(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第7話
鳥山明 作
ムラカミ セイジ 編
これはドラゴンボールZの、もう一つの未来で起こった物語である。
そこはトランクスが戦っていた広大な森林(ジュドーにより殆ど破壊されて荒野と化したが)より、かなり離れた座標に位置する。付近にはブルマの宇宙船が潜伏する湖もあり、コルド精鋭隊によるドラゴンボール探索の影響を、あまり受けていない地域でもあった。
ゴルフ場の荒れ果てたような地帯。その地帯の真ん中、ちょうどバンカーにあたる砂地の辺りに、一人の大男が横たわっている。砂地は大男が空中から落下した衝撃と、彼の巨体にさえ収まりきれず溢れ出した邪気によってできたものだった。
倒れた大男……ジュドーは全身に重傷こそ負っていたが、まだかろうじて生き長らえていた。
フルパワーの変身は耐久力の限界に達し、彼は通常時の姿にまで弱体化してしまっている。
しばらくは死体のように静止して、完全に意識を失っていたジュドー。そんな瀕死の状態に変化が起こったのは、風に吹かれて飛んできたいくつかの小石が、重厚な筋肉の表面を包む、色の濃い肌に触れた瞬間だった。
一瞬で飛び起きかねない、重症痛風患者のような神経の敏感さ。
仰向けの身体は地面を跳ねるように、突然激しくのた打ち回る。それから大きく咳き込みながら、彼はカッと両目を見開いた。その様はまるで海で溺れた後なんとか生還した、元々は凶暴な熊か虎のようだ。いや、仮に野生の熊か虎がなんらかの理由で海や川で溺れる事があっても、もう少しマシな目覚めかもしれない。
「おぉ!? 痛ぇぇぇ!!」
目覚めたところで、彼は全身の外傷による激痛に襲われる。現実の世界に引き戻された証。体中を駆け巡るような、厳しい苦痛の洗礼を受けていた。
「クソったれがぁぁぁぁぁ!」
深い怒りの入り混じった悲鳴。痛みと屈辱からの半狂乱。これほどの屈辱と痛みは何度目の経験になるだろうか。現在ほどの超パワーを身に付けてからは、久しく無かった感覚だ。
(こんなのは……あの日以来、か)
超戦士にしかとても耐えられない激しい苦痛の中で、彼は脳裏に焼き付いた怖ろしくも忌々しい記憶を呼び起こしていた。
「言いてぇ事はそんだけかよ、ジュドー!」
耳をつんざく隊長ジークの怒声。目を反らしたくなるような鬼神の形相。ジークは彼に対して、ひどく激怒していた。
「ちっ、いい気になってんじゃねーぞ……ジーク」
睨み返すジュドー。普段の『隊長』でなく、その名を呼び捨てにした不遜な態度、それがせめてもの強がり、彼なりの虚勢。だが内心はもう心が折れそうだった。
(クソ意地を張るにも限度があるぜ)
いざ対峙してみると、驚くほどに凄まじいプレッシャーだった。ジュドーだけでなく、ジークを知る誰にとっても、彼の存在自体が恐怖の象徴だ。
何故ジュドーは自分の隊の隊長相手に反逆したのか? 彼の理由は単純だった。隊長ジークの圧倒的な力で抑えつけられ、いつまでも都合の良い手駒としてこき使われている事が気に食わない、と彼は常日頃から腹の中で思っていた。それが思っているだけならまだしも、ジュドーはついに行動に出てしまったのだ。その頃は数え切れないほど星々を荒らし回って、戦う度自分の強さに酔いしれていた。今思えば調子に乗っていたのかもしれない、と彼は痛感している。
「アンタの言いなりなんざ、もうウンザリなんだよ! オレを大人しく尻尾を振る飼い犬とでも、本気で思っているのか!」
気付くと些細なきっかけで、普段から溜めていたストレスをぶちまけていた。絶対に本気にさせるべきではない、宇宙一危険な男(と、この後ジュドー自身が認めている)コルド精鋭隊隊長ジークを敵に回し、あろう事かその気にさせてしまったのだ。もうただでは済まない。
「てめぇ、自分が何言ってるかわかってんだろうな?」
額に青筋を立てて、隊長ジークが凄む。ジュドーは震え上がりそうな自分を抑え込んだ。
「バカ野郎が! 何度も言わせるんじゃねぇー!」
飛びかかって殴りつけるジュドー。思っていたよりもすんなりと、彼の重いパンチはジークの頬に命中した。吹き飛ぶジークの横顔。
(い、いけるかもしれんぞ。オ、オレにだってこ、こんなヤツくらい)
反面上手く出来過ぎだ、とも実は考えていた。自分なんかがジークに通用している、それはあまりに想定外で動揺を隠せない。
虚勢の裏に隠された弱気から、多少ジークに対して怯えた目も見せたが、化け物のようなオーラを全開にした怒り噴騰のジークに、このまま狼狽えている場合ではない。すぐに吹っ切れて、ジュドーは凶暴さを剥き出しにした。
「叩きのめしてやるぜぇー!」
素早く接近し、激しいパンチの連撃。
(一息も吐かせるものか!)
ジュドーは直線的に攻めていく。ジークは全身を上手く使って、一つ一つの打撃を完璧にガードしていった。
「そぉら、いつまで続く?」
余裕の表情のジーク。それには疑問を抱いた。ジュドーは先にフルパワーに変身してから突っかかっている。圧倒的に力と打たれ強さで勝っている分、ジークよりも明らかに有利な状況だ。しかし相手は、虚勢とは到底思えない自信、見下した態度、それは短気なジュドーの鼻についた。
「なんだ、その余裕はぁぁ!」
沸騰したヤカンのように熱く、頭に血が昇っているのがわかる。底知れない強さを持つジークの態度。それによって、ジュドーの彼に対する攻撃は更に激しさを増していった。
剛腕の連打で崩れたガードに、全体重を乗せた鋭い膝蹴り。さすがにビクンッと跳ねてジークの体が反応する。
(き、効けた! オレの攻撃があのジークに!)
優越感からの歓喜は、ジュドーに自然と笑みを与えた。邪悪に歪んだ口元。ジュドーの強打はまだまだ続く。
横腹にもらう左右のフック、ジークは固いガードの中で、自分に逆らった手下、ジュドーの力を計っていた。
(よくここまで熟したものだ。そろそろ良い食べ頃になったか、ジュドーよ)
彼なりの力強い蹴りをもらってやる。もちろんガードの上から、だ。
「くたばりやがれ!」
ジークの体を掴み、投げの体勢に入る。ジュドーはジークを地上数百メートルへと、軽々と投げ飛ばした。攻撃はそこで空中への追撃へ。さらなる打撃は、ジュドーの肘打ちと、大振りに蹴り落としてきたかかと落とし。その衝撃で地面に叩きつけられる。
さらに追撃しようと近づいてきたジュドー。地面に埋まったジークを掴もうと伸ばしてきた太い腕。ジークはそれを逆に掴みとって、ジュドーの体をぐっと引き寄せた。それから繰り出した最初の反撃は、乾いた破裂音さえ響くほどの頭突き。ジークの額がジュドーの顔面に深々と突き刺さる。
「ぐうぅぅ!?」
「おやおや、鍛え方が足りないんじゃないか?」
フルパワーによって超硬度を持つはずのジュドー、その顔面は先ほどの突発的な反撃を受けたため、見事に細かくひび割れていた。
ジュドーとて凶悪な宇宙超戦士の一人だ。全く手も足も出ないわけではないと思っていた。覚えたてとはいえ、フルパワーもそれなりに使いこなせている。
だが、そんな戦力差では埋められない戦士としての器、それがジークとの決定的な格の違いであった。
(いくらジークとはいえ、オレのフルパワー状態でなら通常時を相手にするくらいどうという事はない……と、思ったが)
ジークは平然と次の攻撃を繰り出す。ジュドーの打たれ強さは熟知しているというのに、軽い肘打ちで鋼鉄の顎を打ち抜いた。
「うっ」
ジュドーは脳の揺れを感じた。経験の無い、内側に直接的な衝撃だ。ジュドーの肉体に対してそんなダメージを与えるなど、通常時のジークの姿では想像出来ない。
(まさかジークは、オレからの攻撃を防御する瞬間と、自ら攻撃する瞬間、飛躍的に戦闘力を上昇させているとでもいうのか? そんな爆発的なコントロールを身に付けたヤツなど、この宇宙の何処にも……)
いるわけがない。そう、だがジークならば有り得るとジュドーにはわかっていた。それを肯定する前に、飛び上がったジークの回し蹴りが、彼の図太い首をへし曲げる。ジュドーは即座に確信した。
(殺さなくては! コイツに殺される前に! すぐにッ!!)
両手で捻れ曲がった自分の首を元に戻すと、ジュドーは上空に向かった高速移動で一瞬にしてジークとの距離を放し、空中で両手を広げて大技を構えた。
瞬時に生み出したのは『デスボール』、フリーザが必殺技としていた邪悪な色の巨大な気弾だ。
それはもう小惑星ならば一つ消え去るほどに、彼は容赦なく全力で『デスボール』を撃っていた。ジークに直撃する瞬間、眩いスパークが惑星のあらゆる者の視力を奪う。直後に起こったのは空中での大爆発だった。
「何!?」
爆発の威力で周囲の何もかも吹き飛んで地面は大きく抉れている。爆心地中心に立っていたのはフルパワーに変身したジークだった。
変身で長く伸びた髪は赤く、獅子のタテガミのように猛々しい。上半身は裸で、全身の筋肉はバランス良く盛り上がっている。戦闘服は変身の衝撃で粉々に砕けて足元に転がっていた。
「ウォーミングアップはここまでだ」
空中でジークの口の動きを視認したジュドー。直後に視界からジークの姿が消える。
背後に強烈な威圧感を察し、奇襲を予感したが避けられない速度だった。何かとてつもなく巨大な物質を高速でぶつけられたような衝撃。ジュドーがそれはジークの前蹴りだとわかった時には、もう地面に落下して叩きつけられていた。
ジークもすぐに地上に降りてくる。追撃を食らう前に、ジュドーは飛び上がって身構えた。
互いにフルパワーの姿、異様なオーラでぶつかり合う2人。彼らは殺意を剥き出しにして、真っ正面から向き合う。体格こそジュドーのフルパワーより小柄だが、ジークのフルパワーはあらゆる面でジュドーの能力を遥かに凌駕していた。
(慌てるな、仕切り直しだ。どうするジュドー?)
自問自答をただ繰り返している余裕はなかった。先に仕掛けていくジュドー。固く握りしめた拳をジークに振り下ろした。拳は片手で掴まれ、代わりにジュドーの顔面には、もう片方の握り拳で数十発のパンチを瞬時に叩き込まれた。
(頭が吹き飛んで首から千切れそうだぁー!?)
相手のパンチが止まったところで、機転を利かせた鋭い膝蹴りを叩き込む。それで距離をおくつもりが、上から抑えつけられて逃げられなかった。先程と同じような高速連打のパンチ、今度は腹を襲う激痛。
壮絶な打撃、ジュドーが想定していた以上に桁外れな力を見せつけてくるジーク。
通常時を相手にしていたうちは、なんとかそれなりの打撃戦で良い打ち合いにもなっていたつもりだ。だがフルパワー同士になるとここまで差があるとは、既にジュドーの想像の域を超えている。
「こんなもんで死ぬんじゃねぇ!」
唸るジュドーを蹴り飛ばしたジークは、赤い長髪を振り動かして激怒している。紅い瞳で見下ろしたその様は、狂気の鬼神。
そこからの戦いは他の隊員達(マーシャル、ポエラ、サンボ)に対する見せしめ、ジュドーにとっては戦慄の処刑となった。
ジークはジュドーの首に腕を巻きつけて絞め上げると、彼が剛腕で抵抗するのも無視し、そのまま全身を使って勢い良く首をへし折った。
「ぐっ」
ジュドーの全身から一瞬で力が抜ける。見下ろしていたジークは、自分が痛めつけたジュドーの苦しんでいる様を、心の底から愉快に思いながら笑っていた。ジークの残虐な性格は、ジュドーにゆっくりと恐怖心を植え付けていく。
「簡単には死ねん体なのも困ったもんだよなぁ、ジュドー?」
痙攣して倒れたところを踏みつけられて、地面をビクッと跳ねる巨体。その顔からはすっかり血の気が引いた。戦意は喪失しかかっている。ジークは圧倒的な力で打ちのめして楽しんでいた。
野生を剥き出しにしたジークの攻撃は、異常なまでに執拗なものだった。何度もジュドーを踏みつけて、野獣のような雄叫びを上げる。
「ゲハハ、まるで壊れたおもちゃだ!」
本能のままに無茶苦茶な激しい攻撃は、そろそろ蹴り疲れて息切れしてもおかしくない頃だった。だが、ジークは呼吸を全く乱さぬまま、さらに強く踏みつけ続ける。飽きたらぴたりと止めて、ジュドーの巨体を背負って斜面に投げ飛ばした。強大な力はまだ持て余していた。
斜面を転がり落ちながら、ジュドーは深く自己嫌悪していた。まさに本末転倒だ、と。
(情けねぇ……)
ジュドーは自分の愚かさを心底呪った。戦うべきではなかった。
「つまらんヤツめ」
転落していくジュドーに、ジークが追撃を仕掛ける。武空術で追ってきたジークに叩き込まれた拳が、ジュドーの重厚な胸板に深々と突き刺さった。
もう片方の手では、既に気弾を構えている。赤い閃光はジュドーの顔面に向けられていた。
「これでも食らえ」
顔面への至近距離からの攻撃。直撃した気弾の爆発で、ジュドーは崖下まで真っ逆様に落下していった。
(気分が悪ぃ。このままじゃあ、口から心臓を発射して死んじまいそうだ! 出来るもんなら宇宙の果てまで逃げ出してぇ)
あまり恐怖に蒼白した顔のジュドー。だが一度牙を剥いたからには、誇り高い戦士として引き下がれはしない。勝てる気はしなかったが、ただの負け犬になる気はさらさら無かった。
崖下の闇から舞い戻ってきたジュドー。空中に浮いている彼は、体力こそかなり消費したが、傷はフルパワーの能力のおかげでいくらか回復している。へし折られた首と、胸に空いた穴も、既に元に戻りつつあった。
「これだけやられて……生かしておけるものかぁぁぁー!」
逆上したジュドーの怒声。両手にエネルギーを集中すると、ジークに向かってその気弾を放った。気弾は無数の散弾となって、目の前のジークに浴びせられる。
「小賢しい!」
叫びながら、すぐにガードを構えたジーク。両腕をクロスした防御状態で、気弾を撃ち続けるジュドーを見据えた。
「死ねぇぇぇー!」
ジークを襲う無数の気弾。ガードに弾かれたものが、周囲の大地を抉る。連続して起こる気弾の爆発に、ジークの姿は隠れていった。
やがて撃ち疲れたジュドーは気弾の攻撃を止めてしまった。荒い息遣いで両腕をだらんと下げている。スタミナはさらに大量に消費してしまった。それだけの激しい攻撃でも、ジークに油断がなければ、まるで無力だと思い知らされる。撃ち疲れたジュドーの目の前に勇ましく立つジークの姿は、ほとんど無傷に等しい。
「もう終わりか?」
「フッ、まさか……てめぇが死ぬまでよ!」
軽く両腕を横に広げて余力をアピールするジーク。そんなものは一切考慮せず、ジュドーは果敢に向かっていく。だが、彼の打撃はそのまま触れられもせずに、逆にジークから完膚なきまでに叩きのめされた。何度も、何度も、打ち下ろされる拳。そして横殴りの蹴り。防御もまともに出来ず、それをひたすら受け続けた。ジュドー自身にも予想通りの結果だった。
(勝てるものか。こんな化け物に……)
後悔、敗北、劣等感、それらはジュドーにとって、最大の屈辱に違いない。ジークとの戦力差をまざまざと見せつけられて、ジュドーは心まで打ちひしがれた。
どれほどダメージを受けた時だろうか、耐久力が限界を超えてジュドーは通常の体にまで弱体化してしまった。その上、手足はすぐに回復出来ないほど複雑に叩き折られている。もう反撃どころか、立ち上がるのもままならない状態だ。
「ぐぅぅ」
見るからにぐったりした様子のジュドーを、冷ややかに見下ろすジーク。敗者に情けをかけるようなタイプではない。
どっしりと歩み寄ったジークは、膝をついてだんまりとしたジュドーの首を掴むと、超重量の巨体を軽々と片手で持ち上げた。
「そんなに暴れたいなら、場所と相手はいくらでも与えてやる。好きなだけやるがいい……だが!」
そこまで言ってジークはぐっとジュドーを掴んだ手に力を込めた。一瞬で首が絞まってジュドーは苦しく呻く。激しく足をバタつかせて、全身で力の限り抵抗するが、まるでビクともしない。ジークはその苦痛に歪む顔を見ながら話しを続けた。
「だがな、このオレに刃向かうなら死ぬ気で来い! その覚悟も無いのなら、大人しく尻尾を振っていろ! 飼い犬のようにな!」
もう力尽きて朦朧とした意識の中、ジークのはっきりとした冷酷な声が頭に響いて、脳裏に刻まれる。脱力したジュドーは、その声に対してゆっくりと頷いた。それが何を意味するのか理解してやると、ジークはジュドーを持ち上げていた手をさっと離してやった。横たわる虫の息のジュドー、彼は生まれて初めて敗北を認めた。死よりおぞましい、最大の恐怖に屈したのだ。
以来、隊長ジークに刃向かった事は一度もない。狂犬は全宇宙でただ一人の主に対して、忠実な飼い犬におさまったのだ。負け犬の末路にしては、マシな方だとジュドー自身は諦めている。
年月こそ流れたが、あの時対峙した悪鬼(ジーク)に、自分が追いついたとはまだ到底思えないでいた。フルパワーのジークが別次元の存在であるのは事実だ。その証拠に、ジュドーは肉体こそ完治したが、まだジークに対する劣等感を抱えた苦痛の日々を過ごしていた。敬服こそしているが、それでは割り切れないものもある。だが、どんなに強かろうと、さらに強い者に虐げられるのは、彼の生きる世界において必然的な道理だった。
たった一度きりのジークとの戦いを回想しながら、ジュドーはつい先程自分が敗れたサイヤ人、トランクスの事を考えていた。
「隊長が楽しみなわけだな」
ジュドーは全身の痛みに散々苦しんだ挙げ句、ようやく少しは動けるまでに体力が回復していた。仰向けからゆっくりとうつ伏せになり、それから地べたに膝を着いて四つん這いになる。すんなりと立ち上がるまでには、彼の足はまだ彼の言うことを聞いてはくれない。
「ちっ、クソが」
忌々しく自分の脚を掴んで、ガクガクとした震えを止める。それからぐっと力を入れて踏ん張って立ち上がった。まだしっかりと地に足が着いている感覚はないが、ジュドーはやや前屈みに立っていた。
「何を間違ったらひっくり返されるっていうんだ? 信じられん」
手先が震え、まだ『ヒートドームアタック』を受けた瞬間の、絶望的な感覚を体が覚えている。
「たしか『寒い』と感じたな。あの時オレは、死が頭を過ぎってしまったのか」
戦闘前には傷一つなかった新型の戦闘ジャケットと、新型スカウターはもう失っている。激しい打撃戦と、最後にトランクスから受けた必殺技『ヒートドームアタック』の爆発でいつの間にか粉々に吹き飛んでいた。身に纏っているのはボロボロになった下半身のスーツと両足のブーツ、両手のグローブのみ。上半身は見事に裸体を晒していた。半裸となってはっきりとわかる、鍛え抜かれた肉体。彼の逞しい筋肉に刻まれているのは、数えきれないほどの古傷と、先程の戦闘での生傷。そのすべてが、ジュドーの戦士としての人生を物語っている。それだけの様々な攻撃を受けた中でも、最後にトランクスから受けた技はそのどれにも覚えの無い強力なものだった。
(一体何だったんだ……?)
トランクスの『ヒートドームアタック』を受けた瞬間は、あまりの破壊力に耐えきれず意識は飛んでいた。どうやって生き延びたのか、その記憶は曖昧だ。
(おそらく攻撃を防ぎながらも、急拵えの気弾で威力をいくらか相殺し、その爆発で吹き飛ばされたに違いないな。そこまで追い詰められるとは到底思えなかったが)
自分がどれくらい飛ばされたのかは定かではなかったが、とにかく仲間との合流を優先した。
(これじゃサンボと仲良く治療ポッド行きか。最悪だぜ)
忌々しく唾を吐くジュドー。サンボと違ってどこか体の一部を失ったわけではなかったが、全身のダメージはそのどれもが致命傷になりかねないほど深刻だった。彼の自己回復能力こそ驚異的だが、通常時の体ではフルパワーのようには上手くは回復できない。ようやく傷口の出血を止め、痛みをいくらか緩和してきた頃だった。
「このオレ様が、まさかあんなヤツに不覚をとるなんてなぁ」
(次の機会にでも、ヤツに遭遇できたら幸運だぜ。このオレ様の手で、今度こそぶっ殺してやる!)
心に決めて歩みを進めるジュドー。その眼光は殺意に満ちている。
突然、強大な力を感じとって振り返ると、一人の男が自分の方向に直進してきている事に気付いた。妙な緑色の戦闘服(あるいはただのコスチュームか)に、オレンジ色のヘルメット。鼻から上はヘルメットでよく見えなかったが、若い男なのは確かだ。肌の色からしてサイヤ人か、地球人なのだろうと思った。上空から降りてきたその男を見上げて、ジュドーは嫌な予感がした。
(コイツ、生きてやがるのか? まるで生気が感じられねぇ。ついさっきまで、近付いているのさえ察知できなかった)
男はジュドーと向き合うとしばらくその様子を観察し、やがて何か決めたように頷いた。
「お前……何者だ? あのサイヤ人の若僧の仲間か?」
男はジュドーが何を思っているのか、手にとるように理解していたが、わざわざ話し相手をしてやる気はない。
「貴様を成敗する正義の味方、さ」
男の呟きを聞き取ったジュドーは、疲労こそしていたがすぐに身構えた。
(古臭い言い回しのおかしな野郎だが、どうにも油断できそうにないな)
ダメージを抱えた通常時の体には、厳しい戦いになりそうだとジュドーは内心覚悟する。フルパワーにさえなれば有利だろうが、そんな余力は無い。
「ちっ、仕方ねーや。相手をしてやるぜぇ」
ジュドーは相手の出方を見ようと用心していたが、男は動く気配がない。無表情だが、おそらく余裕で始末するつもりだと察した。ジリジリと睨み合って攻撃を待つのは我慢ならず、ジュドーは作戦を変更して自分から仕掛けていった。
「死ねぇぇぇー!」
男に向かって一瞬で接近したジュドーの跳び蹴り。男はそれをわずかに体を反らして避けると、振り下ろしたカウンターのパンチでジュドーを叩き落とした。覇気などまったく感じられなかったが、パンチの衝撃はジュドーのフルパワーに匹敵していた。
「ぬぅぅ」
トランクスとの戦闘のダメージが残っている上に、一撃とはいえ凄まじい強打、ジュドーの限界に近い体はすぐに悲鳴を上げた。
「それなりの手練れのようだが、どうやらここまでらしいな」
淡々とした口調で告げる男に、ジュドーは食ってかかった。
「黙れってんだよ……このオレが、このオレが貴様ごときに負けるわけねぇーだろうがー!!」
再び飛びかかろうとしたジュドー。次の瞬間、彼の頭は跡形もなく吹き飛んで消えていた。
(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第7話