骨迷路 第六話

おはようございます。第六話のお届けです。浮貝は親友楠本の格闘技の試合を観に行くが…。お楽しみに。

第六話


 「骨迷路」(第六話)


          堀川士朗


三年後。


身体中に梵字の入れ墨を入れている友人の楠本が格闘家に転向するそうだ。
有名格闘家とガチでバトルするみたい。
良かった。応援している。勝てないにせよ善戦すれば良いかな。


最近、夢にテンテンがよく出てくる。
夢の中のテンテンはとても優しくて体温のぬくもりがあるし、良い匂いがする。
とても具体的な印象を持った、あの日の少女のままだった。
もう忘れようとしても、こうやって実像と虚像を伴って現れてしまう。
これは夢かな。
うつつかな。
うつつの今の、何かかな。


楠本の試合を観に行った。
彼も今年で三十。
格闘家としては、これが最後のチャンスだろう。
会場は西市民会館。
チケットは三千円しなかった。
中央にリングが組まれて、四方をパイプ椅子に座って二百人ほどの観客が観戦していた。
この時自分の匂いがあまり気にならなかったのは、そこはかとない観戦の興奮があったからかもしれない。
テレビ中継などなかった。
ごくごく小規模な催し物だし、全身タトゥーありの選手を地上波で放送は出来ないのだろう。

三試合目。
楠本の試合だ。
楠本対兵藤。
兵藤は元ウェルター級のチャンプだった。
試合はボクシングルールで行われた。
三分三ラウンド制。

第一ラウンド。
楠本は果敢に攻めるが、さすがは元チャンピオン兵藤。
三十六歳のロートルだけど防御がとても上手い。
老練な技術ってやつか。
ことごとく当たらない。
いや、当たってるんだけど全てガードされている。
負けるな楠本。
あっという間に三分が終わる。

第二ラウンド。
開始早々、飛び出した楠本のショートアッパーが兵藤のアゴをかすった。
一瞬よろめくチャンピオン。
勝てるか楠本?
しかし兵藤もボディを打ち返す。
鈍くて痛い音がこちらにもはっきりと聞こえてくる。
楠本は必死にクリンチしている。
観客席からは心ない野次が飛んでいる。
それが僕には耐えられなかった。
楠本は第一ラウンドで打ち疲れたのか、ガードが下がってしまっている。
ジャブでこじ開けられた!
兵藤はストレートやフックで顔面に襲いかかる!
一発二発三発!
次々と被弾する。
右目のまぶたから流血。
強烈なフックでアゴが揺れた!
前のめりにダウン!
テンカウント。
楠本は床に突っ伏したまま立ち上がる事は出来なかった……。

試合後、楠本の控え室を訪ねた。
傷だらけの顔をタオルでゴシゴシと拭いていた。
もしかしたら涙も拭いていたのかもしれない。
楠本は僕の顔を見ると少し恥ずかしそうに笑い、

「ごめんな。カッコ悪くて。せっかく観に来てくれたのによ」

と言った。
暴力界隈で生きている彼の、それが優しさらしさだといえば優しさらしさだった。


          続く

骨迷路 第六話

ご覧頂きありがとうございました。また来週土曜日にお会いしましょう。

骨迷路 第六話

浮貝は親友楠本の格闘技の試合を観に行くが…。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-12-06

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