映画『消滅世界』レビュー
①相当程度のネタバレを含みます。事前情報なしに観たい方はご注意下さい。
「この世の中に洗脳されていない脳味噌なんてあるの?」という主人公の台詞を耳にした時、鳥肌が立ちました。社会の中で育てられる人間は純粋培養で育つのでは決してなく、周囲の大人たちから社会の規範あるいは慣習に沿う生き方を教育され、その背景にある価値観を元に把握した世界観に閉じ込められる事実を「洗脳」というパワーワードを用いて端的に指摘していたからです。余りにも鋭い視点から物語が描かれているのに驚きました。
社会の変化という点についても『消滅世界』はその語り口を和らげません。観念的な存在である「社会」は、観念的であるが故に極めて合理的な理由に基づいてラディカルな変化をいとも容易く成し遂げてしまう真実を淡々と指摘します。
例えば劇中に現れる《エデン》は超少子化時代に入った日本で出生率を確保するために女性はもちろん、男性も人口子宮を体内に入れる手術を受け、人工授精で妊娠、出産することが義務付けられる実験都市。居住者全員が「お母さん」となって《子供ちゃん》たちを育てます。そこでは都市全体が家族の役割を果たすために、夫婦を起点とした最小単位の家族像が不要とされ、誰が産んだ子供でも自分(たち)の子として愛情を注ぐのが普通となります。血の繋がりなんて誰も気にしません。これを親子と呼べるのかと思わず抱いてしまう疑問は、けれどあくまでも今の私たちが生きる社会の感覚に基づくものでしかなく、ただの偏見として片付けられる現実的な未来がスクリーンの向こう側に生まれていました。エデンの在り方が機能的で、かつ現実的にも有効だと頭で理解できる分だけ社会に振り回される人間の「正常」がとことん信じられなくなるのです。
本作がさらに容赦ないのは、私たち観客と同じように、登場人物にも「正常」な感覚の狂いを徹底して経験させるところにあります。
まず『消滅世界』では三つの価値観が層を成しています。
一つ目は主人公、あまねの母親の価値観。夫婦が愛し合うのは当たり前。子供は夫婦が性交して産むべきとする彼女のそれは現行の社会一般の理解を得やすいものです。
二つ目の価値観はあまね達の世代のもの。人工授精が社会全般に受け入れられ、夫婦関係は産まれてきた子供を育てる協力者として理性的な関係の元で助け合うことを主とする。恋愛は家庭の外で自由にすればいいし、しなくてもいい。その対象も生身の人間に限られません。二次元だろうが何次元だろうが関係なく恋することができる。ゆえに性交もしたい人ができる形ですればいいという感覚を持っています。
三つ目は上記したエデンのものです。かかる楽園で性欲はクリーンに処理されます。もとより、恋だのなんだのといったやり取りが人々の間で行われる余地はありません。
あまねはAIが理想の相手を選別してくれるマッチングアプリを使って朔という人物と結婚するのですが、お互いに家庭の外で作った恋人と上手くいかなくなり、心身ともに打ちのめされ、全ての事柄から自由になろうと実験都市エデンに行くことを決めます。予定していた子供もエデンで産む。エデンではランダムに精子と卵子が選ばれるのでお互いの精子と卵子で体外受精できるよう手配をし、エデンの決まりに背くことになっても自分たちの子供は自分たちで育てようと相談していました。
しかし朔はあまねの知らない内に価値観を激変させ、男性として初めて出産に成功した後は子供をあっさりとセンターに預けます。
そのことに強いショックを覚えたあまねは朔と同世代なのに変われないままでいる自分に大きな違和感を覚えます。「あなたは私たちが愛し合った末に産まれた子供だ」と幼少期から投げ掛けられてきた母親の呪いが目の前にフラッシュバックする。
ふらふらになって向かった管理センターであまねは職員に懇願して誰かの(ひょっとしたら朔と私の)赤ん坊を抱かせてもらう。そこで芽生えた感覚があまねの運命を決定付けます。それは母親に植え付けられたもののようでいて、決定的に異なる愛の亜種。鮮やかな血の色に似た倫理。拘り。
子供を産み続けることに特化した場所はその機能全体が母体と化します。そこで生まれる繋がりの何もかもが母と子の仲を語る術(すべ)になる。
「私たちは一つだったんだよ」
《子供ちゃん》の一人にそう語りかけるあまねの選択は楽園を追放されたアダムとイブの繰り返しなどではありません。社会を救う楽園をたった一人で飲み込もうとする、冒涜と裏腹な創造です。あまねは母の呪いを正しく昇華し、自分の支える「正常」な感覚に身を投じました。観客の一人として価値観が振り回されっぱなしだったところで目撃するその最後は設定上のSFも、社会学的な知性も吹き飛ばす神話の領域。蒔田彩珠さんの顔を借りた地母神の降臨にひたすら怯えました。
作り手として禁忌(タブー)しされそうな領域まで理路整然と踏み込み、刈り込んだその場所に現れる悍ましくも美しい結論を叩きつけるのが村田沙耶香の小説世界。それをここまで見事に映像化するのは余りに素晴らしい映画の仕事。原作の力を信じていないとできない達成度に感銘を覚えるばかりでした。むちゃくちゃ面白かったです、『消滅世界』。
公開から結構時間が経っていましたが、観れなくなる前に!と急いで劇場に駆け込んで大正解でした。シネマカリテさん、本当にありがとうございます。今年を〆るものとして最高の体験になりました。ミニシアター文化が大好きな一人として、これからもありとあらゆる劇場に足を向けたいと思います。
映画『消滅世界』レビュー