05 想い人 ②
10
翌朝、火曜日、今日も雨。
「おはよう、ございます」
窓際の自分の席まで来ると、先に乙音が挨拶をしてきた。
ジンジが挨拶を返すと、乙音は手の甲で自分の頬を撫でて、舌を出して笑った。
「傘、ありがとう」
乙音は、昨日借りた傘を、両手にしっかりと握って差し出した。
傘はきちんと畳まれていた。
しかも貸した時よりも、きれいになっている。
「ちょっと、なおしてくる」
その言葉に乙音が慌てた。
「直す? ごめんなさい、傘、どこか、壊れて……」
どうしたらいいのか分らず、乙音はオロオロするばかりだ。
「あ、いや、ごめん、壊れてない。傘を片付けてくるだけだから……」
ジンジは慌てて謝った。
乙音はキョトンとしている。
「壊れてない、ですか?」
「壊れてないよ、なおすってのは宮崎弁で片付けるって意味だから――」
「片付ける? ほんとに?」
戸惑った目でジンジを見ている。
「ほんとだから、安心して」
ジンジは笑って返した。
すると乙音も、ようやく納得がいったようだ。
「分りました、じゃあ、傘、なおして」と笑う。
ジンジは肩から外した鞄を机の上に置き、傘だけ持って廊下に出た。
傘立てに傘を入れて教室に戻ると、乙音は彼の席の方を向いて椅子に横座りしていた。
乙音の背中が見える。
何かごそごそとやっている。
「何やってンの?」
後ろから乙音の背に声を掛ける。
乙音は、座ったまま上体を反らせて、彼を仰ぎ見た。
「ちょっと……」
そう言うと、また背を丸めた。
ジンジは自分の席に回り込んで、何をやっているのかと覗くと……、乙音は椅子の上に右足を乗せて、靴下を脱ごうとしていた。
……?
言葉が固まってしまった。
椅子の上に片方の足だけを乗せているせいで、スカートが太股の半分くらいまで捲れ上がっていたのである。
丸くなったジンジの目は、乙音の太股に接着剤のようにくっ付いていた。
「ジンジ!」
その時、強い声が彼の耳朶(じだ)を打った。
反射的に顔が上がった。
鞄を肩に掛けたままのカコがそこまで来ていた。
怖い顔をしている。
声に反応して、乙音も身体を捻る。
更に足が開いた。
「ジンジ、わたしを見て! わたしから目を離さないで!」
カコは急いでやって来ると、二人の間に割って入り、乙音の足を強引に下ろした。
「何してるの?」
強い口調で乙音に言う。
「靴下、脱いでた」
右足の先にはまだ靴下が引っ掛かっていた。
「靴下?」
「靴下、苦手、脱ぐ」
「苦手? 脱いでた?」とジンジ。
彼の頭の中は混乱していて、それだけ言うのがやっとだった。
「とにかく、椅子の上に足を乗せるなんて、そんなことしちゃ駄目だよ。女の子なんだから……」
この娘はどんな子なの? 前の学校ではどんなだったの?
「それに転校してきたばっかりで、注目もされてるんだからね」
「わたし、注目、ですか?」
注目されてるってなにも……注目され過ぎだよ。
「とにかく駄目、約束して、お願い」
乙音はキョトンとしている。
何故この行為が駄目なのかが分かっていない。
自覚のない乙音に、カコは言葉に窮してしまった。
「わかった、気をつける」
「約束だよ」
ほんとに大丈夫なのかな? と首を傾げるカコだった。
11
自習時間になった。
ジンジは気持ちを落ち着けようと、苦手な漢字の書き取りをすることにした。
国語の教科書を開いて、手当たり次第に目に付いた漢字をノートに書き写す。
でもどうしても、さっきの光景が目の前にチラ付いてしまう。
あくまでさりげなく、隣に目を向けると、乙音は家庭科の教科書を開いていた。
調理のページだった。
「美味しそう、食べたい」
辺りに聞こえるほどの独り言?を言いながらページを捲っている。
ジンジは(いかん、いかん)と頭を強く振った。
気持ちを切り替えようと、教科書を睨みつけるように顔を近付け、両手で頭を抱え込んだ。
「どうした、ですか?」
乙音の顔がすぐ横にあった。
「何でもない、何でもない」
ジンジは頭をシャンと上げ、顔を引き攣らせながら手を振った。
「頭、抱えてた、痛い、ですか?」
乙音は、彼のイガグリ頭に手を伸ばしてきた。
ジンジは慌てて身体を反らし、手が触れる寸前に逃げていた。
「何でもないから」
「そう、ですか……」
乙音は、宙に浮いた手を引っ込めて、また教科書に目を落とした。
そして直ぐに「おいしそう」と教科書に語りかけ始めた。
君はどういう娘なんだ……? と思いながら、背筋を伸ばしたままの格好で、何気ないふうを装いながら教室を見回した。
すると……誰かの視線を感じた。
視線の先に居たのは山中だった。
合ったと言うよりも、彼女が彼を見ていたのだ。
その瞬間、山中は目線を逸らして俯いていた。
ジンジは、ふたつの影が窓の外を見ていた昨日の放課後のことを思い出していた。
12
昼食の時間になった。
授業が終わり、先生が教室を出るのとほとんど同時に、ジンジも教室を出てトイレで用を済ませ、席に戻ってから教科書とノートを片付けた。
そして後ろの棚に置いてあった鞄から弁当箱を持って来て、机の上で広げた。
弁当は、ご飯用とおかず用に分かれている。
今日はお弁当を持ってきてるだろう……と見ると、乙音が身体を揺らしている。
「おべんと、おべんと、嬉しい、な」
乙音は鼻歌を唄いながら、机の上に置いた紙袋を覗いている。
そして取り出した中身は、メロンパンと魚肉ソーセージだった。
「それなの?」
思わず訊ねていた。
「ママ、頼んだ、これにした」
乙音は嬉しそうに、メロンパンのビニールを破った。
「いただきます」
メロンパンにかぶりつき、続けて牛乳を飲む。
それで良いなら、それで……とジンジも弁当を食べ始めた。
すると目の前に、魚肉ソーセージが差し出された。
「くれンの?」とジンジ。
乙音は、とんでもない、と首を振る。
「ちがう、むひて……」メロンパンのふたくち目を頬張りながら乙音が言う。
「剥くの? また?」
「うん、わらひ、これ、食へてる、だから……」
メロンパンで頬がいっぱいに膨らんでいる。
ジンジは苦笑いしながら、昨日と同じように魚肉ソーセージの金具部分を犬歯で噛み千切り、半分だけビニールを剥いて乙音に返した。
「ありがと」
乙音は、頬を膨らませた状態のまま、魚肉ソーセージを口に入れていた。
13
昼休み。
雨でグラウンドに出れないジンジは、昼寝を決め込む事にした。
乙音は、数人の男子に誘われ、教室の隅で談笑している。
隣で話をされたのなら騒がしいだろうが、これなら大丈夫だ。
ジンジは右手で頬杖を突き、左手は肘を畳んで机の上に投げ出した。
さぁ、と目をつむる、……でも眠れなかった。
当たり前である。
梅雨に入ってずっと降り続いている雨のせいで、昼休みは外に出れないし、部活も体育館で筋トレばかりの日々で、体力があり余っているのである。
散歩しよ、体育館にでも行ってくるか――。
ジンジは寝るのを諦めて立ち上がり、後方扉へ歩いた。
教室を出ようとしたら、逆に廊下の方から扉が開かれた。
カコ、ナオ、ユウコの三人が立っていた。
「何処行くの?」
カコは殻のお弁当箱を持っていた。
隣の208の教室でお昼をした後だった。
「散歩、体育館」
「暇なの?」
上目遣いでジンジを見る。
カコがジンジを見るときの癖だ。
「うん」
「後で……」
「後でいいの?」
「いいよ」
「10分」
ジンジは三人と別れて、体育館へ向かった。
「短か!」「ほんと!」ナオとユウコだった。
「通じてるんだからいいんじゃない」とカコ。
「それもそうだね」「だね……」
二人は顔を見合わせていた。
教室に戻ると、ジンジの席にカコが座っていた。
「ただいまー」
ジンジは、ひとつ前の空いているタニの席に横座りした。
「用があるんだろう?」
「うん」とカコ。
ジンジは、分かった始めて……と肩をすくめた。
「それじゃあ本題に入ります」
するとカコは、手に持っていたある物をジンジに渡した。
「今朝、写真部がくれたの」
それは、数枚の写真だった。
ジンジは、その写真を一枚一枚ゆっくりと捲った。
写真には、カコ、ナオ、ユウコ、タカコ、それに自分たちが写っていた。
……?
一度写真から目を離してカコを見る。
そしてまたすぐに、写真に目を落とした。
「分かった?」
「これって、入間兄妹を隠し撮りしたやつ?」
「そう」
ジンジは首を捻った。
どこかおかしい。
「二人の顔が写ってないでしょ」
「確かに写ってない。でも……、オレたちが写ってるからくれたんじゃないの?」
写真から顔を上げる。
「わたしもそうかな?……てお礼を言ったんだけど、そうじゃ無くて、他のも全部そんな感じで、二人の顔がはっきり写ってないんだって」
そしてジンジは三度、写真を確認した。
確かに二人の顔がはっきりと写っていない。
シャッターを押す瞬間、被写体が突然動いたようにブレていたり、顔の前に誰かの手が入って邪魔をしていたり、他の者の顔が被っていたり……。
特に理解出来なかったのは、ボールが顔の前に写り込んでいる一枚まであったのである。
「何だこれ?」
ボールは何処から飛んで来たのだろうか?
写真の背景を見た限りでは、教室の中で撮られた一枚だ。
昨日、今日と、教室でボール遊びなんかしてる奴はいなかった筈である。
「朝、直ぐに見せようと思ったんだけど、あんな事があったから……」とカコ。
乙音が靴下を脱ごうとしていたのを言っているのだ。
カコは今朝、廊下で写真部に呼び止められ、その写真を渡されて話をしていたのだそうだ。
それでいつもより遅れて教室に入ると、乙音が靴下を脱ごうとしていたのを目にしたというわけだ。
「ごめん」
謝ることないよ……とカコは笑顔だ。
ジンジは照れ笑いを隠すように、また写真に目を落とした。
するとカコが、覗き込むように顔を近付けてきた。
「不思議でしょう?」
前髪がジンジの前で揺れる。
ほのかに、シャンプーのいい香りがした。
ジンジは、何かの花の香りなんだろうと想像した。
「ど、ど、ど、どうして?」
「何、突然詰まってんの?」
「あ、ああ、不思議だ……」
ジンジは取り繕うように、写真をカコに突き出した。
「ジンジが持っててよ!」
カコはジンジの手を両手で押し戻した。
「カコが貰ったんだろ」
「でも……何だかちょっと」
困った顔をしていた。
「じゃあ貰っとく(カコが写ってるし……)」
「何か言った?」
「何でも無い」
ジンジは、写真の束を詰襟のポケットに大事に仕舞い込んだ。
昼休みが終わるころ、乙音が戻ってきた。
「なに、してる、ですか?」
男子たちとの雑談がよっぽど楽しかったのであろう。
乙音の声はウキウキとして跳ねるようだった。
「話をしてただけだよ」
「ふ~ん」
乙音は、何か言いたそうにしている。
「どうかしたの?」カコが訊く。
乙音は、少しだけ考えあぐね……
「カコさん、家入くん、仲いい、なぜ?」
言われた二人は、どちらともなく顔を見合わせしまった。
「そうかなぁ~。こんな男女って何処にでもいると思し、普通だと思うけど」とジンジは言った。
「それ、違う、わたし、二人、見てる、分かる」
「いやいや、今時の中学生の男女って、こんなもんだよ」
調子に乗ってジンジが言う。
するとカコが、あっ、と教室の後方扉へ顔を向けた。
乙音とジンジも釣られていた。
机が小さく揺れた。
それに乙音が反応していた。
「どうかした、ですか?」
「タニが帰って来た。それじゃあ席に戻るからね」とカコ。
谷花がこちらにやって来るところだった。
「ジンジの席温めておいたから」
カコがジンジの席を立つ。
立ちながら、カコはジンジの左手の甲に、さり気なく手を置いた。
「オレがタニの席を暖めておいたから」
ジンジはタニの席から腰を上げた。
「おお、サンキュー。でもどうせなら墨木に暖めておいて欲しかったンだけどな」
タニは直立不動の体制で、冗談っぽく礼を言った。
「男で悪かったね」
ジンジが口を尖らせる。
「オレって、女子に一度もそんな事して貰ったこと無いぞ」
今度はタニが口を尖らせた。
「今度、わたし、暖める」
乙音が笑った。
いやぁ~ありがとう、とタニはニヤけた。
「じゃあ行くね」とカコ。
カコの背中を追いながら、ジンジは左手の甲に自分の右手を重ねていた。
乙音とジンジが教室の後方扉に気を取られた時、カコに左手の甲を思いっきり抓(つね)られていたのだった。
14
放課後。
グラウンドが使えないサッカー部は、体育館や校舎の渡り廊下を使ってランニングと筋トレをしただけで、今日は少し早めの解散となってしまった。
そのため、いつも一緒に帰る仲間たちはまだ部活の最中だ。
それでジンジは仕方なく一人で帰ることにして、学校を出た。
目の前に落ちる雨粒が道に跳ねる様をぼんやりと眺めながら、一人ゆっくりと歩いた。
歩きながら何か考え事をしているのか、時々、首を傾げる仕草を見せている。
……と、二組の女子の脚が彼の視界の隅に入った。
女子は彼を抜き去ったかと思うと、そのまま前に滑り込んできた。
でもジンジには、追い越した二人が誰なのか興味は無かった。
それに邪魔になる距離でもなかったので、気にすることなく、二人の靴をぼんやりと眺めながらついて行った。
すると――、右側を歩く脚がくるりと反転し、そのまま後ろ向きに歩き始めた。
流石に変だということに気付き、傘を持ち上げた。
「何、浮かない顔してるの?」
カコだった。
そして彼女は、反転して彼の右に並んだ。
「お、おう」
ジンジは曖昧な返事をした。
「後ろから何度も声を掛けたんだよ」
もう一人はユウコで、カコの右側に並んだ。
「悪い、聞こえなかった。何でも無い。だた考え事をしてたんだ……」
妙に歯切れが悪い。
「そおぉ~? ほんとに何でもないの?」とカコは詰め寄った。
「ああ……」
ジンジの返事は煮え切らなかった。
何かに迷っているようだ、と二人には写った。
「話してみれば、言っちゃえばすっきりするかもよ」とユウコ。
半分は興味本意で、残りの半分は、そんな悩んだような沈んだ顔はジンジらしく無いと言っているのだ。
「そうだよ」
カコもそう思っている。
「考え事をしていただけだから……」
それはさっきも自分で言っていたことなのだが、彼自身が言ったという事をすっかり忘れてしまっている。
考えていることに、頭がいっぱいなのだろう。
カコとユウコも、その事をからかったりしなかった。
「じゃあ何を考えてたの?」
「言ってみなよ」
ジンジはどうしようか……と迷った。
すると突然、
「へぇ~、そうなんだ」とユウコが、傘を持った左手の拳を、右の手の平で叩いていた。
「まだ何(なん)にも言ってねぇし」と苦笑いするジンジ。
「話す気になったんじゃない?」
それはユウコなりの決断のさせ方だったようだ。
ジンジは適わねぇなぁ~と意を決し「誰にも言うなよ」と二人に念を押した。
「昨日さぁ~」
なになに、とカコが身体を寄せてくる。
ジンジは慌てて反り返る。
昼休みの時と同じだった。
ジンジは気持ちを落ち着かせ、昨日の放課後に、教室で見かけた二人のことを話し始めた。
「知らなかったの?」
ユウコは目を丸くした。
「鈍い! ジンジ、鈍すぎるよ」
はぁ~あ、とカコは長い溜め息ついていた。
「二人とも、知ってンの?」
ジンジはあっけに取られていた。
「ほんとに知らなかったんだね」とユウコ。
「全然、知らなかった」口をあんぐりと開けるジンジ。
「なにそれ……」とカコ。
「そんなのみんな知ってるよ! 公然の秘密だよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ~」
カコはジンジの肩を、バン、バン、と二度も叩いた。
「そうかぁ~」
そうだったのか……とジンジはガックリと肩を落とした。
「知らなかったのはオレだけなのか……」
「ジンジは、周りに無頓着なとこ(ろ)があるからね」
ユウコが顔を向けて喋っているのはカコの方だった。
「そうだね。もうちょっと、周りを良く見るのも大切だよね――」
言われてうなだれるジンジに、
「でも、まだ続きがあるんだよね」とユウコ。
それもまたどうして分かった? と驚くジンジに、
「なんとなく」とカコは返事をした。
「公然の秘密だって言われると、ますます分からなくなっちまったよ。頭を抱えて座り込みたい気分だ」
ジンジは唸った。
「話しなよ。誰かに話すことで、解決のヒントが以外と見付かるかもしれないよ……」とユウコ。
「アドバイス出来るかも」とカコ。
ジンジはしばらくの間考えあぐね……、やがてそうだよなぁ~と顔を上げた。
「考えていたのは、昨日のことじゃ無いんだ」とジンジは交互に二人を見やった。
同時に二人が身体を寄せてくる。
歩きにくいなぁと睨むと、二人は、ごめん、と距離を取った。
「笑わずに、ちゃんと聞いてくれよな」
二人は、うんうんと頷いた。
そしてジンジは、今朝の自習時間に、中山が自分のことを見ていたことを話したのである。
15
「なんか凄く困った顔をしてオレを見てたんだ――」
「ふ~ん」
今度のユウコは、しごく真面目な顔で考え込んでいる。
「中山の困った顔は何を意味しているのかなぁ……て考えちゃってさ」
するとカコが、
「そうか、そう言うことなんだよね、きっと……」と言い出していた。
カコには山中の気持ちに思い当たることがあったようだ。
「それは多分、そうだよね!」とユウコに振り返る。
そしてユウコも、山中が何故ジンジを困った顔で見ていたのか?を理解していた。
「そうだね、そう言うことなんだよね、多分、きっとそうだよ」と二人だけで納得していた。
「そう言うことって何だよ」
ジンジは完全に蚊帳の外である。
「それはね……」とユウコ。
「ジンジが二人の仲を、周りに言い触らしちゃうんじゃないかって心配してるんだよ……」
カコも頷いている。
「そんな単純なこと?」
「単純じゃないよ」とユウコ。
「アジのことは、わたしたちには分からないところがあるけど……。シジミ自身は、今はそっとしておいて欲しいって思ってるんじゃないのかな」
「だって公然の秘密なンじゃないのかよ」
ジンジが言い返す。
「でもジンジは、二人の仲を誰かに言うつもりは無いでしょう?」
「そりゃそうさ」
ジンジは強く断言した。
「それでもそこが分からないよ。両思いなのに、良かったね、素敵だね、羨ましいなぁ~ってみんなに思われる方がいいンじゃねぇの?」
ジンジの言葉に、二人は首を横に振った。
「ジンジは、もっと女の子の気持ちを勉強したほうがいいんじゃない?」
ユウコは傘で、カコの傘を突ついた。
「なんでだよ……?」
ジンジはまた、頭を抱えてうずくまりたい気分になっていた。
「二人はこれから先どうしたらいいのか、まだ分らないんだと思うよ」とユウコ。
「これから先? 分からない?」
ジンジはユウコの言葉に耳を傾けた。
「二人はお互いに惹かれ合っているのは確かなんだけど、これから先どうするか迷っているところだと思うの。今は大切で微妙なところだからそっとしておいて欲しいというのが、シジミの気持ちなんじゃないのかな?」
「好き同士なんだったら、付き合っちゃえばいいのに……」
「あのねジンジ」カコは優しく言葉を継いだ。
「付き合うってことは、とても勇気がいることなんだよ」
「どうして?」
「男子と女子の気持ちの違いもあると思うけど……、二人で一緒にいる時間が長くなればなるほど、お互いの嫌なところも少しずつ見えてくるし、分かってくるでしょ」
「まぁ、それはそうだと思うけど……」
「惹かれ合う気持ちが強ければ、相手の嫌だなって思う部分も受け入れることが出来ると思うけど、それがひとつじゃなくいくつも重なってしまうと、だんだんと気持ちが離れてしまうことだってあるの。分かる?」
ジンジは「何となく」と頷いた。
「そんな気持ちになってもまだ、付き合い続けたとしたら……、たとえ相手が自分のことを好きでいてくれたとしても、付き合っているという行為自体が、自分に嘘をついてしまうことになるでしょう。それで最後に、お互いが傷付いて哀しい別れ方をするくらいなら、今のこの状態がずっと続いた方がいいって思ってるんだと思うよ」
「そう言う付き合い方もあるってこと?」
ジンジには理解しがたいようだ。
「そしてシジミは、それを今一番悩んでいるんだと思うの……」ユウコだった。
「だから回りから冷やかされて、乗せられて、で……自分の気持ちがはっきりとしないまま、いつの間にか付き合うようになってしまった。……そんな付き合い方はしたく無い、と思ってるんじゃないのかな」
「気持ちがはっきりとするまで待ってくれ。それまでは〝公然の秘密〟でもそっとしておいて欲しいってことか?」
「ちょっとニュアンスが違うんだけど、それに近いのかもね」
「シジミ自身が、恋に臆病なのかも……」
ユウコの言葉にカコが振り返る。
「それとも……。少しづつ、ほんとに少しづつお互いを認め合いたいってことなのかも」
ユウコは、二人に語り掛けていた。
ユウコの目には、カコがはにかんでいるように映っていた。
「今は、そっとしておいて欲しい。騒がないで欲しいってことだ」
「シジミは、それが言いたかったんじゃないかな」
そんな複雑な恋はオレには……
ジンジは、何も言えなくなってしまった。
③へ続く……
05 想い人 ②