レビュー:『オルセー美術館所蔵 印象派ー室内をめぐる物語』展
印象派といえば発色を活かした風景画。絵に詳しくない人でもその画面を楽しめるという点で大衆向けの絵画表現だとイメージされる方も少なくないと思いますが、筆触分割といった技術的な面に注目すると印象派の真価は光の再現に注力した写実の画風にあり、原色の輝きを一筋も逃すまいと練りに練った画面構成を施す巧みな絵であることが分かります。そこから翻ってモネやドガ、ルノワールといったいわゆる印象派の画家たちが積んできた研鑽の歴史も想像できるところですが、彼らが成し遂げた革新の歩みは当時の社会変化を抜きには語れません。
印象派の画家たちが活動の拠点としていた19世紀のパリは産業革命で富を得た中産階級が増え、教会の権威が薄れつつありました。日常的なテーマに目を向けやすい雰囲気が社会全体にあったのです。ブルジョワジーのクライアントからも室内画の注文がひっきりなしに。印象派の画家たちは生計を立てるためにその依頼を受け、数多くの室内画を描きました。
室内画はキャンバスの限られた空間内に描く情報を取捨選択し、それらをどう配置するかが肝となる点で定型の美を究める短歌に近い。扱える情報も種々様々で、生活を営むプライベートな空間であるのと同時に、ゲストを招き入れる社交の場にもなる室内には公私に関わる情報が入り混じっている。ゆえにその描き方次第で①家族の理想像をドラマチックに描くこともできれば、②ある家族の実情を通して社会風刺を鋭く行うことだってできるのが室内画の特徴。その切り口に、画家のセンスや技術の良し悪しがはっきりと現れます。実力を知るにはうってつけの一枚です。
そんな室内画にスポットを当てれば「印象派」という言葉に隠された画家の職人然とした姿が浮かび上がるのは必然。彼らが風景の中に見出した「美」の淵源も、部屋の中に描かれたありとあらゆるものに現れている。印象派を深く知るのにこれほど適したジャンルは他にありません。
そこに注目したのが現在、国立西洋美術館で開催中の『オルセー美術館所蔵 印象派ー室内をめぐる物語』です。五つに分けられた展示スペースは室内から外景へと通じる構成が取られており、当時の画壇を支配していたアカデミックな風潮に風穴を開けた異端児たちの確かな足取りを非常に分かりやすく、かつ感動的に教えてくれます。ここまで描ける彼らだったのか!という驚きは、それでもなお反旗を翻すように挑んだ「印象派」の画業の偉大さに気付くきっかけとなり、印象派を代表する風景画の見方を非常にいい方向に改めさせてくれます。
目玉となる一枚は今回初来日したエドガー・ドガの名品、《家族の肖像画(ベレッリ家)》で間違いないですが、個人的にお勧めしたいのはクロード・モネの《アパルトマンの片隅》とアルフレッド・スミスの《画家の母の肖像》です。それぞれが突き詰める技巧とシンプルは私たちに絵画の豊かさと奥深さを教えてくれます。見せ方を心得るモネ、親密さを手放さないアルフレッド・スミスの描く日常にかけられた劇的な鍵。その場所と本数の相関関係について私は今も興味が尽きません。
この二枚については「ポストカードがあるなら絶対に買おう!」と意気込んでいたのですが、本展のグッズショップには混雑回避のために入場制限がかかっており、生憎の天気に加え、予定が詰まっていた私は泣く泣く何も買わずに会場を後にする羽目に。とても悔しい思いをしたので、グッズ購入を考えている方は時間に余裕のあるスケジュールを立てることをお勧めします。チケットについても、可能な方はオンラインで購入した方が妥当です。会場にはオンラインチケット専用の入り口が設けられています。スムーズな入場でストレスなく鑑賞を始められます。
今なお軽く語られることが少なくない印象派の、意外なほどに重厚な一面を知れる素晴らしい企画展です。会期は来年の2月15日まで。一人でも多くの方が来場されることを切に願います。
レビュー:『オルセー美術館所蔵 印象派ー室内をめぐる物語』展