林檎と犬の湿った鼻づら

林檎が大好きだった愛犬と過ごした日々、そしてやがて訪れる別れ。


 我が家にはバクという犬がいた。毛並み自慢のゴールデンレトリバーだ。家族に甘えることが仕事だった。私たちの帰宅時間を正確に覚えていて、満面の笑顔でお出迎えすることが自分の至上命題だと理解していた。玄関のドアが開く音と、長い尾がひらひらと揺れる様は、切り離すことが出来ないひと連なりのものだった。
 だが彼はグルメな犬で、ドライのドッグフードが嫌いという、飼い主にとっては悩ましい嗜好性の持ち主だった。
 バクのフードはホームセンターで売っている粗悪品ではない。動物病院から仕入れている高級品だった。決して不味いわけがあるはずないのだが、缶詰やら煮干しやらをトッピングしないと食べてくれない。小さな犬なら手作りのフードという手もあるが、三十五キロの体躯を全面的に支える量の食材は、とてもではないが庶民のうちには調達できなかった。一袋一万円のラム&ライスを買い続けていたことから、我が家のバクに対する愛情は察していただきたい。
 バクはおかずを混ぜ終わるまでしかめっ面しい顔をして、もったいぶって溜息をつき「よし」の合図でのそのそと食べにかかる。缶詰は三日ほど使いまわすのだが、開封から日にちが立って風味が落ちてきたり飽きたりすると堂々と残す。バクがどれほどご飯を食べたかどうかは、私たち一家の共有していた気がかりだった。
 ご飯を食べたがらないバクは困ったことに、おやつの方はやたらと食べたがった。ささみジャーキー、煮干し、ガム、サツマイモチップス、食パンの耳、おそらくバクは、ひたすらおやつばかり食べて生きていきたかったのだろう。
 ことにバクは甘いものを愛していた。お砂糖の入ったお菓子はあげることはなかったが、焼き芋、コーン、バナナなど自然の甘みを持った食品をあげるとことさらに喜んだ。甘いものを食べている時、バクの表情は輝いていた。
 特にバクの大好物だったのは林檎だ。家のどこに寝そべっていようが林檎にナイフを入れるや否や、カチャカチャッという爪の音とともに起き上がって駆け付けてくる。長い尾を揺らし、金色の飾り毛をなびかせて一目散だった。そして大きな体を生かして、脇の下に湿った鼻づらを突っ込んでくれろくれろと訴えかけてくる。林檎は犬が食べても安全な食品だったので、私たちはバクが太らない程度にあげた。
 バクはドッグフードを食べる時には決して見せない星が宿ったかのような目をしていた。シャリシャリシャリ、パリパリサクサク、小気味よい音が響いた。鋭い犬歯は瑞々しい果肉を砕き、そこから滴る甘い果汁をバクは全身で味わっていた。林檎の季節は一日数度、誰かが林檎にナイフを入れるタイミングで、バクもまたご相伴に預かったものだ。

 犬の老化は足早にやって来る。バクも十三歳ともなると機敏だった反応が鈍くなり、林檎にナイフを入れたときの爪の音が遅くなってきた。まだ歯は抜けたりもしなかったが大きな塊は食べにくくなってきたようだ。私たちは林檎を薄く切ってバクにあげた。いくら老いたとて、やはり林檎を食べる時のバクの目は、星のようだった。私たちはまだ残り時間はあるものと慢心していた。

 三月の初め、シャンプーを終えたばかりのバクの体に異変が起きた。よたよたとなって自力で立ち上がることが出来ない。慌てて動物病院へ連れて行った。肝臓がんだった。三ヵ月の余命申告を受けた。
 家族は悲嘆した。三ヵ月のうちに何がしてやれるだろう? もう嫌いなドッグフードではなく、ひたすら好きなものばかりあげようか? だがそんな悠長ななことを企む暇も残っていなかったのだ。次の日にはバクは食べ物を受け付けなくなり、病んでからわずか三日目でバクは天に召された。
 私たちはバクの棺に冷凍のまま残された、手作りのバナナケーキと林檎を入れた。天国では好きなだけ食べてねと別れの言葉を言った。バクの遺骨は市内の動物霊園に安置された。

 あれから幾度めか、また林檎の季節が巡って来る。丸のままの林檎にナイフを入れる。さくりという音ととも金色の香りが立つ。だがもうあのカチャカチャッという爪の音は聞こえない。脇の下に無理やり突っ込まれる湿った黒い鼻も意気盛んな鼻息もない。私たちは黙って林檎を食べる。もうこの行為に組み込まれていた愛おしい鬱陶しさはない。
 誰ともなしにこう口走る。
 「ただ林檎を食べるだけって言うのも、つまらないものだねえ」
 あれからもう十年以上が経ち、だが私はまだこの「つまらなさ」に慣れないままである。

                     了
 

林檎と犬の湿った鼻づら

林檎と犬の湿った鼻づら

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-02-15

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