Among us 〜僕達の中にいる〜

【登場人物】

・ホワイト……主人公。少し気弱で、何かと誰かに頼りがちだが、そんな自分を変えたいとも思っている。運動が苦手。防護服は白色。

・アレキサンダー……『エスケープ』の艦長。クルー全員を守ろうと、常に気を張っている。頼り甲斐のある男。防護服は赤色。

・タンザナ……『エスケープ』の副艦長。冷静沈着で、感情を表に出すことが無い。アレキサンダーとは、互いに全幅の信頼を置いている。防護服は青色。

・シトリー……星内でも有数の財閥の令嬢。両親からはとても甘やかされており、順調に高飛車でワガママな性格に成長した。意外と打たれ弱い。防護服は黄色。

・ジェイド……医者を志す平凡な青年。医学の技術や知識に精通しており、簡単な傷の治療から遺体の検死まで幅広くこなすことができる。防護服は緑色。

・スモーキー……いつも気怠げな様子の乗員。面倒くさがりで、スクール時代は常に補修対象になっていた。眠気に悩まされている。防護服は茶色。

・ローズ……少し大人びた、強い芯を持った女性。防護服は桃色。

・オニキス……多くを語らない男。エンジニアで、艦内の設備に詳しい。防護服は黒色。

・ラブラド……自らを預言者と名乗る男で、胡散臭さを周囲に撒き散らしている。テレビ番組に出たこともある、そこそこの有名人。防護服は灰色。

・エイムス……政府の高官。その仕事に対する厳格な態度から、同僚達からは役人の鑑と評されている。防護服は紫色。

【プロローグ】

〜宇宙探査艦『エスケープ』艦内・プライベートルーム〜

 突如艦内を襲った巨大な振動によって、彼らは目を覚ました。起きがけで少し痛む頭を抑えながら、クルーの一人であるホワイトは艦長のアレキサンダーがいるであろう"ナビゲーションルーム"へと向かった。

〜艦内・ナビゲーションルーム〜

「アレックス、今のは?」

「おぉ、ホワイトか。」

 ナビゲーションルームの端末と睨み合っている赤い防護服の彼が、アレキサンダー。この艦の艦長を務める男で、ホワイトとはスクール時代からの友人だ。そんな彼が、端末を指差しながら言った。

「見ろよこれ……アステロイドフィールドだ。こりゃあ、しばらく動けないぞ。」

 端末が映し出す艦首からの映像には、無数の小惑星が漂う姿があった。ここを抜けるのには骨が折れるだろうと、ホワイトは理解した。

「そんな……早く治療法を見つけないと、みんなが……。」

「まぁまぁ。とりあえず他の奴らも集めて、報連相だ。大丈夫、俺がついてる。」

「……うん。」

 アレキサンダーは、いつも周りを引っ張ってくれる頼り甲斐のある男だ。ホワイトはいつも、そんな彼に憧れを抱いていた。

【一】

【二〇XX年。宇宙への進出が活発になった僕達の星では、原因不明の奇病が蔓延していた。次々と人々が病に倒れ皆が怯える中、政府は治療法を求め、宇宙に大型艦を放つ決死のプロジェクトを発表。その艦のクルーに、僕は選ばれた。奇病対策の防護宇宙服(クルーウェア)がキツい事以外は、艦内での生活は快適だ。それに此処には色々な人が乗っていて、皆それぞれが覚悟を抱いているように思える。エスケープ計画、上手くいくといいな。】

〜艦内・カフェテリア〜

「おぉ、大体集まってるみたいだな。」

 アレキサンダーとホワイトがカフェテリアに入ると、そこには他のクルーである七人のうち五人が集まっていた。皆、今の振動に不安を覚えてやって来たのだろう。

「今の揺れ……デブリか何かに衝突したのか。艦の状態は?」

 七人のなかで真っ先に口を開いたのはタンザナ。この艦の副艦長。アレキサンダーとはスクール時代からとても仲が良く、お互いを親友と呼ぶほどの関係だ。

「アステロイドフィールドだ、タンザナ。だが大丈夫。少し時間は掛かるが、お前の腕があればなんとかなるさ。」

「……いつも簡単に言うよな、アレックは。」

「なんとかなるなら早くしてくださる? 私、せっかくの安眠を邪魔されてイライラしてますの。」

 アレキサンダーとタンザナの会話に割って入った、この"少しだけ"性格の悪そうな女性はシトリー。大金持ちの家の一人娘で、案の定高飛車でワガママ。これでも一応ホワイト達とは同じスクール出身で、仲は良い方。

「シトリーさん。気持ちは分かりますけど、そういう角の立つ発言は控えてくださいよ……。」

「あらホワイト。いつから私に意見出来るほどの立場になったの? 控えなさいゴミクズ。」

「はい……。」

 恐らくは。

「見える……見えるぞ。私達を襲う不幸が! この衝突は始まりにすぎない。今にきっと、恐ろしい何かが起こるに違いない!!」

「声でか。こんな時くらい見栄張るのやめてください。」

 今物騒な事を少し煩めに叫んだ彼はラブラドといい、自らを預言者と名乗る胡散臭い男。そして彼の隣で耳を押さえ、怪訝な顔で苦言を呈したのはジェイド。医者の卵で、彼もまたホワイト達のスクール時代の友人の一人だ。怪我をした時は、よく彼に診てもらったものだ。

「あれ、スモーキーとローズさんは?」

 ホワイトはその場に居ない二人の事を気に掛けた。スモーキーとローズも、ホワイトのスクール時代の友人だ。知人が居すぎな気もするが、案外世間とは狭いものなのだろう。

「二人なら医務室にいるよ。スモーキーくんが"眠すぎる"と言って医務室に篭ってしまってね。優しいローズくんは彼の事を心配して、その付き添いだ。確かにあまり良くない目覚めなのは認めるが……少しは先の揺れに興味を持つべきだろう。全く。」

「そうなんですね……ありがとうございます、エイムスさん。」

 足と両腕を組んで座っているこの男は、エイムス。彼は政府のとても偉い役人で、この計画の発案者でもあった。いつも気難しそうに眉を顰めているので、なかなか近寄りづらい。

「あれ?」

 そこでホワイトは、カフェテリアの隅で立ちながら無言を貫き通していた人物がふと気になった。

「……。」

 彼はオニキス。彼もスクール時代の友人だった……はず。正直、ホワイトは彼の事をよく覚えていなかった。

「で、実際どうするつもりですの。アレキサンダーさん。」

 少し苛立った様子で、シトリーがアレキサンダーにこれからの方針を尋ねた。そんな彼女に、アレキサンダーは誠実に応える。

「あぁ。ここは副艦長のタンザナに任せる。彼は目が良いからな。ウェポンルームにある銃座を操作してもらって、周りの小惑星を地道に砕いて道を作ってもらう。そうしたら俺が航路を設定し直して、出発だ。大体一週間くらい掛かるから、皆気長に待っていてくれ。」

(一週間か。まぁ食糧も沢山あるし、アレックスが付いてる。心配する事は何も無い……よね。)

 こうして、タンザナによる小惑星の粉砕作業が始まった。

【二】

【 二〇XX年、◯月×日。ちょっとしたアクシデント発生。みんなピリピリしてたけど、艦長のアレキサンダーがなんとかその場を抑えてくれた。彼についていけば、きっと上手くいく。今、僕はそう確信している。】

〜衝突から一週間・艦内カフェテリア〜

「はぁ? まだ作業が終わらない!?」

 シトリーが、不満を露わにアレキサンダーに声を荒げた。

「すまない。どうやら艦内部の各機関が不具合を起こしているみたいで、俺とタンザナ、エンジニアのオニキスの力も借りて復旧に当たったのだが……どうにも上手くいかなくてな。小惑星の除去にまで手が回らないんだ。すまない。」

「何よそれ……じゃあ、一体後どれほど掛かるというの?」

「正直……分からない。」

「分からないって、そんな……」

 その場を漂う不穏な空気。それを振り払うようにラブラドが声を上げた。

「みんな、大丈夫だ! 私の千里眼が、この不安は長くは続かないと見通した!! 安心しろ!!」

「ラブラドさん……前と言ってることが全然違いますよ。」

「私はただ見通したものを伝えているだけだよ、ジェイドくん!」

「うるさい!!」

(こんな時も騒がしいんだな、あの二人……。でもなんか、ちょっと気が楽になるかも。)

 ラブラドとジェイドのやり取りのおかげで、ホワイトの心に芽生えた不安が少しだけ和らいだ。他の皆もきっとそうだろうと。しかし、ホワイトは気づいていなかった。皆の心に巣食う不安が、想像以上に大きくなっていたことに。



「このままでは……まずい。」

 エイムスはカフェテリアで一人、頭を抱えた。艦の予算を削減して、予定よりも三割ほど低い性能で探査に踏み切ったのはエイムスの判断だった。このまま艦の修理が終わり無事に任を終えられたとしても、帰還した彼に待っているのは艦の整備不良に対する責任の追求だろう。それだけは何としても避けなければならない。今まで積み上げてきた自身の名声は、絶対に侵されてはならない"聖域"なのだから。

「隠し通さなければ……。」

 人が心に影を落とすとき、それは顔を出す。そしてゆっくりと忍び寄り、命を刈り取るのだ。エイムスは今まさに、影に堕ちようとしていた。

〜翌日・午前十時『艦内・カフェテリア』〜

 朝食を食べ終え、ホワイトはふとアレキサンダーの方に目をやった。彼は何か深刻そうに考え込んでいる様子で、自分達の置かれた状況があまり良くないことを物語っていた。

(あ、エイムスさんだ。)

 ホワイトの視線の先で、これまた深刻そうな顰め面のエイムスがアレキサンダーに声を掛ける。

「アレキサンダーくん。ちょっといいかな。」

「はい、エイムスさん。どうしました?」

 二人の会話が気になったホワイトは、こっそりと聞き耳を立てた。あまり悪い話では無いようにと祈りながら。

「電気室の配線の調子が悪いようでね。オニキスくんを連れて、少し見てきてくれないか。」

「分かりました。」

 アレキサンダーはエイムスの頼みを引き受けると、席を立ちその場を後にした。本来なら、ホワイトはそのままカフェテリアで休息を取るところだっただろう。しかしそこで、アレキサンダーの懐から一枚の紙切れが落ちた事に気付く。

「あれ……おーい、アレックス!」

 こうしてホワイトも、彼に落とし物を届けるべく電気室へと向かったのだった。

〜艦内・電気室〜

「これ、落とし物……歩くの早いね。」

「悪いな、ホワイト。」

 ホワイトは、やけに歩くのが早かったアレックスに彼が落とした紙切れを手渡した。傍ではオニキスが屈んで配線の様子を診ている。

「その紙……何? なんだか手紙みたいだけど。」

 紙切れを防護服のポケットに仕舞いながら、戯けた口調でアレックスが言った。

「おいおい、読んだのか?」

「よ、読んでないよ! でもなんか、凄く大事そうだね。」

 その手紙は、何度も読み返されたからか所々文字が掠れ、少し字が滲んでいた。

「……ああ。これは俺の大事な……星に残してきた婚約者からの手紙だ。こんなに大事なものを、落とすなんてな。」

「……。」

 そう噛み締めるように言ったアレキサンダーの声色は、どこか憂いげだった。それにしても初耳だった。まさかアレキサンダーに、そんな人がいたとは。どれだけ長い友人関係でも知らない事はあるものだと、ホワイトは思った。

「別に、どの配線も異常は無いな。」

 全ての配線を見終わったオニキスが、そう告げながら立ち上がった。不審に思ったアレキサンダーが彼に尋ねる。

「どこも、か?」

「あぁ、どこも異常なし。何せこの一週間で艦内の設備は全て俺が点検したからな。電気室に異常が無いことは初めから分かっていた。」

「おかしいな。確かにエイムスさんは調子が悪いと……。」

「あの男の勘違いじゃないか? それかお前に対する嫌がらせか。政府の役人は、常に自分が一番でないと気が済まない奴らばかりだからな。」

 その時だった。電気室の扉が、勢いよく閉まったのだ。

「ね、ねぇ二人とも。扉、閉まっちゃったよ……?」

「おかしいな、誤作動か?」

ーキャアアアァ!!ー

 恐ろしさに塗れた、甲高い悲鳴が艦内に轟いた。それはシトリーのものらしく、彼女の悲鳴はカフェテリアから聞こえてきたようだった。

「お、おい! 今の悲鳴はなんだ!」

「わ、分からないよ! クソ、なんで開かないんだこの扉!!」

 どれだけ叩いても、扉はびくともしない。そんなホワイトの様子を、アレキサンダーは心配そうに、オニキスは冷静に伺っていた。

「この扉は……きっと、少し時間が経てば開くだろう。だから落ち着け。」

「え、オニキス?」

 彼の言った通りだった。ホワイトがオニキスに振り返ったのと丁度同じタイミングで、固く閉ざされていた筈の扉は要因も分からぬままに三人に道を開けたのだ。何故オニキスはこうまで冷静に扉の動作を言い当てられたのか。少し気になるところではあったが、今優先すべきはそこではない。

「とにかく、様子を見に行こう!」

「う、うん!!」

 アレキサンダーの呼びかけに続いて、三人はカフェテリアへと急いだ。そしてそんな三人が見たのは、とても恐ろしく信じられない光景だった。

〜艦内・カフェテリア〜

「エ、エイムスさん……。」

 エイムスが、紫色の防護服を血で染めながら仰向けに倒れていた。防護服のメットガラス越しに見える彼の表情が、もう二度と起き上がらないことをその場に居た全員に伝えていた。

「なんで、こんな……。」

「ホワイト。気持ちは分かるが、まずは艦のみんなを集めよう。全員の安否が知りたい。」

 そう言いながら、アレキサンダーはホワイトとは別にその場でへたり込んでいた人物に近づいていった。そして、彼女に声を掛ける。

「大丈夫か、シトリー?」

「え、えぇ……。」

 そう弱々しく声を出したシトリーの全身は震え、彼女の黄色い防護服にはエイムスのものであろう鮮血が飛んでいた。

【三】

【 二〇XX年。◯月◻︎日。副艦長が死んだ。ついに艦内で人が死んだのだ。僕を含めて皆動揺し、恐怖していた。】

〜艦内・ウェポンルーム〜

「タンザナ……。」

 ウェポンルームに集まった一同。そして声を震わせるアレキサンダーの視線の先には、銃座席で力無く崩れ落ちた副艦長タンザナの姿があった。エイムスと違い彼は血を流していなかったが、それでも彼が一切の息をしていないことをその場にいる全員が確認している。

「エイムスさんに、タンザナくんまで……。」

「……悲観するのは後だ、ホワイト。まずは二人の遺体の状態を把握しなければ。ジェイド、頼む。」

「あ……うん。」

 アレキサンダーの指示を受け、ジェイドはタンザナの全身を覆っていた青い防護服を脱がし始めた。やがて顕になった遺体の全容が、彼に何があったのかを物語る。

「……首に何者かの両手で絞められた跡が。跡の形や遺体の状況から見て、後ろから絞められた可能性が高いです。後は、死後硬直がまだ進んでいません。おそらく亡くなってから数分ほどしか経っていないかと。」

「……そうか。よし、次はエイムスさんだ。」

 ジェイドの報告を聞き終え、アレックスは親友の死を偲ぶ間もなく次の行動へと移った。目を見開いて苦悶の表情を浮かべたタンザナを置いて、一行はエイムスの元へと足を運ぶ。

〜艦内・カフェテリア〜

「ジェイド、どうだ?」

「……エイムスさんの全身に、何かで貫かれたような複数の殺傷痕があります。凶器らしきものは見当たりませんが……これは明らかに、タンザナさんと比べて向けられている殺意の大きさが違うことを示しています。」

「……あぁ。」

 アレキサンダーは深く溜息を吐くと、その場の全員に向き直った。

「みんな……よく聞いてくれ。当たり前だが、この艦は宇宙に浮かんだ一つの閉鎖空間だ。外部から誰かが侵入してくる可能性は限りなくゼロに近い。そしてエイムス、タンザナ両名の遺体の状態から見て、第三者の手に掛かっていることは断言せざるを得ない。つまり……」

 その先の言葉を、彼は言えない様子だった。それでも、ホワイトを含めたその場の全員が理解していた。

ー犯人は、僕達の中にいるー

【四】

【 二〇XX年。◯月△日。艦内で起きた惨事を、僕は信じたくなかった。でも、僕らにはアレキサンダー艦長がついてる。きっと大丈夫だ。大丈夫なんだ。】

〜艦内・カフェテリア〜

 二人の遺体を保管庫にあった保冷ケースに入れ、残った面々はカフェテリアに集まった。その場には、しばらく姿を見せていなかったスモーキーとローズの姿もある。

「……とても心苦しいが、先ほどのそれぞれの状況が知りたい。各々、教えてくれないだろうか。」

「……人に物を頼むときは、まず自分が手本を示すべきではなくて?」

 シトリーが、少し震わせた声でアレキサンダーに食ってかかった。それもそうだと言わんばかりに、首を縦に振るアレキサンダー。

「俺とオニキスとホワイトは、電気室にいた。エイムスさんに頼まれて配線を診にな。そして扉が閉まったせいで、室内にしばらく閉じ込められてしまったんだ。三人それぞれが証人だな。」

「どうかしら。そんな都合のいい話……三人とも共犯、なんて事もあるのではなくて?」

「……よく今の立場でそんな物言いができるな。」

 自分が疑われたにも関わらず、普段と変わらない語気でオニキスがシトリーに疑惑の目を向ける。その疑惑はおそらく、あの場にいた誰もが抱いたものだったろう。

「どういう事よ、オニキス。」

 オニキスはじっとシトリーの目を見ながら、淡々と話を続けた。

「俺達がエイムスの元に辿り着いた時、一番近くにいたのはシトリー……お前だ。しかもお前の服には彼の血が飛んでいた。分かるか、シトリー。今この場で一番怪しいのは俺達三人じゃない。お前なんだよ。」

「わ、私は……違う。」

 しばしの沈黙。その場を包んだ重苦しい空気を振り払ったのは、大きな声のあの男だった。

「みんな、一旦心を落ち着けたまえ! ドス黒い疑念の気が充満しているぞ!! さぁさぁ、こういう時は皆で念仏を唱えるのだ! それ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏(なむあみだぶつなむあみだぶつなむあみだぶつ)……」

「いや、何言ってんですか。ていうか、それじゃ預言者ってより坊さんでは?」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

「あ、続けるんだ。」

 ジェイドのツッコミを無視して、いつもより更に大きな声で念仏を唱え続けるラブラド。どうやら止める気は無いらしい。

「……はぁ。分かりましたよ、ラブラドさん。」

 隣にいたジェイドが、彼に従い念仏を唱え始めた。続いて楽しそうに笑みを浮かべるスモーキーと、目を丸くしたローズ。そしてやれやれと言った様子のオニキスと、流石に戸惑った様子のアレキサンダーも続く。

「……じゃあ、シトリーさんも。」

「え? ……え、えぇ。」

 ホワイトは、未だ不安げなシトリーにも促しながら念仏を唱えた。そこにはとても奇妙な、謎に心地良い一体感があった。しかし、この中に二人を殺害した犯人がいる。それが、ホワイトには信じられなかった。



「俺は、医務室で仮眠をとってたぜ。」

 そう答えたのはスモーキーだった。彼は大きく欠伸をすると、気怠そうに続けた。

「なんかずっと眠気が取れねぇんだよ……俺は違うってことで、もう医務室に戻ってもいいか?」

「ダメですよ、スモーキーさん。」

 そう彼を嗜めたのは、ローズ。彼女もまたしばらく顔を見せていなかった二人のうちの一人で、実はホワイトの初恋の人……なのだが、ここでは置いておく事とする。

「確かにスモーキーさんは医務室でずっと、その……居眠りしてました。それはもうぐっすりと。私が証言します。」

「ふむ。では残りの……そうだな、ジェイド。君はどこに?」

 アレキサンダーの問いに、ジェイドが答える。

「僕はずっと管理室でマップをモニターしてました。なんとなく不安で……だから事が起きた時に人が居た場所、分かりますよ。」

 皆の視線が一斉にジェイドに集まる。この艦に搭載されたマップは最新仕様で、クルーが着用する防護服に取り付けられた特殊なマーカーをセンサーで判別し、今どの部屋に何人居るのかを瞬時に表示する。個人は特定出来ないものの、ある程度人の流れを把握する事が可能という優れ物なのだ。

「僕が確認していた限り、医務室にはずっと二人のクルーがいました。今の証言の通りだとすると、これはスモーキーくんとローズさんの事だと思います。シトリーさんの悲鳴を聞くまで僕はずっとマップを見ていたので……二人にエイムスさんとタンザナくんを殺害するのは、不可能だと思います。」

「ジェイド、ありがとう。では……ラブラドさん。あなたはどちらに?」

「ふむ、アレキサンダーくん。私は酸素ルームのフィルターを掃除していたよ。なにやら空気が悪かったものでね。」

「酸素ルームに誰かがずっといたのは僕も確認しています。あれはラブラドさんだったんですね。」

「ありがとう、ジェイドくん。」

 管理室にいたというジェイドの活躍により、着実に容疑者が絞られていく。そして残ったのは——

「……シトリー。」

 アレキサンダーが、鋭い視線で彼女を睨んだ。初めて見る彼の厳しい表情に驚きながら、ホワイトもまたシトリーの方を見る。今の話が全て真実ならば、エイムスとタンザナの二人を殺害出来たのはもう彼女しかいない。

「私は、違う。」

「シトリー」

「黙って、アレキサンダー。違う、私は人殺しなんかじゃない。ねぇ、そうよね……ジェイド?」

 縋るように、シトリーがジェイドに声を掛けた。助けを求める彼女の震え声は、ジェイドの心を強く締め付けた。

「……ごめん、シトリーさん。」

「そう……あなたも怖いのね。そうよね。」

 それからもう、シトリーは一言も発さなかった。皆が彼女に、確信に近い疑惑の目を向ける。そんな自分を刺す視線に耐えきれなかったのか、シトリーはその場を走り去っていった。誰も、彼女を追えなかった。きっと怖かったのだろう。誰もが皆、死への恐怖の中にいた。



〜 艦内・プライベートルーム〜

「シトリーさんが……本当にあの二人を?」

 プライベートルームで寝そべりながら、ホワイトは疑惑の渦中にいる人物に思いを馳せた。去り際の彼女の苦しそうな様子が、頭から離れなかったのだ。

「……ホワイト、今いいかい?」

「え……うん、いいよ。」

 ホワイトはその場から起き上がると、聞き馴染みのある声の来訪者を迎え入れた。

「……ジェイド。」

 ジェイド。医者の卵で、ホワイトの幼馴染。シトリーを一気に容疑者の最前線まで押し上げたのは、彼の証言があったからでもある。

「ずっとシトリーさんに対する罪悪感が消えないんだ。この辛さを誰かに吐き出したくて……それで、君のところへ。」

「……そっか。」

 ホワイトの隣に腰掛けるジェイド。いつも身体を寝かせる金属の塊が、今日は一層冷たく感じる。

「僕は、彼女を陥れたんだ。助かりたい一心で……醜いよね。」

「そんな事ないよ。ジェイドが管理室に居てくれたから……みんな、余計な疑いをせずに済んだんだ。」

「ホワイトは、本当に彼女が犯人だと?」

「……。」

 正直分からなかった。全ての状況が、彼女が犯人である事を示している。それでも、まだ何かある。ホワイトにはそう思えてならなかった。

「ねぇ、ジェイド。」

「ん?」

「あんまり塞ぎ込まないでよ。ジェイドには感謝してるんだ。今回も、スクールの頃も。」

「スクールの頃って?」

 ジェイドが、興味深そうに尋ねた。そんな彼に、自分にとって大切な記憶の一端を語るホワイト。

「僕がフットボールで怪我をする度に、いつも君が治療をしてくれただろ。悪態を吐きながらだったけど……ジェイドはきっといい医者になるって、ずっと思ってるよ。」

 二人の間に妙な沈黙が流れた。そして、ジェイドが口を開く。

「……ごめん、覚えてないや。」

「あれ。」

「ははは、でもありがとう。」

 何か憑き物が落ちたように笑ってから、ジェイドは立ち上がった。彼を元気付けられたのだろうか、ホワイトは少し嬉しい気持ちになった。

「じゃあ自分の部屋に戻るよ。ありがとう、ホワイト。」

 そうして、ジェイドは少し軽い足取りでその場を後にした。ホワイトも疲れを癒すべくそのまま横になる。その日は、とても心地よい夜だった。

 不吉なくらいに。

【五】

 艦内に響き渡る、けたたましいアラートと機械的な音声。目覚ましというにはあまりに騒々しいそれに急かされるように、ホワイトは目を覚ました。

「な、なんだ!?」

〜艦内・原子炉〜

 アナウンスが伝えていたのは、艦の動力源として稼働する原子炉が炉心融解を起こしているというものだった。ホワイトが急いで原子炉に辿り着くと、そこには既にオニキスがいた。

「オニキス?」

「安心しろ。炉は安定した。もう大丈夫だ。」

「ありがとうオニキス……助かったよ。」

「ああ。」

 それから程なくして、原子炉には続々と他のクルー達が集まった。まず真っ先にやってきたのはジェイドとラブラド。そして少しして、息を荒くしたアレキサンダーがやってきた。きっと慌てて自室から走ってきたのだろう。彼らしい行動だ。そして最後に、相変わらず眠そうなスモーキーを半ば無理矢理な形でローズが連れてやってきた。大きく欠伸しながら、スモーキーが言う。

「どうやら無事に収まったみたいだな、オニキス。」

「ああ。それにしても、大丈夫かスモーキー? 目の下の隈、マスク越しでも分かるぞ。」

「あぁ。相変わらずな。」

「……シトリーくんは?」

 二人のやり取りを聞きながら場を見渡したラブラドがそう言った。そして皆気づく。その場に、彼女だけがいないことに。



 手分けして艦内の至る所を探したが、シトリーはどこにも居なかった。宇宙に浮かぶ冷たい密室で、彼女は忽然と姿を消したのだった。

〜艦内・カフェテリア〜

 再びカフェテリアに集まった一同。そして、混乱した様子のジェイドが叫ぶ。

「なんで……なんで居ないんだよ!?」

「落ち着きたまえ、ジェイドくん。君が混乱してどうする。」

「ラブラドさんの言うとおりだ。彼女はきっと何処かにいる。そう怯えるな、ジェイド。」

「僕が……怯える?」

 ラブラドとアレキサンダーの言葉を聞いて、少しだけ語気を落ち着けたジェイド。しかし、何やら少し様子がおかしい。

「怯える……。そうだ、怖かったんだ。誰だって最後は自分を守りたい。みんな、そうだろう?」

「ジェイド?」

 ジェイドの身体が膨張を始めた。それはもはや、ホワイト達が知っている生物の挙動ではない。

「ジェイドくん、落ち着いて!」

「黙れ!!」

 ローズの制止を一蹴し、ジェイドは変貌を続けた。そうしてホワイト達の目の前に顕れたのは、まさしく"バケモノ"だった。

 二回りほど大きくなった身体と、刃のように鋭い歯が生え揃った、防護服の表面が大きく裂けたことで表れた口。その口からはまるで触手のように伸縮する長く鋭利な"舌"が伸びていた。

『ヴオォォ!!』

 ジェイドが、舌をまるで槍のように鋭く尖らせてローズへと突き放った。目を閉じるローズ。

「危ない!!」

 そんなローズを、スモーキーが助けた。勢いよく彼女を押し倒し、その反動で自身も反対方向へと倒れる。標的を見失ったジェイドの舌が、空を切った。

『ボクハ……シにたくなイんだ……!!』

 何が彼をそこまで怯えさせたのか、ホワイトには分からない。今分かるのは、もう自分の言葉はジェイドには届かないという事だけだった。

「ジェイド……今、楽にしてやるぞ!!」

 腰に手を伸ばすアレキサンダー。しかしそれより早く、行動を起こした者がいた。

「ジェイドくん!」

 ラブラドだった。必死でジェイドに飛びかかると、そのまま彼を羽交締めるラブラド。しかし相手は二回りほどの巨体であり、二人のパワーバランスは明確であった。 

『ハなシテくだサい……!』

「いいや、決して放さない! 私は……君達若者の未来を信じているからな!」

『うる……さい!!』

 ジェイドが、ラブラドの身体を払い飛ばした。艦内の壁に身体を叩きつけられ、まるでゴムボールのようにバウンドして倒れるラブラド。

『う、ウオォォ……!!』

 頭を抱え、呻きながらジェイドはこちらへと身体を向けた。もはやどこまでが彼の意志による行動なのか分からない。

(なんとか……なんとかしないと……!!)

「みんな、何かに捕まれ!!」

「オニキス!!」

 オニキスが壁面にあった赤いボタンを押すと、ジェイドの背後のカフェテリアの壁が勢いよく開いた。艦外へと激しく流れ出る空気に押し流され、外へ追放されるジェイド。

『……どウして。どうして、僕が……』

 凍り付いた自身の涙を見つめながら、ジェイドは思い出していた。エイムスを手に掛けた、あの時の事を。

(ごめん、みんな……。)

 そうして、ジェイドは最後まで人に戻る事なく果てていった。彼の身体はこれからも、宇宙に漂い続けるのだろう。ホワイトは、見えなくなるまで彼の亡骸を見つめ続けた。

【六】

【大丈夫だった、はずなのに。あれほど居た筈の艦のクルーはかなり少なくなってしまった。アレキサンダーは変わらず大丈夫だと言うが、もう信じられない。大丈夫なものか。きっと、みんな死んでしまう。僕達に未来は無い。】

〜艦内・カフェテリア〜

「ラブラドさん、ラブラドさん!!」

 ホワイトがどれだけ身体を揺すっても、ラブラドは一切反応しなかった。全身から力が抜け、彼の目は閉じられている。

「ホワイト……もう。」

 オニキスが、心苦しげにそう言った。ホワイトも分かっていた。もう二度と、彼の大声が聞けないのだと。

「ラブラドさん……クソ!!」

 彼は死んだのだ。自分の人生がここで終わるという未来を彼は見通していたのか、それはもう誰にも分からない。

「すまない……俺のミスだ。」

 アレキサンダーが、絞り出すようにそう言った。

「ミスって……」

「あの時俺がもっと早く対処していれば、こんな事にはならなかった。本当にすまない。」

「対処って……どういう意味だよ、アレックス。」

「そのままの意味だ。俺があの時、直ぐにジェイドの息の根を止めていれば……。」

 息の根を止める。つまり殺すということだ。その時初めて、ホワイトはアレキサンダーに反感を抱いた。

「何、言ってるんだよ……ジェイドは友達だろ。そんな簡単に切り捨てるようなこと言うなよ……! どうして、そんな……!」

「それは、俺が艦長だからだ。」

 冷たい空気が辺りを包み込む。それを見かねたのか、オニキスが両の手を叩いて告げた。

「さぁ、とりあえず今はラブラドさんの遺体だ。ずっとそこに転がされたままでは、彼も浮かばれないだろう。」

「……うん。」

 ラブラドを保冷袋に包むべく、遺体を抱え上げるホワイト。そこで、またしてもあの二人が居なくなっていることに気づく。

「オニキス。ローズさんとスモーキーは?」

「あぁ。あいつらなら先に部屋に戻ったぞ。部屋というか、恐らく医務室だな。スモーキーの奴、よほど自室に戻りたくないらしい。」

「なんだよ……スモーキー、こんな時まで。」

 そうは言ったが、考えてみると少し異常だった。なぜあんなにもスモーキーは眠気に苛まれているのか。何かの病気なのではと思ったが、それを確かめる事の出来たジェイドも今はもう居ない。

「ジェイド……どうして……?」

「気になるか?」

 思い悩むホワイトの様子を見て、オニキスは一瞬アレキサンダーの様子を確認した。彼は視線を落として、いつかホワイトに拾われた手紙を見つめているようだった。

「ホワイト。」

「な、何?」

 オニキスが、声を密めてホワイトに告げた。

「インポスターに気を付けろ。」

「……え?」

 そうして、オニキスはその場を立ち去った。意味が分からない。インポスターとは何か。何故今、そんな訳の分からない注意をホワイトにするのか。電気室での言動もそうだが、オニキスは時々不穏だ。ホワイトはそう思った。



 ホワイトが自室へ戻るべく中央通路を歩いていると、医務室に居たはずのスモーキーが管理室から出てくるのが見えた。

「あれ、スモーキー。」

「お、ホワイトか。」

「何してるの、こんなとこで?」

 ホワイトがそう聞いてみると、スモーキーは得意げに笑ってみせた。その表情はいつもより活き活きとしているように見える。

「ちょっとな。ホワイト、管理室のマップ見てみろよ。面白いもんが写ってるぜ。」

「面白いもの?」

「あぁ。……ようやくこの眠気ともおさらば出来そうだ。」

「スモーキー?」

 去っていく彼の後ろ姿に、ホワイトは不安感を抱いた。何か、また良くないことが起こる。そんなホワイトの不安を他所に、スモーキーは医務室へと戻っていった。

〜艦内・管理室〜

 スモーキーの勧めに従い、ホワイトは管理室へとやってきた。そこにある端末に自らのカードキーをスライドさせ、マップを起動する。

「面白いものってスモーキーは言ってたけど……別に、ただ艦内マップが写ってるだけだよね。」

 確かにそこには、もうすっかり歩き慣れた艦内の間取りが写し出されていた。どこにもおかしいところは無い。

「……あれ、でもなんか」

「ホワイト。」

 いつの間にか部屋の入り口に立っていたアレキサンダーが、ホワイトに声を掛けた。

「あ、アレックス。」

「少しいいか。ジェイドの事で、謝りたくてな。」

「……うん。」

 アレキサンダーの後について、ホワイトは管理室を出た。彼が開いていたマップは少し明滅した後、そっと画面を暗転させたのだった。

〜艦内・医務室〜

 スモーキーが医務室へと戻ると、待ちくたびれたのかローズがベッド横のチェアに腰掛けたまま、すやすやと寝息を立てていた。

「全く……鬱陶しい人だ。」

 スモーキーは一人が好きだった。誰の干渉も受けず、ただ自由を楽しむ。そんな楽しみを、ローズは奪ったのだ。

「まぁ、この状況じゃ居てくれたほうがマシ……かな。」

 初めて、一人が怖いと思った。閉鎖空間で仲間が死に、その犯人が別の仲間達に紛れている。もしかしたら、自分も殺されてしまうかもしれない。

「あ、スモーキーさん……戻っていたんですね。」

「あぁ。」

 目を覚ましたローズと対話しようと、ベッドに腰掛ける。医務室のベッドはふかふかで、寝心地がとても良い。

「スモーキーくん、たまには自分の部屋で寝たら? いつも医務室で寝てばっかり……」

「別にいいだろ、俺の勝手だ。」

「まぁ……そうだけど。」

 そう言いつつ、ローズは不満げだった。それでもスモーキーは、どうしても自室に戻る気にはなれなかった。

「あそこは……この状況で眠るには狭過ぎる。」

「え?」

「ローズ。恥ずかしいけどな、俺はあの狭苦しい空間が怖いんだ。なんか、上手いこと言えないけど……嫌なんだよ、あそこで寝るのが。」

 ローズが不思議そうにこちらを見る。やはり、彼女には理解してもらえそうもない。

「あそこは俺にとって、棺桶みたいに不吉な場所だ。あの無機質な箱の中で眠るくらいなら、不眠に悩まされる方がよっぽどいい。」

「……そうなんだ。ごめんなさい、困らせたかった訳じゃないの。ただ、心配で。」

「分かってるさ。ありがとう、ローズ。」

 今は、一人でいるより彼女と一緒にいたい。スモーキーはそんな生涯表に出さないであろう気持ちを、しっかりと胸に抱き直した。

〜艦内・深夜〜

 真っ暗な部屋の中を懐中電灯で照らすスモーキー。目の前の光景を見た彼は、ついに事の真相に辿り着いた。

「そうか……そうだったんだ。」

 もう、彼を眠気が襲うことは無い。そんな彼の背後に、ゆっくりと歩み寄る影が一人。

「……やっぱ、お前か。」

 スモーキーに声を掛けられたのが意外だったのか、警戒したのか。影はその場で足を止めた。

「……」

「全部、お前がやったんだな。」

「……」

「立派すぎて、反吐が出るぜ。」

「……」

「殺すか、俺を?」

「……」

 それは終わりの始まり。ホワイト達を襲った一連の悲劇が、間も無く収束を迎えようとしていた。

【七】

〜いつかの夢〜

『泣いたってしょうがないでしょ。私達は託されて、生かされた。心を強く持つのよ。大丈夫、ホワイト。みんなで乗り越えましょう。』

 自分を激励するその女性の顔には、何故だかずっとモヤがかかっていた。思い出せない。彼女が誰で、いつこの言葉を掛けられたのか。ホワイトは思い出せない。思い出せぬまま、視界が暗転していく。



〜いつかの 夢〜

 ホワイトは、自分の斜め前に座る一人の女性を見つめていた。

「ローズさん、今日も綺麗だなぁ……。」

「モノローグが口から出ちゃってるよ、ホワイト。」

「……げっ、まずいまずい。ジェイド、今の聞かなかった事にして。」

 隣に座っていたジェイドに両手を合わせ、そう懇願する。 ホワイトが講義を受けるこの場所は、今はもう懐かしいスクールの一講義室だ。やれやれと言わんばかりに溜息を吐くと、ジェイドは肩をすくめた。

「僕は構わないけど……後ろの四人はどうだろうね。」

「え」

 ホワイトが後ろを向くと、そこには見知った顔ぶれがあった。全て分かっているという風に笑みを浮かべて、頷くアレキサンダー。まるで虫を見るかの如く冷たい視線を向けるシトリー。スモーキーは机に突っ伏したまま片手を上げてサムズアップを作り、タンザナは無表情のままノートを取り続けていた。

「みんな……聞こえてた?」

「「「「うん」」」」。

「……あぁ〜。」

「ほらそこ! 私語を慎め!!」

「あ! すみませ……ん?」

 講師に注意されて条件反射で謝罪するホワイトだったが、その声にふと違和感を覚えて言葉を詰まらせる。

「……え、エイムスさん?」

 自分達の前で教鞭を取っていたその人物は、紛れもなくエイムス本人だった。

「あれ、なんで?」

「言い訳か。見苦しいぞ、ホワイト。」

「いや。そういう事じゃなくて……なんでエイムスさんが、講師?」

 急に、外を激しい落雷が襲った。エイムスを気にしつつ外を見るホワイト。するとそこには

「……ラブラドさん。」

 天高くから、黄金の衣を纏ったラブラドが舞い降りた。彼が講義室中を震わせるほどの大声を張り上げる。

「私は今! 未来を見通した!! 今週末、この講義で抜き打ちのペーパーテストが実施されるダ! ロウ!!」

「……は?」

 そして、講義室の"中を"嵐が襲う。激しい横殴りの雨と風がホワイト達以外の生徒を吹き飛ばしていき、エイムスは砂となって霧散した。

「な、何がどうなって……これ」

 彼の右手首を、ジェイドが掴んだ。

「ねぇ、ホワイト。」

「ジェイド?」

 振り向くと、ジェイドはあの怪物へと姿を変えていた。口は裂け、その瞳からは血の涙を流している。

「どうシて、ボクを追放したノ?」

「そ、それは……!」

 視界が歪む。息が苦しい。アレキサンダー達が次々と口から血を吐いて倒れていき、さっきまでの思い出が一変する。

「い、いやだ。」

 思い出が崩壊していく。

「助けてくれ!」

 ホワイトの意識が、ぷつりと途切れた。



〜艦内・プライベートルーム〜

「……はっ。」

 ホワイトが目覚めると、装置のカバーは既に開き切っていた。じっとりと全身にまとわりついた汗を拭いながら、立ち上がるホワイト。

「夢……いや、悪夢かな。」

 心を落ち着けるべく、話し相手を求めてカフェテリアへと足を運ぶ。しかしそこで彼を待っていたのは、悲劇の連続だった。

〜艦内・カフェテリア〜

「こ、これ……どういう事……?」

「俺もさっきここに来て見つけたんだ。これはやはり……オニキスの。」

 上半身を丸ごと食いちぎられたような遺体が、目の前の床に転がっていた。残された下半身が着用する黒い防護服が、その遺体の主がオニキスである事を物語っていた。

「どうして、こんな……なんでなんだよ……!!」

「……まさか。しかし、一体いつ……」

 何かをぶつぶつと呟くアレキサンダー。そこでホワイトは、いつも居ない二人組の存在に気付く。

「ローズさんと、スモーキー……!」

 気付けば、ホワイトは医務室へと駆け出していた。心臓の鼓動が早鐘を打つように加速していく。

「待て! ホワイト!!」

 後ろから自分を追うアレキサンダーの声が聞こえる。そして——

「あぁ……ああぁ……!!」

 腹部から血を流して絶命したスモーキーと、頭を何かで撃ち抜かれて倒れた様子のローズがそこにはいた。特にローズは、怯え切った表情を浮かべている。

「ホワイト! ……くっ。」

 合流したアレキサンダーも、二人の遺体を見て拳を握りしめる。

「アレキサンダー……どうしよう。二人が、スモーキーとローズさんが死んじゃった。どうしよう、どうしよう……」

「……落ち着け、ホワイト。恐怖に呑まれるな。」

「う……うん。」

 どれほど怖くても、その恐怖に飲み込まれてはいけない。ホワイトはそう心に刻んだ。

「あれ、スモーキーがもたれかかってる壁……血で何か書いてある。」

「なに?」

 申し訳なく思いながらも、ホワイトはそっとスモーキーの遺体をどかした。すると、彼の身体が隠していた言葉が浮かび上がる。

『俺達の中にいる。』

「俺達の……中にいる……。」

 スモーキーが書き遺した通り、エイムスから始まりスモーキー、ローズ両名の殺害までを実行した犯人はホワイト達の中にいた。しかし何故、彼は今更こんな事を書き遺したのだろうか。

「まさか、シトリーさんが?」

「まさか……な。だが気を付けた方がいいな。今もこの艦のどこかで俺達を狙っているかもしれない。」

「そんな……。」

 あり得ない話ではない。ジェイドのあの姿を見てしまっては、もう他に何があっても不思議ではないのだ。

「……そうだ、管理室のマップを使おうよ。あれがあればシトリーさんの事も見つけられる。」

「いや。それは」

「早く行こう。」

 気持ちがはやっていたのか、ホワイトはアレキサンダーが止めようとするのも気付かずに管理室へと向かっていた。

〜艦内・管理室〜

「本当に見るのか?」

「本当も何も、別に見ちゃいけない理由なんて無いでしょ。あのマップへのアクセス権限は僕達みんな持ってるんだから。」

「それはそうだが……。」

 アレキサンダーの煮え切らない様子に、ホワイトは苛立ちを募らせた。いつもの彼なら潔く的確な判断で自分達を導いてくれたはずだ。ここに来て、一体何に怯える必要があるのか。

(怯える?)

 ホワイトは、その言葉に何か引っ掛かりを覚えた。それが何なのか分からぬまま、カードキーをスライドさせてマップを開く。

「シトリーさん……どこに行ったの?」

 開かれたマップは、相変わらず無機質に艦内の間取りを写し出していた。

「あれ。なんか、やっぱり……」

 そう、何かがおかしい。そのマップは確かに艦内の間取りを正確に表示していたが、何か大事なものが抜け落ちているかのような違和感を内包していた。

「……」

「……掘り起こせ、お前の記憶を。」

「え?」

 アレキサンダーが、ホワイトにそう告げた。

「僕の……記憶……。」

〜〜プライベートルームで寝そべりながら、ホワイトは疑惑の渦中にいる人物に思いを馳せた。〜〜

〜〜 プライベートルームで寝そべりながら〜〜

〜〜プライベートルームで〜〜

〜〜プライベートルーム〜〜

「……あれ?」

 そう。ホワイトが見ていたマップには、どこにもプライベートルームなどという部屋は存在していなかった。ホワイトだけではない。皆がそれぞれ身体を休めていたはずの部屋の存在が、ぽっかりと抜け落ちていたのだ。それこそが、ホワイトがマップに抱いていた違和感の正体だった。

【八】

【ついに艦長のアレキサンダーが発病した。あれだけの功績を持ち、リーダーシップを持った彼ですら恐怖には抗えなかったのだ。もうどうすることも出来ないのか。それでも、僕達の中にはまだ希望を見出せる存在が残っている。アレキサンダーの一人息子で、愛称は"アレックス"。彼なら、きっと。】

〜艦内・管理室〜

「そうだ。そのマップには写し出されていない区画が、この艦にはある。」

「アレックス……一体、君は何を知っているの?」

 アレキサンダーはホワイトの問いには答えぬまま、懐から自らのカードキーを取り出して端末の前に立った。

「見ていろ。」

 手際よくキーをスライドさせるアレキサンダー。すると、瞬く間にマップが倍の大きさまで広がり次々とホワイトの知らなかった部屋が表れ始めた。

「こ、これは……。」

「俺が設定した。艦長権限を持つ者だけが見ることの出来る、"本当の"艦内マップだ。さぁ、行くぞ。」

 アレキサンダーは、早足でその場を歩き去っていった。慌ててついていくホワイト。今回も、アレキサンダーの歩みはやけに早かった。

〜艦内・封印区画前〜

「……着いたぞ。」

「着いたって……ここ、ただの壁だよ。」

 アレキサンダーが立ったのは、保管庫の南側の壁の前だった。そこには扉のようなものは何も無く、ただ無機質な壁面が広がっていた。

「秘匿する為のシステムだからな。」

 アレキサンダーが右掌をかざすと、先ほどまで壁だった場所が勢いよく開いた。その先には、相当の広さを誇るであろう空間が広がっている。

「……本当に、あった。」

「ついてこい。」

 扉をくぐり奥へと進む二人。すると少し歩いた先で、ホワイトはずっと姿を消していた彼女を見つけた。

「……シトリーさん!」

 廊下の真ん中で、仰向けに倒れたシトリー。彼女は目を見開き涙を流しながら、まるで赦しを乞うように弱々しい表情を浮かべていた。その額には銃弾で撃ち抜かれたであろう痕が浮かんでいる。

「まさか……。」

「俺がやった。艦長だからな。」

 そうして、顔色ひとつ変えずにアレキサンダーは更に奥へと進んでいった。非常に不服ではあったものの、ホワイトもその後に続く。やがてアレキサンダーが立ち止まったのは、ホワイトのプライベートルームの前だった。

「ここは……僕の。」

「ここに、答えの一つがある。」

 彼がそう言うと、部屋の扉が無機質に開いた。

「……これって。」

 部屋にあったのは、人が一人入れるほどの大きさのカプセル。ホワイトは、無数の配線で繋がったそれにいつも身体を預けていた事を思い出した。

「頭が、痛い。」

「……。」

 ホワイトの記憶が蘇っていく。

〜 星外脱出艦『エスケープ』出艦日・発着場〜

 ホワイトは、不安で胸を押し潰されないように何度も深呼吸をしながら、脱出艦を前に立っていた。クルーとして選ばれた面々が次々と艦内へ乗り込んでいく様子を見ながら、ついにこの日が来てしまったのかと心の中で嘆く。

「父さん……母さん。」

 目の前で変貌していく家族の姿がフラッシュバックし、ホワイトは吐き気を催した。一体、自分一人だけ生き延びて何の意味があるのか。

「君、大丈夫?」

「……?」

 かけられた声の方に振り向くと、そこには凛とした雰囲気の女性が立っていた。

「あなたは?」

「私はローズ。人の名前を聞くなら、まず自分から名乗りなさい。」

「……すみません。僕はホワイト、です。あなたも……この艦に?」

 目の前の巨大な艦体を見つめながら、ローズがホワイトの隣に立った。

「えぇ。ここにいるという事は、あなたもそうね。選ばれたにしては、少々頼りなさそうな様子だけれど。」

「……仕方ないでしょう。」

「?」

 別にどうでもよかった。どれだけ馬鹿にされようと、自分達はどうせすぐ死ぬのだから。

「僕達に未来は無い。きっとみんな死ぬんだ。なのに、こんな……。」

 ずっと押し留めていた涙が、ついに溢れ出した。辛く苦しい。自分だけがとり残されていくような、そんな感覚だった。

「もう、僕は……」

「しっかりしなさい。」

「……え?」

 そう言い放った彼女の瞳は、強さで満ちていた。その意志の強さが、彼女を今ここに立たせているのだろうか。

「 泣いたってしょうがないでしょ。私達は託されて、生かされた。心を強く持つのよ。」

「……」

「 大丈夫よホワイト。私も、他の人達もいる。みんなで乗り越えましょう。」 

 その瞬間、ホワイトは彼女に救われたのだ。まだ自分には頼れる人がいる。

「……ありがとう、ローズさん。」

 いつかは自分も、彼女のように強くならなければならない。いや、なってみせる。ホワイトは、そう心に誓ったのだった。

【九】

【アレックスには、僕を含めた同い年の面々から愛称で呼ばれるほどの親しみやすさと頼り甲斐があり、父親譲りの才覚の持ち主でもあった。そんな彼が言った。これ以上発病者が出ないよう、目的地に着くまで眠りにつくんだと。その為の装置は既に用意したらしい。そんな事が可能なのか? それでも、僕達はそれに賭けてみようと——】

〜艦内"封印区画"・エントランス〜

 アレキサンダーとホワイトの目の前に、無数の遺体が転がっていた。皆恐怖に怯えた表情で、身体の一部が欠損した遺体も少なくなかった。

「彼女は……ローズさんは立派な人だった。それを君は、殺したんだね。」

「ああ……あの時スモーキーを一人で帰すべきではなかった。お前も、もう分かっているんだろう。」

「うん。」

 ローズは頭を撃ち抜かれて死んでいた。さっき見たシトリーも同じように死んでいて、それをやったのはアレキサンダーだという。もしこれが事実ならば、ローズを手にかけたのも彼だろう。

「きっとローズさんは……発病したんだ。それでスモーキーを。」

「……そう。俺達の星で蔓延した奇病の名は、インポスター。怖れに蝕まれた人々が、怪物に変貌する病気だった。」

「それで、僕達の星はみるみるうちに互いへの不信感で支配されていった。無益な殺戮も増えた。もう、文明の崩壊は時間の問題だった。」

「だから政府の役人達は、まだ発病していない人間の中でも恐怖に染まりにくいと判断された俺達を集めて、脱出艦を出す計画を立てた。それが……」

「「エスケープ計画。」」

「そうだ。だいぶ思い出してきたようだな。」

 アレキサンダーが、目の前の遺体の前にかがみ込んで、そのそばに落ちていた冊子を拾い上げた。彼から投げ渡されたそれには、この艦内で死んでいった者の心情が綴られていた。そして最後のページには、筆者のものと思われる血が飛び散っている。

「こいつは、俺が発案した計画に真っ先に賛同してくれた奴だった。頼りにしてくれていたんだ。なのに、一足違いで発病してしまった。だから」

「……だから?」

「俺が、殺した。」

 ずっと前から、アレキサンダーは一人で抱えてきたのだ。

「計画って……」

「お前も見ただろう? プライベートルームにあったカプセルを。あれは、俺が創り上げたコールドスリープ装置だ。中に入った者を、設定したタイミングまで眠りにつかせる。それだけじゃない。記憶を新しいものへと書き換える。万一に備えて密かに搭載していた機能だったが……まだ不完全だったみたいでな。記憶の定着が一部上手くいかず、各々の記憶に僅か程の違いが生まれてしまった。さらに、元々の記憶から近い内容の記憶しか設定することが出来なかったんだ。」

 ホワイトがローズのことを好きだと思っていたのは、彼女を尊敬していたから。ジェイドがホワイトとの思い出を覚えていなかったのは、記憶の定着度合いに差が生まれていたから。

「じゃあ……タンザナくんとエイムスさんの件は。」

「あれは……エイムスがどうしようもないクズだったせいで起きた、不幸な事件だったんだ。」

 どうしようもないクズ。アレキサンダーのその言葉を聞いて、ホワイトはあの日何があったのか思い至った。

「エイムスさんが……タンザナくんを殺したんだね。」

「あぁ、そうだ。」

 アレキサンダーが、怒りに震える拳を握り込んだ。無理もない。アレキサンダーとタンザナは、艦が出立する前から既にとても仲が良かった。だから生成された記憶の中でも二人は親友でいられたのだろう。

「あいつは……タンザナは、俺と同じ病院で生まれた。それが縁でずっと関係が続いて……仕事で家を空けがちだった親父の代わりに、俺と遊んでくれていたのはあいつだった。それを、あの男は」

「……アレックス。」

「……すまない。話を戻そう。」

 怒りで今すぐ荒げてしまいそうな声を抑えながら、アレキサンダーは話を続ける。

「エイムスは、自身の名声を脅かすであろう艦の整備不良を隠し通すためにクルー全員を殺してしまおうと思い立った。ふざけた話だがな。そして奴は、まず力の有りそうな俺とオニキスを電気室に誘き寄せ、そこに隔離したんだ。あの時扉が閉まったのは、あいつが役人としての特別権限を濫用して艦のシステムを弄ったからだ。そして残った面々を一人ずつ殺害し……最後には俺達も殺すつもりだったんだろう。あいつはあの扉が一定時間後に開く仕組みを知らなかったらしいからな。俺達の事は放置して、餓死でもさせるつもりだったのか。」

「それで、真っ先に艦の脱出の要を担っていたタンザナくんを殺害したんだね。」

「あぁ、そうだ。だがそこで……あいつの命運を決めるアクシデントが起きた。」

 命運を決めるアクシデント。それはおそらく、シトリーとジェイドの事だろう。そして——

「……ローズさん。」

「……あの三人が、タンザナを殺し終えた直後のエイムスと鉢合わせてしまった。あいつはまずローズに襲いかかったらしい。自分より体格の大きい男が襲いかかってくる……どれほど恐ろしかったか。そして死の恐怖に蝕まれた三人は、発症した。奴の身体に遺っていた、何かで貫かれたような殺傷痕。あれはジェイドがカフェテリアで見せた、舌を槍のように尖らせて突き放つ襲撃法によるものだろう。ジェイドは"複数"と濁していたが、正確には三箇所だった。そこで俺は、クルーの中に既に三人の発症者がいると分かったんだ。」

「最初から、誰がインポスターなのか分かっていた訳じゃないんだね。」

「あぁ。しかし早く特定しなければならなかった。だから俺は、まずシトリーに狙いを絞った。彼女がインポスターだったという事は、あの場を見れば誰でも思い至るほどに明白だったからな。」

 そう言いながら、アレキサンダーは防護服の腰ポケットから一丁の拳銃を取り出した。持ち手を握る彼の手に、力がこもる。

「これをシトリーに突きつけて、他の二人のインポスターが誰なのか問いただした。しかし困ったことに、彼女は誰がインポスターなのかだけは頑なに答えようとしなかった。だから俺は彼女の自白という解決法に早々の見切りをつけ、次のプランに移ったんだ。」

「次?」

「シトリーを処理し彼女の行方を晦ませる事で、他の二人のインポスターの不安を煽った。そして俺の網にかかったのは、ジェイドだった。あいつは管理室でマップを見ていたと騙ったからな。あいつがアリバイを確定させた人物の中に三人目のインポスターがいると踏んだ俺は、スモーキーとローズの二人を監視していたんだ。しかし……まさかスモーキーが、この封鎖区画の存在に気付くとはな。」



「殺すか、俺を?」

「……いや、お前はまだ違う。」

 アレキサンダーが、スモーキーに突きつけていた拳銃を降ろした。それを懐にしまう彼に振り返り、スモーキーが告げる。

「全部思い出したぜ。この眠気とデタラメな記憶は、お前のおかげだったんだな。」

「……すまないな、スモーキー。装置の副作用のせいだ。」

 スモーキーは、アレキサンダーの発案に乗って装置に入ったあの日の事を思い出していた。それは、艦が設定した目的地に着くまで決して中に入った者を目覚めさせない……はずだった。

「アステロイドフィールド……か。アレが無ければ、今頃こんな事にはなってなかったのかもな。こういうアクシデントに備えて、洗脳機能も付けてたのか?」

 自嘲気味にそう言ったスモーキーに対し、アレキサンダーは苦々しそうに顔を歪めた。

「ああ。目が覚めた時、俺は焦った。どうして航路上に以前には無かったアステロイドフィールドが被っていたのか、とな。そしてナビゲーションルームで航路の設定を確認していた時に……ホワイトがやってきた。俺の焦りはもっと大きくなったよ。他の奴らも起きてくる。そうしたら長い閉鎖空間でのストレスで、また誰かが発症するんじゃないかってな。それだけじゃない。記憶を取り戻して、自分達の中に化け物が潜んでいる事実に絶望する者が現れるかもしれなかった。」

 スモーキーは、自分の心奥で沸き立つ感情を抑え込む事にした。自分がアレキサンダーの立場に立ったなら、同じ様にしていたかもしれない。

「……じゃあ、俺は医務室に戻るよ。ローズさんが待ってる。」

「気を付けろ。彼女は」

「分かってるよ。……じゃあな。」

〜艦内・医務室〜

 スモーキーが部屋に戻ると、ローズが肩を震わせながら待っていた。

「ローズ、起きてたのか。」

「……スモーキーくん。」

 彼女の様子から、スモーキーは察する。

「さっきの話、聞いてたんだな。」

「……うん。」

「思い出したのか?」

「……うん。」

 ローズの身体が痙攣を始める。

「ずっと怖かった……姿を変えてエイムスさんを殺してしまったあの時から。でも、本当は違った。私は、もっと前から化け物だったんだ。」

「ローズ……君は」

「夢なんかじゃなかった。あレはゆめなンかジゃ」

 身体を膨張させ、インポスターへと姿を変えるローズ。彼女の伸ばした舌がスモーキーの腹を貫き、彼を後ろの壁面へと叩きつけた。

「ローズ……さん」

 薄れゆく意識の中で、彼はアレキサンダーが駆けつけるのを見た。彼の放った銃弾が、ローズの額を撃ち抜く。

(まだ……死ねない。)

 スモーキーは最後の力を振り絞って、自らの血で壁にメッセージを遺した。ホワイトに向けたそれをアレキサンダーに見つからぬよう、自らの身体で覆い隠す。

(ホワイト。お前は、俺達の中で誰よりも強い男だった。初めてここでお前と顔を合わせたとき、お前の頬には涙の跡があった。羨ましかったぜ……この状況で涙を流せる、お前がな。)

  ホワイトに全てを託しながら、スモーキーは事切れた。その死に顔が、アレキサンダーにはとても満足気に見えた。



「俺があの時ちゃんと引き留めていれば、スモーキーは死なずに済んだ。俺の詰めが甘くなければ、ラブラドさんはジェイドの手に掛かる事も無かった。俺は、ずっと間違えっぱなしだ。」

「アレックス……。」

「それでも俺は立ち止まることを許されない。親父の代わりに背負った責任と罪を、降ろしてはならないんだ。」

「……僕も君を許すつもりはない。でもそれは、僕達を騙して洗脳したからじゃない。」

「なら……何故?」

「君が、ローズさんの強さを奪ったからだ。」

 初めて艦に乗ったあの日が、とても懐かしく思える。

「ローズさんには、この悲劇を耐え抜こうという強い意志があった。なのに君は、それを奪った。」

「だが装置の影響を受けてああなったという事は、彼女も心の内にはああいう弱さを秘めていたんだ。それが表出しただけに過ぎない。」

「違うよアレックス。誰にも、人が強くあろうとする意志を奪う権利は無い。それを君は彼女から奪ったんだ。だから僕は、君を許さない。」

「だったらどうする?」

 アレキサンダーが、拳銃をホワイトに向けて構えた。

「俺を殺すか、俺に殺されるか。どちらか好きな方を選べ。」

「僕は……生きていたい。」

 アレキサンダーの持つ拳銃から、一発の銃弾が発射された。それは空を切り裂きながらホワイト目掛けて直進していく。

「くっ……。」

 思わず目を閉じるホワイト。

「受け取れ、ホワイト!!」

「!?」

 咄嗟に声の主から投げ渡された拳銃を受け取り、ホワイトはアレキサンダーに向けて引き金を引いた。アレキサンダーの銃弾がホワイトの防護服をかすめ、ホワイトの銃弾がアレキサンダーの右肩に直撃する。

「……やはり生きていたか。」

 傷口を抑えながら、アレキサンダーは立膝をついた。ホワイトに拳銃を渡した人物、それは——

「……オニキス。」

 死んだ筈のオニキスが、帰還を果たした。

【十】

〜出立から二ヶ月・艦内『ナビゲーションルーム』〜

 アレキサンダーがナビゲーションルームに入ると、そこには覇気もなく項垂れた父親の姿があった。

「親父、どうして俺だけを呼んだんだ?」

「……これを。」

「これは……?」

 彼が手渡してきたのは、直筆で書かれた手紙のようだった。そして、その筆跡には見覚えがあった。

「これは……エミリーの字だ。」

「そうだ。今から一時間前、それがこの艦に届けられた。読んでくれ。」

「……ああ。」

 読みたくはなかった。星に置いてきた婚約者からの手紙など、どんな恨み言が綴られているか分かったものではない。アレキサンダーは、その激情に晒されるのが怖かった。

『アレクへ 艦は順調に進んでいますか? 私は乗ることが出来なかったけど、今はとても穏やかな気持ちです。あなたが、クルーとして選ばれたから。あなたとお義父さんなら、きっと他の人達を導けるはず。私は信じています。あなたが、星の未来を切り拓いてくれる事を。』

 手紙の最後に飛んだ一抹の血が、彼女の最期を物語っていた。恐怖で震える手で書かれたであろう弱々しい字が、アレキサンダーの心を痛めつけた。

「どうして、どうして俺は責められないんだ……? 自分を置いて去った婚約者など、罵ればいいじゃないか。蔑めばいいじゃないか。なのに、どうして……?」

「それは、彼女がお前を信じると決めたからだ。」

「え?」

 父親が、そっと自分の肩に手を置いた。

「覚悟を決めろ。もう俺達に逃げることは許されない。たとえ何があっても、俺達はここに乗っている人々を護らなくてはならない。いいな。」

「……あぁ、親父。」

ーたとえどんなことをしても、ここのクルー達は俺が護ってみせるー



〜艦内"封鎖区画"・エントランス〜

「なんで……君は死んだはずじゃ?」

「騙してすまない、ホワイト。俺は生きてここにいる。」

 確かに目の前のオニキスは五体満足でそこに立っていた。今はもう洗脳にも掛かっていないため、彼が幻であるということは無いだろう。

「オニキス……やはりお前は。」

「そうだアレキサンダー。俺の洗脳はとっくに解けていた。小惑星帯に衝突した衝撃で目覚めた、あの時から。」

 オニキスの言葉に驚く様子も無く、アレキサンダーは自身の傷口を抑えながら言った。

「電気室の扉の挙動を言い当てた時から気付いていたよ。だが……やはり強いな、お前達は。」

「……え、何。どういう事?」

「ホワイト。こいつは……オニキスは、選ばれたんじゃない。密航者だったんだ。」

「え……。」

 戸惑うホワイトに、オニキス自身が続ける。

「俺が今ここにいるのはコイツの……アレキサンダーの父親が、俺を発見した時に密航者だと言わずにいてくれたおかげだ。」

 オニキスは星の外れにあるスラム街で育った。誰にも頼る事が出来ない中で、彼は自分一人で生きていこうと既に決意していたのだ。そしてエスケープ出艦のあの日、オニキスは艦内の積荷の中に忍び込んだ。生きて新天地に辿り着くために。

「記憶を取り戻した俺は、すぐにお前達の異様さに気付いたよ。だが何も言わなかった。余計な混乱は避けたかったし、アレックスを警戒していたからな。」

「自分の死を偽装したのは……この状況を作り出すためか。」

 アレキサンダーが立ち上がりながらそう言った。見ると、もう彼の肩の傷は治りきっていた。

「そうだ。お前がローズを射殺する瞬間を偶然見てな。ホワイトに管理室のマップを見るよう仕向ける為、生存者をお前達二人だけにしようと思いついたんだ。」

「でも……あの死体は? あれは確かに、君と同じ黒い防護服の遺体だった。防護服の色は見分けがつくように、全て別の色で着色されていたはずだよね。」

 ホワイトの疑問を受けて、オニキスは腰のポケットからスプレー缶を取り出してみせた。中身が既に無いのか、缶はカラカラと軽い音を立てた。

「保管庫でこれを見つけて、使えると思った。あとはここにある遺体の一つをこれで黒く塗りつぶしてカフェテリアに転がしておき、俺はダクトの中に身を隠したんだ。」

「そんな事を……。」

「……ホワイト、気を付けろ。」

「え?」

 オニキスが指したアレキサンダーの方を見ると、彼は身体中を膨張させ始めていた。身構える二人に、アレキサンダーが告げる。

「すまナい二人とモ。そろソろゲン界らシい。せめてお前タちふたリだけデも……」

 それが、彼の最後の言葉だった。左右の脇腹から新たな腕が生え、六本足になった彼はさらにその姿を巨大に変えた。腹が裂けそこが新しい口となり、完全に怪物へと変貌した男が歪な叫び声をあげる。

『ヴァアァァ!!』

「逃げるぞ、ホワイト!」

「う、うん!!」

 ホワイトとオニキスは、カフェテリアに向けて走り出した。

〜艦内・カフェテリア〜

 二人はなんとかインポスターに追いつかれる事無く、カフェテリアにたどり着いた。オニキスがホワイトに言う。

「ジェイドの時と同じ手法を使う! お前は、アイツを追放位置まで誘導してくれ!」

「う、うん!!」

 ホワイトはインポスターに向けて拳銃を発砲した。しかしその鎧のように硬い筋肉が、銃弾をいとも容易く弾いていく。

『ヴァウゥ……。』

 インポスターが、ホワイトに狙いを定めて向きを変えた。追放位置まで、残り一メートル。

「こっちだ、アレキサンダー!!」

『ヴォオオオ!!』

 インポスターがホワイトの陽動に乗って走り出し、ホワイトが横に飛び退いたのとほぼ同時、オニキスが壁の緊急ボタンを押した。カフェテリアの壁が開き、アレキサンダーを艦外へと吸い込んでいく。

『……!!』

 インポスターは最後の力を振り絞り、六本足を壁に食い込ませることで追放を耐えようともがき始めた。周囲に鋭利な舌を振り回すその巨体には、とても近づけそうにない。

「くっ……ホワイト!!」

 同じく押し流されないよう踏ん張るオニキスが叫んだ。

「眉間に銃弾を撃ち込め! その衝撃で奴は手を離すはずだ!!」

「で、でも!」

「やるんだ!!」

(アレックス……!)

アレックスに向けて拳銃を構える。

『……じャあな。』

「……うおおぉぉ!!」

 ホワイトは、引き金を引いた。



「……アレックス。」

「ん?」

「どうして、僕らを友達にしたの?」

「……さあな。その場の気分だろ、多分。」

「アレックスも気分で動く事あるんだ。」

「それくらいあるよ、俺にだって。」

「……なぁホワイト。悪かったな、嘘ついて。」

「いいよ。……君のおかげで、僕達は一人じゃなかった。」

「……。」

「それだけじゃない。君が手紙を落としたから、僕はエイムスさんの凶行に巻き込まれずに済んだ。君が助けてくれたんだ。」

「……。」

「ありがとう、アレックス。」



 気付くと、艦内には静寂が訪れていた。そこにもうアレキサンダーはいない。

「……ホワイト。」

「オニキス。」

「これから航路の再設定を始める。目的地は、当初の通りチキュウだ。」

 オニキスが、ナビゲーションルームに向かって歩き出した。しかし、ホワイトは

「待って、オニキス。」

「なんだ?」

「目的地は……もう一度僕達で決めよう。」

「なんだって?」

 ホワイトは、その場に落ちていた一枚の紙切れを拾い上げた。そこに書かれた滲んだ文字の羅列を胸に刻みながら、オニキスに自らの決意を伝える。

「……ローズさんもアレックスも、みんな自分の意志で動いていた。僕もそうなりたい。誰かに導いてもらうんじゃなくて、自分の行き先は自分で決めるんだ。」

「……分かった。」

 お互いに肩を貸しあう二人。まだ先は見えていない。それでも、ホワイト達は前を向いて歩き出した。

【エピローグ】

「アレックス! 足早いよ!!」

「お前が遅いだけだよ、ほら来いパール!!」

 仲良く駆け回る子供達を見ながら、エミリーは真っ白に乾いた洗濯物を取り込み終えた。

「今頃は、もう着いている頃かしら。」

 遠く彼方に想いを馳せる。彼女自身、もう彼には会えないと分かっていた。今もまだこの星の何処かで、誰かがインポスターに姿を変えている。やはりこのまま、みんな死んでしまうかもとエミリー自身何度も思った。

「……でも、あの子達がいれば。」

 きっと良い未来はある。そう信じて、彼女達は今日も生き続けている。

〜完〜







 

Among us 〜僕達の中にいる〜

Among us 〜僕達の中にいる〜

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-31

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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