無明詩集
Prayer
唯あなたが何処かに在りますように
久遠と恒久にくべられるように
水の音楽に燻されるように
唯あなたがかなたの星として在りますように
唯わたしがあなたを愛したいと希みつづけますように
みじろぎもしない眸として宇宙にある月のように
あなたという総てへ侍られた翳の千切れるように
どうか「あなた」が在りますように さながらに月が空に有るように
*
かれはない かれはわたしを愛さない
さればわたしは「あなた」を恋うの──
わたしを見つけないで
わたしを見つけて
宇宙の暗みで誰よりも清むことにより隠れようとする
暗みという絶世の無明とひとしき光できらきらと消えようとする
惨めったらしく照るわたしの──
何処へ往ってもどぎつく浮くようなわたしの
"つよく優しくなりたい"という不可視へ沈めた無個性な希み──それを、
「わたし」という無数を陰影に侍らせる闇の裡で
この林立の花畑さながらの闇夜という全体から引き揚げて!
*
わたしはわたしの硬き鉄の頬を優しさという一義性へ埋めたかった、
わたしの優しさへ憧れる気持すら いつや"大衆"に埋められますように
一等の月
あなたはごぞんじですか?
わたしが──
何故こんなにも月が好きなのかの、一等を
何故こんなにも月へ憧れるのかの、一等を
それはあれが冷然硬質に燦る銀であるからではありません、
あれが青をそよがせる光の海にたちどまって時間を泳ぐからでも、
かのひとのいとおしき眸に似るからでもない、
それ等はぜんぶ 好きのわけではあるけれども──
*
わたしが月を好きなわけの一等はね、
あれがわたしに 美と善の落す翳の重なるところを識らせたから
わたしを見つけて 2
闇夜の美しさは
清む硝子の美しさです
優しさという無情の夜天に融けこむ
一点の無個性がそれなのです──
硝子は清めば清むほどに
視えない領域へ墜ちて往きます
ほんとうに大切にしたい美しさは
目には視えないのですから 御空へ堕ちて往きますから──
*
でも けれども
わたしの名前を呼んで!──この疎外の歌を匿名の花畑へひきあげて!
ほんとうの愛
わたしはほんとうの詩へ全身を落葉したいから
このくちびるの貞潔を”言葉”で守り抜いた
わたしはほんとうの愛と射しちがう結末へ向かうから
ありとあるものへの愛を”言葉”で拒絶した
神さま──
わたしの無明の躰は愛の薄明とけっして交叉しえないでしょう
ほんとうの言葉なんてない
それゆえに わたしは詩を書くのだから
*
お言葉ですけれど ほんとうの愛なんて言葉はないからといって、
それが実在しないだなんて──わたしは、誰にもいわせない
水晶青薔薇
わたしの恋なるものは──
すべて 磨き切るに値する視えない煤けた水晶です
もしや そうではないかもしれないけれど
わたしはその水晶を愛したいのだから それを信じねばいけない──
恋 それは、
そのひとの隣にとわにありたいという希いなのですから
“御大切”という青き薔薇へとこの硝子花弁を剥きましょう
ひとの心には 対象の善性を信じる可能性を睡らせています
*
最後 わたしは射しちがってみせよう
かの宇宙の暗みと わたしの水晶青薔薇への明け渡しの裡で
無明の恋
明りなき音楽のほかに
完全無欠の光はありませんでしょう
何故ってもっとも完全な光とは、
暗みに熔け消ゆる透徹の硝子眸のそれなのですから──
無明の恋ほどに
めざめる火を昇らせる閃光のいたみはありませんでしょう
綾織られる恋愛は 恋の孕む元来の汚れた純粋を穢しますでしょう、
100%の恋──それは如何なるうごきもなかった単なる詩の劇でありました
*
愛しえぬ男たちはいつもわが片恋を美辞麗句で詐称してきた
愛されえぬわたしにこそ 愛するという能を授かりえるのだ──と
無明詩集