266三題噺『パチパチキャンディー・レボルーション』
破壊と創造
三題噺『毒殺または服毒自殺』『大絶滅』『不老不死の代償』
と
三題噺『花言葉』『パチパチキャンディー』『透明な棺』
◆序
皆を愛せていただろうか、浄土を創れただろうか。クリシュナは不老不死の体で、夜空に浮かぶ月に向かって問う。その様を見るものは誰一人いない。何故ならば、もう、人類は彼しか残っていないのだから。セカンドホロコースト。大量虐殺および大絶滅。それは星の定め。人は、己の終焉を自己帰結的に解決しようとした。
マッドサイエンティストの夢は、一人の永遠の命の代償に、星から全てを奪った。
「なぁ、AI」
「はい、クリシュナ様」
「まだか、毒の完成は」
「はい。恐らく、高次元文明の力を借りるしかないかと」
「お前は人類の集合知。人の域を超えることはないのだな」
クリシュナは神の門を開け、古からの儀式『一切離輪の儀』を執り行う。不老不死の代償それは永遠だった。永続する命、退屈で雑に流れていく時間。そういったものが全て、クリシュナに希死念慮を抱かせる。
「夜伽はしますか」
「もうよい」
「ここ数十年、一度も行為をしていません。これは精神衛生上よろしくは――」
「分かっている! だが、嫌なんだ。人の形をしたお前たちヘレーネの模倣品、ヘレーネ・ドールズとはもう」
「分かりました」
「ならば立ち去れ」
クリシュナは立ち去るAIのことを見もせずに床に横になる。そういえば、最近夢を見ていない。いつからだろう。まぁいっかと、クリシュナは深い眠りつく。
◆夢
「ヘレーネ! どこだ?」
暗闇に問いかける。どこにいる? 我が最愛の姫よ。なんで僕を一人にするの? いつまでこの痛みは続くの? クリシュナはヴァルナに己の主な罪の所在を問いかけた年老いた水夫のような謙遜で問う。神は本来仏の守護者。ならば、永遠の時を生きるクリシュナは神か、仏か。彼の死は世界の終わりを意味するのではないか。
「クリシュナ。サラスヴァティと会いなさい。さすればあなたの狭間が開かれる」
永遠の狭間
終末の狭間
神と仏の狭間
全知全能の狭間
「きっとこの夢が終わるころ、あなたはまた私のことを忘れてしまうから。でもね、私の名前はクリシュナムル。もう一人のあなたよ」
クリシュナが目覚めると、頬を涙が伝う感覚がした。あぁ、懐かしい、と思った。この至福が永遠に続けばいいと思った。だが、利己的な幸せなど六道輪廻から外れない。他を思う菩薩の精神、そして、その先の、神の如き仏の境地にこそ真実がある。
「花の言葉はね……」
Curiosity, pray, sleep, and imagination
好奇心、祈り、眠り、そして創造力。
優しく、儚く、脆く、でも強い。それがあなた。それが私。
◆跳ねる
目覚めると、パチパチと音がした。クリシュナは施設の中を探る。すると巨大な鍋にねるねるねるねを作り、入れるAIたちがいた。
「何をしている?」
「これは新たなる毒薬です。これにパチパチキャンディーを入れれば至福の境地です」
「涅槃です」
「解脱です」
「ああ、もうよい。早く不老不死の我を死なせる薬を作れ」
クリシュナはその鍋からねるねるねるね、ソーダ味を掬って食べ、またパチパチキャンディーを加えて食した。
「うまいな」
◆棺
いつの日か、ヘレーネと笑って過ごした日。クリシュナはその記憶にすがって生きてきた。透明な棺、コールドスリープ。カプセルの中で眠る君は老いることも朽ちることもない。僕と同じだ。諸行無常なら、この永遠も終わりが来るのだろう。だが、その日が遠くて、クリシュナは正気ではなかった。だから、自死を願うようになった。
楽園に置かれたその透明な棺。その周りには花々が咲き誇る。ほころぶ花たちは花言葉のままに咲いた。美しく、生まれたときには死ぬ定めを知って。ならば、僕は永遠に生きるの?
『毒殺または服毒自殺』
『大絶滅』
『不老不死の代償』
どこから来たの?
還る場所ある?
僕らはどこへと向かうのか?
生きる理由、死んでいく意味
自問自答、そして起死回生
そうだ、せっかく生まれたのなら、前向きに生きよう。
おいしいものを食べれば、気分も上がる。
ここ数か月、まともに食べていなかった。
クリシュナは失いつつあった人としての心をねるねるねるねとパチパチキャンディーを食べることによって会得した。
◇糸口
サラスヴァティとの逢瀬は突然だった。彼女はふとある朝目覚めると隣にいて、裸ですやすやと眠っていた。
「な、なにを」
「あら、おはようございます」
「おはようではい。おぬしは何者だ?」
「私はサラスヴァティと申します。あなた様と私とヘレーネ様でトリニティなのです」
「ヘレーネとまた会えるのか?」
「ええ。必ず」
二人は着替えて場所を移す。
「南方に極楽浄土『神音島』があります。その最奥の神殿にて、一切皆苦の終焉を執り行います。いいですか」
「古よりの契約か。わかった。また、ヘレーネに逢えるのなら」
サラスヴァティはヘレーネのことを何よりも考えるクリシュナのことが好きであった。何かを愛おしいと思う気持ち。それが人間だった彼にこそ為せると思った。
「さぁ、船に乗りましょう」
「ああ。待ってろ、ヘレーネ」
◇再会
クリシュナとサラスヴァティはヘレーネの眠る棺と共に神音島へと向かった。サラスヴァティは水の流れを読み、巧みに舟を操縦した。難はなかった。ヘレーネは専用の台車にて搬送する。
その島に着くと、どこからか美しい音楽が流れた。これは1000年前に流行っていったジェーポップ。この島の時間は1000年前で止まっているということ。丁度セカンドホロコーストの時期。科学文明の絶頂期。
「ここにヘレーネを目覚めさせる方法があるのか?」
「はい。この森の奥です」
花々が咲き誇り、美しき蝶が舞う。木には実がなり、空気は澄む。まるで神仙郷。極楽浄土、涅槃の世界だった。
「ここには何があった?」
「ここがセカンドホロコーストの爆心地です。かつてこの島ではある研究がなされていました」
「研究?」
「あなたを創るための実験です。神殺しの儀式。いいえ、人類は神に近づきたかった。その代償が大絶滅たるセカンドホロコーストなのです」
「僕を創るための実験だと? 僕は気が付いたら眠るヘレーネと一緒だった」
「なら、その前の記憶は?」
「それは……」
クリシュナは言いよどむ。実際、セカンドホロコースト以前の記憶があった。ヘレーネと過ごした記憶が。だが、それ以外の記憶が欠落していた。
「あなたはヘレーネと同様に被検体。事故で人類は滅び、全知の姫は眠り、全能の君が目覚めた。全知か全能のどちらかが眠っていないといけない世界なのよ。全知が神の左脳、全能が神の右脳。イルカのように片方ずつ眠らせる」
「僕が目覚めている限り、ヘレーネは眠るのか?」
「そうです」
「なら俺が死ねば?」
「世界は終わります」
「何故ここに連れてきた?」
「復元用プロトコルの機動に全能の少年が必要だからで」
「プロトコル?」
「要はタイムマシン。人間の祈りの力たるソフィアは時間を超越する」」
「根拠は?」
「私はサラスヴァティ。学問の神なのよ? 同じ神同士信じなさい」
研究施設のゲートが開く。そこは虚空残響の影響で神からの浸食が激しい。その中、致死性の高密度の猛毒が霧状に散布されても、神である僕たちには関係ない。
ゲートをいくつか通って、地下の深くの実験場に出た。そこはジオフロントのようになっていた。クリシュナは息をのむ。
「ここは?」
「かつて人類が守ろうとした場所。今では墓場よ」
そこにはたくさんの透明な棺があった。全てにヘレーネが眠っていた。
「あれはダミー。本物を隠すためのね」
「では、このヘレーネも?」
空気が変わる。クリシュナは自信を無くした。今まで話しかけていたのは偽物だったのだろうか、と。
「あなたが選ぶのです。クリシュナ。あなたの手で、脳で、その責任で」
「分かりました」
「なら、いいです・ではこの先へ」
虚空残響は小さなブラックホール。ヘレーネを装置から運び出し、そこへと僕は身を投げた。
◇永遠の世界
ここはブラックホールの中。全てが無になり、重力に従う。特異点、無限遠、虚無、可能性、厭世的な黒。ブラックアウトの始まりは吐き気ではなく、安らぎだった。ここは母のお腹の中なのか?
楽園の甘き旋律の中で、宝を見つけて、永遠の愛を見つめながら、そんな快楽と涅槃寂静は病的なまでに美しかった。水門の先には全てが還る場所があり、ラカン・フリーズの門の先に集う。魂たちは歓喜に酔いしれる。天上楽園の乙女のように。
「クリシュナ。やっと会えましたね」
「君はヘレーネなのか?」
「ええ。二人目の神が生まれます」
終末にも終わりが来るように。
「生まれてきたこと、後悔していますか?」
「今は、していない」
「死ぬ定めは怖いですか?」
「今は、怖くなんかない」
「罪は償えましたか?」
「ああ。だから今ここにいる」
クリシュナは全ての劫罪を背負う覚悟があった。それはヘレーネの予期しない。観測外の事象であった。
「クリシュナ。あなたはあなたの世界で、サラスヴァティと生きなさい。私の最愛はアデル。今から1億年と2千年後に生まれる少年なのです」
「アデル? 凪の黙示録には記されてない名前……」
「虚空。アーカシャ。彼は全ての創始者であり、守られている唯一無二の存在」
「君が全知で、僕が全能なんだよ?」
「ええ。ですが、全知も全能も、楽しくない。そうでしょう? クリシュナ」
「だが、しかし!」
「私はあと1億年寝ます」
世界が冷たく暗むころ、クリシュナは元の世界へと、ホワイトホールから出力された。それでも輝き続ける星は夜に帳を下ろす。草原にいた。ここは?
「おかえりなさい、クリシュナ」
「君はサラスヴァティか。前より若いな」
「あなたもよ。これから忙しくなるわ。私たちの神話を始めましょう」
FIN
266三題噺『パチパチキャンディー・レボルーション』