出家の蟻
出家の蟻
私にとって、出家はさほどに大きな迷いも無く、通った道のひとつでありました。
幼い頃より仏の教えを、父方の祖父から説かれていましたから、私にとって、自身の根底を成す教訓のひとつだったのです。
祖父にとって初孫であった事もあってか、それは可愛がられました。私は、祖父から怒鳴られた事も、殴られた事も、一度もありませんでした。
しかし、そんな祖父も、親族からは忌み嫌われていました。彼は若いころから、伴侶や二人の息子、二人の娘に対して、暴言や暴力の絶えない男であったらしく、そのため、家族の皆から恐れられ、憎まれていました。ですが、私にとって、彼は「優しいお爺ちゃん」であり、また、仏法を説いてくださる、善き先生であったのです。
話は変わりますが、当時、周辺の隣国同士での戦が絶えず、異教徒同士で寺院や教会、礼拝所を破壊する悍ましい姿も多く見受けられました。
その事もあって、私が己の使命に従って、仏教徒として仏門を叩き、出家をして、精進できる世の中が続く事は、考え難かったのです。行動するなら、その瞬間、今しかなかった。
私は、幼少期に母を失くしています。父も十数年前に出征をしたまま、帰ってきませんでした。おそらく、もう世を去ったのでしょう。
私を育ててくれた祖父は、確かに、阿修羅としての一面があるかも知れない。彼の家族は、皆がそれを肯定し、彼を咎めるかも知れない。だが、私は違う。私は、彼の争いの性を認めた上で、貴方こそを育ての親、温情の人と呼ぶ。
ですから、私の場合、出家のためには育ての親からお許しを頂く必要がありました。
この話を聴いた時、祖父は、使命に燃えた眼差しで、私に一言告げました。
「仏法僧を求めて、どこまでも行きなさい、早く」
夜半の星々が輝く時の事でした。私は着の身着のまま家を飛び出しました。
ネクアル寺院を訪ねて、私は距離にして五ヨジャーナーを歩き続けました。疲労など、微塵も感じなかったのです。それもその筈、私を見送ってくれた時、祖父は死の床を見上げつつあった。家族や親族の誰一人として見守らない中で。孤独であった筈の祖父は、私が菩提心を打ち明けて、出家をさせてくれと頼むと、ただただ、言葉も僅かに背中を押してくれたのだ。この心を、私は形容する術を持っていない。この恩義に報いる他に無かった。
目的の寺院は、敵対している異教徒の街に限りなく近い村に在ります。それが何だというのでしょう。
『せっかく修行のため世を棄てたのだから、せめて仏教世界で安穏と暮らしたい』などと考える事は無かった。
この世は一切皆苦なのだから、物事に差異はつけられません。戦地に近い寺院より、比較的安全な地域の寺院が優れている所以など、ありません。仏のおわします所、即ち教えを賜る所です。
申します、私は名も無い僧、イリビアの村の出の、名も無い僧です。この度、菩提心を如来様から授かり、修行の地を求め、ネクアル寺院の門前に立つ者であります。戦禍の叫びある所、仏を求める声が届く所であります。何卒、何卒、私を寺院のサンガに迎え入れてください。お願い致します。
私の呼び声は、夜明け前の四時過ぎ頃から、実に五時間が経つまで、誰一人として迎え入れられなかった。寒さに震え、五ヨジャーナーを歩き続けた疲労と空腹も相まって、意識は朦朧としていました。土埃と泥に塗れた衣服、破けた草鞋、それだけが私の全てでした。寺院の中にいる出家僧達は、私の姿を見て、しかし、何も言葉を掛ける事も、寺院内に招く事も無く、ひたすらに耐え続けました。
そうだ、私は出家の為に来たのだ。この程度の試練に耐えられないならば、戦禍の寺院の門をくぐる資格は無い。
そう、私は修羅だ、修行を欲する修羅なのだ、祖父に教えられた通り、仏法僧を求める修羅なのだ……。
「名も無い僧よ、今日からお前は、蟻と名乗りなさい」
瞼を閉じかけて、ガクガクと震えていた時、心穏やかな声に双眸を開けば、眼前に高僧が立っていた。
「蟻よ、お前が求めるものは、仏であり、法であり、僧だ。違いないね」
私が口を開かずとも、高僧は私の願望を言い当てて見せた。
「はい、この蟻は、祖父からこの三宝を追い求める様にと使命を授かり、旅に出ました」
高僧は、私の右肩に手を置いて「さあ、入りなさい」と招いてくださった。
これが、生涯に於いて初めて仏門をくぐった、経験であった。
高僧は、寺の若い僧に、私の風呂の世話を命じた。湯を沸かして下さり、背中を流して貰えた。その間、言葉を交わす事は無かった。ただ、久方ぶりの熱い湯の感覚が、心身共に沁みました。
驚いた事に、用意されていた僧衣は、高僧の位に在る者の為の衣服であった。
当然ながら、触れる事も、着る事も、恐れ多くて、始めは何かの間違いではないかと考えたが、世話役の僧によると、間違いはないとの事。
私にとって、それが何を意味していたのか、実に、始めの内から気づける筈も無かったのだ。
僧衣を着込み、招いてくださった高僧と再び逢いに行くまでの回廊を歩き続けて、私は不思議に想った。
この世界を恐れない時、世界は迎え入れてくれるのだ、と漠然に内省していた。
すると、昔、生まれ故郷の里で読んだ教書の、曼荼羅の世界の様な幻が視界に広がり、私には、その世界の隅から隅を歩き続ける、蟻としての自身が映った。その蟻は、飲まず食わずに五ヨジャーナーを歩き続ける事で、ひとつの巣に到達して、そこで衣食住の世話を施されて、その巣に暮らしている同胞の蟻達に、法話を語る。
そして、今現在の自身が持ち得る全てを授けると、そのまま巣立ち、また五ヨジャーナーを歩き続けて、別の巣へと向かう。その先でも、前の巣と同様のもてなしを受けて、自身も最初の旅路と、次の旅路を複合した法話を巣の蟻達に説き聞かせる。
すると、蟻は、いつの日にか阿闍梨となる。蟻の阿闍梨は、曼荼羅世界の仏様達の足元で、実に仏法僧の三宝を尊びながら、力強く支える働きを繰り返す。
そうだったのか。私は、蟻。一匹の蟻。出家の蟻。
与えられた役目を果たします、どこまでも、全ヨジャーナーの限りを歩き続けます。
仏法僧を求む声のある所、持ち得るすべての智慧を授けます。
この僧衣を施されて、私は目覚める事ができました。覚悟が決まりました。
悟りを、遠くに見る事ができました。
出家の蟻