人魚詩集
人魚の受難
1
受難に跳んだ 人魚の美女が、
きんと硝子めく水面で、
白い腹 弓なりにしなりうねらせて、
真白の月影さながら 浮び沈みし揺らめいている、
──賤しきわたし、それ悲しむのを肉から歓ぶ。
受難に溺れる 人魚の美女が、
燦爛と 死を照らし誘う水面で
濡れそぼる藍の髪 ぬらぬらと燦り垂らし、
翳りの暗みへ昇り沈みし 鱗に緊縛された躰波うたせる。
──賤しきわたし、その不幸をわが身のそれとする。
受難に沈む 人魚の美女が、
ぞっと 青灰の虚空と剥かれた水面で、
苦痛に歪み 悦楽とも酷似した貌、
水底の深みの湿りへ堕ちて 苦痛と苦痛に遂に結われる、
──賤しきわたし、共苦の震えに音楽を視る。
2
私は「我」が後ろめたい、
「わたし」へ後ずさるがために、
わたしは「我」を解体する、
果して 「我」でない「わたし」はいずこにあるか?
骨を水晶へ、
皮を銀へ、
眸を硝子へ、
巡る血は天蓋へ昇らんとする青き焔へ。…
──「おねがい、
おねがいだから私を人形にしてほしい、
わたしの「我」を使用し嬲り放逐してほしい」
「それは不可能でございます」
*
受難に浸る 人魚の美女が、
真実のいたみで美をみすえ、
唯一の韻踏み、死際の舞踏と善くうごこうとする、
倫理の鱗に縛られた 断末魔の身振は舞踏である。
──賤しきわたし 助けもしない、
何故って不幸を撰ぶが romanticだ、
片恋のひと模す少年に似て、
淋しいお歌を歌いながら 嘗て、わたし水面へ跳躍した。
舞踏る少女と六つの薔薇
1
少女は 閑に舞踏する、
まっしろな 華奢な喉元に、死際の
鶴のさけびを留め守護し、不断に通奏する断末魔、
青玻璃の神経に共苦とわななかせ、不可視の領域にて舞踏する、
──六つの薔薇の、一つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。
少女は 閑に舞踏する、
其処に誰彼の姿はない、閃く不在と不在の閃き、
まっさらに剥かれた風景で、其が霧 星と光をしんと囁かせ、
視られるために舞踏るのではない、躰を擲つために舞踏する、
──六つの薔薇の、二つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。
少女は 閑に舞踏する、
霞と若葉と鉱石すすり 磨きぬかれた象牙色の肌、
硬質に締まり、ましろの花弁 月光の青み辷らす如く、
削がれた一身 一つの受皿と化して、月の涙享け身を花と捧げ祀り舞踏る、
──六つの薔薇の、三つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。
2
六つの薔薇の 炎ゆる眸は、
白銀花の白蛇の射す、どぎつい鏡の倫理です、
舞踏る少女 揺れる火焔に 波と陰翳とし反映し、
真紅の乙女の御姿を、さながら 焼身の翳を抛るがように空へ放つ、
紅い彗星の如く 投げ撃たれた、少女の真紅の翳、
Rougeの色彩した 火と明け渡される 痛みに磨かれたrubyよ、
熱っぽい恋を剥ぎ落し、期待に潤む欲心を削ぎ落し、
ついに海さながら 青みを一身に侍らされる crystalとし明け渡されるか?
*
少女は 閑に舞踏する、
されど心中火花散り 真鍮の切先に魂のたうち瑕を負う、
苦痛に流される鮮血と 原動力としての炎の意欲は逆流し結びつく、
苦痛と苦痛は結われ、少女のそれと閑な蒼穹の秘め事の苦痛は結ばれる、
──六つの薔薇の、四つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。
少女は閑に舞踏する、
心の不可視の領域で 人目の不可視の領域で、
少女みずから眼を閉ざし、抑制と理想に眸を神秘へ磨いて往く、
閑に、閑に舞踏する、なべてのうごき定められ、決断と同意に沈黙する、
──六つの薔薇の、五つ、炎ゆる真紅は掻き消えました。
3
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
花の真紅を 花の真紅と澄みきって映す。則ち、不純を剥がしたのか?
その清む眼差 不可解を不可解とし映し、酷な程淋しい笑みを刻む、
少女の魂 きづけば──肉の底へ転げ堕ちて、根の領域に在ったか?
摩耗した肉は はや舞踏るに向かないそれとなる。
唯一に 残る薔薇の火を、ひたむきにみつめうる そが眸──
薔薇の花弁を 一枚一枚剝ぐ如く、怜悧な夢想に眸から剥げば、
透徹する視線を火に射せば──かれは蒼穹に睡る水晶、天の荘厳な瞼の向う側。
*
六つの薔薇の、最後の火、
秘め事と眸に照らし──わたしは、生きる。
片恋鎮魂歌
星々に死の弧を曳き連なる死者たちの壮麗な瞼、
わが眸はそが瞼の向う側を想い歌を放つも失墜、
失墜亦失墜さればちかと赫々たる燦り毀す夜天、
天地は転回しわが身墜落し銀と群青に呑まれる、
わが身其処を漂い故郷の馥郁と拡がる薫を聴く、
銀と群青の色彩はpsychedelicにどぎつく交り、
悉くの統治者・死に侍り整列される如く真白へ、
どっと流れ込み乾いた硝子盤に光のみ反映して、
わが翳はその面をうっすらと辷り泳ぎ夢をみて、
地に遺された片想いの黒猫を夢と指で描き歌う、
私の敬いを自然に呼吸する黒猫は気儘に月棲み、
わが半身は人魚の鱗とし硝子盤に反映と結ばれ、
わが半身は黒猫への片恋に熱っぽく脹れ緊縛し、
人魚には魂が不在で唯泡沫へ霧消を俟つ身の私。
涙より貴いものは…
涙より貴いものはないのです
涙より貴いものはありません、
清む涙の
きんと光る青の照りかえしより佳いものはないのです、
それが流れ 頬を
つ、と伝う朝暮の沓音よりいいものはありません、
苦痛に明け暮れ幾夜を欠片の落葉と剥ぎ落す
砕けた音楽がそれなのです
その砕ける音
はらり、と揺れるような貴女の笑いの瞼です、
頬伝う、
つめたさに澄みきった消えいる沓音は貴女の笑い声です、
まっしろに剥がれた星一つなき
真夜中の群青の光は喜ぶ貴女の眸です、
おおいなるくるしみに剥がれた貴女の砂漠の眸です
まるで歓びの光です
下へ昇る涙よりいやしいものはないのです、
毀れるままに垂落ちる
酒噴零れるにすぎません、
くるしみ圧しだしうずめる頬を 涙に洗ってはいけないのです
上へ沈む涙よりとうといものはないのです、
高空みすえ砂を曳き
希断ち爪立て墜ちるのです、
肌硬く剥ぎ 内へ湛え水晶へ侍る湖の涙がそれなのです。
*
嗚 涙の純化は失意の底溜るさらりと砂と照るあなたの笑みでありました、
嗚 とどめられた涙の清むは笑みであり、天沈む死は黎明の花嫁衣裳です
恋人よ
1
恋人よ
ぼくに 花の名をつけてくれはすまいか、
いいえ、
ぼくを 貴女の花としてくれはすまいか
ぼくの名を呼んで──
恋人よ
貴女しか識ることのない、わが花の名を呼んでくれはすまいか
わが身は貴女の花となり、翳とし抱きすくめられたいのです
*
さすればわが躰は──恋人よ 貴女という
青みがかった聖地に捧げられる さながら侍らせられるように──
2
疎外にむせぶ ぼくの空白を、
恋人よ
貴女という光で いっぱいに満たしてくれはすまいか、
貴女という神殿に 磔にされ 否定の鞭に刻まれ
そしてわが花の名 いくたびも身を折って呼びながら、
孤独の関節 ほぐれ 仮面砕かれ きのままに
生と死の際 彼方よりどっと打ち寄せる音楽のままに、
果てへ 果てへと連れ込んでくれはすまいか
*
恋人よ
なきひとよ 虚数としての 彼方の貴女──
羊飼いの歌
蒼い燦りが たなびいた
蒼い燦りが たなびいた
とおい とおい 昔の話
神経を刺す がらすのまばたき
真白の月は きえうせた
真白の月は きえうせた
いつまで 視えていただろう
群青の空に 奥ゆきなぞない
蒼い燦りが たなびいた
蒼い燦りが たなびいた
天使の翼を ぼくは視た
ぼくには夢想を あやめられない…
いとけない歌
とく、
と 雨音のぴあにずむ
わたくしの 心象湖へさらり落つ
して 追懐になみうち 嘗ての想い翳と浮ぶ
溶く、
わたしの硬き砕けた心のタイル
やぶれかぶれに破き散らしたかの迷夢
しずしずと 雨のたたくゆびに水の幻と往く
解く、
久遠の火は水と往き土に墜落、
溶けぬ淋しさの円舞に永遠の音楽を解けぬ
無数のさみしさの円舞の線が錚々と冴えてかさなる
梳く、
寂しき線描画がしんと重奏曳く
命の火を刹那と抱く永遠が髪を梳く如く
とくと雨音の沈黙が永遠を照らす幾千の音楽は追憶
*
とけない とけない とけませぬ
いとけない無垢の幾千の幾線は梳けぬゆえ
憧れの説く淋しき無音の通奏の一切が熔けぬ
水晶の毀し曳くぴあのは弾けませぬ、永遠はわたしには解けませぬ…
人魚詩集