親父の反乱
ある新聞記事が、世間で大きく話題になったことがある。
匿名の読者から送られてきた写真で、
「広島県内の山中に、第二次世界大戦中のアメリカ軍機の残骸が人知れず、今も手を触れられないままに眠っている」
というのだ。
それを撮影した数枚なのだが、詳しい場所については撮影者も口を閉ざしていた。
写真そのものは、しっかりとした鮮明なものだった。
機体の形状も塗装も、第二次世界大戦のものとして矛盾はない。海軍機で、当時の日本人はグラマンと呼んでいた。
いかにも昭和20年からそこにある雰囲気で、機体に一カ所、大きな穴が開いているのだが、それをくぐり抜けるように生えている樹木ももうそれなりに大きい。
掲載直後から、真実だフェイクだと世間は騒がしかったが、やがて忘れ去られ、誰も口にしなくなって久しい。
山中を歩いて機体を捜索する者も現れたが、広島県は大きい。何の成果も上がらなかった。
「この箱は何だろう?」
物置の整理をしていて、俺が段ボール箱を発見したのは父親の死後、1年過ぎた頃のことだ。
ミカン箱ほどのサイズで、持ち上げると意外に軽い。フタを開くと、透明なアクリルが顔を出した。
慎重に取り出すと、アクリルの四角い箱でジオラマを保護しているのだと分かった。
ジオラマというのは、例えばミニチュアの家であれば、それを本物の地面そっくりに作った土台の上に配置したようなものと思ってもらえばいい。
よく作られた精密ジオラマは、たとえミニチュアであっても本物そっくりに見える。場合によっては実物と区別がつかないこともあるくらいだ。
俺がこの日発見したのも、その一種だった。
これは父親が作ったものに違いないし、模型工作に関してはそのくらいの技術のある人だった。
しかし問題は、それがグラマンのミニチュアで、しかも山中に墜落した残骸ふうの姿だったことだ。
地面などは、わざと小石を含ませた石膏に絵の具で着色したものとは、とても思えない。
年月がたった機体の汚れ具合、錆び具合、穴の開き方。その穴を貫いて生える樹木のリアルさ。
これが本当にミニチュアなのかと、俺も目を疑うほどのできばえなのだ。
もちろん俺も、新聞に掲載されて世間を騒がせた写真のことはよく覚えていた。
「親父らしいな」
このジオラマをゴシップ専門誌に送りつければ面白いことになるだろうとは、俺も思いはした。
だがそれでは済まなかった。
物置の中で、俺は同じような段ボール箱をもう一つ発見していたのだ。
次にそのフタを開くなり俺は、アッと声を上げなくてはならなかった。
グラマンのジオラマであれば、新聞社がだまされたという笑い話で済む。くすくす笑いが世間に広がり、記者たちはしばらくの間、居心地の悪い思いをするだろう。
だが、もう一つの箱の中にあったもの…。
それが何だったのか、ここに書く勇気はないが、あなたもよく知っているものだということは断言していい。
歴史的事実と解釈され、世間ではすでに常識として独り歩きしている。百科事典にも史実として掲載されている。
それを「私の父が冗談で作った嘘でした」とは、今さらとても公表できない。
大げさだが日本の国益にも関わることであり、めったなことを口にすれば、俺の身にだって何が起こるか分からない。
「まずいことになった…」
俺の胸に不安が広がり始めた。
どうすればいい?
どうすべきか?
いや、考えている暇などない。
「ストーブの中に灯油の残りがあっただろうか」
のんびりしてはいられない。どこの誰に、いつ目撃されるかもしれないのだ。
ジオラマを二つとも庭に持ち出し、俺は火をつけた。
ボッと音がする。
ジオラマの形をした二つの歴史的虚構は炎を上げ、輝きながら灰へと変わっていく。
真相を知っているのは、この世で俺ただ一人。
すべてが燃え尽きた後、やっと俺はほっと息をつくことができた。
親父の反乱