頽廃詩集
ブラックバード
私の魂の病める華奢な枝先に
翼をもった、愛らしい”希望”が留まりました──
まっくろに澄み、めざめるような小鳥です、
なべてを抱き虚空を照らす、またと顕れぬ小鳥です。
その子、淋しげな短調で歌います、
銀と群青の夜空に満ち満ちるような、いいえ、
夜空のそれと おんなじ淋しさを歌うのです、
時々 それ背負うがように、星々蒼く照りかえすのです。
交じることをやめた その色彩は、
歌えば歌うほどに 黒は清み、一切を抛らんとし、
ただ 無き処へ飛び翔っては、幾度も墜落するのです。
ひとはそれを”絶望”の色だといいます──
されど嘗ての地獄で視かけた かの小鳥、
私には希望と映った──”犬死”と名づけられたそれをです。
噛み煙草
幾たびも、苦みと苦痛を噛み潰し、
頭をクラクラとさすいたみに酔うがように
私は片恋の現実を 歯で砕く、押し潰す、
吐きだした浮遊する煙は ふしぎにしんとしている。
かのひとのイマージュはとおくで耀いている、
ましろい霞で ほうっと姿が浮んで消え、星と散り、
はや逢うことなきひと、オレンジの香気のみが漂ってくる、
幻 私の切情と綾織り棚引いて、刹那の空に、久遠を一瞬間照らす。
転調──私は悲哀の騎兵隊に衝き動かされました、
不穏な 渦巻く、黒いサイケデリックな宗教音楽がいたします、
めくるめく淋しさの空白に わが身音なく突き落されたのです…
されば私は、片恋という生涯の呪い、
不在の現実を 理想の不在を、慈しみながら噛み砕く、
私は淋しさに死にたい想いをするから──そいつを生の意味にした。
アネモネとネモフィラ
校庭の豪奢なる薔薇園──
はや 蒼褪めた死の渦に額縁され、
ゆらりと少年愛の俄雨、
大理石の縁に果敢なき調を打つ。
木の陰より来るはかの絵画のモティーフ
真白のアネモネ、
どぎつくも鮮明な花々重みに毀れるも、
他人行儀に背を反らす。
陶然にきらめく頬をつたうは硬き涙──
それ冬の陽はましろく澄ませた、
冷たさと硬さ それ等はかれには揺籠だ。
死はそれの引き絞られた極点で、
アネモネには生誕ばかりが不可解に熱く、
柔らかくて不潔だ。
双の頬をきゃしゃな掌で蔽う
さながらに獲得拒み我のみ愛する手。
たしかにかれが美貌、
それこそ冷然と硬質に構築されるよう。
頬は内奥へ熱籠る淋しさを沈み込ませ
しろき石膏の質感をさらし、
刃ですと裂いたが如き優美な目鼻立ち
ミニマルな線に洗練される。
流麗な珠を埋めたような眼に
虚空を照らす暗みを帯びる うるわしき月の眸。
終盤で舞台に出るはモティーフの片割、
かれが恋人・自殺扶助者、
罪悪を負うという甘美なる貴族趣味に浮立つ
蒼い頬のネモフィラがかたわらに添う。
ネモフィラの少年が唇に挟むのは、
無辜を詐称させる かの真白の錠剤──
かれの冷然硬質なる唇へ
アネモネの亦銀製のそれが いとおしげに啄んだ。
*
死の翳渦巻き絵画の硬さ水音に融け…
かれ等蒼き頬落葉する 恰も灰色の石張に鏤められて。
バッハよ 不在よ
バッハよ、そのオルガンを弾く指をとめておくれ、
あなたのオルガン音楽はいつもわたしを狼狽えさせる、
光と打ちわたしという肉を神経で包含し一つの神経と剥く、
バッハよ あなたの音楽はわたしをまるで跪かせるのだ。
バッハよ、そのオルガンを弾く指をとめておくれ、
あなたはわたしからわたしを投げだそうともするようだ、
あなたはわたしからわたしを薙げるように刈るようだ、
手折られる花と摘む如く剥ぐばかりか、静謐に凪ぐわが身がそれなんだ。
バッハよ、そのオルガンを弾く指をとめておくれ、
嗚 バッハよ、そのましろく叩く不在と満ちみちる、
オルガン弾く指の天揺れる不在というすべてをやめておくれ、
バッハよ、そのオルガンを弾く指をとめておくれ、
亡きひとの音楽ははや亡きけれど、黎明と在りそれ不在、
あなたはわたしを旋律聴く魂という不在と化し、果して結ぶつもりか?
重ねられた掌
淋しさに爛れ、神経の剥き出しになった僕の掌に、
おなじ淋しい香気を曳く掌の幻影 歌と重ねられたことありました
僕の淋しさ いきれを毀すようにほうっと慰みに散り、
大切にしたい淋しさは淡くなり、内へ沈んで往くのでありました
身を折るような不連続のいたみは、不連続の連続に慰みをえます、
とおくへ抛られ硬質に照る星々は 掌に降る淋しさの不連続の耀きです
嘗て 銀の群青の星空から 一条清む孤独が注がれたように、
あなたの詩が僕の掌に重ねられました、憧れという名のそれでした
*
僕は死の際でやつれた掌を眺めると、あなたに生かされたそれ想い、
星から降りそそぐ銀の光を反映させるように、ちらちらと艶うごかすのです
繊維質の太陽
わたしは太陽という金の繊維質を、
いとおしき死者の髪へそうするように 梳く──
(わたしはそれが指へ絡むことを俟っていた)
けれどもそれは梳くほどに水のように透け、さらさらと消えた
さすれば月よ──
わたしはあなたという青銀の硝子城へと往かいます
されど月翳よ──
あなたのモノクロームの移ろいをしかわたしには知覚しえない
*
はや星々は──天蓋を伝い降りる銀燦爛蜘蛛に瞼を縫われた
太陽は みしらぬ恋人に何時までも非実在を愛撫されている
病室のカーテン
病室のカーテンは
しらじらとそっけない光をなげだしていて
愛してもいない男にからだをひらく
女のひとの裸体のようにきんと硬い反射をあげている
外から風が吹いて
ふっくらとましろい布が曲線を曳く
その表面に浮びすべり落ちる粉薬のような光を眺め
卑怯に擦り寄り毀れ落ちて往く わたしの肉体と宿命とを想う
私は義母を抱くようにカーテンに頬を縋る
貴女だけが 唯貴女だけが私のすべてを抱いてくれる
すべての私を不在の愛情で愛してくれる不在の私を すべてを
私の身はいま病室に不在である
すればわが心に一個の病室をカーテン一つで建築しよう
外から風が吹きふっくらと弓なりにしなる病室を 不在を
死の接吻
恋人よ、
小鳥が 甘美な果実をたいせつについばむ様に、
いつくしみながら、くちびるとくちびるをやわらかくはさみ、
境界線 みずおと立てて霧消し、果てへ連れこみあおうとし、
生と死の際に ただたゆたう──
死よ、
天より降るましろのゆびが 月翳うつろう如くそっと撫ぜ、
つめたき慈愛で、さみしさを反映する銀のひたいにふれ、
孤独にこごる魂の関節 くんずほぐれつ きのみ きのまま、
おもたき瞼 ましろき果てを蔽うそれと織りかなさって──
*
恋人よ──かの一刹那を永遠へ翳した消ゆる祈り わが追憶
死よ──無数の永遠を一刹那へ断絶させた祈り無き祈り わが義母
頽廃詩集