骨迷路 第七話

おはようございます。第七話のお届けです。45歳になった浮貝。恋人テンテンのいない世界線。もう限界。お楽しみに!

第七話


 「骨迷路」(第七話)


          堀川士朗


十五年後。


僕は、四十五歳になった。
当たり前のような事だけど、夏は暑い。
その夏もとても暑かった。
暑い夏。
臭い夏。
ちょっと酸っぱい臭いがします。
酸っぱくてくっさくて酸っぱいんです。
酸っぱい臭いは人の常。

「とてつもなく臭いなお前」
「生ゴミから産まれたのかよ」
「何食ったらそんな臭くなれるんだよ」

と、後ろから前から横から斜めから全方位から他人に言われている感じがする。
僕の風下に立つな。
僕は臭い。
おじさん臭い、臭いおじさん。
自己臭恐怖症。
カンパニーにはマイカーで出勤で良かった。
臭がられるのが怖くて、電車なんか乗られたものじゃない。


一日三回。
食後に、健康ドリンクとしてコーヒーを飲んでいる。脳卒中や心筋梗塞、肥満予防にも効果があるようだ。
もうそんな事を考えてしまう歳になった。
もう金曜日か。
おととい日曜日かと思ったらもう金曜日か。
一日が短い。
一生が短い。

やがて父が亡くなり。
母が亡くなり。
流れ流れて。
僕はこのままこどもを残せないのかな。
ふわふわと、不惑のダンスを踊るのだ。
僕はどこにも行かない。
僕は内なる王国にいながら旅を続けている。
昔は良かったなあと、はるか昔が言っている。
人類が生まれる、はるか昔が。
僕は純粋な不純物の塊。
僕というおじさんは宇宙を駆ける。
こうした詩的な言葉ばかりが頭に浮かぶが、現実世界では僕はその頃カンパニーで役職に就いていた。
盤石だ。
意味のない盤石。


休日。
不意にラジオを95のダイヤルに合わせると、番組がやっていてそこでゲストに美景さんが呼ばれて出ていたんだ。

「本日のゲストはアーティストとしてもご活躍されている美景さんですー。よろしくどうぞー」
「よろしく」
「さて美景さんがやられているポーリングアートなんですけどこれはどういったものなんでしょうか?」
「ええ。絵の具をにじませて自由に紋様を描くアートです。マーブル模様が出来るのです。予測不能の楽しさがあります」
「ほう」
「予測不能の楽しさといえば、今度私、結婚する事になりました」
「おめでとうございます」
「お相手は浮貝弥一さんという方で、カンパニーに入られている方です。臭いですけど私はこの方と幸せになります。今このラジオを聴いている浮貝弥一さん、アイシテマス眠らない眠らせない……」

僕は急に恐ろしくなって鳥肌が立ってラジオを切った。
これは夢かな。
うつつかな。
うつつの今の何かかな。


今日も「浮貝さあん。浮貝弥一さあん」と呼ばれて病院で診察を受け、四週間分の薬をもらう。
長くかかる病気だ。
一生の付き合いかもしれない。
生に執着し、這いつくばって生きていくしかない。
僕はこの、一生続く病気と毎日向き合っていて、それには多くの手助け、サポートが必要なんだ。
頭の中で夢が咲く病。

それにしても臭い。
あー。
臭井ヒロシに名前変えようかな。
クンクン匂いを嗅ぐ。
僕は臭い。
酸味がキツい。
『酸』っていう字は分解すると、『酉』『ム』『ル』『ター』になる。
酉ムルターヒロシに名前変えようかな。
ああ。
蝉がうるさいなあ。
蝉豆義亜座(セミトゥギャザ)ヒロシに名前変えようかな。


ああ。
テンテン。
忘れられない。
テンテンのいない世界線を生きて、もう何十年になるけど正直しんどいし、切ない。
若い頃に大恋愛、大失恋を経験してしまったがためにその後の人生こと恋愛に関しては完全に萎縮してしまっている自分がいて、限界が近いと思っている。


秋。
この国と違う国の間で戦争が起きた。
戦争は長くなりそうだ。


幻想と現実。その立体交差点のど真ん中で、僕は腹を出して寝ている。
僕は、出来る限り生にすがり付いている。
失恋や自己臭恐怖症もあるけれど、それが原因で自ら命を断つ事など今まで一度も考えた事がない。
僕に永遠の命が与えられているわけもなく、それをするのは非常にもったいないと考える。
それに、僕は前に山の上の教会の神父さまから神の子だって言われたから自ら命を断つのは罪な事なんだ。
罪は、罰を受けるから犯したくないんだ。
『罪』と『罰』は字が似ているねとても。


           続く

骨迷路 第七話

ご覧頂きありがとうございました。また来週土曜日にお会いしましょう。

骨迷路 第七話

45歳になった浮貝。恋人テンテンのいない世界線。もう限界。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted