騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第六章 どきどき反撃

毎度のことながらロイドくんのやらかしと、アンジュさん&ティアナさんの試合です。

第六章 どきどき反撃

『この派手さ! この熱量! 系統は違いますが《マーチ》を彷彿とさせる圧倒的火力! 二つ名の改名が必要です!』

 実況の……確かデルクがそんな事を叫んだ。
 ランク戦二日目。一発目に試合を組まれたアンジュと三年生の「戻り組」のえっさほいさ……エキザ・アジュラとかいう先輩の戦いなんだけど、完全にアンジュのペースな上にアンジュがヤバイことになってる。
 試合が始まると同時に『ヒートフィールド』っていう、自分を中心とした一定範囲をものすごく熱くする魔法を発動。普段なら数メートルくらいなのに闘技場の、観客席と戦ってる生徒たちの間にある結界の中が全部そうなった。結界の外にいるあたしたちにもその熱が少し伝わってくるくらいだから相当な温度のはず。でもってエキザって先輩は第七系統の使い手だったみたいで、まずそれで得意の水の魔法の発動がいつもより大変になった。
 その後……これもいつもなら自分の周囲に展開させるくらいなはずを、『ヒートボム』っていう触れると急激に温度が上昇して爆発を起こす熱の玉を闘技場内に満遍なくバラまいた。これでエキザの……元々走り回るタイプだったかは知らないけど行動が制限された上、アンジュに水の魔法をぶつけるには『ヒートボム』を潜り抜ける必要が出て、攻撃の自由度もかなり下がった。
 そして極めつけがその『ヒートボム』から発射される『ヒートレーザー』。元々はアンジュが体内で作った火の魔力を口から放つっていう魔法生物みたいな技の『ヒートブラスト』っていうのがあって、「魔法」にしない「魔力」の状態だからこそエネルギーの減衰が少ないらしくてかなり威力が高いんだけど、それの規模を小さくして『ヒートボム』から撃つようにした魔法がレーザーの方。
 そもそも魔力って魔法にしないとマナに戻って空気にとけてっちゃうから身体の外で固定しておくって結構難しいんだけど、これにはたぶん、アンジュが持ってる魔眼フロレンティンの性質が影響してる。
 身体の中なら魔力も少しの間その状態で置いておけるけどずっとは無理なところを、フロレンティンはそれを可能にする。魔法の負荷ってマナを魔力に変える時に起こるモノだから、たくさん貯金しておけば負荷を気にせずに高い威力の魔法を使い放題になるのがこの魔眼の利点なんだけど、この場合は「魔力をためられる」っていう性質……っていうか自分がそういう体質っていうイメージが『ヒートボム』の中に魔力をためておくっていう事を可能にしてるんだと思う。
 ともかく闘技場いっぱいに敷き詰められた『ヒートボム』はそのまま『ヒートレーザー』の砲台でもあって、今あたしの視界は無数のビームで埋め尽くされてる。
 そんな猛攻を威力の落ちてる水の魔法を巧みに使いながら潜り抜けてくエキザは流石なんだけど、そこそこ接近してアンジュに水と氷の混ざった威力の高そうな魔法をぶつけたら、それはその効果を発揮する前に蒸発して消えた。
 これはアンジュの『ヒートコート』っていう、自分の身体を『ヒートボム』と同じ性質の熱の膜で覆って何かが触れると爆発するようにした魔法。アンジュが敵にパンチすれば爆発して攻撃、ダッシュすれば足の裏で爆発して加速、敵の攻撃を受ければ爆発して最悪相手の武器を破壊する。二つ名の『スクラッププリンセス』の元にもなった攻防に加えて移動も一体のこれが、爆発を通り越して、第七系統の攻撃とはいえ消滅させるほどの常時高温になってるっぽい。
 エキザからすれば為す術のない状態なのはそうなんだけど、それ以上にエキザにダメージを与えてるだろう事は、そんなとんでも魔法をアンジュが身動き一つしないでしてるってところだと思う。
 入場の時から両手で顔を覆った状態で登場したアンジュは試合が始まってもそのまま。指の隙間からなんとなくエキザを見てはいるけど、黙々と超火力の魔法を発動させてる。

 原因は昨日のバカエロロイド……!


「ひゃぁあっ!?」
 フィリウスさんがロイドに力の制御を教えてあげて欲しいとかで連れてきた小さな女の子。その人がしてきた「悪行」を数えて、それに応じて願いを叶えるとかいう意味不明な能力を持ったその子は、直前にゴ、ゴホウビだなんだの会話でやらしいこと考えてたロイドの願いを叶え、結果ロイドはスーパーラッキースケベ状態になった。
 その影響を検証する為とか言いながらローゼルたちがロイドにじりじりと迫ったんだけど、ローゼルがいきなりそんな声をあげて背中からバタンと倒れる。
「ロ、ロイドくん、い、いきなり――」
 そんなローゼルにう、馬乗りになってるロイドの両手はローゼルの胸――っていうか寝間着の下にもぐり込んでちょ、直接それを掴んで――
「ひゃ――んん――はぁ――」
 寝間着がグネグネとうねり、ローゼルの表情がかなりやばくなるくらいに揉みしだ――
「――って何してんのよ!!」
 反射的にロイドにパンチしたあたしだったけど、無駄に素早い反応かつ無駄に高度な円の動きであたしの腕をそらしながら体勢を回転させ、気づけばあたしはロイドに背中をあずけて脚の間におさまってた。
「ちょ、何し――んぁ!?」
 ロイドの脇腹に肘を打ち込もうとした瞬間、ロイドの両手が寝間着の上からあたしの胸を掴ん――だと思ったら、握手しようと伸ばした手がアンジュの胸に一瞬で移動したのと同じ感じに、それはあたしの寝間着の下に移動して直接胸に触れて――!!
「このバ……あ……」
 ふにふにと……何度か、されたのと同じように……ロイド――が、あたしの胸を……
「ロロロ、ロイくん!? 急にオオカミになっちゃったの!?」
「……ま、まだオレはれれ、冷静ダヨ、リリーちゃん……!」
 耳、元で……ロイドの、声が……ん……
「こ、こういう雰囲気でみんなにせま……迫られると、オ、オレも我慢が……なので……こ、このスーパーな状態で、そうなると……危ないと思うので……オレから攻撃する事に――し、したのです!」
 横目に、見えたロイドの顔は……か、覚悟を決めたとか、そういう――ぁん……じゃ、なくて……真っ赤な顔で目をグルグル――あ……させた、たまになる……理性が、どっか行った……暴走状態って、感じ――で……
「なるほど。つまりロイド様は、いつも懸念されている「最後までしてしまう」という事態への対策として、先にワタクシ……たちを、足腰立たなくしてしまおうと、そういう事ですね?」
 舌、なめずりをしながら……やらしく笑う、カーミラ……
「途中でロイド様のご無理が決壊するような気も致しますが、そういう事でしたらワタクシは受けて立ちますよ。願ったり叶ったりですからね。」
「よーするにこの前のスピエルドルフでのお風呂の時のパワーアップ版な感じだよねー……ホントにもー、ロイドってばエッチなんだからー。」
「……ロ、ロイドくんの……方から……こ、こんなに……だ、大丈夫かな……」
 ロイドの、手……指の動きに――ひぁ……身体が、もう……
「ひ、人の胸を揉み捨てて……そういう事なら、こちらも容赦、しないからなロイドくん……」
「えへ、えへへ、ボクが「最後まで」立ってられるように頑張っちゃうもんね……」

 …………次の日――つまり今日の朝、ロイド本人は精神的に……理性的に限界って顔で、他もかなり……アレな感じだった中で一人だけケロッとしてる上にツヤツヤしてるカーミラがあたしたちにこんな事を言った。

「おや、これはいけませんね。皆さんの魔法のタガが外れてしまっていますよ。」

 昨日の事を思い出してそれどころじゃない感じではあったけど、何となく聞き覚えのある言い回しに質問すると、カーミラはこう答えた。

「人間の間ではリミッターと呼ばれていましたか。ランク戦の最中に……あぁ、まさかロイド様から迫って下さるとは思わなかったので事故のようなモノですが――」

 そうしてカーミラが説明したのはあたしがアイリスから聞いたリミッターの話と同じ内容。ラコフとの戦いでロイドの……想い……を、知って暴走した時と同じように、あたしたちのリミッターは「ちょっと外れてる」から「完全に外れた」状態になったらしい。しかもあの時と違って、ベルナークシリーズのメッキを追加された武器に、それをもとに考えてきた新技もある。結果、今のアンジュはこの後の試合とかを一切考えない全力全開のフルパワー……
 ……でも理解はできる……あたしも、思い出すだけで……温度と……カ、カンショクを身体が再現し出す……特に昨日の場合は口が……ほ、ほんとに、時々変な方向に本気を出すあのバカのせいで……あたしもだぶん、今試合をしたら抑えが効かない……


「お、おやおや、エリルくんは昨日の事を思い出しているようだな? 試合中にい、いやらしい限りだ。」
 色々思い出して顔……っていうか全身が熱くなってきたあたしにそんな事を言うローゼルだけど、妙に身体を縮こまらせてプルプルしてるところを見るに、アンジュの状況を察してあたしと同じ状態になってるわね……
「アンジュちゃんって、普段の格好の割にロイくんに迫られると一番恥ずかしそうだもんねー。昨日のは刺激が強すぎたんじゃないかな?」
 カーミラに次いで普段との変化が少ないリリーが溶けたチーズみたいな顔でニヤニヤしながらウットリしながらクネクネする……
「い、今まで無かった……す、すごいのが、あったもんね……」
 朝からずっと、事あるごとに口元を隠してもじもじし続けてるティアナ……そう、き、昨日の中で一番すごいっていうか……やばかったのは――

『おおーっと、これはー!』

 ティアナみたいに口に手を添えたところでデルクの声が響いて、観客席の様子が変になった。なんていうか、太陽の光が差し込んでる水中みたいな……
「おお、これはすごいな……一瞬であの量を……」
 上を見上げてそう呟くローゼルの視線の先を見ると、アンジュが展開した『ヒートフィールド』の範囲の外――闘技場の上空に巨大な水の塊が浮いてた。どこかの池か湖の水を丸ごと移動させたみたいなとんでもない量の水が、太陽の光を揺らめかせて闘技場一帯をちょっと綺麗な感じにしてる。

『『スクラッププリンセス』の高温領域外とは言え、あれだけ離れた場所にこれほどの水を生み出す魔法技術の高さ! そしてもちろん、この後はその大質量による反撃!』

 デルクの言葉通り、巨大な水の塊から一軒家くらいを軽く吹き飛ばせそうな……鉄砲水っていうか水のビームがアンジュ目掛けて放水された。『ヒートフィールド』と『ヒートコート』だけじゃどう考えたって蒸発させ切れない一撃に、闘技場内にバラまかれてた『ヒートボム』から一斉に『ヒートレーザー』が発射される。

 ジュアアアアッ!

 鉄板の上に水を垂らした時の音を数十倍の音量にしたような爆音と渦巻く水蒸気。水のビームと熱のビームが空中で拮抗――してるように見えるけど、たぶんこのままだと……

『サウナ好きもひっくり返るでしょう、高温と水蒸気! 熱が切れるのが先か、水が尽きるのが先かというところですが、やはり質量の差か! 『スクラッププリンセス』のビームがじりじりと押されていく!』

 水と熱のぶつかり合う場所が段々とアンジュの方に近づき、目前まで迫ったところでアンジュが……顔から手を離し、目の前でギリギリ止めてるっていうか蒸発させてる水にすぅっと伸ばす。その手はアンジュの魔法の中だと見たことない青い光をまとってて、その光が大きな手のひらみたいに広がって迫る水に触れた。
 アンジュの新技――ものすごい爆発とかもっと強力なビームが発動するのかと思ってちょっと身構えたんだけど何も起きなくて、状況に変化は――

『おや? 気のせいでしょうか、音が小さくなっていっているような――っと、これはー!?』

 デルクが言った音っていうのは水が蒸発する音。言われてみればボリュームが下がったような気がすると思った瞬間、音がピタリと止んでアンジュの目の前まで来てる水が……凍った。
「な、氷だと!?」
 ローゼルが驚く中、いつの間にか水と熱のぶつかり合いは水と氷の衝突になり、アンジュを飲み込もうとしてた水は段々と氷の柱へと変わっていく。しかもその速度がドンドン早くなって――

 バキャァンッ!

 とうとう空中に浮いてた水の塊まで凍りつき、エキザの制御を離れたのか、それは闘技場内に逃げ場のないバカでかい氷塊となって落下した。

『サウナの次は冷凍庫! 急激な温度変化で風邪をひきそうですが、そんな事を言っていられない全範囲大質量の落下! 両者はいかに!』

 急に冷え込んだ闘技場内が静まり返る中、砕けて大量に転がった氷の塊の一部がジュワッと溶けて空間を開けた。『ヒートフィールド』がそのままバリアになったみたいにポッカリとあいたその場所にいるのはアンジュとエキザ……なんだけど、何故か二人は握手しててエキザの方は膝をつき、自分の身体を抱きながらぶるぶる震えてた。
 まるで、寒くてたまらないって感じに。

「……はぁ……ちょっと落ち着いたかなー……」

 試合が始まってから初めて喋ったアンジュが手を離すと、エキザはバタリと倒れて……寒さをしのごうとする感じに丸くなった。

『な、何が起きたのか! 勝敗のついた状況と勝者がチグハグですが――試合終了! 勝者、『スクラッププリンセス』、アンジュ・カンパニュラ!』



 昨日とは別の理由……一晩経った――事が理由なのかはわからないけれど、スーパーラッキースケベ状態は無事に解除されたものの、み、みんなの顔……を、見れない……ので、また強化コンビと一緒にエリルたちから離れた場所でアンジュの試合を観ていたオレは、高温やビームとはかけ離れた決着のつき方に困惑し、そして当然のように近くに座っているデルフさんの解説を聞いていた。
「爆発や光線といったカンパニュラくんが得意とするこれらの魔法は、別の言い方をすると「熱を与える」モノだ。」
「与える……ですか。」
「厳密には魔法的なイメージの要素があるけれど、簡単に言えば急激な温度上昇――即ち熱を与える事で爆発を起こし、高温を一直線に相手に飛ばした結果その軌跡が光の線となっている。対して最後にカンパニュラくんが行ったのは「熱を奪う」ということ。水から熱を奪う事で温度を下げて氷とし、最後は相手の身体から体温を奪う事で凍えさせたんだ。」
「ははぁ、起きた事は第七系統っぽいけど、あくまで熱を操った結果だから第四系統の魔法に変わりはねぇってことなのか。面白れぇな!」
「攻めるにせよ防ぐにせよ、全く別方向の選択肢を持つ事は幅広い対応力に繋がるだろうし、魔力や熱を「ためる」事が得意なカンパニュラさんの場合は奪った熱を使っての攻撃もできるのではないか?」
「実際、第四系統なら高温、第七系統なら低温の魔法として認識をスタートさせて最終的に熱を操るという技に到達した騎士はいて、いずれも凄腕の騎士として知られているよ。まぁ、高温に極限まで特化した今の《エイプリル》のような使い手もいるけれど、レオノチスくんの言う通り熱を自在に操れると手札が多くなって有利だからね。その分、難易度は相当なモノなのだけど。」
「そ、そうなんですか? 熱を与えるか奪うかの違いって聞くとそこまで難しそうには聞こえませんが……」
「あはは、それは前に歩くのと逆の事をすればいいのだから後ろに歩くのなんて簡単と言っているようなモノだよ。もしくは向きが逆なだけなのだから利き手じゃない方の手も上手に使えるはずって感じかな。」
「そう言われると……すごく難しそうですね……」
 これもベルナークシリーズのメッキの力がアンジュを後押ししたのだろうけど……魔法との親和性――っていうのが上がるだけでこうも変わるのか……
「けれどそれ以前に、今日のカンパニュラくんはどうしたんだい? あれだけ派手に魔法を連射すると次の試合に響くし、そもそもの出力が普段の比じゃなかったけれど、ああいうのはイメージや常識を塗りつぶすほどの何かしらの感情の爆発で起きるモノだよ?」
「へ!? あの、いや、その……」
 デルフさんの疑問を受けて反射的に昨日の事を思い出し、瞬間的に顔が沸騰したオレを見てデルフさんがやれやれという感じに笑う。
「ジンジャーくん辺りが眉間にしわを寄せちゃうね。」



「ね、姉様……」
「ええ……どういうことなのかしら……」
 ランク戦の観戦という形で一般開放されているセイリオス学院に再びやってきた二人の女性は、敷地内に入るや否や空を見上げて唖然としていた。
「ワタシたちの魔法さんに対応した――というわけではなさそうですが、明らかに術式さんが破損していますわ……」
「果物様詰め放題の袋の中に詰め込み過ぎて袋が破れてしまったような感じですわね……魔法……魔力……それとも全く別の何かの力……一晩の間に学院の中でとてつもないエネルギー様が発生して内側から押されたというところでしょうか……」
「幸い魔法の方向性さんは無事ですが、微妙な加減が狂ってしまっていますわ。かと言って元々込めた魔力さんが最小限だった影響で修復も難しい……」
「この状態で仕上げをすると……何と言いますか、頭の足りない暴徒様になってしまうのでは……」
「ボスの指示を仰ぎましょう……致命的さんではありませんが、万全さんではなくなりましたわ。」



「姫様ったら、先日『神獣』を終わらせた時と同等かそれ以上の力が漏れ出ていますわ。ロイド様と何かありましたか?」
「ええ、それはもう。ロイド様の新たな一面と言いますか、新技と言いますか、ワタクシをどこまで夢中にさせるのでしょうか……あぁ……ロイド様……」
 二人の女性が唖然としている頃、夜の国ことスピエルドルフにて黒いドレスの女王と頭部が鳥の人物がそんな会話をしていた。
「喜ばしい事ですが、セイリオス学院が倒壊しなくて良かったですね。」
「流石と言いますか、あの学院に施されている魔法は外からの攻撃には勿論、学生から放たれる魔法を想定しているのでしょう、内からの力にも堅牢でしたよ。もっとも誰かがひっそりと加えた魔法にはヒビが入りましたが。」
「バクから報告のあった二人組が展開した魔法ですね。ロイド様には害がありませんし、生じる影響は騎士の領分ですからそのままにしていましたが、効果が変化しましたか?」
「少し雑になった感じでしょうか。魔法の内容からしてその二人の狙いを少しズラす結果になりましたね。」
「魔法のズレですか……それ事態よりも二人組が変な行動を起こさないか、引き続きバクには警戒するように伝えておきます。」
「ええ……正直ワタクシはエリルさんたちに注意を払わなければならないので、そちらはお任せです。」
「? 何かご懸念が?」
 鳥の頭部の人物――ヒュブリスがそう尋ねると、女王――カーミラは頬を赤らめつつも割と真剣な表情になった。
「先ほども言いましたが、昨晩ロイド様は新たな段階に入られました。一言で言えば「キス」なのですが、あれは……強力です……」
「ロイド様の吸血鬼性はその御口に顕著という事ですがその辺りも関係が?」
「そうですね。昨晩のロイド様は状況にご自身の理性がもたないと判断し、普段の暖かな愛ではなくワタクシたちを快楽によって腰砕けにする為に全力を振るわれました。その中で生まれたのが、ワタクシがそのお身体に刻んだ吸血鬼の技術を総動員して行われた「キス」です。」
 それを思い出したのか、カーミラは自身の肩を抱いてぶるりと震える。
「直接的な行為ではなく口づけの形になったのはロイド様らしいですし、吸血鬼性がそこに生じているのもそれ故でしょうが……その威力とある意味どこでも実行可能な点を考慮するととてつもない「攻撃」です。」
「こ、攻撃ですか……」
「ええ……稲妻が落ちたような衝撃、全身を蜂蜜が覆うような官能……触れ方、角度、強さに呼吸のタイミング――すべてが相手を「倒す」為に行われる「キス」でしたからね。ロイド様が活用した技術を同様に持っているワタクシですら、思い出すだけで今もこうして身体の自由が利かなくなります。」
 呼吸が荒くなり、熱のこもった息をはくカーミラからゾワリと漏れ出る力を感じ、ヒュブリスは息をのむ。
「ロイド様からの寵愛の経験があるとは言え、普通の人間であるエリルさんたちにとっては劇薬ですから、理性が飛ぶのはそちらかもしれませ――ほら、言っている傍から。」



 デルフさんの解説を聞いた後、いつものように試合終わりの出迎えようとするのだけど、エリルたちからは少し離れる為に出口からちょっと距離を置いて立っていた……のだが……
「ロイドーっ!」
「びゃぁむん!?」
 強力な魔法の連発による魔法負荷で結構ヘロヘロなんじゃないかと思っていたアンジュがエリルたちに思った通りのふらふら具合で手を振りながら戻ってきたのだけど、オレを視認するや否や足の裏での起爆を使った加速で急接近して――オレにキスをしてきた……!?
「あむ……んん……」
 し、しかも凄いでぃ、でぃーぷな……あぁ……
「何やってんのよあんたは!」
 容赦のないエリルのブレイズキックがオレの顔面をかすめる頃にはアンジュは離れていて、頬を赤らめた状態で……すごく色っぽいというか艶っぽい表情で唇をペロリと……ひゃぁあ……
「何って、わかってるくせにー。試合でちょっと発散できたあたしでもこれだもん、お姫様たちはウズウズしてるでしょー?」
 う、うずうず……?
「……! バカロイド! こっち見るんじゃないわよ!」
「えぇ!?」
「う、うむ、割と真面目に……今のアンジュくんのを見てしまうと――」
「ロイくん!」
 位置魔法で一瞬にしてオレの前に移動したリリーちゃんに抱き着かれ――気づけばリリーちゃんの部屋に移動していて……!?
「リ、リリーちゃん!? なんで部屋に『テレポート』をむぅん!?」
 目にも止まらぬ早業というか、立っていたはずがいきなりベッドの上に移動して寝転がるオレの上に乗ったリリーちゃんがオレの口を塞ぎ……!!
「んにゃ……むにゅ……」
 舌が、したがああぁあ……!!



「リリーくんがロイドくんを連れて消えた! 今の状況だと非常にまずい! アンジュくんがいきなりあんな事するからだぞ!」
「だーって、我慢できなかったんだもん。」
 ランク戦の最中だっていうのに試合に全然関係ない事でリリーの部屋にダッシュしたあたしたちは……そう、リリーの部屋に向かってたはずなんだけどいつの間にかあたしとロイドの部屋にいて、床には黒いモヤモヤしたモノでぐるぐる巻きになったリリーが転がり、全然状況が飲み込めてない感じでついでに顔が真っ赤なロイドが挙動不審に立ってて――
「少々雑務があったのでスピエルドルフに戻ってしまいましたが、対処しておくべきでしたね。」
 ロイドのベッドの上にカーミラが座ってた。
「ミ、ミラちゃん、こここ、これは一体……オ、オレさっきリリーちゃんの部屋でリリーちゃんに……」
「押し倒されていましたね。あのままでしたら最後まで襲われていたでしょう。」
「サイゴマデ!?」
「む、むう……昨日の事があったからリリーくんはそれくらいしそうな勢いだな……変な感じではあるが礼を言うぞ、カーミラくん。」
「リリーさんだけではありませんよ。ワタクシは皆さんからロイド様を守らねばと、ここに来たのですからね。」
「あははー……確かに今はちょっとしたキッカケで……割と抑えが効かないよねー……」
 ついさっきロイドに飛びついたアンジュが口元をペロリと舐める……
「その理由である昨晩のロイド様の、主に「キス」についてロイド様ご自身にも理解していただくよう、説明しますね。」
「へ? オ、オレの……?」
 そうしてカーミラが大真面目に昨日のロイドの……ちょっとやばかった「キス」について解説を始めた。
 朝にリミッターについて話した時と同じように喋ってるんだけど内容がアレなせいでちょっと変っていうかバカみたいっていうか……しかも聞いてると要するにロイドのあれは――
「……つまりカーミラくんの手によって吸血鬼のやらしいテクニックを身に着けているロイドくんがそれを一点集中の全力全開で放つのがあのキスで、吸血鬼であるカーミラくんですらダメージが大きいそれを普通の人間が受けると大変な事になると……」
「ある程度の耐性がある……と言うよりは既にそうなっているとも言える皆さんの場合はともかく、通りすがりの見知らぬ女性にしたとしてもロイド様無しでは生きていけない状態にしてしまえるでしょうね。」
「そそそ、そんなことに……? それだとオレ、あの……サ、サキュバスさんとかの――ほ、本職の人みたいでは……」
「割とそのレベルなのですよ。ですからそこらの女性に口づけをバラまいてはいけませんよ?」
「し、しないよ!」
 ニコッと笑うカーミラと、赤い顔が青くなるロイド……
「……要するに全部あんたのせいじゃない……」
「おや、少々過剰になってしまった事は認めますが、おかげで皆さんも素敵な時間を過ごせているのでは?」
「う、うっさいわね……! て、ていうかあんたは、朝帰ったのにこ、こんな事の説明でまた来て、暇な女王ね……!」
「ロイド様の優先順位が一番上というだけですよ。それに少しだけ騎士たちにとって良いことが起きているのでここに来るのも無意味ではありません。」
「はぁ……?」
「昨晩に一回、一度国に戻って再びやってきた事でもう一回。内側からの圧力で二回の亀裂が入っていますから。」



「……申し訳ありませんわ、ボス……」
『流石に想定の外が過ぎますからね。お二人の展開した魔法を――「物理的」という表現はいささか妙ですが、学院の敷地を満たすほどの膨大な、しかし魔法ではない何かの力によって内側から圧迫して亀裂を生じさせるなどという奇天烈な事象が相手では仕方がありません。』
「い、いえ……それはその通りでワタシたちも驚いていましたが、そ、それに加えましてその……たった今、再度ワタシたちの魔法さんにダメージさんが入りまして……」
『! 今、ですか。昨晩の間にという事でしたから騎士か学院かがお二人の魔法をどうにかする為に隠し玉か何かを起動させたのかと思っていたのですが、二度目を行うなら人目の多い日中は避けるはず……魔法へのダメージ以外に何か感じましたか? 学院に満ちるエネルギーのようなモノを。』
「そ、それが特にありませんわ……強力な力のはずなのに欠片さんも感じ取れないなんて、存在感で圧迫しているかのようです……」
『……どうやら規格外の何かが起きているようですね。しかし幸いな事に、タイミングから考えてお二人の魔法を狙っているわけではない気もします。現状、魔法の効果は?』
「狙っていた現象さん自体は起きますわ。ですが先ほどもお伝えした事がより顕著に……もはや理性のない状態さんになるかと……」
『なるほど……ですがそれはそれで逆に『シュナイデン』の存在が良い方向に働きそうですね……以前発生した魔法生物の侵攻には『世界の悪』が関与していたという事もありますし、思考の方向はそちらに向くはず……』
「? ボス、それはどういう……」
『問題はなさそう、という事です。魔法の影響が出るのはいつになりますか?』
「理性さんがなくなりますから、明後日――最悪の場合は明日にでも……」
『予定の七、八割――上々ですね。お二人は引き続き、今の壊れてしまっている状態に重ねる形で構いませんので予定通りにお願いします。追加の仕込みはこちらで対応します。それでは。』
 空を見上げていた二人の女性は、二人にしか聞こえていなかった三人目の声が途切れるとお互いに視線を交わしてため息をついた。
「いつもながら、ボスの冷静な対応さんには感服ですわ。」
「そうですわね……それにしても一体何が起きているのかしら……姉様とアタシの魔法にこんな形で干渉してくるなんて……」
「ボスもおっしゃっていましたが、ワタシたちの魔法を狙っているわけではない……そう、何かをしたついでに傷さんを与えている感じですわね。駆け抜ける馬車さんの横に風さんが吹くかのように……」
「迷惑な話様ですわ……」



「……フィリウスさん、何かしましたか?」
「んん? 今朝は日課の筋トレをしたくらいだぞ!」
 ランク戦で賑わっている学院の、ほぼ全員が闘技場に集まっている為に静かな校舎の一室で昨日と同じように魔法陣の光る床に座り込んだ死神のような男――《ジューン》が眉をひそめる。
「例の魔法が……何と言いますか、少し壊れています。あまりに魔力が薄い影響で魔法による干渉――解除や破壊ができなかった魔法が昨日から変質しているのです。術者が手を加えたのではなく、外乱によって破損した感覚です。」
「だっはっは、そりゃ俺様の筋トレは無関係だな! 魔法を魔法以外の力で壊すたぁなかなかのゴリ押しだが並の力じゃ無理だろ!? そんなのを俺様たちでも術者でもないどっかの誰かがぶっ放したって事か!」
「昨日連れていた子供の影響はないでしょうか。規格外の力を感じましたが。」
「だっはっは、それは違うと断言できるほどあの子の能力を把握できてねぇところが痛いな! だが実際、誰がっつー事は気にはなるものの、魔法が壊れた事自体はいい事なんだろ!?」
「魔法の効果は術者の狙いからズレるでしょうが、それがこちらにとって良い事かどうかというのは発動してみるまで不明なのは相変わらずです。ただ、昨日の壊れていなかった状態との比較で何となく……まとまりと言いますか、知的な部分が欠けるような気がします。」
「何かの考えを後押しする魔法らしいっつってたよな? そこから頭が無くなるってどういうこった?」



『先ほど『ビックリ箱騎士団』が一人、《スクラッププリンセス》のド派手な試合をお届けしましたデルクですが、引き続き『ビックリ箱騎士団』の戦いを実況する事となりました!』

 アンジュの試合の時はヤバそう……だったからエリルたちと分かれて観ていたわけだけど、ミラちゃんが言うには今の状況からすると離れている方が余計に……か、感情を募らせる結果になってしまうからという事で、さっきと同じ闘技場となった次の試合はみんなと一緒に観る事にした……のだけど……
「うむ、確かにこうしていると悶々としていた心が鎮まる気がするな。」
「絶対我慢できなくなると思ったんだけどねー。場所が場所だからかなー?」
「……顔見ると同時に飛びついた奴がよく言うわね……」
「はぁ……ロイくん……」
 み、右側ではローゼルさんがオレの腕をむむ、胸にハハ、ハサミコミながら抱き着き、同じ事を左側でアンジュがして、オ、オレの脚の間にエリルが座り、背中――というか首の辺りに柔らかいモノをお、押し当てつつリリーちゃんがオレの頭にあごを乗っける――四方をギュウギュウにロックされた上にいい匂いやらカカ、カンショクやらに包まれるオレは、「いつものこと」という風に特に気にしていない強化コンビと、やれやれという顔をしつつもニヤニヤしている器用なデルフさんと一緒に試合を観ている……
 ……ミラちゃんは色々と注意事項を教えてくれた後スピエルドルフに戻っていったのだけど、本当にこんな状態で大丈夫――いや、もうむしろオレ自身の理性が……!!

『今のところ五勝一敗という、三年生の「元組」「戻り組」を相手に恐ろしい戦績の『ビックリ箱騎士団』! 三年生トーナメントに殴り込みをかけた彼らの最後の一人! 知る人ぞ知るガンスミスの家系! 『カレイドスコープ』こと、ティアナ・マリーゴールド!』

 司会のデルクさんの紹介と共に入場するティアナ。第九系統の形状の魔法の中でも上位の魔法らしい『変身』を使う為に、その白い腕と脚を大きく露出させた……半袖半ズボンのもっと短いバージョンみたいな服装に大きなスナイパーライフルと拳銃を一つずつというのがティアナのスタイルだったのだが――

『おおっと、『カレイドスコープ』! 前回のランク戦では二丁だったはずですが、随分と増えて重装備です!』

 スナイパーライフルを肩に担ぎ、腕の下と腰の左右のホルスターに小さめの……微妙にそれぞれ形の違う拳銃を四つ、そして背中にスナイパーライフルと拳銃の間くらいの大きさの銃を一つ、全部で六丁の銃を装備している。
 ……スピエルドルフでベルナークシリーズの力を付与されたのは元々使っていた二つだけだったから、他の四つはその後追加された普通の銃だと思うのだけど……ホルスターに入っている方はよく見えないけれど背中に背負っている銃はなんだか……黒や銀や金と、色々な金属を使っている感じに銃にしてはカラフルな気がするな……

『小柄な身体にフル装備の圧! それに対抗する三年生はまたしても「戻り組」! 加えて何という偶然か、学院では使う者の少ない同じく銃使い! 『ラバーフェイス』ことシューマス・ハント!』

 そんな新装備のティアナの相手は制服姿だけどそれに加えて赤いバンダナを額に巻き、腰にティアナみたいに銃の入ったホルスターをぶら下げている男子の先輩。銃は一丁だけど武器の多さで強さが決まるわけでもない……ってオレが言うのもなんだけど、「戻り組」という事はかなり強い人のはずだ。

「問題の一年生とバッタリか。マジでトーナメントの組み合わせはどーなってんだって感じだが、銃を使うモンとしちゃあちょっと嬉しいカードだよな。」

 ポンポンと自分の銃を叩きながらティアナを……というかティアナの銃に視線を向けるハント先輩。

「銃を武器にしようって奴なら誰もが憧れるブランドの一つ。引退した今でも欲しがる奴がわんさかのガンスミス――マリーゴールド。おれもいつかはそういう「いい武器」を持ちたいもんだからな。その性能を体験できるのはありがてーこった。」
「……お、お爺ちゃんに、伝えて……おきます……」

 商人であるリリーちゃんによると、銃という武器が最も広まっている金属の国ガルドで五本の指に入るガンスミスの家系がマリーゴールド。ティアナのお爺さんの代でここ、剣と魔法の国フェルブランドにやってくるのと同時に引退したのだけど、ハント先輩が言ったようにマリーゴールドの銃は今でも人気があるらしい。
 ちなみに、ティアナが使っている銃は引退したティアナのお爺さんが騎士を目指すティアナの為に作った銃であり、即ちマリーゴールド最後の銃という事になるからその価値は計り知れないとも、リリーちゃんは言っていた……のだけど……
「……司会の人も言っていたけど、確かに銃って使っている人をあんまり見ないよな……凄い武器って言えば伝説の剣とかで機関銃とかじゃないし……やっぱり騎士と言えば剣とかだからなのか……?」
 今思えばあっちこっちの国をまわったフィリウスとの旅の中でも野盗とかの基本武器はナイフや剣だったし、銃が物凄く高価かって言うと……そりゃまぁその辺のナイフよりは高いけど宝石みたいな値段なわけじゃないし……
「それはね、サードニクスくん。魔法があるからさ。」
 今更なオレの疑問に答えてくれたのは毎度おなじみ――場合によってはローゼルさんだったりするけれど――デルフさん
「魔法があるから……銃の使い手が少ない……?」
「ふふふ、よくわからないという顔だね。疑問に答える前に一つ尋ねるけれど、サードニクスくんは剣と銃、どっちが強いと思うかな?」
 デルフさんのその質問に、オレはいつだったかフィリウスに同じような質問をしたのを思い出した。


「フィリウスは大砲とかガトリング砲とか使わないのか?」
「だっはっは、なんだいきなり!」
「いや……だってそんなバカでかい剣を振り回せるくらい力があるならそういう威力の高い銃……みたいなのも使えるんだろ? 剣より銃の方が強いんだし……あ、実は弾数とかを気にしない剣の方が強いのか?」
「世の男が一度は考える問題、最強の武器は何かって事だな!? 俺様的には剣より銃だ! んで銃より大砲だし、大砲よりはガルドにあるビーム砲! より遠くによりパワフルな遠距離武器こそが最強だと思うぞ!」
「じゃあなんでフィリウスは剣を使ってるんだ?」
「だっはっは! 今の大将には説明が難しいからな! 俺様の趣味とでも思っておけ!」


 趣味……確かにフィリウスはそういうところあるよな――みたいな感じにその時のオレは納得したような気がするけど、今なら理解できる気がする……明確な理由というのを。
「……銃、ですかね。やっぱり離れた所から攻撃できるのは強いんじゃないかと……」
「そうだね。使い手や環境で意見は分かれるけれど、戦闘という、誰かや何かに自分がダメージを負うリスクを最小限にして攻撃を仕掛ける事を理想とする状況下なら銃の方が圧倒的に強いだろう。弾数制限のデメリットは攻撃範囲のメリットが補って余りあるからね。けれど戦闘の専門家である騎士の中で銃をメインの武器として扱っている人は少数派。この矛盾を生んでいるのは魔法の存在だ。」
「えぇっと……銃と魔法は相性が悪い……みたいな事でしょうか。」
「ある意味そうだけれどちょっと違うかな。一言で言ってしまえばさっきのサードニクスくんの「騎士と言えば剣」という言葉に集約される。」
「! もしかして魔法に大事なイメージの問題、って事ですか。」
「その通り。武器の歴史という観点で見ると、銃はまだまだ「新しい武器」だ。対して剣などは魔法というモノを人間が無理やり使い始めた頃には既に存在していた武器。「魔法と武器を組み合わせて戦う」というスタイルにおける歴史の積み重ねにおいては剣の方が圧倒的に先輩。だから例えば「炎を剣にまとわせる」なんて事は誰もが自然とイメージができるし、剣と組み合わせる事が前提の魔法だっていくつも開発されている。」
「つまり……銃の方が強いのはわかっているけれど、剣の方が魔法と一緒に使う事に慣れているから銃を使う人が少ない……って事ですか……」
「騎士界全体で技術の進歩についていけていない感じが何とも間抜けだけれど、これまでのイメージがあまりに強すぎるのさ。「騎士と言えば剣」というイメージが頭の片隅にある影響で銃に魔法を付与する事がうまくできないなんて話も結構多い。マリーゴールドくんのように銃弾を自在に操作できるのは、ガンスミスの家系という環境が大きく影響しているのだろうね。」
 前にティアナの家に行った時、別に家中銃だらけというわけではなかったけれどエアロバイクみたいなガルドの最新技術が当たり前のようにあったし、デルフさんの言う「新しい武器」に対する……抵抗? みたいのが少ないのは確かだろう。
 フィリウスが魔法に関する知識や常識を教えないようにしていた事でオレが曲芸剣術に重要な回転のイメージを持てているみたいに、育った環境というのも魔法のイメージに大きく関わってくるわけか……
「ということは相手のハント先輩もティアナみたいに銃と魔法を組み合わせるイメージを持っているくらいに銃との関わりが深いんですね。」
「ん? ああいや、ハントくんはそういうんじゃないよ。魔法で銃を強化するんじゃなくて、銃を当てる為に魔法を利用するのさ。まぁ観ていればわかる……いや、わからないかな……最悪何も……」
 むぅ、という顔で考え込むデルフさんに首をかしげていると、司会のデルクさんの声が響き渡った。

『六丁対一丁のガンマン対決! 試合開始です!』

 パァンッ!

 デルクさんの試合開始の合図とほぼ同時に響く銃声。注意して見ていたわけではないとは言え完全にその動作が見えなかったのだけど、いつの間にか腰のホルスターから銃を抜いているハント先輩は既に一発発射していて、それはティアナの後方にある壁に穴を開けていた。

「まじか。」

 たぶん壁を狙った攻撃――けん制とかの意味合いで撃ったわけではない。単純に、ティアナが避けたのだ。

「早撃ちに自信はあっけど、相手は魔眼ペリドットっつー滅茶苦茶よく見える眼を持ってるわけで、こんな真正面で向き合った状態じゃあ身体の予備動作を見られて避けられるんじゃねぇかとは思ってたぜ? 思ってたが……こうもあっさりやられるとショックだな。」
「び、びっくりは、しました、よ……そんなに早く撃てる人、は、初めて見ました……」

 そう言いながら少し腰を低くしたティアナは、直後一瞬でその形状を変化させた両脚で爆発的な加速をしてハント先輩へと迫り、岩も砕けそうな凄まじい剛腕で空気を切り裂きながら鋭い爪を繰り出した。
 イメージ的に……三年生の先輩たちはそんなティアナの恐ろしい一撃もさらりとかわしてしまうのだろうと思っていたのだけど、ハント先輩は爪こそ逃れたものの腕に触れてしまったようで、跳ね飛ばされるように宙を舞った。
 そりゃあまぁ誰もかれもが体術の達人ではないか――などと一瞬ハント先輩を軽く見てしまったオレだったが、どう考えてもまともにティアナを狙える状態じゃない回転中にマシンガンかと思うほどの速射でティアナに向かって銃が放たれる音を聞いて目を丸くする。
 驚いたのはティアナもだったようで、再度脚の形状を変化させて銃弾を回避し、離れた場所に着地するも右脚をかばうような体勢になっていた。かすったか、最悪直撃してしまったかもしれない……!

「へいへい、思った以上に厄介だな。いきなりクマみたいな腕になったぞ。やっぱマトモにはやりあえねぇなぁ、こりゃ。」

 空中をぐるぐる回転したから若干ふらふらしているのか、頭を抱えて立ち上がるハント先輩は不意に腕が見えなくなって、気づけば再度銃を構えていて……え、もしかして今リロードした――のか……?

『第九系統の形状の魔法における奥義の一つ、『変身』! 魔法技術は勿論、人体構造などの知識が求められる高度な魔法を「一瞬」というとんでもない速度で扱う『カレイドスコープ』! しかし「戻り組」である『ラバーフェイス』お得意の早撃ちには面食らっているようです!』

「早撃ちって……なんか、そういうレベルじゃないような気が……時間の魔法でも使っているみたいですけど……」
「ふふふ、サードニクスくんの感想はもっともだけれど使っているのは身体能力や頑丈さを向上させる強化魔法だけさ。ハントくんは銃を魔法で強化する事はしない代わりに「銃を撃つ」という事を極端に磨き抜いた騎士なんだ。」
「撃つことを磨き抜く……?」
「うん。ハントくんの考えは、「そもそも銃って武器はそれだけで強力なんだから、確実に弾を当てられるようになるだけで最強だぜ?」というモノでね。どんな状況、どんな体勢からでも「狙って、撃つ」という動作が出来るように……というかそれのみに特化して身体を鍛えて技術を磨いたんだ。結果、ホルスターから抜いたり弾を装填したりする動作も含め、神業と呼べる速度と精度で銃を撃てるようになった――それがハントくんという銃使いの騎士なのさ。」
「一つの事を極めに極めたタイプってやつですね……フィリウスが好きそうだ……」
「そして彼が得意とする魔法もまた、銃を当てる為にあれこれ試した結果編み出された特殊な魔法でね。手の内を知っていても対処が難しい類なんだ。」
「え……あ、そうか、銃の技術はあくまで本人の――体術みたいなモノですもんね。そうかそこに得意な魔法も加わるのか……」
「本人の技術とその魔法の組み合わせで大抵の場合はほとんど一方的にやられてしまうのだけど……よりによって、たぶんマリーゴールドくんはハントくんにとってかなり相性の悪い相手になるんじゃないかな……」
「ティアナが――ってあれ?」
 デルフさんの説明を聞いていてほんの少し目を逸らした間にティアナはカラードみたいな――というほどガチガチではないシンプルなモノだけど、なんと全身甲冑姿になっていた。
「えぇ、いつの間に?」
「背中の銃よ。」
 肝心な場面を見逃したオレにオレの脚の間に座っているせいで顔の見えないエリルが教えてくれる……
「背負ってた銃がドロッて溶けてティアナの全身を覆ったのよ。でも……ちょっと大きめの銃だったけどあんな風に身体全部を覆ったら相当ペラペラなんじゃないかしら……」

「……」

 身体の動きを確かめているのか、腕を回したり腰を捻ったりする様子を見るにカラードの鎧みたいにガションガション言わないし、エリルの言う通りかなり薄いのだろう。それでもどんな体勢からも銃撃してくるような人が相手なら無いよりはましか――と思っていると、最後にティアナは右脚を……さっき銃弾が当たったっぽい脚で、靴を履いた時みたいにつま先で地面をトントンと叩いた。

「へいへい、まさかとは思うが折角脚に銃弾ぶち込んだのに、治したのか? その即席アーマー作るついでに?」

 右脚をかばうような立ち方だったティアナはすっかりいつも通りになっている。治したというのは形状の魔法の応用で……あれ、でも闘技場の中だと……
「ふむ……形状の魔法で傷口を塞ぐ――というよりは元に戻すことができるのは確かだが、ランク戦においては銃弾を受けようとそこに穴が開くことはなく、そうなった場合の痛みなどが発生するのみのはずなのに「治す」というのはどういう事だ? という顔をしているな、ロイドくん。」
「ひゃ、ひゃい……!」
 も、ものすごく密着しているせいでローゼルさんが何かを話すだけでむにょんと……オレの腕
に暴力的な感触が走る……!
「実際にケガをしていないなら治しようがない――というのであれば回復系の魔法が全て無意味という事になってしまうからな。おそらくそのダメージを想定して行う治療は発生している痛みを無くすようにきちんと働くのだろう。」

「さっきの『変身』といい、とんでもねぇスピードだな……その見るからにペラい装甲で銃弾を防げるとは思わねぇが、そんなにあっさり治されるとなるとキッチリとした致命傷が必要だろうし、とりあえず厚着はやめてもらうぜ。」

 そう言うとハント先輩は銃を持つ手とは逆の手で指をパチンと鳴らした。ああいうのはだいたい何かしらの魔法を発動させたって事なんだけど……何も起きないな……

「!」

 どこかに変化がないかと闘技場のあちこちに視線を向けていると、不意にティアナがめまいでもしたみたいにふらついて膝をついた。

「そんなに着込んでちゃ暑苦しいだろ? んな金属製の服は取っ払っちまって――」

 ティアナの反応が狙い通りだったのか、ニヤリと笑いながらハント先輩がそんな事を言い始めたのだが……頭を押さえていたティアナは急に回復したようにすっと立ち上がった。

「……はぁ? へいへい、冗談だろ……今、完全に決まってただろ!?」

 目を丸くするハント先輩に対し、腰のホルスターからいつも使っていた小さい方の銃を抜きながら、甲冑で顔が見えないけどたぶんきょとんとしているんだろうティアナは少しだけ首を傾ける。

「……決まり、ましたけど……元に戻しました……」

 ああいうのを「開いた口が塞がらない」と言うのだろうなという顔になるハント先輩……
 ハント先輩が何を決めて、ティアナがどう対処したのか、今の攻防がさっぱりわからないところで司会のデルクさんが驚きの声を上げた。

『なんとなんと! 『カレイドスコープ』、『ラバーフェイス』の魔法を解除したのか! 完全なる初見殺しな上、一度受けるとほぼ負けが確定する凶悪な魔法! 元生徒会長のようにかわすならまだしも「受けた後に無効化」されたのは初めて見ます!』

「もしかしたらこういう展開もあるんじゃないかとは思ったけれど、こうも簡単に……」
 元生徒会長ことデルフさんが驚きと喜びが混ざった表情で身を乗り出す。
「……あいつは一体何をしたのよ。」
 きっとこの闘技場でハント先輩の戦いを始めて観た人は誰もが思っているだろう質問をエリルがすると、デルフさんは自分の鼻を指さした。
「ハントくんの魔法は匂いさ。」
「匂い? ティアナはくさい匂いをかがされてふらついたってこと?」
「あはは、確かに匂いというのは身体に影響を与えるね。ひどい悪臭は吐き気を感じさせるし、逆にアロマみたいな良い匂いは集中力を上げたりするけどハントくんの作り出す魔法の匂いは相手の精神に干渉する感情系の魔法さ。心の奥底からふとした気分まで、彼ほど自在な人は現役の騎士にだってそういないよ。」

 感情系の魔法。十二の系統のどれでもないというか全てに属しているというか、各系統の性質に根付いた感情に作用する魔法だ。火の国の騒動でクロドラドさんが魔法生物たちの「怒り」を増幅させたのもこの魔法……ハント先輩は感情系の魔法に特化した使い手なのか……

「正解は本人のみぞ知るところだけど、例えばさっきの場合は閉所恐怖症のように甲冑で全身を覆われた状態に対して「恐怖」を覚えるようにしたのかもしれないね。はたまた防御をかためた自分に対して「みっともない」とか「恥ずかしい」とかの感情を与えたのかもしれない。ふらついたのは甲冑を脱ぐ方向に思考を持っていくような何らかの感情を急激に与えられた影響じゃないかな。僕も一度受けた事があるけれど、頭にガツンとパンチされるような感覚だったからね。」
「ちょっと待ちなさいよ……あいつ、そんなにたくさんの感情を操れるの?」
「僕が見たことあるモノだと、「怒り」の感情を与える事で相手から冷静さを奪ったり、逆に気合と根性でガンガン攻めるタイプの相手を極端に「冷静」にして持ち味を発揮できなくしたりしていたよ。」
「それを匂いで引き起こすわけ? 匂いなんて見えないし、ロイドみたいに周りに風を起こしとかないとどうしようもないわね……」
「その通りさ。解説されていたように、ハントくんの特技を知らない状態だとまず間違いなくくらってしまうし、それだけで普段出来ている動き、技、思考を封じられてしまう。ハントくんが魔法で銃を強化しないのは、さっき言ったようにちょっと難しいというのもあるだろうけど、そもそも相手をそんな状態にできるのなら普通の銃の普通の一発で事足りるからなのさ。」
 自分を強くするのではなく、相手を弱くする魔法。しかも思考に影響が出るなんて、「凶悪な魔法」という表現にも納得だ。そんな恐ろしい魔法をティアナは攻略したということなのか……?
「一度受けただけでアウトなんて……ティアナはどうやって……」
「そう、どちらかというとそっちの方が大問題さ。結局のところ、人間の感情や心というのは身体が生み出しているモノだから、形状の魔法を応用して……傷口を治すような感覚で対応できてしまうんじゃないかとは考えたよ。でも実際にやるとなると恐ろしい事この上ない……自分で自分の頭を手術するようなモノのはずだからね……」

「元に戻しただぁ!? おれの魔法は感情系の魔法で「傷」を治すのとはわけが違う! 脳みそいじくったってのか!」
「そ、そんな怖い事は、してません……よ……ただ――」
 ハント先輩の驚愕をよそに、ティアナは明後日の方向に向けて小さい銃を撃った。銃声にしてはかなり腑抜けた音がする銃を、壁に当たった音も痕もないからどこへ消えたのかわからない銃弾を、続けて右へ左へとあっちこっちに撃ちながら、ティアナは答える。
「変化した身体を、普段の身体に……リセットしただけです……」

「リセット……!?」
 と、驚きの声をあげたのはデルフさん。ここまでのビックリ顔は初めて見るかもしれない。
「まさかそんな、イメージがかたまらないはずだ……魔法技術でどうにかできる事じゃ……」
「えぇっと……デ、デルフさん、ティアナが言ったのはどういう……」
「そうだね……サードニクスくんが持つ異常なまでに正確な「回転のイメージ」に近いことだよ。」
「イメージ? ティアナの……『変身』のイメージですか?」
「少し違うかな。順を追うと……形状の魔法はモノの形を変える魔法で、奥義の一つとされているのが『変身』。どうしてこれが凄い魔法なのかという点なのだけど、さっきマリーゴールドくんが見せたクマのような腕――どう考えてもマリーゴールドくんという人物の「形を変える」だけじゃああはならない。何故なら材料が足りないからね。」
「ざ、材料……?」
「粘土をこねて作った人型を想像してみるんだ。それの腕を元々の大きさを超える別の腕に形を変えようと思ったら、逆の腕や脚、胴体に使っている分の粘土を移動させるしかないだろう? でもそんな事、実際の人間の身体じゃできるわけがない。だから足りない材料――追加の筋肉や骨、神経といったパーツを形状の魔法で生み出し、組み合わせる事でクマの腕を作っているんだ。」
「身体のパーツを魔法で生み出すって……ああ、で、でも風や火も魔法で生み出しているから同じ事――なんですかね……?」
「だいぶ違うね。明確な質量と複雑な機能を持った物体を生み出すのだから、その難易度は桁違いさ。加えて組み合わせて生体部品として成立させるには相応の知識がいる。だから『変身』の魔法は難しいのさ。そしてそんな魔法だからこそ、解除した瞬間に元に戻す事ができる。」
「えぇっと……クマの腕を形作っていたのは魔法で生み出した部品だから、解除すればすぐに消える――ってことですね。」
「その通り。対して、形状の魔法で傷を治した時はそれを解除しても傷が戻ったりはしない。これは魔法で何かを生み出したりはせず、ただ単純に傷口の周囲にある筋肉や神経の「形を変える」――即ち元の形状に戻しているからだ。医者が傷口を縫うのと同じような行為だから人体に対する深い理解が必須だね。」
「銃で撃たれたところを治したのがそれですよね。じゃあハント先輩の感情系の魔法も同じような感じで……えぇっと、神経? とかを戻して……あれ、でも別に傷があるわけじゃないから……」
「確かにケガではないけれど、ハントくんの魔法によって強制的に感情を発生させられたという事は感情を司る器官に変化が生じたということで、理屈ではその変化を元に戻せば感情の魔法に対処できる。ただし手足の傷口とは違い、感情は頭の中をいじる必要があってその難易度はほぼ不可能な領域だし、下手すれば廃人になりかねないリスクがある。」
 頭の中をいじる――オレには医学の知識があるわけじゃないけれど、お医者さんが手術をする光景を想像すればその難しさ……というか恐ろしさを理解できる。腕の傷口を縫うとか、お腹の中の悪い部位を取り除くとかそんなレベルを遥かに超える行為のはずだ……
「そんな危険な事をティアナは……?」
「そこなのだけど、マリーゴールドくんはそんな怖い事はしていないそうで、リセットしただけだと言った。これは要するに、感情に干渉されたとかどこかにケガをしたとかのダメージの種類に関係なく、ただただそれらが生じる前……いや、生じていない身体へと「形状を戻した」んだ。ここに医学的な知識は必要なくて、戻すべき「元の状態」のイメージがあれば魔法的には不可能じゃない。『変身』レベルの形状の魔法には知識の併用が前提だけれど、この方法に関してはイメージのみで成立する、まさに文字通りの「魔法」なんだ。」
「傷を治す時に筋肉とかの身体の構造を考えたりしてたところを、細かいところをすっ飛ばして「いつもの自分に戻す」っていう魔法をかけるだけで結果的に治すって事ですか……? なんだか急に……勢いでやる魔法ですね……」
「もちろん簡単な事じゃないし、これが出来る騎士は僕の知る限り第九系統の形状の魔法の頂点、《セプテンバー》ぐらいさ。」
「十二騎士クラス……!?」
「医学的な知識を併用する魔法は、逆に言えば魔法技術がそこそこでも医術で補えるという事でもあるのだけど、こちらは完全に魔法技術のみで発動させる。身体と魔法の親和性や術式の理解なんかは必要だけど、最も難しいのは「元の状態」のイメージを持つこと。求められるイメージの強さは「ケガをしていない状態」などという程度では全く足りない。この先どれだけ時間が経過しようとも希薄になることがなく、その状態について尋ねられたこと全てに完全に答えられるほど熟知しているようなレベルのイメージ……強烈な記憶と結びつき、その瞬間の自身の身体の状態について全てを記録しておくような行為をしていなければこの魔法は実現不可能なのさ。」
 強力な「元の状態」のイメージ……ミラちゃんにしてもらった武器のベルナーク化の効果は魔法との親和性が上がるって事でイメージは関係ないはずだから、それは前からティアナの中にあって、形にできる魔法レベルに武器が押し上げたという事なのだろう。
 十二騎士クラスの魔法なんて、一体いつからそのイメージを持っていたのだろうか……
「なるほど、そういうことならば納得だ。」
 オレがイメージの出どころについて考えていると、どういうわけかローゼルさんがうんうんと頷く……その度に押し付けられる柔らかな暴力……!!
「まー、想像つくよねー。」
「イメージできない方がおかしいくらいだよ。」
 更にアンジュとリリーちゃんまでも同じ反応で、もしやエリルもかと思って視線を下に向けたところでエリルがグンッと頭を動かしてオレのあごに頭突きを入れてきた。
「びゃ! い、痛いぞエリル!」
「うっさい、バカ。」
「えぇ……?」

「リセットって、めちゃくちゃだな……んで今更だがさっきから何してんだ?」

 突然エリルに攻撃されたオレは、驚きが通り過ぎて呆れ顔になったハント先輩の質問――ティアナがあっちこっちに銃を撃っていることの答えを同様に知りたくてティアナの方に視線を戻す。

「下準備……です……もう、終わりました……」
「何したかさっぱりだが、ぶっちゃけ三年にも変な仕込みをする奴が多いからな、こういう意味わからん状況には慣れっこだ。でもって得意技が効かない上にそういう小細工もどうにかしないとってことなら……あんま気乗りはしねぇが奥の手だ。」

 そう言うとハント先輩は銃をホルスターにしまい、ググッと腰を低くして見るからに突撃する体勢になる。銃使いとは思えない構えだけど奥の手とは一体――

 ドカァン!!

 突如響き渡る轟音。ティアナが立っていた場所の背後に何かが突撃したようだけど幸いティアナはそれを回避し――たと思ったら瓦礫の散らばる壁際から何かが飛び出してティアナ目掛けて飛んできた。

 ズンッ!!

 炸裂する衝撃。覆っていた甲冑を内側から破るように手足を強靭な形状へと『変身』させたティアナがその剛腕で受け止めたのは、外見的には何も変わっていないハント先輩の拳。ティアナには……ちょっと悪いけど、ゴリラかクマが普通の人と力比べをしているような光景で、明らかなはずの力の差が何故か拮抗しているようだった。
「む、あれはおれと同じか?」
 呟いたのはカラード。そう言われて思い浮かぶのはカラードの得意技にして強力無比な強化魔法、『ブレイブアップ』。ハント先輩の奥の手とは、銃を捨てた強化魔法による肉弾戦なのか?

「ぜあああああああっ!!」

 ティアナの魔法に驚いていた時はともかく、基本的……こう、軽い感じの喋り方だったハント先輩が熱血溢れる雄叫びと共に拳のラッシュを始める。凄まじい動体視力を持つ魔眼ペリドットと自由自在な身体を操るティアナはそれに危なげなく対応していくけれど、周囲に波及する衝撃からしてハント先輩のパワーは尋常ではないようで、ティアナはハント先輩の拳を受け流すことに徹していた。

「おお! いきなりフルパワーになったな! 感情の魔法とか銃は前座か!」
 自分好みの展開になってうれしそうなアレクの反応にデルフさんが……ニヤリと答える。
「あれも感情の魔法の応用――強烈な感情によるイメージの強化さ。ほら、仲間がやられた事に対する怒りによって魔法の威力が普段の数倍になるとか、よくある話だろう? そんな風に、いつもならハントくんの中の常識や理性が制御してしまう強化のイメージを、感情の爆発を利用して突破させたのさ。結果的にレオノチスくんの『ブレイブアップ』に匹敵する強化になったわけだけど、だからって彼から銃の技術がなくなったわけじゃないよ。」

 ダダダダッ!

 カラードレベルのパワーで打ち出される拳のラッシュの中に混ざる連射の音。オレの目にはハント先輩が銃を抜いている瞬間なんて見えないのだけど、時折ティアナが何かをかわすような動きをしているから、たぶん拳の中に銃弾が紛れている。
 あんな近距離の攻防の中に銃が混じるって……拳とはサイズもスピードも全然違うからものすごくやりにくそうだ……

「おや? 見慣れない武器だね。」

 ふとデルフさんが呟く。今度はオレにも見えたのだけど、両手両足を強靭な形状に『変身』させたことで解除された甲冑が、ハント先輩の攻撃に対応しているティアナの背中で別の形状になっていってデルフさんの言う通り武器……なんだろうけどよくわからないモノに変形し――

 キィイィィィイン!!

 ――たと思った直後に響くかん高い音。そのかなり嫌な音に観客席にいる生徒のほとんどが思わず耳を塞ぎ、ハント先輩の猛攻も一瞬手が止まって――その一瞬の隙でティアナは背中から巨大な鳥の翼を出現させて上空へと舞い上がった。

「――っ、くっそ、なんだ今の音!」

 ハント先輩が片耳を押さえながらティアナの方を見上げるのと同時に、翼でグルグルと回転しながら上昇していたティアナはある高さで止まった。

「へいへい、上に行けば逃げられるとか、そんな甘い事は考えてねぇよな!」
「……それは、そっちの……方、です……今、巻き取りました、ので……」
「巻き取る? なんだそ――」

 ティアナに銃を向けようとしたのか、強化された身体で跳躍しようとしたのか、なんにせよ次のアクションをしようとしたハント先輩は、急にピタリとその動きを止めた。

「!? なんだ、何かに縛られ――」

 タァン。

 上空から響く一発の銃声。その場から動けずにいたハント先輩の頭がガクンとなって……糸に吊るされているだけで誰も動かさない操り人形のような変な体勢でピクリともしなくなった。

『一瞬! 一発! 上空からの急所一点狙い撃ち! 急に動きを止めた『ラバーフェイス』を容赦なく撃ち抜いた『カレイドスコープ』! 恐るべき「ビックリ箱騎士団」! 勝者、ティアナ・マリーゴールド!』



 試合の後、スナイパーライフルとか他の銃とかが入ってるんだろうケースを持って闘技場から出てきたティアナは、あたしたち――っていうかロイドの方に当然のような流れで近づいて抱きついた……いつも通りに蹴飛ばそうかと思ったけど、ついさっきまであたしもくっついてたから何となく……べ、別にあたしの恋人なんだから問題ないんだけど……!!
「びゃ、ぼ、ティ、ティアナも色々とパワーアップしてたんデスネ!」
「うん……」
 かなり強めに抱きつかれてるロイドがワタワタするのを睨みながら、あたしたちはティアナの技について色々聞いた。
「ふむふむ、つまりティアナが周りに撃ちまくっていたのは発射と同時に糸、それも視認が難しいほどの細さになったモノだったわけか。」
 ティアナの銃弾は形状の魔法で変形する。最初は銃弾の軌道を操る感じだったけど、ラコフのとの戦いの時、発射された銃弾を糸状に変形させて相手の動きを制限する技を見せた。あたしがパワーアップしたみたいに形状の魔法も進化して、ティアナはその技をモノにしたんでしょうね。
「つ、次に、どんな攻撃、をするかわからなかったから……動きを止められるように、って思って……」
「そして上に飛び上がりながらそれらを巻き取る形で真下の先輩に絡みつかせて拘束したと。カラードくん並みに強化されていた先輩を止めたという事はそれだけ強力――いや、力を出しにくくなる縛り方をしたのか。」
「銃弾の、材質をもっと……頑丈なのに、してもらったのもある、けどね……」
「そうだ、銃と言えば色々増えていたな。途中全身甲冑になっていたし。」
「ベ、ベルナークの……パワーアップをしてもらって、形状の変化を凄く、しやすくなったから……できるだけたくさんの材料を、持つようにしたくて……お爺ちゃんにお願い、したの……」
 ティアナによると、追加で増えた銃はどれも普通は銃に使わないような材料があれこれ組み込まれてるらしい。銃にしては変な色合いだったのはそれが理由で、これらを組み合わせる事で色んな武器を作れるようになって……最後に鳴ってた嫌な音もそうやって即席で作った武器から出したみたいね。
 ちなみに薄っぺらに見えたあの甲冑、ああ見えて銃弾くらいは軽く防げるんだとか。どういう金属よ……
「自身の『変身』に加えて銃を使った攻撃にも選択肢が増えたわけか。戦闘における臨機応変さ……対応力とでもいうべきか、ティアナはより一層変幻自在になったのだな。だが元生徒会長の驚きからして、感情の魔法に対応した技が一番すごそうだな。」
「あれは……」
 そう言ってティアナは顔を赤くしてるロイドを見て恥ずかしそうに笑う……やっぱりそうなのね……
「エロロイド……!」
「えぇ!?」
 ロイド以外は理解してるけど、さっきデルフが言ってた「元の状態」の強力なイメージ……そんなのロイドの……ア、アレを経験すればどう考えたってその時の状態がそれになるわよ……きょ、強烈……だし……
「先ほどの試合はマリーゴールドさんの新技が相手の先輩の特技をことごとく封じたという感じだったが……仮におれが戦う場合、匂いによる感情操作に対応できるかどうか怪しいモノだ。」
「だな。気合でどうこうなんのか、ありゃ。」
 赤い顔のまま困惑してるロイドはあとで殴るとして、ティアナの話を聞いた強化コンビがそんなことを考える。確かに、感情の魔法なんてどう対処すればいいやらって感じだわ。
「つーか、そもそもなんで匂いなんだ? 感情の魔法の発動条件に関わる感じか?」
「そうだな……推測にはなるが、感情の魔法と言ってもゼロから特定の感情を生み出すのは難しいのだろう。火の国の一件も「怒り」を増幅させる形だったからな。相手に発生させたい感情があるとして、まずはその種火となるような小さな感情を引き起こす必要があるのかもしれない。」
「小さいのを引っ張り出すキッカケが匂いって事か?」
「外部から故意に感情を起こさせるとなると五感を刺激するのが最適で、仮に「怒り」であれば……許し難い映像を見せたり不愉快な音を鳴らしたりという方法があるのだろう。あの先輩の場合はその手段として匂いを選んだ――というところではないか?」
 こういう時の解説役のデルフがいつの間にかいなくなってるから答えを知ってる奴がこの場にはいないんだけど、たぶんカラードの推測が正解なんでしょうね。
「なるほどなぁ。ついでにあの先輩の二つ名の意味は何なんだ?」
「あれは本人ではなく先輩と戦った相手の様子を指した二つ名だな。『ラバーフェイス』というのは表情豊かなというような意味合いだから、感情を操られた相手の状態から来ているのだろう。」



 セイリオス学院にて若者たちがぶつかり合っている頃、とある国の町はずれにある、かつて何だったのかもよくわからない廃墟の中に大勢の人が集まっていた。
「やばいやばいやばいやばい……や、ばい……!」
「早く何とかしないとオレたちは……」
「殺すんだよぉ! ガキどもを一人残らずよぉ!」
 見るからに「善良」ではない連中が武器を持ってうつろな顔で物騒な事を呟いており、共通して全員が何かに焦りを感じているようだった。
「あはは、なんかこういう小説読んだことあるよー。死者を蘇らせるとかいう魔法が暴走して街が丸々ゾンビであふれちゃうの。」
「想定外の事が起きまして、お恥ずかしい限りです。」
 そんな今にもどこかへ走り出しそうな集団を少し高いところから見下ろしているのは長い金髪をポニーテールにしている学生服姿の女とのっぺりとした白い仮面の人物。
「でも予定通りにできるんでしょう? ちょっとタイミングは早まりそうだけど。」
「ええ、この様子だと明日になりますかね。その時はよろしくお願いします。」
「任せてー。」
 そう言って学生服の女が空中に十字を描くと、そこから剝がれるように空間が開き、女はその中へと消えていった。
「予定通り……とはいえこれでは少々魅力が足りませんね……オセルタとあと何人かをこちらに配置しましょうか……」
 あごに手を当てて思案する白い仮面の人物は、ふと何かに気づいてキョロキョロと周囲を見回す。そして少し離れたところに先ほどまではいなかった人物が立っている事に気が付いた。
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
 白い仮面の人物の質問に対し、その人物は仰々しくお辞儀をして答える。
「簡単に言えばスカウト。運命を知らないお前を、正しい場所へ迎えたい。」
「スカウト? 運命とはまた大げさな勧誘ですね。」
「その仮面の下が私にはわかる。加えて、その頭脳も素晴らしい。お前――」
 唐突に現れた者――青色のローブをはおったその者は更に唐突に、白い仮面の人物へこんなことを言った。
「――財政管理に興味はないか?」

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第六章 どきどき反撃

アンジュさんは超火力の砲台――要塞みたいになりました。そしてティアナさんのあの魔法、全てのダメージを無かったことにできてしまうのではないでしょうか……
『ビックリ箱騎士団』はすごいパワーアップをしましたが、この後に控えている三年生もなかなかなのでどうなるでしょうかね。

カーミラさんの影響で色々とズレていく企みですが、始動は目前です。
『罪人』と呼ばれている集団のリーダー……白い仮面の人物の正体を書くのはちょっと楽しみだったりします。ファンタジーなのに一人もいませんでしたからね。

次は……前後は未定ですが天使と悪魔が出てくる予定です。

騎士物語 第十三話 ~二度目のランク戦~ 第六章 どきどき反撃

新技とロイドのやらかしによって更なる力を見せる『ビックリ箱騎士団』と三年生の強力な魔法が激突する。 一方、カーミラの力の影響を受ける裏の者たちの計画は、しかしてそのまま進んでいき――

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更新日
登録日
2025-11-02

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