予期せぬ出来事 30
10月
二階の窓を開けて、机に向かっていると、風と一緒に近くの小学校から子供たちの声が聞こえてきた。
運動会の〝練習〟をやっているのだ。
そして……思い出すことがある。
その①
男子が左、女子が右に肩を並べる。
男子が女子の肩へ、後ろから右の手を回す。
女子は肘を曲げ、男子の回された手を下から添えるように握る。
お互いの左手は、二人の前で触れ合っている。
やがて、音楽が始まる。
*
フォークダンスは、男子が女子の手を、女子が男子の手を公の場で堂々と握る、本当は強く握りしめたい、ことが出来る一大イベントなのである。
しかも、本番以上にわくわくして楽しいのが練習だ。
運動会が近付くにつれ、次第に練習時間も増えてくる。
そして、クラス単位から学年での合同練習となるのだ。
9月×日の午後の授業は、学年全体で予行練習の日。
さまざまな競技の演習をしたあと、最後はいつもフォークダンスの練習になる。
フォークダンスも重要だが、この学年練習に小躍りする男女もいるはずだ。
だって、ホニャララクラスの誰々さんや誰々くんをずっと見てられるんだよ!
ましてやフォークダンスの練習に突入したら、誰々さんや誰々くんの手に触れながら、(ああ)わずか十数秒の時間でも一緒に逢瀬を重ねることが出来るのである。
しかも、フォークダンスなんて、そんなに難しいものではない。
数回練習すれば、すぐに覚えられる。
だけれどもそれを、何度も何度も練習するんだ。
「えー、まだやるのォ~」
みんなぶつくさ言いながら、きっとこれは、先生たちの仏様のようなお心遣だと感謝していに違いないんだ。
実際ボクはそうだった。
でも、外見はみんな、ボクもそうだが、女子には興味ない……って顔をしているんだ。
逆に女子もそうだと思う。
……?と思いたい。
*
オクラホマミキサーが、チャラララララン、とグラウンドに設置してあるスピーカーから流れ、練習が始まる。
気になる相手、気持ちを寄せる異性が、少しずつ近付いて来る。
誰もが、そんな気持ちを持っている!に違いない。
でもみんな、男女ともども澄ました顔をしてるじゃないか。
内心、ドキドキワクワクしているくせに、素直じゃないんだ。
そして、一回目の練習が終了する。
その瞬間、男女の手は光の速度で離れ、気付かれないように左右に広がって、お互いの距離を作る。
そりゃ、ずっと握り合っている男女はいないわな。
ある男子は思う。
あと二人、あと二人だったのに、音楽が終わってしまった。
気になる女子が、すぐそこまで来ていたのに……
何なんだよォ~、と心の中で叫びながら、外見は平静を装う。
みんなと同じように「フォークダンスなんか」って顔をして、カッコつけて空を見上げているんだ。
*
練習の途中の休憩時間だって、ワイワイと友達連中で雑談しながら
何処で休憩しているのかな……と気になるあの娘を探して辺りを見回す。
こんな時、男子連中は好きな女子の話をしない……ボクの時代はそうだった。
マンガやテレビの、幼稚な雑談だけだ。
でも、それぞれの男子の心の中は……
チャンスだチャンス、次の休憩時間になったら思い切って
「ボクとお友だちになってください」って言うんだ!
気になるあの女子。
今までクラスが一緒になったことが無くて、一度も話したことも無いのに、気になってしょうがない娘なのだ。
どうする、どうする?
友達が喋っている昨日のテレビのことなんか、全然頭に入ってこないのである。
練習が終わり、最後の休憩時間となる。
彼はわざと、友だち連中を避け一人になった。
言うんだ。
行け、行くんだ。
ただ、友だちになってくださいって言えば良いんだ!
自分を叱咤し、意を決して彼は動いた。
鉄棒のところに目的の彼女がいる。
三人でお喋りしている。
その一人が、近づいて来る彼に目を止めた。
ねぇ……と二人に目配せする。
別にバトルをするわけではないが、三人は身構えた。
そして、彼は目的の女子の前まで来た。
二人の女子は口に手を当てて、どこか驚いた表情をしているが、それは多分演技だ。
二人は、後ろに下がって距離を取る。
彼女はうつむいたまま、前で組んだ自分の手を見つめている。
「あの~」と彼。
ほとんど聞こえない、と言っていい声だった。
彼はこれでも、精一杯の声を出しているつもりなのだ。
「はい」
彼女も返事はしてくれたが、その返事も小さかった。
…………
沈黙が続く。
その時、拡声器から休憩時間終了のアナウンスが流れた。
彼は三人に背を向けると、集合場所まで一目散に走って行ってしまった。
そして再び、フォークダンスの練習が始まった。
もうやめてくれ、と思うくらい何度も練習をさせられた。
彼女とも、手をふれあった。
彼は何も言えなかった。
*
女子はどうだ?
「今日の○男くん、カッコ良いね。あのリレー練習のとき三人も抜いちゃったんだよ」
一緒に話をしている女子が囁く。
囁かれたその女子は、たむろっている男子集団をチラ見して、耳を少し赤くする。
「ねえ、今日がチャンスだよ!」
「今日、言わなきゃ」
「そうだよ」
回りの女子たちがはやし立てる。
「え、でも……」
「もう、こんなチャンス無いよ。合同練習も今日で最後なんだよ」
「そうだよ、これが告白出来る最後のチャンスだよ」
別の女子が茶々を入れる。
すると
「そうだいいこと思い付いた」とある女子。
「え、なになに?」
ほかの女子たちが、顔をキラキラさせた。
「次は応援の練習で、最後がフォークダンスだよね」
「うん、うん」
頷く女子たち。
「♡子ちゃんが言えないなら、わたしが言ったげるよ」
「え、何を?」
「一緒に踊る機会があったら、今日の放課後。何処何処に来てって、♡子が待ってるからって……」
「それいい! いい考えじゃない」
他の女子も賛同する。
自分のことじゃなければ、何でも良いんだ。
「え、やめて。お願いだからやめて」
その女子は、照れて半分泣き顔になる。
「大丈夫だってば、○男くんだって♡子ちゃんのことまんざらでもないと思ってるよ」
「そうだよ、ほら○男くんこっち見てるよ」
からかう女子。
「ほんとに?」
彼女も意中の○男くんがいる男子グループを横目で見ると、○男はポケットに両手を入れて別の男子と一緒に笑っていた。
お友達になりたいなぁ……
彼女は、○男くんと友達になったその後の二人の展開を想像していた。
続く……
もう書けません!
その②
学年練習の日の放課後、ボクは友人のHO君に、プールの横にある中門のところで呼び止められた。
HO君は、ある女子に告白したいのだが、どうすれば良いのだろう……という相談をボクに持ち掛けてきたのだ。
「え、誰、誰なの。誰のことが好きなの」
「…………」
HO君は、なかなか口を割ろうとしかった。
ボクはしつこく食い下がった。
そしてHO君は、ようやくその女子の名を口にした。
「ΔΔさん……」
「え! え? ΔΔさん」
彼女なら知ってる。
彼女とボクは、幼稚園のころからの幼なじみだ。
「どうしたら良いんだろう?」
「どうしたらって言われても、HO君もΔΔさんのことなら良く知ってるし、ΔΔさんもHO君のことを知ってるじゃないか、今さらどうしたいの?」
「気持ちを伝えたいんだ」
「好きってこと……」
「いやそうじゃなくて、ちゃんとした友達になりたいんだ」
ちゃんとした友達?
この辺が、若かりしころの男女関係の理解に苦しむ微妙なところだ。
ボクはすでに、二人は友達同士だと思っていた。
その上ちゃんとした友達って……あの年代の少年少女でなければ、絶対に理解出来ない心と気持ちなのだろう。
その後も、HO君とボクは、あ~でもないこ~でもないと話を続けていた。
そしてその時、まったくの偶然にも、ΔΔさんがお家に帰るために、ボクらの前を通り過ぎたのである。
カチンコチンに固まってしまったHO君とボクは、遠ざかるΔΔさんの背中をジッと見ている。
すると突然
「行ってくる!」
意を決したHO君は、ΔΔさんを走って追いかけて行ったのである。
遠くで、ΔΔさんが驚いて、振り返っのが見えた。
本当はそんなに遠くはなかったのかも知れないが、そのときのボクには、すごく遠かったのである。
それから二人は話を始めた。
やがて……じゃなく
やっと、HO君が帰って来た。
走って帰ってくるHO君は満面の笑みを浮かべていた。
*
勝者となる者もいれば、敗者となる者もいる。
それはまるで運動会の競技のようだ。
ちなみに、フォークダンスの彼はボクのことです。
でももう、彼女の名前すら覚えていないのです。
庭の金木犀が、金色ともいえる鮮やかなオレンジ色の花を咲かせている……
おしまい
予期せぬ出来事 30
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