僕はそんな委員長にホッとしたような笑顔を浮かべる彼女を見て安心した。

中3と苦悩

中3と苦悩

試合に負けた時よりも他の部活が表彰されてる時の方が虚しかったりする。でも弱いからこそ見える景色がある。そんな弱小校をどう思いますか?

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-04-12

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  1. 一章 新学期と一悶着
  2. 二章 弱小校とゆびさき
  3. 体育祭と新しい友達