ヴィクトール青年の半生

これは・・コメントしづらい作品です・・
当作品は斉木さんにバレンタインプレゼントw



「花、花はいりませんか」
 フランスの郊外で、花売り娘が通行人に声をかけている。
「花はいりませんか」
 ヴィクトールを見て、にっこり笑う娘。
「あ、ありがとう」
 ヴィクトールは恐る恐る手を伸ばし、一輪の野バラを受け取った。
 

 ヴィクトールは来る日も来る日も、その花売り娘が忘れられず、結婚を意識していた。
 ところが、彼の父親というのが身分にうるさい人間で、ヴィクトールの結婚の話をまともに聞こうとしなかった。
「お前にはふさわしい娘が用意してある。さあ、婚約者に会いに行け」
「おとうさん、お願いです。僕はどうしても・・・・・・是が非になろうとも、彼女との結婚を希望します」
 父親は息子の頬をひっぱたいた。
「うつつを抜かすな。お前は家督を継ぐ身。わがままは許さないぞ」
 ヴィクトールは父親に鋭い視線を放つと、外へかけだしていった。
「ヴィクトール!」
 父親は深く大きなため息をついた。

 息子は父親を何とか説得した。
 とうとう、父は息子の願いを叶えようという気になってくれて、ヴィクトールは喜び勇んで娘を迎えに行った。
 しかし・・・・・・彼女は仕事を辞め、修道院に籠もっていると聞いた。
 ヴィクトールはがっかりし、家へと戻っていた。


「彼女がフランソワだ」
 父・ミカエラがヴィクトールの婚約者という娘を紹介した。
 ヴィクトールの心は絶望に満ちていた。
 それゆえ、話などろくに聞いていない。
「聞いているのか、ヴィクトール」
 ヴィクトールは頷いて、フランソワを見た。
 内心ではヴィクトールはこう思う。
 ーーこれなら、彼女のほうがよっぽどもいいよ、と。
「お父様、ヴィクトールさまはご機嫌がよろしくないのね」
 父親ミカエラは、うっかり口を滑らせ「ああ、きっと花売りの貧しい娘との結婚を、わしに拒まれてやけになっているのでしょう。わしがあの娘を修道院に送り込んだのですから」
 これを聞いたヴィクトールは怒って、果物ナイフで父の脇腹を刺してしまう。
「いやあああ!」
 フランソワは顔面蒼白になり、その場から逃げ出した。
 ヴィクトールは恐ろしくなって外に飛び出す。
 行く宛のないヴィクトールは、ガスパール修道院まで足を運んでいた。 


ガスパール修道院に、その娘、ジェラードは、いた。
「ジェラード、ジェラード。ああ、会いたかった。僕はでも、人を刺して・・・・・・お父さんを、殺してしまった。かくまってほしい、ジェラード、お願いだ。僕を助けて欲しい」
 ジェラードはヴィクトールの手を握り、
「わかりました。わたくしも、本心をいいますれば・・・・・・あなた様のことをお慕いもうしておりました」
「ジェラード・・・・・・」
 彼らは屋根裏で、夜を過ごし、愛を確かめ合ったあと、新聞に目を通すとヴィクトールがもはや、逃げ切れないことを知った。
 ジェラードはロケットに仕込んだ毒薬を、ヴィクトールに与えた。
「さあ・・・・・・ふたりでこれを飲んで、あの世で結ばれましょう」
 ヴィクトールはカプセルを受け取り、口に含んだ。
「愛してる。あの世でまた・・・・・・会おう」
 ふたりはそのまま、動かなくなった。


 息子の死を知った父は、後悔の念にさいなまれる。
「ヴィクトール・・・・・・許してくれ」
 大聖堂の鐘の音が、黄昏時の町に響き渡った。
 まるで・・・・・・ヴィクトールを弔うかのように。


ところが。
 ジェラードは毒を弱め、吐き出して息を吹き返した。
「ふん、ざまあないわね・・・・・・」
 修道服を脱ぎ捨て、ジェラードはヴィクトールの死体を軽くつま先でこづいた。
「金持ちの息子だか知らないけど、いい気になり過ぎなんだよ。あたしには男なんて、星の数ほどいるんだ。あんたひとりになんて、かまけていられない」
 じつはジェラードは、すでに修道院を破門になっており、娼婦に成り下がっていた。
 ヴィクトールの父親から大金を受け取ったときまではヴィクトールを愛していた、といえるだろう。
 しかし、金の威力を知ったジェラードは、愛情を忘れていったのだった。
「あんたの親父、バカだったよ。あたしが素直に金を受け取ったら、安心して帰っていった。あっはっは。とんだお笑いぐさ。金持ちほど浅はかな人間はいないってことだね。だからさ。あの親父の、一番大事なものを奪ってやったのさ。・・・・・・それはそう、あんた」
 ジェラードは数百フランを大事そうにかかげると、木の扉を開いてその場を離れる。
「ぐぇ・・・・・・」
 ヴィクトールは薬を吐き出し、息を吹き返した。
「くっそー・・・・・・このままじゃ、すまさない」
 ヴィクトールは復讐を考えた。


ヴィクトールはクラウディオと名前を変え、新しい人生を送る決意をする。
 ジェラードに復讐を考え、まずは彼女の働く娼婦館にたどり着いて客になりすました。
 ジェラードを指名したクラウディオは、ジェラードをさげすんだ顔をする。
 クラウディオを見たジェラードは、思わず立ちすくんだ。
「どうしたんだ、ジェラード」
 娼婦館のおかみが、ジェラードをどついた。
「い、いえ、別に何も」
 青ざめるジェラードにクラウディオは嘲笑した。
 ーーふ、これからだ。覚悟しておけよ。
「どうしたね、さっきから黙りこくって」
 クラウディオはわざとらしくジェラードを見据える。
「あんた、まさか・・・・・・ヴィクトール?」
 クラウディオは笑い飛ばす。
「あははは・・・・・・。ばかなことを。俺はクラウディオだよ、お嬢さん」
 ジェラードは恐ろしくてたまらなかったが、クラウディオが別人と知ると、いくらか安心した。
「ね、ねえ、クラウディオ。あたしのこと、どう思う?」
「どうって・・・・・・そうだな。きれいで賢い娘だと思うよ」
「・・・・・・そう? ありがと」
 クラウディオは苦笑してジェラードに口づけをせがむ。


数カ月が経った。
 ジェラードはほかに好きになった男がいて、駆け落ちをしようとしていた。
「ク・・・・・・クラウディオ」
 密会の場所を見られ、ジェラードは悲鳴を上げた。
 クラウディオは、手に銀色の金属をちらつかせた。
 満月の光で、ぎらりと鈍く輝く。
「よして!」
 ジェラードは泣きながら叫んだ。
「いいや、オレはこのときを待っていたんだ。オレは・・・・・・ヴィクトール。あのあと、オレは息を吹き返した。生き返ったんだよ」
 ジェラードと男は、あっという間にクラウディオの手によって血しぶきをあげ、屍となった。
 呼吸を乱し、肩を揺らすクラウディオ。
「これで・・・・・・これで終わったんだ・・・・・・」
 そして・・・・・・クラウディオは異国の地へおもむいて、とある町で修道院に入ったのであった。
 ほかに、逃げ場所がなかったから・・・・・・。


ジェラードとナンパ男を殺害し、国外逃亡したヴィクトールこと、クラウディオ。
 クラウディオは修道院で出世を遂げて司教にまで上り詰めた。
 ウイーンまで、十字軍とともに遠征にやってきて、その町でエミリアと言う娘に出会う。
「お花は、いかが?」
 美しい空色の瞳で、エミリアはクラウディオを見つめた。
「ありがとう・・・・・・」
 クラウディオは少年だったころ、ジェラードからおなじように花を受け取ったことを思い出す。
「・・・・・・ジェラード」
 エミリアと殺したジェラードを重ね、泣き出した。
「どうかしたの?」
 エミリアは困ったように、ハンケチをわたす。
「いや、なんでもない」
 何日かウイーンに滞在するうち、クラウディオはエミリアと親密になる。
 エミリアはクラウディオが好きだとうち明けるが、自分は修道僧であり、とてもじゃないが気持ちを受け入れられないから、と拒んだ。
「僕はね、エミリア。愛を・・・・・・忘れてしまった、悲しい男なんだよ・・・・・・」
 エミリアはそれでも、クラウディオをあいそうと決めていた・・・・・・。 


 修道僧たちの生活は、実はとても乱れていた。
 大司教などは気に入った美女をはべらせ、酒池肉林。
 クラウディオはこの退廃ぶりを日記に書き込んでいった。
 そして・・・・・・自分も娘を抱きたいという衝動に駆られる。
 それができないでいたのは、エミリアの純真な愛情があったからかもしれなかった。
 クラウディオはエミリアに会いに行ったが、主人はエミリアは突然失踪した、と彼に告げた。
「どこに行ったんでしょう」
「さあ・・・・・・わしらも捜してるんですが・・・・・・」
 クラウディオはまさか、と思い立つ。
 近いうち、乱交パーティを開くと大司教が言っていたのを思い出した。
 むろん、公にはしない。
 仲間内だけの、ささやかなパーティ・・・・・・。
「こうしてはおれぬ」
 ひょっとしたら・・・・・・エミリアも・・・・・・。
 そう思うだけで、いてもたってもいられなかった。 


 案の定、エミリアも捕まっていた。
 麻薬を飲まされ、もはや尋常な判断が出来ないようにされてしまっていた。
「かわいそうに・・・・・・」
 エミリアを抱きしめ、涙がかれるほど泣く。クラウディオは大司教に、おまえも一緒に輪姦しろ、と命ぜられる。
「あなたは・・・・・・人間ではない・・・・・・」
 大司教に説教をしたあと、出ていこうとしたが、別の僧侶に止められる。
「行かせない」
 と。
「そこを、どけ」
 クラウディオが無理矢理通ろうとすると、日記をだして、火を付けられた。
「それは、俺の記録・・・・・・」
 ちっと舌打ちするクラウディオ。
「貴様ら・・・・・・」
「ぬふふふ、クラウディオ。名声を得よ。そうすれば自由だ。そうすれば望みは叶う」
「何が・・・・・・自由だ。娘一人の人生を狂わせて、よくも」
 クラウディオはポケットに隠し持っていたナイフをちらつかせた。
「なんの真似だ」
「おとなしくしてもらう。俺はな、じつをいうと人を三人殺してるんだ。行き場所がねえから、しかたなくここに来たんだが。ふっ、こんな醜態見せられちゃ、俗世とかわりゃしねーよ」
 大司教初め、その場にいた僧は青ざめた。
「とんでもない奴を引き入れてしまった!」
 大司教は嘆くが、クラウディオーーヴィクトールは違った。
「俺の本当の名前は、ヴィクトール。ある金持ちの息子だ。まあ・・・・・・よくおぼえて置くんだな。俺に関わったら、命がねえぜ」
 エミリアを抱いて、外に出ていくヴィクトール。
 大司教らは歯ぎしりして、ヴィクトールを見守っていた。   


「エミリア・・・・・・」
 ヴィクトールはエミリアに解毒剤を飲ませる。
 エミリアが目を覚ましたころ、ヴィクトールはそこにいなかった。
「クラウディオ・・・・・・」
 エミリアはヴィクトールの上着を肩に掛け、ヴィクトールをさがしたが、どこにもいない。
 ヴィクトールはエミリアを抱きたいという衝動に駆られはしたが、神がこういったのだ。
『この本能から逃れるには、死ぬしかない』と。
 ヴィクトールは持っていたナイフで心臓を貫いて、死を選んだ。
「さようなら・・・・・・僕の、天使」
 ヴィクトールが最後につぶやいた天使とは、エミリアなのか、それとも・・・・・・。
 エミリアが見つけたとき、ヴィクトールは息を引き取っていた。
「クラウディオ・・・・・・」
 エミリアはヴィクトールの亡骸に、接吻をした。
 別れの接吻を・・・・・・。

ヴィクトール青年の半生

こういう展開が大好きだったころを懐かしむ作者(笑。

ヴィクトール青年の半生

金持ちの青年ヴィクトールと花屋の娘ジェラード。 身分を気にする父親に引き裂かれ、ふたりが結ばれることはなかったが、その後再会したジェラードに異変が・・・。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-01

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