いつつ葉雑貨店

幸せな人は、巡り会えない。
貴方のアンラッキー、ひっくり返してみせましょう。
「いつつ葉雑貨店」、開店です。

もう、何も信じられなかった。
親友に、裏切られた。
ただただ、海沿いを走っていた。
行くあてもなく。
すると、不意に目に入った。
おしゃれなバー――ではなく、雑貨店。
気づけば、店内に足を踏み入れていた。
カラン、と音が鳴る。
次の瞬間、鼻をくすぐる、いい香り。
ウイスキーの香りだった。
「クローバーウイスキー、いかが?」
店主にそう声をかけられたところまでは覚えている。
けれど、それを買った記憶は、なぜか残っていなかった。
その日から、私は飲み続けた。
親友を忘れるために。
二日酔いはつらかった。
けれど、親友の顔は、確かに思い出せなくなっていった。
親友の名前も、 もう、思い出せなかった。
――しかし、ある日。
耐えきれない吐き気に襲われ、鏡の前に立った。
そこに映っていた私の目は、
黄色く染まっていた。

雨がしきりに降っていた。
また、やってしまった。書類を間違えるのは、何回目だろう。
文法を覚えるのが苦手な私。境界知能、というやつだろうか。
もう、生きている意味さえわからなくなって、気を晴らそうとただ歩いていると、目の前に現れた。
「いつつ葉雑貨店」
何も考えず、その店に入った。
店内にはシトラスの香りが満ちていた。
いい香りだな、と思ったその瞬間、店主がまるで心を読んだかのように声をかけた。
「お客様はアロマ雑貨にご興味がおありでしょうか。でしたら、こちらはいかがでしょう。」
そう言って差し出されたのは、氷の結晶のように冷ややかな色のボトル。
よく見ると、何やら紋章が刻まれている。
「こちらは『philoponais 』というメーカーのアロマオイルでございます。集中力を高める効能がございます。」
ヒロポナイズ、か。なぜか聞いたことがあるような気がした。
値段も高くなかったので、買ってみることにした。
カランコロン、と扉の音が響いたころ、雨はすっかり止んでいた。
家に着き、さっそくそれを使ってみた。
すると、仕事が驚くほど早く進む。
けれど、そのぶん疲れ方も倍だった。
それでも、仕事が追いつかない。
私は使い続けた。
やがて、指先がうまく動かなくなってきた。
文字を書こうとしても、思うように手が動かない。
そこでようやく、気づいた。
ヒロポナイズ――それは、ヒロポンだったのだ。
元薬学部だったから、わかる。
覚醒剤の一種。
もう、手遅れだった。
私は、ひとりでは動けなくなっていた。

僕の人生は、灰色だと、言われた。
生きる気力はもうないのに、死ぬのも怖い。
いっそのこと、と思い、あてもなく歩き回った。
そのとき、ふと目に入った。
美しい花を売っている、小さな雑貨屋。
「ああ、その花の名前は、夾竹桃というんですよ。」
気づくと、店主がそばに立っていて、そう教えてくれた。
少し奮発して、夾竹桃を買った。
それからというもの、僕の人生はピンク色になった。
夾竹桃に救われたのだから、薔薇色という言葉は使いたくなかった。
ある日、ふと鉢を見ると、葉が落ちていた。
悲しくて、悲しくて、どうしようもなかった。
だから、葉をお茶にして飲むことにした。
ここまで頑張って生きてきてくれて、ありがとう――
そんな気持ちを込めて。
美味しいな、と思った。
けれど、ピンク色の人生も、ここで幕を閉じる。
夾竹桃のお茶を飲んでから、急激に体調が悪くなっていった。
最終的に、
かつてない苦しさの中に、僕は溺れていった。

ため息が、聞こえる。
自分のものか、周りの人のものかは、わからない。
けれど、重い、重いため息だった。
耳が聞こえにくいはずなのに、
それは、はっきりと届いた。
なんだか体も心も重たくて、
当てもなく、ふらふらと歩いた。
そこで見つけた、雑貨店。
扉に触れると、振動が伝わってきた。
まるで、カラン、コロン、と響いているみたいだった。
店内を見て回っていると、
ひとつ、目に留まった。
『あなたのための補聴器』
どんな補聴器も合わなかったのに、
なぜか、それだけは欲しいと思った。
「そちら、どんなに耳が聞こえづらい方でも、
聞こえるようになる補聴器だそうですよ」
そう、店主は手話で言った。
一生のお願い、
そんな気持ちで、私はそれを買った。
つけてみると、
周りの音が、はっきりと聞こえた。
人の声。
足音。
風の音。
感動で、泣きそうになった。
――しばらくして。
ふと、気づいた。
私、この機械に、頼りすぎてる?
そう思って、補聴器を外した。
音は、聞こえなかった。
けれど、
あの、耳を刺すようなノイズも、もうなかった。
すっきりした感じが、した。

また、振られた。
こんなにも可愛くしていて、マッチングアプリでも大人気なのに、恋はすぐに終わってしまう。
なぜなのだろう。
思っていた人と違う、と言われるわけでもない。
ただ、なんとなく、嫌になってしまうのだ。
ふらふらと歩いていると、可愛い雑貨店が目に入った。
カランコロン、と音が響く。
店内には、どこか特殊な、嗅いだことのない香りが漂っていた。
「これ、いい香りですよね。すずらん。」
店主が話しかけてきた。
その手には、瓶。中には透明な液体が入っている。
香水かな、と思い、私はそれを買った。
それからというもの、デートのたびに、すずらんの香水をつけていった。
手首に、そっと。
すると、不思議なことに、
運命の人は、離れていかなかった。
「君のことが好きだ。結婚してください。」
そう言って、彼は私の手首にキスをした。
とても嬉しくて、私は了承した。
彼は喜び、声にならない悲鳴をあげ、目を白黒させ、激しく転げ回るほどだった。
その翌日、
彼の命は尽きた。
そして私も、
香水を舐めた。

嫌い。
嫌い。
大嫌い。
学校で、
まだ、こんなところがあったんだ。
友達なんて、いない。
イライラして、
ムカついて、
どうしようもなかった。
朝日を浴びているのに、
心は、暗かった。
カラン。
知らず知らずのうちに、
私は店の中に入っていた。
店内を物色していると、
黒い香水瓶が、目に留まった。
「そちら、嫌いな方にかけると、
かけた方が不運になるそうですよ」
そのとき、
店主の口元に、笑みが浮かんだ――
そんな気がして、恐ろしかった。
私は、咄嗟に逃げ出した。
よかった。

なんでなんだろう。
なんで、喧嘩別れしちゃったのかな。
帰ってきてよ、お姉ちゃん。
泣きながら、帰っていた。
ふわふわとゆらめく視界の先に、雑貨店があった。
カラン、コロン。しんとした店内に、音が響く。
そこには、『会いたい人に会えるジュース』と書かれた、缶があった。
「そちら、ペヨーテジュースとなっており、たとえ会いたい方がお亡くなりになっていても会うことができます。」
会いたい人に会える。その響きだけで買っていた。
家に帰って飲んでみると、まずとてつもない苦味。
その次にーー
お姉ちゃん。
「ありがとう」
そして、何分か立った頃。姉は消えていた。
涙が、こぼれ落ちた。

動かない。
足が動かない。もつれる。
アスリートの道を選ぶことは、不可能なのだろうか。
何か、心の支えが欲しかった。
気づけば、吸い込まれるように雑貨屋へ入っていた。
檜の香りが満ちる店内で、ひとつのものが目に留まった。
目薬。
とても可愛いボトルに入っている。
「そちらの目薬は、ベラドンナのエキスが含まれていて、目をぱっちりとさせる効果があるんですよ。」
目が細かった自分には、ぴったりだと思った。
だから、買った。
毎日さすうちに、日に日に可愛くなっていくのがわかった。
アスリートの道をやめ、アイドルを目指すことにした。
ダイエットはきつくない。
顔も、どんどん可愛くなっていく。
今日は最高のステージだった。
だから、たくさん目薬をさして行った。
踊って、歌って。
最高だった。
――しかし、最後。
目に違和感を覚え、瞬きをした、その瞬間。
自分は、何も見えなくなっていた。

私は、可愛い以外に取り柄がなかった。
勉強もダメ、運動もダメ。
人も怖いし、動物もまるでダメだった。
もう、ヤケクソで繁華街に出た。
すると、裏道へと吸い込まれるように歩いていた。
カランコロン、と扉の音が鳴る。
甘くて、どこか魅惑的な香りが漂っていた。
「ケーキ、おひとついかが?」
店主が、にこやかに声をかける。
目の前に並んだケーキは、見た目も香りも甘美そのものだった。
恐る恐る一口かじると、驚くほど美味しかった。
それから、私は狂ったようにその雑貨屋に通い詰めた。
今日も、上司に叱られて、ストレスが溜まっていた。
――しょうがないじゃん、最近眠気が酷いんだから。
そこで、ケーキを三つ買った。
どれも甘く、美味しく、幸せを運ぶかのようだった。
しかし、立ち上がろうとしたその瞬間、足に激しい痛みが走った。
気づくと、足はもう砂糖の塊と化していた。

四つ葉のクローバーは、幸運。
六は、王の数字。
五は、ぞんざいに扱われる数字。
貴方は、どの数字が好き?
五は、まず、あまり出てこない。
いつつ葉のクローバーも、滅多に見つからない。
そんな、可哀想な貴方たちに、
幸せをもたらそうとしただけ。
買ったあとの結果は、知らない。
けれど、あれは幸せにするためのもの。
五を、特別にしたかった。
ただ、それだけ。
哀しい運命も、
仕方のないこと。
……だって、
貴方は、ここに来てしまったのだから。
――今日もいつつ葉雑貨店、開店です。

いつつ葉雑貨店

1は足しすぎ、引くと普通。
4は難しいです。
でも、5なら簡単。
あなたも不幸に陥れば
簡単に五になれます。
カランと音が聞こえたとき、
あなたは1を足してます。

いつつ葉雑貨店

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2026-01-14

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