272『神のせいにしなよ』(小説)
『神のせいにしなよ』
◇リシ(古代インドにおけるヴェーダを紡ぎし聖仙)による
全知の少女と全能の少年は終末の狭間で永遠の愛を誓い、そしてキスとセックスをする。その儀式のなんたる清廉潔白! なんたる荘厳美麗! なんたる涅槃寂静か! だが、それは全て妄想なのかもしれない。永遠などないのかもしれない。小説と詩の間。美と現実の間。死と永遠の間。そこに、何があるのかを求める者よ。超芸術、超新感覚派、または駄作か。いや、これは革命なのだろうか。
◇ナウティ・マリエッタ
僕は君に出会ってしまった。君と言う幻想に。それはある冬の日のこと。永遠に晴れた空は何よりも美しく、君を記憶の果てに消し去った。
「あなたは全能の器。あなたは最初は全てを知っていた。全てを知っていたのに、満足することはなかった。一つだけわからないことがあったから。どうしてあなたが生まれてきたのか。あなたはそれだけが分からなかった。だからあなたは世界を創った。己を知るために。これは、そんなあなた“達”へ贈る詩よ」
「君は?」
僕はこの永遠の喪失を背負って生きていかなくてはならないのだろうか……。
「あなたの最後の言葉を教えて」
僕らは『浮かれ姫君』の二人のように運命のように出会ってしまったから。
『ああ、美妙な人生の謎よ、ついにわたしはお前を見つけた、ついにわたしはその秘密を知る』
2生命の始まりと終わりを結ぶ歌
全知少女ヘレーネが泣いている。
「全てを知っているのにわたしは満たされないの。どうして満たされないの? 分からない。せっかく世界を手中に収めたのに、世界はわたしのものなのに」
天上楽園に君臨し、永遠を闊歩する君は、孤独を抱いていた。それは万物と同化する定め。僕は君に会いたいのだ。
「君は何故もがいているの? 君は何故、泣いているの?」
さらにリシは言の葉を散りゆく花のように紡ぐ。
『だめだ。これではない。もっと違うものを書かなければ。生命の始まりと終わりを結ぶ歌のような。アラバスターのような君に触れたい。君がどうして泣いているのか、わたしは知っている。君は世界に君臨した。そうすれば分かると確信していたからだ。だが、それは失策だ。そんなことでは理解できないよ。違う。これではない。許せ、挑戦者、アギトよ』
アギト、それは神への挑戦者。人は生まれる場所、時代は選べない。だが、どう生き、どんな花を咲かせるかは選べる。そうだ。ならば、僕は愛という花を咲かそう。きっと歓喜より愛が大切なのかもな。大丈夫、僕じゃなくてもヘレーネは愛されているから。エデンの園で待ってて。君から教わった最後の言葉を今も胸に抱き続けているから。
3フリーズ・全能と死の狭間で
リシの弟子は語る。
「『春は尊し、彼は散る』とは全知の少女の口癖だ。彼とは誰なのだろうと常々疑問に思っていたが、それは彼女の妄想なのだと近頃悟った。いや、彼女の中では彼は存在しているのだから、少なくとも彼女にとっては彼は実在するのかもしれない』
続けてリシの弟子は口伝する。まるで歴史を一から作り直すように。
「全能と死の狭間で、己に慄く少年は遠い未来で現れるリシの意を息継ぎしアギト。神の門を叩く者。彼の者、円環の宇宙、螺旋の理に終止符を打ち、【真理=答え】に衆生を導くメシアとならん。私は彼女に恋していた。だが、彼女の口から出てくるのは全能の少年の話ばかり。彼女の初めての相手はその少年だったという。フリーズのようにこの感傷を昇華したいよ、私のために。いや、彼女のために世界を凍結させたのか。1万年と2千年後に彼たちの神話を完成させるために。私はリシ。あくまで神話の紡ぎ手にすぎない。だが、私は二人のように悟りの境地に至り、永続する安らぎに浸りたい。彼女の胸の中で眠りたい。母体回帰本能のままにもといた場所『ラカン』に還りたい」
リシの弟子は後継にリシの語った言の葉を音律に乗せて謳う。それは忘れないため。彼の抱いた痛みを。
4終末の狭間でセックスを
わたしはやはり死んだのか。いや、目覚めたのかもな。生きていくよりも、死んでいることのほうが幸せな人生はあるのかもしれない。
風は人生を蠟燭の灯火のように消し去ろうとするが、それは比喩に過ぎない。実際、そんな風など存在しないからだ。
なぁ、そうだろう?
ヘレーネ。
わたしは君を愛している。会いたい。
あの夜、全てが終わりと始まりを迎えた7日目の夜に、わたしたちは一つになった。わたしはあの時に得た快楽に勝る経験はしたことがない。
テトラの海辺に、卵を生む海亀は、どうして涙を流すのか。
君とわたしの愛の結晶。それが世界なのだとしたら、君はその世界をどうするのが正解だと思う?
山吹色した目が斜め上からわたしを見つめていた。世界は変わる。不可逆反応。それが摂理。
わたしは終末の狭間でした君とのセックスを二度と忘れないのだろう。あの感触、あの温もりが、今でもわたしの脳のクオリアとして確かに存在しているのだから。
5幸せなら手をたたこう
眠りに眠り込む羊たちは、沈黙の中静かに死んでいく。それを私は見ていた。眺めていた。動画に取っていた。テレビを通して見ていた。いや、私がその羊の中の一匹だった。
警告文【エデンの園へ行くには、先ずエデンの園配置を満たさなければなりません】
エデンの園配置とは、全ての始まりの扉。
水門を眺める間にも、日々は流れていった。私は泣いてなんかいないし、ましてや死んでなんかいない。
殺してもいいけど、死なないで。アデル。
どうして君の目はそんなに空っぽなの? アーカシャ。空間。虚空。それか、がらんどう。
めいいっぱいの祈りを優しさで包む。
そうだ、幸せなら手をたたこう。この生命尽きるまで。
6そして、いつかの最果てへ|ラカン・フリーズ
統べる者よ。
己の全能に慢心し、世界を凍結させた愚か者よ。
いや、君達人類こそ、二人の答えなのか。
私は私でいる限り、私の欲望を、好奇心を満たすためにだけ生きるのに、どうして二人を、そこまで、どうして、愛して止まない。
彼は散る。
いや、この言葉は適切ではない。
彼は知る。そうだ。彼は知る。何を? この世の真理を知るのか? いや、それは簡単なことだ。宇宙があれば、真理はある。そんな簡単なことを知りたいのではない。
「僕は誰?」
キスをするときも、セックスをするときも、レゾンデートルのために。
愛は愛よりいでよ。
水面に映る顔に見覚えがない。それか、忘れた顔か。
眠り姫。振り咲け見れば、永遠の、この素晴らしき銀世界。
違うそうじゃない。
ラカン・フリーズ。
還れよ、円環の。そして、いつかの最果てへ。
7 7th/『歓喜に寄す』より君とキス
歓びよ、天上楽園の乙女よ。
エリューシオンはここで終わってしまった。それよりももっと、大事な場所があるはずだ。君の聖所で、ハーブティーを。
ロマンスか、それとも破壊か。
君ならその答えを知っているだろう?
不知火と不可知は同値なので、生きる意味も見いだせないので、私は孤独とともに聖なる花が咲くのを待っている。
寂しさよりも、哀愁だ。秋の心はつれない。それはなぜ7日?世界は8日目を迎えることができなかった。
ループしている。残響の。
私は歓ぶために生まれてきたのだろうか。それとも幸せになるために生まれてきたのか。
いや、違う。そうだけど、そうではない。
君とキスとセックスをするために生まれてきたんだ。それだけは真実だと誓う。
8永遠を越えて:またはレントより遅く
全知も全能も。全ては同じ場所から来た。
広い世界の中で、私を見つけてくれてありがとう。僕は君を離さないよ。一生死ぬまで繋がっていよう。いや、永遠に繋がっていよう。それが、永遠の愛なのだから。
至福の時を経て、輪廻の果てに、魂の歓びに、縁して、呼ばれて、君は来た。
呪詛はもう解かれた。あの日に、朝に、雪がれたから。だから、タイムラインはもう牢には帰さない。
「愛しているよ」
私はこれ以上の言葉を知らない。
君と世界は不可分で、不死鳥はそれでも生きることをやめないので、重い腰を上げて私はその名を呼んだ。
Leo-声、歌声、音、曲、メロディ。
レントより遅く、永遠より早く。
君はそれでも、何も知らない。いつか迎えに行くとは言わない。全能から目覚めた日に、僕は平凡な幸せを祈ったのだから。
君は遠く、遠く。
記憶は遠退いて、ゲートは閉まって。
でも、やはり嫌なんだ。
応えてくれ。君で僕を満たしてくれ。
もう十分休んだから。この柔らかな翼で。
空は色。フリーズは凪。
人生よ、ついにわたしはその全ての秘密を知る。
知ってどうする?
僕が救わなくちゃいけないのは僕自身だ。
Fin
272『神のせいにしなよ』(小説)