三汎主義(景勝・理智・人命)の書き下し文
・・・景勝主義者・・・
・僕たちは景勝によって救われる!
・ウヨクウヨクだのと馬鹿にして、その向こう側はもうサヨクしかなかったろう。ウヨク的なことに拘ることが丸で薄っぺらでSF的で幼稚な意見だみたいにして、自称大人たちは取り合ってこなかった。
・それがどうなんですか。今は景勝の道が拓かれた!これからはもう夢想言だなんて言わせない。ちゃんと理に適って中身の詰った、真っ当で真っすぐな意見として受け入れられる。
・サヨクども、、。いや、優性リチスト達。君たちはもう分類されて居るのだよ、、、。僕たちの素朴で勇敢な決意と昂奮によってだね、、、。
・傲慢。蔑み。甘い見積り。リチストさん達ときたら流石は由緒正しい自由主義者の血筋を受け継ぐ非常に豊かな評論家さんだ。自分達が何よりリチストという権威と化して、然うでない人たちの芽を摘んで居たり蓋をしてるってことに丸で気づかない!気づいても、自分達は大丈夫だと思って正義の面を演じてる。極めつけには、この世の高度化して公正なあらゆる民意や政治的現象はすべて自分達的な理智的な思想雰囲気の影響だということにして何時までも高みに居ようとする。
・わかって居るのだからな!自分達が大丈夫な時だけ然うやって冷笑するような平気で居るような態度を取り続けられるってことは!
・わかってる。まだ当分は、今のところは、自分達の正義が揺らぐことはない計算がついてることは、、、。
・皆それぞれに異なって居て、皆それぞれに素晴らしい。その素晴らしさに優劣はない。
・然うした価値観と常識に晒されたとき、それまで不利に立たされて居た者たちは更に不利を強いられる。
・どうみても素晴らしさには差があるにも関らず然うでないかのように無理につくり上げられた雰囲気は、むしろ餘計に差別意識を育んでゆく。劣等感を植えつけてゆく。
・これを今に理智的態度を取るリチスト達の罪と言う必要もない。それは然うと、これにどう対処する積りなのか?ということだった。
・優越感と劣等感の不治の病に苛まれるとき、率直に自他の存在価値や現にやりこなしてきた実績とかを前になす術もなく屈することも多々あろう。
・しかし、国としてのより大きな景勝という事業としてみたにしても然うでないにしても、結局はみんな単純な見た目や見映えで優劣を感じ地味に引きずる。地味というか盛大なほどに。
・見た目がどうとかそんなの、存在そのものの価値とか実際やってきた事に比べれば一見曖昧で表面的で幼稚な意見に過ぎないように思えるから軽んじられてきたが、一番でかいのはそれだなんてこと、みんな本当は知ってんじゃないか!それを国が後押しするだなんてそんな、感情的で冗談的でウヨク的な発想で現代に何を語って居るんだ?みたいなそんな反応になるのは目に見えて居た。
・ところがそれがあんなにもこんなにも、カクシンであっただなんて!
・自他の見た目を見映えを認識し理解し理解し合うことは、すなわち地球という星のあらゆる自然の営みをすべて見つめることに他ならない。
・自然の営みをすべて見つめるということは、自分達がどのようにつくられたのか知ることでも意識することでもあり。
・この世界の価値を知ることでもある。
・この世界の価値を知るということは。
・自他のひとりひとりの価値を知ることでも理解することでもあるのだった。
・安直に思えるその見た目についてのどうの斯うのこそが我々の価値を知り意識し理解するための糸口でも決定的證拠でもあったのだ!
・理智派の勘付かないところ、いや、然ういうフリをして居る部分ではなかろうか。
・理智とはすべて、景勝でいう然うした境地に辿り着いてこそのものだというのに。
・常に中庸かのように理智的で居ることそのものが理智を齎してくれると思って居る。まったく違う。理智とは景勝のためにあるのだ!
・どんなに同族の過去の過ちや現に自分の内にある傲慢性を認めたとしてもそれは認めない。そこだ。然ういうところではないか。アンタ達のそれっていうのは。
・正直に言って好きではない。それどころか嫌いと言ってはアレではあるが嫌いであった。
・だがしかし。諸君と我々で唯一の共通して居る部分がある。
・それはなんてったって、地球人としての意識。どこぞの国の〇〇人としての誇りではなく、地球人であるという自負を持って居る。その点は同じではないか!
・さあそして、その理由や意味合いが丸で異なるのである。なんと残念な!惜しいことをした。あんた達とわかり合えるかも知れなかったのに。
・さあそして、確かに僕たちは地球人だ。我々もそのように考えては居る。
・つまりこれはどういうことだろう。
・これはつまり人類愛の博愛ではなく、人類はこの星のあらゆる自然の営みから育まれたとの再認識。然う、さっき言ったカクシンのことぞ!
・地球人とは地球に育まれた人間のこと。地球の自然に育まれたという意識を持とう。
・地球の自然に育まれたということは?それを再認識するということは?然うとも。自分達が〇〇という国でその環境の下に俗にいう〇〇国人として存在して居ることを再認識することでもある。
・これを我々のオコトワリの辞とさせていただく。ここに諸君が主張する愛国説を否定させてもらおう。
・我々は国を愛するのでなく、この世界を尊んでるのだ!
・この国の人間として存在するなら、その事実を尊んでその運命を全うする。
・何が愛国だ。
・ふざけるんじゃない。
・僕はアンタと同じくらい、愛国者が大っ嫌いなんだ!
・・・理智主義者・・・
・私たちからすれば、景勝主義は引き続いて右寄りであり続けて居る以外の何物でもない、単なる愛国思想にしか思えません。
・愛国主義の理智化、とでも謂いましょうか?あなた達の言ってることは徹頭徹尾どこをみても愛国的で右寄りですが、少しばかり周囲や今後のことへの配慮が見えます。
・進歩です。これは進歩ですよ。愛国思想の進歩的な第一歩。いや、これまでも右派たちなりに進化を続けてきたのかも知れませんから第一歩とは言わず、第二歩や大三歩とだけ申しておきましょうね。
・ケシスト達は矢鱈と私たちを気にかけて、気を配っていただいてくれます。その語気が勇ましく情熱的で、何かしらがきっと豊かなんだろうなという憶測を働かずには居られません。
・持てる者の、富める者の驕り。上からの博愛主義。成功して居たとは言えない自由主義の権威の残党、、、。
・然う。然うですね。私はここで、それを潔く認めたいと思います。
・これが嘗てのいわゆる自由主義者や自称平和主義者たちに足りなかったものかも知れないこと、あなた達こそそのように思われましょうね。然う。彼らと混同して頂いても構わないのですが、その間違いを自覚しても頂いて更に私たちが私たちであることを認識してください。然う。私たちは彼らとは違うのです。
・だからですね、皆さんに伝えたいわけですよ。これは私たちの特権ではなく、勝ち取ったものであるということ。
・私だけでみれば生れた時からの恵まれた環境のように見えますが、その何代も何代も前の世代の先祖たちや先駆者たちが歩んで来た道のりや努力の結果、私が今このように恵まれて居るのだと思うのです。
・誰にでも勝ち取れるものであるということ。自分が優位に立って居ることを知って居るからこそ、伝えたいんですね。それはすべてを、すべてを理解した上でですよね。
・私たちが私たちであること自体が示す通り、人々は皆すべてが賢明なわけでも皆すべてが愚かなわけでもありません。誰かが優れ誰かが然うではないからこそ、片一方の常識だけでは片づけられない現実があります。
・景勝思想者の自尊的方向性は恐らくどこまでも脹らんでゆくことでしょう。とにかく金を出せ。とにかく投資を惜しまないのだ。金など空から降ってくるのだ。そのようにおっしゃって居りますが、十年百年と続いてゆく社会の中で果して誰が然様な狂気を止められるのでしょうか?そもそもなぜ狂気と私は表現したのでしょうか。然うです。世の殆どの人々があなた達のようなほんの一部の煽動者たち程には賢明でも濃密でもないからなのです。
・あなた達からは見えないかも知れない世間の殆どの名も無い気まぐれ坊や達をどのように処理することを考えておくか。その点を全く考慮して居ないに等しいあなた達の口ぶりに振舞いに傾向を見るに、如何にもそれは一つ覚えの素人の真似事にしか思えません。
・例えばあなた達は人権といった言葉を毛嫌いし、もはや権利というそのもの全体の考えを否定しさえもして居ます。すべては只その時に生きる命として扱われるんだと。権利をどうだのと徒に主張してはならないと。もちろんその通りである部分もあると思いますが。
・それはいうなれば、散らかったオモチャを片付けておきなさいと言われたので片付けはしたものの適当に粗雑にオモチャ箱に突っ込み投げただけの幼い子供に過ぎないのです。
・もっとオモチャ箱から溢れないで効率よく仕舞える片付け方があることでしょう。もっとオモチャ一つ一つが傷つかないようにする叮嚀な仕舞い方があることでしょう。一つ一つのオモチャを、一つ一つのオモチャとしてもっと気を配れる餘地があることでしょう。
・オモチャ箱に入ったと思えさえすればそれで良いのですか。
・国という枠組みをハッキリさせるのにも関らず、その中に含まれその国を構成する国民ひとりひとりには輪郭を持たせないのですか。
・それ故、私たちには愛国主義と何も違うようには見えません。同じです。自己満足です。世界がきっと不幸になります。
・・・人命主義者・・・
・人の命は救いとうございます。
・でも人の心は平等によってではなく、自分が救われて報われることによって満たされましょうとも。
・それを認めませんか。
・それを認めるからこそ、だからこそ救いたい。
・平等のためではなく、命のために。
・社会ではなく、命のために。
・ひとりひとりには寄り添えません。ですが命は救えますから。
・社会をすべては変えられなくても、地道に命は救えますから。
・理智の人達はなんか、嫌いです。
・人に優しく、っていう体をとってる方がまだマシというか、人に優しくというより正義を押し通さないといけないみたいな感じで居ますから。
・人への優しさとか正義なんて、気分によって日によって違うのですから。今日はギリギリ話ができるくらいの関係だったとしても明日にはどうかわかりませんよ。
・でも景勝主義者たちも何か違う。
・一応は私たちも地球人としての自負はありますけど。
・それに基いての、自分の属する国や文化圏への帰属意識もありますけど。
・ただそこで打ち出されるのが景勝的な何だか直接的な方向性だっていうのが何か、芸がないなと思いまして。
・その国の価値や存在を守ろう守ろうとするんじゃなくて。
・国民ひとりひとりの命を人生をひたすらに守り抜くこと。
・それがまわりまわって結果的にその国がその国であるという価値や文化を守り抜くことに繋がるんじゃないか?斯う考えるわけです。
・愛国者さん達ですよね?然ういうとこでは理智の人達とまた通ずるところでした。だからそれも嫌なんです。それ自体が嫌なのかケシストとリチストの方々のどちらかが嫌なのか、もうどれなのかも分からない。
・とは言いつつも、理智の方々のその、人の命を守りたいのか価値を守りたいのか、一体なにを守りたいのか分からないところが垣間見えたり各都度に思い出されたりしたときには。
・景勝の方々と団結できる気もしてしまうというか、もはや然うなんです。自分達は命とかを守りたいのであって、法律的美学を守りたいのではないということですとも。
・そのときには理智の人達と対立してるかのような構図になることになりますよ。
・どうですかね。私たちはね、どちらとも敵でもないし味方でもないんですけども、どちらとも近くしもなれるし疎遠になることもできる。
・もしかして世の大半の良い意味でも悪い意味でもどっちつかずだったり微妙な立ち位置の人々はみんな人命主義者的な立場を取る方がいい。
・より多くの皆さまの、より素晴らしい受け皿といったところなんじゃないんですかね。
・知りませんけどね。ただ恐らく最も私たちの理に適って居て、快適な過ごし処だと思いますところなんですけどね。
三汎主義(景勝・理智・人命)の書き下し文