妻を抱かない夫の物語
妻を抱かない夫の物語
妻を抱かない夫の物語
私はこれから夫との出会いから結婚に至るまで、そして結婚後の夫婦生活の話をしようと思います。
なぜかというと私と夫との結婚生活は世の中にまずないであろう奇妙なものなのだからです。私には未だに夫の心がわかりません。なので読者の方で夫の心理を理解できる方がいたら、それを私に教えて欲しいという思いからです。
夫とは大学時代に合コンで知り合いました。
彼は高橋さんといって東大法学部の学生で私はお茶の水女子大学の文学部の学生でした。
高橋さんは、とても優しそうな人でイケメンで私はその一回の合コンで彼と付き合うようになりました。高橋さんは何でも私の言う事を聞いてくれる優しい人でした。
私は何回も彼とデートをしました。高橋さんは東大生なのに運動神経抜群でスポーツは何でも出来ました。高橋さんはテニスコートを借りて私にテニスを教えてくれました。
そしてスキー場にも連れて行ってくれました。
私は子供の頃から文学少女で運動は苦手でスポーツはからっきしダメでした。
私にはスポーツをしたいという欲求もありませんでしたが彼に手取り足取り、教えて貰えることを思うとドキドキして私は彼と一緒にスキー場に行きました。
彼はSAJのスキー検定1級で物凄くスキーが上手いのです。
小さな連続小回りターン、ウェーデルンというのでしょうが、それを見た時、ああ、何て美しいんだろうと吃驚しました。
私はスキーをするのは初めてでした。
私はスポーツをテレビで観るのは好きでした。
しかし自分でやってみたいという思いにはつながりませんでした。
テレビでスキー場の一般客が滑っている様子を映した映像を見ると何だか簡単そうに見えて自分でもあの程度なら滑れるんじゃないかとも思っていました。
実際、私はスポーツが苦手とは言いましたが友達とバレーボールやバトミントンを遊びでやる位のことは出来まし好きです。
なのでスキーも何とか滑れるんじゃないかと思っていました。
今ではスキー場では、スキーをする人とスノーボードをする人が半々くらいとなっています。
しかし私にはスノーボードは難しそうに思えました。
スキーは両手にストックを持っていますから安心できます。しかしスノーボードは手には何も持っていないので、一旦、滑り出してしまったら、どうやって止まったらいいのか不安です。ターンの切り替えも難しそうです。スノーボードはまるで雪上でのサーフィンのように見えます。しかしスキーのターンは左右対称なので、これも安心できます。
そういうことで私はスノーボードは無理でもスキーなら何とか滑れるんじゃないかと思っていました。しかしテレビで見るのと自分がやるのは大違いでした。
まずスキーがこんなによく滑っていくものということに驚きました。
スケートは氷の上を滑りますから、よく滑るものだろうな、とは思っていました。
しかしスキーはスケートほど滑るものではないだろうと私は思っていました。
しかしスキーはほんの小さな傾斜があれば、どんどん加速していっていまいます。
吃驚しました。スキーは位置エネルギーによって何もしなくても少しでも傾斜があれば、どんどん滑っていき、しかもその速度はどんどん加速していきます。
私は雪上でスキー靴を履いて立った時のことを覚えています。
スキーがどんどん滑っていって、わあ、どうやって止めたらいいの、と焦りました。
死ぬかと思いました。「京子さん。山側に倒れて」と彼が言ってくれたので私は彼の言葉を信じて山側に倒れました。そうしたらスキーは止まってくれました。
怪我しないですんで私はほっとしました。
「ごめん。ごめん。最初に言うべきだった。初心者ということを忘れていた」
と彼は言って私を抱き起してくれました。
彼は色々とスキーの技術、滑り方を丁寧に教えてくれました。
初心者はスキーを平行にするパラレルターンではなく、八の字にするボーゲンで滑ること、ターンする時にはストックをつくこと、外側のスキーに体重を乗せれば自然とスキーは回ってくれることなどを彼は教えてくれました。
その甲斐あって私は何とかボーゲンでなら滑れるようになりました。
スキーを揃えて滑る格好のいいパラレルターンは出来ませんでしたが、ボーゲンでも慣れてくると、結構、楽しいものです。
「近くを見ないで遠くを見て」
「慣れてきたら少しずつ八の字の幅を狭めていって」
などと彼は教えてくれました。
彼が私の前をゆっくり滑って私は彼の後を追うように滑ったりしました。
私もだんだんボーゲンで上手く滑れるようになっていきました。
しかし私にとっての喜びはスキーが多少、滑れるようになったこともありますが、それ以上に、彼に手取り足取りスキーを教えて貰えること、そして一緒にリフトに乗ることでした。
こうして彼と過ごした三日間のスキー旅行はとても楽しいものでした。
その後も彼との付き合いは楽しいものでした。
・・・・・・・・・・・
彼はテニスコートを借りて、私は彼と一緒にテニスをやりました。
もちろん私はテニスも初心者です。しかし彼はテニスも上級者です。
彼はグリップの握り方から、スイングの仕方、などを丁寧に教えてくれました。
そして私は彼とラリーをするようになりました。
もちろん最初からではありません。
私は初心者なので、彼にボール出しをしてもらって、その球を打っていました。
最初はボールを当てて返すのが、やっとでした。しかもネットしたり変な方向へ打ってしまって彼には、散々、迷惑をかけてしまいました。
しかし彼は笑顔でボールを全部、拾い集めてくれました。
そしてまた彼の出したボールを打ちました。
私もだんだん、ボールをコントロール出来るようになっていきました。
何とか相手のコートにボールを返すことが出来るようになっていきました。
「テークバックを早く。それだけ意識して」
と彼はアドバイスをしてくれました。
だんだん私も相手のコートにボールを返せるようになると、彼は、
「じゃあ、ラリーをしてみよう」
と言いました。
私はまだラリーを続ける自信がありませんでしたし、変な方向に球を返しては高橋さんに迷惑をかけるから、こわかったのです。
それに私はバックハンドでは全く打てませんでしたから。
テニスの上手い人は、上手い人同士でラリーを続けているのが気持ちよく、初心者とはやりたくないものですから。
私がそう言っても、彼は、
「大丈夫」
と言って私とラリーするようになりました。
「京子さん。僕は京子さんのフォア側にしか打ちません。ですからバックハンドで打つ必要はありせん」
と彼は言ってくれました。
ラリーが始まりました。
彼は言った通り、私のフォア側の一番、打ちやすい所に緩い球を打ってくれました。
なので私は、ほとんど動くこともなく、フォアハンドで打ち返しました。
彼のボール出しで、多少、相手のコートに入れることは出来ていたので、何とかラリーが続きました。
ラリーが続くと相手との関係が続いているようで嬉しく、私は速い球を打つのではなく、出来るだけ彼とのラリーを、とぎらせないように、ネットしないように、コントロールを重視して打ち返しました。
高橋さんは、オーバーしても、左や右や、遠くの方へ打ってしまった私の球も華麗なフットワークで楽々と、私の一番打ちやすいフォア側の所に、ゆっくりした球を打ち返してくれました。
こうして私と高橋さんのラリーは続きました。
私もだんだん、スイングのコツがわかってきて高橋さんとのラリーが気持ちよく続けられるようになっていきました。
「有難うございます。高橋さん。テニスが面白くなってきました」
「いえ。京子さんがラリーを続けようと熱心にやったからですよ」
と彼は私を誉めてくれます。
「でも私、バックハンドは全然、出来ないですし・・・」
「バックハンドは慣れてしまうとフォアハンドよりも簡単なんですけどね。初心者には難しいです。でもバックハンドが打ちにくかったら、ボールがバックに来ても回り込んで、フォアハンドで打ってしまえばいい。僕は京子さんのフォア側にしか打ちませんから。フォアが上手くなれば、バックハンドもやってみたいと思うようになりますよ」
と彼は優しい言葉をかけてくれました。
・・・・・・・・・・・・
こうして私と高橋さんの付き合いは続きました。
そして私も彼も大学を卒業しました。
私と彼は同い年ですので、二人とも、同じ年に卒業しました。
彼は一流企業に就職し、私も、ある会社に就職しました。
そしてその年の5月に私たちは結婚しました。
私はそれまで住んでいたアパートを引き払って、彼の住んでいる一軒家に移り住みました。
彼の父親は資産家で彼は二階建ての一軒家に住んでいました。
それまで彼とは何度も付き合っていましたが婚前交渉はしませんでした。
ペッティングはおろかキスさえしていませんでした。
ボディータッチといえば、そっと手を握るくらいです。
結婚するまでは婚前交渉はしない方がいい、あるいは、するべきではない、という古風なダンディズムの信念を持った方なのだろうと私は思っていました。
・・・・・・・・・・・・
教会で二人だけでささやかな結婚式を挙げました。
そして夕食が終わって、いよいよ初夜になりました。
(ああ。いよいよ私は待ちに待った夫と結ばれるのだわ)
と私の心臓は破裂するかと思うほどバクバクと高鳴り出しました。
きっと夫はこの時を最高潮に盛り上げるために婚前交渉をしなかったのだろうと私は思いました。何事でもそうです。毎日、同じ美味しい物を食べていれば、味覚が美味しさに慣れてきて新鮮さが薄れていきます。
我慢に我慢を重ねたあげく、ようやく待ち望んでいた料理を食べるから最高の美味しさを味わえるのです。
寝室で夫は、もうすでに浴衣に着替えベッドに入っています。
夫は感情を表に表わない知的な性格ですが、心の中では、絶対に、私が来るのを待っているはずです。
私も夫の期待に応えようと胸をときめかせていました。
私は風呂上りの体にブラジャーとパンティーを身につけて、その上に浴衣を羽織って、夫の入っているベッドに入り、夫の隣りに仰向けになりました。
わざとブラジャーとパンティーを履いたのは、夫の手で脱がされたかったからです。
・・・・・・・・・・・
「京子。愛しているよ」
そう言って夫は私を優しく抱きしめる。
そして私の浴衣を脱がす。
そしてブラジャーのホックを外しパンティーを下げて足から抜きとる。
「ああ。京子。好きだ。愛している」
夫はハアハアと息を荒くしながら私を抱きしめる。
「私も世界一好きよ。あなた」
と私も言い返す。
夫は私にディープキスし私の唾液を吸いこむ。
そして私の乳房を優しく揉む。
時々、私の乳首を口に含む。
「ああっ。いいわっ」
と私は喜悦の声を上げる。
夫は固くなった男の性器を私の性器の中に入れる。
そして腰を前後に動かす。
「ああっ。京子。好きだー」
「ああっ。私もあなたが好きよ。最高に幸せよ」
夫は溜まりに溜まっていた精液を私の体内に放出する。
私も「ああー。イクー」と言ってオルガズムをむかえる。
そんな光景が私の頭に浮かんでいました。
・・・・・・・・・・・・
しかし現実は違いました。
夫と隣り合わせに寝るのは初めてです。
しかも、おたがい浴衣という薄着です。
夫は手にしていたスマートフォンをベッドサイドに置きました。
(ああ。いよいよ私たちは結ばれるんだわ)
そう思って私は夫の手が私の方にやってくるのを心待ちにしていました。
緊張のため胸は張り裂けそうです。
しかしなかなか夫の手は私の方へやってきません。
夫は私を少しじらして、それを楽しんでいるのかと思いました。
10分くらいして布団の中でようやく夫の手が私の手に触れてきました。
夫の手が私の手に触れた時、私の指はピクッと震えました。
私は感激しました。
(ああ。いよいよ私たちは結ばれるんだわ)
私の胸は緊張と興奮でバクバク高鳴っていました。
女の体は全身が性感帯です。どこをどう触られても女は感じてしまうのです。
愛撫において男は能動的で女は受動的なのです。
それが女の性なのです。
私は夫に身も心も捧げ尽くす気持ちになっていました。
(夫はこれからどんなふうに私を愛撫するのかしら)
初夜の夫が妻を愛撫するように優しく愛撫するのかしら?
それとも獣のように豹変して私の全身を荒々しく揉みしだき舐め回すのかしら?
そのどちらでもいいわ、と私は思っていました。
(さあ。来て。あなた。徹底的に私を弄んで)
そう思いながら私は待っていました。
・・・・・・・・・・・・
しかしです。
夫は私の手を握ったまま、それ以上、何もしてこないのです。
少しの間、手を握ってから私を抱いてくれるのかと私は期待しました。
しかし夫は私の手を握っているだけなのです。
しかし夫の握力からは確かに優しさが伝わってきました。
(早くきて。早く私を抱いて)
私は心の中で祈らんばかりにそう願いました。
しかし夫はビクとも動きません。
夫の横顔を見ると、仰向けになって目をつぶっているのです。
これは一体どういうことなのでしょうか。
私にはさっぱりわかりません。
私はそっと布団の中で夫の性器を触ってみました。
するとどうでしょう。
夫のおちんちんは激しく勃起して天狗の鼻のように固くなっているのです。
私は夫の性器から、すぐに手を引っ込めました。
しかし夫も私を抱きたいんだなと私は確信しました。
やがて1時間ほど経ちました。
私の手を握っていた夫の手の力が抜けていました。
夫はスースーと静かな寝息を立てています。
私はまた夫の性器を触ってみました。
夫の性器は勃起していませんでした。
夫は狸寝入りではなく本当に寝てしまったのです。
私は訳が分からなくなりました。
愛し合う男女が結婚した初夜。
親しかった男女が教会で「永遠の愛」を誓い合った、その日の夜。
その時は例外なく男女は激しく抱き合うはずです。
それをしない夫が何を考えているのか、私には、さっぱりわかりません。
その疑問が私を悩ましました。
私は夫の手を、たとえ寝てしまったとはいえ、ヒッシと握りしめるだけでした。
私の方から夫にキスしたり、裸になって抱きついたりすることも出来ないわけではありません。しかし女は貞淑であらねばなりません。
夜の営みは男の方から行動を起こすべきものであるはずです。
なので私は、眠ってしまって力の抜けた夫の手をそっと握っているだけにとどめました。
私はさびしくなって少し自分で自分を慰めてみました。
しかしそんなことをしても虚しいだけで何の興奮も感激も起こりません。
やがて私にも睡魔がおとずれてきて私も眠りに就きました。
これが私と夫の初夜です。
・・・・・・・・・・・・
翌日。
普通の夫婦だったら、初夜の翌日は、夫が「昨日はよかったよ」と言い、新妻も「私も最高だったわ」と語り合ってから、ゆっくりと起き出すものでしょう。
雀がチュンチョンと鳴き、レースのカーテンからは朝日が差し込み、お互い沈黙のまま手をつないで心は通じ合っている、という光景でしょう。
しかし私と夫には何も無かったのですから、そんなロマンチックな会話など出来ません。
私が目を覚ました時、枕元の時計は午前10時を示していました。
夫はベッドに居ません。
私は焦ってベッドから起き上がりました。
そしてパジャマを脱いで服を着て寝室から出ました。
食卓では夫が、
「やあ。おはよう。ちょうど朝食の用意をした所だ。今、君を起こそうと思っていたところだ」
と言いました。
食卓には、トーストと目玉焼きとサラダと牛乳が用意されていました。
「おはようございます」
と一言いって私は食卓に着きました。
「では頂きます」
私たちは朝食を食べ始めました。
普通の新婚夫婦だったら、前夜の狂おしい愛撫に疲れはて、その余韻に浸りながら無言の愛をお互い感じとりながら黙って静かに食べるのでしょう。
しかし私たちは違います。
昨夜は普通の新婚夫婦なら行われるはずのことが行われなかったのです。
「ねえ。あなた。どうして私を抱いてくれなかったの」という質問が私の咽喉にまで来ていました。しかし私の方から、そんなことを聞くのは無粋です。
夫もきっと返答に窮し険悪な雰囲気になるでしょう。
なので夫を尋問するようなことは、どうしても言えませんでした。
夫はにこやかに朝食を食べています。
「昨夜はよく眠れたかい?」
「はい」
「そうか。それはよかったな」
夫の優しい口調に私は貞淑な新妻になっていました。
よく眠れたかと聞かれれば。
普通の夫婦だったら、狂おしいまでの愛撫に疲れはてて、その後は泥のように深い眠りにおちいるでしょうから、「よく眠れたか」と聞かれれば「よく眠れたました」と答えるでしょう。激しい疲れが眠りを誘発するのです。しかし私と夫には、激しく燃え盛る愛の営みが無く、私は悶々と私にアタックしてこない夫に「なぜなの」「なぜなの」と悩み続け、しまいには、さびしく自分を慰めたのですから、深い眠りなどありませんでした。それでも一応は眠れましたが。
食事が終わると夫は私に、
「京子。久しぶりにテニスをしないか?」
と言ってきました。
「はい」
私は嬉しくなって即座に返事しました。
夫が私に声をかけてくれるのが、そして能動的に誘ってくれるのが私には、ただただ嬉しかったのです。
「じゃあ出かけよう」
ということになって私は夫と一緒に車に乗りました。
夫は車のエンジンをかけ私は助手席に乗りました。
夫の隣りの助手席に座って夫の運転に身を任せていると、何だか学生時代に夫の運転でドライブした時のことが思い出され、学生時代のドライブを今しているような心地よい気分になりました。
夫の家や町には学生時代から何回も行ったことがありますので街並みは見慣れています。
やがてテニススクールに着きました。
夫はテニススクールのフロントに行きました。
夫はあらかじめ予約しておいたらしく、テニススクールの屋外コート(1時間4000円)のことを話している様子でした。
「かしこまりました」
テニススクールのスタッフが言いました。
夫は4000円払いました。
夫はAdidasの紺のジャージを着て家を出たのですが私は普段着です。
「じゃあ京子。これに着替えてきなさい。この中に入っている物だけを着なさい」
そう言って夫は私に袋を渡しました。
「はい」
私は女子更衣室に行きました。
私も学生時代に夫とテニスをする時には、Adidasの上下揃いのジャージを買って、それは家にあったのです。ですから夫に「テニスをしよう」と誘われた時に、それに気づくべきでした。しかし私は夫に声をかれられた嬉しさで、それを忘れていました。それは夫が運転する車の中で気づいたのですが。きっと夫は新しいテニスウェアを私のために買ってくれたのだろうと思いました。
私はワクワクして夫の渡してくれた袋を開けました。
そして驚きました。
何とテニスウェアは白のワンピースでスカートの裾は超短い物でした。
ウインブルドンなどトップレベルの女子選手のテニスウェアは、ただでさえセクシーです。
スカートの裾も短くスカートの中が見えるのは当たり前のことです。
しかしテニス選手はスポーツ用のインナーを履いています。
スポーツ用のインナーは社会的な通念によって下着とは違うものと人は見ます。
しかし夫が渡したのは、白のワンピースのウェアだけで、スポーツ用のインナーはありません。代わりに、ああ、女のアソコだけ隠すTバックがあったのです。
これを履いてやれということでしょうか。
私は普段着で来たので普段着のパンティーは履いています。
しかし女子でテニスウェアを着て普段着のパンティーを履く人はいません。
本格的なテニスウェアを着たなら中もスポーツ用のインナーを履くものです。
夫は几帳面な性格で間違えることはありません。
「これを着てやりなさい」と夫が言ったのですから、夫は私にセクシーな裾の短いテニスウェアに、Tバックを履いてやれ、と言っているのでしょう。
初めて夫が見せる性愛的な指図に私は従順な気持ちになり酩酊し、夫の命令のまま、私は普段着のパンティーを脱ぎ、夫の渡したTバックを履きました。
そしてセクシーな白いテニスウェアを着ました。
学生時代は友達という関係でも女は結婚すれば、女は夫の命令に従うことが喜びになるのです。なので私は白いテニスウェアの下に、夫が渡してくれたTバックを履いて、屋外コートに出ました。
私はTバックを履くのは、生まれて初めてなので、とても恥ずかしい思いでした。
Tバックを履いた時、私は、うっと思わず今まで経験したことのない、気持ちの悪い感触になりました。お尻の割れ目に細い紐が食い込んできます。お尻は閉じ合わさって、カガミで見るとまるで尻が丸出しのようです。そして尻の割れ目に細い紐が食い込んでくる感触も気色の悪いものでした。私はフルバックの下着やビキニ姿は美しいと思います。しかし、Tバックばかりはどうしても受けつけられませんでした。あのような尻を丸出しにする女の人たちの気持ちがわかりませんでした。Tバックの前も露出度が高く、Vゾーンの内側の女のアソコを隠すだけの布面積しかありません。しかしともかく私はTバックを履いて、その上にテニスウェアを着て屋外コートに出ました。
「やあ。京子。よく似合っているじゃないか」
紺色のAdidasのジャージを着た夫が笑顔で言いました。
「じゃあ、ラリーをしよう。ベースラインに立って」
「はい」
夫に言われて私はベースラインに立ちました。
そうしてグラウンドストロークのラリーが始まりました。
テニスも夫の指導で私はかなり上手くなっていました。
フォアでは20球以上、続くようになっていました。
私も夫のフォア側に打てるほどのコントロールがついていました。
スポーツは上手くなると気持ちのいいものです。
しかし今日は違いました。
それはスポーツの気持ちよさとは別のものです。
ボールを追いかけて走ると、お尻の割れ目にTバックの細い紐が食い込んでくるのです。
それは何とも気色の悪い感触でした。
欧米人はセックスアピールすることに抵抗を持っていなく、むしろ、セックスアピールすることを楽しんでいますが、それはシャイな日本人には無理です。
夫とラリーをしていると、テニスコートの外を歩いていく中学生くらいの男子生徒たちが立ち止まって私を見ました。ただでさえ白い裾の短いスカートのテニスウェアを着ているので目立ってしまうのです。
「うわー。きれいな人だー」
「すんごいセクシーなテニスウェアだな」
などの声が聞こえます。
テニスコートの外の道は1mほど低くなっているので、通行人は、コートの中でテニスをしている人を見上げることになるのです。
その上、ボールを追うため走ったり、風が吹いたりすると、短いスカートがめくれてしまうのです。
「うわっ。スカートの中はノーパンだよ」
「うわー。ムッチリした尻だー」
「どうしてノーパンでテニスするんだろう?」
「あの人、物凄く綺麗だけど露出狂なんだろう」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか。見られたいんだから」
「こんな機会は滅多にないぞ」
そんな会話が聞こえてきました。
私はノーパンではなくTバックのパンティーを履いているのですが、Tバックの横紐はスカートに隠されて、ノーパンのように見えてしまうのです。
そして私にスマートフォンを向けて、パシャ、パシャとカメラを撮る音も聞こえてきました。
私は毛穴から血が出るほどの恥ずかしさに耐えられませんでした。
しかし夫とラリーをしている以上、テニスをやめることは出来ません。
お尻を見られないように、スカートを押さえたくても、片手でスカートを押さえながら、テニスをすることなど出来ません。
男の子たちは勃起した、ズボンの股間をさすりながら、カシャ、カシャとスマートフォンのシャッターを切っていました。
「あの綺麗な人は誰だろう?」
「駐車場に一台、車が止まっているだろう。ナンバーをメモしといて陸運局に問い合わせれば誰かわかるさ」
そんな会話も聞こえました。
(お願い。見ないで)
(ああ。あなた。もうやめて)
(ああ。神様。助けて)
(ああ。これは私の意志ではないのよ。私は夫の意志で仕方なく、こういう格好でテニスをしているのよ)
私は死にたいほどの思いでした。
ようやく1時間が経ち夫が、
「京子。もうこのくらいで終わりにしよう」
と言ってくれた時は、ほっとしました。
「だいぶ上手くなったな」
夫は何もなく、ただテニスを楽しんだことを喜んでいるような平然とした様子です。
私は恥ずかしくなり、夫と手をつないで、テニススクールの建物の中に入って行きました。
しかし私は恥ずかしさの極致から逃れられて、まさに地獄から生還したような気分で、ほっとしていました。
(これでやっとエッチな格好から解放される)
と私は内心、ほっとしていました。
しかし。
私が女子更衣室に入ろうとすると夫がそれを無言でとめました。
夫は私の腕を握って放しません。
夫はフロントに行ってスタッフの人に、
「おわりました。有難うございました」
と礼儀正しく言いました。
そして私はテニススクールを出て夫の車の助手席に乗せられました。
夫は運転席に乗りました。
私はシートベルトを締め、夫もシートベルトを締めました。
「京子。じゃあ、これから鎌倉へ行かないか?」
夫が聞きました。
「はい」
私は素直に答えました。
テニスをして、その後、鎌倉の観光めぐりをする。
普通の新婚夫婦だったら楽しいはずです。
しかし私の頭は混乱していました。
さっきの中学生たちにセクシーなテニスウェアで、しかも私のお尻が丸見えの写真をスマートフォンで撮られてしまったからです。
彼らは私をノーパンだと思っていました。
きっと私を露出狂の変態女だと思っているでしょう。
(ああ。これは私の意志ではないのよ。私は夫の意志で仕方なく、ああいう格好でテニスをやったのよ)
私は彼らにそう叫びたい思いでした。
彼らはきっと、私のお尻の見えた姿をオカズにして、オナニーすることでしょう。
彼らは性欲真っ盛りな年頃ですから。
彼らがベッドに乗って、私のムッチリしたお尻を眺めながら、硬くなった、おちんちんを扱きながら、「ああー。好きだー。奇麗な露出狂のお姉さん」と叫んで、射精する姿が目に見えるようです。
それでも、彼らは撮った写真を自分だけの物として、とって置いてくれるのなら、まだ我慢出来ます。しかし彼らは私の写真を、ネットのエッチ画像投稿サイトにアップするかもしれません。そうすると、私は顔も写されていますから、日本全国の男たちのオカズにされてしまいます。
私には友人知人も多くいますから、私が誰だか同定されてしまうのも時間の問題です。
それを想像すると私は初夏だというのに全身が恐怖で凍りつきました。
それにしても夫にしても夫です。
私にこんな格好をさせてテニスをさせるなんて。
そんなことをしたら、どうなるか、ということくらい夫にはわかるはずです。
初夜に私を抱いてくれなかったことや、わざと私にエッチな格好をさせて、テニスをしたことから、もう私は確信していました。
「夫には変態な性癖がある」
私はこれからどうなるのかしら。
私は不安で一杯でした。
これから鎌倉観光めぐりです。
まさか市中でもこのテニスウェアで歩かされるのかしら。
そう思うと私は恐怖心で胸が張り裂けそうな思いでした。
車は鎌倉街道を走り、横須賀線の踏切りを通り、上り坂を上がって建長寺を過ぎ、こぶくろ坂切通しのトンネルを通って、鶴岡八幡宮の近くの駐車場に夫は車を止めました。
「さあ。京子。降りなさい。鶴岡八幡宮を見ようじゃないか」
「はい」
夫が言いました。
やはり悪い不安は的中しました。
私はシートベルトを外し車から降りました。
(あなた。お願い。私をこんな格好で街の中を歩かせないで)
私は心の中でそう叫んでいました。
しかし女は結婚したら夫に従うものです。
少なくとも私はそう考えています。
結婚した翌日に夫と口論するなど普通の人でも無粋なはずです。
なので私は夫の腕をガッシリとつかんで夫についていきました。
太鼓橋の横の道を渡り夫と私は鶴岡八幡宮の中に入って行きました。
私は裾の短いセクシーな白いテニスウェアなので目立ってしまうのです。
鶴岡八幡宮に来ていた参拝客たち、特に男の人たちの視線が私に一斉に集まります。
私は恥ずかしくて仕方がありませんでした。
「うわー。凄いハクイ女」
「セクシーだなー」
などという声が聞こえてきます。
私は夫にピッタリとくっついて夫の腕をヒッシとつかんでいました。
テニスをしている時は、寄りすがれるものがありませんでしたが、今は夫と並んでいるのです。
(夫は私を守ってくれる)
(夫は私を愛していてくれる)
私は心の中でそう叫びました。
そしてそれは間違いないと確信しています。
私は夫にヒッシとしがみついて本殿へ登る大石段を登っていきました。
大石段は傾斜40度の61段もある階段です。
こんな格好で階段を登っていれば、下の人たちからは短い裾の中が見えてしまいます。
「うわっ。スカートの中はノーパンだよ」
「うわー。ムッチリした尻だー」
「どうしてノーパンなんだろう」
「あの人、物凄く綺麗だけど露出狂なんだろう」
「あのカップルは屋外露出の変態プレイを楽しんでいるんだろうな」
「そんなこと、どうでもいいじゃないか。見られたいんだから」
「こんな機会は滅多にないぞ」
そんな声が聞こえてきました。
私はノーパンではなくTバックのパンティーを履いているのですが、Tバックの横紐はスカートに隠されて、ノーパンのように見えてしまうのです。
そして私にスマートフォンを向けて、パシャ、パシャとカメラを撮る音も聞こえてきました。
私は毛穴から血が出るほどの恥ずかしさに必死で耐えました。
しかしお尻を隠そうと手をお尻に当てると、それはかえってわざとらしい仕草になってしまって人の注目を集めてしまいますので、それは出来ませんでした。
大石段の中程で夫は立ち止まりました。
右手には大銀杏があります。
「京子。この樹は樹齢1000年を越しているらしいね。ここで三代将軍、源実朝が甥の公暁に待ち伏せされて殺されたらしいね。だからこの樹は、隠れ銀杏と言われているんだ」
夫が言いました。
私は、(そんなこと知っています、それよりお願いですから立ち止まらいで。早く階段を登りきって)と心の中で叫んでいました。しかし新婚翌日にそんな無粋なことを言うことも出来ません。私は夫の腕を握りしめて、
「そ、そうですね」
と落ち着いた相槌を打ちました。
夫が大石段の途中で立ち止まったのは、古の風情を懐かしみ楽しむためではなく、わざと階段の途中に私をとどめて、多くの人に私の恥ずかしいお尻を見させるためなのだろうと私は確信していました。
階段を登り切って、本宮を前にすると、私はほっとしました。
もちろん短いスカートのテニスウェアで、それだけでも恥ずかしいことには違いありませんが、平地になってしまえば何とかお尻は見られないで済むからです。
ここからは鎌倉の町が由比ヶ浜の海まで一望できる見晴らしを眺めることが出来るのですが、そして普通の格好であれば新婚はその眺望を楽しむことが出来るでしょう。
しかし私はエッチな恥ずかしいテニスウェアを街中で晒し続けることに耐えられず、とても、そんな風情を楽しむ気にはなれませんでした。
その後も夫といくつかの鎌倉の名所を見て回りましたが、私は夫にピッタリとくっついて、ただただ、早く名所めぐりが終わるのを祈るように待つだけでした。
いくつもの名所を見て回って夫が、
「じゃあ今日の名所めぐりはこのくらいにしておこう」
と言った時には、ああ、救われた、と神というか夫に感謝しました。
私は駐車場に止めてあった夫の車の助手席に乗りました。
夫は運転席に乗りエンジンを駆け車を出しました。
私は地獄から生還した者のような気分でした。
車に乗ってしまえば、もうエッチなテニスウェアの姿やお尻を見られることはないのです。
初夏なので日が暮れるのが遅く、もう7時だというのに、まだまだ昼間のようです。
そんな鎌倉の街を車は走って行きました。
「京子。今日は楽しかったかい?」
夫が淡泊に聞きました。
「はい」
私は淑やかに答えました。が、楽しいはずはありません。
恥ずかしいテニスウェアを着せられて、通行人たちに、散々、お尻を見られ、スマートフォンで撮影されてしまったのですから。
しかし新婚翌日に、本心を言って夫と口論することなど無粋でとても出来ません。
「フランス料理のいい店があるんだ。行くよ」
夫が車を運転しながら言いました。
「はい」
夫は車を走らせて、ある店の前で止まりました。
静かな落ち着いた雰囲気の店でした。
夫と私は窓際の席に向かい合わせに座りました。
ウェイターが注文を聞きにきてメニューを渡しました。
夫はメニューを開きました。
夫は興味深そうにメニューを見ていましたが、一つの料理を指さして、
「これがいいと思うんだが君はどうかね?」
と聞きました。
私は一も二も無く、
「はい。私もそれがいいです」
と答えました。
夫はボーイを呼び、そのフルコース料理を注文しました。
メニューは以下の通りです。
アミューズ
ホワイトアスパラのフリット
オードブル
フォアグラのポアレ赤ワインソース
スープ
コーンポタージュポタージュ
魚料理
鮭の白ワイン蒸しハーブ風味
肉料理
糸島豚の岩塩包み焼き紅茶風味
デザート
チーズケーキ
紅茶
です。
ボーイが料理を運んできました。
「京子。乾杯しよう」
そう言って夫は二つのワイングラスにシャンパンを注ぎました。
そしてその一つを私に渡してくれました。
「はい」
夫が笑顔でグラスを差し出したので私も笑顔でワイングラスを差し出しました。
「カンパーイ」
カチンと二つのワイングラスが触れ合いました。
頂きます、と言って私たちは食事を食べ始めました。
「京子。美味しいかい?」
「はい。あなたは?」
「それほどじゃないね」
「えっ。どうして?」
こんな高級フランス料理を、それほどじゃない、などと言う夫の気持ちが一瞬、全くわからなくなり、私は思わず夫に聞き返していました。
「僕には君の作る料理の方が美味しいんだ」
夫はにこやかに微笑んで言いました。
(やっぱり優しい人なんだわ)
私は嬉しくなって、この人にどこどこまでもついていこうと思いました。
しかしもちろんフランス料理は天国の美味で夫と私は、
「おいしいね。おいしいね」
と言いながら食べました。
食事が終わって家に帰ると、夫は風呂に入りました。
結婚翌日ですから普通の新婚夫婦だったら、一緒にお風呂に入ってもおかしくありません。
というより、そうする新婚の方が多いでしょう。
夫が「じゃあ風呂に入るよ」と言って浴室に入る。
新妻は少ししてから、そっと浴室の戸を開けて「あなた。お背中を流しますわ」と言って入ってくる。夫は「ああ。有難う」と言って新妻に背中を洗ってもらって、新妻は背中を流す、そして二人して一緒に湯船に浸かる。
そんなことが普通の新婚だったら行われるはずです。
しかし、夫は初夜に私を抱いてくれなかったほどですから、とてもそんなことをする勇気はありませんでした。夫の怒った顔は見たことがありませんが、一体、夫はどういう反応をするかと思うと私は竦んでしまいました。
夫が風呂から出た後に私も風呂に入りました。一人さびしく。
自分で言うのもなんですが、私は人から、「京子って最高のプロポーションね。スラリとしているけど胸とお尻の肉づきがよくて羨ましいわ」と100万回以上言われてきました。
(ああ。あなた。私の胸を揉んで)
(私のお尻を思う存分触って)
と私は心の中で叫びました。
普通の新婚だったら、新妻が風呂に入っていたら、夫も入ってきて、一緒に体を洗ったり、一緒に湯船に浸かったりするでしょう。
しかし夫は待てど暮らせどやって来ません。
私はさびしく石鹸をタオルに沁み込ませて自分の体を洗って、湯船に入り、そして一人さびしく自分の胸を揉んで自分を慰めました。
そして風呂から上がりました。
夫はパジャマに着替えていました。
私が寝室に入ろうとした時です。
「京子。済まないが別室で寝てくれないか」
と夫は頭をかきながら言いました。
これにはショック死するほど驚きました。
私は仕方なく夫の言った通り和室に布団を敷いて布団に入りました。
(あなた。なぜ私を抱いてくれないの)
私は泣き出したい思いでした。
そして私にエッチなテニスウェアを着させて、私を虐めるようなことをする。
どうして私にそんなことをするの?
私にはわかりませんでした。
しかし初夜に夫の性器をそっと触った時は、夫の性器は激しく勃起していたのです。
私に性愛を持っているのは間違いありません。
「夫には異常な性癖がある」
という確信が思い出されました。
私は浴衣姿で、そっと和室を出ました。
そして、抜き足差し足で夫の書斎に入りました。
そして夫のノートパソコンを開きました。
デスクトップにある、いくつかのフォルダを開けているうちに、あるフォルダを私は開けました。私は驚きました。何と女の人が裸にされて縛られた写真が無数に出てきたからです。
SМの緊縛写真です。モデルの女の人たちは、見るのも耐えられないほどの様々な恥ずかしい格好に縛られていました。
「夫はサディストなのだ」
と私は確信しました。
私にエッチなテニスウェアを着せ、テニスをさせたり、鎌倉観光めぐりをしたのも、私を辱め虐めるためなのだ、と私は理解しました。
私はサドとかマゾとかの人の心理はわかりません。
しかし、本で読んだこともありますし、友達と話したこともありますが、サディズムとは単に、相手を虐めるこではなく、正常ではない形を変えた愛の形、ということは知っていました。もちろん、そういうことを説明した専門家の文章は読んだことがありますが、そういう異常性欲については知性でも感情でも納得することは出来ませんでした。
しかし夫がサディストとわかって疑問が解けて私は少しほっとしました。
そしてデスクトップにはワードで書きかけの小説がたくさんありました。
SМ小説のようです。
夫は「佐々木倉次郎」というペンネームで書いた小説を小説投稿サイトに投稿していました。
私は夫に気づかないように、そっとパソコンを閉じ、夫の書斎を出て和室にもどりました。
私はドキドキする心臓の鼓動を止めることが出来ませんでした。
しかし夫のとった奇妙な行動が、サディズムという性癖からきている、ということが分かって、私を悩ましていた疑問が解けたことに、私はほっとしてもいました。
これからどうなるのかしら。
私はどうなるの?
そんな思いに悩まされながら私は眠りに就きました。
・・・・・・・・・・・・
しかし夫の性癖を知れたことで、それからは、夫と自然な会話が出来るようになりました。
私が朝食をつくっている所へ寝間着姿の夫がきて、
「おはよう。京子」
と言っても、私も、
「おはよう。あなた」
と腹心のない笑顔で答えることが出来るようになりました。
夫が出かける時も、
「あなた。いってらっしゃい」
と心からの笑顔で手を振って見送ることが出来るようになりました。
(さあ。あなた。今度はどんなことをして私を虐めるの。覚悟は出来ているわ。ちょっと怖いけれど。だってあなたは私を愛してくれているんだから)
という心境に私はなっていました。
・・・・・・・・・・・・
私の態度が明るくなったからでしょうか。
夫の意地悪は新婚の翌日だけで、それからは私に意地悪をすることはなくなりました。
サディストの男の人は女が苦しむ顔を見るのが楽しいのであって、女が意地悪をされても、つらい反応を示さなくなると、虐めがいがなくなって拍子抜けしてしまうのだと思います。
私はもう夫と一緒に寝なくても、一緒に風呂に入らなくても、つらくなくなりました。
夫が仕事から帰ってきても、「お帰りなさい」と満面の笑顔で言えるようになりました。
食事中も黙っている夫に、「今日あったこと」を嬉しそうに語れるようになりました。
夜、部屋をわけて寝る時も、「あなた。おやすみなさい」と笑顔で言えるようになりました。
普通の新婚のような幸せな日、が続きました。
・・・・・・・・・・・
私はこの土地に越してきて買い物は近くの商店街でするようになりました。
八百屋。魚屋。肉屋。果実店。米屋。豆腐屋が近くにあるのです。
初めの頃は店の主人たちは、
「いやー。奥さん。きれいだなー」
「奥さんのような絶世の美人が、この町に来てくれて、買い物に来てくれるので生活にハリがでますよ」
「奥さんのような美人を見れるなんて幸せです」
「奥さんは私の女神さまです」
などと言ってくれました。
私も少し恥ずかしく照れくさくはありましたが私も嬉しかったのは言うまでもありません。
「きれい」と言われたり「女神さま」などと言われて嬉しくならない女はいないでしょう。
だから商店街での買い物も私にとっても楽しみでした。
私はちょっと、というよりかなり得意になっていました。
時には、商店街の主人たちは、
「奥さんのビキニ姿見てみたいなー」
とか、
「奥さんは悩まし過ぎる。私は毎晩奥さんの色気に悩まされています」
などとふざけて言う時もありました。
そんな時私は「ふふふ。ごめんなさい」と優越感を持って返事していました。
美人に生まれついた女の優越感とでも申しましょうか。
その快感に浸っていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし。ある日のことです。
夫が私に「京子。銭湯に行かないか」と言ってきたのです。
「はい。行きます」
と私は元気よく答えました。
商店街の八百屋さんの店主はレトロな昭和風の銭湯をやっている、ということは知っていました。入ったことはありませんが。家にも風呂はありますが、小さな風呂に入るより、時にはレトロな銭湯に入ることも風情があっていいものだな、と私は思いました。
夫が銭湯に誘ったのも、そういう目的からだと思いました。
私は夫と手をつないで銭湯に行きました。
南こうせつの「神田川」の歌に銭湯のことが出てきますが、あれはちょっと、さびしい女の心を歌った歌詞です。
銭湯は八百屋の店の裏にありました。
夫と私は銭湯の暖簾をくぐりました。
「いらっしゃい」
番頭が元気よく挨拶しました。
男湯と女湯で夫とわかれようとした時です。
夫は私の手を曳いて私を男湯の方へ連れて行ったのです。
私は驚きました。
(一体どういうことなの)
私にはさっぱり、わかりませんでした。
夫は着物を脱ぎ始めます。
「さあ。京子。お前も脱ぎなさい」
脱衣場で困惑している私に夫は、そう言いました。
私は頭が混乱していました。
(一体どういうことなの)
(ここの銭湯は混浴なの?それにしては女湯がちゃんとあるじゃない)
私は夫に聞きたくなりましたが、夫の命令は絶対です。
夫の命令に従うのが妻の喜びなのです。
なので仕方なく私は服を脱いでいきました。
ブラウスのボタンを外し、スカートを降ろし、ブラジャーを外し、パンティーを脱いで、一糸まとわぬ全裸になりました。
夫も着物を全部、脱いで裸です。
夫は私の手を引いて男湯のガラス戸を開きました。
(誰もいませんように)
と私は祈る思いでした。
しかし、ああ、しかし。
男湯のガラス戸を開くと、中には商店街の人たちが全員いました。
彼らの視線が一斉に私に集まりました。
「やあ。京子さん。いらっしゃい」
彼らは洗っていた手を止めて嬉しそうに私に言いました。
私は一枚のタオルで体の前をヒッシと隠しながら、夫と共に風呂場に入りました。
そして檜の椅子に腰かけました。
夫はザバーとかけ湯をしてタオルに石鹸を擦りつけて体を洗いだしました。
私は一挙手一投足を見られるのが恥ずかしくて、申し訳程度に、そっとタオルに石鹸をつけて、形だけそっと体を洗いだしました。
隣りに座っていた夫は体を洗うと、ザバーと体に湯をかけて石鹸の泡を落とし湯船に入ってしまいました。
「あー、いい湯だ」と言いながら夫は身も心もリラックスした様子で湯船に浸かっています。
草津よいとこ一度はおいでー♪を歌いながら。
夫が隣に居た時には、物理的にも精神的にも夫の存在は私を隠す遮蔽となっていましたが、その夫がいなくなって、私は風呂にいる男たち全員に見られることになってしまいました。
タオルは風呂場に入る時には、かろうじて体の前を隠すことには使えましたが、それでもお尻は隠せませんが、裸を隠す覆いとはなっていました。
しかし風呂入った以上、タオルで体の前を隠し続けてじっとしているわけにはいきません。
風呂とは体を洗い湯船に浸かる所です。
私は申し訳程度に形だけタオルで体を洗い出しました。
しかしタオルを体を洗うことに使うことによって、私の乳房も尻も全裸が皆に見られてしまいました。
「いやー。京子さん。お美しいですな」
「肌もスベスベして綺麗だ」
男たちの声が聞こえてきます。
私がモジモジと形だけ体を洗っているので、八百屋の店主が私の方にやって来ました。
「京子さん。せっかく来て下さったのだから、お背中を洗いますよ」
そう言って八百屋の店主は私の手からタオルを取って、代わりにスポンジで私の背中を洗い出しました。
石鹸で八百屋の店主は私の体を泡立てしました。
「いやー。奥さん。奇麗な肌ですな」
と言いながら。
八百屋の店主は優しく満遍なく私の背中を石鹸で泡立てました。
私はどうすることも出来ず、されるがままになっていました。
時々、店主の手がさり気なく背後から伸びてきて、私の乳房に触れ、そっと揉んだりします。
私は恥ずかしく仕方がありませんでした。
しかし風呂で体を洗うのは当たり前のことです。
店主は、そのことを口実に私の体を触っているのです。
私がじっと耐えているので、他の客も私の所にやって来ました。
「京子さん。私もお体をお洗いしますよ」
そう言って二人の客が私の左右に座りました。
二人の客は片手で私の手をつかんで、もう一方の手で私の腕を泡立ったスポンジで洗い出しました。
「ああ。京子さん。スベスベしていい肌だ」
と言いながら二人は、それぞれ、私の手を握りしめて、もう一方の手で私の胸をも触ってきました。私は二人に取り押さえられているので、逃げることが出来ません。
彼らは私の体を洗うという口実で私の胸や太腿を触ってきました。石鹸で泡立っているので、私の体はツルツル滑り、彼らは私の体の感触を楽しんでいました。私もソープで泡立ってツルツル滑る彼らの手の感触に、ああ、感じてはいけない、と思いながらも、興奮してきました。
たとえ風呂が体を洗う所とはいえ3人の男に寄ってたかって、体を洗われるなんて、少し異常です。
しかし私は耐えるしかありませんでした。
男たちは、わざと時間をかけて、ゆっくり私の体を洗っています。
時々、タオルではなく、手が私の体に触れてきます。
「ああー。京子さんの体は柔らかくていい感触だー」
と言いながら。
背後に居た八百屋の店主は私が両手を左右二人の客につかまれて動けないことをいいことに、石鹸で泡立ってヌルヌルしいる私の乳房を触ったり、アソコに指を入れてきたりしました。
いけない。感じてはいけない。と思いながらも、私のアソコは激しい興奮のため、愛液が出始めました。
左右の二人の客もハアハアと興奮しだして、つかんでいた私の手を彼らの股間に持っていきました。そして彼ら二人は、自分のおちんちんを私に触れさせました。二人のおちんちんは、天狗の鼻のようにカチンカチンに硬くなって勃起していました。
「京子さん。わしゃ、もう我慢できん。どうかしごいてくれ」
左右の客が言いました。
三人の男に体を弄ばれて私も興奮していました。
左右の男は片手で私の腕をつかんで、もう一方の手で私の乳房やアソコを触り出しました。
私はもう、毒食わば皿さらまで、というか、自暴自棄になって、左右二人の客のおちんちんをしごき出しました。もうどうにでもなれ、という気持ちでした。
背後の八百屋の店主は背後から私の泡立った乳房を揉みしだき、アソコに指を入れて動かしています。このやりきれなさ、が、もうどうにでもなれ、という気持ちを起こし、私は無我夢中で、左右二人の男のおちんちんをしごきました。
背後の八百屋の店主は片手で私のアソコを触りながら、片手で自分のおちんちんを扱き出しました。
男たちは、だんだん興奮して、ハアハアと息が荒くなっていきました。
「ああー。夢にまで見た京子さんの体だー」
三人の男は、ハアハアと興奮しながら、息を荒くしていきました。
私も左右の男のおちんちんを扱く速度を速めていきました。
「ああー。もう我慢できないー」
「で、出るー」
そう言いながら、彼らは一斉に射精しました。
背後の八百屋の店主は自分で扱いて射精しました。
三人の男の、おちんちんの先から精液が勢いよく放出されました。
その後は、男たちは満足したように、泡だらけの私の体にシャワーに浴びせて泡を洗い落としました。
「京子さん。ありがとう」
「いやー。長生きはするもんじゃ」
そう言いながら男たちは私から離れていきました。
私は手で胸とアソコを隠しながら、そっと湯船に入りました。
湯船に入ることは救いでした。
なぜなら、お湯の中ですから、お湯に隠れて体をもろに見られないで済むからです。
しかし。
「私は上がる。京子。お前はゆったりと湯に浸かっていきなさい」
そう言って夫は湯船から上がりました。
そして風呂場から出て行きました。
(ああ。あなた。行かないで)
私は祈るような思いでした。
夫がいれば男たちも夫に気をつかって私に近づきにくくなります。
しかしその夫がいなくなってしまっては、私は他人の男たちの中に一人、取り囲まれた立ち場になってしまいます。
案の定、夫が風呂場から出ていなくなると、男たちが湯船に入って来ました。
わざと股間をひろげて、天狗の鼻のように勃起した、おちんちん、を私に見せつけながら。
「いやー。いい湯ですなあ。京子さん」
私は湯船の中でも男たちに取り囲まれる形になりました。
「この湯はただの湯ではないぞ。京子さんの汗と体液が沁み込んだ湯だ」
「京子さん一人が浸かった湯だったら飲んでみたいな。しかし、わしらも浸かっているから、残念ながらそうもいかん」
そんなことを彼らは言いました。
私は胸とアソコを手で隠していましたが、もう消え入りたいくらい恥ずかしい思いでした。
男たちは湯船の中でも、おちんちん、を扱いているようでした。
夫がゆったりと湯に浸かっていきなさい、と言ったのと、風呂ではゆったりと湯に浸かるもの、という社会通念から私は、早く湯船から出たいという思いを我慢して、ある程度の時間、湯に浸かってから、ようやく湯から上がりました。
湯船から上がる時、お尻を見られていることに私は恥ずかしい思いをしました。
脱衣場で番台のいやらしい目つきに耐えながら、私はパンティーを履き、ブラジャーを着け、浴衣を着て銭湯を出ました。夫は銭湯の外で私を待っていてくれました。
南こうせつの「神田川」の通り、私の髪は芯まで冷えていました。
そして、ただ、あなたの優しさが怖かったのです。
夫と手をつないで私は家に帰りました。
家に帰ると、私は夫の寝室に入ることを許されていないので、和室で、わーんと慟哭しました。
それ以後、私は商店街で買い物をするのが怖くなりました。
商店街に行くと、店主たちが、
「奥さん。また銭湯へ入って下さい」
「料金はいりませんから」
「むしろ私たちが奥さんに料金を払いたいです」
といやらしい目つきで言うようになりました。
・・・・・・・・・・・・
ある日のことです。
夫はいつものように、「押し入り強盗ゴッコをやろう。いいかい?」と聞きました。
私は嬉しくなって「はい」と素直に答えました。
「押し入り強盗ゴッコ」とは。
夫と結婚して一週間くらい経った時のことです。
夫が朝、出社する時、夫は私に「押し入り強盗ゴッコ」をやってもいいかい、と聞きました。
「押し入り強盗ゴッコ」って何なのと私が聞くと、夫は答えてくれました。
「押し入り強盗ゴッコ」とは一人暮らしの女性の家に押し入り強盗が入るということを仮定した遊びだそうです。夫は私に裸になることを命じ、裸になった私を夫は縄で後ろ手に縛りました。そしてその縄尻を和室の梁に引っ掛けて吊るし、そして夫が帰ってくるまで私は裸で吊るされているのを耐えなくてはならない、というものでした。要するに「放置プレイ」です。私はそれが嬉しかったのです。なぜなら、それまで夫は私にかまってくれませんでしたから。セックスではありませんが、私は夫の前で初めて裸になり、一日中、夫の帰ってくるのを待っていなくてはなりません。長時間、裸のまま吊るされて立ちっぱなしで、つらくはありましたが、夫が私をかまってくれることを心待ちにしている気持ちが私には嬉しかったのです。夫は和室の外の障子の少し開けていきました。外からは和室の中が少し見えますから私は通行人に見られはしないかとヒヤヒヤしていました。
仕事を終えて夫が帰ってくると夫は「つらかっただろう。すまなかったね」と言って縄を解いてくれます。私はニッコリ笑って「いえ。つらくないわ。あなたが帰ってきてくれるのが待ち遠しかったわ」と言いました。
夫は縄を解いてくれて私は急いで夕食の用意をしました。その晩、夫と一緒にする夕食の時は私は、なごやかなで微笑ましい気持ちでした。寝室は別でしたが、夫が私をかまってくれることが嬉しくて、その晩は心地よい気持ちで眠ることが出来ました。
・・・・・・・・・
その夫がまた「押し入り強盗ゴッコをやってもいいかい?」と聞いてきたので私はこの上なく嬉しくなりました。
私は夫の前で着ている物を脱ぎ裸になりました。
夫は私の両腕をグイと背中に回し、手首をカッチリと縛りました。
そして、その縄尻を天井の梁に引っ掛けて私を吊るしました。
そして夫は家を出て行きました。しかし今回は夫は外の障子を閉めて行きました。
今日は何をされるのだろう、このまま夫が帰るまで放置しておくのだろうか、と思いました。
しかし放置しておくだけなら、外からでも見える場所に私を吊るして、通行人に私を鑑賞させる、といった手の込んだ意地悪をするはずです。
しかし私は和室の真ん中に吊るされて、障子が閉じられているので外からは見えません。
一体、何が起こるのだろう、と私が不安に思っている時でした。
ピンポーン。
チャイムが鳴りました。
夫なら、チャイムを鳴らすことはありません。
黙って玄関の戸のカギを開けて入って来ます。
なので誰なのだろう、と私は緊張していました。
パタパタと足音がして、「こんにちはー」という元気な声と共に和室の戸が開かれました。
私は吃驚しました。なぜなら入って来たのは、大学の時、同級生で親しかった順子だったからです。
順子とは一緒に勉強したり合コンしたりと親しい仲でした。
私は裸にされて吊るされているのを順子に見られて恥ずかしくなりました。
私は順子に誘われてビキニを着て海水浴場に行ったこともあります。
しかし今は、順子は服を着ているのに私は全裸を晒しているのです。
しかし後ろ手に縛られて吊るされているので惨めな姿を順子に見下されているのです。
「ふふふ。京子。すごい格好ね。今朝、高橋さんからメールがあったわ」
そう言って順子はスマートフォンを見ながらメールを読み出しました。
「順子さん。今日の1時によかったら僕の家に来て下さい。妻の京子をあなたの好きなようにオモチャにして可愛がってやって下さい」
順子はメールを読みました。
そしてメールに添付されていた私の緊縛姿も順子は私に見せました。
「ふふふ。京子。あなたにこんな趣味があるとは知らなかったわ」
そう言って順子は、ふふふ、と笑いました。
順子は、私がМで夫がSの性癖を持っていて合意しあって結婚したものと思っているのです。
「ち、違うの」
私は激しく首を振りました。
(違うの。順子。私は高橋さんがSだとは知らずに結婚したの。私にМの性癖なんてないの。でも高橋さんは優しいから高橋さんの命令には従っているの)
と言いたくなりました。
その言葉は咽喉の近くまで来ていました。
しかし、それを言うことは出来ませんでした。
なぜなら、そんな本当のことを言ってしまっては、それは「夫が私をだまして結婚した」ということになり、夫の名誉を傷つけるからです。
夫に異常な性癖があるとはいえ、夫は優しく、そして私を愛してくれているのです。
なので、私はそれ以上のことは言うことが出来ませんでした。
順子は服を着たまま、私の正面に立ちました。
そして私をじっと見つめました。
「京子。大学時代は黙って、あなたとは友達を装って、付き合っていたけれど。私、あなたのことが好きだったの」
そう言って順子は顔を私の顔に近づけてきて私にキスしてきました。
ソフトタッチのキスでしたが、順子はだんだん調子に乗り、私の口の中に舌を入れてきました。
私は後ろ手に縛られているので、どうすることも出来ません。
順子は自分の舌を私の舌に絡めてきました。
順子はしっかり、両手で私の頭を押さえているので逃げようがありません。
私の舌も逃げようがありません。
始めは、少し舌を引っ込めようとしていましたが、順子は私の歯や歯の裏を舌で念入りに探るのです。いけない、こんなことをしてはいけない、と思いながらも、私の口腔からは、粘稠な唾液がダラダラと出始めていました。
私はもう、毒食らわば皿まで、という気持ちになっていって、舌を引っ込めるのを止めました。すると順子の舌が私の舌に触れて来ました。
順子の舌と私の舌が動物のように、じゃれ合いました。
私の頭からは全ての想念が無くなってしまって、私はただただ不思議に起こってくる快感を貪っていました。
私の口腔からは、粘稠な唾液がひっきりなしに出続けましたが、順子はそれを全て飲み込みました。
しばらくして。
順子は私から顔を放しました。
私は恥ずかしさに顔を火照らせて順子から目を背けていました。
しかし、順子は私にチュッとキスをして、
「ふふふ。京子。大学時代はずっと友達を装っていたけれど、私、あなたと、こういうことをしたいとずっと思っていたの。愛しているわ。京子」
と言いました。
「あなただけ裸というのは恥ずかしいでしょ。じゃあ私も裸になるわ」
そう言って順子は服を脱ぎ出しました。
ブラウスを脱ぎ、スカートを降ろし、そして、ブラジャーを外し、パンティーも脱ぎました。
これで順子も一糸まとわぬ丸裸になりました。
「さあ。これで私も裸よ。もう恥ずかしくないでしょ」
順子が言いました。
しかし、そうはいっても、私は後ろ手に縛られて吊るされているので、私は手足が自由な順子に弄ばれるだけ、という惨めな立ち場です。
順子は私の肩をしっかりとつかんで、私を逃げられないようにし、そして、自分の乳首を私の乳首に触れさせました。
順子の乳首が私の乳首に触れ合った時、私と順子は思わず、
「ああっ」
と声を上げました。
乳首と乳首が触れ合うだけの、もどかしく、そして背徳の甘美な感触に私も思わず声を上げすにはいられませんでした。
順子は、この、もどかしい快感をもっと楽しもうと、ハアハアと息を荒くしながら、乳首を触れ合わせ、じゃれ合わせ続けました。
いつしか私の乳首と順子の乳首は激しく勃起していました。
「ああっ。いいわっ。気持ちいい。好きよ。京子」
順子はハアハアと興奮して息を荒くしながら、言いました。
乳首と乳首の擦りっこを十分、楽しむと、順子は、順子は私から離れました。
順子は何もかも忘れて快感を貪るだけの野獣になっていました。
順子は私の前で屈み込んで私の片方の太腿を両手で抱きしめて頬ずりしました。
そしてチュッ、チュッとキスしました。
「ああー。いいわっ。私、ずっと京子の形のいいスラリとした太腿を抱きしめて頬ずりしたいとずっと思っていたの」
そう言いながら、順子は私の背後に回って、私のお尻にも頬ずりしました。
そして順子は立ち上がって、背後から両手を前に出し、私の乳房を揉んだり、アソコの穴に指を入れたりしました。
(いけない。こんな背徳的なこと)
私はクリスチャンで洗礼を受けています。
そして守り神のように十字架のペンダントをしています。
しかし順子の手練手管に私は感じてしまって、アソコからは、ダラダラと愛液が出ていました。
「京子。一緒にイきましょう」
そう言って順子は私の正面に立ち、もどかしい乳首の擦りっこをしながら、片手の指を私のアソコに入れ、片手の指を自分のアソコに入れました。
そして順子は私と自分のアソコの穴に入れた指の蠕動を激しくしていきました。
私はイク予感を感じました。
この生理的興奮を知性で押さえることは出来ませんでした。
(ああ。イエスさま。背徳的な罪深い私をお許し下さい)
私は目をつぶってそう祈りました。
順子も私もハアハアと息を荒くしています。
とうとうオルガズムの予兆を私は感じとりました。
「ああー。イクー」
順子が叫びました。
「ああー。イっちゃうー」
私も叫びました。
二人は同時にイきました。
順子はしばらく畳の上に脱力していましたが、ムクッと起き上がり、私の頬っぺたに、チュッとキスしました。
そして。
「京子。気持ち良かったわ」
と言って私の後ろ手の縄を解き、
「じゃあねー。バイバイ」
と言って帰っていきました。
私は自由になれて、急いで下着を履き服を着ました。
まだ午後3時だったので、私は買い物に行き、食材を買って、手の込んだ料理を作って夫の帰りを待っていました。
夜になり、夫が「ただいまー」と帰ってくると、私は急いで玄関に夫を出迎えました。
「お帰りなさい。あなた」
と心地よい気持ちで言いました。
その晩の夕食の時、夫は私に「今日、順子に何をされた?」とも聞きませんでしたし、黙って何も言いませんでしたが、意地悪をされても、夫が私をかまってくれたことが嬉しくて、私には夫を責める気持ちは全く起こらず、「サディズム」という異端の形の愛情で私をかまい私を愛してくれたことに私は喜んでいました。
・・・・・・・・・・・・
ある日のことです。
夫はまたしても、「押し入り強盗ゴッコをやろう。いいかい?」と聞きました。
私は「はい」と素直に答えました。
私は夫の前で着ている物を脱ぎ裸になりました。
夫は私の両腕をグイと背中に回し、手首をカッチリと縛りました。
そして、その縄尻を天井の梁に引っ掛けて私を吊るしました。
そして夫は家を出て行きました。
今日は何をされるのだろう、このまま夫が帰るまで放置しておくのだろうか、と思いました。
しかし放置しておくだけなら、外からでも見える場所に私を吊るして、通行人に私を鑑賞させる、といった手の込んだ意地悪をするはずです。
しかし私は和室の真ん中に吊るされて、障子が閉じられているので外からは見えません。
また順子のように誰かを家に呼んで私を嬲らせるのだろうかという恐怖心が起こってきました。
一体、何が起こるのだろう、と私が不安に思っている時でした。
ピンポーン。
チャイムが鳴りました。
夫なら、チャイムを鳴らすことはありません。
黙って玄関の戸のカギを開けて入って来ます。
なので誰なのだろう、と私は緊張していました。
パタパタと足音がして、「こんにちはー」という元気な声と共に和室の戸が開かれました。
私は吃驚しました。なぜなら入って来たのは、結婚した翌日、恥ずかしいテニスウェアでテニスをしているのを見ていた男子中学生たちだったからです。
3人いました。彼らは、裸で後ろ手に縛られて吊るされている私を見ると、わー、と歓声を上げました。
「お姉さん。久しぶり」
「お姉さんのエッチなテニスウェアの写真で毎日、オナニーしていました」
「こうしてまた会えるなんて夢のようです」
中学生たちは嬉しそうに言いました。
私は頭が混乱していました。
「ね、ねえ。ボクたち。どうして私の家にやって来たの?」
私は声を震わせながら聞きました。
すると少年の一人が答えました。
「あのテニススクールは僕たちの通学路なんです。お姉さんが露出テニスプレイをしているのを見た時から、今日もお姉さんが来ていないかな、とずっと気にしていたんです。しかし、お姉さんはいません。僕たちはガッカリしました。しかし、ある日の帰り道で、テニスコートの外の道を通っている時、車が止まっていたんです。運転席にいたのは、お姉さんとテニスをしていた男の人でした。彼は僕たちを近くの喫茶店に連れていってくれました。そして、メールアドレスを教えてくれました。それから度々、ラインをやるようになりました。高橋さんは言いました。あの女は僕の新妻でマゾで犯されたり、虐められたりしたい願望があるんだ。と。そうされることによってしか感じられないんだと。それで、今日、妻の京子を裸にして吊るしておくから、君たちの好きなようにしてやってくれ。何をしてもいいよ。というラインが昨日、届いたんです。僕たちは嬉しくなりました。一も二も無く僕たちは了解しまた。だからこうしてやって来たんです」
一人が言いました。
「お姉さんと会えるなんて夢のようです」
男の子たちは、裸の私を、いやらしい目つきで見つめながら言いました。
「ち、違うの」
私は激しく首を振りました。
(私は露出狂でもマゾでもないの。夫の命令で私は夫に従っているの。つらいけれど夫は私を愛してくれているし、私も夫を愛しているの。だから、こういう姿にも耐えているの)
私はそう叫びたい気持ちでした。
しかしそれは言えませんでした。
そんな本当のことを言えば、夫がサディストの変態であることを、ばらすことになるからです。愛する夫の名誉を棄損すること、夫に良からぬ性癖があることを世間に知らせて夫の良からぬ噂が世間に広まることなど、私にはとても出来ませんでした。
中学生は第二次性徴で性に目覚める頃で、早くも興奮しながら、目を爛々と輝かせていました。彼らは私を露出狂のマゾだと思っています。
彼らも女の子の心理というものは、何となくわかっている年頃です。
ノーマルな女性のスカートの中を覗いたり、女の同意を得ないで女の体を触ってはいけない、ということはわかっています。
しかし彼らは私をマゾの露出狂と思っているので、私に対する遠慮がありません。
彼らは私を取り囲みながら、
「わあー。女の人の裸って初めて見たよ」
「写真では見たことがあるけど、女の人のアソコの実物をまじまじと見るのは生まれて初めてだよ」
などと興奮しながら言いました。
私は丸裸の体を晒していて、もちろん恥ずかしかったのですが、相手が大人ではなく、中学生ということに少し救われました。
大人の男三人に取り囲まれたのなら恐怖に怯えたでしょう。
しかし相手は中学生。まだ、セックスをしたこともなく、ヌード写真を見ただけで興奮している年頃です。
「触っていいのかなあ?」
「触りたいな」
「でも女の人の体に触っちゃいけないんじゃないの?」
「でも京子さんは、マゾだから触られたいと思っているんじゃないのか」
そんな会話を彼らはしていました。男の子三人の前で全裸を晒すことは、屈辱でしたが、まだウブです。
しかし彼らは結局、「じゃあ、ちょっとだけ触ってみよう」という結論に達しました。
かれらは、恐る恐る私のお尻や太腿、などを触り出しました。
「うわー。女の人の体、初めて触ったよ」
「柔らかくて温かいな」
そう言って彼らは私の体を触り出しました。
これが大人の男だったら、暴虐的に、荒々しく胸を揉み、アソコを触ってくるでしょう。
しかし彼らはまだ、小学校を出たばかりの子供です。それが男三人に嬲られているとはいえ救いでした。
彼らは私の太腿にしがみついて頬ずりしたり、チュッ、チュッとキスしたりしました。
女を性欲の履け口と見るのと同時に、母親に甘えたいような感情が入り交ざっていました。
しかし彼らも私の体を触っているうちに、だんだん、遠慮がなくなっていきました。
「おっぱいも触っていいのかな?」
「どうだろう?わかんないよ」
「ちょっとだけなら触ってもいいんじゃないの。京子さんはマゾなんだから」
そう言って彼らは私の乳房にそっと触れました。
「うわー。女の人のおっぱいを触っちゃったよ」
一人が感動したように言いました。
すると残りの二人も、
「僕にも触らせて」
「僕にも」
と言って代わりばんこに私の乳房を触っていきました。
大人の男のように、荒々しく揉みしだかれることがなく、触っただけで、感動しているので、私は、ちょっと変な気持ちになり、「いいわよ。ちょっとなら触っても」と思っていました。
「お姉さん。おっぱい、吸ってもいいですか?」
一人が聞きました。
「い、いいわよ」
私は反射的に答えていました。
「うわー。お姉さんが許可してくれたよ」
男の子は飛び上がらんばかりに喜んで、私の乳首にチュッと唇を触れ、そして乳首を口に含みました。しかし男の子はまだ性行為という感覚ではなく、それはあたかも、幼児が母親の母乳を吸う行為に近いものでした。
やがて彼らの次の標的は、アソコに行きました。
「お姉さん。触ってもいいですか?」
一人が聞きました。
いいわよ、と言うわけにもいかず、私は黙っていました。
しかし触る前に、ちゃんと相手の同意を求めるなど、礼儀正しい子供たちだな、と私は思いました。しかし彼らは激しい性欲を我慢できなくなり、
「お姉さん。ごめんなさい」
そう言って男の子の一人が私のアソコにピタッと手を当てました。
「わあー。女の人の性器を触っちゃったよ」
男の子は感激したように言いました。
「どんな感触だった?」
「温かくて柔らかいよ」
「僕も触りたい」
「僕も」
残りの二人も私のアソコをそっと触りました。
「お姉さん。アソコの穴に指を入れてもいいですか?」
男の子が聞きました。
「い、いいわよ」
私は思わず答えてしまいました。
女を触る前にちゃんと承諾を得ようとする彼らの礼儀正しさに私も大らかな気持ちになっていました。
「うわー。お姉さんが許可してくれた」
「それじゃあ、入れさせてもらいます」
そう言って男の子たちは、私のアソコに指を入れ出しました。
「うわっ。湿ってる」
「お姉さんのアソコが指をキュッと締めつけてきます」
子供たちが驚いて言いました。
「女は興奮すると、アソコが濡れてくるの。男の性器を受け入れやすくするために」
「女は興奮すると、アソコが閉まるの。男の性器を離さないようにするために」
私は男の子たちに、そんな説明をしてやりました。
男の子たちは、三人ががりで、私のお尻やアソコや乳房や太腿を触りまくりました。
男の子たちは、だんだん興奮していき、ハアハアと息が荒くなっていきました。
「も、もう我慢できない」
そう言って男の子たちは、服を脱ぎ裸になりました。
そして私の体を触りながら、勃起した、おちんちんをしごき出しました。
男の子たちの息はハアハアと興奮で荒くなっていきました。
そして、とうとう。
「ああー。出るー」
と言って射精しました。
「お姉さん。ごめんなさい」
と言って男の子たちは、ティシュペーパーで精液を拭きとりました。
そしてすぐに男の子たちに罪悪感が起こったのでしょう。
「お姉さん。お願いです。僕たちがこんなことをしたってこと、学校に言わないで下さい。
そんなことが知れたら僕たちは退学させられてしまいます。悪質な少年犯罪として僕たちは無期懲役にさせられてしまいます」
そう言って男の子たちは、ペコペコ頭を下げました。
「ふふふ。言わないわよ」
私はウブな子供たちを安心させようと思って言いました。
「ありがとうございます。お姉さん。僕たちも前、撮ったお姉さんのセクシーなテニスウェア姿の写真、絶対にネットで公開したりしません」
一人が言いました。
「ありがとう」
私もそれを聞いて安心ましたし彼らも安心したようです。
彼らは性欲旺盛な年頃なので、そして、こんな機会は滅多にないかもしれない、と思ったのでしょう。私ともっと遊びたい様子でした。
「お姉さんのセクシーなビキニ姿が見たいな」
と一人が言いました。
「僕も見たい」
「僕も」
性欲真っ盛りの男の子にとって全裸は刺激が強すぎます。中学生はビキニ姿を見ただけで興奮するものです。
「ビキニは箪笥の一番上の引き出しの中にあるわ」
私はそう言って教えてやりました。
男の子の一人が急いで箪笥の一番上の引き出しを開けました。
「あった。ピンク色のビキニだ」
そう言って男の子は、ビキニを持ってきました。
ビキニのブラは三角ビキニのホルターネックです。下は紐ビキニではなく、フルバックです。
これは学生時代に順子と海水浴場に行った時に買った物です。
男の子たちは、どうやって私に着てもらおうかと迷っているようでした。
なので。
「ねえ。ボクたち。私のビキニ姿を見たいんでしょう。私は後ろ手に縛られているから自分では履けないわ。ボクたちが履かせてくれない」
と私は言いました。
男の子たちは、しばし迷っていましたが、ビキニを取って、私に履かせ出しました。
「ふふふ。着せ替え人形で遊んでいるみたいだ」
「それにしては綺麗すぎるお人形さんだな」
と言いながら。
彼らは、ビキニの下のフルバックを私の足にくぐらせ、腰まで引き上げました。
そして三角ビキニを私の乳房に当てて、ホルターネックを首の後ろに回して紐を結び、背中の紐も結びました。
これで私は後ろ手に縛られているとはいえ、ビキニを着た姿になりました。
私も縛められているとはいえビキニを着ることが出来て、ほっとしました。
「うわっ。セクシーだ。お姉さん」
子供たちは涎を垂らして私を見ました。
ビキニは小さければ小さいほどセクシーになるというものではありません。
女の方からセックスアピールすると、もののあわれ、がなくなります。
女がビキニを着て少し恥ずかしがっている姿に男は興奮するのです。
エロチシズムとは精神的なものです。
フルバックで少し見えているお尻とビキニの縁に男の子は興奮するのです。
男の子たちは、
「ああっ。セクシーだ。お姉さん」
「おちんちんがまた立ってきました」
と言いながら、私のお尻に顔を押しつけたり太腿にしがみついたりしました。
そして、チュッ、チュッとキスをしました。
全裸ではなくビキニを履いているので、彼らは犯罪の意識が薄くなって、遠慮なく私の体を触りまくりました。
「ああっ。好きです。お姉さん」
と言いながら。
十分満足のいくまで私の体を触りまくると、彼らは私から離れました。
「お姉さん。お姉さんのビキニ姿を写真に撮ってもいいですか?」
「絶対にネットにアップしたりしませんから」
と彼らは言いました。
いいわよ、と私が言うと、彼らはスマートフォンを取り出して、私に向け、パシャパシャと写真に撮りました。
「じゃあ今日はこれで終わりにします。有難うございました」
彼らは礼儀正しく言いました。
「じゃあ、お姉さん。縄を解きます。高橋さんがLINEで京子さんを弄んだら、帰る前に縄を解くように言ったので・・・」
そう言って男の子たちは、私の後ろ手に縛られている縄を解きました。
これで私は完全な自由になりました。
「ありがとう」
私は彼らにお礼を言いました。
彼らは少しモジモジしていまたが、三人は顔を見合わせて、
「じゃあ僕たちは帰ります」
と言って立ち上がりました。
私は彼らにクッキーを渡してやりました。
「これ私が作ったの。よかったら食べて」
私がそう言うと彼らは、わーと喜びました。
「有難うございます」
と言って彼らはクッキーを受けとって去って行きました。
私は普段着に着替え夕食の準備をし出しました。
私はもう夫に抱かれなくても、夫の意地悪が夫の愛撫と感じるような気持ちになっていました。
ピンポーン。
チャイムが鳴りました。
「はーい」
私はパタパタと玄関に向かいました。
玄関の戸を開けると夫が立っていました。
「ただいま」
とひとこと言いました。
「お帰りなさい。あなた」
私はニッコリ笑って夫を出迎えました。
その日の夕食の時。
私が嬉しそうに夫に話しかけるのを夫は黙って聞いていました。
「京子。済まなかったな。色々と意地悪して」
「えっ。何のこと?」
私は夫が真顔で話しかけてきたので焦ってとぼけました。
「今日は中学生3人にオモチャにされただろう。つらくなかったか?実は和室には隠しカメラを設置していたんだ。順子とのレズや今日の中学生にオモチャにされる君の姿は隠しカメラで見ているんだ」
「そうだったの。知らなかったわ」
「始め、君にセクシーなテニスウェアを着せて恥ずかしがらせただろう。君はこわがっていたよね。しかし君はだんだん、僕の虐めに慣れてきた。今日の君を見ていてそう感じたんだ。僕はサディストで、寝取られ、の趣味があるんだ。つまり君が他の男に虐められることに興奮するんだ。しかし君がそれに慣れてきて、こわがらなくなると、妻を寝取られる興奮も無くなってしまうんだ。これからはもう変態なことはしないよ。済まなかったな」
夫は謝りました。
「いいの。あなた。気にしないで」
私は落ち込んでいる夫をなぐさめました。
・・・・・・・・・・・・
それ以後、私は夫と一緒に寝るようになりました。
夫は私を優しく抱いてくれます。
テニスもエッチなテニスウェアではなく、私はAdidasのジャージでやるようになりました。
しかし夫の願望を満足させたくて私は時々、白い短めのスカートのテニスウェアを履いてテニスをやることもあります。
こうして私と夫は幸せに暮らしています。
2026年1月12日(月)擱筆
妻を抱かない夫の物語