『破天荒ガール、世界を殴る』
【第1話:青髪の女剣士テラと折れた名剣『そこをどけ、不純物』】
『破天荒ガール、世界を殴る』
〜カレーの匂いで闇堕ちした勇者を置き去りにして、私は聖剣(棒)で無双する〜
私が世界を救うなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
私の目的はいつだってシンプルだ。
美味い酒と、女の子の笑顔。そして邪魔な男をぶん殴る自由。それだけだ。
【第1話:青髪の女剣士テラと折れた名剣『そこをどけ、不純物』】
「や、やめてください……!」
「おいおい、店員の姉ちゃん。俺たちはこの町を守っている〝衛兵様〟だ。その俺たちが一杯付き合えって言ってるんだぜ?」
政府領の軍事都市、フォーマルハウト。
この街には重厚なレンガ造りの軍事施設が建ち並び、衛兵たちが政府の権威を盾に好き勝手をしていた。
人々は街を取り囲むように建てられた灰色の防壁と、衛兵たちの存在に心底うんざりしている。
その街の一角に、一軒の酒場が店を構えていた。
酒場、カッシーニ。
昼間だというのに店内には、ふわっと肉を焼く香ばしい匂いと、酒の甘い匂いが混じり合っていた。
壁に飾られたステンドグラスの明かりが、グラスを傾ける者たちの顔を照らし出している。
だが、その賑やかな人々の話し声の中に、不協和音が混ざっていた。
「一杯くらい付き合ってくれたって罰は当たらねぇだろ?こっち来いよ」
「……まだ仕事中なんです、離してください……っ!」
給仕の少女ヘーベが拒絶するが、衛兵ティタンは無理矢理その細い手首をつかみ、自分たちのテーブルへ引き寄せようとする。
「仕事ぉ?そんなことより、俺たちを労ってくれよ。なぁ?」
相方の衛兵フォボスも下卑た笑いを浮かべる。周囲の客は、見て見ぬふりをするように、顔を背けていた。
だが――。
「…………うるさい」
冷たく、しかし芯の通った声が、酒場の騒がしさを切り裂くように響いた。
――カウンターの隅。
そこには、昼間から大振りのジョッキを傾けている、一人の女がいた。
無造作な青い髪が特徴的な女剣士。
顔には笑みもなく、ただ静かに衛兵を見つめている。
だが、その赤い瞳の奥には、〝燃え盛る炎のような激しさ〟があった。
「その汚らわしい指を、今すぐその子の肌から離せ。でなければ……その腕ごと、たたっ斬るぞ」
「あぁん!?どこのどいつだ、偉そうに……ッ!?……て、テメェは……!」
衛兵ティタンの顔が、見る見るうちにサーッと青ざめていく。
その青い髪、青いマント、真紅の瞳。
そして、幾度もの修羅場を潜り抜けた者だけが持つ、鋭利な刃物のような雰囲気。
「……〝青髪のテラ〟!政府から追われている、あの賞金首かッ!?」
フォボスが思わず声を上げる。テラと呼ばれた女は、不敵に口角を上げた。
「ほう。腐ったミカンにしては、情報の処理が早いじゃないか。……だが、不合格だ。私の名を呼んでいいのは、未来ある少女だけだ。貴様のような下衆が、気安く呼んでいい名じゃない」
テラがゆっくりとカウンターから身を起こす。
その瞬間、酒場全体を覆っていた熱気が、凍てつくような冷気に変わった。
「ぬ、抜かせッ!たかが女一人、俺たち治安維持部隊の敵では――」
「そこをどけ、不純物」
――ドォォォォォォン!!
凄まじい打撃音。
テラの右足が、まるで青い稲妻のようにティタンの腹部を捉えた。
想像を絶する衝撃音と共に、屈強な男の体が木の葉のように宙を舞う。
――ガシャァァァン!
酒場のガラス窓が、まるで爆発したかのように飛び散る。
「ごふぉっ……!?げ、げはぁッ……!?」
ティタンは、酒場の窓を突き破り、表の石畳へと叩きつけられた。
フォボスが腰の剣に手をかけようとするが、それよりも早く、テラの凍てつくような視線が彼を射抜く。
「お前も、相棒を一人にするのは可哀想だろう?追いつかせてやろうか」
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
情けない悲鳴を酒場に響かせながら、フォボスは逃げ出した。
一度も後ろを振り返ることなく、窓から差し込む陽光へと、転がるように消えていった。
「ふん、運動にもなりゃしない。……大丈夫か?ヘーベ。怖い思いをさせたな」
テラが乱れた髪を乱暴に払うと、その勇ましくも美しい横顔が光に縁取られる。
ヘーベは返事も忘れ、自分を守り抜いた女剣士の凛々しさに見惚れていた。
「いいかい、ああいう男には笑顔を見せる必要なんてない。次はもっと高い酒を注文させて、酔い潰れたところを身ぐるみ剥いでやりな」
いたずらっぽく微笑むテラの視線が重なり、ヘーベの頬が赤く染まる。
「ピィィィーーーーーーッ!!」
裏通りに、悲鳴にも似た高く鋭い警笛の音が響き渡る。それは助けを求める叫びだった。
「応援を呼べ!応援を呼べーーーッ!!青髪のテラだ!町中の衛兵、総員でかかれッ!!」
町中に響き渡る警笛の音に、テラが顔をしかめる。
ガチャガチャという鎧の音、大勢の足音。周囲の路地から、次々と衛兵たちが姿を現す。
「……チッ。昼のお散歩にしては、少しばかりゲストが多すぎるな。おい、相棒。出番だぜ」
テラは腰の鞘から、自慢の細剣――〝ゴブニュ・テンレイヤー〟を引き抜いた。
鍛冶師ゴブニュが〝十層もの強化を施した〟と豪語していた、特注の(はずの)名剣だ。
「一掃してやる。道を開けな……ッ!」
テラが鋭く剣を一閃させる――!
――パキィィィィィィン……
「…………は?」
視界の先、わが相棒の〝上半身(剣先)〟が、美しく弧を描いて宙を舞っていた。
手元に残ったのは、見るも無残にへし折れた〝根元〟のみ。十層の強化とやらは、どこへ消えたのか。
「…………折れた?え、嘘だろ?まだ一回も当ててないぞ?なんでだよ……」
テラの呆然とした表情は、一瞬で怒りに変わった。
「ハハハハ!壊れたか!女一人で何ができる!運の尽きだな、テラ!」
衛兵隊長ジュノーが勝ち誇った声を上げる。
「…………あの、クソ野郎。……ゴブニュの野郎!!いつか、廃棄区画のゴミ捨て場に突っ込んでやる!!」
背後からは数十人の重装歩兵。前方からも増援。手元にあるのは、もはやただの鉄の棒だ。
「やってられるか!どけえぇぇ!私は忙しいんだよッ!!」
テラは折れた剣を衛兵の顔面に投げつけると、驚異的な瞬発力で包囲網の隙間を駆け抜けた。
その逃走は、まるで青い流星のようだった。
【第2話:伝説?そんなのは、力のない奴が作るおとぎ話だ】
【第2話:伝説?そんなのは、力のない奴が作るおとぎ話だ】
「ついに……伝説の聖剣を抜く日がやってきたんだ」
聖剣の丘・頂上。
巨大な岩に突き刺さる、輝く剣。
吹き抜ける風の音だけが響く丘の上には、神秘的な静寂の時間が流れていた。
澄み切った青空の下、赤髪の青年アレスが神妙な面持ちで祈りを捧げている。
彼の顔には、微かな緊張と、揺るぎない決意が宿っていた。
「……〝星の瞬きが止まる時、選ばれし者が大地を救わん〟。預言の言葉は、今日、この瞬間のためにあったんだ……」
アレスは震える手で、岩に深く突き刺さった〝聖剣ガイアセイバー〟の柄を掴んだ。
その剣は、まるで生きているかのように、美しいプラチナの光を放っている。
「いくぞ……!僕が、みんなを救う勇者になるんだ!はあああぁぁぁ……ッ!!」
聖剣が呼応するように、さらに強い光を放ち始める。
大気が震え、伝説が今、まさに幕を開けようとした――その時だった。
「そこをどけえぇぇぇ!邪魔だぁぁぁ!」
「え?あ、ちょっ、ええええええ!?」
――ドゴォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音。全速力で突っ込んできたテラの〝流星タックル〟が、アレスの脇腹にクリーンヒットした。
その勢いは、まるで巨大な岩石が激突したかのようだった。
「ぶ、ふべぇっ!?」
アレスが、物理法則を無視した勢いで崖下へと吹き飛んでいく。
「あぁぁぁぁぁぁ……れぇぇぇぇぇぇ……」
遠ざかる悲鳴を聞き流しながら、テラは肩で息をつく。
「はぁ……はぁ……!ったく、通り道でボーッとしてんじゃねえよ。……ん?なんだこの棒切れ。光ってて、いかにも丈夫そうじゃねえか」
テラは、本来アレスが抜くはずだったガイアセイバーに目を留めた。
追っ手の衛兵たちが、丘の麓まで迫っている。もう時間は残されていない。
「背に腹は代えられん。これ、借りるぞ!」
テラが柄を掴み、力任せに引き抜く――!
天を貫くような轟音と光。世界そのものが震えるかのようだった。剣から直接語り掛ける声、威厳ある響きが脳内に響く。
『……嗚呼、ついにその手が私を……。契約の時は来た。さあ、我が真の主よ。そなたの望みを……っ!?』
――シュパァァァッ!!
『……って、ええええええ!?お前誰だよ!?勇者くんは!?さっきまで目が合ってたよね!?』
「お……なんだ。この棒、喋るのか?まぁいい、この溢れ出すパワー……最高だ。ゴブニュの折れた安物の剣とは比べ物にならねえ!」
テラの言葉に、剣が激しく明滅する。
『〝棒〟って言うな!私は世界の意志、聖剣ガイアセイバー……って、待て!お前の魂、真っ黒……いや、真っ青だ!暴力と欲望と〝女好き〟の波動しか感じられないんだけど!?無理無理無理、抜いちゃダメなタイプの人だこれーーー!!』
「うるせえ!抜けたんだから、今日からお前は私の所有物だ。……いいか、〝ガイア〟。私の邪魔をする奴を、一欠片も残さず薙ぎ払え!」
『ヒェッ……目、目が本気だ……。あぁもう、どうにでもなれぇぇぇ!!』
丘を包囲する衛兵たちの動きが、一瞬で凍りついた。
「テラ……貴様、聖剣を……抜いただと……!?伝説の勇者にしか抜けないはずの、あのガイアセイバーを……!」
衛兵隊長ジュノーが、信じられないものを見るかのように、目を見開いてテラを見つめている。
テラの手には、白金の輝きを放つ伝説の聖剣が握られていた。
彼女は聖剣を肩に担ぎ、不敵に笑う。
「伝説?そんなのは、力のない奴が作るおとぎ話だ。……私の前にあるのは、ただの〝勝利〟という事実だけだ」
テラがにやりと笑い、大地を蹴る。
「……行くぞ、雑魚ども。お前たちの汚い鎧を、この光で綺麗に溶かしてやるよ!テラ・クラァァァッシュ!!」
横一文字に振るわれた聖剣から、濁流のような激しい光があふれ出した。
――ズドォォォォォォンッ!!!
それは〝光〟という名の、凶悪な暴力だった。
衛兵たちが悲鳴を上げる間もなく、その巨体が次々と宙を舞う。金属の鎧が紙のように吹き飛び、彼らを石畳へと叩き落とした。
「ぐ、ぐわあああ!?な、なんて力だ!?これが……聖剣の真の力だというのかぁぁぁ!?」
ジュノーの絶叫も虚しく、その体は光の中に消えていった。ほんの数秒の出来事だった。
聖剣の丘に、先刻までの静寂さが戻る。
鎧をボロボロにされた衛兵たちが横たわる中、テラ一人だけが悠然と立っていた。
皆、意識を失っているものの、命に別状はない。
『ひ、ひえええ……。何てことしやがるんだ、お前は!聖剣は破壊の道具じゃないんだぞ!?』
「ふん。騒ぐな、ガイア。これくらいで壊れるほどヤワじゃねえだろ。……さて、これで邪魔者はいなくなったな」
テラが満足げに聖剣を肩に担ぎ直した、その時だった。
「「「ワァァァァァァ!!」」」
遠くから人々の歓声が聞こえる。丘の麓から、大勢の住民たちが駆け上がってきた。
彼らは、倒れ伏す衛兵たちと、聖剣を担いだテラを見て、目を見開いた。
「お、おお……!衛兵どもが、たった一人で!」
「あの聖剣……!もしかして、預言に伝わる〝勇者様〟!?」
「勇者?なんだそりゃ。私はただ、邪魔だった奴らをどかしただけだ」
テラがぶっきらぼうに答えるが、民衆の熱狂は止まらない。
「おお、なんと謙虚なお方だ!手柄を誇らぬ奥ゆかしさ!まさしく本物の勇者!」
「我々を苦しめていた横暴な衛兵どもを、一掃してくださった!」
住民たちがテラの周りに集まり、次々とひざまずく。
テラの表情は、困惑から明らかに不快感へと変わっていった。
「勇者様!どうか、どうか我々をお守りください!」
「魔王に娘たちがさらわれました!政府に訴えても〝魔王を刺激するな〟と門前払い……。お願いです、あの子たちを!」
住民たちが涙ながらに訴える。その言葉に、テラは鼻で笑った。
「ハッ、笑わせる。女の子一人守れないで、何が政府だ。守る価値もないのは、その椅子に座ってる奴らの方だな」
テラの赤い瞳が、ギラリと光る。
政府も魔王も関係ない。可愛い子を泣かせる奴は、誰であろうと私の敵だ。
「よし。お前たちの願い、聞き届けよう。……だが、礼は可愛い女の子だけだ。男の感謝などいらん」
『おい!聞き届けようって、お前は聖剣の力を私物化する気か!?』
「当たり前だろ、ガイア。私に拾われた時点で、お前の運命は私と共にある。……それに、可愛い子が困ってるんだ。私が助けなくてどうする?」
※※※
数日後、政府庁舎。
その庁舎内の豪華絢爛で厳かだが、どこか不穏な空気が漂う謁見の間。
そこでテラを待っていたのは、政府大臣ネプチューンだった。
黒髪を後ろに流し、額を露出した、きっちりとした髪型。緑の軍服に身を包み威厳に満ちた笑顔。その笑い皺の裏に、冷徹な眼差しを秘めている。
「おお……!伝説の聖剣ガイアセイバーに選ばれし勇者様!よくぞ参られた!」
ネプチューンが頭を下げる。
それを合図に、周りの役人たちが群がるようにテラへ媚びを売り始めた。
「いやはや、とんでもない誤解でした!貴女こそ、世界を救う真の勇者様!」
「ご無礼をお許しください!何なりとお申し付けくださいませ、勇者様!」
「ふん。お前らの言葉は信用できん。だが……可愛い子たちのために、一時的に〝勇者〟とやらになってやる。ただし、私の命令は絶対だ。いいな?」
「ははは!もちろんでございますとも。勇者様には、我が政府が全面的な支援をお約束いたします!」
「すでに勇者様の旅を支える最高級の馬車と、公私ともに尽くす腕利きの〝お世話係〟を用意させましたぞ」
役人たちが合図を送ると、部屋の奥から数人の若い女官たち、そして一人の少女が進み出た。
女官たちの華やかさとは一線を画す、落ち着いた雰囲気の少女。
短い白銀の髪に、吸い込まれるような青い瞳。深紅のスカーフを巻く姿は、華やかというより〝研ぎ澄まされた刃〟のようだ。
「名はセレネ。若輩ながら身の回りの世話から旅の記録まで、完璧にこなす当政府自慢の従者です。常に貴女様の傍に控えさせましょう」
セレネは表情を崩すことなく、テラに向かって静かに頭を下げた。役人たちの低俗な空気とは正反対の、透き通るような透明感がそこにはあった。
「ほう……。なかなか趣味がいいじゃないか、大臣。特にそこの銀髪の子、最高に私好みだ。よし、お前らのこと、少しだけ認めてやる」
『お、おい!騙されるな!こいつらの目、全然笑ってないぞ!そのセレネって子も、何を考えてるかサッパリ分からん!』
テラはガイアセイバーの忠告を無視し、満足げにセレネを見つめている。その様子を見て、ネプチューンは不敵な笑みを浮かべていた。
(ふむ……。噂通り単なる女好きの馬鹿か。これなら扱いやすい。セレネを監視役として張り付かせ、存分に働かせた後で始末する。簡単な仕事よ)
【第3話:僕は……今日から、カレーのために戦う暗黒の勇者だ!!】
【第3話:僕は……今日から、カレーのために戦う暗黒の勇者だ!!】
「……はぁ、はぁ……。正義は……正義は死なない……ッ!」
霧の立ち込める谷底で、アレスは一人、折れた木の枝を握りしめていた。
聖剣を失い、勇者の称号を奪われ、文字通り〝裸一貫〟で放り出された少年。
彼は自分に言い聞かせるように、夜の闇に向かって素振りを繰り返す。
「これは……試練なんだ。預言書にある〝勇者は一度全てを失い、無の境地から真の力を得る〟という、あれなんだ……!」
しかし、その直後。
ギュルルルル……と、情けない音が谷底に響く。
「……お腹が、空きすぎて……視界がセピア色だ。……そういえば、昨日の昼から何も食べていないな……」
彼は足元に生えた、不気味に青白く光るキノコを掴もうとしたが、あまりの毒々しさに思い留まった。
「……いや、落ち着け。勇者は、こんな道端の怪しいキノコで死んじゃいけない……」
勇者としての最後の理性が、彼の命を繋ぎ止めていた。
※※※
「なんだこの乗り心地は。戦う前に酔いそうだぜ」
過剰なまでに飾り立てられた〝勇者専用馬車〟。そのふかふかすぎるシートに深く沈み込み、テラは不機嫌を全身から垂れ流していた。
「……それに、沿道の男たちのあのツラを見ろ」
窓の外を睨みつけ、テラは舌打ちする。
「賞金首だった頃は石を投げてきたくせに、聖剣を持った途端に手の平を返してヘラヘラと……反吐が出るな」
御者台で手綱を握るセレネは、前方を向いたまま、その白銀の髪を風に揺らして淡々と応じる。
「……テラ様。不機嫌なのは結構ですが、あまり身を乗り出すと危ないですよ。それから、その〝反吐が出る〟という発言……勇者としての素行調査報告書に、後でしっかりと記載しておきますね」
「おい待て、セレネ!そんな余計なことまで書かなくていいんだよ!」
『ははは、いいじゃないか。今は〝英雄様〟としてチヤホヤされてるんだ。悪い気はしないだろ?』
テラが慌てて身を乗り出すと、鞘に収まった剣が愉快そうに震える。
『……だがテラ、気付いているか?政府の連中、お前が魔王に勝とうが負けようが、どっちでもいいって顔をしてるぞ』
「わかっている。あのいけ好かない大臣、私を魔王軍とぶつけて共倒れにさせ、漁夫の利をさらうつもりだろう。……けどな」
テラは窓の外、沿道で必死に手を振る数人の少女たちを見つけると、先ほどまでの不機嫌が嘘だったかのように、優しい微笑みを送った。
「魔王の城にさらわれた女の子たちがいる……。その話が本当なら、政府の薄汚い企みなど知ったことか。私がやるべきことは、ただ一つだ」
「……同意します。理由はどうあれ、泣いている女の子を見捨てるのは、私のポリシーに反しますから」
セレネは表情こそ変えなかったが、その青い瞳にわずかな信頼の光を宿し、手綱を握り直した。
「目的地まで加速します。テラ様、舌を噛まないようご注意を!」
「……ははっ、いいじゃないか。行くぞ、ガイア、セレネ!仕事の時間だ!」
※※※
――ズル……ズル……。
もはや一歩も歩けないほど消耗したアレスが、吸い寄せられるように辿り着いたのは、異様な魔力を放つ洞窟だった。
「……なんだ……。この、脳を直接揺さぶるような……暴力的なまでのスパイスの香りは……ッ!?」
闇の中から、一筋のスポットライトに照らされた〝究極の皿〟がせり上がってきた。
それは、大振りの具材が溶け込み、飴色になるまで煮込まれた、黄金のカツカレーであった。
「……ククク。よくぞ辿り着いた、運命に棄てられし仔羊よ」
謎の影が、闇の奥から低く不気味な声をかける。
「……カ、カレー……。……あ、熱々の、揚げたてのカツが二枚も……!」
アレスはよだれを垂らしながら、目の前の皿を凝視した。
「お食べ。これは〝闇の契約(スパイシー・エディション)〟だ。……アレスよ。お前は光を信じたが、光はお前に一粒の米すら与えなかった。」
闇の中から、黒紫の魔剣――〝サタンブレイド〟が浮上する。
「……だが闇は違う。闇は、お前のその〝空腹〟も〝惨めさ〟も、すべてコクとして飲み込もう。この剣を握れ!そうすれば、お前に世界を平らげる力を与えよう」
「平らげる……世界を、このカレーのように……?」
「……ああ。そして、このカレーは、お前の〝闇の勇者就任祝い〟としてタダで提供してやろう。……福神漬けも、らっきょうも、使い放題だ」
「……本当ですか?……おかわり、してもいいんですか?」
アレスの濁った瞳に火が灯る。
「ああ。好きなだけ、皿を舐め尽くすがいい」
アレスは、震える手で魔剣サタンブレイドの柄を掴んだ。その瞬間……
――ドォォォォォォン!
雷鳴が轟き、アレスの鎧は漆黒に塗りつぶされ、トゲトゲのついた〝闇の勇者装備〟へと再定義される。
「……契約、完了だ。……さあ、カレーを!!」
猛烈な勢いでスプーンが皿を叩く音が鳴り響く。
「う、うまい……!!闇の力、スパイシーすぎる!!聖剣なんて最初からいらなかったんだ!!僕は……僕は今日から、カレーのために戦う暗黒の勇者だ!!」
(……史上初だな。カレーの匂いだけで闇に落ちた勇者は。……まぁいい、扱いやすそうだ)
こうして口の周りをカレーだらけにした、史上最も空腹な闇の勇者が誕生した。
彼は聖剣を持つテラへの復讐(と、おかわり)を誓い、闇の咆哮をあげるのであった。
【第4話:あの子の涙を見たか?あれが、お前たちが守るべきものの姿だ】
【第4話:あの子の涙を見たか?あれが、お前たちが守るべきものの姿だ】
「……最悪だ。乗り心地も、この代わり映えしない山の景色も」
豪華な装飾を施された馬車が、山道の急勾配をガタガタと揺らしながら進む。
車内では、深い溜息をついて頬杖をつくテラが、不機嫌な顔で窓の外を睨んでいた。
「なぁ、セレネ。もっとこう、サスペンションの効いた馬車はなかったのかよ?」
「テラ様、贅沢を言わないでください。これでも政府が用意した最高級品です」
御者台から、白銀の髪を揺らしたセレネが淡々と応じる。
「揺れが気になるようでしたら、後で〝勇者、体幹不足のため馬車の揺れに耐えられず〟と、日誌に記録しておきますね」
鞘に収まった聖剣が、振動に合わせて愉快そうに鳴った。
『ははは!言われてやんの。それよりテラ、前方を見てみな。何やら嫌な空気が漂ってるぞ』
馬車が霧の立ち込める検問所に差し掛かると、不自然なほど大勢の役人と兵士が行く手を塞いでいた。
テラが窓の外を覗くと、そこには一台のボロボロな荷車と、泥に汚れながら泣き崩れるボサボサの赤毛に古着を纏った小さな少女の姿があった。
「いいか、小娘。これは〝勇者様〟が通る道を整備するための聖なる税だ。払えないなら、その薬草はすべて没収する!」
「お願いです、これがないとお母さんの熱が……!勇者様なら、こんなひどいことはしないはずです!」
「黙れ!勇者様への不敬は死罪だぞ!」
役人の怒声が響く。それを見たセレネの声に、鋭い冷徹さが混じった。
「……テラ様。私のポリシーに反する光景です。〝お掃除〟の許可を」
「許可も何も、私の名前を勝手に使われて黙ってられるかよ!」
テラが馬車の扉を勢いよく蹴り開けて降り立つ。その瞳には、真夏の太陽さえ凍りつかせるような冷徹な怒りが宿っていた。
「お、勇者テラ様!ちょうど今、貴女様のために通行税を回収していたところで――」
「……清める?お前がいるだけで、この道はヘドロより汚れてるぞ」
一瞬で間合いを詰めると、役人の喉元に聖剣を突きつけた。
「ひっ……!」
腰を抜かして地面に這いつくばる男を無視し、テラは無造作に薬草の袋を拾い上げる。
そして、膝をついている少女の元へ歩み寄り、優しくその手の中に返した。
「私はテラ。キミの名前は?」
「……リ、リミナです」
「リミナ、いい名前だ。……母親を救うのは、政府の役人なんかじゃない。キミのその真っ直ぐな想いだ。……ほら、早く行きな」
「あ……ありがとうございます、テラ様!」
リミナが駆け出していくのを見送った後、テラは冷たい視線を検問所に向けた。
「あの子の涙を見たか?あれが、お前たちが守るべきものの姿だ」
テラは静かに息を整えると、聖剣へと己の力を流し込んだ。
「……こんなゴミ溜めみたいな壁、必要ないな。セレネ、耳を塞いでろよ!――テラ・クラァァァッシュ!!」
無造作に振るわれた聖剣の軌跡が、白い光の線となって走った。
――ズドォォォォォォンッ!!!
光が爆発したかと思うと、頑丈な鉄のゲートと検問所の建物が、まるで紙細工のように一瞬で粉砕されて吹き飛んだ。
『おいおい、派手にやったなテラ。また始末書ものだな』
「……いえ、今のテラ様の行動は〝正義の執行〟として、非常にポジティブな表現で記録しておきます。お疲れ様でした、テラ様」
セレネは表情を崩さなかったが、その青い瞳には柔らかな信頼が宿っていた。
「へへっ、お前に褒められると調子が狂うぜ。……さあ、行くぞ。この先に、もっと救わなきゃいけない子たちが待ってるんだ!」
テラは馬車に戻り、再び走り出す。役人たちが呆気にとられる中、豪華な馬車は新しい道を切り開きながら、悠然と去っていった。
『破天荒ガール、世界を殴る』