無私詩集

  不穏の騎兵隊


足先揃ったonyxの軍靴が
わたしの肉を刺し透る──Zac! Zac! Zac! …
嗚 あれは漆黒を衒う純粋主義なる不穏の騎兵隊!
わが不幸の単一兵へ 一条で実在の辱めを与えたのだった。

Zac! Zac! Zac! …
わたしという一の不幸は
夥しい不穏に蹴り上げられた、首根っこ押さえられ、
是認を強いられるが──わたしは魂の鎌首を挙げて猛獣の唸りを歌う。

青い花々 今宵の銀燦爛(ぎんさんらん)な月夜は
わたしの首環のonyxを漆黒の軍靴へ不連続性とし変容させた、
わたしに大切にされたかの貞節は
いま不穏の分裂生誕を無機的硝子音(むきてきがらすおん)に強制生殖されている。

Zac! Zac! Zac! …
Zac! Zac! Zac! …
わたしは忽然の啓明の如き鶏鳴を死に物狂いで薙いで往く──腕のばせ!
ヤニス・クセナキスのおどろおどろしき聖性は剣を赫々とさせる、拒め!

  *

わたしという純粋孤独国粋主義者を乱す軍靴をいますぐに薙げよ!
月へ腕のばせ──脚で舞踊と駄々の如く払え──わたしは守らねばならぬから。



  花は美しくない

 1
しろい光 わたしは少年だった、
詩の美しさを何処までもどこまでも夢みた、
それはわが淋しさを曳連れて、蒼穹へ飛翔び、
雲間をすぎゆき、宇宙という淋しさに睡らせ、

いつや美しい詩を書けるものと信じ、
やつれたわが身を詩集という葉群に横たえ、
歌のように美の溜息が昇るのだと、
そんな夢のような詩に夢想を沈ませて睡った。

それがどうしたことであろう、
わたしには詩が断末魔の幾夜を跳躍ばせる劇薬、
ひとときのいたみを癒す催眠剤と化し、
荒みきった目元を憂い 砂漠の如き眸を自恃し、

病めるうでをうろつかせ主題の輪郭を探し、
穿たれた黒い胸で背徳と悪と罪を呼吸し、
現実という硝子盤がわたしには観念としか映らない、
わたしは詩人でありたかった、夢みる叙情詩人でありたかった。

 2
しかるにわたしのような種族とは、
いうなれば野原を彷徨うやつれた夢想家、巻毛を乱し、
この世の根に馴染めずに 魂の根に身を揺らす、
さればわたしはわたしを詩人だと定義するが、

それも亦あわれな最後の自恃であるようなものだ、
そうでも想わねえと蔓に足とられ硝子に打たれ、
月の光すら可視できぬようになる、わたしは生きる。
生きてあることは連続の可憐だと信頼する、

そこでわたしの内より昇るのは俗悪の美でありまして、
高貴の矜持はわたしには僻みを被らせている、
やがて四つ足で咽ぶ野原の詩人と剥がれて往って、
されどわたしは安堵する まだ書き殴ることできること。

そうでもしなけりゃ俗悪の詩人は生きられません、
こうでも歌わんと殴るように生きることできやせぬ、
わたしは詩人であるという定義を乾いて抱いて、
それがうつろな花であると眸に磔する──虚空さながら。

 3
花の美なんかわたしには信じられやしない、
それは前のめりに示されたコケトリー、結びのアピール、
とろけて結われることを俟ち希むけざやかさ、
わたしは花なぞに例えられたくはないのだ、

水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
その涙は結われぬ拒絶の硝子の照りかえしだといって、
眸は硝子に装飾された無き青薔薇の光といって。

花なぞにたとえられるのは侮辱だ、
美しい花のように生きてあるというのは孤独への侮蔑だ、
われら結びの愛に媚はせぬ、われら虚空の冷然に弓噴く者、
嗚 しかし──花に愛と美をみいだすのも亦わたしであるのだ。

水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
そのことばすら拒むわたしの自意識を赦さないでください、
水晶のように美しいと侮辱して。赦さないで。

 4
淋しさを青薔薇へ磨いて 硬質な硝子の青薔薇へ
さすれば淋しさを剥いで 一枚、亦一枚──
やがて中核の睡る水晶が光るかもしれない、
月の光にまっさらな青を舞踏り陰翳するかもしれない。

さればましろい天空へ抛って 天使等のいない空へ、
花は捧ぐときがいっとう美しい、蒼褪めたワイングラスへ落して、
幾星霜がグラスに侍っている、結ばないまま、積雪へ蒔いて。
  ──わたしの詩を 水晶のように美しいといって。



  果敢ないことは美しくない

果敢ないことが美しいのではない、
果敢なさという絶対の限定の裡で
死に狂いの如く散らされた水晶の光-花(ひばな)を打たせた、
その冷然硬質のつよさだけが、美しいのだ!

果敢ないということは、断固断固として美しくない、
果敢ないという弱さ 淡さ、天使の非実在にも似た観念を、
それを美しいと褒める欺瞞の言説を、
ぼくは、絶対におのれに赦しはしない!

その淡く霞む牢獄に閉ざされた その裡で背を立たす
その一条の神経だけが、それがつよいであるが故に美しいのだ!
嗚 詩人よ──果敢なさと云う淡き幽玄の霞を愛すこと勿れ!
何故といい、それはおまえの属す住処に過ぎぬのだから。

おまえは所属の安息をおのれに赦すな 詩人よ、
おまえは敗残の民であるという前提に跳躍ばされ腰を上げたのだ、
おまえは誇るな 果敢なさを、淡さを、かよわさを──
その無尽蔵なプライドは、縞虎の傲然な俗悪-美(キッチュ)の強さなのだから!

  *

おまえはその背骨の神経のつよさだけを信じればいいのだ、
ぼくはそれに世にも美しい名辞を高らかに沈めよう──”貞節”。



  わたしを花に喩えないで

 1
蕾の儘に剥がし落された
かの貞淑な少女の唇は不貞であった──
それは
固有の一幸福と結われるというコケトリーに守護された、

けだし愛されるに値する、
淡き白の薔薇の美に価したから──
それは花嫁衣装として空へ往き消えたのだった、
自らの一条の生き血を吸って。

わたしはかずかずの貞潔を
花のまえのめりで差し出した阿婆擦れ女、
したがって
わが貞節はいまだ毀れず浄く守られている──

賢く貞操を守り抜いた、
ひとに愛されるに値する少女は、
いま
高貴な白塗りの壁のようなワンピースで身投したのだった、

わたしはそれを憐みはしない、唯
そが死はそが儘に是認されてあれと祈るのみだ、
かの様な翅のわななきの生は、
かの指伝いの様にしか生きられなかったのかもしれないから──

かの様な死はかの様な風に委ねられ
真冬を硬く引き絞る、
我の様な生はこの様な火に怒りと炎ゆり
真冬をふり乱し青き火の飛沫を蒔く──

 2
花の様に美しいと云う女に対する賛辞を──
わたしは是認しない、
かの前のめりな熱い肌を
暗示の如く閃かすかの女らしい生き方を、

わたしは、けっして、是認しない──
されど、
ひとがひとのなかで生きると云うのは花であるということ、
“倫理”と云う器の虚しさの宿命がそれ。

花の様に美しいと云わないで、
花の様に在れと要求しないで!
わたしはその生き方を注視し 細心に検討したけれど、
ひとの血肉に咲く美しい花とは──

倫理と反-倫理の相克が血で綾織られたが故の
身を裂くいたみの裡で咲くのだから!──それは地獄の花──
何故といいひとは、
花のように振舞えないと 他者の裡で生きられやしないのだから──

さればわたしはそのいたみをのみ、
この肉に是認してみせようか──
肉が痛いからわたしは生きているのだし、
「わたし」を生きているとわたしに証明できるのだと、

眸の裏にいっぱいの涙をため、
この”透明な貞節”なる不可視の詩を、つよがりな腕で振りあげよう、
それは硝子のようにわたしによって清ませているから、
月の光にしか存在を実証できないの──おわかり?

花のように美しく在るくらいなら、
処女のように清く在るくらいなら、
わたしを
うす穢い悪党の、阿婆擦れ女だと どうぞ罵って!

是認しないでください、
是認しないで どうかわたしを赦さないで!
それは月光に手頸を斬り落とさせた
最高度に不貞淑な少女の、最低度に貞淑な自恃──

 3
わたしに睡る水晶を、
綺麗だと褒めてくださるのは──かの御方だけでいいの。
数多の接吻に逆転し守護された唇は
その刹那砕き剥かれ──屹度 “永遠”という無の暗みに侍る定にあるのだから。…



  ぼくは孤独を守るから

ぼくは孤独を守るから、
愛されたい気持を放棄しない!
融け結び消えたいと希むをつづけ、
そが切なさを背に引き受ける!

“愛されたい”を放擲するのは
断固断固と誤魔化しだ!
孤独との関係の妥協である、
淋しさへ卑怯であるものか!

愛されたいより愛したい、
そげなもの貴くもありはしない、
それは深みの共通の呻きであり、
ひとは”なにも愛さない”おのれに耐えられやせぬ!

ぼくは孤独を守るから、
ぼくは孤独を守るから、
ぼくは淋しさを大切にはせぬ、
“愛されたい”に肉を投げ遣ってやる!

  *

さすれば愛せ、詩人よ──野原で彷徨うやつれた夢想家──
何故と云いおまえはついに 人間の孤独を敬愛したのだ



  固有の署名

 1
風にはそれ固有の道があった、
火にはそれ固有の道があった、
水にはそれ固有の道があった、
されどぼくは、”わたし”固有の道を悉く踏み外した──

ぼくの往かおうとする月硝子城へのうごきは果して、
風-的であったか?
火-的であったか?
水-的であったか?

それと云うのもぼくという犬死詩人には、
ぼくの”わたし”と云ううごきの
観念的属性と云うものをみいだしえない、
それは風か? 火か? 水か? ──こんな自己定義は卑怯だ。

月光に発火され踊らされる、
貞節から一条に吊る固有の神経──それがぼく?(花である勿れ!)
青みの疵の燦り照った──肉肌が内奥へ吸われる金属音の 残響──
しかればぼくは──いつ道を踏み外し疵負ったのか?

  *

しっとりなハンドクリームの辷る艶伸びを、
恰も逆再生させるざらつきで、ぼくの手首はぼくに摺り落された──
ぼくはわたしの影と掌を踏みつけた、逆走した!
聴いて ぼくはわが人生を愛したから、わが人生を台無しにした。

 2
いずこへ?
ぼくたちという種族には
しばしば故郷が欠落しているようだ、
ぼくはわが重たい瞼のスクリーンにましろの鏡面を置き

夢という不在の虚数を、投げ遣りな祈りで落しつづけた。
恰も 青と銀と象牙を美術装飾(デザイン)するように──
ぼくの詩の色彩学を洞察するひとは
みな軽蔑に値したらしい──だからぼくは好きだったよ。

かれ等 はや土のなかへ潜って了った、
H精神病院は不在と云う屹立を湖へ墜落させ 実在の表皮に睡った。
ぼくにとり、
光は音楽であった、音楽は光であった──

光が音楽 音楽が光──ゲエテあたりが云いそうだ。
さるにしても光と音楽の共同舞踊(舞踏)という詩観は
ぼくの、現実という土壌からの風・火・水の欠落に宿る、
“青き血”・ ”銀の精”の祈りの歌-性を、詩的-推論させはすまいか?

 4
“シド・バレット”──ぼくは好きだよ、
ぼくはあなたと友達になれそうだった、そうは想わない?
天衣無縫の邪悪なる銀の妖精
黒々と凝る雰囲気が淡く浮く 光と音楽の魔術師であった。

どうか 言葉のままに受けて(詩の理解なんて言葉、嫌だ!)
ぼくにとり
光は音楽であった──音楽は光であった!
されど闇の裡の夥しい神経の束で ぼくはわたしを踏み外した

さすれば──
光の欠落を引き摺る闇を歌おう(光を) 死んだ音楽に呻く声楽を光らせよう(生を)
ぼくは”ぼくの人生”を肯定しよう──
それの依拠は”貞節抱いて疵を歌った”、これ以上必要ないだろう。

君という肉の冷然硬質の疵を、ぼくが丁寧に圧し拡げよう、
水晶さながら 青みが刹那だけ赫々としただろう、
神経へ月光が射したときだけだろう、
さすれば君の人生をも肯定しよう──署名はいつでも”青津亮”。


 H精神病院にて

H精神病院の空漠なホールで
故郷を喪ったさみしいエルフたちが
つんと耳を尖らせていた
かれ等 淋しいキャッチボールを無音揺曳(むおんようえい)していた

まだうらわかいひとたちだった
廊下には幾らかの風が寄せ
天使たちが其処を覗き、
あけはなたれた空無がざらついて──消えた

空無は恰も暗みをぼく等にあけわたしたのだった、
キャッチされなかったボールは
星霜へ精霊をなげ放った、
幾年月は不在としてそれを侍らせることをまるで赦した

祈られもしなかった天使たちは
ぼく等精神病人たちをまじまじとみつめていたのだった、
(それはまっしろなレエスカアテンのひらめきにすぎないのだけれども)
透く光は砂となって

ぼく等の背をさらさらと辷る
もはや──
H精神病院の入院病棟は
だれひとり残さず霧消していた、

ぼくは既にしてあけわたされた
空無のH精神病院に足を浸し
天使たちを反転して映す眸に
なみだ浮べて わらいころげた、

キャッチボールしていたかれ等は はや土の中に潜って了った、
ぼく等exileの祈りは祈られてはじめて祈りを折りえた、
断念という失意の突っ切れ
(それはてのひらをあけわたしたい エルフ等の放棄された手頸の断面の無数)

追放者たちは夢をすら断念と断念に結び
死に物狂いのキャッチボールで祈られなかった祈りをせいいっぱい遊んだ
いま
かれ等は土のなかに這入って了っていた

あけはなたれたH精神病院は廃病院として
最早
無辜なる天使たちに
踵をかえされていた

  *

H精神病院は光と音楽のみに解体されて了った
詩の落ちる処 失念の定 はらはらと光と音楽へ落葉して往くというそれ

無私詩集

無私詩集

[不穏の騎兵隊] [花は美しくない] [果敢ないことは美しくない] [わたしを花に喩えないで] [ぼくは孤独を守るから] [固有の署名] [H精神病院にて]

  • 自由詩
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-19

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