観念的魔法少女詩集
廃品になって初めて本当の空をうつせるのだねテレビは
──笹井宏之
魔法少女宣言
気付いて あなたのために、美しくあるわけじゃない、
築いて されどわたしのために、美しくあってはいけないの、
わたしたちの深奥に睡る 真白のアネモネの花畑、
わたし あなたの「あなた」みたいな美がほしいのです。
「わたし」のために、わたしを美しく構築するの、
銀と宝玉の鱗は倫理の装飾 肉に食い入る剥がれぬ仮面、
二十歳 武装様式は地雷系、いつや爆発いたします
二十歳 「あなた」への恋と革命のため、魔法少女へわたしを剥がす。
どうして?
つい先刻 まるで天空から墜落してきたかのようなまっさらな眸で、
貴女は世界を眺める、訝しげに 怖ろしげに。華奢なドレスを握りしめ。
それを無辜の美というのはたやすい──貴女はそうは云わないけれど。
それを穢れなき少女の善というのはたやすい──貴女はそうも云わないけれど。
されば貴女よ けっして眼をとぢるな。闘え。脆く柔かい領域で。勇猛に。
その清む眸で現実を一途に感受せよ、貴女の信じる愛を愛せ。
「どうして? ねえ、どうして?」
この無辜より昇る問いこそが歌──いわく、魔法少女の呪文である。
*
戦闘、同意──シモーヌは次のように教えてくれました、
貴女の闘いたい闘いを闘い 貴女の愛するうごきで愛せ。
魔法少女の恋と献身
契約、完了。あなたは、きょうから魔法少女。
街のひとびととわが信念に献身し、躰を瑕だらけにさせても戦いつづける、真白のアネモネさながらに可憐な魔法戦士として、厳密な審査の結果、あなたが撰びとられたのです。
診断基準? それはあなたに睡る少女性。魂の純潔を守護しようとする水晶の拒絶、純粋なる愛への憧れ、そして、まるで愛するように戦う態度へ踏みこむ勇気であります。年齢、性別、そんなの、とるにたらないのです。
*
メタモルフォーゼ。
そんな呪文を唱えると、きらきらとしたピアノ曲が空から降って、ほのかに陰影をうつろわせる白いヴェールにあなたは蔽われ、浮かんだままにくるくるとまわる。ヴェールに秘められ衣服はさっとかき消えて、みるみるうちにピンクとブラックでデザインされた、愛らしくガーリーなコスチュームに身をまとわせて、ふだん「もう子供じゃないんだから」と、あなたの趣味ではあるのだけれど外でつけることをはばかってしまう真紅のリボン、それが、黒髪にほうっと花咲くようにあらわれる。
そしてラストはどこからか飛んできた魔法のステッキ、なにかに憑かれたようにそれを手にとると、まるで朝顔が咲くように、白い光りのなかで、ふわりとスカートがひろがって、あなたは地上に降りたった。
「魔法少女になったら、」
とぼくがいいはじめる。
「願いごとがひとつ叶うんでしょう。あなたはなにを願ったの」
「わたしはね、」とあなたは、いまにもくずれ落ちてしまいそうな笑顔でこたえた。
「たとえ人間に純粋な献身の感情がなかったとしても、愛の美しさを信じていたいの。」
こたえになっていない、されど、あなたの人生の文脈が、きっとあるのだ。
あなたはいま戦っている、まるで愛するようなうごきをして。
きんと突きはなす硝子のような敵へ、撥ねかえすうごきを撥ねかえすように魔法攻撃、ときに物理攻撃、聖なる光りが破れ散る、踊るように無数の光りが曳き散らされて、あなたはついに撥ねとばされる。美しい敵。硬く冷たい、硝子盤のような敵。それは、あなたのセカイでもある。
すべてそれでいいあなたを愛している。
そう呪文を唱え、不可能であるのにそれを抱きすくめようとする。すれば硝子の敵は燃えて往く。放たれた、虚無なる焔。されどそのうえでだって、あなたはあなたの善を構築することができる。反抗をすることができる。
あなたは、あなたの少女を、まだ、裏切ることができないのだ。それが、魔法少女になる条件。
魔法少女とは、世界にふくまれていないという、青春の孤独のことである。
*
戦闘、完了。明日もまた、あなたには、あなたの戦いがある。
あなたの姿はベッドにあり、そして睡ろうとしている。きみ、うとうとと、こんなことをぼくに話してくれた。
「わたしの正体、魔法少女。恋人達の幸福を守護する愛の番人、恋と革命のために闘う魔法戦士、けれどもわたし、かなしい片想いにしがみつく、一人の女でもあるのです。
わたしは睡る、水晶さながら。あなた、知ってはいなくって? わたし、まだみぬ王子様にキスをされると、まるで月のように青く燦くの」
概念的魔法少女
魔法少女とは人性の根源より昇り、
魔法少女とは人工の装飾に宿る、
睡る水晶の魂の一途な迸りに出発し、
魔法少女衣装としてのdandyismにわが身を縛る、
貴女の胸元には宝玉のペンダントが燦り、
それ人工世界の果てとおなじ色、貴女の往き着く領域、
すなわち 貴女の「あなた」とおなじ色、
淋しく彗星と後方へ曳く御歌をうたい、後ずさるように昇るのです。
少女王国
わたしはわたしを、一つの王国へ構築するのだ、
君臨せし女王は幻の城 赫う幻の絶対的な銀製城郭の翳。
少女衣装はわが国土、魅惑のガーリーな人工世界、美しく刈れ、
少女化粧はわが国家、eye shadowとrougeは内面戦争のため強めに武装、
少女法律はわが美と善、すべては月光が教えてくれたの、
美をみすえ、善くうごき、愛らしく闘い、脆くよわいままつよさへ奔る。
すべてを受けとめ、わたしの真善美の他すべてを内へ受け容れぬ、
半鎖国──あなたにはあなたの文脈がある、すべてそれでいいのです。
わたし 自分に正直に、他者に献身したいのです、
わたしとほかの人間たちの、淋しい共通項がこれなのです。
*
墜落した水滴に 朝陽が照りかえして美しいのは、
わたしたちが殉教を美しいと想って了う、淋しく危い共通項でしょうか。
魔法少女の警句集
知性とは、勇気に出発させ、道徳と義務が軌道を操縦し、優しさに漂着すべきだ。
*
魔法少女の革命とは、勇気に出発して現実に飛びこみ、優しい注意力によって道徳と義務に照合させながら軌道を修正させ、感情をできるだけ善いものに化学変化し、感情・行為・現象を一途な愛で透そうとし(不可能)、どこか彼方へ、優しく柔らかい葉群のような領域へ漂着すべきだ(要検討)
*
すなわちわたしは、人間を愛し信頼するため、人間が愛と信頼に値すると立証する為に、魔法少女へ墜落する。軽蔑してはいけない、唯「軽蔑」という心のうごきの他を。
*
魔法少女とは、語弊をおそれず端的に云えば、性善説を立証するために、わが身をある種の底辺へ突き落とし、それを大切にするからこそ人生を台無しにし、死の際で無明へ仕上げたわが身と天の光で綾織られる、或いは射しちがえるかもしれないという判断しえない説に生を賭けることであるかもしれない。
守護獣より
起きて 路地裏に睡る姫君 真紅の襤褸の魔法戦闘衣装を身に纏い、
一途に優しく墜落して了った、嘗ての無辜の王国の姫君の貴女よ、
無垢だと嗤われる貴女はむしろ 内より壮麗な魔法少女と再構築され、
さながら 高貴なる香気を光と音楽している、素敵だ。そこがいいよ。
扨て ぼくは貴女のため、特別な寝台を用意したよ、
みてごらん 虚無の冷然ないきれのそら涙な指に剥かれた、
かわいた硝子質の紅薔薇の ふっくらと神秘のたゆたう厩だ、
はや光と音楽に結ばれた姫君の魂なら、屹度此処で睡りえるであろう。
硬質な寝台に ぼくの宝物、そっと蠱惑めく香水を涙の如く落そう、
刹那 馥郁と霞み やわらかに拡がるは陰翳と真紅の暗みであろう、
此処──霧の架かる黎明の紅い天の投影、闘う貴女の幾夜を守護する神殿。
くるしみの幾夜をくるしみ抜いた しずかに炎ゆる貴女には、
一晩でいい どうか、此処で睡ってほしいのです──安息の夜が君にはない。
どうか、「赦された」という光に埋もれ睡っておくれ──詩人のぼくが歌うから。
観念的魔法少女詩集