太陽と雨と虹
これは、ある事件の話だ。
20XX年から、五年が経った、ある日のこと。
雲は、泣いた。太陽は、怒った。
💧
私は玄霧レイナ。
母は難病を患い、父は夜勤で、家に帰る頃にはもう早朝だ。だから私は毎日、自分で家事をこなしている。
学校は、私にとって嫌いな場所のひとつだ。
いつも不良のグループに絡まれる。
そのリーダー格が、水野リリ。
登校すると、どこからか明るい声が聞こえた。
「おはよー!」
白霧サナだった。
返事をしなければ、と思った。
けれど、その元気な声を聞いた瞬間、私の心に暗い影が落ちた。
『どうせ私への当てつけだ。』
小雨が降ってきた。
『結局、私元気じゃないじゃん。』
気づけば、私は足早にその場を去っていた。
返事もせず、振り向きもしないまま。
☀️
私の名前は白霧サナ!
母も父も忙しいけど、可愛い弟がいて、毎日幸せに過ごしている。
でも学校は、正直苦手。
水野リリ?さんたちがうるさいのだ。
今朝も挨拶をしていたら、返事を返してくれない子がいた。レイナちゃんだった。
表情があまりにも暗くて、どうしたのか気になって、つい後をつけてしまった。
そしたら、リリたちに絡まれていた。
話をこっそり盗み聞きしてみたら、意味不明なことを言われていて、思わずムカッとして…
「あんたたち、何やってんの!」
つい声を上げてしまった。
関わらない方が楽なのに、どうしてもその子を守りたくて言い返してしまう。
案の定、相手は
「は?何なのお前、関係ないじゃん!」
その通りだけど、私は止まれなかった。
周りから人が集まってきた頃、先生が教室に入ってきた。
私はレイナに向かって後ろを向き、ウインクしてみた。
レイナは軽く頷いてくれた。
💧
「おい、お前、最近調子乗ってるよな?」
階段を駆け上がり、教室の前に着きかけたとき、声をかけられた。
正直、何について話しているのか、誰に言っているのかすらよくわからなかった。
そもそも、話しかけられているのは私なのかさえ疑問に思った。
その次の瞬間、不良の軍団に囲まれてしまった。
「調子乗んなよ、気持ち悪い。」
「うちらの評判も下がるわけ、いい子ぶってると。」
何が何だかわからないけど、多分、私に怒っているのだけはわかった。
下を向こうとすると、突然、首を掴まれた。
「あんたたち、何やってんの!」
声色は変わっているけれど、確かにサナだった。
しかし、神様はサナに微笑まなかった。
「は?お前関係ないじゃん!」
正論で返され、一瞬、止まるかと思った。
もう、私の学校生活も終わりかと思いかけた。
でも、サナは違った。
怒鳴りながらも、私のために立ち向かうその優しさと健気さに、泣きそうだった。
周りから人が集まってきた。でもそんなことは気にせず、サナは私のために戦い続けてくれる。
勝利の女神は、サナに微笑んだ。
先生が教室に入ってきて、一件落着。
サナが後ろを向いてウインクしてくれた。
とても、とても嬉しかった。
️
家に帰っても、私はレイナのことが頭から離れなかった。
心配で、ご飯が喉を通らない。
どうしてだろう。弟にまで、きつく当たってしまう。
「今、お姉ちゃん忙しいの。ごめんだけど、後でいい?」
特に忙しいわけでもないのに、弟の遊びの誘いを断ってしまった。
自分でも、胸がちくりと痛んだ。
部屋に入ると、いつもの自分なら考えもしない言葉が、頭の中に溢れ出してきた。
『レイナちゃんが、苦しさを私に押し付けた。』
『レイナちゃんだけで悩めばいいのに。』
想像の中の私は、泣きながらそう言っている。
どうして、こんなことを思ってしまうんだろう。
私、いつからこんなに酷い人間になったのかな。
涙がこぼれそうになって、咄嗟に目を閉じた。
その瞬間、水色の光が見えた。
目を閉じているのに、見えるはずがないのに。
おかしい、と思うのに、体は逆らえなかった。
吸い寄せられるように、その水色の光へと歩いていく。
そして、何かを掴んだ。
目を開けると、そこには空色のお守りがあった。
『悪霊退散 宙乃音神社』
聞いたことのない神社だったけれど、なぜか気になって、ランドセルにつけてみた。
すると、不思議なことに、いつの間にか心の中の曇りが晴れていた。
💧
家に帰り、黙々と家事をこなしていると、不思議と心が軽かった。
理由ははっきりしている。
――サナのおかげだ。そう確信していた。
けれど、その感覚は長くは続かなかった。
また、心がじわじわと曇り始める。
理科で習った積乱雲、とかいうやつが、胸の奥にできた気がした。
ベランダの外では、ザーザーと雨の音が鳴っている。
洗濯物は干し直しになった。
サナの家庭環境と、自分の家を比べてしまった瞬間、終わりだった。
お母さんがいて、お父さんも夜遅くならない。
可愛い弟だっている。
どうしても、どうしても比べてしまう。
涙が溢れそうになり、慌てて目を閉じた。
なのに――橙色の光が見えた。
意識がほとんど遠のく中、私は何かを手に取っていた。
それは、お守りだった。
『悪霊退散 宙乃音神社』
買った覚えはない。
けれど、家族写真の隣に置かれていたから、大切なものなのだろうと思った。
深く考えず、ランドセルにつけてみる。
すると、不思議なことに、また心が軽くなった。
窓の外を見ると、いつの間にか雨は止み、空は快晴になっていた。
☀️
朝、登校すると、レイナのランドセルにお守りがついているのが目に入った。
どこかで見たことがある気がして、自分のお守りを確かめる。
――色違いだった。
「あの……」
声をかける前に、レイナは階段を上って行ってしまった。
追いかけようとした、そのとき。
足元に、さっきのお守りが落ちていた。
同時に、階段の上から怒声が聞こえる。
――まさか。
お守りを拾い、私は階段を駆け上った。
案の定、レイナはリリたちに囲まれていた。
「何度も何度も、どうしてそんなことするの!」
息が切れたまま、お守りを強く握りしめ、リリに向かって叫ぶ。
「人をいじめる人なんて、
同じ空の下で生きているだけで恥ずかしいわ!」
その瞬間だった。
リリの髪の毛が、ぼっと音を立てて燃え上がった。
「きゃっ! あんた、何するの!」
私自身も、何が起きたのかわからなかった。
ただ一つ――
レイナが、微笑んでいた。
それが、なぜかとても怖かった。
💧
今日は、やけに気分が良かった。
昨日のお守りのおかげなのか、サナのおかげなのか、それとも両方なのかはわからない。
ふと後ろを振り返ると、サナがいた。
どうやら、私の視線には気づいていないみたいだ。
サナのランドセルには、見覚えのないお守りがついていた。
でも――なぜか胸がざわつく。
あのお守り、どこかで見たことがあるような……。
後ろから声をかけられたことに気づいたときには、もう遅かった。
首根っこを掴まれ、勢いよく引っ張られる。
次の瞬間、
びりっ、という音とともに、お守りが引きちぎられた。
「あ……お守りが」
「何だよお前。お守りなんか信じてるとか、陰気くせえな」
「やーい、厨二病」
嘲笑の声が重なる。
そしてリリは、お守りを乱暴に放り投げた。
「お前なんかに似合わねえよ、あんなやつ」
――その時だった。
「何度も何度も、どうしてそんなことするの!」
サナの声。
振り向くと、サナが立っていた。
その手には、私のお守りがしっかりと握られている。
「人をいじめる人なんて、
同じ空の下で生きているだけで恥ずかしいわ!」
その瞬間、私は“見てしまった”。
周りの誰にも見えていない。
けれど、サナの背中から、淡い光を帯びた虹色の羽が生え、静かに羽ばたいた。
同時に、リリの髪の毛が燃え上がった。
悲鳴と混乱で周囲は大騒ぎだった。
でも、不思議なことに――
私は、神様に出会ったみたいに、心が静かに落ち着いていた。
☀️
家に帰る前、先生に呼び止められた。
「……そんなまさかとは思うが、君がやったんじゃないよな?」
あの事件のことだと、すぐにわかった。
確かに、私が叫んだ直後だった。
でも――そんな、まさか。
「分かりません。
私がやったはずは、ないと思いますが……」
そう答えることしかできなかった。
家に帰ると、気持ちを切り替えるようにオムライスを作った。
弟に、さっききつく当たってしまったお詫びだ。
オムライスは美味しかった。
本当に美味しかったし、弟も喜んでくれた。
それなのに、なぜか元気が湧いてこない。
弟に話して、慰めてもらっても、胸の奥の違和感は消えなかった。
なんとなく、お守りに触れた、そのとき。
「……サナ」
どこからか、声が聞こえた。
いるはずがない。
そう思った瞬間、目の前に“それ”はいた。
天使だった。
驚いて逃げようとしたのに、体が動かない。
その天使は、どこかレイナに似ていた。
前髪が長く、目元が影に隠れている。
天使は何も言わず、私の手のひらに、そっと何かを置いた。
それは――
虹色の、あめ玉だった。
💧
神様のような光景を見てから、ひとつの考えが浮かんだ。
きっと今頃、サナは戸惑って、疲れている。
そう思って、私はぬいぐるみに太陽のクリップをつけてあげた。
それから、ぬいぐるみのサナにオムライスを振る舞う“ふり”をした。
「今日もお疲れ様。
そして……ありがとう。」
二人で食べている気分のオムライスは、美味しかった。
でも、胸の奥は、なぜか沈んでいった。
「私、どれだけサナに迷惑をかけてるんだろう。」
そう思って、デザートまで出してあげることにした。
母から教わった、虹色のあめ玉の作り方。
サナは、きっと喜んでくれる。
そう信じて、あめ玉の袋に小さな穴を開け、紐をつけてお守りと一緒に下げてみた。
すると――
どこからか、声が聞こえた。
とても遠いのに、
雨音の中でもはっきり届く声。
「ありがとう。元気出たよ。」
気づくと、虹色のあめ玉は消えていた。
その代わりに、床に落ちていたのは――
虹色の、羽だった。
☀️
弟も寝静まり、私も眠ろうとした頃、
天使がくれたあめ玉が、やけに気になった。
口に放り投げると、ふわっと甘みが広がって――
辛かった。
というより、熱いものを口の中に入れたみたいな感覚だった。
さっきまで、いつもの私じゃないみたいに
黒い感情が渦巻いていたのに、
それが、ぴたりと止んだ。
どんどん、気分が晴れていく。
口の中も、少しずつ、甘く、あたたかくなっていった。
そっと目を閉じると、
また、天使の声が聞こえた。
「ありがとう」
私は、小さく頷いて、
天使にそう伝えておいた。
💧
今日は快晴だった。
昨日の雨が、嘘みたいに思えるほど。
私は、晴れ晴れとした気持ちで卵焼きを作っていた。
ふと、そういえばと思い出して、
昨日の虹色の羽に目を向ける。
――橙色に、輝いていた。
橙色の羽は、ひらひらと舞い、
私の部屋の中へ入っていった。
慌てて追いかけると、
今度は、お守りが――するすると、壊れていく。
「あ、ちょっと、何やって……!」
止め紐が、するる、するると解かれていく。
私が触れていないのに。
やがて、中から一枚の紙が落ちた。
そこには、拙い字で、こう書かれていた。
「わすれないで」
「さなとれいな おともだち」
「そらのした ずっといっしょ」
☀️
夢の話だった。
――夢だったら、よかった。
私は、知らない神社の前に立っていた。
空色の、大きな鳥居。
吸い込まれるように、その中へ足を踏み入れる。
そして不意に、私は息をひそめた。
そこには、
小さい頃の私と、レイナがいた。
「かみさまへ……」
小さな手を胸の前で合わせて、祈る。
「れいなちゃんと、
ずっといっしょにいられますように!」
急に、涙が込み上げてきた。
すると――
「泣かないで」
冷ややかで、でも確かに優しさを含んだ声がした。
レイナちゃんに、よく似た前の天使だった。
「あなたは太陽。
泣かないで」
私は、涙をこらえた。
喉の奥が、ひどく熱かった。
💧
学校へ向かう足取りは軽く、
私は思わず歌を口ずさんでいた。
――どうして、こんなに嬉しいんだろう。
その理由を確かめるように、サナの様子を見る。
けれど、彼女の表情は暗かった。
いじめっ子たちも、今日は話しかけてこない。
それなのに、昼頃になると、空には雲が出始めた。
いつもなら、私の気分と同じはずの天気。
今日は、違う。
『……サナの気分を、私が吸い取っている?』
そんな嫌な考えに、無理やり蓋をする。
けれど、それも束の間だった。
帰りの会の途中、明らかにサナがしょんぼりしている。
そのとき、不意に、
ランドセルについたお守りが水色に光り始めた。
ーー前は、橙色だったのに。
そう疑問が頭をよぎった、その瞬間。
空が、晴れた。
まるで、モーセが海を割ったみたいに、
この地域一帯だけが、嘘みたいに明るい。
……それなのに。
暗雲が、濃く立ち込めている建物がひとつあった。
――私の家だった。
☀️
今日、不思議なことが立て続けにあった。
まず、ママが家にいたこと。
次に――
この地域一帯が、晴れていたこと。
どうしてだろう。
そう考える余地もないまま、レイナちゃんのことが頭に浮かんだ。
あのとき。
間違いなく、レイナちゃんの席のあたりから、水色の光が見えていた。
そんなことを考えていると、
急に、ママが話し始めた。
――いつものママの声じゃない。
「宙乃音神社は、虹の麓にある。
二人が揃ったとき、そこへ行ける」
それだけ言って、ママは何事もなかったかのように、
仕事に戻った。
在宅勤務とはいえ、いつも通り、淡々と。
……でも。
さっきの言葉は、なんだったの?
胸の奥がざわついて、
私はレイナちゃんのことを思い、家を飛び出した。
向かう先は、考えるまでもない。
曇っている、あの建物。
――レイナちゃんの家だった。
二人は、同時に走っていた。
互いの家へ向かって――
それなのに、通っているルートは、まったく同じだった。
まるで、この地域を取り囲むように、虹が架かっている。
今こそ、二人がもう一度会うべきだ。
そう、同時に思った。
けれど、胸に抱いていた感情は、違っていた。
レイナは、信仰と、安心。
サナは、信仰と、畏怖。
「「宙乃音神社へ、行こう!」」
声が重なった、その瞬間。
巨大な虹が視界を覆ったかと思うと――
次の瞬間、
二人は、あの神社の前に倒れ込んでいた。
変わらない、空色の大鳥居。
二人とも、ランドセルを背負っている。
そして、揺れていた。
水色のお守りと、
橙色のお守り。
二人は、確信する。
――これは、色違いなだけで、
文字まで、まったく同じだと。
これは、20XX年の話。
五歳の少女たちが、神隠しにあった。
――そう、記録には残っている。
今では、もう五年の年月が経ち、
多くの人は忘れているだろう。
けれど、神様は、いた。
空色の大鳥居。
快晴の空の下。
五歳の少女たちは、
どちらも、五円玉を手にしていたという。
二人の少女の名前は――
サナと、レイナ。
それぞれ、水色と、橙色のお守りを授かった。
水色は、雨の色。
けれど同時に、快晴の日の澄んだ空の色。
橙色は、太陽の色。
けれど同時に、雨上がりの夕焼けの色。
そして、二人の少女は出会った。
空色の着物をまとい、
空色の、美しい瞳を持つ神。
――晴天月雨ノ神。
現代では、
水野ホシと呼ばれているという。
二人の少女は、
雨ノ神のために。
――いいえ、きっと、二人自身のために。
小さな手を胸の前で合わせ、祈った。
「かみさまへ……」
「れいなちゃんと、
ずっといっしょにいられますように!」
そして、気づけば。
二人は、元の公園に、立っていた。
あの光景を目にした直後、
二人は、声を聞いた。
「貴方達は、共に輪廻転生を繰り返してきた、
魂の対」
サナとレイナは、きょとんと顔を見合わせる。
けれど――
なぜだか、分かった気がした。
雨上がりの夕焼け。
ふと、後ろを振り返ると、空は快晴だった。
サナとレイナは、
今日も、友達。
〜おしまい〜
〜かも〜
太陽と雨と虹
きっとそばには、神様がいる。