2025年の衝撃と出会い
今年はこれまでの人生にないくらい芸術に触れ、心揺さぶられた1年だった。どれも素晴らしい時間だったが、その中でもとりわけ思い出深かった衝撃と出会いを振り返る。
毎年、国内外を問わず第一線で活躍を続ける トップダンサーたちによる、カンパニーの垣根を超えた夢の共演の舞台である。
毎年テレビでは観ていたが、実際に舞台を目にするのは初めてであった。NHKホールへ出掛けたのも初めてであったし、番組の公開生放送(BS4K)に参加したのも初めてという、初めて尽くしであった。
当初、私はこの舞台を観に行く予定ではなかった。2024年11月だっただろうか。英国・ロイヤルバレエ団のプリンシパル・平野亮一さんが、「ロメオとジュリエット」で出演することが急遽、彼のインスタグラムで告知された。それを知った私は、亮一さんの踊りが見たくて急いでチケットを購入したのだった。
初めて目にした亮一さんの踊りは素晴らしかった。その彫りの深い端正な顔立ちと恵まれたスタイル、佇まいや演技は日本人の男性バレエダンサーの中で、私が最も好きなダンサーであるし、それはずっと変わることはないのだと実感した。
平野亮一さんの出演により、私はもう一人、とんでもなく素晴らしいダンサーの存在を知ることとなった。佐久間奈緒さんである。佐久間さんは元英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団のプリンシパルで、現在は日本に拠点を移し後輩を育成する傍ら、あちこちのバレエ団や催事に招かれて踊っている。
この日踊ったのは、アシュトン振付による「イザドラ・ダンカン風ブラームスの5つのワルツ」である。イザドラ・ダンカンとブラームスは知っていたが、ブラームスの5つのワルツとそれを踊るダンサーである佐久間さんのことを私は全く知らず、幕が上がると何とはなしに見始めたのだが、佐久間さんの作り出したその舞台に酷く衝撃を受けた。
人が生まれてから死ぬまでの春夏秋冬を、ブラームスの5つのワルツにあわせて踊りで見せる作品だったが、それだけに踊り手の内面にある喜怒哀楽が滲み出なければ、どれだけしっかり踊れていたとしても、上っ面だけで説得力に欠けてしまう難しい作品である。
出演者の中でもたった一人で舞台に立ち、相当のプレッシャーもあったと思うが、佐久間さんは確かな踊りと解釈を以て踊り切り、この日初めてのブラボーが会場に響いた。にも関わらず、佐久間さんがこれを踊ったのは今回が初めてというのだから、その実力と感性、踊りのセンスは相当である。
この日から、私の頭の中で「ブラームスの5つのワルツ」が思い出したように鳴り響き、この曲が頭に流れ出すと、あの日の佐久間さんと彼女が踊ったイザドラ・ダンカンを思い出すのだった。
そんな思いがけない衝撃と嬉しい出会いがあった「NHKバレエの饗宴 2025」から約半年後、再び訪れる夢のひと時をこの時の私はまだ知る由もなかった。
7月27日、酷く暑い日だった。佐久間さんの出演する舞台、「エスペール・バレエ・ガラ」を観に宇都宮へ出掛けた。彼女の夫君である厚地康雄さんが、宇都宮市の「第16回 宇都宮エスペール賞」を受賞、それを記念した晴れの舞台であった。厚地さん自身の呼びかけにより、世界で活躍する仲間たちが彼のために集結した。その中には、英国ロイヤル・バレエ団で活躍する平野亮一さんも出演。佐久間さんと組んで、マクミラン振付、ショスタコーヴィチのコンチェルトより「第2楽章」を踊った。
この作品は、ずいぶん前に二人で踊ることになっていたらしいのだが、諸事情により実現できないままだったという。この日、やっと長年の共演を実現させたというわけである。
終演後、亮一さんと佐久間さんにお会いすることが出来た。亮一さんは想定外だったので、申し上げたいことの一つや二つしかお伝え出来なかったが、それでも2年ぶりに再びお会いすることが出来たことは幸運だった。
佐久間さんにお会い出来たのは、まさにイザドラ・ダンカンとの対面とでも言おうか。あの日、私が受けた衝撃がどれほどのものだったか、あの日の観客を代表して、ご本人に会う機会があったらきちんとお伝えしたいとずっと思っていた。当日踊ったプログラム、ショスタコーヴィチの感想もそこそこに半年前の衝撃を、私の持てる言葉、思いつく言葉を駆使して伝えた。その時の模様は「夢のひと時・佐久間奈緒さんのこと」に詳しい。
私の知る限りでは佐久間さんは10月にさがみ湖で「白鳥の湖」、12月に金沢で「ロメオとジュリエット」、大阪で「くるみ割り人形」と3作品を踊っている。どれも観たいプログラムだったが、遠方ということもあり涙を飲んで見送ったが、来年は3月に「都民音楽フェスティバル」で自身初めてのプログラムとなる、「ラ・エスメラルダ」を踊るという。どんな踊りと解釈で観客を魅了するのか、今から楽しみである。
2025年の衝撃と出会い
2025年12月26日 書き下ろし
2025年12月31日 「note」掲載