映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』レビュー

 バレエの経験もなく、また観劇経験もない私は①恩田陸さんの『spring』、あるいは②曽田正人さんの『昴』『MOON』、ジョージ朝倉さんの『ダンス・ダンス・ダンスール』といった読書経験を通じて「バレエ」というものに触れてきました。そこで描かれるバレエは身体に無理をさせてこそ成り立つ造形言語であり、その際(きわ)で生まれる独特の美を通じて観客を魅了する芸術。そして振付け次第で信じられないほどの感情を非言語的に体感させる、恐るべきコミュニケーションツールでもありました。
 これらの著作が書かれ又は描かれるにあたって十中八九、参照されたであろうジョン・クランコが振付師として手掛けるバレエは『ロミオとジュリエット』『オネーギン』といったストレートプレイあるいはオペラで取り上げられる演目を題材にしたもので、物語の一場面をバレエ=身体言語で語ろうとするもの。そのパッションは群舞となってストーリーのエッセンスを抽出し、世界観を作り上げ、受肉するまでに高まったキャラクター性が繰り広げる愛の悲劇によって人々の涙を誘います。
 その仕事をイマジナリーなポジションから撮影する舞台のカットは当時を知らない私が観ても純粋に楽しめる映画の時間となっており、《シュツットガルト・バレエの奇跡》と謳われた小さなカンパニーの軌跡を完全再現しようと気を吐く仕上がりになっています。ここに孤独に塗れ、悲しみに彩られた天才振付師の半生がアンビバレントなテイストとして加われば、レシピとして完璧なストーリーになるのも宜なるかな。クランコに才能を見出されたマルシア・ハイデにもひたすら見惚れるばかりで、私の中で育んできた「バレエ」像の輪郭が美しく整っていくのを実感しました。すごく嬉しかったです。
 本作を美術史的な観点で紐解けば、存在感が大きすぎる批評家の発言ひとつで、芸術家としての人生が決まる当時の業界の雰囲気を知れる点がまた非常に興味深かったです。
「奴らは去勢された連中。やり方は知っていても、実際に出来た試しがない」
 そんなトンデモ発言をして団員の背中を押すクランコが、しかしながら一方で新聞に載る批評の内容に打ちのめされ、胸が張り裂けんばかりの痛みを覚えていたという事実は作る側の複雑な心情を如実に語っており、SNS全盛期の現在に通底する問題点を孕んでいるように思えて、すごく考え込んでしまいました。
 色んな所でいわれるように「作品を批評する文章もまた作品になる」。この一文に込められた怖さは、批評する側もまた作家という立場に置かれることを想像しないと多分に機能しない。好きな映画が盛り上がって、好きになれる映画がたくさん観れるようになって欲しいという私的な願いの為に感想を書く私のモチベーションを鈍らせない為にも、熱のある言葉を綴っていきたいと心新たにするばかりでした。
 映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』。色んな意味で勉強になった本作を、多くの方にお勧めします。

映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』レビュー

映画『ジョン・クランコ バレエの革命児』レビュー

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-17

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