コサックの咎人

コサックの咎人

 私は、コサック族の戦士でした。聴こえは良いものの、実際には誇りとは程遠く、帝政ロシアに自治権を奪われ、厳しい徴兵制によって、男児は生まれながらにして老いて死ぬまで、最後の最期まで、ツァーリのための国境警備軍、つまり、先兵にされる宿命でした。

 私達の努めは、チェチェン族との国境を守り通す事でした。チェチェン人は、幾度となく川を船で渡り、戦を仕掛けてくるのです。それも、彼らには彼らの大義がありました。私達コサックが、皇帝の支配により自治権を奪われた様に、自分達まで大国の支配を受けないために、自ら攻撃を続けるしかなかったのです。

 私は、戦士失格でありました。チェチェン族との合戦を繰り返す度に、確かに我々コサックは、勇猛果敢で、守りは堅牢で、この国境を、運河を守り通しました。
 敵兵を皆殺しにして、戦場を焼き払って、仲間達は猛々しく叫んでいました。
 しかし、しかしです、私には、あの川の向こう側から、戦死した兵隊の、遺族たちの泣き叫ぶ声が聴こえているのです。胸を激しく突く、その泣き声は、妻の声、母の声、兄弟姉妹の声、子供たちの声でありました。

 何故、殺し合わないといけないのだろう。私達は、確かに敵対しているけれど、元を辿れば、同じ兄弟姉妹ではないか。等しく神の子である筈なのに、顔も知らない相手を憎しみ、殺して、泣いて、叫んで。
 悔しかった。私は罪人として生きている自分が、認められなかった。
 このまま人殺しを続けて、生きる事に、耐えられなかった。

 ある勝ち戦の夜、私達は祝い事として焚火を囲み、酒を飲んでいました。
 各々が、自分の武勲を自慢して、大声で燥ぎ、嬉しそうでした。
 私は、ちっとも笑えなかった。人を殺して、何が楽しいのだ。
 すると、私の右隣にいる大男が、酒を飲み干して、言いました。
「チェチェン人なんぞ、皆殺しにしちまえば良いんだ」
 周りの戦士たちは、拍手喝采、狂気じみた笑い声で、燥いで、愚鈍でしたが、
 私は、眦を決して、血走った目で大男を睨みました。
 私達コサックの男は、戦士の証として『クシュカ』と呼ばれる小刀を腰に帯びていました。
 クシュカを素早く抜刀した私は、その男の胸元を、滅多刺しにして、殺しました。
 今の今まで、人を殺して喜んでいた男たちが、人の死を喜んでいた男たちが、酒を飲んで赤ら顔だった愚鈍な者達が、さあっと青ざめて、息を飲みました。
 正気に戻った周囲の戦士たちが、すぐさま私を取り押さえました。
 部族の掟によって、仲間殺しの私は銃殺刑が決まりました。


 銃殺刑の当日、私は町の広場に連れられて、等身より高い木の杭に繋がれました。
 広場には族長の姿も見えました。銃殺刑は、彼の指示によって執り行われます。
 私を取り囲む人々の中に、老いた母の姿が見えました。私から見て、右側に立っていました。
 人々の罵声を浴びる中、族長が私の目の前に立ち、訊きました。
「何か、言い残す事はあるか」
「はい」
 私の遺言を聴くために、人々は静まりました。

「私の父は、先の戦役で、戦死しました。私の兄も、同様に、戦士の国へと招かれました。幼かった弟は、去年の流行り病で、この世を去りました。今日、私が死んだら、お母さんは独りぼっちになります。皆さん、罪人の母だからと言って、お母さんにつらい仕打ちをしないでください。どうか、お母さんに優しくしてあげてください。お願いします」

 族長は、皆に大声で言いました。
「この男の言葉を聴いたな。今日、罰せられる者は、罪人のみである。もしも、母親に不当な仕打ちをする者があれば、この私が罰する。分かったな」
 私は、族長だけに聴こえる小声で「ありがとうございます」と伝えた。

 いよいよ、銃殺隊が目の前に整列して、弾薬が一発だけ込められた小銃を構えて、私を睨んでいます。このまま、撃て、と命じられたら、いよいよ私の最期です。もう、私は何も感じなかった。ただ、ただただ、お母さんに対してだけ、申し訳が無かった。
 ごめんなさい、お母さん、親不孝者の私を、どうか赦してください。
 発砲命令が下される直前、母が叫びました。
「怖がらないで、お母さんが貴方を愛しているわ」
 けたたましい銃声と共に、十五発の弾丸が私の体を貫きました。
 私のコサック民族としての人生は、こうして、終わりました。

コサックの咎人

コサックの咎人

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2025-11-03

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