無垢と信頼
1
とつぜん襤褸のライダースを羽織るつかれた鴉さながらの男が飛来して、箴言めく希みを憂いげに呻くのも無精な書出しであるけれども、ぼく、愛すると信じるは、どうか同義語であれとかんがえている者である。
というよりもこの言説、ぼくは泣きながら抱きすくめているとみなしてもらっても好いくらい。いわばそう信じたい、つまりは愛したいのだ。ぼくはこの積年の宿願、そして青春の嵐のようないたみが乱雑に仕舞い込まれた信念めく悲願をすら、ほんとうには信じていないのかもしれない、いわく虚数、そんなものなのかもしれない。しかし虚数はある、たしかにあるのだ。そいつ、たしかに実在としては睡っている、されど不在として、めくるめく光と音楽で以て、われらが心の根の裡にめざめている筈なのである。
ほんとうにたいせつなことは目にみえない、こんなにも無垢な言葉を泣きながら抱くようにして信じつづけ、はや、三十を目前としているのがこのぼくだ。
ともすれば軽蔑をされるようなこと、敢えていってみせようか──ぼくは、人間の深いこころの領域を、全的に信頼したいのである。愛し、跪き、そが可憐と卑俗に宿る美に、熱い涙をながしていたいのがぼくなのである。然り、まるで性善説。あたかも人間の無垢なこころ、信頼にあたいすると。しかし、そうであってほしい、どうかそうであってほしいのだ。どこまでも希いにすぎぬそれ、然り、ぼくは愛と信仰に憧れる、ひとを愛してもみたいと独り唸ってもいる、破れかぶれのニヒリストにすぎないのだった。
我、はや二十八。我と友になりし者、わが齢と比すべくんば、あまりに若し。
ぼくはこの俗悪美をねらう文体に苦心したささやかな小説で、ひとのこころの無垢なる領域の深みへどうか侵入せんとつとめ、なべての人間に睡るかの淡く幽かな光を呼応し照らし合せ、あわよくば、きみと友になろうという下心をもっている、淋しい詩を書くひとである。
*
かのアルチュール・ランボオは、斯く歌ったのだった。
おお 季節往き、城かがよう、
無疵な魂何処にあろう?
無垢の美を信じすぎる少年少女たちよ、オトナからの忠告だ。
無疵な魂なぞあるまい。瑕を負いつづけても純潔を守護せんと不可視の闘いをしつづける、魂の視線の注意ぶかい透明さがあるのみだ。イノセンスとは、むしろ瑕だらけの美のことである。
ぼく、眸が透き徹ったひとが好きである。清楚、とは、とてもいえまい。これにはなにか優美な、しかもやわらかにととのった乙女の薫りがする。いわば、佳い香水の曳くもの。清楚なる言葉には、なにか、はや所帯じみた勘定を感じられるのだ、いわば、人工の白光にあてられたそれ。そんな美を疑うものではぼくないけれども、そいつ、演技的なそれであって、はや浄らかなそれではあるまい。
賢く貞操を守るより、はやばやと劇しい愛の焔に肉体の純潔を投げこみ、滅茶苦茶にいのちを迸らせた生活をするほうが、人間はどんなに純粋であるだろうか。純粋無垢なものは、いつも不合理に、奇々怪々にうごくものだ。
然り。ほんとうに清らかで楚々たるひとはくるしいものだ、切ないものだ。真紅の花と鮮血の薫り、どぎつくも音楽と立ち昇るものだ。雪山さながら険しい貌をしているものだ。かれ等ふだん、死に際の鶴の如く哀れげできゃしゃな雰囲気であるかもしれない、しかし、ふっとうすかわを脱ぎひそやかな静謐な佇まいを身にあらわせば、泣きじゃくって抱き着きたくもさせるような、淋しいほどに澄みきった眸を青薔薇と剥きあらわすよう。
切ないことであるが、秩序に染まりたくても染まれない人間が、この世にはたしかにいるようである。べつの提案をするほかはあるまい。うす汚れ瑕だらけの硝子から、ほうっと光ためいきするような美。打ち棄てられても抱くよりほかのない、ささやかにして惨めきわまる善。我向かわん、美と善の落す翳のかさなる処。其処に陰翳されしは、もしや青みがかる彫刻、愛の様式か? そういったひとびと、どうしても報われづらいもので、もし社会的そしてプライドの意味でこころから報われて了えば、そが美、はや霧消して了うようにもうたがわれる。
そんなら報われないからこそいいのだ、ぼくの詩は読まれないからこそある種純粋なのだ、と、せいいっぱい意気込んでみたところで、淋しいこころ、冷たい風となって神経きんと打ち据えるのみ。
ふたたび、注釈をしながら、おなじことを謳おう。
眸が澄みきり、硝子質のあやうさが碓氷さながらはりつめている、虚空の群青を照らしてさえいる淋しいひとが、ぼくは好きだ。
嘗て、そんなうら若き年少の友がいたのである。
かれ、名を雪彦といった。こいつ仮名ではない。さながら吹雪舞うましろの情景で斃れる悲劇さえ兆すような、古風にして少年らしい名、字面の彫刻にましろのイノセンスが隅々まで陰翳されているような、エリック・サティのそれの如き幽玄で果敢なげな音楽、それが名付のせつなから夭折をかぜと煽るような、そんな名を所有していたのだった。
「きみは二十歳にはなれなさそうだね、」
デリカシーの不在したぼく、そうかれにいうと、
「そんなことないよ。俺みたいにずぶとい人間こそ生き抜いて、老醜をさらすにちがいないよ」
「そんな華奢な線でよくいえるね」
「体型を揶揄するのはやめてよ。気にしてるんだ」
「ちがうよ。きみの歌の話だよ」
そう小馬鹿にした態度をとりながら、かれの石膏さながらのざらついた蒼白の頬、その内から毀れるようにあやうい翳うつろわすひかり、銀の月照らしすべてを拒むようなきんと硝子質の眸、そんな硬質で冷たい印象に反して、無防備に若葉をさらすように豊かな黒髪の陶然とさせるやわっこい艶に、なにか憐憫めく不潔な同情に操縦され、涙、ふるふるとあふれてきたのだった。ぼくはそれを手で隠したが、ちらと一瞥を投げてみとったかれの貌に沈みはじめた憂いが、その身振、意味のないものであったことを説明したのだった。
かれは、二十歳にはなれないであろう。
同情の涙。ぼくはそれをしてはならぬと当時かんがえていた、たしかに、かんがえてはいたのだ。しかし、どうやらぼく、かれを好きになりすぎていたようだった。
*
ぼく等ふたりで、近所の薔薇園をしばしば散歩したのだった。
ぼくはいまでもかの風景画を想起しえるのだ、あまりに豊かにすぎる美に耐えかね毀れ落ちるような薔薇の花々、木々の翳り等にわだかまるどこか鬱屈とした暗みを帯びた庭園全体の雰囲気、土や落葉のモチーフに陰翳された細部には、夏の夜の豪奢の如き死と腐爛がよどみ籠っているようで、それ等たしかに、頽廃絵画と呼ぶに相応しいものなのだった。はらはらと巨きなゆびさきに摘み棄てられるようにして無為にこぼれる、豪奢なる、紅い花弁めいた滅びの連続。巨大なものに摘み棄てられたい、手折られてもみたいという、在りし日のぼくの悲願。デカダンスとグラマラス、どうやら、永遠の友であるらしい。
そんな豊かにすぎる滅亡のくろぐろと淀んだ紅いろの風景を、その日もぼく、ましろのアネモネさながらのきゃしゃな少年とならび、死の兆の翳曳きながら往きすぎていたのだった。
其処にはいつも、無数の蜘蛛の巣が張りつめられていたのだった、ぼく等それを、疎んじたりはしなかった。
「詩を書いているぼくたちはね、」
と、年下の友につぶやく。
「この蜘蛛とおなじことをしているんだ。たといきらわれても、秩序の隅に追いやられても、まあ、ぼくのようにドロップアウトしてしまっても、いや、きみにも高校を中退することをすすめるわけではないけれど、日陰者としてひたむきにわが領域を紡いで、唯背後から天のしろい光が射すことを俟ちつづけているんだ。いつやしろい涙の光が降ってきて、ぼく等の歌を壮麗に照らし、そうして、魂を一途に淪落させることができるかもしれない。あるいはできないかもしれない」
かれは暫く黙ってぼくの話を聴いていた。
「…俺はね、」
と雪彦、すこし経ってから、かわいたしろい砂のような声でいう、石膏の頬から毀れおちるような、さらさらとまっしろな声でいう。
「夜にひとり此処を散歩していた時、視たことがあるんだ。
靄のような暗闇につつまれて、人工の爛れたオレンジの街灯に背後から射され、ぞっと蠱惑めいたデカダンな様相を呈している、まるで死に誘うかのような印象を示す、ふるい蜘蛛の巣の姿を。ねえ安芸津くん、あれはみてはいけないものだね、ほつれて古色蒼然な國が、ちりちりと燃ゆるように頽廃の火を反映して、まるで人工楽園のようだったね。
かっと閃くように芸術の絶頂をかがやかせたのち、そが儘に蜘蛛は堕ちて了ったんだろうね。なぜって主人、既に不在だったんだから」
「どちらの光が射すか、ぼく等にはえらぶことはできるのだろうか」
「そりゃ、神さまの國に往こうとして、きづくと悪魔の國にわが身在り、其処から脱獄すらできなくなることだってあるさ。何故って其処、地獄の風景が張りつめているんだから」
「そうだね、地獄には地獄固有の美があるね」
「俺のいる処は地獄なのだろうか」
「一面的な話にすぎないけれど、」
とぼくは前置して、
「ランボオいわく、きみが地獄だと想うのなら、地獄だよ」
かれの傲然なものいい、衒うようなことばづかい、それ等とそのかよわき神経的な美貌とのミスマッチが、むしろうら若き年齢のある種のひとにしかない色香を散らせるようなのだった。雪彦はしろいシャツやセーターがよく似合ったけれども、それはたしかに楚々たる夭折を連想させたのだけれども、ぼくの趣味をいわせていただくならば、なにかギャップを狙い、黒いライダースを着せたくなる雰囲気があったのだった。
いかついダブルライダースが似合うのは、むしろ、死際の鶴のように果敢なげなひとなのだ。シド・ヴィシャス。かれは無意味に美しく、不合理に愛らしいひとであった。
*
無個性な音楽のような、詩を書きたい。
いわば自己省察、わが肉掻き分けて、逐一凝視しあかるめて、内奥に睡る水晶の落す淋しいひかり、在るかも判らぬ、ぼく等全人類にひとしくあるこころの匿名の領域にまで潜り、ぼくはぜったいてきに孤独だが、そいつなべてのひととおなじそれであり、ひとは不連続の淋しさによりひとしきひかりで連続しえるのだと、実感をしてみたいのだった。
それできるもの、やはり音楽であるように想うのだ。ぼくは音楽という表現方法に嫉妬をする。はや古風にすぎるものとなった表現形式をもつ、象徴詩という芸術。ほんらい言葉であらわせないポエジイを、そうであるこそ言葉の箱にむりじいに容れ、靄さながらの曖昧性とともにそれ浮びあがらせるという矛盾の表現、それになにか、ぼく不信感さえもっているのだった。そう。ぼくは文学を愛せていない、つまりは、どうにも信じられないのだ。嗚バッハ。近代化以前の宗教芸術には、古代の詠み人しらずの歌にも似た、いわく無個性、だれにだって睡るような、しかしだれにだって書くのがむずかしい、匿名の美なるものを呈しているよう。ぼくは其処まで、墜落したい。
ぼく、こんなうねりうねったきれぎれの文体に、はや後ろめたささえあるのだけれども、しかしいつや、素朴で単純な線にドローイングされ、官能のそれよりさらに深い領域をやさしくたたくように純朴な音楽ひびかせるような、されど天降らすしろいひかり反映する、単調な陰翳を有す壮麗な詩を書いてみたいのだった。ボオドレールはたしかにぼくの愛する詩人であるけれども、かれ、歪み捻じ曲がった魂のみせた地獄の風景の美、それこそが芸術であるという誤解を与えたようにも想う。
総括し、反駁しよう。
歪んでなくったって、詩作はできる。
そして雪彦の書いた詩、かれ地獄に在ったにもかかわらず──いやもしや、それを介したからこそ──どことなしに、そんな無個性な雰囲気をたたえていたのだった、ひとはそれを「個性がない」だったり、「あまりに語彙がすくない」、そんな言葉を投げたのだけれども、まさにそれこそがぼくがかれの詩を愛するゆえんであって、しかし、たしかに読者を惹きつける才能というもの、欠けていたのかもしれぬ。対話相手へ与える印象効果、それを意識するには、かれ余りに不器用にすぎた。かれ結局報われずに、十七でみずから命を絶ったのだから。芸術家として報われないから死んだのではない、それは識っているけれども、ぼくはかれに、どうか生きていてほしかった。生きていてほしかった。
*
無垢。
そうであった。嗚、そうであったようだ。
「ねえ、安芸津くん。俺はね、ひとの悪意が怖い。視えない悪意が怖い」
「ぼくはそれを克服できず、二十六まで生きてしまった。大丈夫だよ」
「安芸津くんが二十六まで生き抜けたのは、なんの「大丈夫」の保障にもならないよ」
かれ、こんなデリカシーに欠けた発言ばかり、しかし淋しくなるほどに悪意が欠けていて、正直と素直が世間で美徳とされていることに、ぼくは欺瞞を感じる。社会で立派なひとは、ほどよく嘘つきだ。バランスのいい、善い人間不信だ。それでいいのだ、しかし、どうしてもそうはなれないひとがいるのだ。
「安芸津くん、俺はね、詩を書いてはいるけれど、報われたくないんだ。社会に評価されたくないんだ。自分がえらい詩人なんだって想いたくないんだ。エミリ・ディキンソンのように死にたい」
「どうして?」
「報われている芸術家の自尊心は不潔だからだ、たかが作品が認められたからって自分自身がえらいんだって想ってるプライドが、キライでキライでたまらないからだ。そうならない高潔な詩人だっているさ。ヘルマン・ヘッセなんかそんな気がする。でもね、俺のような劣等感の塊は、ちょっと雑誌にでも載ればそう想うに決まってるんだ。他人の評価だって不潔だ、周りが評価するから、自分にも見識があるって思われたいという虚栄心で評価してるに過ぎないんだ。ああ、俺だってそうなんだよ。ゴミ箱に誰も知らない中也の詩をみつけたとして、俺がそれに感動しえるかは判らないんだ」
「ああ、そういう風に考える時期が多くの人間にあるよ。自尊心と他者の評価、あとは虚栄心みたいなものを、信じられないんだ」
「俺はそういう風にしか考えられない。自尊心は不潔だ、自尊心がズタズタになってでも、だれからも評価されなくても、如何なる虚栄心が満たされなくても書く、俺はそんな芸術家でありたいし、それでも書きたいものしか書きたくないんだ」
「ねえ、君、それだって虚栄心ではないのか」
「え?」
「ひとに評価されないからえらいという、裏返しの虚栄心だ。ひとに評価されないものを評価されなくても書くから価値があるという価値を信じている虚栄心だ。ひとと比較した自尊心がズタズタに壊れているからひとよりもえらいという虚栄心だ。虚栄心なんてものはね、もってないと生きていけないと思うよ。自己を全否定した人間は、生きていく意欲も拠り所も失いんだ。果てはきっと自殺だよ。
君は、ひとに評価されなくても、自尊心がズタズタでも、それでも残る人間の価値というのを、人間性の光というものを、信じているんだ。それは素敵なことだよ。ぼくだってそいつを信じてもいるよ。けれどもその人間の性に、きっと虚栄心っていうのは引き剥がせないんじゃないかと、いまだに考える」
ぼくはかれを傷つけた、ぼくはその痛みを想像し背を折り曲げるような心地でありながら、心のどこかでそれを愉しんでいるような気がした。ぼくは自分へ復讐するような気持だったのかもしれない。わが残酷さ。なによりぼくは、かれの気持の殆どが解るような気がするのだ。
「虚栄心を強化すればいい、育めばいい。ぼくはこう考えているよ、”犬死したいという虚栄心”を追究しよう、と」
茫然とした眸をしていた。はきちがえていた。はきちがえていたのだ。雪彦は、すこしの批判でくずおれるような状態にまで追いつめられていたのだ。それに、注意ぶかく思慮を重ねて伝えなければいけなかったのだ。何故ってぼくの考えだって正しいわけがない、哲学をやっているわけでもない、ああ哲学をやっていたって、苦しんでいるひとにアドバイスするのは難しいことだろう。
「俺はなにを信じているんだろう?」
と雪彦はいった。薔薇が、代わりに殉じるような身振りで、頭を頸から切りはなし、それ、血の残像を曳きながらはらはらと地へ墜ちて往った。
「おそらく──」
とぼくはいった。
「性善説に近いもの。その信頼が疵を負って、その信仰が揺らいで、苦しんでいる」
ぼくは激情に従いかれを抱き締める、しなやかな折紙のようなうすい躰を。まるで抱きごたえのない、生気を失った霞のような心を。
「死なないで。死なないで雪彦。君が信じているものをね、君が信じたいもの、愛したいものをね、屹度雪彦は信じていい、愛していいに決まっているんだ。人間を信じようとして瑕を負いながらうごく君は可憐だよ、美しい、だから君はその自分自身をどうか肯定するんだ。
君は君でいていいんだ。自分が信じ愛するものを人生を掛けて立証するために、君が闘いたい闘いを闘いつづけてもいい」
「僕は、」
雪彦は無理をして「俺」という一人称をつかっていたのだろう、それは環境が要求した粗野なポーズともいうべくものであるが、それをだってかれなりの格闘であったことだろう。粗野なふりをし、わが身に激痛を与える感じたものを感じていないふりをし、笑いたくないものを笑ったことだってあるのかもしれない。そのあとの自責は肉を裂くような苦しみをかれに負わせただろう。「君は幸福だ、そうであるのに──」、まるで自己を喜ばせたい意欲でかれへその言葉を投げたひと、やはりいたであろう。「僕は不幸だ」ということすらできない世間は、切ない。
「僕は、もう、僕を裏切っているんだ。僕の自我は二枚に剥がれてね、一方が喋って、もう一方の泥にまみれた悪臭ただよう醜い僕を奥に秘めて、でもね、ほんとうの僕は秘めているほうで、それをちょっとだけ安芸津くんにさらしちゃったんだ。もうね、本当の憧れや嫌悪は、悪臭のほうの自我にしこたま全部投げいれちゃって、そっちへはもはやまるっと悉くを嫌悪だ、でも僕は人間を信じたくて、」
「そうだよ」
ぼくは泣き喚きながら、殴るように言葉を放つ。死んで欲しくない。ただ、そのエゴイズムで撲るように。
「この期に及んでも君は人間を信じようとしている、そこだ、そこだ。その領域だけでも自分を信じるんだ。自分は素敵なんだって自信をもつんだ」
「ありがとう」
綺麗に精緻にととのった、白粉のふっと光に浮んだような笑顔でかれは言い、つよいぼくの抱擁を丁寧に撥ねのけ、「もう大丈夫だよ」とふたたび笑いかけた。しろい、しろい砂が後方へ曳くような、そんないまにも風ではらりと剥がれる如くかろやかな笑みであった。
「一人で帰るよ。安芸津くんの言葉を噛み締めるね。さようなら」
ぼくは悟った、しかし、ここで無理にひきとめる権利を、自分自身に認めることができなかったのだった。
*
雪彦は死んだ、自宅のマンションから投身したのだった。
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遺書はなく、詩は全て燃やされていて、唯、投身した際中原中也の詩集を抱き締めていた形跡があったという情報が、ぼくの心を複雑に折った。
中原、中也。
かれ自身を、生き抜いたひと。三十で、アルコオルと疲弊と格闘により肉が先行し果てた詩人。自死を撰んだかれの憧れがここに発見されえるというのは、安易な感想であろうか。
ぼくはデータとしてみせてくれたかれの詩を編集し、印刷して綺麗にファイリングしたが、いうなればそれをしかできなかった。勝手にぼくが自費出版なんてしてはならないだろう。かれはネットに載せもしなかった。ただ、ひとに見せて、褒めたらにこにこ笑って喜んで、貶されたら、見てる方が顔をくしゃと泣きだしちまうような悲しい顔をするのだった。素直であった、愛らしい少年だった。何故かれのようなひとがここまで追いつめられたのだろう。ぼくには納得がいかず、しかし、とどめを刺したのはぼくの撲るような言葉の押し付けであったのではないか。
いくらかれの詩編が整然と並んでも、かれが死んだという現実に整理はつかない、自殺の決着をつけたのはおそらくぼくなのだ。ごめん、ごめん。頭で日に数十は謝罪する。
しかし、むしろ整然とした、丁寧なうごきによる死であったという感慨もまた、ぼくにあるものなのだった。
人間を深みの領域を信頼しつづけていたが故のその上に宿る悪意等への不信にくるしみ、愛していたが故の憎悪にさいなまれ、ある種ひとを信頼したまま懐疑に身を投げたかのような、そんな印象がかれの死にはあったから。
*
人間の思想に、感情に、聖域はないのではないか?
無垢。
無垢の自殺は罪なりや?
然り無垢とは、それだけで価値のあるものとして信頼できるものである筈がない。
無垢とは、そこより迸る力に躰を犠牲にし、疵負い闘って磨き剥いて往く、ズタズタのグルーヴ音楽めいたうごきの不断に、光が宿るとぼくはかんがえる。この光の歌が一途に徹れば、そこに、詩が生れる。
雪彦は、詩を書いた。充分だった。よく、生きた。そう想う。
ぼくはかれの生死すべてそれでいいのだと抱きすくめ、はや此方側へは来るなと苦肉込めて吐き捨て、何故死んだとかれの或る一面を憎み、哀切な追懐に泣き喚き、そして、雪彦に詩を書かせた純粋な深みの領域のほかすべてを、疑る。ぼくの無垢はどうやら失われているようで、信頼の回復へのうごきがぼくのそれであるよう、ぼくは、狂気と懐疑に出発した執筆を、無垢と信頼という正気へ還すために、書く。生き抜く。
無垢と信頼