(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第5話
鳥山明 作
ムラカミ セイジ 編
これはドラゴンボールZの、もう一つの未来で起こった物語である。
そこは鮮やかな桃色の水面が広がっている、なんとも静かな湖だった。
湖の水底では、光学迷彩モードに切り替えたブルマの宇宙船が潜水している。湖の中に生物は少なく、周囲に目立つものもない。いつ迫り来るかも知れない正体不明の敵から、非力なブルマが巨大な宇宙船ごと身を隠すには何より好都合な場所だった。
低エネルギー消費で稼働させている宇宙船内部は、青白い明かりこそいくつもあるものの、全体的に薄暗く落ち着いている。その船内でブルマは、開発中だったマシンの最終チェックを、今にも終えようとしているところだった。
コンピュータの液晶ディスプレイが表示している一人の青年。いくつものパイプに繋がれたカプセルの中では、画面の青年と瓜二つの顔をした人形が横たわっている。細部まで作り込まれた、まるで生身の人間のような外見。まだマシンとしての命を吹き込まれていないそれは、ブルマの押したスイッチ一つで、静かにその胎動を始めていた。
「母親には、こんな事くらいしかできないけれど」
ブルマは顔を曇らせて言った。
「きっとトランクスは恨むでしょうね」
このカプセルと中のマシンは、トランクスに黙って密かに宇宙船に積み込まれていたものだ。その存在をトランクスが知れば、彼はこのマシンの起動に反対してしまうだろう。今、ブルマの目の前にあるそれが『何か』などという事は、トランクスにも一目瞭然だからである。自分に対して激怒した息子の顔が目に浮かぶ。
その昔ドクターゲロの造り上げた一体の失敗作、その名は人造人間8号。孫悟空の幼き頃にハッチャンとして仲間になった彼は、後に人造人間をブルマが解析するために重要な存在(研究材料として)となった。元々は孫悟飯やトランクスが人造人間と戦うための研究だったが、そこで得た人造人間のメカニズムはいつしか思わぬ成果に行き着いた。
自分の手によって造り上げる、新型人造人間の開発だ。
ブルマはカプセルコーポレーションの総力を結集し、極秘裏に計画を進めた。度々行き詰まる事もあったが、後にトランクスが過去から持ち帰ってきた人造人間16号のデータを参考にして、研究はより完全な人造人間解析にまで踏み込んだ。
柔軟性のある骨格、圧力や衝撃に耐えられる装甲外格、人間そっくりの外見を再現する人工筋肉、人工表皮の形成、それらの接合によるベース(肉体)の構築。そしてコア(心臓部)となる永久エネルギー炉のテクノロジーの解明、より円滑な戦闘兵器としての転用。最も大切だったのが人格の構成だ。そのモデルは2人の人物に絞られた。それから彼に与えた仮想記憶(激闘の歴史や戦闘経験などの知識的ステータス)の設定、人工知能(脳)の育成。最終段階に1人の人物としての記憶や経験の統合化。
人類最先端の科学技術、その集大成こそがこの新型人造人間と云える。ドクターゲロの人造人間を遥かに上回る兵器だ。
ブルマは人造人間の開発において、ついにいくつかの調整と最終チェックを残すまでに成功する。稼動段階はもう目の前だった。だが、あくまでカプセルコーポレーションの総責任者であるブルマは、新型人造人間の完成を見合わせていた。これによって人類は再び過ちを繰り返してしまうのかと、まだブルマは怖れ、迷っていたのだ。
カプセルコーポレーションは軍事産業にも深く関わる研究機関、その中心人物であるブルマには、こうして完成を躊躇したものがいくつかある。そのものは素晴らしい発明や研究であっても、世に出すことを許されないという代物だ。彼女によって開発された新型人造人間も、その一つに加えられるはずだった。それがこうして廃棄されず、または未完成のまま倉庫の奥で埃を被る羽目にもならず、無事完成を迎えることとなったのは、ブルマの大発明『タイムマシン』に次ぐ異例であった。これは人の親ならば誰もが抱く、とても単純な感情と思考が裏付けしている。
(私はトランクスを死なせるわけにはいかないのよ!)
それがブルマなりの強い意志であり、最も譲れない願望であり、彼女の新型人造人間が必要となった最大の理由である。
(トランクスと連絡がとれなくなって、もうすぐまる1日が過ぎようとしているわ。発信機の反応が消えたのは離れてから1時間以内。でも私には自分の息子が生きていることぐらいわかる。まだトランクスの存在を感じるもの!)
カプセルの中でようやく目を開けた自分の人造人間に、ブルマは祈るように呟いた。
「お願いよ。トランクスを守ってあげて……悟飯くん」
人造人間はその声が届いたのか、カプセルの中でゆっくりと二回だけ瞬きをした。まるでようやく起動したこの一瞬一瞬を噛みしめているようだ。人造人間にとって瞬きは、メインカメラ(人間でいうところの眼にあたる)の洗浄程度の意味しかないのだから。
ボコボコとカプセル内に細かい泡が発生し、それからカプセルの中を満たしていた液体は何本ものパイプを通って一気に抜けていった。
やがてカプセルはプシューと圧縮の抜ける音と共に自動的に開き、人造人間の引き締まった筋肉質の全裸姿が露わになる。生きた青年と見紛うばかりの、強靭さと機能美を持ち合わせた逞しくも美しい肉体。
彼の意識はまだ完全には覚醒してはいない。(無表情、虚ろな瞳で)徐々にその体を自分のものにしているようだ。
新型人造人間は何か言おうと、口をもごもごとした。しばらくは上手く出来なかったが、やがて彼ははっきりと、人間の肉声のそれに近い音で発声していた。ゆっくりではあったが「ト・ラ・ン・ク・ス……?」と。
ブルマはその聞き慣れた声を聞き逃さなかった。声だけでなく、その細部までモデルを再現した姿、仕草。彼女はひどく懐かしい気持ちを抱いた。
「人造人間とはいえこれから仲間になるんですから、アンタにも番号じゃなくて名前が必要よね」
人造人間を見下ろしたブルマは、息子に話す時と同じような調子だった。それから彼女は開発者としてだけでなく、一人の人造人間にとっての名付け親となる。
「そう、ね……アンタの名前はグレート……グレートサイヤマンよ! 平和を守る正義の味方!」
そう、この人造人間のモデルとなった青年、彼は……。
トランクスは荒々しい気の接近を感知した。これはジークの手下の一人、ジュドーという大柄な男のものだ。
洞穴から慌てて飛び出したトランクス。待ち構えていたジュドーは、空中で腕を組んで彼を見下ろしていた。一見してわかる傲慢な態度だ。
「見つけたぞ、スーパーサイヤ人の小僧!」
身構えたトランクス。ジュドーの他には誰も見当たらず、気も感知できなかった。
(どうやら単身乗り込んできたらしいな)
「ハァーッ!」
トランクスは戦闘力を跳ね上げていった。青い闘気はいつしか黄金に光り輝き、トランクスの姿は筋骨隆々とした鎧を身に纏う。パワー重視のスーパーサイヤ人へと変身した。
「最初から全力でいくぞ」
その言葉に戦意を高揚されたのか、ジュドーは腕組みをやめて力強く身構えた。どこから来ても迎え撃つと言わんばかりだ。
「来いッ!」
ジュドーの声を合図に空中に飛び上がったトランクスは、常人には視認出来ないスピードで一瞬のうちに接近、ジュドーの大振りなパンチを片手で受け流しつつ、回し蹴りを顎に見舞うと、素早く低い体勢に身を屈めて鋭いレバーブローを深々と突き刺した。
強打を受けたジュドーだが、その顔に苦痛や焦りの色はない。それどころかまるで何事もなかったかのような余裕の表情だった。さらに振り上げた拳をトランクスに向けて打ち下ろすが、それはまたも避けられて空を切った。トランクスはそこで一旦距離を置いた。キレのある俊敏な攻撃の駆け引き、ヒットアンドアウェイ。
「すばしっこいヤロウだぜぇ」
ジュドーは顎を蹴られた際のよだれを拭う。その口から更なる攻撃を仕掛けてきたのは、スーパーサイヤ人となったトランクスにも不意打ちだった。サイヤ人の変身した大猿や、巨大化したピッコロの必殺技である『魔口砲』、それによく似た技を構えるジュドー。大きく背を反らせると、口の中は瞬時に発光をはじめた。
「ガァーッ!」
獣のような叫びがトランクスに聞こえた時には、魔弾はジュドーの口から発射され、既に正面のトランクスを捉えていた。辺りの草木は巨大な気弾の破壊力でまとめて吹き飛ばされていく。
一瞬のうちに森から荒野になり果てた地帯、その真ん中でトランクスはガード姿勢のまま宙を浮いていた。
「ガハハハハ!」
ジュドーの傲慢な高笑いを聞きながら、トランクスはひやりと悪寒を感じていた。瞬時に防御したためダメージこそあまりなかったが、敵の破壊力は凄まじいものだ。無防備での直撃を思えば、間一髪だったのは違いない。嫌な汗が背中を流れ落ちていく。激しい戦闘、そこでの緊張は、トランクスの中で生死の境をより鮮明にしていった。
(そうだ、これだ)
トランクスが感じていたのと同じく、ジュドーもまた緊張と興奮を戦闘の中で得ていた。
(この感覚が、オレ様の勘を研ぎ澄ませやがる)
高笑いを止めたジュドーはニヤリと笑みを浮かべると、次の瞬間にはトランクスに突撃していった。ジュドーの接近のスピードは、外見の愚鈍さからは想像できないものだった。トランクスが最初の一撃のために接近した速度さえ上回る。
だが先ほどの魔口砲に似た技で警戒していたトランクスは、すぐに自分への攻撃を予測し対応する事ができた。
互いに一歩も引かぬ激しい打撃戦、瞬時に放れる強打に次ぐ強打。ヒットこそトランクスがリードしているが、一撃一撃の破壊力ではジュドーが僅かに差をつけているようだ。その大柄な体格を活かし、尚且つそれなりのスピードを併せ持つジュドーの攻撃に、トランクスは言いようのない戦い難さを感じた。
(なんてヤツらだ! ドイツもコイツも!)
「くっ、この!」
トランクスの心に、焦りと苛立ちが見え隠れする。たとえ一瞬であろうとも、そこは敵のつけ入る隙に違いない。力任せの回し蹴りはジュドーの片手で掴まれていた。
「オラァーッ!」
トランクスはジュドーの怪力で、空高く投げ飛ばされた。すると直後にジュドーは、トランクスが空中で体勢を整える前に気弾を放った。
回避も防御もままならず、トランクスは直撃を受けて荒野に落ちていった。気弾の爆発。打撃戦とは異なる痛み。しかしそれを受けた瞬間、トランクス自身は何故か心地良い目覚めのように感じていた。
サイヤ人の本能によるものか、トランクスはこの瞬間、闘争の中に快楽を見いだした自分に気付く。過去の世界で父ベジータを戦場へと突き動かしていた、過激なまでに高ぶる闘争本能。これこそトランクスがベジータから色濃く受け継いだ才能なのかもしれない。
トランクスの目つきは鋭さを増して、殺気立っていた。
(同人)ドラゴンボールZ もう一つの明日 第5話