仮面ライダー龍騎 〜そこには一縷の正義も無く〜

【登場人物】

城戸真司(きど しんじ)(二十四)……新米ジャーナリストで、少々抜けたところがあるお人好しの青年。ドラグレッダーと契約し、『龍騎(りゅうき)』となる。

秋山蓮(あきやま れん)(二十四)……無愛想で口も態度も悪いが、内には確かな情を秘めている男。ダークウイングと契約し、『ナイト』として戦う。

手塚海之(てづか みゆき)(二十四)……蓮の友人で、彼と共に仮面ライダーとしての道を選んだ男。エビルダイバーと契約し、『ライア』となってナイトと共闘する。

浅倉威(あさくら たけし)(二十五)……逃亡中の凶悪殺人犯で、人間の性質を嗅ぎ分ける特技を持つ。ベノスネーカーと契約し、『王蛇(おうじゃ)』に変身してライダーバトルに興じる。

大久保大介(おおくぼ だいすけ)(三十六)……モバイルネットニュース配信会社『ORE(オレ)ジャーナル』の編集長で、真司の上司。

神崎優衣(かんざき ゆい)(十九)……蓮と行動を共にする少女。兄が多くの人間を傷つけている事に、思い悩んでいる。

神崎士郎(かんざき しろう)(二十五)……ライダーバトルを仕掛けた張本人。鏡の中からライダー達を闘いへと誘う、謎多き男。

・仮面ライダー……鉄仮面と固有の鎧で全身を覆った者達の総称。鏡の向こうの世界で、譲れない願いを持って戦い続ける。


《第一話:反転世界(ミラーワールド)


【プロローグ】

〜二〇〇二年二月二日・午後十時三十四分"ミラーワールド" 〜

 街灯だけが寂しく光るその世界で、火花を散らす戦士(ライダー)達の姿があった。それぞれ、黒のアンダースーツにカメレオンを象ったメタリックグリーンの鎧に身を包んだ戦士『ベルデ』と、同じく黒のアンダースーツに白虎のような白銀の鎧で身を固めた戦士『タイガ』、そしてやはり黒いアンダースーツの上に茶色い生物的な鎧を身に纏った、ガゼルのような戦士『インペラー』である。

「……いいねぇ。やっぱり人間は、こうでないとな。」

 ベルデが、挑発するようにタイガに向けて中指を立ててみせた。

「バカにしやがって……いけるか、インペラー!!」

「おぅよ、タイガ兄ぃ!!」

「……助かるよなぁ、バカで。」

<HOLD VENT>

 向かってくる両者を(あざけ)り、ベルデは自身のヨーヨー型の武器『バイオワインダー』を振るった。宙を滑空したそれは彼らの頭上にあった街灯を砕き、そのキラキラとした破片がタイガとインペラーの眼を眩ませる。

「ぐあっ……!?」

「ち、ちくしょう……!」

 それでもタイガの方は直ぐに視界を取り戻し、辺りを見回した。しかしそこに、ベルデの姿は無い。

「奴は……どこに……!?」

 その腹部を、背後からベルデの手刀が貫いた。あまりに突然の出来事に、呆気に取られるタイガ。

「なっ……」

<CLEAR VENT>

「よぉ。」

 透明になっていたベルデが、勝利を確信して姿を現した。二人の前では、未だ視界の回復しないインペラーが必死で周囲を警戒している。

「ほら、弟に最後の挨拶だ。」

「みつ……る……。」

 タイガは力無くその場に崩れ落ちると、二度と動かなくなった。そんな死体を蹴り付けながら、悠々ともう片方の獲物へと歩み寄っていくベルデ。

<COPY VENT>

「よぉ、大丈夫か。」

「あぁ……兄ちゃんか。」

 ようやく視界を取り戻したインペラーの前に立っていたのは、紛う事なきタイガの姿だった。

「あいつは……ベルデは。」

「安心しろ、殺したさ。」



 インペラーは、兄が自分を裏切ったという虚構に絶望しながら死んだ。そうして目の前に転がった二つの死体を見ながら、ベルデは嘲笑(あざわら)った。真っ暗な闇の都会で、その愉悦に満ちた笑い声だけが猛々しく響き渡っていた。

— 仮面ライダータイガ・インペラー死亡。残るライダーは、あと十一人。—

【一】

〜翌日・午前八時五分"OREジャーナル"オフィス〜

 爽やかな朝のオフィスで鳴り響く、やかましいアラーム音。編集長の大久保大介はその音の主である目覚まし時計を止めると、傍らで気持ち良さそうにいびきをかく男の耳元に顔を近づけた。

「おーい、真司! 起きろォー!!」

「どわぁあ!? お、おはようございますっ!!」

 大久保の大声に驚いて飛び起きる、スウェットとデニムパンツに身を包んだ青年。彼の名は城戸真司。二十四歳。ネットニュース配信会社である此処(ここ)『OREジャーナル』の新人ジャーナリストで、家賃の度重なる滞納を経てアパートを追い出されてからは、この職場に"居候"している。

「お前さぁ……夜通しで飼い猫捜しなんて手伝うから寝坊すんだよ。そもそも、なんで取材に行ったはずが猫探すことになってんだ。もうちょい仕事に責任を持ってだな……」

「すみません! でも、あの奥さん凄く悲しそうに話すもんだからつい……」

 そう言いながら頭を下げる後輩の姿に、どんどんと怒る気力を削がれていく大久保。真司には、そういう力があった。

「……まぁ、いいや。とにかく程々にしとけよ。」

 上司の話にうんうんと相槌を打ちながら、茶色い長髪をセンターパートに整えて向き直る真司。

「はい、気を付けます! 大久保先輩!!」

「バカ。ここでは編集長だろ。」

「あ、そうでした。すみません、編集長!」

 大久保はオールバックでキメた頭を掻きながら、相変わらず精彩を欠く後輩の言動に呆れてみせた。

「全くお前って奴は……あぁ、そうだ。朝イチで悪いが、お前に仕事だ。取材に行ってきてくれ。」

 上司から無造作に突きつけられたメモを受け取り、真司は寝床の傍に放っておいたダウンジャケットを羽織りながら尋ねた。

「取材……ですか。一体何の?」

「例の連続行方不明事件だ。新たな被害者は榊原耕一(さかきばら こういち)、二十八歳……そのメモの住所が榊原のアパートだ。大家さんに話を通してあっから、色々聞いてこい。」

 最近頻発している、行方不明事件。密室などの通常では"有り得ない"場所で人が忽然(こつぜん)と姿を消すという、なんとも不可解な事件だった。

「今度は余計な事に首突っ込むなよ。いいな?」

「はい、編集長! 行ってきます!!」

 念入りに釘を刺す大久保に決意の敬礼を見せつけると、真司は気勢よくオフィスを飛び出したのだった。

「おはようございます編集長。彼、今日も元気ですね。」

 そう言いながら真司と入れ違いで入ってきたマッシュショートの女性は、桃井令子。真司の先輩ジャーナリストであり、OREジャーナルの頼れるエースだ。彼女が身につけるパールホワイトのスーツは、その信念の表れである。

「全く、大学の頃からちっとも変わらんわ。俺も後輩だからって、甘やかし過ぎてっかなぁ……。」

 大久保の、虚しいため息が漏れた。

〜午前九時"都内・某アパート"〜

 住所を頼りに真司が辿り着いたのは、寂れた古いアパートだった。そんなアパートの前に立った糸目の中年男性に、声を掛ける。

「どうも、大家さん。取材許可してくれて、ありがとうございます。」

「いやぁね。ウチも最近景気悪くてさ……ここらで面白く取り上げてもらって、入居者もばんばん増やしちゃおうってわけ。良い記事書いてよ?」

 大家はそう言いながら、真司の肩をバシバシと叩いた。調子のいいその言動に、たじろぐ真司。

「は、はい……。」

 ギシギシと音を立てながら、少し錆びついた階段を登っていく。そして榊原の部屋の前に着くと、大家がその扉を開いた。

「じゃあ、とりあえず部屋の様子から見てってよ。結構面白いからさ。」

(……どういう事だろう。)

 真司が中に入ると、そこにはとても不気味な空間が広がっていた。戸棚のガラス、窓からテレビに至るまで"映り込む"もの全てが新聞で覆われていたのだ。まるで何かに怯えていたような、そんな印象を受けた。

「どう。面白いでしょ?」

「面白いっていうか……怖いっていうか……」

 コツッ

 歩を進めると、真司の足先に何か硬いものが当たった。ふと拾い上げたそれは、真っ黒く塗られた謎のカードデッキだった。

「大家さん、これは?」

「んん……なんだそれ。悪いな、分からんわ。」

「そうです、か……!?」

 突如として、真司を激しい耳鳴りが襲った。まるで何かが反響し合うようにけたたましく鳴り響くその音に、堪らずうずくまる真司。

「おい、にいちゃん。大丈夫か?」

「い、いえ……少し耳鳴りが……」

 その時うっすらと開けた自分の眼が、一瞬だけ巨大な赤色の龍を捉えたような気がした。それは、向かいのビルのガラス窓の"中"に居たように見えた。

「おいおい、大丈夫かよ……救急車呼んでやるから、ちょっとそのまま待っ」

 次の瞬間、剥がれ落ちた新聞の奥から伸びた蜘蛛糸が大家を包んでいた。

「な……なんだこれ!? おいアンタ、助けて……助けてくれ!!……アアァ」

 その糸は大家の悲鳴などまるで意に介さず、新聞の奥のガラスへと彼を引き摺り込んでいった。そして聞こえ始める、おぞましい"咀嚼音(そしゃくおん)"。

「……え。ちょ、どうなってんだこれ?!」

 真司は、急いでその新聞を剥がした。一枚、また一枚。部屋中の新聞を夢中で剥がしていると、ガラスから漏れ出た謎の光がその視界を白く染めた。

「うわぁぁあ!?」

 ——そうして次に視界が開けたとき、真司が居たのは謎の世界だった。そこは一見すると先程と何も変わらない風景だったが、新聞の文字や部屋の家具に至るまで、そこに存在する自分を含めた全てが"反転"していた。今居る場所が鏡の"向こう側"だという事を、真司は肌で感じ取った。

〜午前九時二十分・ミラーワールド"都内・某アパート"〜

 突如として異界に放り出された真司の身体は、何故か灰色のアンダースーツと銀の鎧に包まれていた。

「これ……え……?」

 顔に付いた鉄仮面を触り、確かにそれが自分の身を守る鎧であることを認識する。しかし、何故そんな鎧を身に付けているのか。そもそもここは何処(どこ)なのか。分からない事が、あまりにも多すぎた。

「……この音は?」

 アパートの外で響き続ける謎の"咀嚼音"に気付き、その音を辿って裏手の駐車場に出る真司。が、すぐにその行動を後悔した。駐車場の中心に、口から血を滴らせた巨大な蜘蛛『ディスパイダー』が居たのだ。

「バ……バケモノ……!」

 思わず大声をあげてしまった真司を認識し、ディスパイダーが此方に向きを変えた。ジリジリと近付くディスパイダー。

「に……逃げないと。逃げないと死ぬ……!」

 しかし、真司は逃げ出す事が出来なかった。両足が恐怖で動かなくなっていたからだ。

「……死ぬのか俺、こんなとこで。」

「キシャアアァ!」

 真司を射程圏内に収めたディスパイダーが、あのおぞましい蜘蛛糸を吐き出す。

「し、死にたくねえ——!!」

<ADVENT>

 その叫びに応えるかのように、無機質な電子音が鳴り響いた。そして次の瞬間、素早く飛翔する巨大な蝙蝠(こうもり)が、蜘蛛糸を切断して彼を救ったのだった。

「今度は、蝙蝠かよ……。」

「驚いたな、まだモンスターと契約していないのか?」

「え?」

 真司の背後から歩いてきたその男は、紺色のアンダースーツと蝙蝠を象った銀の鎧で全身を覆っていた。男の名はナイト。仮面ライダー、第一号。

【二】

〜午前九時三十二分・ミラーワールド"都内・某アパート裏手—駐車場"〜

 ナイトはレイピア型の召喚機『ダークバイザー』を構えると、そのグリップ部に備わったスロットにカードをセットした。

<SWORD VENT>

 電子音と共に召喚された巨大な槍『ウイングランサー』が空中より飛来し、まるで吸い寄せられるように男の手元に収まる。そして彼はウイングランサーを構えながら少しずつディスパイダーとの距離を詰めると、放たれた蜘蛛糸をそれで払い除けて素早く怪物の足元に入り込んだ。標的を見失い、慌てるような素振りで辺りを見回すディスパイダー。

「はあぁ!」

 ナイトは標的の腹部にウィングランサーを深々と突き刺すと、持ち上げるようにしてその巨躯を横転させた。

(凄ぇ。なんだ、アイツ……)

 呆然とする真司を尻目に、ナイトがトドメの一撃を仕掛ける。

「これで終わりだ。」

<FINAL VENT>

 ダークバイザーにカードがセットされた瞬間、空中から紺色のコウモリ型モンスター、『ダークウイング』が飛来した。それに合わせて駆け出し、空高く跳び上がるナイト。そしてその身体を、ダークウイングの羽が素早く包んだ。

飛翔斬(ひしょうざん)!!」

 空中で見事な槍状となった彼らは、まるでドリルの如く回転しながらディスパイダーに突撃し、その巨体に風穴を開けた。爆散するディスパイダー。

「こいつは……違うな。」

 地面へと降り立ったナイトはそう呟くと、そこに突っ立った真司を一瞥して歩き出した。

「あっ! ちょっと待って!!」

 慌てて後を追う真司。

「なぁ、あんた一体何者なんだ!? ここは何処だよ! てかあのモンスターは!? 大家さん、何処行っちゃったの?! この鎧は一体……」

 どれだけ真司が(まく)し立てようとも、ナイトは面倒そうにするばかりで一向に足を止めようとしなかった。

「あ、あんた……人がこれだけ困ってるわけなんだから、ちょっとくらい相手してくれてもいいんじゃないの。」

 苛立つ真司の胸中を知ってか知らずか、ナイトはついに足を止めた。そして、おもむろに空を見上げる。

「……マズイ、避けろ!!」

 突如二人に降り注ぐ火球。ナイトは真司を押し倒しながらその場から飛び退き、真司もよろよろとバランスを崩して後方に倒れ込んだ。

「うわっ……て、え?」

 顔を上げ、愕然とする真司。自分がさっきまで立って場所は高熱に焼かれ、そこに丸いクレーターのような跡が出来ていたのだ。

「おいおい……もう勘弁してくれって……。」

 二人を襲ったのは、真司がアパートの部屋で一瞬見た赤い龍『ドラグレッダー』だった。空中で大きく旋回する赤龍の姿に、真司はある種畏怖とも言える感情を抱いていた。

「……来たな、奴だ。来い! ダークウイング!!」

 ナイトの呼び声に応じて飛来したダークウイングがその背中に収まり、マント状になって彼を空中に羽ばたかせる。

「おーい、待ってくれよ! 俺はどうすればいいんだよー!」

「来た道を戻れ!!」

 ダークバイザーを振るいドラグレッダーと応戦しながら、そう告げるナイト。

「来た道って……あっ、もしかして!!」

 真司は直ぐに駆け出すと、アパートの前まで戻った。

「来た道って、ここか?」

 なんとかして頭を働かせながら、生還を願って息を呑む。そんな彼に向かって、ドラグレッダーが火球を吐き出した。それは少し狙いを外しはしたが、真司にとっては運悪く、アパートに直撃してそれを粉々に吹き飛ばしてしまったのだった。

「あぁー! テメェ、ふざけんなよ!!」

「うるさい! 戦いの邪魔だ、失せろ!!」

 赤龍の隙を伺うべくその周囲を旋回していたナイトが、やかましく捲し立てる真司の方を向いて怒声を飛ばした。しかし、それが仇となる。

「あっ、コウモリの人! 危ない!!」

「なっ……!?」

 次の瞬間、ナイトは龍の強靭な尾によって薙ぎ払われ地上に叩き落とされていた。真司に気を取られた隙を突かれた、あまりに一瞬の不覚であった。

「ぐっ、今回はここまでか……。おい、そこのバカ!」

「なんだよ! てかバカじゃねぇし!!」

 今度はドラグレッダーに目線を向けたまま、立ち上がったナイトが語る。

「この世界に居られる時間は限られてる。早く戻らないとお前、死ぬぞ。」

「はっ!?」

 そして、ナイトは近くにあったバイクのミラーに入っていった。どうやら鏡が元の世界と繋がっているらしいと、真司は直感した。

「でも……俺はどうやって戻れば……」

 空中には自分を狙うドラグレッダー。"来た道"であろうアパートは粉々に粉砕されてしまい、真司は絶望感に包まれてその場にへたり込んだ。

「もう、ダメか……ん?」

 足元に、キラリと光る何かがあった。それは、アパートの窓ガラスの破片だった。

「……もう、これに賭けるしかない!!」

 三度吐き出された火球が直撃する刹那。真司はそのガラスの破片に、飛び込んだ。

〜午前十時十分・都内"某アパート"〜

 気が付くと、真司は榊原の部屋で仰向けに倒れていた。天井の木板に浮かんだ黒いシミが、何やらとても不気味に感じられる。

「とりあえず……帰るか……。」

 真司はのっそりと起き上がると、その場を立ち去った。部屋で拾った、黒いカードデッキを持って。

《第二話:初陣(ういじん)


【三】

〜二月四日・午後二時三十分"喫茶・花鶏(あとり)"店内〜

 自分以外に客が一人も居ない店内で、真司は考えを巡らせていた。結局、昨日は一睡も出来なかった。何度目を閉じても、あの酷く現実離れした光景がフラッシュバックしたからだ。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 真司に愛想良く注文を伺う、ベージュのエプロンを身につけた女性店員。彼女と会う事こそが、今回の真司の目的だ。

「あ、俺は客ってわけじゃなくて……神崎優衣さん、ですよね?」

「え、はい……。」

 フリマで買った長財布から名刺を取り出し、立ち上がって目の前の取材対象に渡す。

「俺、城戸真司。ジャーナリストやってます。それで聞きたいんです。あなたの、お兄さんについて。」

「……!」

 彼女の名は神崎優衣。茶髪のベリーショートが活発さを醸し出す、十九歳の少女だ。

「あなたのお兄さんは、最近起こってる連続行方不明事件の最初の被害者の方ですよね。何か、この事件について知っている事はありませんか。」

「……お話し出来ることは、何もありません。」

 優衣はとても悲しそうな表情を浮かべると、その場を立ち去ろうと真司に背を向けた。よほど触れられたくない事情があるのだろう。だが、

「……待って! 俺はあなたが知らないかもしれない事を知ってるんだ。話を聞いてくれ!!」

「え?」

 真司も退くわけにはいかない。何が起こっているのか、真実を知らなければならない。己の中の使命感が、そう告げていた。

「鏡の中の世界の事、何か知りませんか?」

 真司は、昨日経験した事全てを話した。鏡の向こう側にあった世界と、其処にいた蜘蛛の怪物に赤い龍、そしてコウモリ騎士の事まで、全てを。

「そう……あなたが、そうだったのね。」

「え?」

 そう呟いて何かを深く考え込む優衣。すると、店の奥の洗い場にいた無愛想な男がこちらにやってきた。

「そうか、お前があの時のバカか。」

「バカってアンタ初対面の人に向かって……って、その声。アンタもしかしてあの時の!!」

 声を大きくする真司を小馬鹿にしたように笑うと、アップバングのその男は腰に巻いていたエプロンをとってテーブルに置いた。

「あぁ、そうだ。お前、デッキは持ってるか?」

「デッキ……あぁ、あの時拾ったやつか。持ってるけど。」

 上着のポケットをゴソゴソとまさぐり、件の黒いカードデッキを取り出してみせる真司。

「これ拾ってから、なんか変なんだよ。ずっと視線を感じるというか……凄く嫌な気配っつーかさ。」

「なら、そのデッキは俺が預かろう。そしてお前は大人しく帰れ。さぁ、出口はこっちだ。」

 男はそう言って真司からデッキを奪い取ると、上着の襟を乱暴に掴んだ。その力はとても強く、必死に暴れる真司の抵抗をものともしなかった。

「お、おい何なんだよお前! 離せよ!!」

「やめて、蓮! その人、モンスターに狙われてるんだよ。蓮だって分かってるはずでしょ!?」

 優衣の呼び止めに応えてか、その男——蓮は、真司から手を離した。

「分かってるさ、優衣。だが心配は要らない。あの龍は、俺が倒すからな。」

 蓮は優しい笑顔を浮かべながらそう言うと、デッキをそばの机の上に置いて、真司を睨みつけながら店から出て行ってしまった。もちろん、真司も睨み返してやった。

「ごめんね、蓮も悪い人じゃないんだけど。ちょっと素直になれないっていうか。」

「あー、いいよいいよ。それよりさ、モンスターに狙われてるって……やっぱり君達は何か知ってるんだよね。」

「あ、うん……もう話すしかない、か。」

 優衣は店の外看板を「OPEN」から「CLOSE」に反転させると、真司の向かいの席についた。

「あなたが迷い込んだ世界は、ミラーワールド。鏡の向こう側の世界よ。あそこにはミラーモンスターっていう恐ろしい怪物達が住み着いてて、腹を空かして時折こちら側の人間を捕食しているの。勿論そんな現実離れした事なんて誰も気付けないから、世間では"謎の"行方不明事件として処理されてる……これが、事件の真相だよ。」

「なんだ……それ。じゃあ、行方不明になった人みんな……もう、この世には」

「えぇ、いない。皆、人知れずモンスターの犠牲になっている。」

 戦慄した。OREジャーナルで見た行方不明者リストに載った名前は、決して少ない数ではなかった。

「じゃあアイツ……あの、蓮が変身してたコウモリの騎士は?」

「あれは、仮面ライダーナイト。モンスターに対抗出来る、唯一の手段。あの騎士の姿になればミラーワールドとこっちの世界を自由に行き来できるし、モンスターと戦う力も得られるの。」

 ナイトが従えていたのは、蝙蝠のモンスターだった。どうやら、仮面ライダーの能力は契約モンスターに依存するらしい。

「なるほど、な……そんなことが。さっき言ってたけど、俺もモンスターに狙われてるのか?」

巨龍(ドラグレッダー)、二人を襲ったヤツね。アイツはあなたを捕食しようと狙ってる。でも、大丈夫。このカードデッキに入っている封印のカードが、あなたを守ってくれる。それに、きっとあの龍も蓮が倒してくれるから……安心して。」

 優衣はそう言いながら蓮が置いていった黒いカードデッキを手に取ると、真司に渡した。

「ありがとう。なんか、スゴい話だな……。」

 優衣から聞かされた全ての話が、今まで真司が積み上げてきた常識から乖離していた。真司は戸惑い、そして——

「でも、許せないな。何の罪も無い人達が、誰にも知られないまま命を落とすなんて。」

 怒りに震えた。真司は、人生で初めて怒りで拳を震わせていた。

「真司くん……。」

 そんな店内の重苦しい雰囲気を破るように、真司の携帯からポップなコール音が鳴り響いた。編集長の大久保からだった。

「はい、編集長。」

『おーい真司。お前、何処ほっつき歩いてんだよ……また、なんか余計な事に首突っ込んでんじゃないだろうな。』

「あ、いえ別にそんな事は……すんません。それで、どうしたんすか?」

『……あぁ、また行方不明事件だ。今度はショッピングモール。子連れの母親が、衣料品店の試着室に入ったまま姿をくらましたらしい。また有り得ない話だが……とにかく現場の様子、取材してこい。』

 大久保から聞き取った現場住所のメモを取り終え、電話を切る真司。

「真司くん……もしかして、また?」

「うん。優衣ちゃん……俺、ちょっと行ってくる。」

「え、行くって……真司くん、ちょっと待って!!」

 優衣の呼び止める声も、まるで耳に入ってこない。多くの人が消え、多くの人が取り残された行方不明事件。その全てが、鏡の中から襲いくる理不尽によってもたらされたものだった。

(クソ……ふざけんなよ。)

 真司は、現場に向けてバイクを走らせた。

【四】

〜午後四時・都内"ショッピングモール・某衣料品店"〜

 現場は警官とマスコミを含めた多数の人間でごった返しており、すっかり混乱状態だった。

「すみません、ちょっと通してください。すみません。」

 現場の様子を見ようと、人混みをかき分け進んでいく真司。そうして前へ出たところで目に飛び込んできたのは、一人でうずくまり泣き暮れる少女の姿だった。

「ママ……どこいったの? 怖いよ……置いていかないで。」

 少女の消え入りそうな声を聞いて、再び拳を握り締める。怒りと決意に満ちたその思いを受け入れるかのように、戦いの幕開けを告げるあの耳鳴りが響き渡った。

「モンスターは……屋上か。」

 真司は、デッキを掴んだ。

〜午後四時三十分・都内"ショッピングモール・屋上"〜

 真司が屋上のガラス窓の前に立つと、以前ナイトが倒したはずの巨大蜘蛛(ディスパイダー)が満足げに"そこ"に立っていた。

「お前は……俺が倒す!」

「お前では無理だ!!」

 その声の主——蓮は、黒いロングコートを風に揺らしながらゆっくりとこちらに歩いてきた。その表情は、以前花鶏で会った時よりも明らかに険しいものだった。

「……でも俺は! 許せないんだ!!」

「そんなあやふやな想いでデッキを握る貴様に、この戦いは勝ち残れない。一度自分の意志で戦いに足を踏み入れれば、二度と戻ることは出来ない。永遠に戦い続ける。お前にその覚悟があるのか?」

「俺……俺は……」

「黙って見ていろ。」

 蓮はそう言って真司を押し退けると、力強くデッキを前に構えた。

「変身!!」

 次の瞬間、鏡から現れた鎧が蓮の身体を包んだ。鏡に吸い込まれるように姿を消していくナイトの様子を、真司は黙って見ていることしか出来なかった。

「……ちくしょう!」

〜午後四時四十分・ミラーワールド"ショッピングモール屋上"〜

 ナイトはウイングランサーを構えながら、ゆっくりと目の前の蜘蛛のモンスター『ディスパイダー・リボーン』と向かい合った。

「まさかモンスターの中に再生能力があるヤツがいるとはな。今度こそ、完全に仕留めさせてもらう。」

 深く踏み込み、間合いを詰めて一気に斬りかかる。しかしそんなナイトの渾身の一振りを、D・(ディスパイダー)リボーンは一跳びで避けてそのままガラス窓に張り付いてみせた。

「以前より、機動力が増している……。」

 警戒するナイト目掛けて、怪物が攻撃を仕掛ける。しかし今度吐き出したのは蜘蛛糸ではなく、鋭くとがった高硬度のトゲだった。

「……くっ!」

 次々と襲いくるトゲを、一本一本ウイングランサーで叩き落としていく。しかし絶え間なく続く猛攻に、ナイトは少しずつ、しかし確実に追い詰められていた。

〜午後四時五十五分・都内"ショッピングモール・屋上"〜

 蓮の戦いをじっと見つめる真司は、自分の中で抑えきれない"何か"が確実に大きくなっているのを感じた。

「真司くん、大丈夫?」

「……優衣ちゃん。」

 優衣が、心配そうな表情を浮かべてこちらに歩いてくる。きっと慌ただしく店を飛び出した真司を追って来たのだろう。

「……俺も、アイツみたいに戦えるのかな?」

「それは、無理。蓮みたいに戦うってことは、モンスターと契約するってこと。そうなったら、契約したモンスターに餌を与えるために一生他のミラーモンスターを狩らなきゃいけなくなる。そうしないと、自分が食べられちゃうから。」

「永遠に戦い続ける……アイツが言ってたのは、そういうことか。」

 覚悟。蓮の語ったその言葉が、真司の脳裏に蘇った。

「ねぇ、私は真司くんに戦って欲しくない。あなたは良い人だから。傷ついて欲しくないの。」

「……」

 真司は、デッキから封印のカードを取り出した。これがあれば、一生モンスターに襲われる事は無い。いつも通り仕事をして、何事も無かったように日常に戻れる。——すぐそばに巣食う悲劇から、目を逸らしながら。

「優衣ちゃん……ごめん。」

「え」

 真司は、封印のカードを破り捨てた。真二つに分かれたカードはポトリと地面に落ちると、光の粒子となって消えていった。

「何してるの……真司くんだって、気付いてるでしょ!? あの龍が、もうすぐそこまで迫ってるんだよ! そのカードが無いと、食べられちゃうんだよ!?」

「優衣ちゃん。俺、嫌なんだ。すぐそばで悲しんでる人がいて。俺には助ける術があって。でも何もしないなんて……俺には、出来ない。」

 優衣の目を、じっと見据える。真司にはこれしかなかった。既に、覚悟は決まっていた。

「……もう、あなたが助かる道はこれしかない。」

 優衣は、デッキから事前に抜き取っていたであろう一枚のカードを、真司に手渡した。

「それは、契約のカードよ。……真司くん、あの龍と契約して。」

 ゆっくりと頷き、鏡の前で契約のカードをかざす。すると真司は再び光に包まれ、そして——

〜午後五時五分・ミラーワールド"ショッピングモール屋上"〜

<GUARD VENT>

 ダークバイザーにカードをセットしたナイトに、攻撃を防ぐ防壁となるマント『ウイングウォール』が装備された。しかし、間髪入れずに発射される無数のトゲがその表面に食い込んでいく。防戦一方となったナイトが敗北するのは、もはや時間の問題だった。

(……なら!)

 意を決してマントを脱ぎ捨て横に飛び退いたナイトを、D・リボーンの蜘蛛糸が捕らえた。完全に意表をつかれた形で、その場に倒れ込むナイト。

(誘い込まれた……!!)

 再び怪物の口腔から、複数のトゲが一気に発射される。もはやナイトに、それを防ぐ手立ては残されていなかった。

(終われない……こんなところで……!!)

「俺が助ける!!」

 ナイトの窮地に割って入った一人の戦士が、拳と蹴りだけでそれらを全て叩き落とした。それは赤いアンダースーツと銀の鎧を身に纏った龍の戦士、『仮面ライダー龍騎』であった。

「お前、まさか……」

「悪いな、アンタの忠告無視して。でも俺、決めたから。誰かを守るために……そのために、俺は戦い続ける。」

「……。」

「っしゃあ! ケリをつけるぜ!!」

 左腕に備えた龍の頭部を象った手甲型召喚機『ドラグバイザー』を開き、剥き出されたスロットにカードをセットする。

<SWORD VENT>

 そうすることで、龍騎はドラグレッダーの尾を模した剣『ドラグセイバー』を装備した。そしてそのまま一気に跳びあがり、D・リボーンの胴体を斬りつける。

「あいつ……本当にあのバカか?」

 その動きには一切の迷いがなく、また初めてとは思えないほど機敏で的確であった。それは彼の誰かを守りたいという強い想いが成した業であり、ナイトはそこに確かな"センス"を感じた。

(城戸真司……仮面ライダー龍騎。ヤツは)

「これで終わりだ!」

 龍騎は、ドラグバイザーに再びカードをセットした。

<FINAL VENT>

 大きく構える龍騎の周りを、契約モンスターであるドラグレッダーが炎を纏いながら旋回する。それは巨大な渦となり、龍騎はその渦と共に空中に大きく跳んだ。

「はあぁあ……!」

 空中で、渦に巻かれながら蹴りの姿勢を確立する。そして次の瞬間、その渦によって力強く前に押し出された龍騎の飛び蹴りが敵の巨体に直撃した。

「グオォオオ……」

 致死の衝撃により吹き飛ばされ、炎に呑まれながら砕け散っていく蜘蛛の怪物。こうしてディスパイダーは、今度こそ完全に倒れたのだった。

「ふぃ〜……と、いうわけで。これから宜しくな、蓮。」

 ヨロヨロと立ち上がったナイトの前に立ち、握手を求めて右手を差し出す龍騎。しかしナイトはそれには応じず、静かに呟いた。

「城戸真司……仮面ライダー龍騎。お前は」

「ん?」

「お前は、危険だ。」

 龍騎の鎧を、ナイトのウイングランサーが削いだ。その力強い剣撃により、思わず片膝をつく龍騎。

「ぐあぁ……ぉ、おい! いきなり何すんだよ!」

「お前は何も分かっていない。ライダーが背負う、真の戦いの宿命を!!」

「ちょ、待てって!!」

 振るわれた二撃目の一太刀を、龍騎はドラグセイバーの刀身で防いだ。しかし、ナイトは止まらない。

「甘い!」

 ドラグセイバーをウイングランサーの刀身で巻き取るようにして空中に弾き飛ばすと、そのまま無防備になった龍騎の胴に刃を振り下ろす。二撃、三撃。次々と繰り出されるナイトの容赦ない猛攻に、龍騎は満身創痍で遂にその場にへたり込んだ。

「なんでだよ……アンタ。ちょっと、信じてたのによ……。」

「……俺は、ライダーだ。お前も。だから、俺はお前を倒さなければならない。」

「なんだよ……それ……。」

「ウオォォ!!」

 龍騎の首めがけて、振り下ろされる刃。だがそれは、彼の首筋を断ち切る直前で止められた。ナイトのウイングランサーを、"別の"ウイングランサーが受け止めていたのだ。

「……! 何故、お前が?」

 もう一本のウイングランサーを携えたその戦士は、(エイ)を象った紅い鎧を身に纏っていた。

「優衣ちゃんに呼ばれてな。ここまでだ、蓮。」

 その日真司は、二人の戦友(とも)と出逢った。

《第三話:生じた疑念》


【五】

〜二月四日・午後六時"喫茶花鶏・店内"〜

「お前、ふざけんなよ! 何考えてんだよ、いきなり襲ってくるなんて!!」

 怒り心頭で蓮の胸ぐらを掴む真司だったが、蓮は相変わらず冷静な、しかしどこか面倒そうな表情を崩していなかった。そしてその様子を見ていた三人目の男が、助け舟を出す。

「まぁ、あんたの気持ちは分かるけどな。こいつはその程度で動じる男じゃない。一旦落ち着いて、その手を離せ。」

「……分かった。」

 鼻息を荒くしながら、真司は自分を宥めた男の向かい側に座った。ワインレッドのジャケットに身を包んだその男は、艶めいた黒の短髪が目を引くとても"クール"な男だった。

「あの、さっきは助けてくれてありがとうございます。えっと……」

「すまない、自己紹介が遅れたな。俺は手塚海之。あんたや蓮と同じ仮面ライダー、ライアだ。歳も近いようだし、敬語は要らないよ。宜しく。」

 そう言うと手塚は、力強く右手を前に差し出した。

「おぉ……こちらこそ、宜しく。」

 真司と手塚が固く握手を交わす横で、蓮は聞こえるようにわざと大きくため息を漏らすと、ぶっきらぼうに店から出て行ってしまった。

「なんだよ、アイツ。人のことあんなに痛めつけといて、ごめんの一言もナシかよ……。ていうか俺、なんでボコられたんだ? なんか気に障るような事したかな……。」

 一人でぶつぶつと言いながら考え込む真司を見て、手塚はくすりと笑ってから口を開いた。

「いや、あんたは悪くない。優衣ちゃんから聞いてはいたが、本当に何も知らずにライダーになったんだな。」

「な、何も知らず……そんなことないぞ! ちゃんとモンスターの脅威も知ってるし、ずっと戦う覚悟だってある!」

 その言葉を聞いた手塚の眉が、少し動く。

「なら、あんたは何の為に戦うんだ?」

「……なんでって、そんなのモンスターから人々を守る為だろ。当たり前じゃないか。」

 それを聞いて、手塚はさっきの蓮と同じように大きなため息をついた。真司は、少し機嫌を損ねた。

「な、なんだよ……。」

「それを"何も知らない"と言ってるんだ。……あんた、よく他人の問題に首を突っ込んで苦労してるんじゃないか?」

 まるで全てを見透かしたような手塚のその言葉に、たまらずそっぽを向く真司。

「べ、別に俺の事はいいだろ……。それで? 俺の知らないライダーの戦いってヤツについて、教えてくれよ。」

 真司の言葉を受けて、手塚はたたえていた笑みを解いた。ジャケットの内ポケットからトランプを取り出し、テーブルの上にAからKまでの十三枚を並べていく。

「……ライダーは複数いる。その数は俺やあんた、そして蓮を含めて計十三人。」

「そんなにいるのかよ!? じゃあそいつらと全員で協力すれば、モンスターなんか……」

「話は最後まで聞け。ライダーになる者は皆、どうしても叶えたい願いを持っている。そして、その願いを叶える為にライダー達は——」

 並べていた内の二枚を裏向きにして、手塚は淡々と続けた。

「殺し合う。」

〜二月六日・午前三時十二分"OREジャーナル近辺"〜

 真司は黄金のザリガニを見つけたという老人の取材を終え、気晴らしも兼ねて夜食を買いに外に出ていた。当日のうちに記事を仕上げろという大久保の命に従って徹夜業務を敢行してはみたものの、とても記事を書き上げられる気がしなかったのだ。それは手塚から聞かされたライダー達の話が、ずっと頭から離れなかったからだった。



「こ、殺し合うって!? 何でライダーが殺し合うんだよ。てか、人殺しって……普通にダメだろ!!」

「落ち着け、城戸。そもそも"モンスターを倒すという行為自体" が、俺達ライダーの戦いの副産物みたいなものなんだ。」

「副産物……?」

 手塚は少しだけ悩む様子を見せた後、後方で二人の会話を聞いていた優衣に声をかけた。

「優衣ちゃん、続けても大丈夫か?」

「……うん、お願い。」

 そう告げる彼女の表情は、やはりどこか哀しげであった。そして手塚は、ライアのカードデッキをテーブルの中心に置いた。エイを象ったレリーフが、紅いデッキの中心で輝いている。

「俺達は皆、ある人物からカードデッキを渡されてライダーになっている。勝ち残って自分の願いを叶える、ただそれだけの為にな。」

「その、ある人物って……?」

「優衣ちゃんのお兄さん、神崎士郎だ。」

「えっ……!?」

 神崎士郎。行方不明事件最初の被害者であり、優衣の兄。真司がこの花鶏にやって来た切っ掛けでもあった。

「優衣ちゃんのお兄さんが、みんなにライダーの力を……でも、俺は会ってないぞ。」

「それは、あんたが本来ライダーになるべき人間ではなかったからだろう。神崎士郎がデッキを渡した相手はおそらく、榊原耕一。まぁ、ライダーになる前にモンスターに喰われてしまったようだがな。」

 榊原の部屋の様子が、真司の脳裏に蘇った。彼が映り込むものを新聞紙で覆っていたのは、ミラーワールドを警戒していたからなのだろう。

「そうか……でもなんで? 願いの為に戦う事と、ライダーが殺し合う事がどう関係してくるんだよ?」

 手塚は小さなため息をつくと、話を続けた。その所作から、真司は手塚がこの戦いに消極的である事を悟った。

「ライダーは皆、最後の一人になるまで殺し合い……その最後の一人だけが、自分の望みを叶える事が出来る。ライダー達は皆、神崎士郎からそう吹き込まれているんだ。」

「そんな、バカな……」

「そういうバカな話にしか賭けられない奴らが、本来ライダーになるべき人間なのさ。でも、あんたはそうじゃない。ただの良い奴だ。それが分かっていたから、蓮も優衣ちゃんもあんたがライダーになるのを止めたんだろう。」

 真司は、自分に斬り掛かった蓮の姿を思い出していた。そしてライダーが背負う宿命の本当の意味を知った今、真司の心は——

「……やっぱ俺、理解できない。」

 真司は拳を握りしめた。真司の中の"何か"が、再び大きくなっていた。

「自分の願いを叶える為に、他人を傷つけるなんて……どんな理由があっても許される事じゃない。俺は認めない……そんな、戦いは。」

「なら、どうする。戦わずに死ぬのか?」

 そう冷たく言い放った手塚の様子は、どこか真司を試しているようにも思えた。ならば、そんな手塚に自らの覚悟を示さなければならない。真司はそう思った。

「俺が止めるよ、戦いなんて。みんなと話し合って、戦いをやめさせる。もちろん神崎とも。」

 その言葉を聞いて、手塚は満足そうに笑った。



「とは言ったものの、どうしよう……。俺、まだ蓮と手塚しか他のライダーを知らないぞ。」

 真司が暗い夜道で考えを巡らせていると、突如あの"耳鳴り"が響き渡った。しかしそれは、何かいつもと少し様子が違っていた。

「くそ、なんなんだよこんな時間に……」

「お前が、城戸真司か。」

「えっ?」

 声がした方を見てみると、その声の主はビルの窓ガラスに映り込んだ状態でこちらを見ていた。正確には、窓ガラスの"中に立っていた"。

「うわっ……!?」

「そう驚くな。俺は、お前の敵ではない。寧ろ味方と言っていいだろう。」

 ベージュのロングコートに身を包んだ長身のその男は、少し痩けた、どこか薄暗い印象を与える表情をたたえており、真司は彼になんとも言い難い不気味さを感じた。

「味方って、どういうことだよ。いきなり鏡の中から話しかけられてそんな風に言われても、信用出来ないだろ。まず、あんたは誰なんだよ?」

「フッ……そうだな。まず名乗ろう。俺は、神崎士郎。お前達ライダーに、願いを叶える力を与える者だ。」

「お前が、神崎士郎……?」

 優衣の兄、神崎士郎。その名を聞いて、真司は身構えた。次に鏡の向こうのその男が何を言うか、少し想像がついたからだ。

「……聞こう。お前の願いはなんだ。戦いに勝ち残り、最後の一人になった時に叶えたい願いは?」

「……やっぱ、そうくるか。」

 真司の脳裏に、優衣の哀しそうな表情がよぎった。そして、今までモンスターの犠牲になってきた人々のことも。

「お前……優衣ちゃんのお兄さんなんだろ。ずっと心配させて、一人にして苦しい思いさせて。お前は何がしたいんだよ? ……兄貴なら、妹のそばにいてやれよ!」

「お前の、願いはなんだ。」

 神崎は、真司のその言葉に一切の反応を示さないまま同じことを繰り返した。まるで、死人のように冷たい一言だった。

「無いよ……他人を犠牲にしてまで、叶えたい願いなんて無い。お前はそうやって皆を口車に乗せてライダーにしてきたんだろうけど、俺はそうはならない。俺は、誰かを助けるために戦う。それだけだ。」

「ならばお前は直ぐに死ぬだろう。なんの願いも持たない人間が勝ち残れるほど、この戦いは甘くない。」

 神崎はそれだけ言うと、瞬きする間もなく忽然とその場から姿を消した。

「おい待てよ! 俺はまだ、お前に聞きたいことが……」

 その時、その場に大きな悲鳴が轟いた。

「な、なんだ!?」

 すぐに辺りを見回す。辺りは変わらず静かな暗闇に包まれていたが——そんな静寂を破るように、真司の真横にスーツを着た男の死体がどさりと鈍い音を立てて落ちた。

「なっ……?!」

 真司が頭上を見上げると、煌々と輝く満月を覆うように巨大な蝙蝠が飛んでいた。ナイトの契約モンスターである、ダークウイングだった。

「なんでダークウイングが……ま、まさか!!」

 急いで周囲を見回す。すると木の影に一人、バイクに跨る見知った男の姿があった。

「おい……蓮! お前、なんでこんなとこにいんだよ。」

 蓮は面倒そうにため息をつくと、真司を睨みつけて答えた。

「別に……お前の方こそ、こんな夜中にふらついてどうした。まさか、その歳で家を追い出されたとかじゃないだろうな?」

「なっ……!? ば、バカ言え。そんな訳ないだろ!」

「フン、まぁいい。お前と話していても疲れるだけだからな。俺は退散させてもらおう。お前も、油断して野生のモンスターに殺られないようにな。」

 蓮は小馬鹿にするように鼻で笑うと、わざと真司にエンジンの煙を浴びせながらその場を立ち去った。気づけば、空中にいたダークウイングもその姿を消していた。

「ゲホッゲホッ……あのヤロウ、相変わらずムカつくぜ。って、いけね。警察と救急車、呼ばなきゃ。」

 数十分後、警察と救急車がやってきた——が、真司の通報は勘違いによるものとして迷惑がられながら一蹴されることとなった。何故なら、ついさっき空から落ちてきた遺体が消えていたからだ。散々説明した挙句に、結局は疲れが溜まった末の幻覚として片付けられ、真司は項垂(うなだ)れながら職場へと戻ったのだった。

【六】

〜午前七時"喫茶花鶏・店内"〜

 結局なんとか徹夜で原稿を仕上げ切った真司は、そのまま寝ずに花鶏にやってきていた。真司の中で、一つの大きな疑念が渦巻いていたからだ。

「真司くん、おはよう。どうしたの、こんな朝早くに。」

 モップ掛けを終えた優衣が、カウンターに腰掛けた真司に話しかけた。

「あぁ。優衣ちゃんって……蓮とは、どれくらいの付き合いなの?」

「え?」

 深夜に起きたあの出来事。真司は間違いなく男の死体を見た。そして空にはダークウイング。傍には、蓮。真司はどうしても、彼を疑うことをやめられなかった。

「いや、この前もいきなり襲われて殺されかけたし……今日の深夜にさ、男の人の遺体を見たんだ。それで側には蓮と、ダークウイングがいて……あいつが自分のモンスターにやらせたのかも。」

 ドラグレッダーと契約して少し経ち、真司は確かに感じ取っていた。モンスターは契約してからも、遍く人を喰らいたがっている。そんな契約相手の衝動を抑え込むのも、ライダーの役目なのだ。

「……だから、優衣ちゃんもあんまり蓮のこと信用しない方がいいんじゃ……ってさ。」

 そこまで言って、真司は優衣のこちらに向ける目がとても冷たくなっていることに気付いた。

「……優衣ちゃん?」

「どうして、真司くんにそんなことが言えるの。」

「え?」

 優衣は、キッチンの裏手にある棚から古びた救急箱を取り出した。使い込まれた様子のそれを眺めながら、蓮との過去を語る優衣。

「真司くんは……まだ蓮の事、何も知らないじゃない。私は知ってる。蓮がどうして戦ってるのか。彼が何を背負ってるのか。私から見れば、真司くんの方がちょっと信用出来ないよ。まだ弱いし。言ってることも、綺麗事ばっかりだし。」

「お、俺は……」

「一年。私は、蓮と行動を共にしてきた。死にかけるくらい危険な戦いを、私は何度も見てきた。でも、蓮は決して諦めなかった。何度倒れても、その度に立ち上がった。真司くんに、それが出来るの?」

 真司は、何も言い返すことが出来なかった。正直分からなかったからだ。変身したのもまだ一度だけ。傷ついて倒れた事は無い。もしそうなった時、それでも逃げ出さずに戦い続けられるのか。真司には、分からなかった。

「……でも」

 それでも一つだけ、分かっている事があった。それは、自分がこの戦いにかける想い。それだけはハッキリと、その胸中に刻み込まれていた。

「俺は、自分が出来る事をする。今はこのライダーの力で、モンスターから誰かを護りたい。」

「……真司くん。」

「ごめん、優衣ちゃん。俺がバカだった。今の話は忘れてくれ。」

「……うん。」

 真司は、店を出た。自分で確かめたいと思った。秋山蓮という男が、どんな男なのか。そしてこの戦いで、何を背負っているのか。

〜午後二時十五分"喫茶花鶏・近辺"〜

 真司はトボトボと、肩を落としながら側道を歩いていた。そんな彼に、声をかける者がいた。

「よう城戸。ずいぶんと堪えた顔をしているな。何かあったのか。」

「あぁ、手塚か……ちょっと話、聞いてくれよ。」

〜午後二時二十分・"某ファミリーレストラン・店内"〜

「なるほど、それは優衣ちゃんも怒るだろうな。俺だって怒る。」

 手塚は注文したホットコーヒーを啜りながら、そう答えた。

「はぁ……でもさ。俺が話してることだって、全部本当の事なんだよ。ドラグレッダーと契約した今なら分かる。アイツらは契約しても、根は変わらない。だから、もしかしたら……」

 手塚は、人差し指を自分の口に当ててその先の発言を制した。その目つきはとても鋭く、真司も自分の言葉をぐっと飲み込むしかなかった。

「城戸……とりあえず一度、蓮から話を聞いてみろ。全力でぶつかって、アイツの本気を確かめるんだ。」

「ぶつかるったって……アイツが何処にいるかすら分かんないんだぜ。」

 手塚は少し微笑むと、心配ないといった面持ちで真司に告げた。

「アイツの契約モンスター、ダークウイングの気配を追うんだ。」

《第四話:三人の戦士(トリプルライダー)


【七】

〜午後四時十五分・都内裏路地"スラム街"〜

 都内の一角に位置した、誰の目にも留まらない寂れた場所。秋山蓮はそこで、息苦しさを祓う為に拳を奮っていた。殴られた顔面を抑えて立ち去っていく暴漢達を見送りながら、拳についた血を拭う。

(俺はまた……こんな……。)

 もう、何人と殴り合ったか分からない。蓮は昔から、何かに悩んだ時はこのスラム街で喧嘩をしていた。

恵里(えり)……。)

 彼女と出会うまでは。



〜午後四時二十分・都内裏路地"スラム街"〜

「うはぁ……蓮のやつ、こんなとこにいんのかよ。危ないなぁ。」

 真司がダークウイングの気配を追って辿り着いたのは、薄暗いスラム街だった。道端には喧嘩の後であろう、全身傷だらけの若者から大人までがうずくまったり横たわったりしている。通常であれば、真司が足を踏み入れる事など到底無い場所だろう。

(蓮、本当にこんな所にいるのか……?)

「お前、此処で何をしている。」

「げっ!? すみません。怪しいものじゃ……って、蓮?」

 真司に声を掛けたのは、蓮だった。蓮の顔は誰かに殴られたのか、青痣と傷で酷い有様だった。

「ここはお前みたいなバカが来る所じゃない。大人しく帰れ。」

「帰れってお前なぁ……そんな傷だらけのやつ、放っておけるかってんだよ! ほら、お前も一緒に帰るぞ! 手当てしてやっから!!」

 無理矢理にでも連れ帰ろうと、真司は蓮の二の腕を掴んだ。しかし、どれだけ押そうとも引こうとも、蓮は微動だにしなかった。

「チキショウ……て、蓮。どうかしたか。」

「……いや、なんでもない。」

 その時一瞬だけ、蓮の顔が哀しそうに見えた。真司にはそれが、どうにも気のせいには思えなかった。

「……あぁ、そうだ。お前に聞きたいことがあんだよ。花鶏じゃちょっと聞きづらくてさ……。」

「なんだ? まぁ何にせよ、お前の質問に答えてやる義理は無いがな。」

「ぐぁっ、てめぇ……!!」

 真司がどう切り出したものかと悩んでいた、その時。スラム街の奥から、男の悲鳴が聞こえてきた。

「うわぁぁぁぁあ!」

 すぐに悲鳴は止んだが、二人はそれがモンスターによって引き起こされたのだと直ぐに察知した。

「蓮、今のって!?」

「あぁ、モンスターだ。だが既に気配は無い……あの時と同じ奴だな。」

「……あの時って、もしかしてサラリーマンの?」

 周囲を警戒しながら、蓮はあの夜の事を語った。

「あぁ。奴ら、常に複数で動いているのか気配を散らせるのが上手い。しかも猛スピードで近づいて標的を捕食すると、また一気に移動してこちらの気配探知範囲から抜けていく。……あのサラリーマンも、俺が着いた時には殺られていた。」

 真司は理解した。蓮はあの時、男を助けようとしていたのだ。だが届かなかった。その喪失感だけは、自分にも分かる気がした。

「蓮……ごめん。」

「突然どうした? まぁいい、奴らまた来るぞ。デッキを構えろ。」

「……あぁ。」

  二人並び、路地に捨て置かれた姿見の前に立つ。そしてそこへ、歩み寄る男がもう一人——。

「その戦い、俺も混ぜてくれ。」

 二人の後方から歩いて来たその声の主は、手塚だった。蓮が面倒そうな表情で、しかし柔らかく声を掛ける。

「手塚……お前、どうしてここに?」

「ちょっと様子を見に来てみた。……それより、城戸。」

「ん?」

 デッキを取り出しながら、嬉しそうに笑みを浮かべる手塚。

「疑惑は晴れたようだな。」

「はぁ……やっぱアンタは、なんでもお見通しか。」

 どんどんとモンスターの気配が近付いてくる。一体、二体……全部で、三体。三人は顔を見合わせると、立ち並んでデッキを構えた。

「「「変身!!」」」

 三人の戦士達が、鏡の世界に並び立った。

〜午後四時四十分"スラム街・ミラーワールド"〜

 龍騎・ナイト・ライアは、人型のレイヨウのようなモンスター『オメガゼール』とその眷属の『ギガゼール』、『メガゼール』に対峙した。ゼール達はそれぞれ咆哮を挙げると、怒りに満ちた眼でこちらを見据えた。

「右の奴は俺にやらせろ。あの時、男を助けられなかった……そのリベンジだ。」

「なら俺は左だ。真ん中はお前に譲るぞ、城戸。」

「おぅ。それと、二人とも……死ぬなよ。」

「「あぁ。」」

 三人それぞれが、散り散りとなって戦いに赴いた。



 ギガゼールは今一度大きく咆哮を挙げると、ライア目掛けて飛び掛かった。それを横に転がることで避けるライア。そうして直ぐさま体勢を立て直すと、左腕にあるエイを模した小楯型の召喚機『エビルバイザー』のスロットにカードをセットした。

<SWING VENT>

 その手に、伸縮自在のムチ『エビルウィップ』が収まる。彼はそれを素早くギガゼールに巻き付けると、ムチから高圧電流を流して攻撃した。たまらず膝をつくギガゼール。尚もライアの猛攻は続き、彼は後頭部に付いた弁髪状のパーツ『ライアエンド』を巻き付けて捕縛し直すと、エビルウィップによる連打を叩き込んだ。

「グアァ……」

「来い! エビルダイバー!!」

<FINAL VENT>

 発動されたファイナルベントに呼応し、空から紅いエイ型のモンスター『エビルダイバー』が飛来する。ライアは地面スレスレで滑空を開始したそれに飛び乗ると、そのまま怯んで動けなくなったギガゼールに特攻を仕掛けた。エビルダイバーの電磁力を帯びた"ヒレ"がその腹を切り裂き、たまらず爆散するギガゼール。

「次に向かうべきは……」

 一足先に戦いを終え、ライアは仲間の救援に赴いた。



「この野郎、ちょこまかすんな!」

 龍騎は、苦戦を強いられていた。ドラグセイバーで斬りかかろうとする彼の頭上を、まるで挑発するかの如くメガゼールは跳躍し翻弄していたのだ。距離を詰めようとする度に車輪の如く縦に回転しながら、敵が自身を跳び越していく。その繰り返しに業を煮やした龍騎は、なんとも突飛な戦法に転じた。

「この野郎っ!」

 なんとメガゼールの次の着地地点を予測し、そこ目掛けてドラグセイバーを投げつけたのだ。

「グアァ!?」

 そんな苦し紛れな一撃は運良く相手の意表をつき、偶然にもその脳天に直撃した。

「グオォ……」

 たまらずよろけるメガゼール。ようやく訪れた攻撃のチャンスに、龍騎は嬉々としてカードをセットした。

「えっと……これだ!」

<STRIKE VENT>

 その右腕に、ドラグレッダーの頭部を模した手甲型の打撃武器『ドラグクロー』が装備される。

「えっと……これは、どうやって使うんだ?」

 あまりにも奇天烈(きてれつ)な見た目の武器に、戸惑う龍騎。しかしそうしている間にも、メガゼールは体勢を立て直そうとしていた。

「やべっ。えっと……よしっ、こうだ!」

 彼はドラグクローで、とりあえずメガゼールの顔面を殴りつけた。どうやらその使い方は正しかったらしく、メガゼールはそのまま殴られた顔面を基点として大きく後方に吹き飛ばされたのだった。

「おおぉ……ど、どうだ! モンスター!!」

 勝ち誇って拳を振り上げた龍騎の背中を、謎の一撃が襲った。重々しく振り下ろされたその槍の一撃は、龍騎の背面の鎧を深く削いだ。

「ぐぁっ……くそ、もう一匹いやがったのか。」

 それは、群れの危機に駆けつけた四匹目のメガゼールであった。

「クソが……今の、結構キツかったな。動けねぇ……。」

 そんな敵の様子を見て、勝利を確信したかの如く雄叫びをあげる二匹。しかし、龍騎にはまだここで終われない理由がある。

「俺が……止めるんだ……!!」

 歯を食いしばり、痛みを堪えながら立ち上がる。今の龍騎には、それが精一杯だった。

「ハァ……やっぱ蓮って、凄いヤツだったんだな……。」

「城戸、大丈夫か。」

「……!?」

 龍騎に駆け寄ったのは、戦いを終えてこちらにやって来たライアだった。

「手塚……もろに食らっちまった。あんまし、動けねぇ。」

「なら、俺の言う通りにしろ。大丈夫だ。少し動いてくれれば、それでいい。」

「あぁ……分かった。」

 龍騎の返答を聞いたライアはこくりと頷くと、エビルバイザーに素早くカードをセットした。

<COPY VENT>

 その機械音に反応し、龍騎の右腕に装わったドラグクローがまるで鏡像のようにその数を増やした。そしてそのまま、それがライアの右腕に装備される。

「そんなカードもあるのか……。」

「感心してる場合じゃないぞ。さぁ、お前も後に続いて構えろ。俺の真似をするんだ。」

「おぉ……!」

 ライアの動きを真似て、ドラグクローを肩の高さで水平に構える。そうして一度頭の後ろまで引くと、それを一気に前方に突き出した。突き出された二対のドラグクローが、まるで生きているかのように咆哮をあげながら大きく口を開く。

「ギャアァ!?」

「グア……ァ……」

 そして、そこから灼熱の大火球がモンスター達に向けて発射され、二匹のゼールを業火で跡形もなく滅却した。二人の共闘が引き出した、その技の最大火力を遥かに凌駕した一撃だった。

「おぉ……すげぇ。手塚、ありがとな。」

「礼は早いぞ、城戸。」

「だな。まだ……あいつが。」

「あぁ。」

 それぞれの戦士達の戦いが決着し、残るは仮面ライダーナイト——秋山蓮の戦いを残すのみとなっていた。



「……見たところ、お前が親玉のようだな。」

 ナイトが対峙していたオメガゼールは、他のゼールより一回り大きい体躯と双角を持ち、巨大な刺股状の槍を装備していた。

「グオォォ!!」

 オメガゼールは怒り狂って雄叫びをあげると、ナイト目掛けて槍を振り下ろした。しかし、彼はそれを軽く避けてみせる。

「どうやら、手塚と城戸は生き残ったようだな。もう後はお前と俺だけ、という事か。」

 ナイトはダークバイザーの刀身を鋭く前に突き出し、オメガゼールの喉元に突き立てた。悶えるモンスターを前にして、バイザーにカードをセットする。

<FINAL VENT>

 彼は空高く跳び上がると、巨大なドリルを形作った。高速で回転したそれは勢いよく降下すると、そのままオメガゼールの腹部を貫き、爆散させたのだった。

「悪いがお前に時間を割いてやれるほど、俺に余裕は無い。」

〜同日・午後五時三十分"スラム街"〜

「いや〜。全員が無事で、本当に良かった!!」

 戦いを終えた三人の戦士達が、ミラーワールドから帰還した。再会を喜びはしゃぐ真司に、蓮は思わず顔をしかめた。

「……手塚、こいつを黙らせてくれ。鬱陶しい。」

「まぁ、いいじゃないか。」

 まんざらでもない様子の手塚が、蓮を宥める。そして調子付いた真司が、声高らかに宣言した。

「そうそう! せっかく出会えた仲間だしさ。仲良くしようぜ!」

「……仲良く?」

 そこで、蓮の態度が変わった。ハッとした様子で、しかし直ぐにいつもの険しい表情に戻ると、何も言わぬまま二人に背を向けてしまったのだ。

「おい……どうしたんだよ、蓮。」

「城戸……俺達は、仲間ではない。敵だ。」

 辺りに、冷たく重い空気が流れる。そのまま無言で歩き去る蓮を、真司は引き止める事が出来なかった。その背中はどこか寂しく、危うさまで背負っているように見えた。

「なぁ……手塚。」

 隣で悲しそうに蓮の背を見つめる手塚に、真司は思わず声を掛けた。

「なんだ。」

「あいつがこの戦いで叶えたい願いって……なんなんだよ。」

「……いいだろう。お前には話しておく。あれは、今から一年前に起きた。」

 手塚がジャケットの内ポケットから取り出したのは、蓮が大学のキャンパス前で不満そうな表情を浮かべている写真だった。その隣には、真司の知らない女性が嬉しそうに立っている。

「その悲惨な事件が、俺達の運命を狂わせたんだ。」

《第五話:再誕(さいたん)の日》


【八】

〜一年前"()る日の追憶"〜

 蓮はその日も、夕日に染まった国道で愛車の黒いシャドウスラッシャーを走らせていた。すぐ横では、高校からの腐れ縁である手塚が並走している。

「お前まで来る必要は無いぞ、手塚。」

「だろうな。だが蓮……俺は少し胸騒ぎがする。この後、何か大きな災いが降りかかるんじゃないかと……そういう不安がずっと消えないんだ。

「またお得意の占いか。しかし……不安とはな。」

 蓮は、恋人である小川恵里(おがわ えり)との会話を思い出した。



〜一ヶ月前・夕暮れのタンデムロード〜

 恵里を後ろに乗せ、蓮はいつもの土手道を走っていた。

「……これからしばらく、迎えに来てよ。夜怖いし!」

 恵里が、相変わらず子供じみた言動で蓮に迫った。そんな彼女の鬱陶しさが、蓮は何故だか好きだった。

「お前はガキか。大学からお前の家までそう掛からないだろ。一人で帰れ。」

「えぇー。でもなんか最近、実験室の雰囲気ちょっと怖いんだよね……だから、なんとなく不安っていうか……」

 珍しく、恵里が弱々しい口調でそう語った。飛ばしていた愛車を路端に停め、後方に乗せた彼女の方に振り返る蓮。

「怖い?」

「うん。教授も神崎先輩もなんか必死っていうか……ずっと、何かに追われてるって感じでさ。」

 恵里が所属している研究室は、最近になって怪しげな実験を始めたという噂が立っていた。今月の頭にアメリカから帰国した、神崎士郎という学生が入ってから立ち始めた噂だ。

「はぁ……仕方ない。迎えに行ってやるよ。」

「本当!? 蓮、ありがとう!」

 恵里は、嬉しそうに蓮を抱きしめた。



(全く……しょうがない奴だ。)

 蓮はため息を漏らしながら、少しバイクのスピードを上げた。手塚も同じくスピードを上げる。運命の時は、もうそこまで迫っていた。

〜同日・午後八時"城南(じょうなん)大学・研究棟"〜

「……静かだな。」

 その日はいつもの時間から十分、三十分、一時間経っても彼女が出てこなかった。そのため手塚を大学の門前で待たせ、蓮は今構内を歩いている。夜の大学はとても静かで、薄暗い廊下はどこか不気味ささえ感じさせた。

(なんだ……この不安は。)

〜午後八時五分"研究棟・研究室前"〜

 蓮が研究室の扉の前に着いたのは、それから僅か数分後のことだった。扉をノックし、中の反応を確認する。

「すみません! ……おかしい。誰も居ないのか?」

 いくら夜とはいえ、研究の為に人が複数残っているなら何かしら気配があるものだが、その研究室はまるで誰も居ないかのように静けさを保っていた。蓮の不安は、ますます大きくなった。

「……おい。開けるぞ!!」

 勢いよく、その扉を開く。そんな彼の眼前に広がっていたのは、まるで"現実離れ"した光景であった。

「うっ……!?」

 床に転がる、死体。死体。死体。死体。そうして血塗れで倒れた彼らの遺体の上を、悠々と翼を広げた巨大なコウモリが滞空していた。

「なんだ……この、バケモノは……」

「れ……ん……」

「……!?」

 その声がしたのは、蓮の足元から。そこで、耳と口から血を流した彼女——恵里は仰向けに倒れていた。

「恵里……! おい、しっかりしろ!」

「蓮……ごめんね、ずっと一緒に居てあげられなくて」

 弱々しく伸ばされた恵里の手を掴む。

「そんな事はいい! 今、救急車を!!」

「……もう、無理だよ……」

 恵里の吐息は、とてもか細いものであった。その生命の灯火が消えるまであと僅かだという事を、蓮は悟るしかなかった。

「あなたは、すぐに自分を傷つけるから……もっと自分を、大切にして……」

「あぁ……あぁ。分かった。」

 次の瞬間、強張っていた小川恵里の身体から力が抜け、そして彼女は二度と動かなくなった。声は出なかった。ただひたすら、蓮は涙を流し続けていた。



「……何故だ。何故、こんな事に。」

 蓮は、しばらく立ち上がる事が出来なかった。抱き抱えた恵里の身体が今すぐにでも動き出さないかと、無惨な希望を捨て切れなかったのだ。

「お前、その女を生き返らせたくはないか。」

「……誰だ!?」

 その場には蓮以外もう誰もおらず、しかしその声は、まるでそこに居るかのように生々しく響き渡った。

「俺は神崎士郎。お前にチャンスをやろう。その女を救う、チャンスをな。」

「救うだと……ふざけるな。こいつは、恵里はもう死んでるんだぞ!!」

「だから生き返らせるチャンスを、お前にくれてやろうと言っている。」

 次の瞬間、蓮の傍に謎の男が立っていた。男は少し痩けた不気味な顔をさらに不気味な笑顔で繕いながら、懐からカードデッキを取り出してみせた。差し出されたそれを警戒しながら、男——神崎を睨みつける蓮。

「それは……なんだ。」

「これは……お前が戦い、勝ち残って願いを叶えるただ一つの手段。このカードデッキを受け取った時、お前の戦いは始まるのだ。」

 戦いが始まる。その言葉を聞いたとき、蓮は自分の運命が(いびつ)に変わり始めている事に気付いた。彼女との、小川恵里との思い出が少しずつ色褪せていく。その男が何を企んでいるのか、蓮には想像もつかなかったが——。しかし蓮は、もうそれに縋るしかなかったのだ。叶えたい願い。それは今、蓮の腕の中で息を引きとった最愛の彼女を、恵里を生き返らせる事。

「このデッキを受け取り、俺は……何をすればいい。」

 恵里の遺体をそっと地面に置き、蓮は立ち上がった。その様子を見て、満足そうにする神崎。

「これからお前と同じように、デッキを手にして戦士となった奴らが現れる。そいつらを倒せ。そうして最後の一人になった時、お前は願いを叶える事が出来る。どんな願いでもな。」

 男が差し出したカードデッキに手を伸ばす。迷いも、疑念も湧かなかった。ただ、荒んだ心を紛らわそうと喧嘩に明け暮れたあの日々に。恵里が救い出してくれる前のあの日々に、戻るだけだと思った。

「やめておけ、蓮。」

「……手塚。」

 遅れて研究室へとやって来た手塚が、その頬を涙で濡らしながら力強くこちらを見据えていた。

「そのデッキを受け取れば、お前に待っているのは破滅だけだ。俺はお前にまで、死んで欲しくはない。」

「……また占いか。」

「あぁ、根拠はない。だが……俺の占いは当たる。」

 手塚は、いつも全てを見透かしているような男だった。蓮はそんな彼の"占い"を信じ、考慮してきた。しかし今回ばかりは、そう出来そうになかった。

「すまない、手塚。俺はもう……自分を止められない。」

 蓮の様子をじっと見つめ、手塚は観念したように首を横に振った。そして、

「……おい、そこのお前。神崎とか言ったか。」

「なんだ。」

 手塚は整えるように長めに息を吐くと、今度はその男の方を見据えて言った。

「俺にもそれを寄越せ。ただし俺の願いは、誰かを傷付ける事じゃない。そいつを、蓮を守る事だ。」

「……いいだろう。」

 男は再び不気味な笑みを浮かべると、軽く指を鳴らした。そんな彼の呼び出しに応じたのか、紅鱏(エビルダイバー)がヒビの入った窓越しにその姿を現す。こうしてその日、二人のライダーが誕生した。ナイトとライア。彼らと彼女の運命はその日を境に、大きくうねり出したのだった。

《第六話:浅倉威》


【九】

〜二月五日・午前九時三十分"OREジャーナル"オフィス〜

 大久保は、デスクに座って自前のルービックキューブを弄り倒していた。大学時代の後輩に、悪態をつきながら。

「真司のヤロウ……何処行きやがったんだ? 最近サボり癖がついてねぇか、あいつ。」

 その時、机に放っておいた大久保の携帯が着信を知らせるバイブ音を奏でた。おそらく令子からだろう。

「お、来たか。」

 折り畳まれたガラケーを開き、耳にあてる。

『編集長、判決が出ました。有罪です。』

「おお、そうか。まあ……そうじゃなきゃ、おかしいわな。」

 キューブをデスクに置き、携帯を肩で挟んだままPCを開く。今日は、昨年のクリスマスに起きた連続通り魔事件の裁判最終日——異例の速さでの判決だった。

「にしてもこの浅倉ってヤツ……とことんイカれてやがる。」

 浅倉威、二十五歳。事件の犯人で、その経歴は一切不明。なんの躊躇いもなく十数人をナイフで切り付け、その内現場に駆けつけた刑事を含めた四人が死亡している。その後は逃走する様子も見せず、他の刑事に取り押さえられても終始笑い続けていたらしい。

「中でも一番イカれてるのは……動機か。」

 イライラしたから。それが、浅倉が語った動機だった。当初は心神喪失を狙った妄言だと思われたが、浅倉にとってはそれが紛う事なき凶行の理由だったらしい。

「で……量刑は。」

 浅倉と事件についてを記事に纏めながら、令子に聞く。少なくとも二十五年か、無期懲役もしくは死刑。それが、世間一般で叫ばれる浅倉威に下されるべき審判だった。

『それが……懲役十年です。あの、北岡弁護士が動いたみたいで。』

「……まじかよ。」

 大久保は、頭を抱えた。

〜同日・午前十一時"東京拘置所・独房"〜

 浅倉は自分を無罪に出来なかった弁護士に苛立ちを募らせながら、鉄格子に頭を打ちつけていた。

北岡秀一(きたおか しゅういち)……北岡……。」

 額から滴った血が、独房の床に落ちていく。そしてその血が自身の姿を映し出すほどに溜まった時、浅倉の頭の中で不協和音が鳴り響いた。

(なんだ……この音は。)

「苛立っているようだな、浅倉威。」

「……!?」

 声がした後方に振り返ると、そこには痩せこけたトレンチコートの男が立っていた。念の為格子の鍵を確認したが、やはり厳重に閉じられたままだった。

「誰だ、お前……どうやって入って来た。」

「俺の事はいい。それよりも、お前の現状について語ろうじゃないか。」

 そう言うと、男は浅倉を挑発するように笑ってみせた。

「浅倉威……これから十年間、お前は晴らせぬ苛立ちを抱えたまま此処に留まる事になる。この世に産み落とされた、哀れな負け犬としてな。」

「……イライラするな、お前。」

 浅倉が、握りしめた拳を男に振るった。しかしそれが、対象を捉える事は無い。

「なっ……!?」

 謎の男は、まるで亡霊のように忽然と姿を消した。それでも尚、男の声だけがその場に響き続ける。

"浅倉威……今のままでは、お前はただの敗者。この世に幾多と存在する、負け犬の一人に過ぎない。そんなお前を……俺が救ってやろう。"

 何かが、落ちる音がした。浅倉が音の方を向くと、自らの血溜まりの中心に紫に輝くカードデッキが浮いていた。

「こんなもの……どこから……。」

"そのデッキを拾え、浅倉。それを手にした時、お前は力を手に入れる。そしてその力があれば……もう誰も、お前を阻む事は出来ない。"

「……なんだか分からんが、悪い話じゃなさそうだな。」

 血に汚れたデッキを拾い上げる。そしてその日——浅倉は、脱獄した。

【十】

〜二月七日・午後一時三十五分"都内・ファミリーレストラン店内"〜

「はぁ……。俺、一体どうしたらいいんだ……。」

 真司は、蓮の真実について目の前のオムライスをつつきながら考えを巡らせていた。恋人を救う——いや、蘇らせる為の戦いがどれほど重いものか、真司には想像がつかなかった。

「……ん?」

 店の外で、けたたましいサイレンの音が鳴り響きはじめた。

「ママー、外うるさいよ。」

「はいはい……そうねぇ、外で何かあったのかしらね。」

 レジで精算を待つ母娘が、外を走るパトカーを見ながら会話をしている。真司はその様子を眺めながら、ドラグレッダーと契約した日に見たあの女の子を思い出していた。

(……今度は、間に合うよな。)

 次の瞬間、入り口の扉が荒々しく開いた。そうして入ってきた男は持っていた拳銃を一発天井に放って見せると、真司が見ていたレジ前の女の子を母親から引き剥がしてそのこめかみに銃口を突きつけた。

「お前ら、今すぐ店の奥に集まれ……早くしろ!」

 直ぐに叫び出し、パニックに陥る店内の客達。真司はほんの少したじろいだものの、男の目に入らないうちに近くの植え込みの裏に身を隠した。その物陰から、店内の様子を伺う。

(ちょっと待てよ……なんだよこの状況!?)

 蛇柄のレザージャケットとダメージパンツを身につけたその男が、ギラギラとした鋭い目つきで店内の客達を睨みつけた。

「あまり俺を、イラつかせるな。」

〜数十分前・都内大通り〜

 浅倉はイライラしていた。せっかく手に入れた力を振るう機会が、なかなか訪れなかったからだ。

「まぁ、いい。まずはあの弁護士からだ。」

 浅倉は通りすがった男の胸ぐらを掴むと、隠し持っていたナイフでその腹を切り裂いた。辺りに鮮血がほとばしり、悲鳴とパニックがその場を支配していく。通行人が呼んだ警官達がやって来るのに、そう時間は掛からなかった。

「浅倉威、そこまでだ! 凶器を捨てて、おとなしく投降しろ!!」

 そう言って拳銃を突きつけるその刑事の顔に、浅倉は見覚えがあった。

「お前……須藤(すどう)か? ハハッ、まさかお前とまた会えるなんてな。嬉しいぜ、なぁ。」

「ふざけるな! ……今度こそ、牢獄ににぶち込んでやるぞ!!」

 須藤が気を荒立てて隙を見せたその一瞬。浅倉はナイフを勢いよく投げつけると、それを避けた須藤に一気に近付き、拳銃を奪い取って彼の眉間に突きつけた。

「……断る。そこはきっと、退屈だ。」

 引き金に指を掛ける浅倉。それでも須藤は、なお折れぬ様子で目の前の凶悪犯に言い放ってみせた。

「……殺せ。ここで私を殺しても、仲間達が必ずお前を止めるぞ。」

「なら、そいつらも全員殺すだけだ。」

 須藤を人質に取られて動けない他の警官達を滑稽に思いながら、浅倉は対向歩道にあるファミリーレストランを目に留めた。

「……あそこが丁度いいか。」

「何?」

 浅倉は須藤の上着の襟を掴むと、他の警官の集団に勢いよく放ってみせた。たまらず倒れ込む須藤と、それを受け止める警官達。浅倉はその間にガードレールを乗り越えて悠々と車道を横切ると、先ほど目に入ったファミレスの扉を開いた。

「お前ら、今すぐ店の奥に集まれ……早くしろ!」

 幼い少女を人質に取る事も、人を殺す事も、浅倉にとっては自分を満たす為の手段でしかない。浅倉威とは、そういう男だった。

《第七話:因縁の対決》


【十一】

〜二月七日・午後二時五分"OREジャーナル・オフィス"〜

「ったく……真司のやつ、いい加減顔出せってんだよな。」

 大久保は自分のデスクで知恵の輪を弄りながら、相変わらず欠勤している後輩のデスクを見た。

「いいじゃないですか。城戸くんが居ない分このオフィスの費用も浮きますし。何より落ち着いて仕事が出来ますから。」

 令子は淡々とそう言いながら、取材に行くための身支度を整えていた。彼女には真司の教育係をお願いしていた事があったが、その頃の彼女の眉間にずっと皺が寄っていたことを、大久保はよく覚えている。

「まぁ、そう言うなって。あいつにはあいつなりの信念ってのがあるはずだからよ……にしても令子、やけに慌ただしいな。急な取材か?」

「さっき記者クラブの知り合いから聞いたんですけど、脱獄中の浅倉が都内のファミレス店に立て篭もったそうなんです。どうせすぐに情報も出回るだろうから、早めに現場に行って良い場所を確保しておきたくて。」

 浅倉威。つい先日拘置所から脱獄し、今尚逃げ仰せている凶悪犯。大久保が書いた浅倉の記事は、現在OREジャーナルのトップ記事となっている。

「……そうか、浅倉が。令子、張り切るのはいいが無茶だけはするなよ。」

「ありがとうございます。行ってきます。」

 凛とした姿勢で、令子がオフィスから出て行く。それと入れ替わるようにして、大久保の携帯が鳴り響きメールの受信を知らせた。見てみると、それは問題児の後輩にして新人ジャーナリスト、城戸真司からの一通であった。

「あの野郎……欠勤の謝罪かぁ?」

 ぼやきながらそのメールを開く。するとそこには謝罪などではない、大久保に大事を知らせる一文が綴られていた。

『今、変なやつが拳銃を振り翳しながらファミレスに立て篭りやがりました。俺も店内に居るんですけど、なんか事情知りませんか?』

(おうおうこりゃ一大事だな、真司のやつ……って。ファミレスに、立て篭もり?)

 今聞いたばかりの令子の話が、大久保の頭を駆け巡る。

「それ、浅倉の事じゃねぇか?!」

〜午後二時十分"都内・某ファミリーレストラン店内"〜

 真司は、大久保から事の些細を教えてもらい落胆していた。

(ただでさえライダーのことで悩んでるって時に、なんでこう色々と重なるんだよ。……しゃあない。ここは取り敢えず、状況の整理だな。)

 気持ちを切り替え、店内の様子を伺う真司。見ると、浅倉は少女に突きつけていた拳銃を客達へと向け直していた。そして客から取り上げたであろう携帯の一つを弄り、ダイヤルしたそれを耳に当てる。

「おぉ、須藤か。今から俺の要求を伝える。」

 逃走手段を用意しろ。誰もが浅倉の要求内容をそう予想したが、その男が実際に発した言葉はまるで違っていた。

「……弁護士の北岡秀一をここに連れてこい。そいつとここにいる人質の全員を交換だ。猶予はあと一時間。奴の事務所からここまでだったら間に合うはずだ……急げよ。」

 浅倉はそれだけ告げると電話を切り、再び人質の方を力強く睨みつけた。その様は、さながら獲物を威嚇する蛇のようだった。

(北岡秀一……誰だ? なんで浅倉のやつ、そいつと人質を交換なんて……)

 真司が慣れない考え事を続けていると、浅倉に抱えられていた少女が急に苦しみだした。その様子を見た彼女の母親が、慌てて声を荒げる。

「そ……その子は喘息持ちなんです! すぐに薬を飲ませないと、死んでしまいます!!」

「知るか。大人しくしていろ。」

 母親の必死の嘆願を一蹴し、拳銃をその母親へと向ける浅倉。そんな様子を見て、真司は再び大きな怒りに突き動かされた。

「おい、お前!」

 考えるより先に、身体が動いてしまっていた。拳銃の射線を切るように、浅倉の前に立つ真司。

「あぁ?」

 真司と浅倉が、お互いに睨み合った。目の前の男が放つ凄まじい気迫に気圧されながらも、真司はなんとか気勢を保って言葉を絞り出した。

「その子を、離してやれ。苦しんでるだろ。お、お前だって人質が死ぬのは不都合じゃないのか?」

「……駄目だ。ここにいる全員を掌握するのに、こいつは必要なんだよ。人質代表ってやつだ。」

「……だったら。」

 拳を握りしめる。そこに恐怖は無かった。真司の胸の内には、その女の子を助けたいという強い想いだけが宿っていた。

「俺が代わりに人質になる。あ、安心しろ。俺は……か、か弱い!!」

 不自然に威張る真司を見て、何かを嗅ぐように鼻を動かす浅倉。そして——

「……フフッ。フハハハハッ!!」

 浅倉は大きく笑った。満足そうに、とても可笑しそうに笑っていた。

「お前、バカだろ?」

「ば、バカじゃねぇよ!!」

「……よし、お前が今からこいつの代わりだ。両手を挙げてこっちに来い。」

 息を呑み冷や汗をかきながら、ゆっくりと歩を進める。浅倉はそんな真司と少女を素早く入れ替えると、真司のこめかみに銃口をあてた。

「お母さん!」

「あぁ……よかった! さぁ、薬を飲みましょう。」

 母親の補助で薬を飲む少女を見ながら、真司は確かな満足感に包まれていた。今度は助けられたのだ。

「お〜い、浅倉。」

 ふと、入り口の扉が大きな鈴の音を響かせながら開いた。そこに立っていたのは、グレーのスーツでぴっしりとキメた、なんともエリート臭を漂わせた飄々とした男だった。

「おぉ、来たか……北岡。」

(この人が、北岡秀一?)

 真司の視線に気付いたのか、北岡はこちらに向けてウインクをかましてみせた。その北岡という男は、常に余裕を漂わせていた。



 浅倉は約束通り、真司以外の人質を全員解放した。そしてその場に残ったのは真司と浅倉、そして北岡の三人。

「あの……浅倉さん。俺、いつになったら解放してもらえますかね?」

「あぁ? ……お前、やっぱバカだろ。後先考えずにノコノコ名乗り出やがって。」

「……うっす。」

「なぁ、浅倉。」

 二人の目の前に立っていた北岡が、面倒そうに浅倉に声を掛けた。どうやら北岡は、まるで真司の事など気にしていない様子だった。

「本当は面倒だから来たくなかったんだけどさ……今の時代、好感度上げるのって大事だからね。とっとと終わらせたいし、簡潔に要件を話してくれる?」

 ため息をつきながらそう吐き捨てる北岡を、真司は『なんだコイツ』と思った。

「……あぁ、そうだな。」

 一方の浅倉は、北岡の言葉を受けて得意げに笑みを浮かべた。真司を明後日の方向へと突き飛ばし、ポケットに手を伸ばす。

「どわぁっ! クソ、痛えなぁ……って、え?」

 尻餅をついた真司の目の前で、浅倉が紫のカードデッキを手にしていた。

「なっ……お前、まさか。」

 驚きが口をついた様子の北岡を前に、浅倉が続ける。

「神崎から聞いたぜ。北岡……お前、ライダーなんだってな。好都合だ。俺を無罪に出来なかった無能な貴様を、この手で葬ってやる。」

「はぁ……そういう事ね。神崎士郎も人が悪いよ。お前みたいなクズをライダーに仕立てるなんてさ。」

 そう言いながら、北岡もスーツの内ポケットから緑のカードデッキを取り出した。あまりに唐突な展開に、真司はまるでついていけていなかった。

(え。二人とも、ライダー? 弁護士と脱獄囚って……立場が違いすぎるだろ。てか、ライダーってこんなポンポン正体明かしていいわけ? えーっとこの場合、俺もライダーだって言ったほうがいいのかな。いやでも……)

 必死で思考を巡らせる真司を他所に、浅倉と北岡は店内の鏡の前へと移動した。そして、デッキを力強く前へと突き出し——

「「変身!!」」

 二人は、仮面ライダーに変身してミラーワールドに立った。

【十二】

〜午後三時十九分・ミラーワールド"ファミリーレストラン・地下駐車場"〜

「さっさと終わらせよう。」

 北岡が変身したのは、緑のアンダースーツと牛を象った機械的な鎧が特徴のライダー『ゾルダ』。そんなゾルダが、手に持った中型銃型召喚機『マグナバイザー』のマガジンスロットルからカードスロットを引き出した。そして、そこに自身のカードをセットする。

<SHOOT VENT>

 ゾルダに、巨大砲『ギガランチャー』が装備された。

「はぁっ!」

 その砲身から、人の顔ほどの大きさの鉛玉を発射するゾルダ。しかし、浅倉が変身した蛇を象った紫の鎧に身を包んだ戦士——王蛇は揺るがない。

「……ハハッ、面白い見せ物だ。」

 その弾道を瞬時に判別し、ヒラリと躱してみせる王蛇。一方のゾルダは、それを見て直ぐさまギガランチャーをその場に置き捨てると、マグナバイザーによる連射撃を浴びせた。

「……早い!」

「ハハハッ! 当ててみせろ、北岡!!」

 王蛇は楽しげに笑いながら、走り込む事で銃弾の猛攻を躱し続けてみせた。

「……楽しいなぁ、北岡。」

「……ホント、面倒くさいよ。」

 息を整えるように、立ち止まってお互い睨み合う二人。そしてその膠着状態を破るが如く、王蛇が何かを悟ったように得意げに笑い始めた。

「……ハハハハハッ!」

「……何が可笑しい?」

 王蛇はひとしきり笑い終えて息を整えると、肩を回してほぐしながらゾルダに言い放った。

「北岡……お前から、未練の匂いがするぜ。くだらん。お前との戦いは面白いのにな。」

「ふぅん……あながち間違いでもないけど。それじゃ俺の未練を断ち切る為に、死んでくれよ。」

 ゾルダのマグナバイザーが再び火を噴く。しかし王蛇はそんな標的の行動を予期していたのか、ドリルのように湾曲した刀身を持つ突撃剣『ベノサーベル』で素早く銃弾を防いだ。一足先に、カードをバイザーのスロットに装填していたのだ。

<SWORD VENT>

「ハハァ……もっと殺ろうぜ、北岡。」

「ほんとにさ……なんでこんなのがライダーなのかねぇ。」

 この戦いは長引く。そう二人が察して、じりじりと間合いを図り始めたその時。

「やめろ、お前ら!」

 二人の間に、一人の男が割って入った。その男は城戸真司。彼もまた仮面ライダー、龍騎だ。

「……なに、お前?」

「……面倒なのが来たな。」

 その場が白けるのを肌で感じとりながらも、龍騎は構わず声をあげた。

「叶えたい願いがあるのは分かった……でもやっぱり、俺は人間同士が傷つけ合うのを黙って見てられない。ライダーはライダー同士、助け合うべきなんだ!!」

 少しの沈黙。そして龍騎は、二人の剣撃と銃撃によって吹き飛ばされた。

〜同日・同時刻"喫茶花鶏・店内"〜

「あの女の子を助けたいんだったらさ。俺についてきなよ。」

 薄暗い店内で、優衣がいつも身につけていたエプロンを得意げに見せびらかす童顔の青年。そしてそんな彼の前には、蓮と手塚の姿があった。

「お前、優衣を何処へやった?」

 ライダー達が、一箇所に集まろうとしていた。

《第八話:享楽者(ゲームメーカー)


【十三】

〜数時間前"喫茶花鶏・店内"〜

 名林(めいりん)大学経済学部に通う二年生、芝浦淳(しばうら じゅん)。彼はライダーになってすぐに神崎士郎と彼の家族について調べ、優衣が経営する喫茶花鶏の事を突き止めたのだった。

「芝浦さん……だったよね。私に兄の事を聞きたいって話だったけど。」

 優衣が出したホットミルクを飲み終え、語り出す芝浦。

「はい。俺、最近ライダーになったばっかで。いろいろ聞いておきたいんすよ、このゲームの主催者について。」

「ゲーム?」

 芝浦は、名林大学のネットゲームサークル『マトリックス』に所属し、趣味の一環でゲームを作るいわゆる"オタク"だった。

「はい。実は趣味でネットゲーム作ってるんですけど、ライダーバトルもその参考にならないかなって。それで、ライダーになろうって決めたんです。」

「そう……なの……。」

 あからさまに、優衣の態度が変わった。きっと今語った想いをバカにしているのだろうと、芝浦は思った。

〜〜またゲームなんかやって……そんなくだらないもの、やるんじゃない!〜〜

〜〜淳。あなたは立派な大人になるんだから、ゲームなんて子供の遊びはいい加減卒業するのよ。〜〜

〜〜淳、お前ゲームほんと下手くそだよな。クソはゲームすんなよ、邪魔だから。〜〜

 皆、自分を否定する。しかしこのライダーバトルに勝ち残れば、そんな風に自分やゲームを見下した周りの奴らを見返してやることが出来る。芝浦はそう信じていた。

「それで、優衣さん。」

「ん?」

「あんたにはエサになってもらうよ。」

 指をパチりと鳴らす。するとその合図に反応し、芝浦が契約した二足歩行のサイ型モンスター『メタルゲラス』が鏡から姿を現した。そして声を上げる間も与えず、優衣をミラーワールドへと引きずり込む。

「……よし。あとは、待つだけだな。」

 それから花鶏にやってきた蓮と手塚に事情を伝えるまで、十分も掛からなかった。全ては、芝浦の思い通りに進んでいた。



「貴様、目的は何だ。優衣を何処へやった!?」

 恐ろしい剣幕で、芝浦を問い詰めているこの男。コイツは秋山蓮といって、ライダー名はナイトと言うらしい。

「いやぁ。実は今さ、ちょっと面白い戦いが始まっててね。アンタらもどうかなーって、誘ってみる事にしたんだよね。」

「それと優衣ちゃんを攫う事に、何の関係があるんだ。」

 冷静に疑問を投げかけるこの男は手塚海之。ライダー名はライアで、神崎士郎曰くなかなか戦おうとしない"問題児"とのことだ。

「いやー、そこの怒ってる人……蓮さんはともかくさ。手塚さん……あんたはこれくらいしないと、戦いに参加してくれないんじゃないかって思ってね。」

「……そんな卑劣な手を使われなくとも、俺は進んで戦いに行くさ。」

「そう? じゃあとりあえず、ついてきてよ。大丈夫、優衣さんも其処にいるからさ。」

 余裕を持った足取りで二人について来るように促しながら、芝浦は店の外に出た。そして三人のライダーが今、王蛇・ゾルダ・龍騎のいる戦いの場へと赴こうとしていた。

〜午後三時四十分・ミラーワールド"ファミリーレストラン・地下駐車場"〜

「痛ってぇな! 何するんだよ!!」

 先程まで殺し合っていたとは思えないほど息の合った同時攻撃を受け、龍騎は痛む身体を抑えながら二人に抗議した。

「だって……なんかお前、ウザいし。なぁ浅倉?」

「あぁ……コイツは俺を、どうしようもなくイライラさせる。」

「そ、そんな理由で……お前らなぁ……!!」

「「黙れ、バカ。」」

「んなっ……!?」

 憤る龍騎を他所に、お互いの武器を構え直す王蛇とゾルダ。二人はダメ押しと言わんばかりに龍騎の顔面を同時に殴りつけると、そのまま戦闘を再開した。

「ちょ、やめろ……!!」

「おー、派手にやってるなぁ。」

「……!?」

 声のした方に振り向く龍騎。そこに立っていたのはナイトとライア、そしてサイを象った、ひと回り大きな銀色の鎧で武装したライダー、『ガイ』であった。

「二人とも……なんで此処に。ていうか、アンタ誰?」

 ガイはつかつかと龍騎に歩いて近づくと、その顔面を思いきり殴りつけた。

「ごはぁ……!? クソ、なんで今日はこんなに殴られるんだよ……。」

「知らないよ、バーカ。」

 ガイは痛がる龍騎の様子を鼻で笑うと、左肩に装備された肩アーマー型召喚機『メタルバイザー』のスロットにカードを投げ入れた。

<STRIKE VENT>

 鋼犀(メタルゲラス)の頭部を模した武器『メタルホーン』が、その右腕に装着される。ガイはメタルホーンの先端に備わった赤い大角を勢いよく振るうと、龍騎の身体を袈裟掛けに削いだ。

「ぐあぁ……!」

 たまらず膝をつく龍騎。そんな彼を、更なる猛攻が襲った。

「……お前まで!?」

 それは、ナイトのダークバイザーによる一太刀だった。

<SWORD VENT>

 龍騎も咄嗟にドラグセイバーを呼び出し、応戦する。二人の刃が火花を散らしながら交わり、鍔迫り合いが始まった。

「おい、なんでいきなり襲ってくんだよ!? ……お前はともかく、あの手塚が静観してるだけなんておかしいだろ。何がどうなってんだよ!」

「優衣が人質にとられた。あいつの無事を確認するまでは、俺達はあのガイって奴に従うしかない。今は耐えろ。手塚がきっと優衣を助け出す。」

「クソッ。そういう事かよ……!!」

 その場から飛び退き、龍騎は再度カードを装填した。

<GUARD VENT>

 両肩にドラグレッダーの腹部を模した大盾『ドラグシールド』を装備し、ナイトの剣撃を受け止める。その太刀筋から、ナイトが敢えてシールドに弾かれるような攻撃を仕掛けていると龍騎は悟った。

「いいぞーやれやれー。って、あれ? 手塚さん何処行ったんだろ……ま、いっか。そろそろ俺も参加しよっと。」

 後方でガヤに徹していたガイが、メタルホーンを振り下ろした。しかしその矛先は龍騎ではなく、ナイト。その背中を、ガイのメタルホーンが抉る。

「ぐあぁっ……!!」

「蓮! ……てめぇっ!!」

 怒りに駆られ、ドラグセイバーをガイに振り下ろす龍騎。しかしそれは、メタルホーンの大角によって受け止められてしまった。

「はぁ……だってヌルい戦いしてっからさ。せっかく面白いゲームの舞台を用意してやったってのに!!」

「ふざけんな! この戦いはゲームなんかじゃねぇ……ただの殺し合いだろうが!」

 ドラグセイバーを持つ腕により一層の力を込める。それはメタルホーンを遠くに弾き飛ばし、ガイの胴体を無防備に曝け出してみせた。

「おりゃああっ!!」

 そこに渾身の一太刀を浴びせる。それはガイの装甲を強く削り取り、彼に膝をつかせる……はずだった。

<CONFINE VENT>

 ガイがバイザーに装填したそのカードによって、龍騎のドラグセイバーは瞬く間に"消失"した。

「な……えっ!?」

「知ってた? カードにはこういう"無力化系"のもあるんだ。」

<STRIKE VENT>

再びガイの右腕に装備されたメタルホーンが、龍騎の腹部を薙いだ。

「ぐはぁ……!」

「で、カードは一枚だけじゃない。覚えときなよ。」

 ガイが、マスクの下で得意げに笑っていた。

〜午後四時十分・都内"某ファミリーレストラン・倉庫内"〜

「優衣ちゃん! 無事か!?」

「手塚くん!!」

 手足を縛られた優衣の拘束を、手塚は丁寧に解いた。優衣の頬についた涙の跡を、見ないようにしながら。

「優衣ちゃん……もう大丈夫だ、安心してくれ。」

「……ありがとう。」

 そう溢した彼女は確かに安心していたが、同時にとても大きな罪悪感を抱えている様子だった。

「優衣ちゃん……君が責任を感じる事じゃない。この戦いを仕組んだのは君じゃなくて、君のお兄さんだ。」

 はっとしたように、優衣が顔をあげた。そして、とても悲しそうな表情で語った。

「ありがとう、手塚くん。でもね、私には分かる……なんとなくだけど。お兄ちゃんは、私の為にこのライダーバトルを(おこ)した。火事で両親を失った私にとって、ただ一人の家族……。あの優しかったお兄ちゃんが、こんな酷い事をするのにはきっと理由がある。私が関わる、何か。だから私はお兄ちゃんに会って、あの人を止めないといけない。その為に私に真相を教えてくれた、蓮と手塚くんと一緒にいるんだって。……ごめんね、急にこんな話して。」

「……いや、いいんだ。」

 手塚は思い出していた。蓮と一緒に初めて優衣と出会ったあの日。彼女に、その兄が引き起こした事を伝えた、あの日の事を。

「優衣ちゃん、俺は戦いに戻る。でもそれは君の所為(せい)じゃない。確かにきっかけは君のお兄さんかもしれない。でも、最後に戦うことを決めたのは紛れもない……俺達なんだ。」

「……手塚くん。」

 そう。全ては蓮を孤独にさせまいと、デッキを受け取ったあの日から始まった。手塚は友人として、また同じライダーとして彼を支え続ける。それは、これからもずっと変わらない。決意を新たにし、手塚は友の待つ戦場へと向かった。

《第九話:初陣'》


【十四】

〜午後四時三十一分・ミラーワールド"ファミリーレストラン・地下駐車場"〜

「それじゃあ、そろそろトドメといきますか!」

 ガイが、自分のバイザーにカードを装填した。

<FINAL VENT>

 コンクリートの壁を突き破ってやってきたメタルゲラスが、額の大角を突き出しながら突進を始める。ガイもその動きに合わせて跳ぶと、メタルホーンに備わった大角を前方に突き出しながら突進を続ける契約モンスターの頭上に飛び乗った。2つの大角が勢いを増し、怯んで動けない龍騎に突撃する。

「終わりだよ、龍騎さん!」

「く……クソったれ……!!」

<SWING VENT>

 突如鳴り響いたその電子音と共に、龍騎の身体を紅いムチが巻き取って致死の直線上から逃した。対象を失い、そのまま前方の壁に激突するガイ。

「待たせたな、二人とも。」

「……手塚!」

 ライアから差し出された手を取り、立ち上がる龍騎。その様子を見ながら、ナイトも立ち上がった。

「……優衣は?」

「大丈夫、無事だ。……それにしても。」

 ライアは、前方の戦場に目をやった。そこには戦い続ける王蛇とゾルダ、さらに体勢を立て直したガイが居る。

「まさに勢揃い、という感じだな。」

「あぁ……厄介な事になった。」

「くそ。なんとかして止めないと……」

 そんな三人に対して、再びガイが向き直り悪態をつく。

「全く、無粋な事してくれちゃってさ……いいよ。三対一、燃えるじゃん。」

 彼はそう言いながら、メタルホーンを構えた。三人も各々の武器を構えながら、臨戦態勢をとる。

「なぁ、お前……ゲームとか言うのやめて、俺達と一緒にモンスターと戦おうぜ。まだ若いんだし……」

 龍騎の申し出を受け、ガイは笑った。紛れもない、嘲笑だった。

「龍騎さんってさぁ……ほんとバカだよね。そんな話、聞く訳ないじゃん。じゃ、続きをやろうか。」

<FINAL VENT>

 それはガイが発動したのでも、ましてや龍騎、ナイト、ライアが発動したものでもない。彼らから少し離れた戦場……王蛇と対峙し続けていた、ゾルダのものだった。バッファローを模した二足歩行のロボットのようなモンスター『マグナギガ』が、地面を割いて契約主の前に立つ。

「いい加減、面倒くさいんだよね。」

 その背部にゾルダがマグナバイザーをセットすると、マグナギガの身体中に備わった装甲が"開き"、無数の砲門が顔を覗かせた。

「……まずい。」

 危険を察知した王蛇が、龍騎達の方へと走り出した。しかし——

「無駄だ。」

 ゾルダが引き鉄(トリガー)を引いた次の瞬間、マグナギガの全身からおびただしい数の弾頭が発射された。激しい弾幕がその一帯を漏れ無く吹き飛ばし、それが引き起こした強大な爆裂に巻き込まれる面々。ゾルダはその様子を、ただ眺めていた。

「こういうごちゃごちゃした戦いは、好きじゃない。」

 土煙に塗れた戦場を背にして、ゾルダはミラーワールドを後にしたのだった。



 ゾルダの使った技『エンドオブワールド』は、凄まじい威力だった。その場に出来た巨大なクレーターの中心で、戦友二人の無事を確かめる龍騎。

「……痛てて。蓮、手塚……無事か?」

「あぁ、俺はなんとか……手塚は?」

「俺も……大丈夫だ。」

 三人が受けたダメージはとても大きく、誰もが立ち上がれずに膝をついていた。そしてそんな戦士達の眼前に立ち、見下ろす影が一人。

「てめぇ……ガイ……!!」

 ガイが、そこに立ち尽くしていた。しかし何か様子がおかしい。

「え……?」

 そして、龍騎は虚を突かれた。ガイの身体が力無く放られ、なんとその影から王蛇が姿を現したからだ。

「よぉ、龍騎。」

 王蛇はボロボロの三人を嘲笑うと、自身の召喚機にカードをセットした。

<FINAL VENT>

「くそっ、お前……」

 なんとか構えようとする龍騎。しかしやはり、身体は自由に動かない。

「動け……動けよ!」

「……ふん。」

 そんな龍騎を尻目に王蛇は、ガイに狙いを定めた。自らを喰らおうとする狂人を前にして、悔しさを滲ませるガイ。

「てめぇ……俺を盾にしやがって……なんでだよ……。」

 ゾルダの必殺の一撃が放たれた、あの時。王蛇はガイを盾にする事で、ただ一人無傷での生還を果たしたのだった。満身創痍のガイが振るったメタルホーンを悠々と躱し、その身体を片腕一つで押し倒す王蛇。

「知るか。近くに居た、お前が悪い。」

 呼び出された大蛇型の契約モンスター『ベノスネーカー』が勢いよく這ってくるのと合わせ、王蛇が渾身の跳躍を見せた。そしてベノスネーカーの吐き出した酸液をスライダーのように利用し、勢いをつけながらガイに跳び蹴りを連続で叩き込む。

「うわぁぁ……!!」

 断末魔の叫びがミラーワールドに響きわたり——そして、ガイは爆散した。

「ああ、こいつは最高だ……イライラがすっかり消えた。」

 快楽を享受する王蛇を前に、龍騎はついに力を振り絞って立ち上がった。

「てめぇ、なんでそんな躊躇いなく……今、人が一人死んだんだぞ。なんとも思わねぇのかよ!」

「……ライダーってのは、こういうもんなんだろ。違うのか?」

「お前、何言って……」

 その王蛇の発言から、龍騎は妙な純粋さを感じ取った。この浅倉という男は、純粋に人を殺すことを"是と"している。それは、龍騎には到底理解し得ない思考だった。

「ふざけんなよ……俺は、お前を絶対に許さない……!!」

 そう捲し立てる龍騎に対して、王蛇は何かを嗅ぐように鼻を動かした。

「……ハッハハハ……! そうか、お前ファミレスに居たバカか。神崎から聞いてるぜ……龍騎。俺とお前は、この世界の"異分子(イレギュラー)"なんだってよ。」

「な、何言ってんだ……。」

「あぁ……横のお前、コウモリの奴。」

 王蛇は未だ立つ事の出来ないナイトを指差すと、こう告げてみせた。

「お前からは虚勢の匂いがする……強がるなよ。まだ一人も、殺してないんだろ?」

「……!!」

「え。そうなのか、蓮?」

「……蓮、耳を貸すな。」

 龍騎とライアの声は、ナイトには届かなかった。

「……お前は。お前はどれだけ倒したんだ。」

 ナイトの絞り出したような問いかけに、王蛇は噛み締めるように答えた。

「今ので一人目だ。……残りも全員、俺が殺す。」

「……お前は、悩まないのか。戦うという事を……」

「なぜ悩む必要がある? 俺達は殺し合って最後の一人になる。その為だけにライダーになったんだろうが。」

 迷いなく、王蛇はそう答えた。そして何かに打ちのめされた様に、俯くナイト。

「そうか……そうだな……。」

「おい、蓮……?」

 龍騎の呼びかけに、ナイトは応えなかった。そしてその日、秋山蓮は姿を消した。

〜二月二十六日・午後十一時二十三分"都内・高架下"〜

「浅倉! 止まれ!!」

 警官達が自分を包囲する姿を、浅倉はとても面倒に思いながら眺めていた。

「ったく……警官ってのはつくづく俺をイラつかせるな……。」

 ベノスネーカーに彼らを喰わせようと、デッキに手を伸ばす。しかしそれより先に、警官達は謎の襲撃者の格闘によって地に伏した。

「ぐはぁ……! くそ、仲間がいたのか……須藤さんに……連絡を………。」

 最後まで意識を残していた警官も気絶し、互いに睨み合う浅倉とフルフェイスメットの襲撃者。

「お前……誰だ?」

 メットを取った無愛想な男が、こう告げた。

「仮面ライダーナイト。この前の、虚勢を張ったコウモリ野郎だ。」

 —— 仮面ライダーガイ死亡。残るライダーは、あと十人。——

《第十話:別離》


【十五】

〜二月二十八日・午後三時三十分"城南大学・蔵書室"〜

 秋山蓮が姿を消してからしばらく経ち、もう二月も終わろうとしていた。城戸真司は、相変わらず優衣と共に必死になって彼の行方を追っている。一方の手塚はというと、ライダーバトルを止める術を求めて城南大学の蔵書室へとやって来ていた。何か、ライダーバトルを止める手掛かりを得られればと思ったからだ。

(これは……何処かで聞いた名だとは思っていたが……)

 神崎士郎が所属していた研究室の、紹介資料。そこに載った教授の名に、手塚は聞き覚えがあった。

(しかし何故、この名前がここに……。)

 手塚が考えを整理していると、携帯がメールの着信を知らせた。それは、真司からの一通だった。

『ダークウイングの気配を追い続けて、ようやく蓮の居る場所を見つけ出した! それで、随分と変な所に居るみたいで。俺一人じゃ不安だから、手塚も来てくれ。花鶏で待ってるよ。 真司より』

「……行くか。」

 手塚は携帯をそっと閉じると、覚悟を決めて花鶏へと向かったのだった。

〜同日・午後五時四十四分"郊外・廃工場前"〜

 乗ってきたズーマーを正門の傍らに停めながら、真司は隣で同じ様にバイクを停めた手塚に声を掛けた。

「なぁ、手塚。なんだって蓮の奴こんな場所に……。」

「さぁな……だが俺には分かる。あいつはきっと、自分の中の迷いを断ち切りたいんだ。今まで目を背けてきた"矛盾"が、無視出来ない程に大きくなっていたんだろう。お前のおかげでな。」

「……なんだよ、それ。」

 正門を越え、すっかり風化した建屋の鉄扉へと歩を進める二人。錆び付いて半開きとなったソレを潜ると其処には——蓮と、浅倉が立っていた。

「蓮、なんで浅倉なんかと一緒に居るんだよ。」

 蓮は真司の問い掛けに答えようとせず、自らの拳を握りしめて言い放った。

「待っていたぞ城戸……戦え、俺と。」

「何言ってんだお前……早くかえ」

 真司のその言葉を、手塚が制した。

「やめろ城戸……奴は本気だ。浅倉も、その気みたいだしな。」

 傍らで退屈そうにしていた浅倉が、一転して眼光鋭くこちらを見据える。

「フン……俺はただ、ライダーと戦えるっていうコイツの話に乗ってやっただけだ。一応、警官から助けてもらった恩もあるしな。」

 既に、蓮と浅倉はデッキを握っていた。やるしかない。真司はそう思った。

「手塚……俺、アイツとちゃんとぶつかりたい。だから、浅倉の事……頼めるか。」

「……あぁ、任せておけ。」

 互いに向き合い、デッキを構える四人。そして——

「「「「変身!!」」」」

 四人の戦士達による、それぞれの戦いが始まった。

〜午後六時二十分・ミラーワールド"郊外・廃工場前"〜

 龍騎とナイトは、建屋外の広野に立った。初めてライダーになった日の事を、龍騎は思い出していた。

「なぁ、蓮。お前も……迷ってたんだな。」

「あぁ。だが俺は、その迷いを断たなければならない。……お前を倒して、断ち切ってみせる。」

<SWORD VENT>

 ウイングランサーを装備したナイトが、龍騎に斬り掛かった。それを躱し、バイザーにカードを装填する龍騎。

<SWORD VENT>

 龍騎がドラグセイバーを装備し、ウイングランサーの一撃を受け止めた。交わった二人の刃が、激しい火花を散らす。

「……俺はやっぱり、お前に誰かを殺して欲しくない! 恵里さんだって……きっと、そんな事は望んでない!!」

「っ……! お前が、恵里の気持ちを語るな!!」

 ナイトの腕に力がこもり、龍騎のドラグセイバーが弾き飛ばされた。

「これで終わりだ! 龍騎!!」

「……まだ、終わらねぇ!!」

<GUARD VENT>

 首を切り飛ばすべく振るわれたナイトの剣撃を、ドラグシールドで受け止めてみせる龍騎。そのしぶとさに、ナイトはさらに声を荒げた。

「……何故だ。何故そうも食らいつく! 何も背負っていない癖に、何の願いも無いのに……何故そうまで、必死になって戦えるんだ!!」

「それは俺が……まだ迷ってるからだ!!」



〜一年前"或る日の追憶"〜

「お、なんだ真司。そんなしょぼくれた顔して。」

 もうすっかり人の居なくなった新聞部の部室で、大久保は城戸真司に声を掛けた。いつもは馬鹿みたいに明るいはずの後輩が、珍しく落ち込んだ様子だったからだ。

「あぁ、先輩……。なんか俺、分かんなくなっちゃって。」

「おぉ。バカのお前が悩むなんて、明日は嵐かもな。」

「失礼な……俺だって悩む時くらいありますよっ!」

 不貞腐れる真司を見て、笑う大久保。

「はは……悪いな、茶化して。それで、どうしたんだよ。」

 少しは気が抜けたのか、真司は大きなため息をついた。そして、自らの経験について語りだす。

「……この間、講義中にヒソヒソ話してる奴見つけて……その場でそいつらに言ってやったんです。『静かにしろ』って。」

「まぁ、別に間違ってはないわな。」

 大久保は以前から、真司のそういう"正義感"に好感を抱いていた。しかし今、彼はその正義に悩まされている。

「俺もそう思ってました。でもさっき、話してた奴の片割れにバッタリ会って……あの時は、体調悪くしてたもう片方を介抱してたんだって言われて。」

「……」

 その後、体調が悪化した男の友人は救急車に運ばれていったらしい。真司は、その男の言葉を何度も思い返していた。本当に自分がした事は正しかったのか。何度も何度も、自分に問いかけた。

「なるほどな……それでお前は、ずっと悩んでるわけだ。」

「先輩は……どう思いますか。俺、正しいことしましたかね?」

 大久保は頭をぽりぽりとかきながら少しだけ考え、そして答えた。

「……さぁ、どうだろうな。」

「……なんすか、ソレ。」

「"正しさ"なんて曖昧な概念……分かんないくらいが丁度いいって、俺は思うぞ。」

「……っ! でも、俺は……」

 その曖昧な概念を追おうとしている自分も大概だと、大久保は思った。そして、自分が見つけた結論を真司に語る。

「悩みが消えなくて仕方ないんだろ。でもな、悩んでるって事はつまり、お前が判断することを"放棄"してないって事なんだよ。……もっと悩め。とことん悩め。そうやって悩み続けてればいつか、答えは出る。だから、悩むために行動し続けろ。お前が正しいと思える行動を、諦めるな。」

「……先輩。」

 その日、城戸真司はその男についていきたいと思った。憧れを抱き、同じ道を行きたいと思った。——そして真司は未だ、悩み続けていた。



〜午後六時四十五分・ミラーワールド"郊外・廃工場前"〜

 少しずつ龍騎の剣筋が勢いを増していき、先程まで優勢だったナイトを押し返していく。目の前に示された現実が受け入れられず、ナイトは尚も声を張り上げた。

「……クソッ! 何故、俺が負けるんだ……何も背負っていない、何の願いも持たないお前に!!」

「そうだ蓮……確かに俺はまだ何も背負ってない。何の願いも持ってない! ……だから悩むんだ! いつかお前に負けないくらいデッカいものを背負えるように……その時、お前の背負ってる物も一緒に背負う為に……その為に、悩み続けるんだ!!」

 心の中に宿った何かが、またしても龍騎を突き動かしていた。

「……うおおぉぉ!!」

 ウイングランサーを振り上げるナイト。その刹那、龍騎はドラグセイバーを放り投げそして——

「……一緒に帰るぞ、蓮!!」

 秋山蓮の顔面を、殴り飛ばした。

〜午後七時・ミラーワールド"郊外・廃工場前"〜

「……おい、城戸。」

「なんだよ、蓮。」

「あのパンチは、効いたぞ。」

「あぁ……別に、謝んねぇぞ。」

 お互いの全霊をぶつけ合い、真司と蓮は二人並んで仰向けに倒れていた。すっかり暗くなった空を、蓮は何故だか明るいと思えた。

「それで良い……俺達は殺し合う間柄なんだからな。仲間じゃない。」

「へっ、そうかよ。」

「だが今は……」

「え?」

 蓮が、身体を起こして真司に手を差し出した。

「今だけは、お前に感謝しておく。」

「……じゃあ、蓮。」

「なんだ?」

 その手を取り、友と二人で立ち上がる真司。

「行こうぜ、手塚が待ってる。」

「……そうだな。」

 それは血を流し合う筈の場所で芽生えた、僅かばかりの信頼。肩を貸し合って歩きながら、二人はもう一人の友のもとへ向かったのだった。

〜三十分前・ミラーワールド"廃工場内部"〜

 お互いの武器を携え、睨み合うライアと王蛇。そんな膠着状態の中、ライアが口を開いた。

「お前……浅倉とか言ったな。」

「あ? なんだ、突然。」

「お前は……何を背負って戦ってる。お前はこの戦いに、どんな願いを賭けてるんだ?」

 その問いを聞き、腹を抱えて笑い出す王蛇。

「……フハハッ! ハハハハハッ!! お前、やっぱりつまらん奴だな。」

「何?」

 その男はゆっくりと首をもたげ、そしてライアに指を差しながら言った。

「お前からは犠牲の匂いがする……。お前、今まで殺してきた奴の中で1番つまらんぞ。」

「……余計なお世話だ。それじゃあ、さっさとケリをつけよう。」

 お互いその一撃に賭けるべく、自らのバイザーにカードをセットする。

<FINAL VENT>

<FINAL VENT>

「「はあぁぁぁ……!」」

 二人のライダーと二匹の契約モンスターがぶつかり合い、凄まじい衝撃が辺りを震わせた。



「……最後に、さっきの問いに答えてくれ。お前は、何を背負っている。どんな願いを賭けて……戦ってるんだ。」

 その場に立ち尽くしたライアが、自らに背を向けた男に問いかけた。それに対し、振り向く事なく答える王蛇。

「……くだらん。どいつもこいつも、何故そうも背負いたがる? そんな物は要らない。何も背負わず、願いも持たず……俺はただ、今に満足しているんだ。」

「……そうか。」

 そうして、ライアはその場に崩れ落ちた。 

〜午後八時三十分"喫茶花鶏・店前"〜

 戦いを終え、それぞれのバイクを伴って帰還した真司と蓮。そこに、手塚海之の姿は無い。

「手塚の奴、先に花鶏に戻ってるってさ。急に薄情っていうか……なぁ、蓮。」

「あぁ……そうだな。」

 道中、蓮はずっと表情を曇らせているように見えた。花鶏の小さな駐車スペースに愛車を停めながら、真司は尋ねた。

「……どうしたんだよ、浮かない顔してさ。」

「いや……俺の顔は、いつもこんな感じだ。」

「そうかぁ?」

 蓮には、なんとなく分かっている気がしたのだ。どうして手塚が先に戻ったのか。何故、自分達を置いていったのか。

「なぁ、城戸。」

「なんだよ……て、おぉ手塚!」

「なに?」

 真司が声を掛けた先には、しっかりと其処に立つ手塚の姿があった。手塚は妙に穏やかな顔をしながら、ゆっくりと二人の前に立った。

「すまないな、二人とも。ちょっと急用を思い出してな。」

「なんだよ急用って……ていうかさ。蓮の奴、無事に連れ戻せたよ。お前の協力のおかげだ。ありがとな、手塚。」

「そうか……蓮、吹っ切れたのか。」

 そう語る手塚は、どこか安心した様子だった。彼はゆっくりと、蓮の方を見た。

「蓮、おかえり。」

「……苦労を掛けたな、手塚。」

「あぁ、苦労した。だから……その借りを返す為に、俺の頼みを聞け。」

「何だ?」

 名残惜しそうに花鶏の建屋を見上げながら、手塚は譫言(うわごと)のように呟いた。

「神崎優衣を、頼む。」

「……分かった。」

 それが親友からの最後の頼みだという事を、蓮は悟った。

「そして、城戸。」

「え? なんだよ急に。」

 手塚は真司の肩に手を置くと、その目をしっかりと見て言った。

「榊原耕一には、気を付けろ。」

「は?」

 それだけの言葉を残して、手塚はゆっくりと二人に背を向けて歩き出した。その足取りは、妙にしっかりとしていた。

「おい、手塚。もう行くのかよ……せっかくだから花鶏で休んでこうぜ。」

「いや、遠慮しておこう。今夜は……一人がいい。」

 だんだんと遠ざかっていく、友の背中。真司も蓮も、何故か引き止める事は出来なかった。そしてその後、手塚海之が二人の前に姿を見せる事は、もう二度と無かった。

—— 仮面ライダーライア死亡。残るライダーは、あと九人。——

《第十一話:新たな出会い》


【十六】

〜四月十五日・午後三時十二分"警視庁本庁・取調室"〜

「何故、貴方はあの場に居なかったのですか?」

 対面に座った刑事の威圧的な雰囲気に、真司は身を縮こまらせていた。

「いや、えーっと……それはですね……」

 真司は今、捜査一課の須藤雅史(すどう まさし)刑事の取り調べを受けている。



〜同日・午後二時三十分"花鶏・店内"〜

「手塚……くそっ……!!」

 握りしめた拳を、テーブルへと叩きつける。手塚との連絡が途絶えて数日が経過し、ついに真司は彼が死んだのだと悟った。

「俺のせいだ。俺が、あいつを一人にしたから……!」

「落ち着け、城戸。あいつもライダーになった瞬間から、こうなる事は覚悟していた筈だ。お前の所為じゃない。」

 蓮はいつもの通りキッチンで洗い物をしながら、真司を宥めるように言った。そんな蓮の物言いに、苛立ちを募らせる真司。

「落ち着けって……なんで、そんな割り切った風にしてられるんだよ。お前だって……!!」

 ドタドタと近づいて蓮の胸ぐらを掴んだところで、真司は彼の頬に涙の跡があるのに気付いた。

「……ごめん。」

「……いや、そもそもアイツが死んだのは俺に責任がある。俺が浅倉に与しなければ……」

「そうだよ、浅倉。」

 真司はデッキを握りしめ、玄関へと歩を進めた。ドアノブに手を掛けたところで、その二の腕を蓮が掴む。

「どこへ行く、城戸。」

「決まってんだろ、浅倉を探す。それで、手塚を殺した報いを受けさせるんだ。」

「……殺すのか。」

 殺す。蓮のその言葉は、真司の心を深く貫いた。真司は確かに、浅倉に対する純粋な"殺意"を抱いていた。

「……なぁ、蓮。」

「どうした。」

「俺は、誰とも戦わない。ただ罪の無い人達を守る為に、正しくライダーの力を使う……そう決めたんだ。」

 優衣に、手塚に誓ってみせた時の言葉は嘘ではない。それでも、真司は確かに浅倉を倒したいと思った。自分の弱さを突きつけられて、胸が痛む。

「でも俺、今……浅倉を殺したいって思った。手塚の仇をとりたいって。……俺って結局、口だけなのかな。」

 そっと、真司から手を離す蓮。

「そうかもな。」

「……蓮。」

 蓮は、その場で項垂れる真司を残して店の玄関扉を開いた。

「お前は俺に言った。俺が背負っているものを、一緒に背負うと。……その様子では、到底無理だろうがな。」

 そう言い残し、蓮は店を出た。優衣も手塚の一件を知り、ここしばらく寝込んでいる。こうして、真司は一人残される事になった。

「俺は……これからも戦っていけるのか……?」

 そんな時だった。店の扉が再び開き、背広を着た男が入ってきたのだ。

「城戸真司さん、ですね。」

「あ、はい……あなたは?」

 男は懐から警察手帳を取り出すと、それを開いて見せた。そこにあった名前に、真司は聞き覚えがあった。

「あれ、あんた……」

「捜査一課の須藤です。少し、あなたにお話を伺いたい。二月七日に起きた、ファミレス立て篭もり事件について。」

「あぁ……。」

 こうして真司は、警察の取り調べを受ける事になってしまったのだった。



〜午後三時十二分"警視庁本庁・取調室"〜

「えーっと、俺があの場に居なかったのはですね……」

 言える訳がなかった。『仮面ライダーに変身して、鏡の中の世界で戦っていました』などとは。

「……すいません。俺も、よく覚えてなくて。気付いたら家に……戻っててぇ……。」

「……あなた、バカですか?」

「なっ……!!」

 ここ最近、真司はバカと言われることが多い事を気にしていた。大学はちゃんと出たし、ジャーナリストにもなれた。そんな自分が"バカ"とは、一体どういう事だろうか。

「ば、バカじゃないですよ! なんでバカって言うんですか!! ねぇ、刑事さん!!」

「……はぁ。だって、嘘を吐くにしてももう少しマシなのがあるでしょう。気付いたら家に戻ってた……小学生でも使わない、レベルの低い嘘だ。」

「うぐっ」

「まぁ、いいでしょう。」

 須藤は呆れた様子で大きくため息をつくと、すっと立ち上がって取調室のドアを開いた。

「もう、お帰りいただいて結構ですよ。」

「え、いいんですか?」

「貴方は少女を助ける為に、自ら人質になることを買って出た。浅倉との接点も今のところ見つかっていませんし、今日のところは帰っていただいて結構ですよ。」

「あ、ありがとうございます……。」

 真司が軽く会釈し、そろそろと扉を潜ろうとしたその時。須藤が突然、真司の肩に手を置いてグッと力を込めた。

「しかし、あなたは確実に何かを隠している……城戸真司さん。私は、あなたのその隠し事を必ず暴きますよ。そして、浅倉を逮捕してみせる。私はあの男を、絶対に許しません。」

「は、ははぁ……。」

 背中に悪寒を残しつつ、真司はそそくさと帰路についた。須藤は浅倉に並々ならぬ執着心を抱いていると、そう感じながら。

〜一年前——二〇〇一年十二月二十五日・午後六時三十八分"渋谷駅前"〜

 車道脇に停めたパトカーの窓から、須藤は辺りに目を光らせていた。今日はクリスマスだ。こういう特別な日には何かが起こるものだと、須藤は警戒していた。

「須藤さん、暇ですねぇ。」

 そう言いながら助手席で欠伸をしているこの男は、加賀友之(かが ともゆき)。今年になって一課に配属されてきた新人で、須藤の現在のバディである。

「そう言うなよ、加賀。こういう暇な日常が、俺達にとっては一番の幸せだ。」

「ははっ、そうっすね。」

 加賀は今でこそ少しフワフワとしているが、根は強い正義感で溢れている。将来は自分を超える素晴らしい刑事になると、須藤はそう確信していた。

「ん……あの男。」

「え、どいつっすか?」

 須藤が目をつけたその男は、蛇革のジャケットを着て妙に"飢えた"目で歩いていた。そして首を何度も気怠そうに回しており、その様子は何か大きな不安を須藤に与えてみせた。

「……加賀、行くぞ。」

「え、はいっ!」

 パトカーを降り、その男へと近づく二人。

「ちょっとそこの」

 須藤が声をかけようとしたその時、男が突如として前方の群衆に向かって駆け出した。そして、その手にはサバイバルナイフ。男は何かをとても不快に思っているような、そういう狂気的な表情をしていた。

「まずい!」

「須藤さん、俺が!!」

 男の行手を阻もうと、前に出る加賀。しかしそいつは、なんの躊躇いもなく彼の喉笛をナイフで切り裂いた。

「……あれ?」

 まるで、時間が止まったようだった。自分の身に何が起きたのか分からぬまま倒れていくバディを目の当たりにして、須藤は思わず声をあげた。

「加賀!!」

 辺りに鮮血が飛び散り、駅前は瞬く間に地獄絵図と化した。悲鳴をあげ逃げ惑う人々を、誰とも構わず切り裂いていくその男。しかしその時、須藤は男を止めようと直ぐに動くことが出来なかった。

「加賀、しっかりしろ……死ぬな……!」

 血が流れ続ける加賀の傷口を、持っていたハンカチで抑え続ける。しかし、その血が止まる事は無い。

「す……ど……さ……」

 何かを伝えようと、加賀が必死で口を動かした。

「……どうした、加賀。なんて言いたいんだ。」

「……」

 そのまま、加賀は逝った。後の事はあまり覚えていない。必死で男を組み伏せ、拘束。そうしてその身柄を完全に押さえた時、須藤の周りは通行人やバディだった血みどろの死体で溢れかえっていた。須藤は叫んだ。叫びでもしなければ、鼻にこびりつく血の匂いと苦悶の表情で横たわる数多の死体で心がどうにかなってしまいそうだったからだった。そうして叫ぶ須藤の声を聞きながら、その男は確かに笑っていた。



〜二〇〇二年四月十五日・午後四時"霊園内・加賀友之墓前"〜

 加賀の墓前に手を合わせ、須藤は改めて浅倉を逮捕する事を心に誓った。

(……浅倉。奴を捕まえ、俺はお前と再びバディを組む。……その為に。)

 コートの内ポケットから、自身のカードデッキを取り出す。——須藤の脳内に、戦いの始まりを告げる不協和音が鳴り響いた。

【十七】

〜五月二日・午前八時"OREジャーナル"オフィス〜

「おはようございます! 編集長!!」

 デスクに座った大久保の前に立ち、真司はいつものように声を張り上げた。あの立て籠もり事件から、色々な事があった。ガイが死に、手塚も倒れ、警察から事情聴取を受けた。蓮とは、少しだけ距離を縮められた気がした。そしてここ最近は、蓮と共に人々を襲うモンスターを倒し続けている。心の内に芽生えた殺意の事を、真司は考えないようにしていた。

「おぉ、真司。今日も張り切ってるなぁ。その調子で、早く新しい住処も見つけてくれよ。お前のおかげで、電気代が嵩みっぱなしなんだからよ。」

「はは……すみません。」

 二人が軽いやり取りをしていると、オフィスの扉が開いた。真司の先輩、桃井令子が出勤してきたのだ。

「おぉ、令子。おはよう。」

 令子は荷物も置かずに大久保の前までやって来ると、肩掛けバッグから一枚の用紙を取り出して言った。

「編集長、おはようございます。それで早速なんですが……見つけたかもしれません。連続行方不明事件の被害者達の、"共通点"。」

「なんだって?」

「え?」

 真司は驚いた。モンスターは、基本的に無作為に捕食対象を選んでいるものだと思っていたからだ。

「令子さん、その共通点って?」

 そんな真司の疑問を一瞥しつつ、令子は手に持った用紙を大久保のデスクに置いた。 

「二人とも、これを見てください。」

「令子、これは?」

 大久保が顎を指でなぞりながら、真剣な面持ちで聞いた。真司も、彼女の言葉にしっかりと耳を傾ける。

「これは、ここ一ヶ月で失踪した人達を纏めたリストです。そして……このマーカーが引かれている人物は皆、過去に殺人を犯して服役したか執行猶予がついたか、心神喪失で不起訴処分になっているんです。」

「なるほど。殺しの加害者ばかりを狙った犯行って事か。」

 真司は、大久保のデスクに置かれたリストを覗き込んだ。確かに、リストに載った六割程の名前に黄色くマーカーが引かれている。このマーカーの引かれた人物達が、令子の言う犯罪者達という事なのだろう。

「まぁ……被害者がみんなそうって訳じゃないですし、推論の域を出ないんですけど。詰めてみる価値は、あると思います。」

「面白いじゃねぇか。よし、やってみろ。」

「ありがとうございます。」

 編集長からのGOサインを得て、令子は足早にオフィスを去っていった。一部の被害者達に浮かび上がった共通点。それが真司に指し示すものとは、一体。

〜翌日・午後二時"花鶏・店内"〜

「モンスターが捕食対象を選んでる? バカな、そんな筈は無いだろう。」

 洗い場で手を動かしていた蓮が、眉を顰めながらそう言った。

「まぁ、そうだよなぁ……。」

 床のモップ掛けをしながら、真司は鏡の向こうの襲撃者に想いを馳せた。奴らは皆、ただ腹を満たす為に人間を襲っている。それは人間が魚を捕ったり動物の肉を食らうのと同じ事で、そこに複雑な意思は存在しない。ずっと、そう思っていた。

「なぁ、蓮。そもそもモンスターは、なんで鏡の向こうから来るんだよ。元々居たのか? だとしたら、なんで行方不明事件は最近になって……」

「俺が知るか。それと、質問を矢継ぎ早にするな。お前の悪い癖だぞ。」

「わ、悪かったよ……。」

 洗い物を終えた蓮が、エプロンを片付けてカウンターの席に座った。

「だが、その桃井って記者が見つけた共通点は気になる。もしかしたらそいつは」

 蓮の言葉を遮るように、突然玄関の扉が開いた。現れたのは須藤雅史。あの刑事だった。

「すみません、準備中でしたかね。」

 須藤はそう言いながらも、店内に入って扉を閉めた。出直す気は無いようだ。

「あ、いえいえそんなことは……」

「城戸。」

 蓮が、鋭い視線を目の前の男に向けた。それに気付いた須藤が、うっすらと笑みを浮かべる。

「あなたは察しているようですね。そこの鈍い方とは違って。」

「鈍いって、俺のこと?」

 真司は二人の様子を伺った。何故か、お互いに殺気だって見える。

「おい、蓮……幾らこの人が刑事だからって、そんな邪険にするなよ。今はただのお客さんなんだからさ。」

 因みに真司は今、優衣が寝込んでしまった穴を埋めるために花鶏でアルバイトをしている。

「だから鈍いと言われるんだ。……奴も、ライダーだ。」

「え?」

 蓮がカードデッキを取り出し、それを見た須藤がスッと手を出してそれを制した。どうやら蓮の言う通り、彼もライダーで間違いないようだ。

「今日は、戦いに来たのではありません。……あなた方二人に、協力をお願いに来ました。」

「きょ、協力って……一緒にモンスターと戦ってくれるって事!?」

「はい。」

 須藤は、にっこりと笑顔を作って見せた。

「おぉ、おぉ……! やったな蓮、仲間が増えたぜ!!」

「仲間になった覚えはない。……好きにしろ。」

 蓮はそう冷たくあしらうと、足早に店を出て行った。しかしその眼は、しっかりと須藤を見据えていた。

「なんだよアイツ、愛想ねぇの。あ、須藤さん……よろしくお願いします。改めまして城戸」

「真司さん、ですよね。取り調べの時にお名前は把握しています。そして、恐らくあの立て籠もりの日……あなたが、ミラーワールドに行っていただろうという事も。」

「あぁ、はい……すみません、隠し事しちゃって。」

 気まずさを笑って誤魔化しながら、真司は須藤の方を見た。その男の目は、どこか違う所を見ているような気がした。

「では、こちらも。私は須藤雅史……ライダー名は、シザースです。どうぞ宜しく。」

 須藤が、力強く右手を前に差し出した。かつて手塚が同じように握手を求めた事を、真司は思い出していた。

「須藤さん……宜しくお願いします。」

 手を取り合い、固い握手を交わす二人。こうして、新たな協定は結ばれたのだった。

《第十二話:衝突する理念》


【十八】

〜五月十日・午後二時五分"都内大通り・ミラーワールド"〜

「真司くん、行きますよ!!」

「はい!!」

<STRIKE VENT>

<SWORD VENT>

 目の前のサル型モンスター『デッドリマー』に警戒しながら、龍騎とシザースは武器を取った。須藤が変身するライダー——シザースは、蟹の意匠が入った銅色の鎧に身を包んだ屈強な戦士だ。そしてシザースの武器は『シザースピンチ』。契約した蟹型モンスター『ボルキャンサー』の巨大な(はさみ)を象った、右腕に装着する近接武器である。

「はあぁ!」

 彼のシザースピンチによる豪快な一振りが、デッドリマーの腹を切り裂いた。痛みに悶絶し、その場でのたうち回るモンスター。

「今です!」

「っしゃあ!」

<FINAL VENT>

 シザースの合図に合わせて空高く跳び上がった龍騎の必殺キックが、そのままデッドリマーを粉砕した。久しぶりの純粋な戦いに、龍騎は少し"すっきり"したような気がした。



「いやー! 須藤さん、刑事なだけあってやっぱ強いっすね!! ほんと助かりますよ、一緒に戦ってもらえて……。」

 ミラーワールドから戻った真司と須藤は、花鶏に向かって歩いていた。何が気に入らないのか蓮は花鶏に顔を出さなくなり、真司は代わりに須藤と共闘するようになっていた。

「いえ。私の方こそ、真司くんに協力してもらえて心強いですよ。この調子で、お互い高め合っていきましょう。」

「あの……ちょっと聞きにくいんですけど。」

「はい?」

「ライダーになったのは、やっぱり叶えたい願いがあるから?」

 そう。ライダーは皆、叶えたい願いを持って戦いに身を投じる。それは須藤も、決して例外ではない。

「……そうですね。私にも、叶えたい願いがあります。」

「じゃあ、やっぱりライダー同士で殺し合おうとか……」

「今は考えていません。真司くんの事は、頼れる仲間だと思ってますし。」

「はは……仲間だなんて、照れますね。」

「それに」

 照れ臭くおどける真司に釘を刺すように、彼は言った。

「今は別に、やらなければならない事もありますから。」

「……?」

 その時、反対の路地から突然悲声が上がった。

「「!?」」

 声が上がった方を見ると、そこにはナイフを突き立てられた腹を抱えて倒れ込む女性がいた。そして彼女のバッグを奪ってその場から駆け去る青年の姿を、二人は捉えた。

「真司さん! あなたは救急車を!」

「あ、はい! 須藤さんは!?」

「私は、犯人を追いかけます!!」

 その場を真司に任せて、須藤は駆け出した。自らに課した、使命を果たす為に。

〜午後二時三十分"都内・路地裏"〜

「……」

 須藤は、ボルキャンサーが青年の血肉を喰らい尽くす様をじっと見つめていた。

「直接目にすると、やはり堪えますね。」

 そこに真司がやってきた。彼は、今の状況を見てとても驚いた様子だった。

「須藤さん……あんた、何を?」

「真司さん。すみません、お見苦しいところを」

「そうじゃなくて……あんた、何してんだよ?」

 真司の声は、わなわなと震えていた。恐らく怒りで震えているのだろうと、須藤は察した。

「何を……そうですね。救いの無い犯罪者を、今この手で裁いたところです。」

「何言って……もしかして、最近行方不明になってた人達って……。」

「……ご存知でしたか。ええ、私がモンスターに喰わせました。」

「なんで……そんな事を!」

 きっと加賀も同じように言っただろうと、須藤は思った。

「あなたは、罪を犯した者が更生すると思いますか。私は思いません。彼らのような人間に希望を持ってしまってはいけない。そういう甘さを捨てなければ、私はきっと……奴を、殺せない。」

「あんたは、間違ってる。」

「なら戦いますか。それで自分を突き通せるなら、私は喜んでデッキを取りますよ。」

 コートの内ポケットから、ゆっくりとデッキを取り出す。それを見てもなお、真司は躊躇っている様子だった。

「どうしたんですか?」

「俺は……誰かを守る為に、その為だけに戦うって決めたんだ。だから、あんたとは戦いたくない。」

「それは素晴らしい。」

「でも……今のあんたを見てたら、やらなきゃって思った。俺が、あんたを止める。」

「……」

 真司も、覚悟を決めた様子でデッキを手に取った。

〜午後二時四十分"ミラーワールド・路地裏"〜

「私は、こんなところで止まる訳にはいかない。」

<STRIKE VENT>

 シザースが、専用武器のシザースピンチを装備した。その鈍く光る巨大な鋏が、龍騎には血に塗れて見えた。

「俺も……止まりたくない!!」

<SWORD VENT>

 龍騎もドラグセイバーを装備する。

「……」

「……」

 先に駆け出したのは、龍騎だった。半歩遅れて、シザースも駆け出す。そうして距離を詰めた二人は、互いの武器を交えた。両者の力の籠った一撃が鍔迫り合い、その両腕を振るわせる。

「ぐっ……。」

 シザースの激しい気迫と力に押され、ジリジリと後ろに下がる龍騎。そんな相手の姿を見て、シザースは尚も威嚇するように言った。

「私は、屑とはいえ多くの人間を喰わせ続けてきた。力を蓄えた私のボルキャンサーは強い。そしてその主である私も、強い。あなたに私が倒せますか?」

 力負けした龍騎が、大きく弾き飛ばされた。そして無防備に曝け出された身体に、シザースピンチの強烈な一振りが入る。

「ぐあぁっ!!」

「終わりです。」

<FINAL VENT>

 召喚されたボルキャンサーが組んだ両腕を足場にして、シザースが宙空へと大きく跳んだ。空高く跳び上がった彼は空中で膝を抱えて丸まり、そのまま高速で回転を始める。

「……まだだ!!」

 咄嗟の判断で、龍騎はドラグバイザーにカードをセットした。

<GUARD VENT>

 装備したドラグシールドを前に構えて、龍騎は衝撃に備えた。そこに、回転を続けるシザースが飛び込む。両腕がビリビリと震え、着実に身体が押し上げられていく。それでも、決して守りの姿勢を解く事はしなかった。そうすれば、自分の戦いはここで終わる。龍騎はそう確信していた。



〜午後三時"都内・路地裏"〜

「……まさか、今のを耐えるとは。」

 真司は、須藤の猛攻を耐え切った。しばらく両腕は動かないのではと思うほど痺れていたが、それでも真司は耐え抜いたのだ。

「俺は……しぶといんだよ。」

 ガクガクと震える膝をなんとか保たせながら、真司はしっかりと須藤を見据えて言った。そんな様子を見て、ため息をつく須藤。

「……あなたのそのしぶとさに免じて、今回はここまでにしておきましょう。」

 そう言うと、須藤は真司に背を向けて歩き出した。きっと、次の標的のもとへ向かうのだ。

「あんたは……これからも続けるのか?」

「えぇ。ですからあなたにも、邪魔はしないでいただきたい。」

「……」

 須藤は、こちらに振り返る事なく言った。

「……あなたと共に戦えてよかった。その真っ直ぐな心は、あなたの強さなのでしょうね。」

 そうしてその日、真司は負けた。須藤の執念に。

《第十三話:燃える想い》


【十九】

〜翌日・午後二時"喫茶花鶏・店内"〜

「新参のライダーに負けるとは……お前も、まだまだだな。」

 洗い場で話を聞いていた蓮が、客席で項垂れる真司をからかうようにそう言った。

「お前、そんな言い方……俺は真剣に落ち込んでんだよ。」

「真剣に落ち込む必要が無いからこういう言い方をしているんだ。お前はまだ生きている。それだけで充分マシだという事を、お前は分かっていない。」

「それは……そうかもしれないけど。」

 あの時、もしも須藤がトドメを刺す為に攻撃を仕掛けていれば、それを防ぐ余力は真司には残っていなかった。まず間違いなく、死んでいた。

「俺が負けたのは、覚悟が足りないから。蓮とか他の奴らみたいに、叶えたい願いが無いから……何も背負ってないからなのか。」

 その言葉に、蓮は何も返さなかった。いや、きっと返せなかったのだろう。きっと自分しか、今の問いに答えを出せる存在はいない。かつて大久保に掛けられた言葉を、真司は思い出していた。

「……おい、城戸。気づいているか。」

「え……あ、これって。」

「浅倉とあのゾルダって奴のモンスターの気配だ。奴らめ、また戦いを始めたらしい。」

〜〜私はあの男を、絶対に許しません。〜〜

 ふと、真司の脳裏に須藤の言葉が蘇った。犯罪者を憎み力を振るう須藤にとって、浅倉は最も倒さなければならない相手のはず。真司はそう思った。

「行こう、蓮。俺達で浅倉も……須藤さんも止めるんだ。」

「……行くぞ。」

 二人は戦いに向かった。

〜同日・午後一時四十分"北岡秀一邸内"〜

「ゴローちゃん、美味しいよこれ! やっぱ、ゴローちゃんが作った料理が一番だね。」

「ありがとうございます。」

 北岡は、ボディーガード兼秘書の由良吾郎(ゆら ごろう)が作ったパスタを食べて昼時を謳歌していた。吾郎は愛想こそ悪いものの、忠誠心の厚い信頼出来る男だ。

「しかし、割と減ったよね……ライダー。」

「……そうですね。」

「浅倉……あいつのおかげかね。」

 十三人のライダー達は皆、自分の願いの為に"理性"で戦いに身を投じている。もちろん北岡もその一人だ。しかし、浅倉威は違っていた。浅倉は"本能"で殺すことを楽しんでいる。故に殺しを一切躊躇わない。躊躇う必要が無いのだ。

「……噂をすれば、か。」

 ベノスネーカーの気配。それと同時に、玄関のドアが蹴破られた。

「よぉ、殺しに来たぜ。」

 浅倉が、笑みを浮かべながら其処に立っていた。

「お前さぁ……よく品が無いって言われない?」

「知るか。さぁ、デッキを取れ。」

「……はぁ。変なのに因縁つけられちゃったなぁ。」

 面倒を嘆きながら、北岡はデッキを手に姿見の前に立った。そして隣に立つ浅倉。二人は互いに目を合わせると、デッキを前にかざした。

「「変身!!」」

〜ミラーワールド・北岡秀一邸内〜

「いくら鏡の世界とは言っても、自分の家を荒らされるのは気分悪いね。」

 軽口を叩きながら、ゾルダはマグナバイザーの連射を王蛇に浴びせかけた。そばにあった家具を盾にして、それを防ぐ王蛇。

「ふん、すぐに小綺麗な元の家に送り返してやるよ。殺してからな。」

「はぁ……ほんと、なんでお前みたいなのがライダーなのかね。」

<SHOOT VENT>

 ゾルダの両肩に、大砲が装備された。それを全身で支えながら、王蛇目掛けて二連砲弾を放つ。

「ふははっ、まるで歩く火薬庫だな。」

 王蛇は片方をベノサーベルで叩き切ると、もう一方をすれすれで躱した。あの砲弾を叩き切る筋力はもちろん、攻撃を躱しきる反射神経と判断力。やはり王蛇は只者ではないと、ゾルダは思った。

「お前、遠距離武器持ってないだろ。自分の不利認めて、さっさと死んでくれよ。」

「バカが。ようやく面白くなってきた所だろうが。」

<ADVENT>

 邸内の壁が崩れ去り、奥から猛毒大蛇(ベノスネーカー)が首をもたげて現れた。まるで新しい獲物を前に心震わせるように、ベノスネーカーは舌を鳴らした。

「……なるほどね。」

「やれ。」

 主人である王蛇の号令を合図に、その口から酸液が吐き出された。全力で横に跳ぶことでゾルダはそれを避けたが、酸液がかかった箇所はドロドロと歪な跡を残しながら溶けていた。

「お前、ほんと面倒くさいよ。」

「フハハッ……さぁ、もっと戦いを楽しもう。」

<ADVENT>

 それは、戦いに集中する二人の不意をついた一撃だった。突如として姿を現した奇蟹(ボルキャンサー)が王蛇の胴を挟み込み、そのまま壁を突き破って彼を外の地面に叩きつけたのだ。

「ぐおぉっ……。」

 思わぬ一撃をくらい、地を這い悶絶する王蛇。

「あれって……」

 唖然とするゾルダの後ろから、こちらに歩いてくる足音が聞こえた。振り返ると、そこには新たなライダーが立っていた。

「誰だ。」

「私はシザース。安心してください、今はあなたの敵ではない。私が殺したいのはあの男……王蛇です。」

 ゾルダは、その声色から深い恨みを感じ取った。それは静かに、しかし激しく燃えていた。



 須藤雅史の悲願は、間もなく達せられようとしていた。目の前には、自分の部下を殺した仇——浅倉威が倒れている。

<STRIKE VENT>

 シザースピンチを右腕に装着し、ゆっくりと歩を進める。一歩地面を踏みしめる度に、鼓動が少しずつ早くなっていくのをシザースは感じた。

「終わりです、浅倉威。」

 王蛇の首筋目掛けて、刃を振り下ろす。最後は自らの手で加賀と同じように殺してみせると、シザースは心に誓っていた。

「……やはり、あなたは阻みますか。」

「悪いな須藤さん。俺やっぱり、アンタのこと認められない。」

 シザースの一撃を、龍騎のシールドが防いでいた。

「今度こそ、止めてみせる!!」

 その身体をシールドで弾き飛ばした龍騎が、一枚のカードを装填した。

<SURVIVE>

 赤き龍の戦士を、今一度炎が包んだ。そうして現れた彼の身体には金の装飾が施され、ドラグバイザーもその姿を変えた。彼の名は『仮面ライダー龍騎サバイブ』。胸の内の決意を今一度滾らせた、紅蓮(ぐれん)の戦士。

《第十四話:鎮魂火(レクイエム)


【二十】

〜遡る事二十分前——午後二時三十分・北岡邸前〜

 真司と蓮がベノスネーカーの気配を追って辿り着いたのは、弁護士・北岡秀一邸の前だった。

「なるほど……王蛇がゾルダの根城を直接襲撃したという事か。浅倉がやりそうなことだ。」

「クールぶってないで、さっさと行こうぜ。」

「……待て。」

 はやる真司を制して、蓮が周囲を警戒し始めた。初めはどういう事かと思ったが、真司も直ぐにその行動の意味を理解した。

「蓮、あいつが……神崎士郎がいる。」

「ああ。すぐに姿を見せないところが、相変わらず不気味な奴だ。」

「俺なら此処にいるぞ。」

 不意に、二人の背後から声がした。

「ふん……どうやらバトルマスター様は、他人の後ろをとるのが好きらしい。」

「……何の用だよ、神崎。」

 後ろを振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた神崎士郎が立っていた。

「お前達に、新しい力をやろう。その力をどう使うか……それはお前達次第だ。」

「力って」

 真司の問いを聞くことなく、神崎は二人にカードを投げ渡した。それは大きな片翼が描かれた、赤と青のカードだった。

「おい、これってなんだよ。」

 訝しげに真司が今一度問いかけると、神崎は珍しく険しい面持ちで答えた。

「優衣に危険が迫っている。あいつが信頼しているお前達に、そのカードを預けよう。それを使えば、龍騎とナイトは更に強いライダーとなるだろう。」

「危険、とは?」

 蓮が、眉間に皺を寄せながらそう尋ねた。

「……戦え。そうすれば、いずれ分かる。」

 その言葉が放たれた瞬間、辺りを強い光が包んだ。そしてその光が止んだとき、やはり神崎士郎はその姿を消していた。

「言いたい事だけ言いやがって……なぁ、蓮?」

 真司が蓮の方を向くと、彼は神崎から手渡されたカードをじっと見つめていた。

「おい、どうしたんだよ。」

「奴は更に強くなれると……そう言ったな。」

「え、あぁ。」

「お前は、このカードを使うのか。」

「俺? いや、俺は……」

〜〜なら戦いますか。それで自分を突き通せるなら、私は喜んでデッキを取りますよ。〜〜

 脳裏に、ふと須藤の言葉がよぎった。

「……使う、と思う。」

 真司は、懐からデッキを取り出した。

「須藤さんは、覚悟を決めてた。俺がそれに向き合うには、ちゃんと戦わなきゃ……戦って止められるだけの力が、きっと俺には必要なんだ。」

「……そうか。」

 真司と蓮は、北岡邸の玄関口へその身体を向けた。

「ミラーワールドでは、もう北岡と浅倉は戦っている。きっと須藤も……」

「あぁ、分かってる。」

 二人はデッキを握りしめると、走り出しながら叫んだ。

「「変身!!」」

〜現在"北岡邸内・ミラーワールド"〜

「なぜ……その男を庇うんです。」

 龍騎サバイブの背後でうずくまる王蛇を恨みがましく見ながら、シザースが問いた。

「あんたの手をこれ以上汚したくないから……ってのもあるけど。」

「けど?」

「やっぱり人が人を殺していい理由なんて……何処にも無いと思うから。」

「あなたは……やはり甘い。」

 シザースが、バイザーにカードをセットした。

<FINAL VENT>

「今度は殺します。」

 空中で勢いよく回転したシザースの体当たりが、龍騎サバイブを襲った。

「もう、あの時の俺じゃない!」

<SWORD VENT>

 龍騎サバイブのバイザー『ドラグバイザーツヴァイ』から、炎を纏った剣が出現した。それはシザースの身体を難なく受け止めると、そのまま後方に弾き飛ばした。

「なっ……!?」

 驚きながら受け身を取るシザースを、龍騎サバイブの追撃が襲う。

<ADVENT>

 ドラグレッダーが姿を変えた新たな龍のモンスター『ドラグランザー』が、シザースに向けて火球を吐き出した。それは彼の足元を囲うように地面に着弾すると、大きな火柱でその動きを封じてみせた。

「……あくまで、殺すつもりは無いということですか。」

「俺は、殺す為にライダーの力を使うんじゃない。救う為にこの力を使う。……本当は、あんたもそうしたいんじゃないのか。」

「……!!」

 二人の戦士が向き合ったその時、シザースの脳裏にまるで走馬灯のように過去の情景が浮かびあがった。炎が収束していく。

【二十一】

〜某日・昼"警視庁・捜査一課オフィス内"〜

 刑事にとって、最も幸せな時とは何か。それは、仕事が何も無い暇な昼時である。須藤はそんな暇を噛みしめながら、自分のデスクでコーヒーを啜っていた。

「暇そうっすね、須藤さん。」

「おぉ、加賀か。」

 部下の加賀がコーヒーを片手に、須藤の隣に立った。

「あーあ、ホント退屈っすねぇ。なんか派手な事件とか起きねぇかなぁ。」

「暇って事は平和って事だ。もっと喜んでおけ。」

「クールっすねぇ、須藤さんは。」

 日差しが眩しい。須藤は窓のブラインドを閉じようと立ちながら、加賀に声をかけた。

「そんなこと言って……お前、何の為に刑事になったんだ?」

「そりゃあ……悪い奴とっ捕まえて、みんなの平和を守りたいから。アレっす、正義の為っすよ。」

 笑いながらそう答える加賀を見ながら、須藤は刑事になろうと決めた日の事を思い出していた。

「須藤さんは、何の為に刑事に? その歳で警部とか、憧れちゃいますよ。よっぽど才能があったんすねぇ。」

「……秘密だ。」
 
 ブラインドを閉じ、須藤はそう答えた。加賀に自分の事を話すのが、とても照れくさかった。



〜現在"北岡邸内・ミラーワールド"〜

「……あの時、私は話しておくべきだった。それが後悔になって……こんな所まで、ズルズルと来てしまった。」

「須藤さん?」

 シザースは武器を下ろすと、疲れた身体を引き摺りながら歩き出した。辺りを覆っていた炎は、すっかり鎮火していた。

「浅倉の事は諦めます……どのみち、もう逃げたようですし。」

「え……あ。」

 龍騎が慌てて振り返ってみると、そこに居たはずの王蛇の姿は無かった。どうやら隙をみて逃げおおせたらしい。

「えっと……ごめん。でも、これからも続けるってんなら……」

「もう、手を引きますよ。大人しく自首します……ケジメとしてね。」

「……あぁ。」

 そう言って、シザースはミラーワールドを後にした。何かから解放されたようなその後ろ姿を、龍騎はしっかりと目に焼き付けた。

「なぁ、龍騎……だっけ。なんで、あんなお人好しがライダーやってんの?」

 二人の様子を側から見ていたゾルダが、隣に立ったナイトに問いかけた。

「さぁな……しかし、ああいうお人好しが一人くらい居た方が、俺達には良いのかもしれない。」

「……そんなもんかね。」

 そうして、ゾルダとナイトもその場を去った。一人立ち尽くしていた龍騎も、少し後にミラーワールドを出たのだった。

〜五月二十日・午後一時"警視庁本庁前"〜

『あ、出てきました! 連続行方不明事件の犯人として出頭してきた須藤刑事です!! 今、世間を賑わせてきた事件の犯人が我々の前にその姿を見せました!!』

 リポーターの忙しない中継と群衆のざわめきが、須藤の耳を刺した。両手は手錠で拘束され、彼は検察へと向かうべくパトカーに乗ろうとしていた。

「……これも報いですね。」

 両脇の刑事に先導されながら、前へと進んでいく。苦しい自責の日々が終わり、須藤は贖罪の日々へと向かおうとしていた。

(真司くん……加賀。私は再びあの頃の自分を取り戻してみせる。あなた達の想いに、応える為に。)

 ドスッ

「え」

 腹に走る、鈍い痛み。それが突き立てられたナイフによる痛みである事を、須藤はすぐに理解した。

「息子の……仇だ。」

 そう言って須藤を刺したその男の顔は、憎しみで強く歪んでいた。

「……あぁ、そうか。」

 それが須藤が手にかけた内の誰の仇なのかは分からない。しかし須藤は、妙に清々しい気持ちで地面に倒れ込んだ。



 須藤が目を開けると、そこは渋谷の駅前だった。

(ここは……あの時の……。)

「す……ど……さ……」

「……加賀!」

 気が付くと、須藤は首から血を流した加賀を抱き抱えていた。

「加賀……悪かった。俺は、結局……何も果たせなかった。」

 満身創痍であろう加賀が、何かを言おうと口を動かした。

「どうした加賀……なんて、言おうとしてるんだ。」

「須藤さんは……どうして、刑事になったんですか。」

「……」

 須藤は、加賀の身体をそっと倒してその隣に仰向けになった。視界が、だんだんと白く染まっていく。

「単純な話さ。俺は……困ってる誰かを助けたくて刑事になった。……ただ、それだけだったのにな。」

 今の言葉は、加賀に届いただろうか。須藤は隣で眠る相棒に想いを馳せながら、ゆっくりと目を閉じた。

—— 仮面ライダーシザース死亡。残るライダーは、あと八人。——

《第十五話:黒装の乱入者》


【二十二】

〜十二月三十一日・午後十時三十四分"ミラーワールド" 〜

「ま、待てっ……! 降参だ。見逃してくれっ……頼む……!!」

 ベルデは、土下座をしながら目の前の戦士に許しを乞うていた。その戦士は黒いアンダースーツと黒みがかった銀の鎧で武装した、まるで黒龍のような姿をしていた。

「な、なぁ……頼むよ」

 次の瞬間、ベルデの頭はその戦士の手によって握りつぶされた。自らの死を自覚することも無いまま、その場に崩れ落ちるベルデ。

「……次元干渉の副作用か。君達の命は、決して無駄にはしない。」

 黒龍の戦士は、血に塗れた拳を握りしめてその場を立ち去った。後に残ったのは、ベルデ・ファム・アビス達三人の死体だけ。その日、一夜にして三人のライダーが脱落した。

—— 仮面ライダーベルデ・ファム・アビス死亡。残るライダーは——

——仮面ライダーリュウガ参戦。残るライダーは、あと六人。——

〜???〜

 優衣は、誰も居ない街道を必死に走っていた。そして彼女を追う、二つの黒い影。

「どうして……私を狙うの!?」

「神崎優衣……お前は、存在してはいけない。」

 影の片割れがそう言った。それに続いて、もう片方も口を開く。

「私達はお前を殺し、この歪なライダーバトルを終わらせる。そして英雄になるのだ。」

 その言葉に気を取られ、思わず躓いてその場に倒れ込む優衣。

(助けて……)

 影達が、剣を片手に優衣へと近づいてくる。

「助けて、お兄ちゃん!!」



〜二〇〇三年一月十三日・午前一時"喫茶花鶏・二階"〜

 優衣は、自室のベッドの上で目を覚ました。その首筋に冷や汗がつたう。

「夢……か。」

 生々しく残る恐怖感を振り払いながら、優衣は気分転換のため一階へと下った。

〜喫茶花鶏・一階〜

「あれ。」

 階段を降りていくと、もう誰もいないと思っていた店内に人影があった。

「おぉ、優衣ちゃん……おはよう。って、もう夜中か。」

 真司が店のテーブルを拭いており、床にはモップ掛けの跡がまだ残っていたのだ。

「真司くん……まだ帰ってなかったんだ。」

「今日はお客さんがめちゃくちゃ来ちゃって、締め作業が終わらなくてさ。蓮の奴は"一人でいいだろ"なんて言って先に帰っちゃうし……なんて奴だ! って感じじゃない?」

 そう語る真司の姿は、いつも通り明るかった。気付けば彼を見ているうちに、さっきまでの恐怖は消えていた。

「……ふふっ」

「優衣ちゃん?」

「あぁ、ごめんごめん。私も手伝うよ。」

「いや、でも……もう大丈夫なの?」

「大丈夫だよ!」

 エプロンを身につけ、キッチンから取った布巾で残りのテーブルを拭いていく優衣。

「おぉ……ありがとう。助かるよ。」

 しばらく、無言で掃除をする時間が続いた。時計の秒針が刻む音だけが響き、優衣はふと先程の体験を口走った。

「ねぇ、真司くん。私ね、さっき夢を見たんだ。」

「夢って、どんな?」

「……命を狙われる夢。」

「え?」

 夢の中で影が告げた、"存在してはいけない"という言葉。それは優衣が、日頃から心の片隅で燻らせていた気持ちだった。

「真司くん、私……生きてちゃいけないのかな。みんなを傷つけ合わせてる人の妹だから……」

「そんなことないよ。」

「え?」

 そう言った真司の声色は、どこか憤っているように聞こえた。自分の願望がそう聞こえさせただけなのか、本当に真司がそう思ってくれているのか、優衣には分からなかった。

「優衣ちゃんは何も悪くない。それにお兄さんだって、何か事情があるからこんな事してるんだと思う。大丈夫、もう誰も死なせない。俺が止めてみせるから、安心して。」

 そう語る真司の表情は、とても真剣だった。そして自分の事を本当に心配してくれているのだと、優衣は嬉しくなった。

「やっぱり優しいね、真司くんは。」

「あぁ、いや……てか優衣ちゃん、今度の誕生日で二十歳だよね。そしたらさ、蓮も呼んで三人でお祝いしようよ。そうすれば嫌な事も」

「真司くん。今、家無いんだよね?」

「え。い、いいよその話は……恥ずかしいから」

「ここに住みなよ。」

「え?」

 兄がやっている事を知ってから、優衣の心には孤独という名の不安が付き纏い続けていた。自分など存在してはいけないと、そういう嫌悪感が彼女を追い詰めた。

「いや、でも……いいの?」

「空き部屋あるから……いいよ、住んで。」

「あ、ありがとう……!!」

 こうして、真司が花鶏に居候する事が決まった。

〜午後一時"喫茶花鶏・店内"〜

「よかったじゃないか。いつまでも浮浪者じゃ、お前も格好つかないしな。」

「蓮、てめぇ……もっと言い方あるだろ。」

 真司は、先刻の顛末を蓮に話した。優衣はちょうど買い出しに行っており、その場には蓮と真司の二人しか居なかった。

「まぁ、ちょうどいいタイミングだ。お前……神崎士郎の言葉を覚えてるか。」

「え? あぁ、優衣ちゃんに危険が迫ってるって……アイツそう言ってたな。全く、自分が一番危険にさせてるだろっての。」

 蓮はそんな真司を見て少しだけ考え込むと、ため息を吐いて話を続けた。

「前に手塚も言っていた……"神崎優衣を頼む"と。近いうち、優衣は必ず危険な目に遭う。だから城戸、お前があいつを守ってやれ。」

「そんなこと言われても……あ。」

「どうした?」

 蓮の言葉を聞いた真司は、かつて手塚に言われていた言葉を思い出した。

〜〜榊原耕一には、気を付けろ。〜〜

「なぁ、蓮。榊原耕一って名前に、心当たりあるか。」

 真司のその問いに、蓮が怪訝そうに顔を顰めた。

「何故、今その名前が出てくる。」

「いや、俺も手塚に言われたんだよ。"榊原耕一に気を付けろ"って。そもそも俺がデッキを拾ったのもその人の家だし……蓮?」

 蓮は、とても驚いた様子だった。手塚にも蓮にも、榊原耕一という名前には心当たりがあるらしい。

「おい、なんなんだよ。」

 真司の問いに、ついに蓮が答えた。

「……榊原耕一。そいつは、神崎と恵里がいた研究室の教授だ。」

【二十三】

〜午後三時"城南大学・蔵書室"〜

 榊原耕一とライダーバトルの関係を探るべく、真司と蓮は城南大学の蔵書室で歴代研究室が纏められた資料を調べていた。共用机に座してページをめくっていた真司が、とある一面でその手を止める。

「おい蓮……これ見ろよ。神崎だ。」

 真司が指差したのは、榊原研究室の集合写真だった。皆やりがいに満ちた表情をしていて、そこには神崎士郎の姿もあった。

「あぁ。そして奴の隣にいるのが……榊原耕一だ。」

 真司の隣で立ったまま視線を落としていた蓮が、過去に想いを馳せながらそう言った。彼に取って忘れ難い過去である事は、真司にも容易に察せられた。

「へぇ、どれどれ……。」

 写真の端に映ったその榊原耕一という男は、陰気を体で表したような外見をしていた。猫背な立ち姿に細々とした身体。髪はぼさぼさで長く伸び、妙にやつれた顔に掛けられた眼鏡の奥から覗く眼の下には、濃い隈が目立っていた。

「なんか……凄い人だな。」

「これでも学生には真摯に向き合う人格者で、研究室内での評判はとても良かったらしい。だが……事件の直前、恵里は言っていた。"最近の教授は怖い"とな。」

「俺からするとこの写真の時点で充分怖いけど……蓮はどう思う?」

「見た目はどうでもいい。元より……俺は恵里が死んだあの夜、こいつも一緒に死んだと思っていた。まさか、生きていたとはな。」

「そうか……。」

 榊原について話をしていた、その時だった。一人の男性が、背後から真司と蓮に声を掛けた。

「榊原くんについて、お話しで?」

「え。あぁ、はい……あなたは?」

 真司が振り返って応答したのに合わせて、警戒して一歩下がる蓮。その様子を一瞥した男が名乗る。

「失礼、驚かせてしまいましたね。私は香川英行(かがわ ひでゆき)。この大学で教授をやらせてもらっています。そして、榊原くんとは友人でもある。」

 香川は、皺の伸ばされた綺麗な白衣を身につけた理知的な中年の男だった。綺麗に磨かれたオーバルの眼鏡が、その印象をより際立たせている。

「それで俺達に声を?」

 蓮は、尚も警戒しながら香川の様子を窺っているようだった。そんな蓮の様を見て肩をすくめながら、香川が続ける。

「えぇ。実は、私から二人にお話が……」

 その言葉を遮るように、あの耳障りな音が響き渡った。聞いた途端に顔を顰めてしまう、あのけたたましい耳鳴りが。

「城戸、いるぞ。すぐ近くだ。」

「あぁ。すみません香川さん、俺達ちょっと急用が……」

「丁度いい。お見せしよう、私の実力をね。」

「え?」

 そう言うと、香川は人目が無いのを確認して近くの鏡に立った。

「城戸真司くんに、秋山蓮くん。そこで待っていてください。すぐに終わりますから。」

 懐からデッキを取り出し、眼前に掲げる香川。それは真司や蓮のものとは少し違う、どこか歪さを感じさせるデザインのカードデッキだった。

「変身!」

 香川の身体を、黒い鎧が包んだ。彼の名は『オルタナティブ・ゼロ』。正義の使者。

〜城南大学・中庭"ミラーワールド"〜

 オルタナティブ・ゼロが相対したのは、巨大な十字手裏剣を背負った赤色の人型モンスター『ゲルニュート』だった。得体の知れない黒い戦士に恐怖しながら、手裏剣を投げつけるゲルニュート。

「無駄な足掻きですね。」

 デッキからカードを取り出し、右腕に備わった『スラッシュバイザー』にスライドさせる。

<SWORD VENT>

 そうして召喚したトゲに覆われた黒色の大剣『スラッシュダガー』を装備し、飛んできた手裏剣をそれでいなすオルタナティブ・ゼロ。自身の攻撃が軽くあしらわれた事に腹を立てたゲルニュートが、地団駄を踏んだ。

「散れ。」

<ACCEL VENT>

 そのカードがバイザーにスライドされた瞬間、オルタナティブ・ゼロは高速で移動を開始した。肉眼では捉えられないほどの恐ろしい高速移動を見せた彼は、一気にゲルニュートに肉薄してその身体にスラッシュダガーの一太刀を振り下ろした。

「キィァア……!」

 自身の身体を削った強烈な一撃に、たまらず苦悶の声をあげるゲルニュート。隙を見たオルタナティブ・ゼロは、トドメを刺そうと最後の一撃を仕掛けた。

<FINAL VENT>

 彼の契約モンスター『サイコローグ』が、バイクに変形しながら現れた。そしてそれに飛び乗るオルタナティブ・ゼロ。彼らはまるで独楽のように高速で回転を始めると、そのままゲルニュートに突撃してその全身を粉砕したのだった。

「……私達がライダーバトルを終わらせる。待っていろ、神崎士郎。」

 その場にあがった炎を見ながら、香川はそう呟いた。

〜午後四時三十分"城南大学・榊原研究室"〜

 戦いを終えた香川に案内されたのは、もう使われていない筈の榊原研究室だった。部屋の中は綺麗に掃除されており、壁一面が鏡面で覆われていた。

「……それで、俺達に話とは?」

 まだ警戒している様子の蓮が、香川にそう尋ねた。真司もそれに続く。

「そうですよ。それにさっきの……あなたもライダーなんですか?」

「ライダーですか……違います。あれはオルタナティブ。私達が神崎のライダーシステムを基に創り出した、擬似ライダーシステムです。」

 香川がそう言いながら、持っていたデッキを真司に渡した。

「へぇ……これが……。」

 受け取ったオルタナティブのデッキを、まじまじと見つめる真司。それは確かに、真司達が使っているデッキとは質が違っているようだった。

「オルタナティブ……しかしそんな大事なものを、そう易々とこんな馬鹿に渡していいのか?」

 蓮が、真司からデッキを引っ手繰りながら言った。

「蓮、てめぇ……! あ、気にしないでください。俺は別にバカじゃ」

「いいんですよ。それはプロトタイプで、予備も沢山ありますから。」

 そんなやりとりを三人がしていると、研究室の奥に立っていた一人の青年がこちらへと歩いて来た。歳は、真司達より少し下といったところだろうか。

「先生、この人達が?」

 そう香川に尋ねた彼の表情は不信感に満ちており、真司と蓮をまるで信用していない事が一目で分かった。

「えぇ、そうです。真司くんに蓮くん……紹介しますよ。彼は仲村創(なかむら はじめ)くん。私達と志を同じくする、若人です。」

「……仲村です。よろしく。」

 そう言って、仲村は真司に手を差し出した。それに応え、握手を交わす真司。

「お、おお……宜しく。」

「ちょっと待て。勝手に話を進めるな。お前達は何なんだ。何を企んでいる?」

 蓮が、真司と仲村を引き剥がした。いつも通り辛辣な物言いの蓮に対し、真司は顔を顰めた。

「おい蓮、そんな言い方……」

「いいでしょう。私も、回りくどいのは苦手なのでね。」

 仲村を自分の脇に下がらせた香川が、やれやれと言った様子で二人に告げた。

「単刀直入に言います。神崎優衣を、こちらに渡してください。」

「え。なんで優衣ちゃんを?」

 流石の真司も、その言葉を聞いて少し警戒した。神崎士郎の言葉が、そして神崎優衣が吐露していた苦悩が頭をよぎった。

「私達の目的は、ミラーワールドを閉じてライダーバトルを終わらせる事。そしてその方法を、私達は知っている。」

「何?」

「……ま、マジか!! それって一体どんな方法なの?」

 蓮と真司の顔を少し見た香川が、真剣な面持ちで答えた。

「殺すんですよ。神崎優衣をね。」

《第十六話:渦巻く正義》


【二十四】

〜一月十三日・午後四時三十分"喫茶花鶏・店内"〜

 優衣は、カウンターの写真立てに飾ってある兄とのツーショットを眺めていた。二人とも、とても幸せそうに笑っている。

「お兄ちゃん……殺し合いなんか止めて、戻ってきてよ。」

 いつも思い出すのは、幼い頃の優しかった兄。昔からミラーワールドが見えた優衣は、同級生に気味悪がられ虐められていた。そんな時に庇ってくれたのが、士郎だ。

〜〜お兄ちゃん、やっぱり私おかしいのかな。変なのが見えちゃう私はバケモノなの?〜〜

〜〜そんな事はない。お前はバケモノじゃなくて、俺の大事な妹だ。安心しろ優衣。お前は、俺が守る。〜〜

 しかし、かつて守ると言ってくれた兄は、もう傍に居ない。

「……はぁ。」

 店の扉を開け、外に出る。そんな彼女に、突如としてあの耳鳴りが聞こえてきた。

(……モンスター!)

 花鶏の窓ガラスから飛び出してきたそのモンスターは、穴の無数に開いた鉄面と無機質なパイプでで黒い体表を覆っていた。

「狙いは……私ってこと。」

 優衣に、危険が迫っていた。

〜午後四時三十五分"城南大学・榊原研究室"〜

「殺すって……どういう意味だよ。」

 香川から告げられた思わぬ一言に困惑しながら、真司は必死で言葉を絞り出した。

「そのままの意味ですよ。神崎優衣を殺して、ライダーバトルを終わらせる。それが私達の目的なんです。」

 そう淡々と語る香川に、迷いの様子は全く見えない。嘘を吐いている訳でもないと判断したのだろう。蓮が、眉間に皺を寄せながら問いかけた。

「何故あいつを殺す必要がある。それがライダーバトルを終わらせる事と、どう関係してくるんだ?」

「それは……あなた達が、協力してくれるのなら話しますよ。」

 香川が、懐からオルタナティブのデッキを取り出しながら言った。どうやら先程の言葉通り、"予備は沢山ある"らしい。

「なら、お前達から聞ける事は何も無いな。優衣は渡さない。行くぞ、城戸。」

「お、おぅ。」

 そう言うと、蓮はすぐに身を翻してその場を後にしようと歩き出した。戸惑いつつ真司もそれに続く。しかしそんな二人を阻むが如く、あの不協和音が響き渡った。

「モンスター……お前がさっき呼び出してた奴か。」

 すぐに状況を察した蓮が、デッキを手に取った。どうやら香川達も、二人を大人しく帰すつもりは無いらしい。

「困るんですよ、今あなた方に行かれては。邪魔をされるかもしれない。」

「邪魔って、どういう事だよ。」

 そう尋ねた真司の方を見ながら、香川は得意げに笑った。まるで自分達の勝ちを確信しているような、そんな顔だった。

「その様子……さては、お前達。」

「流石、秋山くん。そちらの城戸くんと違って、君は察しが良いようだ。」

「お、おい蓮。どういう事だよ?」

 蓮が、額に汗を浮かべながら言った。

「香川のあの様子から察するに、既に優衣に刺客が放たれている。恐らくは、あの仲村という男の契約モンスターだ。」

「そ、それってめちゃくちゃヤバいじゃねぇか! どうする……?」

「俺が香川達を引きつける。だから城戸、お前は優衣の所へ行け。」

「で、でも……」

 蓮が、懐からデッキを取り出しながら真司を出口へと押しやった。その覚悟の強さを汲み取り、出かかった言葉を呑み込む真司。

「大丈夫だ。お前より、俺の方が戦い慣れている。」

「……分かった。」

 蓮の言葉に従い、真司はその場を飛び出した。優衣を守る。ただそれだけを考えて。

「もう遅い……間に合いませんよ、彼は。」

 香川のその言葉に呼応するように、研究室の窓から彼の契約モンスターである偽響虫(サイコローグ)が飛び出した。それは飢えた獣のように息を荒げると、香川の隣に立った。

「随分と躾けられているようだな、お前のモンスターは。」

「英雄たる者、駒の管理はしっかりとしないとね。」

「英雄? そうか、それがお前の願いか。」

 香川はサイコローグの背をまるで労わるように(さす)りながら、苦々しげに歯を噛み締めて言った。

「あなた達ライダーの私欲に塗れた願いと、一緒にされては困る。私の理想は、この世界の為にあるんですよ。」

「……ふん。」

「仲村くん、準備はいいですか。」

「はい。」

 三人がデッキを手に、鏡に対面した。真司には強がってみせたが、実際にライダー二人を同時に相手取った事は、蓮には無かった。

(だが……俺は負けない。)

「変身!」

「変身!」

 香川がオルタナティブ・ゼロに、そして仲村がその完成形となる『オルタナティブ』に変わった。蓮を一瞥し、各々ミラーワールドへと入っていく。

「優衣は、殺させない。」

 一層力強く握りしめたカードデッキを、目の前の鏡にかざす蓮。そこに映る自分の姿からは、かつての迷いは消えていた。

「変身!!」

【二十五】

〜午後五時・喫茶花鶏〜

 真司は、必死にズーマーを走らせた。こうしている間にも、優衣はモンスターに捕食されているかもしれない。そう考える度に、全身に悪寒が走った。

「あ……優衣ちゃん!!」

 優衣は、頭を抱えて花鶏の門前でうずくまっていた。その様子は恐怖と同時に、どこか混乱している風だった。

「優衣ちゃん、大丈夫?」

「……真司くん!!」

「うおぁっ!?」

 急いで駆け寄った真司の身体を、優衣は抱きしめた。その身体は弱々しく震えており、彼女を襲った恐ろしい出来事を物語っていた。

「あの……えっと……」

「……」

「……いや。」

 今は照れている場合ではない。真司はそう思い直したが、どうにも居心地の悪さだけは拭えそうになかった。

「……優衣ちゃん。」

「……あ! ごめん、真司くん……。」

 慌てて身体を離し、俯く優衣。真司も言葉を詰まらせたが、なんとか余裕を見せようと少し大きくなった声で尋ねた。

「あ……あのさ、優衣ちゃん。大丈夫だった? なんか、モンスターに襲われたとか……」

「う、うん……襲われた。」

「え、本当!? 大丈夫だった……から、こうしてられるのか。……良かった、無事で。」

 その言葉を聞いた彼女の表情が、少しだけ和らいだ。そして、足元に落ちていた金色の羽を拾い上げる優衣。

「うん、大丈夫だった。多分……お兄ちゃんが助けてくれた、から。」

「え?」

〜〜お前は、俺が守る。〜〜

 優衣は、兄の言葉を思い出していた。



 恐怖のあまり足が動かない優衣に迫ったモンスターが、奇声をあげて彼女に襲いかかった。

(助けて……お兄ちゃん!!)

 優衣が死の間際に助けを求めたのは、神崎士郎だった。

〜〜安心しろ、優衣。〜〜

 辺りに、神崎士郎の声が響き渡った。そしてその直後。声に呼応するように金色の羽が降り注ぎ、その場にいたモンスターを切り刻んで絶命させてしまったのだった。

「……お兄ちゃん?」

 彼女の前に立っていたのは、全身を黄金の鎧で包んだ仮面ライダーだった。鈍く眩く輝いたそのライダーは、何も言わずに背を向けて歩き出した。

「待って……お兄ちゃん。もう、やめて。これ以上みんなを困らせないで。……私を、独りにしないで。」

 その叫びに、金色のライダーは応えなかった。そして辺りを白い光が包み、そのライダーは忽然と姿を消したのだった。

「どうして私を置いていくの……?」

 その場にうずくまり、頭を抱える。優衣には分からなかった。兄が何を成そうとしているのか。何を思っているのか。たった一人の家族で、最も大切に想い合っていたはずの兄に置いていかれた優衣の孤独は、日に日に広がり続けていた。

「優衣ちゃん、大丈夫?」

 真司の声が聞こえた。



〜城南大学・中庭"ミラーワールド"〜

「ハアァッ!!」

 ナイトのウイングランサーによる一振りが、オルタナティブ・ゼロの半身を掠めた。しかしそれは掠めるだけで、彼の肉体を傷つけるには至らない。

「……避けるのが上手いのか、お前は。」

「あなたの戦いは既に見ていました。そして私には瞬間記憶能力がある。だから覚えてしまうんですよ、あなたの太刀筋……いや、"クセ"をね。」

 オルタナティブ・ゼロが、得意げに頭を指でつつきながらそう言った。瞬間記憶能力。そういった異能を持った人物が学内に居るという話を、蓮は恵里から聞かされていた。

「……厄介な奴め。」

「俺もいるぞっ!!」

 側から乱入したオルタナティブが、自身の武器をがむしゃらにナイトに振り回した。その様子からオルタナティブが戦いに慣れていない事を悟ったナイトは、即座に二人から距離をとってカードをセットした。

<NASTY VENT>

 飛来した疾風蝙蝠(ダークウイング)が、辺りに痛烈な高周波を放った。それはナイトには効かず、他の二人にのみ効力を発揮した。

「ぐああっ……!!」

「うおぉ……!!」

 耳を抑え、苦しむ二人。そして先に体制を整えたのはゼロの方だった。

「こんな厄介な隠し玉を持っていたとは。しかし、私達は負けられない。いきますよ仲村くん……ん?」

 その言葉に、仲村は反応しなかった。いや、もう既に出来なかったのだ。彼は動かなくなり、そのまま地面に倒れ伏した。

「……今の技は、ここまで強力なのですか。」

 教え子が息絶えたことを確認しながら、オルタナティブ・ゼロがナイトに尋ねた。

「いや……今の技に、ここまでの力は無い。」

「ならば、きっと神崎優衣に向けて放っていた彼の契約モンスターが倒されたのでしょうね。」

 香川が、無念そうに肩を落としながら言った。教え子のバックルからデッキを抜き取り、顕になった亡骸の開いた瞳孔を下ろすその様を目の当たりにして、蓮は心を痛めながら尋ねた。

「だが契約モンスターが倒されても、ライダー自身が死ぬ事は無い筈だ。」

「通常ならば、ね。ですが私達は違う。模造品(オルタナティブ)の欠陥……というところでしょうか。」

「そんなリスクを背負ってまで、お前は優衣を殺すというのか。」

 仲村の遺体を抱えた香川が、天を仰ぎながら言った。

「当然です。それが英雄的行為なら、私は迷わずやる。」

 こうして、一旦戦いは終幕した。しかし香川に諦めた様子はなく、彼がまた優衣に刃を向けるだろう事を蓮は悟った。

(俺も……覚悟を決めるべきだな。)

 覚悟を持たなければ、戦いには臨めない。そしてそこに、例外は無い。

《第十七話:榊原耕一》


【二十六】

〜同日・午後八時"喫茶花鶏・二階"〜

 ベッドの上で穏やかな寝息をたてる優衣を前に、真司と蓮は香川達の言動を思い返していた。

「しかし何故、香川は優衣を殺そうとする? 奴は、ライダーバトルを終わらせる為と言っていたが……。」

「なぁ、蓮。」

「どうした、城戸?」

 真司は、先の優衣の不安げな様を思い出していた。

「俺、もう一度香川さんに会って話を聞きたい。ライダーバトルを終わらせる方法を、知る為に。」

「しかし城戸。奴は……」

「分かってる。あの人は優衣ちゃんを殺そうとした。それは絶対に許せない。でも俺、嫌なんだよ。これ以上誰かが死ぬのは。」

 芝浦に須藤、そして手塚。それ以外にも既にいるだろうライダーバトルの犠牲者達と、モンスターによって命を奪われた数多の人々。その人達を想うと、やはり真司にはライダーバトルを肯定する事など出来なかった。

「香川さん達と協力すれば、もしかしたら他にミラーワールドを閉じる方法が見つかるかも。そうすれば、優衣ちゃんを殺そうとするのだって思い留まってもらえる。」

「だがそもそも、どうして優衣を殺そうとするのかすら分かっていないんだ。その状況で協力、ましてや別の方法など……。」

 蓮が、寝返りを打った優衣に毛布を掛け直しながら言った。蓮の言っている事は正しい。そう思いいつも、真司は希望を見出す事を諦められなかった。

「明日。香川さんに会いに、あの研究室に行く。」

「馬鹿な。」

「あぁ。馬鹿な俺なりに考えて動くんだ……一緒に来てくれ、なんて言わない。お前は、優衣ちゃんに付いててやってくれ。」

 それだけ言うと、真司は向かいの自分の部屋に戻っていった。こういう決意をした時の城戸真司は折れない。その事を、蓮はよく分かっていた。

「……お前も、少しはライダーらしくなってきたか。」

 ため息を吐き、蓮もその場を後にした。静けさに包まれた真っ暗な部屋で、残された優衣は涙を流したのだった。

〜翌日・午後一時二十分"城南大学・榊原研究室"〜

 真司が再び研究室を訪ねると、香川は奥の机に座って何かレポートのような書類を読んでいる最中だった。チラリと見えた書類の端には、綺麗に整った字で『仲村 創』と書かれていた。

「まさか、あなたの方からもう一度出向いていただけるとは。」

 真司に気付いた香川が、眼鏡を掛け直して真司の方を向いた。とても、十九歳の女の子の命を奪おうとしている危険な人物には見えない。

「……どうしても、あんたから話を聞きたいんだ。優衣ちゃんを殺すって……それ以外に、ミラーワールドを閉じる方法は無いのかよ。」

「ありませんね。彼女が生きている限り、ライダーバトルはずっと"繰り返される"でしょう。」

「え?」

「そこから先は、私がお話ししよう。」

 そうして二人の会話に割って入ったその男は、香川の背後にあった姿見の"中から"その姿を表した。神崎士郎を思い起こさせるその現れ方に、真司は只者ではないと感じた。

「……あんたは?」

 鏡から現れたその男は黒のトレンチコートとトップハットで身を包んだ屈強な身体をしており、その瞳の奥からは並々ならぬ意志を感じ取ることができた。

「私は榊原耕一。ミラーワールドを終わらせ、この世界を滅びの円環から救う男だ。」

「榊原耕一って……え?」

 その名前には、確かに聞き覚えがあった。真司がライダーになる切っ掛けとなった人物。そして恵里や神崎が所属していた、研究室の教授だった男。

「でも、あんた……」

「写真で見たのとは随分印象が違う、だろう?」

「あ、あぁ……。」

 真司が写真で見たその男は、言い方は悪いがもっと非力で卑屈そうな男だった。目の前に立っているその男は、そんな彼の容姿やイメージとはかけ離れていた。

「その疑問に対する答えは簡単だ。私は榊原耕一であって、榊原耕一"ではない"。」

「どういう、意味ですか?」

「私は、別の世界の存在なんだよ。」

 榊原耕一。彼が語るのは、ライダーバトルの始まりと真実。

〜榊原研究室〜

 榊原の研究室にやってきたその青年は、まるで全てを棄てたような冷徹さと、何かを成し遂げんとする強い意志を同時に垣間見せる不思議な学生だった。

「神崎くん。君は本当に、並行世界の存在を信じているのか?」

「信じる信じないの話ではありません教授。並行世界はあるんですよ。あらゆる分岐点から無限に枝分かれた時間、空間、生命その他はそれぞれの世界を形成し、衝突しないよう均衡を保ちながら存在している。この並行世界を活用すれば、永遠の生命だって手に入れられるんです。」

「そんな馬鹿な話が……。」

「私は既にそれを経験しています。そして並行世界と繋がる方法を、私は見つけた。」

 そうして彼が語ったのは、到底信じられない荒唐無稽(こうとうむけい)な話だった。しかし榊原はそこに、確かな経験に裏打ちされた生々しさを感じた。そうして、彼らはライダーシステムを完成させた。並行世界の一つであるミラーワールドとの行き来を可能とする、ライダーシステムを。

〜現在・"城南大学・香川研究室"〜

「並行世界……なんだよ、それ……。」

 驚きを隠せない真司に、榊原が続ける。

「神崎士郎。奴は異形の怪物達によってその他全ての生命が食い荒らされた、我々の世界とはまるっきり"対称"になっている世界とこの世界を鏡を通じて繋げてしまった。私は彼の思想の危険さに気付いて研究を止めようとしたが……遅かった。モンスターに命を狙われてしまったんだ。」

「でも、あなたは生き延びた。どうやって?」

「これを使ったんだよ。」

 そう言って榊原が懐から取り出して見せたのは、真っ黒いカードデッキだった。そこに刻まれた龍の紋章は真司の、龍騎のものとほぼ同じ型をしていたが、より禍々しさを増した造形になっているようだった。

「これは"リュウガ"のデッキ。私が神崎くんの目を盗んで完成させたオリジナルのライダーシステムだ。これを使って、私はミラーワールドの中に身を隠して彼の追跡を躱してきたんだ。今日、この日までね。」

「……あなたと神崎との関係は分かりました。でも、優衣ちゃんは? 今の話だと、優衣ちゃんが死ななければならない理由はどこにもないはずです。」

 その話に、榊原は顔を顰めた。どうやらまだ話には続きがあるらしい。

「違うんだよ真司くん。寧ろこの話の根幹には神崎優衣の存在があって欠かせないんだ。……いいかい、心して聞いてくれ。」

「は、はい。」

「神崎優衣は、既に死んでいる。彼女に新しい生命……いや、生きる時間を与える為の戦いがこのライダーバトルなんだ。」

「……は?」

 神崎士郎は如何(いか)にして並行世界の存在を知ったのか。そして何故ライダーバトルを始めるに至ったのか。全ては、十年前に遡る。

《第十八話:誰が為に》


【二十七】

〜十年前・都内某所"神崎邸"〜

 暗く、薄汚い倉庫。そこは二人にとってはかけがえのない場所だった。妹——優衣の顔や身体に浮かんだ痛々しい痣を見ながら、士郎は弱々しく震える彼女に声を掛けた。

「大丈夫、この痣もすぐ消えるよ。そしたら二人で逃げよう。きっと、二人とも幸せに笑える未来が来るから。」

「お兄ちゃん……私、もういいかもしれない。」

「え?」

 そう溢した優衣の声は震え、その眼には涙が溜まっていた。きっともう限界なのだろう。そうして士郎は、ずっと準備してきた事をその日、決行した。



〜同日・深夜"神崎邸・倉庫内"〜

「起きろ! 起きろ優衣!!」

「え、お兄ちゃん?」

 寝ぼけ眼の妹の手を引き、士郎は倉庫から出た。リビングでは睡眠薬入りのワインを飲んで呑気に眠っている父親と母親がおり、屋敷中に火がまわっている。どんどんと火の手があがり、屋敷が焼け落ちるのも時間の問題だった。

「お兄ちゃん待ってよ……早いよ……!!」

「大丈夫だ優衣。俺がついてるから。」

 優衣を事前に逃がさなかったのは、火事の直前に家の外に出ていたら怪しまれると思ったからだった。なにより、士郎には自分なら妹を守れるという強い自信があった。

「大丈夫。大丈夫だ……あれ?」

 気付くと、先ほどまで手を引いていたはずの妹の姿が無かった。屋敷が完全に焼けるまで、もう時間が無い。

「そんな。優衣……優衣!!」

 どれだけ叫んでも、彼女からの返事は無かった。必死で駆け回り、暑さで朦朧とした意識の中でも探し続けた。やがて士郎が辿り着いたのは、屋敷の階段踊り場に飾られた、大きな鏡の前だった。そして其処には、倒れて動かなくなった妹の姿があった。

「優衣……!!」

 急いで駆け寄ったが、妹は既に息をしていなかった。大人からの暴行を受けて弱りきった小さな身体に、この状況は耐え難かったのだ。そんな彼女の弱さにも、自分は気付いてやれなかった。そこで、士郎は膝をついて叫びながら涙を流した。どれだけそうしても妹は帰ってこない。分かっていても、涙を止める事は出来なかった。

「優衣……ごめん。俺も、すぐそっちに行くから。」

「待って、お兄ちゃん。」

「え?」

 それは、目の前に横たわった彼女から発せられた声ではなかった。その向こう側、鏡越しに立ち尽くした神崎優衣の鏡像から発せられていた。彼女はしっかりと立って、こちらを見ていた。

「君は……?」

「私は神崎優衣。あなたの妹。でも生きている世界が違う。私がそこに横たわっている肉体に入れば、"あなたの妹"は生き延びる。でも元々住む世界が違うから、成長しない。生命の時間は、止まったまま。あなたがどうにかして。あなたの努力で、私達を生かして。」

 そう言うと、彼女は消えていった。そして、士郎の目の前で横たわっていた神崎優衣は目を覚ました。火は、二人の周りを囲うようにしてそれ以上侵食しようとしなかった。



〜某日・夜"城南大学・榊原研究室"〜

「やった……ついにやったんだ! 俺はやったぞ、優衣……!!」

 無数に折り重なった死体の中心で、士郎は歓喜の声をあげた。どれほど繰り返しただろうか。ついに神崎は、仮初だった優衣に"成長する生命"を与える事が出来たのだ。人が持つ願いの力。それを養分として、士郎は新たな生命を生み出した。

「神崎くん……まだだよ。まだ終わりじゃない。」

「……榊原教授。怖くなって逃げ出した腰抜けのあなたが、今更何を言うんです。」

 かつて共に新たな生命を目指した男が、教え子の一人の骸を抱いて其処に立っていた。

「君はきっと、まだ繰り返さなきゃいけない。だが私が、もうすぐ君を止めて見せる。その時まで、待っていてくれ。」

「……消えろ。」

 榊原は、抱いた骸と共に鏡の中へと消えていった。今の士郎にとって、彼はどうでもいい存在だった。それよりも、目の前で新たな生命を授かった妹の方がずっと重要だった。

「優衣……優衣……!!」

 死体の上で横たわっていた優衣が、士郎の呼び掛けを受けて眼を開いた。しかしそんな彼女の様子は、まだどこかおかしい。

「……優衣?」

「消えちゃうよ。」

「え?」

 生気のない不気味な顔つきのまま、優衣は言葉を紡いでみせた。

「二十歳の誕生日になったら、消えちゃうよ。まだ完全じゃないから。二十歳の誕生日になったら、消えちゃうよ。だから私を、完全な生命にして。それまで私は隠れるから。お願い、お兄ちゃん。私を助けて。」

「……あぁ、そうかまだか。分かったよ。お前を完璧な存在にする。大丈夫、失敗しても直ぐにやり直すさ。成功するまで、何度だって繰り返すよ。」

 士郎は、愛する妹の身体をそっと抱きしめた。

〜現在"城南大学・香川研究室"〜

「そんな……そんな、ことって……。」

「奴は、死んだ妹の為だけにこの戦いを起こしている。そして奴には、『TIME VENT』の力がある。この、時を逆行させる力で世界を何度もやり直しているんだ。だからこのライダーバトルでより強い願いの力を集めきり、それを無事に彼女に譲渡するその時まで……奴は何度だってこの世界を繰り返すだろう。私は、そんな地獄の繰り返しからこの世界を解放する為に今まで準備してきた。それが、もうすぐ叶う。」

「どうする気ですか……?」

 榊原は先ほどの黒いカードデッキを眼前にかざしてみせると、腰に巻かれたベルトに装填した。そして彼の身体を黒い鎧が覆っていき、その姿は"黒い龍騎"そのものとなった。

「繰り返される世界に異分子を引き起こすため、私は龍騎のカードデッキが神崎の意図しない人間に渡るよう仕組んだ。誰でもよかったが、君が龍騎になった。私達で……『龍騎』と『リュウガ』であの女を殺そう真司くん。大丈夫、既に死んだ人間だ。それに死んだ人間を元の形に戻して、世界を救える。こんなに素晴らしい事はないだろう。」

「……優衣ちゃんは、殺させない。」

「何?」

 真司の中の"何か"が、目の前の男を止めろと叫んでいた。リュウガに対抗すべく、デッキを取る。

「確かに俺はライダーバトルを止めたい。戦いなんてさっさと止めたい。でもその為に何かを犠牲にするなんて……ましてや優衣ちゃんを殺すなんて……認められる訳がないだろ。」

「ならまず君を殺して、私と香川くんで神崎優衣を殺す事にする。香川くん。」

「えぇ。」

 ずっと静観していた香川が、デッキをとってオルタナティブゼロに変身した。

「……香川さん、あんた。」

「私には何が間違っていて、何が正しい行いなのかが分かる。これは正義の行い、英雄的行為なんですよ。」

「相変わらず反吐が出るな、貴様の物言いには。」

「この声……!?」

 真司が振り返ると、怒りを滲ませた蓮がそこに立っていた。どうやら彼も今の話を聞いていたらしい。

「蓮……来てくれたのか。」

「勘違いするな。俺にはライダーバトルで叶えなければならない願いがある……その邪魔になるものを、この手で潰しに来ただけだ。」

 ベルトにデッキを装填し、真司と蓮は龍騎とナイトに変身した。

「香川くん、あなたは秋山蓮を。城戸真司は私が相手をします。」

「分かりました。」

「行くぜ、蓮。俺達で優衣ちゃんを守るんだ。」

「……あぁ。」

〜午後五時"城南大学・香川研究室"ミラーワールド〜

<<SWORD VENT>>

「おおぉっ!!」

「はぁ!!」

 ナイトのウィングランサーと、オルタナティブゼロのスラッシュダガーが火花を散らした。

「香川……お前、家族は?」

「いますよ。愛する妻と、息子がね。」

 鍔迫り合いながら、剣を握る手に一層の力を込める両者。その剣に宿った強い想いを感じながら、ナイトは対敵に問い掛けた。

「なら何故、優衣を殺そうと出来る? 愛する者がいるお前なら、あいつの苦しみが分かるはずだ。」

 鍔迫り合いでは決着がつかないと判断したオルタナティブゼロが、後方に跳んで距離をとった。

「分かりますよ。だからこそ私がやらなければならない。同情などと言う陳腐な感情に左右されず、愛する家族に恥じぬよう、正しく英雄的行いを成す者として。私はライダーバトルを止めて、この世界を救う。」

「香川、お前……」

「秋山くん。世界が繰り返されるという事は、並大抵の事象ではない。それは近く他の並行世界にも影響を与える……君が愛する恵里さんが平穏に暮らす、並行世界にもね。」

「な……!」

<ACCEL VENT>

 動揺したナイトの隙をついて、オルタナティブゼロが仕掛けた。高速で近づき、その腹部に深い一薙ぎを与える。

「ぐぁ……!!」

「秋山くん、私はあなたを高く評価している。力を借りたい。君の強い意志と経験は、きっと神崎と戦う助けになる。並行世界の恵里さんを救う為、力を貸していただけませんか?」

「今更なにを……俺が救いたいのは、俺の愛した恵里だけだ!!」

 苦し紛れにウィングランサーを振り回し、ナイトは痛む腹を抑えながら後ずさった。その様を見て、オルタナティブゼロは勝利を確信した。

「無理はしない方がいい。君の太刀筋は完全に見切りました。その腹部の傷では、まともに立つことすらままならないでしょう。大人しく、私達に協力してください。そうすれば命は取りません。」

「……俺を侮るな。」

「何?」

 ナイトは、真司に殴り飛ばされたあの日の事を思い出した。手塚と共にライダーになった日も。そして、恵里と二人でバイクを走らせたあの日も。

「俺は、もう自分を曲げたりしない。信じてくれた友の為に、愛してくれた女の為に戦う。だから俺は、お前に勝つ!」

<SURVIVE>

 ナイトの周りを、鋭い風が舞った。その突風により、たまらず押し返されるオルタナティブゼロ。やがて風は鎧となり、ナイトを『ナイトサバイブ』へと変えた。

「まだ、そんな力を……!」

「香川、俺は絶対に勝ち残るぞ。神崎の事も優衣の事も関係ない。俺は俺の為に、戦い抜く。」

<FINAL VENT>

 激しい旋風が、オルタナティブゼロを貫いた。



「残念だ。本当に残念だよ……城戸真司。君とならライダーバトルを終わらせられると思ったんだが。」

「その必要は無いよ。俺にはもう……仲間がいるからな。」

「……フン。」

<<ADVENT>>

 龍騎のドラグレッダーと、黒いドラグレッダーのようなリュウガの契約モンスター『ドラグブラッカー』が相対した。お互い似たような容姿のモンスターと対峙して、激しく気が立っているようだ。

「申し訳ないが……一気に決めさせてもらう。私には時間がない。」

 <STRIKE VENT>

 リュウガの手に、黒色のドラグクローが装備された。それを、かつて龍騎が手塚とそうしたように前に突き出す。

「死ね。」

「おおぉぉ!?」

 超高熱の黒炎が、辺りを焼いた。その灼熱は容赦なく龍騎を襲ったが、彼はもはや不慣れな新参者ではない。

<GUARD VENT>

「……防いだか。」

「防がなきゃ……死ぬだけだからな。」

 前に構えたドラグシールドを降ろし、龍騎は攻勢に転じるためカードをセットした。

<SWORD VENT>

「おりゃあっ!」

 手に持ったドラグセイバーを、リュウガの鎧に目掛けて振り下ろす。

「甘い。」

 同じくドラグセイバーで、それを防ぐリュウガ。その刀身もまた黒く染まっており、彼のそれは龍騎を遥かに凌ぐ力を備えていた。

「くそっ……押されて……!!」

「当たり前だ。私は既に多くの世界の榊原耕一と一体となっている……パワーの母数が違うんだよ。」

「なら……これだ!!」

<SURVIVE>

 サバイブのカードを使い、龍騎は龍騎サバイブへと進化した。そしてドラグランザーの口から吐かれた火球が、リュウガ目掛けて飛んでいく。

「まだだ! 私は、必ずこの世界を救う!!」

 リュウガは火球を高く跳ぶ事で回避すると、そのまま宙空でバイザーにカードをセットした。

<FINAL VENT>

 リュウガの周囲を旋回した黒焔龍(ドラグブラッカー)の炎が、契約主を空高く押し上げた。そのまま蹴りの体制を形造り、黒炎に押し出される形で飛び蹴りを放つリュウガ。それは正しく、龍騎のFINAL VENTと同じような技だった。

「なるほど。とことん龍騎のコピーってわけか……でも俺だって、ちょっとは成長してるんだよ。」

 手元のドラグバイザーツヴァイに、カードをセットする龍騎サバイブ。

<SHOOT VENT>

 バイザーの先端から、無数の火球がリュウガに向かって放たれた。それでも火球の大群を掻い潜りながら、負けじと降下していくリュウガ。

「世界は、俺が救う!」

「優衣ちゃんは、俺が守る!」

 二人の炎が衝突し、辺りを激しく焼いた。



〜午後六時五分"城南大学・香川研究室"〜

「まさか、私達が負けるとは。」

 痛む身体を押さえながら、榊原と香川は真司達の前に立った。榊原が、苦々しげに真司の方を睨む。

「城戸真司。その力は、神崎士郎から?」

「どうだっていいだろ。……榊原さん、本当に優衣ちゃんを殺す以外に方法は無いのか? きっと何か方法が……」

「無い。ライダーシステムを神崎くんと作った私が言うのだ。他に方法は、無い。」

「そんな……」

 なかなか次の言葉が見つからない真司の様子に呆れながら、香川が言った。

「しかし安心してください、城戸くん。私達はもう、神崎優衣の命を狙う事は出来ないでしょう。」

「それは、何故?」

 蓮が、香川の言葉に反応した。その様子を見た、榊原が続ける。

「私と香川くんにとって、君達の前に姿を現すのは賭けだった。手をこまねいている間に次々と犠牲者が増えていって……このままではマズいと、私達は焦った。だから、ライダー参加者の中から協力者を見つける事にしたんだ。」

「それが俺と城戸だった……と。しかし城戸は分かるが、何故俺にも? 俺はこいつとは違う。」

 訝しむ蓮を見て、榊原は何か懐かしむような目を向けた。

「それはあなたが、恵里さんの恋人だったからですよ。」

「……」

 その時だった。突如として、辺りを白い光が包んだ。

「これはまさか……城戸!!」

「あぁ! 神崎だ!!」

 デッキを手に取り、身構える二人。しかし神崎からの接触は無い。閉ざされた視界の中で、真司は声を聞いた気がした。それは優衣の声だった。

〜〜ごめん、真司くん。〜〜

「……優衣ちゃん!!」

 気付けば光は止み、二人は何事も無くその場に立っていた。しかし目の前にいたはずの香川と榊原の姿は無く、そこにはただ赤黒い血溜まりが残されていた。

「……蓮。」

「あぁ。奴らは……きっと神崎に消されたんだ。奴らもそれを分かっていた。言葉通り、最後の賭けだったわけだ。」

「……俺、やっぱ認めないよ。誰かを犠牲にして願いを叶える、そんな戦いは。」

「そうか。ならいつか、俺とお前はまた戦わなければならないだろうな。」

 真司に背を向けて、蓮はそう言い放った。その表情は、真司には見えなかった。

「……蓮。」

「帰るぞ。優衣が待ってる。」

「……あぁ。」

 少しのもどかしさを残したまま、二人は帰路についた。



 蓮と真司が去ったのを見届けて、優衣は残された血溜まりの上に立った。

〜〜奴は、死んだ妹の為だけにこの戦いを起起こしている。〜〜

「そっか。そういう事だったんだ。」

 その場で膝をつき、優衣は両手で掬い上げた血を顔につけた。全ては自分の為に兄が仕掛けた事。自分のせいで皆がこの血を流している。血の生温かさに心を痛めながらも、兄が変わっていなかった事を知り、優衣は少しだけホッとしていた。しかし同時に、とても悲しかった。兄は変わらぬまま非道に堕ちたのだ。

「……終わらせなきゃ、私が。」

 優衣は、ゆっくりと立ち上がった。

——仮面ライダーリュウガ死亡。残るライダーは、あと五人。——

《第十九話:ゾルダの生き様》


【二十八】

〜一年前・夜"城南大学・榊原研究室"〜

 静けさに包まれた室内で、蓮と手塚はただ立ち尽くしていた。お互い、自分が置かれた現状を整理するので精一杯だった。

「……蓮。」

「手塚。俺は……」

 その時だった。真横に倒れたデスクの後ろから、幼くか細い泣き声が聞こえてきたのだ。死体と血の匂いに塗れた部屋に響くその声はとても異質で、二人ともその主に興味を示さざるを得なかった。

「……お前、どうしてこんな処にいる?」

 蓮が声のした先で見つけたのは、小学生ほどの年頃の幼い女の子だった。彼女は両頬につたった涙を拭うと、蓮に聞いた。

「……私、神崎優衣。ねぇ、私のお兄ちゃん知らない?」

「お兄ちゃん? あの気味の悪い男の事か。奴なら……」

「お兄ちゃん。私を……置いていかないで。」

 それだけ言うと、その少女は突然意識を失ってしまった。そして、二人の目の前で信じられない出来事が起こった。その少女が白い光に包まれ、瞬く間に成長したのだ。先ほどまで八歳ほどだった彼女は、もうすっかり大人の姿になっていた。

「な……これは。」

「気を付けろ、蓮。」

 二人が警戒していると、成長した女性が意識を取り戻した。

「ここは……何処なの。あなた達は?」

 その瞬間、蓮と手塚は彼女が何も理解していない事を悟った。そして今目撃した事は伏せたまま、彼女に兄が引き起こした事象を伝えた。こうして彼らと彼女の運命は、その時を境に大きくうねり出したのだった。

〜一月十七日・午後八時二十分"喫茶花鶏・店内"〜

「どうしたんだよ蓮。ボーッとして。」

「あぁ……すまない、少し思い出していてな。」

「それって……恵里さんのこと?」

 榊原・香川と対峙してから数日。二人はどうにも落ち着かない日々を過ごしていた。

「まぁ……そうだ。それよりお前はどうするんだ。結局、奴らからは他の方法を聞き出せなかったわけだが。」

 洗い場に立った蓮が、自分で淹れたコーヒーを啜りながらそう言った。真司は、蓮が今の一言の中で"優衣を殺す"という文言を避けている事に気付いた。

「あぁ……分かんねぇよ。ライダーバトルは止めたい。でもその為に優衣ちゃんを犠牲にするなんて、俺には」

「出来ない……と言うんだろ。お前はいつもそうやって悩み続けて、そのままだ。俺はこの戦いに勝ち残って願いを叶えると決めた。お前もいい加減、ハッキリしたらどうなんだ。」

「……」

 蓮は少し居心地の悪そうな表情を浮かべると、使っていたカップを洗ってから店を出ていった。そうして静かになった空間は、真司の思考を加速させた。

(俺は……どうしたら……)

〜翌日・午前八時"北岡邸内"〜

「というわけで、今日は一日よろしくお願いします!」

「どういうわけだよ。全く、令子さんの頼みじゃなかったら引き受けてないんだけどな……君みたいな"馬鹿ライダー"を一日秘書として雇うなんて。」

 真司は悩んだ末、他のライダーの事ももっと知るべきだと結論づけた。といっても今いる蓮以外のライダーは知っている限りで北岡と浅倉しかおらず、消去法で北岡に張り付く事にしたのだった。

「しかし驚きましたよ。まさか北岡さんが令子さんと知り合いだったなんて。」

 北岡に命じられた窓拭きを進めながら、真司は北岡に話を振った。優雅にバイオリンを弾きながら、それに応える北岡。

「前に、工場の排水汚染問題で訴えられた企業を弁護した事があってさ。そこで令子さんにすんごい厳しく詰め寄られちゃって……あの時の令子さん、綺麗だったなぁ。」

「もしかして好きなんですか?」

「君、普通聞きづらいことサラッと聞くね。しかも陳腐な言い回しだし……ほんと、なんで君みたいなのがライダーなんだか。」

 ふと、ライダーの話題が出た。真司が聞きたかったのは、これだ。

「えっと……そういう北岡さんは、どうしてライダーに?」

「ん、あぁ俺は……もっと人生を楽しみたいから、かな。」

「え?」

「真司くん、仕事終わったよね。そしたら飯行こうよ。俺がいい店、連れてってあげちゃうよ。」

「マジすか! お願いします!!」

 真司は、美味い飯に弱い。

〜午前九時三十分・都内"某高級レストラン・店内"〜

 真司と北岡がやってきたのは、とても豪華な内装の高層ビルの最上階に位置するレストランだった。そしてその中の、VIP席に座る二人。

「真司くん、そんなソワソワしないで。恥ずかしいでしょ、俺が。」

「す……すいません。でも俺、こんな場所初めてで。」

「だろうね。」

 こうして、真司は人生最高の食事を楽しんだ。今まで食べてきたどんなラーメンや餃子よりも、そこで食べた料理は美味しかった。

「マジで美味かったっす。北岡さんって、いっつもこんなの食ってるんですか?」

「食ってるよ。じゃあ次は、エステ行くか。」

「えすて……? 行きます!」

 真司は、高そうな単語に弱い。

〜午前十時十分・都内"某高級エステ・店内" 〜

 真司と北岡がやって来たのは、先ほどのレストランの隣に位置するこれまた豪華な内装のエステサロンだった。そこで最も高いコースを選択した二人は、寝そべりながらマッサージを受けていた。

「うはぁ〜気持ちいい……北岡さん、俺こんな気持ちいいマッサージ初めて受けました。」

「だろうね。」

 マッサージを終えて店を出た時、真司は身体中がとても軽くなっていると感じた。今なら通常の三倍は早く動けると思った。

「マジで気持ちよかったっす。北岡さんって、いっつもこんなマッサージ受けてるんですか?」

「受けてるよ。それじゃあせっかく身体も軽くなったし、プールでも行くか。」

「よっしゃあ!」

 真司は、楽しい遊びに弱い。

〜午後二時三十分・都内・某ビル"室内プール"〜

 二人がやって来たのは、最上階から一つ降りたところにある温水プールだった。そこには多くの客がいたが、北岡の鶴の一声で瞬く間に貸切となった。

「さぁ、思いっきり楽しもう。」

「でも……貸切にする必要は無かったんじゃないすかね。他の人達、可哀想じゃ」

「相変わらずお人好しというかなんというか……だって他の奴がいたら邪魔だろ? 人生楽しむなら、自分の事を一番に考えなきゃ。」

「……はぁ。」

 そうして揚々と泳ぎ始めた北岡を見ながら、真司はプールサイドに用意されたチェアに座った。しばらく泳いでいた北岡もそんな真司の様子に気付き、隣のチェアに座る。

「あれ、真司くんは泳がないの?」

「なんか、そういう気分になれなくて……」

「もしかして、貸し切りにしたのまだ気にしてる? ごめんごめん、なんなら今からお客さん普通に入れてあげるようにするからさ。」

「北岡さんは……どんな願いを?」

「……」

 先ほどまで飄々としていた北岡が、急に態度を変えた。その様子が、何やら真司には虚しそうに見えた。

「俺が叶えたいのは……"永遠の命"。ずっと生きて、ずっと自分の為だけに、楽しく生きていたい。」

「自分の為だけに戦うってことですか。でもそれって……すごく寂しくて、虚しい事なんじゃ」

「お前に何が分かる。」

 急に北岡の語気が強まった。きっとそこに、彼にとって触れてほしくない何かがあるのだろう。

「俺の願いを否定するなら……お前は? お前は何の為に戦ってるのさ。」

「それが分からないから……北岡さんの話を聞きたいと思ったんだ。」

「……じゃあ戦おうよ。俺、面倒くさいの嫌いだからさ。」

「……」

 こうしてプールを後にした二人は、戦いの地へと赴いた。

〜午後三時・都内某広場"ミラーワールド"〜

 先ほどまでの時間が嘘だったかのように、ゾルダは殺意を込めた銃弾を龍騎に浴びせかけた。怒涛の攻めに、龍騎もなんとかドラグシールドを構えて喰らいつく。

「前にミラーワールドで見た時も思ったんだよね。なんでお前みたいなのがライダーなのかってさ。」

「俺は……皆を守りたくて……!!」

「それ。まぁ確かに立派な考えだとは思うけどさ……ライダーが掲げるお題目としては、結構矛盾してない?」

「それは……!」

 動揺する龍騎を他所に、ゾルダはバイザーにカードをセットした。

<SHOOT VENT>

 ギガランチャーを構え、容赦なく龍騎に砲弾を繰り出すゾルダ。それを、龍騎は間一髪で横に回避した。弾が抉った地面の跡を見ながら身震いする龍騎を見て、ゾルダが鼻で笑った。

「結局さ。自分を大事にする奴が、こういう戦いでは一番強いんだよ。俺は自分の為にしか戦わない。だから俺は強い。」

「でも、それじゃ……!」

「あーあ。お前、浅倉とは違う意味で面倒くさいよ。それじゃ……さっさとケリをつけよう。」

<FINAL VENT>

 地面を割って、重鋼牛機(マグナギガ)が姿を現した。その背中にバイザーを差し込み、ゾルダがエネルギーを貯め始める。それはかつてガイが葬られる遠因を作った、あの一撃の予兆だった。

「あれは……ヤバい……!」

 ドラグシールドを再び前に構え、全力で踏ん張る龍騎。しかし、あの恐るべき一撃はどれほど身構えていても飛んでくる事はなかった。

「あれ……?」

 恐る恐る前方を確認する。するとそこには、マグナギガの後方で力無く倒れ伏したゾルダの姿があった。

「えっ……き、北岡さん!!」

 龍騎とゾルダの戦いは、思わぬ形で幕を閉じた。

〜同日・午後四時三十分"晴明(せいめい)病院・五〇五号室〜

 病室のベッドで静かに寝息を立てる北岡を見ながら、真司は彼の秘書である由良吾郎から話を聞いていた。

「先生は、もう余命一年も無いんです。現代の医療では治療法の無い病気で……もう少し早く見つけられてれば、まだ手の施しようがあったって。でもその時先生は、俺の傷害事件の弁護をしてくれてて……それで、病気の発見が遅れて……。」

 そう語る吾郎の眼には、涙が溜まっていた。

「そんな……」

「……全く辛気臭いなぁ、吾郎ちゃんは。」

「先生!?」

「北岡さん!!」

 北岡は気怠そうに目覚めると、身体を伸ばしながら起き上がった。

「そういう考えは嫌いだから辞めなって、いつも言ってるじゃん。……それで吾郎ちゃん、俺こちらの城戸くんとちょっと話があるから。先に事務所に戻っててくれる?」

「……はい。」

 足早に病室を出ていく吾郎。その直前、彼は涙を拭っていた。

「それにしても、城戸くんには嫌なところ見られちゃったなぁ。」

 そう言いながら、北岡は自分の荷物からカードデッキを取り出してそれを眺めた。その顔はどこか虚しそうで、同時に満足げでもあった。

「北岡さんは……生きる為に、戦ってたんすね。」

「そ。初めて病気の事が分かった時は、なんで俺がって思ったよ。俺はもっと生きたい。もっと生きられれば、もっと人生を謳歌出来るのにってさ。」

「……」

「他人の為に頑張ったって、結局自分が苦労するだけだ。だから俺は、自分の為だけに戦う。そうやって、願いを叶えるつもりだった。」

 北岡は名残惜しそうに自分のデッキを弄ると、それを真司に差し出した。その動きに、迷いは無い。

「北岡さん?」

「これ、受け取ってよ。もう要らないからさ。」

「でも……」

「最近、変なライダーにばっか会っちゃってさ……浅倉みたいなどうしようもない奴とか、お前みたいな馬鹿ライダーとか。」

「ぉ、俺は馬鹿じゃ」

「そうやって色んな奴らとやり合ってたら、なんか面倒くさくなってきちゃって。俺、面倒事は嫌いだからさ。この戦いを降りることにしたんだ。これはその証。」

「……分かりました。」

 真司は、差し出されたデッキを受け取った。そこには彼が戦いに注いできた想いが詰まっていると、そう思えてならなかった。

「じゃあそろそろ面会も終わりの時間だし、用も済んだからお前も出て行きなよ。俺もゆっくり休みたいからね。」

「わ、分かりました。あ、えーっとその……」

 去り際の一言が見つからない様子の真司を見て、北岡はクスリと笑った。

「ありがとう城戸くん。最後に君と過ごせて、俺は楽しかったよ。」

「……俺も、楽しかったっす。ありがとうございました。」

 こうして、真司は病室を後にした。一人のライダーの生き様を前にして、真司の悩みはまた大きくなったのだった。

——仮面ライダーゾルダ棄権。残るライダーは、あと四人。——

《第二十話:決意の夜》


【二十九】

〜一月十八日・午後十時三十分"花鶏二階・真司の部屋"〜

 真司はベッドに腰掛けながら、北岡から受け取ったゾルダのカードデッキを手に取って眺めていた。その脳裏に、彼の言葉がよぎる。

〜〜俺はもっと生きたい。もっと生きられれば、もっと人生を謳歌出来るのにってさ。〜〜

(北岡さんは、自分が生きる為に最後の望みをかけて戦ってたんだ。ライダーは皆、相応の願いを持って戦ってる。当たり前だ。そんな中で戦いを止めたいと叫ぶ資格が、俺にはあるのか……?)

 真司が思い悩んでいると、不意に部屋の扉が開いた。そうしてやってきたのは、優衣だった。

「真司くん。」

「優衣ちゃん。どうしたの、こんな遅くに。」

「ちょっと眠れなくて……隣、座っていい?」

「え、うん。」

 優衣は、ゆっくりと真司の隣に腰掛けた。二人分の重みを受けた木製のベッドが、キシキシと小さく音を立てる。

「あー、えっと……」

「ねぇ、真司くん。今日、隣で寝てもいい?」

「え。隣でって……同じベッドで、って事?」

 小さく頷く優衣。そんな彼女の突然の申し出に、真司は激しく戸惑った。生まれてこの方、真司は母親以外の女性と並んで寝た事が無かったからだ。必死に動揺を隠しながら、真司は声を絞り出した。

「……ぅん、ぃいよ。」

 静かな部屋の狭いベッドで、二人は横になった。ふと隣を見ると優衣の身体は小さく、真司は彼女がまだ十九の少女であることを改めて実感した。

「ねぇ、真司くん。」

「……なに?」

「私ね、小学校に通ってた頃、流れ星を見つけると必ずしてた願い事があったんだ。」

「願い事……って?」

 彼女の言葉からは、何やら強い決意が滲んでいた。静かに、しっかりと優衣が言葉を紡いでいく。

「いつか大人になったら、好きな人と笑い合って、手を繋いで幸せな一日を送るの。そうして幸せな一日が終わったら、その人と同じベッドで一緒に眠るんだ。それで朝起きたら、また手を繋いで笑い合う。それが私の願い事。私の、大切な願いだった。」

 きっと叶う。真司は、喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。それが無責任な一言である事を、今の真司は分かっていた。

「……ありがとう、真司くん。」

「……」

「おやすみ。」

 彼女のその一言を聞きながら、真司は眠りについた。だんだんと落ちていく意識の中で、優衣が遠ざかっていくのを感じながら。

〜翌日・午前七時二分"喫茶花鶏二階・真司自室"〜

 朝起きると、隣で寝ていたはずの優衣の姿が無かった。そして部屋の机には書き置きがあり、そこには丸く女性らしい字でこう書かれていた。

『もう皆んなに迷惑はかけたくないから。私が終わらせてくるね。 優衣』

「……優衣ちゃん!!」

 真司は、急いで花鶏を飛び出した。

〜午前九時四十分・旧神崎邸跡〜

 白いホールケーキが乗った丸テーブルを挟んで、優衣と士郎は向かい合って座っていた。

「誕生日おめでとう、優衣。こうやって二人で祝うのは、あいつらの目を盗んでやったあの時以来か。」

「お兄ちゃん。もう……みんなを争わせるのはやめて。」

 優衣は、強い眼差しで士郎に迫った。それは憎しみではない、愛故の強さだった。

「安心しろ、優衣。もうすぐお前に最高の誕生日プレゼントを渡してやれる。そしたらお前は、これからも素晴らしい人生を送る事が出来る。」

「違う、違うよお兄ちゃん。」

 優衣は立ち上がると、ケーキに蝋燭(ろうそく)を立てていった。その数は八本。かつて自分が炎の中で倒れた歳と、同じ数だ。

「私は、あの時死んだの。あの火事の中で死んだんだよ。」

「……違う! お前はまだこうして生きている。俺がお前を守るんだ。優衣!」

 声を荒げる兄を前にして、優衣は涙しながら笑顔を作った。

「いいんだよ、お兄ちゃん。私はもう充分守ってもらったから。もういいの。」

「良くない……俺はまだ、お前を守れていない!!」

 士郎は頭を掻きむしった。どれほど時が経とうと、あの炎に包まれた日の事が頭から離れない。あの日の清算をするために、士郎は今日までやってきたのだ。

「ありがとう、お兄ちゃん。」

 優衣が、ケーキを切るために用意していたナイフを手に取った。銀色の刃が、二人を明るく照らし出す。

「でもね」

 自らの首筋に、ナイフの刃を押し当てる。

「私は新しい生命なんて要らない。」

 優衣は、勢いよく自らの喉笛を掻き切った。喉元から吹き出した鮮血が、純白だったケーキを赤黒く染めていく。兄の慟哭を聞きながら、彼女はその場に崩れ落ちた。



 瞳孔を開いたままその場に倒れた妹の傍らで、士郎は力無く立ち尽くしていた。やがて立つ気力すら失うと、士郎はその場で両膝をついた。

「……お前は、きっと拒む。どれだけ繰り返しても、何度与えても……お前は拒む。拒み続ける。」

 項垂れる士郎を映した鏡から、神崎優衣が姿を現した。女はゆっくりと近づいていくと、優しく彼を抱きしめた。

「かわいそうなおにいちゃん。だいじょうぶだよ。わたしがそばにいてあげる。だから、あなたがどうにかして。あなたのどりょくで私たちを生かして。私を完全な生命にして。私を助けて。」

「あぁ、優衣……。」

 最後の日が、始まる。

《最終話:ALIVE a LIFE》


【三十】

〜最後の日・神崎邸跡〜

「優衣……ちゃん……。」

 血溜まりの中心で横たわる彼女を抱えて、真司は涙した。

「ごめん……俺が、もっとちゃんとしてれば……!!」

「そうだ。優衣はお前が殺した。」

「……神崎!!」

 神崎が、黄金に輝くカードデッキを持って其処に立っていた。彼の傍には目を閉じ立ち尽くした神崎優衣がおり、真司が抱えていた骸は光の粒子となって彼女に吸い込まれていった。

「神崎。……優衣ちゃんは、もう」

「いや、まだだ。優衣はまだ助かる。」

「そう、まだだ。まだ終わりじゃない。」

「……蓮!!」

 蓮が、怒りとも悲しみともない強い感情を伴った様子でこちらへとやってきた。その手にはナイトのカードデッキが握られている。

「よぉ。随分と集まってるなぁ。ここは楽しめそうだ。」

「浅倉……!」

 浅倉が、相変わらず蛇のようにギラギラとした目つきでやってきた。その手には王蛇のカードデッキがある。

「おい神崎……どういう事だよ!!」

「お前達は最後の三人だ。ライダーバトルは今日を以て終わりにする。その為に集まってもらった。」

 ライダーバトルの終わり。その言葉を聞いた浅倉が、首の骨を鳴らした。

「終わり……? ふざけるな。まだまだこれからだろうが。それに三人な筈はない。北岡はどうした。奴は俺が殺すんだからな。」

 士郎はそんな浅倉を一瞥すると、持っていたカードデッキを眼前に掲げた。

「変身。」

 士郎の身体を、不死鳥を象った黄金の鎧が包んだ。その姿はとても絢爛で、同時にどこか禍々しくもあった。

「私は十三人目。最後のライダー……オーディン。まもなく私がTIME VENTを発動し、この世界を"リセット"する。その前に最後の一人となって、私のもとに来い。願いを叶えるラストチャンスだ。」

 オーディンはそう言い残すと、左手を高く掲げ黄金の羽を残して消えた。そして、残された三人が向かい合う。

「おい、俺はどっちからでもいいぜ。メインディッシュが来るまでの暇つぶしだ。」

「浅倉……お前の言うメインディッシュって、北岡さんの事か?」

「あぁ? そうに決まってるだろ。」

「北岡さんなら……来ないよ。」

 真司は北岡から受け取ったゾルダのデッキを取り出すと、それを浅倉に見せた。

「あの人は戦いから降りた。もう……ここには来ない。」

「……冗談じゃねぇ。」

 浅倉は踵を返すと、何かに取り憑かれたかのように駆け出していった。これで残されたのは、真司と蓮の二人だけとなった。

「それで城戸……お前、覚悟は決まったのか?」

「……まだだよ。まだ、俺は自分がどうすればいいのか分かんねぇ。」

「なら」

 蓮が、ナイトへと変身した。その手にはウイングランサーが握られている。

「……俺の願いを背負って、戦え!」

「……くっそぉぉ!!」

 龍騎へと変身し、再びナイトと火花を散らす。しかしあの時とは違い、その刃は濁っていた。それを見逃さないナイトはドラグセイバーを難なく弾き飛ばし、龍騎はたまらず尻もちをついた。

「何をしている……戦え。戦え、龍騎!!」

「嫌だ! 俺はもう、戦いたくない……!!」

「何?」

 変身を解除し、その場にうずくまる真司。彼の悩みは頂点に達そうとしていた。

「もう分かんないんだよ! 優衣ちゃんを助けたい。でも戦いは止めたくて……結局どっちも上手くいかない。俺以外の奴らはみんな迷いを振り切って戦ってる。なのに俺は……!!」

「城戸……。」

 そんな二人を、蛹のような甲殻で身体を覆ったモンスター『シアゴースト』の群体が取り囲んだ。気味の悪い鳴き声を上げながら、こちらに躙り寄るシアゴースト達。

「城戸、ここはまずい。退くぞ。」

「……」

「城戸!!」

 力の抜けた真司に檄を飛ばしながら、ナイトはウイングランサーを構え直した。



〜最後の日・"晴明病院・五〇五号室"〜

 ベッドに横たわり白布を被せられた男を見下ろしながら、浅倉はどうしようもない苛立ちを募らせた。

「ふざけんな……お前は、俺に殺されるんだろうが……!!」

 嬲り殺すことで自分をスッキリさせてくれるはずだったその男は、身勝手にも自分を置いたまま安らかに逝った。その事実は、浅倉をどうしようもなくイラつかせた。

「クソが……。」

 そこへ、数体のシアゴーストが病室へと入ってきた。人間の肉片であろうものを口に纏わせたそのモンスター達は、浅倉を更にイライラさせていく。

「お前達との戦いは……楽しいんだろうなぁ。」

 浅倉は王蛇へと変身すると、怒号をあげながらモンスター達に突撃していった。



〜最後の日・渋谷〜

 モンスターに襲われ、断末魔の叫びをあげる者。奇声を散らしながら逃げる者。ただひたすらに泣き叫ぶ者。路の端々には人間の血肉が散乱し、そこはまさに、"地獄"そのものだった。

「おい蓮。これって……。」

「あぁ。モンスターがミラーワールドから解き放たれたんだ。神崎め、本気でこの世界をやり直す気だな。」

「……。」

 ナイトはダークウイングを呼び出すと、辺りの気配を探った。

「おい、城戸。」

「……なんだよ。」

「俺は神崎のところへ行く。お前も叶えたい願いがあるなら……最後まで戦え。」

「……俺の願い?」

 ナイトは、オーディンを追ってその場を立ち去った。真司は一人、地獄に取り残された。



 ナイトは、シアゴーストの大群を薙ぎ倒してついにオーディンのもとに辿り着いた。

「見つけたぞ神崎……俺と戦え!」

「お前は、秋山蓮……そうか、第一号か。いいだろう、特別に相手をしてやる。」

 オーディンは黄金の翼を広げると、仰々しく左手を上に掲げて見せた。そして次の瞬間、ナイトの身体は瞬く間に無数の金色の羽によって切り刻まれていたのだった。

「な……。」

「諦めろ、秋山蓮。お前の願いは叶えられない。」

「お……俺は……!!」

 ナイトは、傷だらけの身体をおして立ち上がった。



「俺の、願い……。」

 真司は、ナイトが残した"願い"という言葉をずっと頭で繰り返していた。

「でも俺には、他のライダーみたいな願いは……」

「うわぁ、近づくな! 一体どうなってんだよ!!」

「……!?」

 その声に、真司は聞き覚えがあった。声の方を見ると、そこにはシアゴーストに襲われている大久保大介の姿があった。

「先輩……今、助けます!!」

「真司! お前、その姿は……!!」

 変身し、ドラグセイバーで次々とモンスターを薙ぎ倒していく龍騎。そうして全てのシアゴーストを片付けると、真司は大久保の目の前で変身を解除したのだった。

〜最後の日・"OREジャーナル・オフィス"〜

「なるほどな。しばらく仕事サボってやがると思ってたら、まさかそんな厄介事に首突っ込んでたとはな。」

 真司は、デッキを拾ってから自分の身に起きた事を包み隠さず大久保に話した。

「黙っててすみません。でもどう伝えたらいいのか分かんなくて、そんな余裕も無くて……。」

「いいよ、そんなのは気にしなくて。それでお前……相変わらず悩んでんのか?」

 デスクの上に散らばった砂埃や瓦礫をはらい終え、大久保がこちらに向き直った。

「はい。俺、もう分かんないんですよ。どうすればいいのか……何が正しいのか……。」

 自分の想いを吐露しながら、真司はあの時と同じだと思った。大学の頃の苦く、大切なあの時と。

「まぁ、そう簡単に答え出せるほど単純な問題じゃないわな。」

「……はい。」

「なぁ、真司。自分がどうすればいいか考える時に一番大切なもの……なんだか分かるか?」

「……え?」

 大久保はゆっくりと真司に近づくと、右の拳で真司の胸を叩いてみせた。

「お前の信じるものだよ。確かに他人の事考えてやるのも大事だけどよ……自分がどうしたいか。どう思うか。そういう"土台"がしっかりしてねぇと、決まるもんも決まんねぇだろ。」

「俺の、信じるもの……。」

〜〜俺は、自分が出来る事をする。今はこのライダーの力で、モンスターから誰かを護りたい〜〜

〜〜俺、嫌なんだ。すぐ傍で悲しんでる人がいて。俺には出来る事があって。でも何もしないなんて、俺には出来ない。〜〜

〜〜ママ……どこいったの? 怖いよ……置いていかないで。〜〜

「……ありがとうございます編集長。俺、やっと見つけました。俺が信じるもの。」

「おう。」

「それじゃ……行ってきます。」

 真司は、編集長に頭を下げるとすぐにオフィスを飛び出した。もう、彼の中には一切の迷いもない。

「行ってこい……真司。」

 大久保は、自分のPCの電源を入れた。

【三十一】

〜最後の日・渋谷〜

 真司は、神崎の気配を追ってひたすらに渋谷を駆けていた。しかしそんな真司の前に現れたのは、彼ではなかった。

「……浅倉。」

 無数のシアゴーストの死骸の中心で、王蛇は尚も武器を振るい続けていた。

「……よぉ、龍騎。丁度いい……どんだけぶっ殺しても、こいつらじゃ全然満足出来ねぇんだよ。」

 死骸を足で退けながら、王蛇はこちらへとやってきた。そこで、彼はまたも何かを嗅ぐように鼻を動かした。

「……そうか。お前、背負っちまったのか。」

 浅倉は気怠そうに息を吐き出すと、携えたベノサーベルを投げ捨てて首をもたげた。真司も、龍騎へと変身する。

「浅倉……お前は手塚を殺した。俺は絶対に、お前を許さない。」

「くだらん。だがくだらんついでに……殺してやるよ。」

 互いに向き合う両者。

「浅倉——!!」

「龍騎——!!」

 龍と蛇がいま、互いの拳をぶつけ合った。ドラグレッダーとベノスネーカーが後ろで組み合うのも気に掛けず、龍騎は王蛇の、王蛇は龍騎の鎧を殴り続けた。肉体を穿つ音、骨が砕ける音がその場を支配していく。

「グオォォ!!」

「シャアァァ!!」

 ドラグレッダーが、ベノスネーカーの喉笛に噛みついた。負けじとベノスネーカーもドラグレッダーの体表に酸を吐きかける。お互い一歩も譲らないまま、二匹はまるで螺旋のように絡み合った。そしてドラグレッダーが最大出力の獄炎を、ベノスネーカーが最大濃度の鬼酸を吐き出した。燃え尽きるベノスネーカーと、溶け落ちるドラグレッダー。両雄の死骸が辺りを炎で包み、一帯の地面を酸で溶かし出す。

「楽しいなぁ、龍騎! やっぱりお前はいい! もっと……もっと殺ろうぜ!!」

「いや! ここで終わりにする……こんな虚しい戦いは!」

「「うらぁぁあ!!」」

 王蛇が龍騎のこめかみを、龍騎が王蛇の脇腹を殴り抜いた。そうして——王蛇はその場に膝をついた。



「フッ……ハハハ……いいな、やはり戦いは良い。さぁ続けるぞ、龍騎。」

「いや……もう終わりだ。終わったんだよ、浅倉。」

「違う! 俺はまだ……まだだ……!!」

 王蛇は未だ立ちあがろうとしていた。それは彼の執念、紛れもなく彼の生きる意志が為せるものだった。

「浅倉……お前の願いは」

「俺に願いは無い。何も背負わない……俺は今、この瞬間に満足している。それだけだ。」

「……違う。」

「何?」

 拳を交えた今なら、分かる気がした。浅倉威という男の、願い。抱えるものが何なのか。

「お前はきっと、ずっと何も無い自分を抱えてきたんだ。常に自由である為に、お前は背負う事を拒絶した。何にも縛られない自由……それが、あんたの願いなんだ。」

「違う……俺は何も、背負っていない……。ただ、今に満足しているんだ!!」

 叫ぶ王蛇に背を向け、真司は歩き出した。もう二度と、彼と戦うことは無いだろう。

「何も背負おうとしなかったお前に……満足なんて出来る訳がない。」

 それからずっと、王蛇はただ叫び続けていた。

——仮面ライダー王蛇脱落。残るライダーは、あと三人。——

【三十二】

〜最後の日・決戦の場〜

 骨は砕け、身体を動かすので精一杯。契約モンスターは死に絶え、真司は何の力も持たないブランク体と成り果てていた。それでも、彼は進む。

「……おい! 蓮!!」

 目の前に、仰向けに倒れた秋山蓮がいた。全身を切り刻まれた彼が、血を流しながら口を開く。

「城戸……か。神崎は強い……気を付けろ。」

「おい蓮、しっかりしろ……! 勝ち残るんだろ。勝って、恵里さんを助けるんだろ!!」

「……あぁ。」

 薄れゆく意識の中で、蓮はかつて恵里が遺した言葉を思い出していた。

〜〜自分を大切にして〜〜

(すまない恵里……俺は結局、自分を傷つけた……。)

〜〜俺はお前にまで、死んで欲しくはない〜〜

(手塚……俺は……。)

 最後に、蓮は自分の名を必死で叫び続ける戦友の顔を見た。馬鹿で真っ直ぐで強い意志を持ったその男は、最後まで蓮の友であり続けた。

(城戸……お前なら、きっと。)

 蓮は、ゆっくりと眠りについた。



 息をしなくなった蓮の身体をその場にそっと倒し、真司は立ち上がった。そんな彼の前に、オーディンが姿を現す。

「城戸真司。お前が、最後の一人だ。」

「あぁ……そうかよ……。」

「お前の願いを言え。お前はきっと、優衣の復活を望むはずだ。」

 オーディンが告げたその言葉を聞いて、真司はあの夜に彼女が言っていた事を思い出した。

〜〜いつか大人になったら、好きな人と笑い合って、手を繋いで幸せな一日を送るの。〜〜

「俺は……優衣ちゃんに願いを、叶えてほしいと思う。」

「さぁ、願え。城戸真司……!!」

〜〜お前の信じるものだよ〜〜

「ごめん、優衣ちゃん。俺は……」

「この戦いを、終わらせたい。」

 真司の願いによって、世界が崩壊を始めた。ずっと螺旋の中に閉じ込められていた世界が今、解放に向かい始めたのだ。

「ダメだ……許さん! その願いは、受け付けない!!」

 黄金の翼を広げたオーディンが、激昂して叫んだ。

"お兄ちゃん、私を助けて。私を完全な生命にして"

「優衣……優衣いぃぃ!!」

<FINAL VENT>

 オーディンの身体の中心に大きな穴が開き、それはやがてブラックホールとなって世界を吸い込み始めた。開放と吸収が反発し、大きく歪む世界。

「俺は……まだ……」

ー真司くんー

「……え?」

 真司の隣に、白いワンピースを着た優衣が立っていた。彼女は、とても優しい笑顔を浮かべていた。

ーありがとう真司くん。やっぱり私、真司くんに会えてよかった。ー

「ごめん、優衣ちゃん。俺やっぱりこの戦いを……」

ー大丈夫。それが私の願いだから。ねぇ真司くんー

ー私の願い、もうちょっとだけ叶えてよ。ー

「……うん。」

 彼女が差し出した手を、しっかりと握る。真司と優衣が繋いだその手から、眩い光が溢れ出した。

<ALIVE>

 そして、世界は白い輝きに包まれたのだった。

【エピローグ】

 間も無く最後のリセットが成される世界の中で、一台のPCがその画面を瞬かせていた。そこには、ある男が残した一文が綴られている。

『生きるとは願う事。その戦いに、正義は無かった。』

〜完〜

仮面ライダー龍騎 〜そこには一縷の正義も無く〜

仮面ライダー龍騎 〜そこには一縷の正義も無く〜

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2025-10-24

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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