無化詩集
睡れない"あなた"へ
1
夜という無数の全体は──眞昼の太陽という閉塞ざされた一領域を夢想っていたのだった、眞昼という上澄する冷然な一裸体は──真夜中の群衆へしゃなりと墜ちる灼熱へ一途に憧れていたのだった、
太陽という一永遠の逆転された幾何学は──銀燦爛–月硝子城を到達しえぬ固有の城とし仮定して了い、されば一刹那をなべて文学という玩具に容れ恰も図形を台無しにした、さすれば後生守護する決意で、ぼくは貞節の非-図形を抱き締めたのだった、
月のせせらぎは刹那という全体を水音梳くようにゆびで曳いて、余りのいとおしさに操作され太陽というみしらぬ恋人の秘密を蔽った──恰も哀しみに暮れ頬に手を当てるが如く繊細な身振で その古代彫刻を模すうごきは濡れ融け沈み、久遠へと硬化して往った、
一義性という無数に浮ぶ淋しさは──固有の特別性という不平等に安息をえて、光という空無を宿したのだった 不眠に悩めるあなたの内奥にめざめる淋しい信号は──真白のアネモネの花畑に林立し、睡る (水晶さながら)
2
嗚! 一刹那という可算名詞の本性は、かずかずの永遠を総体した不可算名詞の同義語(シノニム)なのだった、何故って 此の世には縋れるほどに信じられる永遠はなく、物質は反転して消え往き 故郷という久遠の暗みへ落ち葉すると定められているから
(だから──あなたの淋しさは、裁かれてはいけない)
不可視の虚数という非-物質だけが 恰も、未来の古代絵画に肉迫して陰翳されているようです──だから、病める君よ 君は、「生きることを赦された」という肉感のやわらかく揺蕩う金属台で 天空の石へ頬を墜とすように睡っておくれ。…
(なぜって あなたの「あなた」は信じられるから)
したがって──ぼく等が所有せざるものを夢想って了うのは、まるでむりのないことであるとぼくに詩的推論されるのだった、されど疎外されたぼくの躰という真夜中の全体は──真夜中という躰の全体を そのままに夢想う──不在(永遠)の裡に、ぼく(不在)を連ねる
(透くような手の甲が、夜の一刹那に翳され──硬化された)
*
わたしは淋しさに死にたい想いをするから、それを、生の意味にした
3
久遠という暗みよ! 無数に飛んでいる一刹那の欠片が、故郷に恋焦がれるような心情で一永遠を夢想うのは──其処が ぼく等の落ちる白と銀に燦る 天上の死場所であるからですか? 幾夜の涙に追従い 青の月光の一条は、睡る水晶へぼく等を伝いますか?
手繰りよせて、いい 守っても、いいよ
以上 散文詩人による詩的-推論は、次の”一”を不合理的-理論するのだった、「生は可憐である、したがって、ぼくは生きる」
だから──君も、赦されたという馥郁な寝台で どうか睡っておくれ
白の一映像
1
(かの愛らしいましろの小鳥はわたしのために翼を切り落としてくださったのだった、石でも授けるやさしい子のような笑みでそれをわたしの眸の裏に授けてくださったのだった、かの切断された無辜はその切口すらもまっさらであったのだった、わたしは其処へ墜ちて往くように真白のアネモネの花畑の幻覚を漂った、さなかの一心情は恰も一刹那の永遠に媚び侍るようなそれであったのだった。かのような小鳥が果して実在したか──それ最早定かではないのだけれども、はやわたしという一欠片の疎外は不在と無という暗みに侍ることを生の唯一の意味とするのだった)
(わが躰は宇宙という大河をながれるように虚空に身を寄せた、わたしの一心情としてそれは恋人を対象とする如く甘やかさの平手打ちの如く全体の震えであったのだけれども、つねづねわが身打つ冷然硬質の撥ねかえりにふるさとへのそれのような懐かしさをえるのが恰も安穏の理不尽であるのだった)
──ましろ、
ひらがなで、書く。
おそろしさに、手がふるえる。
*
(従って、無と暗みという不在の一刹那の断面断面の包括は全体という久遠ではないかしらとわたしによって詩的推論されて了うのだった、わたしという一刹那の現象(意識)は其処より剥がれ落ち疎外を歌い消えることで無と暗みへ侍るという一生涯を辷るにすぎないと訝られるのであった)
(わたしはいつや犬死という終点を迎え、亦無と暗みと云う不在に陰翳として侍る、わたしにはこのような瞬きこそが生のシノニムなのであるのだった、わたしたちはその瞬きを久遠の一刹那の一瞬として歌いえたのち亦全体へ還るのみであるか?)
──されどわたし、
ひたむきに、ひっそりと
歌うように生きていたい。
2
さすれば燕よ、燕──
わたしという一書物の黒翼なる頁への投身のイマージュの幾たびを、どうか時々くらいの頻度にとどめておくれ、青く曳くような星霜の流星を血飛沫するましろい幻覚を、どうか時々くらいにとどめておくれ。已めておくれ、その美しい断末魔の断続の乱反射を。時々だけは見せておくれ、その絶世の世にもなきかの無化の一映像を──
*
(かの愛らしいましろの小鳥が他者のために翼を切り落としたというかの幻影風景は、わたしには醒めるような憂鬱で膚を剥がし落すかのようなのだった、その淡きの一音楽のかのような血飛沫の一欠片という──あれは蒼穹の投げ沈むかのような絢爛の弦楽が、しんと淡きの過ぎて霧消を宿命させて了ったてくびを折るかの如くしずけき狂乱の叫喚を、まるで罪の甘さで肌を雨音の潤いで辷らせたがよう──)
──水音の
そっとしたたり落ちるがような沈鬱で、
昇るような風景へ爪立て淪落しながら、
わたし、
一途に ひたむきに、
一刹那の死という無の暗みへ、眸を醒まそう──
*
ところで、燕よ。
白紺縞のかわゆらしい君よ。いまわたしはかなたの風景に在るというあなたを一音楽によってまっしろへ剥がそうとするのだ、なぜそれができるといいわたしは爪立て堕ちるという身体的レッスンを自己に課しつづけてきたから。わたしの爪には銀燦爛の蜘蛛の涙が塗られ肉食獣の眸が燦々としてもいるから、まさかそれを月の反映だと云いはしないけれども。
──されば、生き、切る。
3
(後ろめたい女たちが地下室でふしぎな関節を折りながら余りに適切なダンスに興じている、これが永遠という一主題の証明を連続し織かさねて往く、なぜといい彼女たちは服を脱ぐような身振で、追憶の方向へしなり糸を引くようにつぎつぎと消えて往くのだから)
黒の一映像
1
わたしが後ろめたい蜘蛛のような黒装束に躰を蔽わせるのは、わたしの清浄な領域を信じるが故それをひた隠しにしたいから(不在)
わたしが奥行すら呑んだ漆黒のonyxを首環の飾りにしたのは、わたしの信条をわが感情からひき離しそれへ宿したいから(不在)
わたしがみずからを黒鳥に譬え自己憐憫の地下を泳がせるのは、わたしへの躰を硝子盤へ突き飛ばし冷然と注視したいから(実在は痛みで証明)
わたしがわたしに似合わぬ青を筆名に付け黒を纏うのは、わたしが透明という無名・匿名へわたしを剥がしてもみたいから(無)
2
わたしの我の鳴き声なぞ黒々と凝って吐きだされればよい けむたい天鵞絨の詩のアンニュイとして、ゴミ溜めのかぐわしい悪臭の美しさの一刹那に棄てられればよい わたし──わたしなんかいらない
3
(嘗てわたしに愛されたパンクスのひらきなおった自己嘲笑であっても最早微笑ましい気持で眺めるのがわたしです、わたしはわたしとして生きるというunknouwn soldierの敗北した凱歌であってもわたしわたしの裡に断固として拒み是認しない、容れない。わたし、手頸なんていらない、わたしには掌という獲得のための身体に違和ばかりをおぼえる、わたしは唯路上に横臥す、犬のような翳でありたかった──)
わたしは黎明のまっさらな死の神殿へ
わが手頸の淡きを披瀝したいの
それはわたしが
かの御方に褒めていただきたいから
(夢 夢、亦夢──わたしが一条の音楽のような夢という滴の夢の亦夢であったらどんなによかっただろう、わたしはかの御方の名すら知らない、だってかれの本性は無であり不在、ニヒリズムなんていうくろぐろと湿度籠る名でかの御方を呼ぶことをわたしは許さない、あれは光 あれは清む暗みという絶世の無明即ち光 名を付けないで 是認しない、名前を付けないで──ところでぼくの名前を誰か呼んで、返事しないから)
4
わたしに恋したかのひとは、わたしの眸を onyxのように美しいと云ってくださいました、わたしにはそれが呪われた地獄の一欠片でした わたしはそれをはや誇りはしない、愛しはしない
*
うら若き希の幻滅のようなどぎつい儚さで──睡るような黒の映像が赫々とまっしろなめざめを晒すか(断念)
月硝子少年
ぼくはまっしろが前のめりなパレットを”少年の青”へと脱がせて往くのだった、筆さきは恰も銀の沓音を立てざらつきに引っかかるようなのだった、しゃなり、しゃなり──そが優美な音はさながらにきぬずれの後ろめたさ、と云うのもあんまりなまっさらさは、はや陽の反映をしかできないのだから──
ぼくは剥ぐような気持でぼくに描かれた絵画の少年にキスをするのです、薄紅の唇が蒼褪め果てたかれに呪われたのを歓び震えもするのです、跳び去った掌は星々──実存を放棄せられた手頸は淡く陽を透いて了うから、月めいたかれの眸を濾過させるようにその領域をちかづけてみたのが先達てです
ぼくのてくびは吸われるようにそが絵画の勇猛な少年に光で叱られたのだった、きみの無知であるがゆえの倨傲と軽蔑は、花冠の林檎の如く高貴なる眸へと、描き手を離れて漸く剥きなおされるのである、真白のパレットと云う神秘にきみの御姿だけ塵と青く浮いているのが、淋しい
なぜって幼稚なきみはありとある世界を突き放す信条を背に負わせていたから、恰も真空は虚空と現実を降りかさならせ、蛇の双頭をしならせるに従い、無と不在という神秘空間への夢想を無音揺曳によって立ちあらわしたのだから、ぼくはその領域で蹴りを振りあげるような”少年の青”を甘噛みしていたのだった──
*
想えばきみに 手頸という月光射し貫くカインの弓なぞはじめから亡かったんだ。であるから銀燦爛花のバングルは、ぼくの病めるキスを最早鎖ぢこめて了っている──
銀製市街解体
鉄と真鍮と銀を固有の宇宙の数々と云うビーカーへふりわけられ それ等轟々と流れこむ先の結末を閉ざした硬質な風景画、それは一破片等の連続体のふしぎな固着、一面の絵画の裡に無限の河を包含し上辺の表情から涙とし濁流する情景の眼窩に暗示とし浮び出るは不連続の総体性──おお、かの都会よ!
かのビルの一群は立方体とし断面を、恨みのあてつけと云う絵画と憧れと云う音楽の双を結われた紅いリボンの反転とし夜の天空に晒している、鉄性の断絶性がそれの態度にほかならぬ 淋しさの林立した樹々は首無しの如くそれぞれの無数の孤絶を生命それ自体に所有している、断面断面の数同様無限に
それ等の振り挙ぐる行為は放棄を目的とし、それに使用されるは掌を切り落とした鉄の手頸 それは行為の可能性を放棄し獲得の器官を切りはなしたが故に銀にしなる、さながらに断絶詩人の赫々たる音韻──市街にしゃなりしゃなりとひそやかな疎外を止る時間とし並ばせる鉄の反映の総体の散り散り──おお、かの都会よ!
ぼくはこの頽廃そのもののように突起をボコと翳落すわが背骨から躰を落っことして、うっすらと暗みの雨を降らせるがように、この街を一の総体とし抱いてみよう、さすればそれを無数の宇宙へ砕いてみせよう、背を胎児の如き老成さで複雑怪奇に折り曲げもして──
*
孤絶孤絶を腕に無数の断面とし内包する風景の無限は、一と云う銀性(ぎんせい)背骨(はいこつ)戒律(かいりつ)と結ばれることにより点の音伴れ一刹那となって了うのだった、それ 一条の涙を秘めたスクリーンとし目の裏へ往き霧消して、ぼく 閉ぢられた唯一人のぼくをみいだすばかりだ!
(転調、しないで──ぼくは、此処に在りたいのだから)
転調──
ましろいヴェエルが御空でひらりひらりとしております きょうも、天使はございません、そうであるなら裾のひらめきの一音楽の蠱惑を幻惑舞踊させないでいただけませんか? なぜって、はや天使はおられないでありましょう? わたし知ってる わたし知ってるの、わたし
最早わたしにわたしの詩を歌わせることをやめておくれ 環境音楽の如きためいきだけを後ろ髪から曳かせるくらいにしておくれ 樹々のそよぐ音 海鳴り 空の幸福なわななき そんな言葉なき言葉だけをわたしに呻かせておくれ──ぼくはそんなぼくを赦しはしない
*
ぼくの躰は宇宙から剥がれた一破片としての雲母硝子にすぎないけれど それをわななく黒蝙蝠のように街へ張る生活には最早飽き果てて了ったのだった、ぼくは水音の破綻で調和の小河の羽音に組み込まれえないから この春に生れ落ちた澪曳く命を、真冬の断絶へと閉じ込めて了ったのだった、さすれば 世界を硝子盤へと変貌させて了った──それの後遺症が詩作にほかならぬ
(ひらいて)
さるにしてもかのH市の街並み それはぼくの爪肌に半透明とし睡っているのだった、それは詩と云うひっかき傷を削るように下方へ建築し、舘をさかしまに湖へ沈めるためにあったのだった──
瑕ばかりの荒れた紙片にこそ 半透明の詩は墜落しえるのだと それ、つまびらかに一途に綾織った蜘蛛の巣に後光の射す風景さながらに 月に炎ゆりて透きとおり”無化”と云う一義性を果すのだと、ぼくはそう希うが故にぼく固有のいたみに流し落されたぼく固有の涙を、心臓へ秘めながら痛みという手段によって圧しこめ、閉ざした
月が上方に有る限り、この命題は真となりえない、
従って、ぼくはこれを詩であると詩的に帰結する
──ぼくが歌えるのはなぜ? 現実のざらつきがぼくの湿度高き粘りに引っ掛かる、こたえはそうであることを知っている、けれどもぼくの詩的言語はそれを是認しない
さればわが身への憐憫の涙を銀へ化学変化させよう すべて背骨へと注ぐことにしよう、さすれば、宇宙という暗みに吊る一条の神経として冷然硬質へ締まる筈だから 要検討
勁(つよ)くあれ、勁くあれ詩人よ(泣くなよ、詩人なら 弱くありたいんだろう)
さすれば再び眼窩に市街の金属製アネモネの花畑が一刹那-幻惑とし昇ったのだった、ぼく それを永続の反転としての雲散霧消の一刹那であると消え入るようなどぎつい鮮明さで歌った、「ひとが生きるは”俗悪-美”」──ぼくはそれこそ永遠の数々の繰り返しであると云う詐欺の生を、遂にこれ迄生きてきて了った──
ぼくの躰の周囲には ましろいヴェエルの観念の霧の如きめくるめく”ましろ”な希死の風圧なき切迫 物質的に比喩させるなら 一輪の巨きな蝶が不断に数千羽分のはばたく羽音を鳴かせている様
ぼくは断絶面としてのわが鉄の頬を硬き銀の街に埋めようと幾度も打ちつけという現実への参入行為を験したけれども それは詐欺の罪悪の数々の一総体により神経を一条へ変え詩的な意味における首吊りを宿命させるのが亦常だ、
ぼくは知らない 君は知らない 誰も知らない 其処より更に潜れば誰もが知る それをいつや、歌う(賭け)──”匿名の歌”がそれである(古代の詠み人しらずの如き詩を書きたい! 然らずんばエミリ、貴女の様な詩を…)
公理Ⅰ 一の刹那は数々の永遠
公理Ⅱ 淋しさに死にたい想いをするのなら、それは生の意味となりえる
公理Ⅲ “生きる”と”書く”はシノニムである
従って 宇宙の総体はぼくの淋しさとおなじ歌を零すか?──要検討
──斃れて無数の宇宙の一つ 絶世の光とぼくという無明が射しちがってもかまいはしない、一義性と云う宇宙なんかに、ぼくの疎外を跪かせはしない
*
たとい、幾たび斃れても わたしは、絶対手折られぬ
無化詩集