エム

①一部、加筆修正しました(2026年3月4日現在)。

 笑った分だけ壊れるという顔、それを必死にやりくりする人生で、笑いたい時に笑えないのは不幸せだと誰もが理解できる所だけど、笑いたいと思った時に笑えた時の幸せは万人の想像を遥かに超えるんだろうなって。
 だって、その瞬間には人生の選択が詰まっている。
 笑った後で、なんで笑ってしまったんだろうと後悔して泣いたりすることがないように、なんで笑ったんだろうとか、なんで笑いたいんだろうとか《わたし》の気持ちを監視する理性、その視線に否が応でも鍛えられる冷静さ。叩けば鉄のように響く心臓の外側がぜんぶ吹っ飛んで、ああ、笑っちゃったって気付いてしまう清々しさ。目尻の端の涙に溢れる喜び。
 直ちに復旧する《わたし》の心理的なシステムが先ずはあと何回、とカウントし、と同時に記憶の中の状況で再現されるエピソード。そこでも楽しそうに笑っている《わたし》に問いかける、なんて気持ちが冷めるような真似がもうできない。
 理由?そんなもの決まってる。笑いたいから笑った、面白くて仕方なかった。
 だって?詰まらないことで笑ったかどうかを決めるのは《わたし》じゃない。《わたし》は、詰まらないことでこんなに気持ちよく笑えたりしない。
 だるま落としで叩いちゃいけない頭を振って、こわばる皮膚が伝えてくる異常。口角の上げ下げで思い出の中の《わたし》たちがびりびりに裂けて元には戻らない。
 分かってる。分かってる。
 地面に転げて汚れるのはいっつも甘いお菓子の中身。それに群がる蟻の集団、点線のように続く個体。そこに息を吹きかける。ぶどう味の色。空想を軽々と超えて、心に踊るのが現実だから。
 《わたし》がそれに従ってはいけない道理なんて、どこにもないって、うたわせて。
 あと何回、は空っぽになったトイカプセルのケース。それを使って行う不慣れな手毬唄。いつかは変わる信号と、渡り切らない横断歩道のど真ん中で手と手を繋ぐ似姿をかみさまは描けた?
 風に乱れる髪の毛の先が肌をちくちくと刺す。飛ばない帽子で玄関を飛び出し、右向け右で、群青のノミネートを果たさんと呼吸器を外し。
 吐け、吐け、息。



 独りでいなきゃ顔も洗えないから。手元のタオルを身構えていて。

エム

エム

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-03-04

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