欲望と生産

 SNSでいくらでも小出しにできるので、今の時代には溜めがないように思われる。思考に溜めがない。腹の中で渦巻いていたものをようやく放り出したような思考になかなか出くわさない。SNS上で次から次に表層の思考が出まわる。自分もその流れに回収されてしまっている。文明化、機械化の流れから逸脱することは難しい。便利だからその流れに従っているわけでもない。周囲の人々がなんとなく使いはじめるから、自分も否応なく使うようになる。

 便利さと快適さと目新しさを求める消費者が悪いのだろうか。欲望が、奢侈に溺れた愚かな人々を生み出すのだろうか。どうもそれも疑わしい。三歳の子供だってレジでお金を出せば立派な消費者だ。資本主義社会に関する考察は、概ね消費者の立場から述べられたものが多く、何かが抜けているのではないかといつも思う。消費者は店頭にならんでいるものを買っているだけなのではないか。いつも生産者は無視される。生産者の存在は希薄化され、消費者が主役となっている。消費者の欲望より、生産者の狂気の方が、現代の社会の根底に潜む濁りと澱みの形成に影響を与えているのかもしれない。合理主義と生産性を批判しながら、みんなスマホを握りしめている。また同じことを考えてしまったな。機械に動かされる家畜であることを喜んで受け入れておきながら、いや受け入れているからこそ、機械文明を批判したくなるのだ。なんの危機感も責任感も感じられない。産業革命あたりに戻って、もう一度考え直さないといけない。

 イギリスから始まった機械化の流れは、すでに世界中に広がってしまい、今さらもう後戻りはできない。農場を後にして、工業化が進む都会へと人間は吸収されていった。田舎から都市へと人間が集まっていく流れは、今も進行中だ。自然界から存分にエネルギーと命を収奪した都市社会に安住しながら、自然に憧れており、ビルの間をさまよう現代人の混迷を嘆いている。都会に引き寄せられていくこの傾向は、一方通行であり対処法はない。還元的思考、二元論的思考はよくないなどと口だけは達者だ。一神教的世界観がだめだとか、西欧的思考の限界だとかなんとか。そうして東洋思想だのなんだのと言いながら、過疎化は一向に解決しない。もう行くところまで行くしかないのだろう。近代化の限界、リベラル化の終焉と言いながら、誰も終わらせる気などない。都会のホワイトカラーの労働市場には皆が集まるが、ブルーカラーの労働は人手不足でありますます国際化していく。ローマの末期もこんな感じだったのだろうか。七十年代あたりからずっと同じ流れが続いているが、インフラが機能しなくなり生活に支障が出はじめたときが、新しい時代の到来かもしれない。

 それにしてもすごい勢いで社会は変わっていく。ひと昔前は、平均寿命が四十代だったのに、今では若くして死ぬ人は稀になった。誰もが高齢まで生きられる時代がやってきた。自然から隔離された都市社会の完成に伴い、多くの人が長寿を全うできる時代がやってきた。しかし、それは自然界の多くの犠牲のもとに成り立っているはずだった。直線と直角に彩られた都会という社会で行われる饗宴は、エネルギーが潤沢にある限り終わりはなさそうである。これから人間はどこへ向かうのだろう。何でも均一化、平均化して、できるだけ同等の存在に落とし込もうとするのは、文明の力によるものだ。より高いレベルで平等が達成されるほどに、根源的な差異が目立つようになり、対立もまた深刻になっていく。平等が達成されたその瞬間に、違いが露わになり、また階層が生まれていく。平等と平和を希求しながら、階層と闘争を希求している。その二つが絡み合いながら、歴史は進んでいっているのだろうか。

 今日の仕事は終わった。定時からかなり経っており、また残業だった。すでに日が暮れており、自転車に乗って職場の門をくぐり抜けていく。出た瞬間にいつもほっとした気分になる。工場は夜も動いている。俺が今日家へ帰る途中で事故で死んだとしても、工場はずっと稼働し続けているのだろう。きっと何も変わらない。職人の技術と大量生産を対比するのはおそらくまちがっており、職人の技術が結集した結果、大量生産が稼働するのだ。夜中にどこか不安にさせる金属音が奏でられる。消費者の欲望なんてちっぽけなものだ。消費より生産の方がずっと不気味で神秘的で狂的で始末に負えない。必要は発明の母なのか、発明は必要の母なのか。生産が階層と闘争を生み出すのだろうか。ならば、生産を縮小すればいいのか。欲望のための生産ならそうするのはたやすいだろう。しかし、人間は欲望のために生産しているのだろうか。本当にそれですませていいのだろうか。直樹は、工場地帯を自転車で通りすぎた。今日は行き着けの店で、ビールと野菜炒め定食を頼もうと思った。

欲望と生産

欲望と生産

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-12

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